第2節 今次後退局面の特徴
以下では、代表的な指標の動きに着目し、今次後退局面の特徴を、過去の後退局面との対比で探ってみよう。比較の対象としては、原油価格等の高騰が直接、間接に原因となったと考えられる第一次石油危機、第二次石油危機後の景気後退局面(1973年11月以降;第7循環後退局面、1980年2月以降;第9循環後退局面)及び最近の3つの景気後退局面(1991年2月以降;第11循環後退局面、1997年5月以降;第12循環後退局面、2000年11月以降;第13循環後退局面)を取り上げることとする。
結論を先取りすると、今回の特徴として、[1]当初は企業部門の悪化が比較的緩やかだったこと、[2]しかし、2008年秋以降、世界経済の一段の減速を背景に、輸出、生産が大きく減少し、企業部門は異例の速さで悪化しつつあること、[3]この間、家計部門は持ちこたえているものの、景気を下支えする力は弱いこと、などが挙げられる。
(アメリカと連動する傾向の強い日本の景気循環)
まず、過去における日本の景気循環を、アメリカと対比しながら振り返ってみよう(第1-2-1表)。日米では景気基準日付の設定に際して着目する指標が違うことなどに留意が必要だが、戦後、日本では今回の循環を含め14回、アメリカでは11回の景気循環があったとされている。これらの日付から分かる特徴は、次のとおりである。
第一に、アメリカが景気後退に入ると、同時またはやや遅れて日本も景気後退に入ることが多い。このことは、必ずしも因果関係を示すものではないが、両国の景気循環が連動する傾向にあるとはいえよう。第一次石油危機のときは、物価高騰に対する需要抑制政策の結果としてそれぞれ景気後退に陥った。第二次石油危機では日本の国内対応は比較的成功したが、その後のアメリカを含めた世界同時不況の影響で長期にわたる緩慢な後退を経験した。また2000年11月からの日本の景気後退はアメリカに先行しているが、アメリカのITバブル崩壊の影響を受けたものであった。
第二に、アメリカと比べると、日本では拡張局面は短く、後退局面は長い傾向にある。例えば、アメリカでは80年代と90年代のそれぞれにおいて、長い拡張局面が続いている間に、日本では85~86年にプラザ合意後の円高不況、97~99年には金融危機を伴った景気後退があった。またアメリカでは雇用調整が速いこともあって、景気回復力が強くV字型となりやすい点も指摘できる。
もっとも、今回のアメリカの金融危機は、その広がりと深刻さという点で戦後では例を見ないものであり、その実体経済への波及によって生ずる景気後退は、これまでのようなパターンに当てはまらない可能性がある。
(今回の後退局面でのGDPの減少はこれまでのところ緩やか)
それでは、今回の日本の後退局面は、過去の後退局面と比べてどのような特徴があるだろうか。手始めに、実質GDPの推移を前年比の長期時系列で眺めてみよう(第1-2-2図)。
過去の後退局面をみると、第一に、前年比ベースで連続してマイナス成長に陥ったケースが4回ある。最初は第一次石油危機後であり、残りはバブル崩壊後の3回の景気後退である。バブル崩壊後は、景気拡張局面での成長率が2%台前後と低くなっており、グロウス・リセッション(プラス成長での景気後退)は生じにくくなっている。今回は2008年7-9月期になって初めて前年比で若干のマイナスを記録した。
第二に、景気後退入り直後に、GDP成長率が前年比で急激に低下することが多い。第一次石油危機後、バブル崩壊後の3回の後退は、いずれもそうしたケースに当たっている。これは何らかの大きなショックが生じている可能性を示唆する。今回は、仮に2007年末ごろまでに景気後退局面に入ったとした場合、少なくとも最初のうちは急激な成長率の低下が生じなかったことになる。この点は珍しいケースである5。
(企業部門の悪化は当初緩やかだったが、2008年秋以降、異例の速さで悪化しつつある)
過去の後退局面と比べると、企業部門の悪化テンポは2008年前半までは比較的緩やかとみられたが、その後は異例の速さで悪化しつつある。このことを典型的に示すのは鉱工業生産の動きである(第1-2-3図)。生産は、第一次石油危機後や2001年の後退局面においては大きく減少している。これに対し、今回の場合、2008年前半までの減少の程度は比較的緩やかなものにとどまっていた。生産の減少テンポに大きく影響する在庫率については更にこの傾向が顕著であり、当初は在庫調整局面入りが明確でない状況であった(第1-2-4図)。しかし、2008年半ば以降は生産、在庫率とも急速に悪化しつつある。
もっとも、当初から悪化が著しかった指標もある。その一つが企業収益である。経常利益率の推移でこれをみると、最初から過去の後退局面とほぼ同じようなテンポで減少している(第1-2-5図)。これは、原油・原材料高騰の影響が早い段階から顕在化していたためとみられる。また、企業収益の先行指標という側面も持つ株価も、過去と比べて悪化テンポが速かった。世界的な金融危機の影響が日本の株価にも波及したため、その悪化テンポは、石油危機後を含め、過去の後退局面と比べても突出している(第1-2-6図)。
では、なぜ生産関係の数字の落ち込みは当初緩やかだったのだろうか。第一に、2002年以降の景気拡張局面が相対的に緩やかだったために、企業の売上計画の立て方も慎重で、2002年以降、期初と修正後の売上計画の変更幅がマイナスとなっていることが指摘できる(第1-2-7図)。その結果、需要が弱まる局面でも、在庫率の上昇が抑えられたと考えることができる。同様の傾向は2002年以降の需給判断DI自体の予測値と実績値のかい離が小さいことからも読み取れる(第1-2-8図)。第二に、今回の景気後退は海外発のものであり、当初から需要の減少は輸出中心であったが、その輸出の減少テンポも前回のITバブル崩壊後と比べ緩やかだったことが指摘できる(第1-2-9図)。その理由は、前述のとおり、最大の輸出先であるアジア向けの輸出がそれほど大きく崩れていなかったことによる。ただし、2008年秋以降在庫率も急速に上昇し、アジア向け輸出も減少に転じるなど、企業部門をとりまく環境は急速に悪化している。
(家計部門は個人消費でみると過去と比べて弱め)
今回の後退局面で、輸出や生産、設備投資がマイナスの動きとなる一方、家計部門の代表的な指標である個人消費(民間最終消費支出)はおおむね横ばい圏内で推移してきた。これだけをみると、「企業部門は悪化したが、家計部門は持ちこたえている」との評価もできる。だが、過去の後退局面をみると、第一次石油危機後と1997年以降の後退局面では個人消費がはっきりと減少した時期があったが、それ以外の場合には個人消費は増加することが多かったことが分かる(第1-2-10図)。したがって、今回は「個人消費による景気下支えの力が弱い」という見方もできよう。
また、雇用の代表的な指標である失業率は、典型的な遅行指標のため景気後退の初期では上昇が鈍いのが普通である。そのことを勘案しても、今回の失業率の上昇テンポは過去の後退局面と比べ緩やかである(第1-2-11図)。しかしながら、2008年後半以降、派遣労働者の雇用過剰感が急速に高まるなど、雇用情勢の更なる悪化が懸念される状況にある。当初は緩やかでも途中から失業率が急上昇し、かつ上昇が長期化した1997年以降の後退局面のような展開となる可能性もある。