第5節 金融資本市場の変動と財政金融政策
本節においては、金融資本市場の動向を振り返るとともに、財政金融政策の概要について紹介する。
2008年の我が国金融資本市場は、2007年夏にアメリカの金融資本市場で顕在化したサブプライム住宅ローン問題に端を発する欧米金融市場の混乱に大きく影響される展開となった。本節の前半では、2008年の我が国の金融資本市場の動向について、株式市場、長短金利、為替市場の順に振り返ることとしたい。後半では、最近の財政の状況及び公共事業の動向について概観する。
1 大きく変動した株価
ここでは、2008年中の株価の特徴的な動きについて議論する。
(下落局面において我が国株価の下げ足は速い)
2008年の株式市場は、年央までは、欧米市場における株価下落を受けて軟調となる局面がみられたものの、比較的底堅い動きとなった(第1-5-1図(1)(2))。しかし、秋以降はアメリカの金融不安が顕在化し、100年に一度の危機といわれるほど、金融資本市場は激しく動揺し、我が国の株式市場でも株価は大きく下げ、一時、バブル以来の最安値を更新するまでに至った。
2008年においても、我が国の株価は、世界的な相場の下落局面において、他の主要先進国における株価と比べ、下げ足を早める場面が目立った。これは、過去の株価指数の変動度合いを示すヒストリカル・ボラティリティをみると、我が国の株価指数の変動が、他の主要先進国の代表的株価指数に比べ、特に下落局面において大きくなる傾向から確認できる(第1-5-1図(3))。以下では、この背景について若干の検討を行う。
(日本の株価指数構成銘柄の中には外需依存型企業が相対的に多い)
第一に、日本の株式市場には相対的に外需依存型の企業が多く上場されているため、海外の景気の先行きが反映されやすいことが指摘できる。
間接的な指標として、日米英の代表的株価指標について、その構成銘柄の業種を比較してみよう15(第1-5-2図)。その結果によれば、輸出動向の影響を受けやすいとみられる製造業16の比率は、日本は、英国よりはるかに高く、アメリカよりも高い。今回の原材料価格の変動の影響を受けたとみられる鉄鋼や石油などを含む「鉱工業(除く輸出関連製造業)」の比率をみると、日本は英国とは同程度であるが、米国よりは高い。金融業の比率は最も低い。また、景気の動向を受けにくいとされる食品、薬品、エネルギーなどは、日本で低くなっている。このように、アメリカや英国に比べれば代表的株価指数に占める輸出型企業の割合が多いことが、特に円高局面において、日本株が売られやすい背景の一つと考えられる。
なお、日本とアメリカの2008年の株価の騰落率について個別の業種ごとにみると、鉄鋼や輸送機器、自動車製造などでの世界景気敏感株は、両国とも下落が目立っており、特に日本の騰落率が大きいわけではない(第1-5-3図)。
(国内勢に比べ外国人の取引は活発)
第二に、我が国の市場の特徴として、外国人投資家の動向が株式市場を左右する要素が大きいことが指摘できる。実際、我が国の株式市場ではストックの株式保有金額では3割弱(2007年度27.6%)のシェアにすぎない外国人が、フローの売買代金では6割を超える取引を行っている(第1-5-4図(1))。
これを投資主体別株式売買動向でみると、外国人が売り越している局面では株価指数が下げる傾向にあり、個人などの国内勢は下落局面で買いを入れていることが分かる(第1-5-4図(2))。こうした現象の背景として、外国の投資ファンドなどが、欧米の株価が下げる局面において、株式の投資比率を下げる必要があって我が国の株式も売っているという指摘がしばしばなされる。ドル換算により為替要因を調整した指数では、日本の株価が他の主要先進国と比べてほぼ同じ下落テンポとなっていることも、このような動きを傍証しているといえよう(第1-5-4図(3))。
2 金利の動向
ここでは、長短金利の動き、社債市場や信用格付けの問題、最後に2008年中の日本銀行の動きについて概説する。
(欧米に比べれば短期金融市場は概して安定)
2007年2月21日の日本銀行による無担保コールレート(オーバーナイト物、以下O/N)の誘導目標の引上げ(0.25%前後から0.5%前後へ)以降、2008年に入ってからも短期金利(無担保コールO/N金利)は0.5%付近でおおむね安定して推移してきた(第1-5-5図)。ただし、流動性が大きく枯渇した欧米の短期金融市場と比べれば概して安定していたものの、欧米の金融市場の動揺を受け、9月末から10月にかけて若干振れやすくなる状況もみられた。2008年10月31日の日本銀行によるO/Nレートの誘導目標の0.3%前後への引下げ以降、短期金利は0.3%付近で安定して推移している。
一方、長期金利(新発10年国債流通利回り)は、年初、アメリカの長期金利に連動する形で1.2%台半ばまで低下した後、アメリカの長期金利の反発、利下げ観測の後退などを背景に、6月には1.8%台まで上昇する局面もみられた(第1-5-6図)。その後は同じくアメリカの長期金利の動向や株式市場の軟調さに引かれ、長期金利は低下傾向で推移した。
ただし、9月末から10月にかけて株価指数が大きく下落しているにもかかわらず、長期金利が低下しないという現象がみられた。通常、株式等の危険資産の価格が下落する場合には国債等の比較的安全性の高い資産の市場に資金が流入し、金利が低下するという「質への逃避」傾向がみられる。しかし、今般の局面においては、それほど大きな金融資本市場の混乱に見舞われなかった日本市場においても、先行き不透明感が高まり、債券さえも相対的に嫌気され、現金保有が高まる「現金への逃避」現象が起きているという指摘もなされている。そうしたことも背景に、国債市場への資金流入の動きが消極的となったと考えられる。
(拡大する局面も見られたクレジット・スプレッド)
社債流通利回りの対国債スプレッド(以下、クレジット・スプレッド)をみると、総じて安定していたものの、企業の金融環境の悪化などを背景に2008年の年明け以降、低格付けの社債中心にスプレッドがやや拡大する局面がみられた(第1-5-7図)。9月末以降は欧米の金融資本市場の緊張も背景に比較的大きく拡大している。
今回の金融危機の中で、しばしば信用格付の信頼性への疑問が呈されたが、ここで信用格付の変化に対するクレジットスプレッド等の反応を調べてみよう。
信用格付とは、企業の発行する社債等の信用リスクの程度を格付機関が評価して公表するものであり、投資家が投資対象金融商品の安全度を判断する材料として利用される。また、格付を得る企業にとっては、より有利な条件で市場から資金を調達するために必要な第三者からの信用リスクの評価指標として広く利用されている。
日米欧における信用格付の変更の件数を四半期ごとにみると、各国とも2003年ごろから格下げ率が低下していたが、サブプライム住宅ローン問題に起因する金融資本市場の変動が大きくなった2007年下半期以降、アメリカを中心として格下げ率が上昇している(第1-5-8図(1)(2))。また、日本では2008年下半期以降に格下げ率が急激に上昇しており、格下げ件数でみると、2008年7―9月期からの増加ペースが顕著となっている。信用リスクの程度を評価する信用格付は、信用リスクを反映する指標である社債スプレッドやCDS指数と連動するはずである。そこで、これらの関係を調べると、2007年下半期以降の格下げ率の上昇に合わせて社債スプレッドやCDS指数も上昇している(第1-5-8図(3))。
なお、信用格付については、格付手法の不透明性や格付ビジネスの利益相反等の課題も指摘されており、あくまでも信用リスクを評価する際の参考情報の一つとして利用されるべきものである。信用格付の変更自体が社債利回り等を通じて金融資本市場に影響を及ぼす可能性など、その動向について注視していく必要があろう。
(日本銀行の対応)
我が国の株式や長短金利等の市場においてもみられた、2008年9月末以降の世界の金融資本市場の動揺に対応して、日本銀行はG7等諸外国の通貨当局とも協調し、以下のような対応を行った。
第一に、9月中旬のアメリカ大手証券会社の破綻に端を発した世界的な金融資本市場の緊張状態に対し、国債レポ市場の流動性改善措置、CPオペの積極活用等、年末越え資金の積極的供給を通じ、積極的な流動性供給を行っている。さらに、ドルの流動性が世界的に枯渇する局面がみられたため、各国中央銀行とも協調して、アメリカ連邦準備制度とドルのスワップ協定を結び、ドルの流動性供給を行った。
また、10月31日の金融政策決定会合において、景気の下振れリスクの高まりと物価の上振れリスクが低下してきたという判断に基づき、無担保コールレート(O/N物)の誘導目標を0.5%前後から、0.2%引下げ、0.3%前後とした。それとともに、補完当座預金制度を導入し、当座預金のうち所要準備を上回る部分については、0.1%の利息を付す制度を臨時に導入した。これにより既存の補完貸付制度とあいまって、資金供給の円滑化に資すると考えられている。
12月2日には臨時の金融政策決定会合が開かれ、民間企業債務の適格担保範囲を拡大することや民間企業債務を担保とした新たなオペレーションを導入することが決定され、年末・年度末の企業金融の円滑化を支援することとされている。
今後とも、金融市場の動向に応じ、日本銀行には、政府の政策取組や経済の展望と整合的なものとなるよう、金融政策運営において、機敏な対応をとっていくことが求められよう。
3 為替市場の動向
2008年初めから3月ごろにかけては、アメリカ景気の先行き不透明感からドルが主要通貨に対しておおむねドル安傾向で推移したため、ドル円相場も円高傾向で推移した(第1-5-9図)。夏ごろにかけて、アメリカ経済の先行き懸念の一時的後退や利上げ観測もあり、円高傾向に歯止めがかかったが、9月以降金融危機が深刻化する中でドルが大きく売られ、円が急騰し、10月下旬には93円台半ばまで円高が進展する局面もみられた。
一方、ユーロは、内外金利差の拡大もあって、主要通貨に対し、夏ごろまでは堅調に推移してきたが、9月末以降欧州にも金融危機が広がり、住宅バブルの崩壊といった欧州固有の問題の影響も拡大したため、対円でも大きく売られて円高が進行し、1ユーロ115円台後半の安値圏となる局面もみられた。
これまで、低金利の続いていた日本円を高金利国の通貨に替えて運用するというキャリートレードが盛んに行われてきたが、この対象となってきたユーロや資源国などの高金利国経済は金融危機の進展の中で先行き不安が急速に高まり、キャリートレードは急激に巻き戻され、これら高金利国通貨は円に対して大きく売られた。こうした動きとあいまって、日本の金融システムは相対的にダメージが浅いと考えられたこともあって、急速な円買いの動きにつながったと考えられる。なお、ドルについては、世界的にドルの流動性が急激に枯渇したことで、ユーロ等の円以外の通貨に対してはドル高となったが、相対的には円が選好されたため円に対してはドル安となった。さらに、日米の金利差がアメリカの利下げによって縮小したため、円に対しては急速に弱含み、円の独歩高の展開となったとみられる。
4 財政の状況
政府は「今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針(基本方針2001)」等に基づき、歳出削減努力を行ってきた結果、2002年以降、財政収支は改善してきた。この動向を、税収など景気循環の影響を受ける循環的財政収支とネットの利払い費、そのほかの構造的な歳出などを示す構造的基礎的財政収支に分解すると、2002年以降の財政収支の改善には、構造的基礎的財政収支の改善が最も寄与してきたことが見て取れる(第1-5-10図)。
こうした動向を歳出、歳入構造の面からみると、歳入面では、2004年度以降の法人税収の増加が財政収支の改善に寄与してきた(第1-5-11図)。また、歳出面では公共投資の減少基調が歳出抑制に寄与してきたことが分かる。
ただし、2007年末ごろから我が国経済は後退局面に入った可能性が高く、2008年秋以降は厳しさを増していることから、法人税収等を中心に歳入の減少が予想される。また、「安心実現のための緊急総合対策(2008年8月)」の裏付けとなる補正予算が10月16日に成立したほか、「生活対策(2008年10月)」に盛り込まれた施策を実施するため、予算措置が予定されており、こうした歳出面での動向についても、今後財政収支にどの程度の影響をもたらすか注視する必要があろう(付表1-1)。
5 公共投資の動向
最後に2008年中の公共投資の特徴的な動向について議論する。
(公共投資は総じて低調)
国民経済計算の公的固定資本形成や公共工事の代表的統計である「公共工事前払金保証統計」における公共工事額を見ると、2000年代に入って以降、公共投資は減少基調で推移してきた(第1-5-12図(1))。しかし2006年度以降は下げ止まりの兆しがみられる。発注機関別に見ると、都道府県、独立行政法人等の下げ幅が小さくなっているほか、2006年度ごろから国の機関による発注が増加していることが寄与しているものとみられる(第1-5-12図(2))。更に発注額を四半期ベースで見ると、2007年以降、国機関による東京近辺の空港や高速道路といった大規模工事発注の影響などもあって、2006年10-12月期、2007年1-3月期、4-6月期には国発注分が増加し、2007年1-3月期には全体でも増加する局面がみられた。さらに、2008年7-9月期においては、国・地方ともに増加に転じている(第1-5-12図(3))。
いうまでもなく、年間を通してみれば、国の公共投資関係費は2004年度以降減少を続けており、均してみれば公共投資は低調であることは変わりない。したがって、現在の予算規模を前提にすれば、2008年度の公共投資も総じて低調に推移することが見込まれる(第1-5-12図(4))。ただし、公共投資の発注主体の構成比や多年度の支出を予定している大型プロジェクトの有無、年度内の支出パターンなどは様々な事情で変化することが考えられる。
例えば2006年度については、2006年度予算において予算配分の重点化が行われたことが影響した可能性がある。公共事業関連予算額が減少する中で、投資効率を高めることなどを目的に補助事業が減少し、国直轄事業が増加したことにより、国発注の公共事業が増加したものと考えられる。
また、予算額に対する公共事業の毎月の累積執行率を計算し、過去5年分の平均執行率からのかい離の形で、月ごとの執行状況を調べてみよう(第1-5-13図)。2008年度は6月までは遅い進捗ペースであったが、国の機関においては、夏以降、執行が例年よりも早いペースで進捗しており、8月以降は過去5年で最も高い進捗率となっている。ここから、公共投資が下げ止まっているのは、執行の前倒し傾向が要因となっていることが分かる。地方については、年度前半の執行は遅れている模様であるが、これは2008年4月に道路特定財源の暫定税率が失効したことに伴い、多くの自治体が予算執行を保留したことが影響しているものとみられ、年央以降は執行も進捗していくものと見込まれる。2008年10月16日に成立した補正予算において公共工事関連予算の積み増しが行われ、また追加の経済対策も公表されていることから、公共工事の執行が進んでいくとみられる(付表1-2)。こうしたことから、2008年度の公共投資額は、月によっては、前年比で上昇することもあるものと考えられる。
(小規模化は一服)
なおこうした状況の下、一件当たりの公共工事の小規模化(いわゆる「ミニ化」)については一服感がみられている。国、都道府県、市区町村ごとに、工事費額別の工事件数を見てみよう(第1-5-14図)。2005年度までは、いずれの機関においても5000万円以上の大規模工事は減少し、1000万円未満の小規模工事が増加する傾向がみられた。2006年度以降も、都道府県や市区町村ではおおむね横ばいでこの傾向に大きな変更はない。一方、国においては、2006年度以降、5000万円以上の大規模工事の比率が増加してきており、一件当たりの公共工事額は増加に転じている。
このように公共工事の小規模化に一服傾向がみられるのは、既述のとおり、2006年以降に東京近郊の空港や高速道路などの大規模工事がみられたことに加え、2006年度の予算配分の重点化による国直轄事業の増加といったことが影響しているものと思われる。2008年度の補正予算による新規事業については、学校など公共施設の耐震化などの比較的小規模なものが多いと考えられ、今後、こうした傾向がどのようになるのか注目される。