第1節 2008年の日本経済
日本経済は、2002年初めから息の長い景気拡張局面にあったが、2007年の年末ごろまでに景気後退局面に入った可能性が高い1。それは、景気とほぼ一致して動くとされる多くの経済指標(一致指標)が、均してみれば、このころから次第に下向きに転じていることから推測できる2。ここではまず、一致指標の代表的な指標である鉱工業生産から始め、主要な経済指標の動きを概観する(各指標についての詳しい分析は、物価については本章第3節、輸出については本章第4節、企業部門については第2章、家計部門については第3章を参照)。
(急速に減少する鉱工業生産)
鉱工業生産は、2007年後半に横ばいとなり、その後減少傾向に転じるまで、6年近くにわたって増加傾向で推移してきた(第1-1-1図(1))。しかし、この間の生産の動きを振り返ると、2002年半ばから2003年前半には1年近く横ばいが続き、また、2004年後半から2005年初めにかけては緩やかな減少がみられた。これらの期間は景気拡張局面における一時的な「踊り場」に対応する。
このような「踊り場」現象は、外需依存で成長力が弱い回復のなかで、海外景気の減速や世界的なIT関連生産財の需給の軟化を背景に輸出が鈍化したことなどから生じた。2007年後半からの横ばいの動きも、その後回復基調に復せば、景気の「踊り場」で終わった可能性もあった。しかし、2008年に入った後、生産の減少基調は次第に明らかとなり、景気後退局面入りを示唆するようになった。特に、海外景気の減速が本格的に波及した2008年秋以降、生産の減少幅はきわめて大きいものとなっている。生産の動向を四半期別にみると、2008年1-3月期から4四半期連続の減少が確実となっているが、特に、10-12月期については四半期別の鉱工業生産指数が公表されている1953年以来最大の減少幅となることが見込まれる。
生産の先行きについても、当面、減少傾向が続くとみられる。それは、輸出や設備投資を中心に最終需要が弱まってきた一方で、在庫が積み上がっているためである。この需要と在庫のバランスは、在庫率(在庫÷出荷)や在庫循環図によって確認することができる。在庫率は2008年に入ってから、振れを伴いつつも上昇基調にある。また、在庫循環図3をみると、2008年4-6月期に在庫調整局面入りした後、7-9月期、10月と進むに従い、出荷と在庫のバランスが急速に崩れてきている(第1-1-1図(2))。こうした状況の下では、在庫を減らそうとして、生産を抑える力が働くことになる。
それでは、2回の「踊り場」と違って今回は生産が減少し続けているのはなぜだろうか。2002年のときは出荷がそもそも減少には転じず、生産の水準が低いなかで在庫率は逆に低下していた。すなわち、ショックそのものが弱く、調整圧力も生じなかった。また、2004年のときは出荷が減少し、IT関連生産財(電子部品・デバイス等)の在庫調整が生じたが、その他の財において調整は生じず、在庫率は上昇しなかった(第1-1-1図(3))。これに対し、今回は出荷の減少は2004年のときより大きく、また在庫調整が広範な財に及んでいる。このため、在庫率が上昇している。だとすれば、次の問題は、なぜ今回は出荷、すなわち需要の落ち込みがこれまでの「踊り場」と比べて大きかったのかということになる。以下、輸出や設備投資の動きからこの点を調べてみよう。
(海外景気の減速を背景に輸出が減少)
鉱工業生産は輸出数量に敏感に反応することが多い。外需依存の回復であった2002年初め以降は特にその傾向が目立っている。2回の「踊り場」における生産の弱い動きは、いずれも輸出の停滞ないし減少と対応している。今局面でもやはり輸出が減少に転じている。ただし、今回の輸出の減少テンポは、2008年半ばまでは2004年のとき以上に緩やかであった(第1-1-2図(1))。2008年半ば以降になって、輸出は急速な減少を示し、それが2008年秋以降の急速な生産の減少の要因となったと考えられる。
地域別にみると、今回の特徴はアメリカ、EU向けの減少が先行したことである。アメリカ、EU向け共に、輸出は2007年以降、弱含んできたが、2008年以降減少傾向が鮮明になってきており、特にアメリカ向けで顕著な落ち込みを示している。この背景には、欧米における景気の減速、後退がある(第1-1-3図)。アメリカは、住宅部門の調整などから2006年には既に景気減速がみられていたが、2007年の半ばにサブプライム住宅ローン問題から一段と減速がはっきりしてきた。2008年夏場以降には金融危機が深刻化し、7-9月期にはマイナス成長となり、10-12月期も大幅なマイナス成長が見込まれている。EUは、2008年4-6月期から急速に成長が落ち込み、7-9月期以降は金融危機の影響が加わって、英国、ドイツなど景気後退に陥る国が増加している。
これに対し、最大の輸出先であるアジア向けは、2004年の「踊り場」では当初から減少が目立っていたが、今回は2008年秋になって急に崩れ始めた。2004年のときには世界的なIT関連生産財の調整が生じており、その向け先が主として中国を始めとするアジアであった。今回も、アジアからアメリカへの輸出の伸びは2007年後半~2008年初めにかけて鈍化傾向にあり、それを受けて日本からアジアへの部品等の輸出が頭打ちとなった。ただし、そのころまでは、アジアの成長率は高いままで、日本からの輸出は全体としてそれほど落ちなかった。その後、2008年後半になってアジアの成長率は目立って鈍化し、日本からの輸出もはっきりと減少を示すようになった。
なお、輸入数量についてもみておくと、2006年以降頭打ちとなっており、景気後退局面入り後は弱含んでいる(第1-1-2図(2))。
(設備投資は減少傾向へ)
今回の後退局面では、2回の「踊り場」局面と比べ、当初、輸出の減少は緩やかだったことをみた。にもかかわらず当初から生産の減少テンポが比較的速かったのは(ただし、後述するように、過去の後退局面と比べると緩やか)、同時に、設備投資、とりわけ機械投資が弱まったためと考えられる。
設備投資のストック調整から生ずる景気の波は、過去においては10年前後の「中期循環」を形成してきた。バブル崩壊後の長期にわたる設備過剰状態から脱した後の設備投資の増加局面も、「中期循環」の上昇局面との位置づけが可能である。この間、IT関連生産財の在庫調整などで「踊り場」が生じたが、設備投資循環の大きな波を打ち消すほどのインパクトではなかった。しかし今回はその設備投資が弱まっており、「中期循環」の観点からも下向きの力が働き始めた可能性がある。
設備投資全体の動きを、「法人企業統計」や「国民経済計算」でみると、2007年には頭打ちとなっている。この時点ではまだ設備過剰感に大きな変化がなかったことから、2006年におけるIT関連設備(半導体製造装置やフラットパネル・ディスプレイ製造装置等)の投資ブームの一巡、あるいは技術的な問題としての統計のサンプル替え、リース会計基準の改正の影響といった要因が寄与したとみられる(第1-1-4図(1))。また2007年半ばからは、改正建築基準法施行の影響で建物投資が一時的に減少したこと、原油価格高騰やアメリカ発の金融不安から先行き不透明感が高まったことなどが設備投資減速の背景として考えられる。
2008年に入ると、設備投資全体が弱含むなかで、建物投資は前述の一時的減少要因が剥落し、持ち直してきた(第1-1-4図(2))。一方、資本財出荷の動きで示される機械投資は緩やかな減少に転じており、これが生産の減少の一因となっている。設備投資の減少傾向は2008年秋以降、明らかになってきている。この背景として、2008年には設備過剰感が少しずつ高まってきていることがあるとみられる(第1-1-4図(3))。水準としては依然低いが、世界経済の減速などから企業の期待成長率が低下しているとみられ、今後更に過剰感が高まる懸念がある。
(減少する企業収益と増加する倒産)
ここで、設備投資の原資である企業収益の動きをみておこう。企業の経常利益を全体としてみると、2002年から増加が続いていたが、2007年半ばから前年比で減少に転じた。ただし、収益の水準そのものは、依然、過去のピークと同水準かやや高めとなっている。
経常利益の増減を企業規模、製造業・非製造業別に要因分解すると、次のことが分かる(第1-1-5図)。大中堅製造業・非製造業、及び中小製造業では、原油・原材料の高騰を反映して変動費要因が大きく利益の押下げに寄与している(ただし中小製造業は2008年1-3月期まで)。大中堅製造業では売上高が増加してきたが、変動費の増加をカバーするほどではなく、原材料価格の上昇分を十分販売価格に転嫁できなかったことを示している。また、大中堅非製造業では2007年半ば~2008年1-3月期に、中小企業では2008年に入ってから売上高の減少がみられ、特に2008年7-9月期には中小製造業の売上高の減少は著しいものとなっている。
企業の業況判断も、こうした状況を背景に悪化が続いている。日本銀行「全国企業短期経済観測調査」の業況判断DIをみると、企業収益と同様に2007年半ばから大企業、中小企業ともに悪化方向に推移している(第1-1-6図)。2008年7-9月期には中小企業・製造業、非製造業だけでなく、大企業・製造業でもDIがマイナスに転じた。
倒産件数については、2007年から緩やかな増加傾向がみられていた(第1-1-7図)。これまで倒産は企業の資金繰り判断DIの動きとおおむね同じ動きをしており、資金繰りが困難となって倒産することが多いことが読み取れる。今回も、中小企業を中心に原油・原材料の高騰や売上げの減少などから資金繰りが悪化し、それが倒産の増加につながっていると考えられる。2008年半ばからは、企業を取り巻く金融環境が厳しくなるなかで、業種別にも広がりが見られ、倒産件数の増加テンポも速まりつつある。
(悪化しつつある雇用情勢)
生産や企業収益の減少は雇用情勢の悪化をもたらしている。労働需給の緩和は、最初は有効求人倍率の低下などに現れるが、やがて失業率の上昇に至る。事実、2002年初めから上昇してきた有効求人倍率は、2007年秋には低下に転じている。それに遅れて、2003年半ば以降低下を続けてきた失業率も、2007年後半には横ばい圏内の動きとなり、2008年に入って緩やかながら上昇に転じている(第1-1-8図(1))。この間の雇用者数の動きをみると、2002年以降増加を示してきたが、2007年から横ばい圏内で推移するようになり、この傾向は2008年に入っても変わっていない。
企業の雇用過剰感を日本銀行「短期経済観測」の雇用人員判断DIでみると、2005年以降「不足」超が続いてきたが、2008年に入ると「不足」超幅が縮小に向かっており、状況が変化しつつある(第1-1-8図(2))。実際、既にリストラや企業の倒産を理由とする勤め先・事業所都合による失業者が増加し始めており、中堅規模以下(従業員数499人以下)の事業所では雇用者数が減少している。また、特に派遣労働者では、雇用過剰感が急速に高まっており、契約終了の動きも広がっている。今後の雇用情勢は更に厳しさを増していくものと懸念される。
2002年以降の景気拡張局面においても伸びが高まらなかった賃金は、2008年に入ると、弱い動きに転じている。そのうち所定内給与は当初やや増加したものの、その後は前年比で伸びが低下している(第1-1-9図)。所定外給与は生産の減少に伴いマイナスに転じている。他方、2008年夏のボーナスは前年比で微減となったため、ボーナスを含む特別給与も弱い動きとなった。2008年冬のボーナスも前年を下回ることが予想されている。賃金の先行きについても楽観できる要素はない。
(横ばい圏内で推移する個人消費)
このように雇用情勢は悪化しつつあるが、個人消費は横ばい圏内の動きが続いている。ここでは、内閣府において作成している「消費総合指数」によって個人消費の動きを確認してみよう(第1-1-10図(1))。2002年以降、雇用者所得(実質ベース、以下同様)が緩やかな増加にとどまったことを反映し、個人消費も総じて緩やかな増加を示してきた。横ばい圏内の動きに転じたのは2007年後半であるが、そのころには雇用者所得もやはり横ばい圏内の動きとなっていた。また、それまでやや弱い動きを示していた消費者マインドが、はっきりと悪化してきたのもこの時期からである。その後、2008年半ばごろから、名目ベースの所得が伸びないなかで物価の上昇率が高まり、実質ベースの雇用者所得が弱い動きとなった。しかし、依然として個人消費は横ばい圏内で推移している。なお、2008年2月の一時的な高まりは、「うるう年」のためである。
雇用者所得と個人消費の動きがかい離することは珍しいことではない。例えば、2007年初めの状況を仔細にみると、雇用者所得が横ばいとなる一方で、個人消費は上向いていた。通常、雇用者所得が減少していても、多くの消費者がそれを一時的であると認識するならば、直ちに消費を減らすという行動に出ないと考えられる。
問題は、この先も個人消費が持ちこたえることができるかどうかである。雇用者所得については、雇用情勢の悪化が続けば、やがて賃金、雇用者数が減少に転ずる懸念がある。その一方で、物価が落ち着きを取り戻しつつあり、これが実質ベースの雇用者所得を下支えする可能性もある。しかし、消費者マインドはアメリカ発の金融危機の深刻化、株価の急落などを受け、10月には大幅に悪化している(第1-1-10図(2))。こうしたことから、個人消費の先行きは不透明感を増しつつある。
(低水準ながら横ばい圏内で推移する住宅建設)
住宅建設を着工戸数でみると、2005年半ばに一段高い水準となった後に横ばい圏内で推移していたが、2007年半ば以降、改正建築基準法施行の影響により大幅に減少した(第1-1-11図(1))。その後、年末にかけて持ち直したが、法施行以前の水準には戻らないまま、横ばい圏内の動きが続いてきた。
2008年における着工戸数の状況を利用関係別にみると、貸家は法施行前と比べ低い水準でおおむね横ばいで推移し、分譲住宅(マンションと戸建て)も低い水準で弱い動きとなった一方、持家は2006年後半から既に水準が下がっていたこともあって、2008年に入っても法改正前とほぼ同じ水準で推移している。
ただし、需要面をみると、マンションの契約率が低迷し、高値で供給されたマンションの販売在庫4が2007年末ごろに急速に積み上がるなど厳しい状況にある(第1-1-11図(2))。雇用情勢が悪化しつつあり、雇用者所得も弱い動きとなっていることなどから、家計の購買力も弱まっている。一方で地価の増勢鈍化や下落など実質ベースの購買力にプラスとなる要因もあるが、住宅建設の先行きも個人消費同様に不透明感を増しつつあるといえよう。
(大きく変動した国内企業物価とコア消費者物価)
2008年は原油・原材料価格が乱高下し、その結果、国内企業物価や消費者物価(生鮮食品を除く総合、「コア」指数)が大きく変動した年であった。
国内企業物価を前年比でみると、石油・石炭製品や鉄鋼などによって押し上げられる形で2007年後半から2008年夏ごろまでは著しい上昇を示した(第1-1-12図(1))。また、この時期には、穀物や燃料の価格高騰から加工食品の寄与が拡大してきたことも特徴的である。コア消費者物価も、2007年後半から国内企業物価と歩調を合わせる形で上昇してきた(第1-1-12図(2))。ここでも、石油製品に加え、食料の寄与が目立っている。なお、いずれにおいても、2008年4月にはガソリンの暫定税率適用切れの影響で一時的に石油製品の寄与が低下した。
こうした動きは、7月をピークに国際原油市況が下落に転ずると反転に向かい、国内企業物価、コア消費者物価ともに前年比伸び率が鈍化、前月比ベースでは下落に転じることとなった。ただし、食料品価格は世界的には穀物価格が下落に転じたにも関わらず、前年比だけでなく前月比でも依然緩やかな上昇を続けている。
(2008年半ばからGDPはマイナス成長へ)
まとめとして、以上のような様々な経済指標の動きが集約された、実質GDPの推移を振り返っておこう(第1-1-13図)。年度ベースの成長率は、2006年度までは2%台であったが、2007年度は1%台半ばに鈍化した。2002年以降、一貫して輸出の寄与が大きかったが、2007年度も大部分が輸出の寄与であった。
2008年に入ってからの動きを四半期ベース(前期比)でみると、1-3月期は高めの成長率であったが、これには、輸出が依然強めであったことに加え、「うるう年」による個人消費の一時的押上げ効果があった可能性がある。4-6月期はその反動で個人消費が減少したほか、設備投資や輸出も大きく減少し、輸入の減少がプラスに寄与したものの全体としてマイナス成長となった。7-9月期は、消費が若干の増加を示し、住宅投資も増加したが、設備投資のマイナス幅が拡大し、また輸入の増加により外需がマイナスに寄与したため、2四半期続けてのマイナス成長となった。