第4節 世界経済減速下の輸出と国際収支
第1節で概観したとおり、2008年に入り、輸出数量はアメリカ、EU向けを中心に緩やかな減少が続いていたが、2008年秋からは我が国の輸出の約5割を占めるアジア向けも減少に転じ、輸出全体も明確に減少している。ここでは、輸出の現状と先行きについて、もう少し詳しく調べてみよう。あわせて、国際収支の動向についても分析する。
(アメリカ向けの輸出シェアはすう勢的に低下)
2007年度における日本の輸出先のシェアをみると、アジア向けが約5割、アメリカ向けが2割、EU向けが15%である。中東、ロシアなどを含む「その他」のシェアは、アメリカとEUの中間に位置している(第1-4-1図(1))。長期的なシェアの変化を振り返ると、アジア向けは1985年には3割弱であったが、その後上昇傾向が続き、2005年には5割近くに達した。反対に、アメリカ向けは85年に4割近くまで上昇したが、その後は低下傾向が続いている。EU向けは1~2割の間で推移している。アジアと並んで大きく変化したのが「その他」で、80年には3割を大きく超えていたが、その後大幅に低下し、2000年代に再び浮上してきた。
日本の輸出全体に占めるアジア各国のシェアをみると、90年以降、中国がシェアを高めつづけている(第1-4-1図(2))。これに対し、NIES、ASEAN11諸国はいずれも頭打ちとなっている。また「その他」を構成する各地域は、いずれも同じような動きをしているが、なかでも中東、ロシアの復調が目立っている(第1-4-1図(3))。
こうした変化を踏まえると、アメリカ向け輸出の減少による直接的な影響は、以前と比べ小さくなっていることが分かる。これに対し、アジアの中でも中国向けの動向が重要になってきている。一方で、NIES向けのシェアが依然アジアの中で最大であることにも注意が必要である。
(最近の輸出回復局面ではアジア向け主導が多い)
第2節でみたように、日本の景気が後退局面に入る時点で輸出の減少がこれを主導するケースは多くない。しかし、最近の景気拡張パターンをみると、しばしば輸出の回復が契機となっている。また、第1節でみたように、最近の「踊り場」においては、輸出の減少と回復がいずれも重要な役割を演じている。そこで、最近の景気後退や「踊り場」からの脱却における輸出の動向を振り返っておきたい。
まず、アジア通貨危機後の1998年であるが、このときは当然ながらアジア向けの輸出が大幅に落ち込んでいた(第1-4-2図(1))。その後の回復においても、アジアの増加が大きかった。同時に、アメリカ向け輸出の持ち直しも、寄与は小さいものの回復を下支えした。2001年の場合は、アメリカのITバブル崩壊に端を発した後退局面入りであり、アメリカ向け、アジア向けがともに大きく輸出を押下げ、また、やや寄与は小さいもののEU向けも同様であった(第1-4-2図(2))。ところが、2002年の拡張局面では、アジア向けが力強く伸びて回復を主導した。
2002年後半の「踊り場」では、こうして急伸したアジア向け輸出が重症急性呼吸器症候群(SARS)の影響等により一服するとともに、2003年1-3月期にはイラク情勢の緊迫化とそれに続くイラク戦争勃発の影響でアメリカ向けが一時的に落ち込んだ(第1-4-2図(3))。2004年の「踊り場」では、IT関連生産財を中心にアジア向け輸出が減少し、その回復に伴って「踊り場」を脱却した。その意味では、アジア主導の動きであるが、このときは同時にその他地域向け輸出も牽引力を発揮している。これは、原油高を背景として購買力を高めたロシアや中東が日本の輸出先としても一定の役割を担うようになったことを反映していると考えられる。
(アメリカ経済はアジア諸国の経済への影響も大きい)
このように、アメリカ向け輸出のシェアは低下しており、また、最近はアジア主導の輸出回復が多い。景気回復や「踊り場」からの脱却は、アジア向け輸出の回復が演出してきたといってもよい。にもかかわらず、アメリカ経済の状況、アメリカ向け輸出の動向は我が国の今後の景気にとって極めて重要であることに変わりはない。その理由は、「平成20年度年次経済財政報告」でも強調したように、アジア諸国のGDPや輸出に占めるアメリカ向け輸出のシェアが依然として高いからである。その結果、アメリカ経済の減速はアジア諸国の成長に影響を及ぼすとともに、日本からアジアへの部品の輸出を減少させる方向に働く。
既に、2006年からのアメリカ経済の減速は、アジアからアメリカ向けの輸出金額の伸びを鈍化させている(第1-4-3図)。特にNIESについては、2007年後半からアメリカ向け輸出はまったく伸びていない。中国からの輸出は2008年1-3月期を底にやや持ち直してきたが、自動車中心であったアメリカの個人消費の減少が幅広い品目に広がるなかで、中国からのアメリカ向けの輸出にも下向きの力が働き始める可能性が高い。
(輸出の主役は電気機器から自動車に移ったが最近では総崩れ)
これまで地域別に現状及び過去の動きをみてきたが、ここで品目別の状況を確認しておこう。具体的には、2002年以降について、輸出数量の前年比増減率を主要な品目の寄与に分解する(第1-4-4図(1))。まず、気づくのは、前半(2004年まで)と後半(2006年)で主役が電気機器から自動車に交替していることである。もう一つの特徴は、一般機械が安定的に大きな寄与を続けてきたことである。
後半において、電気機械が過去の景気拡張局面と比べて寄与が低下した背景として、労働コストが低い中国などのアジア地域の生産拠点に対する電気製品の中間品輸出が増える一方で、アメリカ、EU向け電気製品完成品輸出の伸びが鈍化したことが要因として考えられる12。また、自動車については、2003年前半のアメリカ経済の回復が力強さを欠いたものであったため、2003年から2005年後半まで我が国の自動車輸出の約4割を占めていたアメリカ向け自動車輸出も伸び悩み、自動車輸出全体も伸びなかった。2005年後半以降からアメリカ向け自動車輸出は回復し、2007年以降は、金融不安が顕在化する中で伸び悩んだアメリカ向け輸出に代わって、ロシアや中東その他の新興国向けが伸びたことで、後半において、自動車が堅調な伸びを示したと考えられる。一方、一般機械が順調であった背景としては、電気や輸送機械等の中国を中心としたアジアでの現地生産が2000年以降加速化し、生産に必要となる資本財の輸出が伸びた可能性やアジア諸国の内需拡大による現地企業向けの資本財出荷が増加した可能性が考えられる。ただし、2008年半ばには世界的な景気減速を背景に、自動車を中心に全ての品目において総崩れの様相を呈している。
なお、あわせて輸入の品目別寄与についてもみておこう(第1-4-4図(2))。特徴的な点は、まず、この期間の最初に当たる2003年から2004年にかけて寄与の大きかった一般機械が、2005年、2006年と寄与を減らしたことである。半導体等電子部品も、寄与はそれほど大きくなかったが、ほぼ同様の傾向を示している。これは、日本の設備投資の増勢と一致した動きとなっていることが見て取れる。景気拡張の初期段階にあたる2002年ごろから2004年ごろまでの設備投資の増勢は比較的大きなものであったが、「法人企業統計」に表れた2006年初の増勢を除けば、2005年、2006年と増勢は徐々に鈍化しており、2007年には減少傾向に転じている(前掲図1-1-4図)。設備投資が頭打ちとなった2007年以降、輸入も弱い動きとなっている。また、原油を始めとする鉱物性燃料については、我が国経済が「踊り場」となった時期を中心に輸入が減少した場面もあったが、2007年末以降から2008年にわたる期間は価格が急騰したにもかかわらず輸入数量が伸びた。ただし、景気後退を背景に2008年秋以降は鉱物性燃料の輸入も減少に転じている。
(輸出は減少傾向が続く見込み)
輸出の先行きに影響を及ぼす要素として、世界の景気、石油生産国の輸入動向、為替レートなどが考えられる。以下でみるように、これらを総合すると、輸出は、当面、減少傾向が続くものと見込まれる。
最も重要なのが世界の景気であるが、欧米の景気は既に後退しており、アジアでも減速の動きがみられる状況にある。加えて、金融危機の影響により、一段の下振れリスクを抱えている。実際、輸出に対して先行性を持つOECD景気先行指数をみると、アメリカを中心に伸び率は大きく下がってきており、9月以降一段と下落幅を広げている(第1-4-5図)。したがって、この面からの輸出の下押し圧力が続いていくと考えられる。特に、アジアにおける内需の減速、アジアの欧米向け輸出の減少が広がれば、我が国の輸出への影響は極めて大きい。
OECDの分析13によれば、石油生産国は原油価格上昇分も含めその収入を先進国からの輸入という形で世界に還元するが、日本に対しては、石油生産国への輸出が十分伸びずまた時間もかかるという指摘がなされている。これは貿易構造上、他のOECD諸国に比べると、石油生産国との貿易が小さく、品目も限定されていたためと考えられる。その上に原油価格が大幅に下落しており、石油生産国向けが我が国の輸出を牽引するのを期待するのは難しいと考えられる。
為替レートについては、各国通貨に対し急速な円高が生じている。当面、これは円ベース輸出価格の下落による企業収益の悪化要因として働く面が強いが、現地通貨ベースの輸出価格に転嫁が進むにつれ、価格競争力の低下によって輸出数量を下押しすることが懸念される。
(輸入価格の上昇などが貿易黒字縮小に寄与)
こうした輸出の減少や原材料価格高騰を背景に、我が国の貿易収支黒字幅は縮小基調で推移し、2008年半ば以降、貿易赤字に陥ることもあった(第1-4-6図)。
貿易黒字幅の縮小について、貿易収支を、輸出価格、輸出数量、鉱物性燃料価格、鉱物性燃料数量、鉱物性燃料以外の輸入価格、同輸入数量、為替の7要因に分解したところ、2008年に入ってからの貿易黒字の減少には、鉱物性燃料を含む輸入価格要因が大きいものの、輸出数量の伸び悩み、輸出価格の上昇の遅れなども影響が大きかった(第1-4-7図(2))。ただし、その後は輸出価格以上に輸入価格が下落していることから、今後の輸出数量の動向次第では先行き黒字基調に復する可能性もある。
ところで、鉱物性燃料の輸入、工業製品の輸出が相対的に多く、比較的日本と類似した貿易構造を有すると思われるEUについてみると、交易条件悪化が小幅にとどまったことと同様に、貿易収支の赤字幅はそれほど拡大していない(第1-4-7図(1))。そこでEUの貿易収支を上記と同じ方法で寄与度に分解してみると、我が国と同じく、鉱物性燃料を含む輸入価格要因はある程度影響しているものの、主として輸入数量が減少したことから、赤字幅を大きく広げることにならなかったことが分かる(第1-4-7図(3))。これはEU経済の減速を背景に、自動車のような耐久消費財の生産向けが多いとみられる中間財の輸入が年初から減少していること等によるものと考えられる。
(経常収支のGDP比も低下基調)
「サービス収支」の動向を長期的にみると、振れが大きい「その他サービス収支14」の動きを別にすれば、日本人による海外旅行や外国航空会社への運賃支払いを背景に赤字圏で横ばいに推移している(第1-4-8図)。このため、貿易収支と合わせた貿易・サービス収支は、おおむね貿易収支の動きを反映して推移しており、2008年の初めから輸入価格の上昇等を背景に黒字は減少し、半ば以降赤字に転じた(第1-4-9図)。
最後に、貿易・サービス収支に、直接投資収益や証券投資収益などからなる「所得収支」等を加えた経常収支を対名目GDP比で見てみよう(第1-4-10図)。2007年度までは、対外純資産の蓄積を背景にして所得収支の黒字幅が増加したのに対し、サービス収支の対名目GDP比での赤字幅は縮小傾向を示したため、経常収支は増加傾向で推移してきた。ただし、2008年に入って以降、貿易収支の黒字幅が縮小したため、経常収支の対名目GDP比も低下基調となっている。