第3章 豊かさを支える成長力 第2節

[目次]  [戻る]  [次へ]

第2節 環境問題への対応を通じた生産性向上と雇用創出

環境規制は市場メカニズムだけでは不十分となる環境問題への対応を目指して行われる。だがそれは同時に、国民生活や企業活動に何らかのコストをもたらす。それゆえ、かつては「環境と経済成長の両立」をいかに図るかが課題とされていた。今日でも、依然こうした側面が残っているものの、一方で「環境によって経済成長を達成する」という大胆な発想も生まれている。いずれにせよ、企業の直面する課題としては、環境問題への対応を契機として、生産性の向上に取り組んでいけるかであろう。こうした問題意識から、環境対策の中でも特に大きなインパクトが想定される地球温暖化対策について、その枠組みと我が国の現状を概観した上で、広く環境対策一般に関して、その生産性や雇用への影響について検討する。

1 地球温暖化対策と日本経済

ここでは、「地球温暖化対策の枠組みと我が国の現状はどうなっているのか」「地球環境対策と省エネはどう関係するのか」「どの部門、どの産業で特に対策が必要か」といった論点について考える。

(1)対策の枠組みと我が国の現状はどうなっているのか

まず、地球温暖化問題についての基本的なデータ、枠組みを確認しよう。具体的には、世界の二酸化炭素(CO2)排出量とその見通し、京都議定書等の国際的な取組み、国際的に見たときの我が国の温室効果ガス及びCO2の排出の効率性を順次紹介する。

●我が国のCO2排出量は世界全体の4%

地球温暖化の原因とされる「温室効果ガス」の大半はCO2である。2007年時点で、全世界のCO2排出量は約290億トンとされている。その国別の内訳、今後の見通しについて概観しよう(第3-2-1図)。
第一に、中国、アメリカの排出量が特に多く、それぞれ2割を占める。ロシア、インドがこれに次ぎ、以上の4か国で全世界の排出量の半分になる。これらの国で適切な対策がなされることが、地球温暖化対策にとって極めて重要であることが分かる。一方、我が国は4%程度であり、また、ドイツ、カナダ、英国といったアメリカ以外の欧米主要国はそれぞれ2~3%程度となっている。なお、EU15か国(2004年5月の拡大前の旧加盟国)は、全体の約11%を占めている。
第二に、過去15年程度の全世界の排出量の推移を見ると、90年には約210億トンであったが、そこから年率約1.9%の速さで急速に増加してきたことが分かる。その内訳を見ると、この間の増加のほとんどは中国、インドをはじめとする途上国によるものである。これに対し、先進国合計は緩やかな増加を示しているが、増加分はアメリカによるところが大きい。
第三に、地球環境産業技術研究機構の見通しによれば、ある程度の技術進歩を見込んだケースでも、2050年には世界の排出量は現状の2倍弱の480億トン程度に達するとされる。ここでもまた、途上国の排出量増加が全体を大きく押し上げ、結果として途上国のシェアは現状の半分程度から、2050年には6割を超えると見込まれている。ただし、アメリカやEUでも、経済成長に伴って排出量が増加し、2005年対比でそれぞれ5.7%増、36.8%増となることに注意が必要である。
こうしたことから、地球温暖化対策を進めるに当たっては、先進国の努力だけではまったく不十分であり、引き続き高成長が予想される途上国・新興国における排出効率の大幅な改善が必須であることが示唆される。

●我が国は2020年までに25%の温室効果ガス削減を宣言

このような世界的な動向の中で、現在、京都議定書の目標達成に向けて各国で様々な取組みが行われるとともに、ポスト京都議定書に向けた動きが始まっている。ここでは、我が国におけるこれまでの排出量の推移を振り返りつつ、国際的な枠組みの動向を確認しておきたい(第3-2-2図)。
第一に、97年の京都議定書では、先進国と市場経済移行国に対して、2008年~2012年(第1約束期間)において、90年を基準とした温室効果ガスの削減目標が設定されており、我が国は6%の削減目標を受け入れた(アメリカは7%減、EUは8%減。ただしアメリカは未批准)。しかし、我が国の91年度以降の排出量は一貫して基準年を大きく上回る状況が続き、2007年度には基準年比8.5%増となった。
第二に、しかしながら、世界的な金融危機に伴う景気悪化の影響を受けて、我が国の排出量は減少傾向にある。すなわち、2008年度の排出量は基準年比で1.6%増にとどまっており、これを前提にすると7.6%が目標達成に必要な削減量となっている。したがって、計画されている森林吸収源対策分(3.8%)、京都メカニズムの活用分(1.6%)の確保を前提とすれば、2009年以降も厳しい景気情勢が続いていること、官民による様々な省エネの取組みが行われていることなどもあり、目標達成へ向けて進んでいるという見方もできる。しかしながら、景気動向によっては排出量の増加も考えられるため、引き続き対策を講じていくことが重要である。
第三に、我が国は、すべての主要国による公平かつ実効性のある国際的枠組みの構築及び意欲的な目標の合意を前提に、2020年までに90年比25%削減という目標を宣言した。また、2009年12月のCOP15における「コペンハーゲン合意」を受けて、各国は2020年の削減目標・行動を登録しており、我が国も前提条件を付して90年比で25%削減という目標を国連に提出した。この目標達成のためには画期的なイノベーションの実現が求められるところである。

●我が国の排出効率は温室効果ガスでは欧州主要国並みだがエネルギー起源CO2では首位

しばしば指摘されるように、我が国は二度の石油危機を経てエネルギー効率を大幅に改善したことなどから、CO2排出量についても比較的効率が高い国であるといわれる。この点について、2007年時点における一人当たり及びGDP当たり(市場為替レート、購買力平価の2通りの換算方式)の温室効果ガス排出量とエネルギー起源CO2排出量をG7で比較することで確認しよう(第3-2-3図)。
第一に、一人当たり温室効果ガス排出量では、カナダ、アメリカが突出して多く、我が国はこれらの国と比べると格段に低く、ドイツと英国との間に位置する。ただし、イタリア、フランスは英国よりさらに低い。カナダ、アメリカが高いことは、両国がエネルギー多消費型の社会であることから、当然予想されるところである。また、エネルギー起源CO2排出量で見てもおおむね同様の結果となっている。
第二に、市場為替レートでドル換算したGDP当たりの温室効果ガス排出量では、我が国はドイツを含めた欧州主要国よりやや高い水準にある。もっとも、カナダ、アメリカが突出して高いことは人口当たりの場合と同じである。一方、エネルギー起源CO2排出量で見れば、我が国は最も低い水準となっている。
第三に、購買力平価ベースでドル換算したGDP当たりの温室効果ガス排出量を見ると、我が国の位置は人口一人当たりの場合と同じになる。同様に購買力平価ベースのエネルギー起源CO2排出量を見ると、我が国は、フランスや英国には劣るもののドイツと同程度となっている。
以上から、我が国の排出効率は温室効果ガスで見ればアメリカ、カナダより高いが、欧州主要国と比べると同程度という評価になる。また、我が国の温室効果ガス排出量の9割程度を占め、省エネ投資等の効率化に向けた努力が適切に反映されるエネルギー起源CO2を市場為替レートベースで見れば、首位となっていることが分かる。

(2)地球温暖化対策と省エネはどう関係するのか

温暖化対策と経済成長を結びつける鍵はエネルギー問題である。温暖化対策により省エネが進めば、生産性向上にもつながりうる。また、原油価格の高騰で海外へ多額の所得が流出するという脆弱な経済構造の克服のためには、省エネと石油依存度の引下げが貢献しうる。一方、市場メカニズムだけでは、望ましい省エネ水準が達成されないという「エネルギーパラドックス」も指摘されている。そこで以下では、CO2排出効率、エネルギー原単位、石油依存度等の関係について考察する。

●我が国はエネルギー原単位、1次エネルギー当たりCO2排出量の低下で見劣り

我が国の温室効果ガス排出量は基準年である90年を上回る状況が続いてきたこと、温室効果ガス排出効率はアメリカ、カナダより高いものの欧州主要国と同程度であることが分かった。ここでは、90~2000年、2000~2007年の2つの期間に分けて、主要先進国のCO2排出量の増減要因を調べてみよう。具体的には、CO2排出量の増減を、一人当たりGDP、人口、GDP当たり1次エネルギー消費(原単位)、1次エネルギー当たりCO2排出量それぞれの寄与に分解する。その結果を要約すると、次のようになる(第3-2-4図)。
第一に、我が国のCO2排出量はいずれの期間においても増加しているが、2000年代には増加率が鈍化している。アメリカも、同様のパターンとなっている。これに対し、英国、ドイツでは両期間とも減少、フランスは90年代にはわずかに増加したが、2000年代にはわずかながら減少に転じている。
第二に、我が国は、特に90年代においては、GDP当たり1次エネルギー消費、すなわちエネルギー原単位の改善が他の諸国と比べ少なかった。一方、英国、ドイツ、アメリカは原単位の改善が比較的大きかった。90年代のバブル崩壊後は我が国の経済成長率は低めであったが、原単位の改善がそれ以上に少なかったことが、排出量が増加した主因といえよう。
第三に、90年代には、ここで示したすべての国で1次エネルギー当たりCO2排出量が低下し、排出量の減少ないし抑制に寄与した。しかしながら、日本と英国では2000年代にはむしろ1次エネルギー当たりCO2排出量が増加している。フランス、ドイツは一貫してこの比率を低下させている。2000年代における我が国の排出量の増加には、この点が寄与しているといえよう。
まとめると、GDP当たり1次エネルギー消費(原単位)、1次エネルギー当たりCO2排出量の両面で、CO2排出効率の向上が他の先進国と比べて進まなかったため、経済成長が低めにあったにもかかわらず排出量が増加したことが分かる。

●1次エネルギーに占める石油のシェアは持続的に低下

とはいえ、我が国においてもCO2排出効率が改善したことは事実である。このことは、GDP当たり石油輸入量の変化とどう関係しているのだろうか。GDP当たり石油輸入量が低下すれば、原油価格が高騰したときの海外への所得流出を抑制することができ、マクロ経済にとってのリスクが低下する。したがって、排出効率の改善と石油輸入への依存削減を同時に進めることができれば望ましい。こうした問題意識から、GDP当たりCO2排出量とGDP当たり石油輸入量の変化を比べてみよう(第3-2-5図)。
第一に、GDP当たりCO2排出量、GDP当たり石油輸入量とも、90年代前半はやや上昇したが、その後は低下傾向が続いている。その低下テンポも、期間を経るごとに速まっている。両者が低下した背景として、90年代後半以降、GDP当たり1次エネルギー消費(原単位)が低下したことが指摘できる。
第二に、GDP当たりCO2排出量の低下には、1次エネルギー当たりCO2排出量が低下傾向であることとも寄与している。2000年代前半には石炭火力発電の拡大等により上昇する局面もあったが、後半には大幅な低下を示している。
第三に、GDP当たり石油輸入量の低下には、1次エネルギーに占める石油シェアの低下が寄与している。時系列的に見ると、2000年代前半にはやや低下幅が縮小したが、後半には再び急テンポの低下を示している。なお、前述のように2000年代前半には石炭化が進んだが、これは石油依存度の低下に寄与している。
以上から、GDP当たりCO2排出量とGDP当たり石油輸入量は、基本的には同じような動きをしており、その背景にはエネルギー原単位の改善、エネルギーの石油依存の削減が進んだことがあるといえよう。炭素含有量の高い石油を、天然ガスや原子力へ転換していくことが、温暖化防止と成長の安定化に役立つといえよう。

●我が国のエネルギー消費の価格弾性値が国際的には高め

それでは、エネルギー原単位の低下は、マクロ的に見るとどのようなメカニズムで生じてきたのだろうか。一般に、何もしなければ経済成長に伴いエネルギー消費は増えると考えられるが、産業構造の転換を含めた省エネ努力次第では、エネルギー消費の伸びをGDPの伸びより低く抑えられるだろう。また、エネルギー価格が上昇すれば、自然と省エネが進むことが考えられる。こうしたメカニズムの大きさについて、最終エネルギー消費の所得(GDP)弾性値、価格弾性値を推計することで調べてみよう(第3-2-6図)。
第一に、全体として見ると、所得、価格弾性値とも、長期の弾性値を中心に国によるばらつきが大きい。特に、所得弾性値が1前後の国が少なくないが、これはGDPが伸びた分だけエネルギー消費も伸びることを意味し、マクロ的には省エネが進んでいないことになる。
第二に、所得弾性値については、我が国は他の先進国と比べて低めである。例えば、長期の弾性値からは、GDPが成長してもその半分以下のテンポでしかエネルギー消費が増加していないことが分かる。少なくとも過去においては、我が国は経済成長に伴うエネルギー消費の増加を強く抑制してきたといえよう。なお、我が国以外では、英国、アメリカ、デンマークで所得弾性値が低い。
第三に、価格弾性値については、我が国は他の先進国と比べて高めである。これは、我が国のエネルギー消費が価格の上昇に比較的敏感に反応することを意味する。仮に価格弾性値が今後も変化しないとすれば、価格メカニズムを通じた省エネが進むことが期待できる。これに対し、アメリカではエネルギー消費と価格の関係がはっきりせず、価格メカニズムを通じた省エネが進みにくいと解釈できよう。

(3)どの部門、どの産業で特に対策が必要か

これまで、マクロ的な観点から我が国のエネルギー、温室効果ガス排出に関する効率性を見てきた。次に、地球環境問題への対応と競争力との関係を考えるに当たって鍵となる、産業部門に着目した点検を行いたい。以下では、まず、エネルギー、温室効果ガス排出の原単位を産業とそれ以外(業務部門や民生部門など)に分けて試算する。その上で、我が国の産業構造、温室効果ガスの排出構造について、国際的に見て特徴的な点を抽出する。

●我が国では産業部門で温室効果ガス排出効率が低め

マクロ的には、我が国のエネルギー効率、CO2排出効率は欧州主要国並みであったが、これを産業部門(製造業、建設業、鉱業、電気・ガス等)、非産業部門(その他の業種、家計等)に分けてみよう。具体的には購買力平価ベースのGDP、1次エネルギー消費及び温室効果ガス排出量について、それぞれ一定の前提を置いて産業と非産業に分割した。その結果を見ると、以下のような特徴が分かる(第3-2-7図)。
第一に、いずれの国においても、GDP当たり1次エネルギー消費(原単位)は産業部門が非産業部門を上回る。我が国も例外ではない。ただし、アメリカ、イタリア以外は、産業部門と非産業部門のエネルギー原単位の差はそれほど大きくない。
第二に、我が国のエネルギー原単位は、産業、非産業とも、カナダ、アメリカより低く、フランスやドイツ並みである。これは、産業、非産業を合わせたマクロ的な温室効果ガス原単位の場合と同じような結果である。
第三に、GDP当たり温室効果ガス排出量(原単位)は、国によって産業、非産業の大小関係が違っている。我が国は、産業の原単位が非産業と比べて高めとなっている。エネルギー原単位では産業、非産業の差が小さいことを踏まえると、我が国では産業におけるエネルギー当たりの温室効果ガス排出量が大きいことが推察される。

●我が国産業部門の温室効果ガス排出効率の低さの背景に石炭・石油依存の高さ

それではなぜ、我が国では産業におけるエネルギー当たりの温室効果ガス排出量が大きいのだろうか。この点を調べるため、産業部門について、各国の最終エネルギー消費のエネルギー源別・業種別構成比に着目しよう(第3-2-8図)。
第一に、ここで取り上げた主要先進国の中では、我が国は石炭の構成比が非常に高い。石炭は他の化石燃料と比較すると多くのCO2を排出するため、産業全体の排出効率を悪化させていると考えられる。このように石炭の比率が高いのは、石炭を原料として多く利用する鉄鋼のウエイトが高いことが原因と考えられる。また、我が国は石油の構成比も高いが、これには化学の中でも石油を多く利用する石油化学のウエイトが高いことが影響している可能性がある。
第二に、天然ガスの構成比については、我が国が最も低くなっている。この背景としては、LNGの輸入という形でしか天然ガスを導入できずコストが高くつくこと、ガスパイプラインの全国的な整備がなされていないことなどが考えられる。また、アメリカやカナダは再生可能エネルギー・廃棄物の使用が多い点が特徴的である。これは、生産過程で排出される黒液・廃棄物をエネルギー利用している紙・パルプの構成比が高いためと見られる。
第三に、電力の構成比については国による差は大きくない。我が国は、電力の使用は比較的少ないグループに属している。これは、鉄鋼や化学といった消費エネルギーにおける電化率の低い業種のウエイトが高いことと関係していると考えられる。

●我が国産業部門のCO2排出量は特定の業種による寄与が多い

上記の解釈において特定業種の影響を示唆したが、この点について実際のデータで確認しよう。すなわち、我が国の産業部門(前述の定義による、製造業、建設業等で、サービス業などは含まない)の構成がCO2の排出にどのような影響を及ぼしているかを見るため、90年以降の業種別のCO2排出量、エネルギー原単位の推移を振り返ると、以下のようなことが分かる(第3-2-9図)。
第一に、我が国産業のCO2排出は特定の業種に偏っている。すなわち、排出量全体に占める業種別割合を見ると、鉄鋼が4割弱と非常に多い。また、鉄鋼のほか、化学、窯業・土石といった素材型業種で6割以上を占めている。これに対し、製造業のうち機械や非製造業はほとんど全体に寄与していないといえよう。
第二に、90年度と2008年度を対比すると、鉄鋼、機械のウエイトが高まっている。この間、輸出関連を中心にこれらの業種の生産シェアが上昇したことを反映したものと考えられる。一方、非製造業(農林水産業、建設業等)のウエイトは、これらの業種の付加価値シェアの縮小を背景に低下している。
第三に、生産額当たりエネルギー消費(原単位)の変化を見ると、多くの業種で、2008年度は90年度の水準を幾分上回っている(悪化している)。一般に、生産額の伸びが高い業種では、設備稼働率が高まることで原単位はむしろ低下すると考えられる。金属機械でこの傾向がはっきりと示されている。逆に、繊維は生産額が縮小したため、結果として原単位が上昇する形となった。鉄鋼や窯業・土石、化学などの主要な素材業種も、稼働率の低下を背景に原単位が上昇した。

2 環境規制とイノベーション

環境規制が企業活動に対してプラスの効果を与えるという一つの仮説として、いわゆる「ポーター仮説」15がある。一般に、「適切にデザインされた環境基準は、環境基準を遵守するコストを一部もしくはそれ以上に上回るようなイノベーションを誘発する」と定式化されている。この仮説を、ここでは、「環境規制は環境分野の研究開発や特許取得を増加させるか」「環境規制で生産性は上昇するか」と読み替えて検討しよう。なお、前者を「弱いポーター仮説」16、後者を「強いポーター仮説」と呼ぶこととする。加えて、「環境分野への資金供給は十分か」という点も検討する。ただし、「ポーター仮説」については、理論面、実証面から国内外において様々な議論がなされており、否定的な見方17も多い。そのため、実証分析の更なる蓄積が望まれていることには留意が必要である。

(1)環境規制は環境分野の研究開発や特許取得を増加させるか

ここでは、我が国企業の環境やエネルギーに関連した設備投資、研究開発(R&D)、特許件数に関するデータを確認しながら、環境規制が実際に研究開発や関連の特許を誘発しているのか、すなわち「弱いポーター仮説」が成立するのか、検証を試みよう。

●設備投資に占める環境・エネルギー関連の割合は基礎素材型を中心に製造業で上昇

まず、各企業にどの程度厳しい環境規制が課されたかを定量的に把握することは極めて困難であるが、分析の俎上に載せるために、ここでは環境・エネルギー関連設備投資の割合に着目しよう。企業活動に関連して環境規制が課されると、企業は環境汚染を軽減するための装置の設置や、エネルギー・原材料の転換を含めた生産プロセスの変更といった対応をとる可能性が考えられる。前者の例ではもちろん、後者のような対応の場合でも、設備投資が行われることになる18。環境・エネルギー関連設備投資割合の現状とこれまでの推移はどうなっているだろうか(第3-2-10図)。
第一に、環境・エネルギー関連投資の把握を目的とした環境省「環境投資等実態調査」によれば、2008年度における我が国企業(原則として従業員300人以上の規模)の全設備投資に占める環境保全投資(公害防止、地球環境保全、資源循環、その他から構成される)は3.2%であった。ただし業種別に見るとその割合は非常に偏っており、製造業のうち基礎素材型、非製造業では運輸業・郵便業がいずれも全設備投資の8%以上を環境保全に充てている。ただし、この調査は2008年度分から開始されたものであり、現時点ではまだ時系列的な変化を見ることはできない。
第二に、経済産業省「企業金融調査」(資本金1億円以上の企業が対象)における投資の目的別割合に着目すると、2008年度において基礎素材産業は約5%を環境・エネルギー関連投資に充てており、環境保全対応の必要性が高まっていることが分かる。基礎素材産業の中では、鉄鋼でこの傾向が顕著であり、投資の1割以上を環境・エネルギー関連に充てている。これに対し、加工組立産業、非製造業では約2%であり、相対的に低水準となっている19
第三に、同調査によってこれまでの推移を見ると、基礎素材産業では2000年代において環境・エネルギー関連投資の割合が高まったことが分かる。2009年度は計画値であるが、さらに環境・エネルギー関連投資への傾斜を強める姿勢がうかがわれる。これに対し、加工組立産業では割合が安定しており、非製造業では2000年代半ばまで割合を低下させてきた。
以上から、環境・エネルギー関連設備投資の割合がその業種に対する環境規制の強さを示すとすれば、環境規制は鉄鋼を含む素材型製造業にとって大きなコストとなっており、かつ、その厳しさも増してきているといえよう。

●研究開発費に占める環境・エネルギー関連の割合は上昇

環境規制に対する企業の中長期的な反応としては、業態の変更、海外への移転などのほか、積極的な対応として環境分野でのイノベーションを目指して研究開発を行うことが考えられる。そこで、我が国企業による環境・エネルギー関連の研究開発費がどう推移してきたかを確認するとともに、環境規制がこうした費用の増額を促しているかどうかを探るため、業種別の環境・エネルギー関連設備投資の割合との関係を調べよう(第3-2-11図)。
第一に、総務省「科学技術研究調査」における科学技術研究費(資本金1億円以上の企業等によるもの)のうち「環境」及び「エネルギー」分野に区分される費用(以下、単に「環境・エネルギー関連の研究開発費」と呼ぶ)を研究開発を行う1社当たりの実質値で見ると、2000年代には増加基調で推移した。また、科学技術研究費全体に占めるこれらの分野の割合も上昇を続け、2006年度以降は1割を超えるようになった。「環境」分野と「エネルギー」分野を比べると、環境分野の割合の上昇が目立っている20
第二に、2000年代における研究開発費に占める環境・エネルギー関連の割合の増減を製造業の業種別に見ると、総じて増加しており、石油・石炭製品、自動車などで特に増加が顕著である。しかし、これを環境・エネルギー関連設備投資の割合の増減と対比すると、明確な関係は見られなかった。このことは、仮に環境・エネルギー関連設備投資の割合がその業種に対する環境規制の強さを示すとすれば、環境規制の強さが同分野での研究開発を促進するという形には必ずしもなっていないと解釈されよう。
第三に、上記のような結果の説明として、環境・エネルギー関連の設備投資につながりにくい環境規制が存在する可能性も考えられる。素材産業に対する排出規制とは違い、自動車や家電等製品への省エネ性能規制がその典型例である。環境・エネルギー関連の設備投資の割合が低い自動車や電気機械で同分野の研究開発費の割合が低くないのは、製品への規制が直接的に研究開発を促すためと見られる。このほか、規制とは関係なく省エネに向けたイノベーションが利益を生むような状況もありうる。エネルギー価格の高騰を背景に石油・石炭製品が積極的に研究開発を進めたことも考えられよう。

●我が国の環境・エネルギー関連特許登録件数は急増

研究開発費がイノベーションへ向けたインプットとすれば、特許登録件数はアウトプットを示す指標といえよう。そこで、次に、環境・エネルギー関連の特許登録が、他の分野を含む全特許の登録件数に占める割合を調べてみよう。その際、我が国のほか、アメリカ、欧州における状況も確認しておく(第3-2-12図)。
第一に、我が国では環境・エネルギー関連の特許登録件数は、2008年時点で約4400件で、アメリカや欧州と比べると多くなっている。ここで、「環境」関連の研究区分としては、主に循環型社会システム、地域環境が多く、地球環境は少ない。また、「エネルギー」関連の中心は、自然エネルギー、省エネルギー・エネルギー利用技術といった研究区分である。
第二に、全特許登録件数に占める環境・エネルギー関連の割合は、我が国では2008年時点で2.5%である。「科学技術基本計画」における重点8分野の中では、情報通信、ライフサイエンス、ナノテクノロジー・材料といった研究区分が特許登録件数では大部分を占め、環境・エネルギー分野は比較的少ない。一方、海外との比較では、我が国の2.5%という割合は欧州より低くアメリカより高くなっている。
第三に、2000年代における変化に着目すると、我が国においては環境・エネルギー関連の特許登録件数、割合ともに急激に増加している。これに対し、アメリカでは件数、割合とも比較的安定しており、欧州でも2000年代初めに件数が伸びた以外はおおむね安定的に推移している。我が国における2000年代の割合の急増は、同分野での研究開発費割合の増加と軌を一にしており、研究開発の成果が特許取得につながっている可能性が示唆される。

●素材型製造業において環境規制に対し環境・エネルギー関連の研究開発を増やす傾向

本小節の最後に、企業別のパネルデータを用い、環境規制の存在が環境・エネルギー関連の研究開発にどのような影響を与えているか見てみよう。具体的には、総務省「科学技術研究調査」と経済産業省「企業金融調査」を用い、企業別に環境・エネルギーに関連する研究開発の実施の有無及び研究開発に占める割合を、産業別の環境規制の強さで説明できるかを調べる。当該企業が属する産業の当期及び一期前の環境・エネルギー関連設備投資の設備投資全体に対する割合を環境規制の強さの代理変数と仮定した場合においては、それぞれの影響の大きさとその確かさを示した図から、以下のようなことが分かる21第3-2-13図)。
第一に、環境・エネルギー関連の研究開発の実施の有無について見ると、環境規制の強さが、明確な影響を与えていると確認することはできない。ただ、素材型製造業の研究開発の実施に対しては正の、加工型製造業の研究開発の実施に対しては負の影響が推測される結果となっている。環境規制は素材型製造業の研究開発を促す傾向がある一方、加工型製造業では、そうした影響を持ち得ないと解釈でき、両製造業で対照的な影響を与えている可能性が示唆されている。
第二に、各企業の研究開発全体に対する環境・エネルギー関連の研究開発が占める比率について見てみよう。ここからは、加工型製造業においては正の効果はない(むしろ負の効果が現れている)が、素材型製造業においては、一期前の環境規制の高まりが環境・エネルギー関連の研究開発の比率を押し上げていることが分かる。環境規制の高まりは素材型製造業において、環境・エネルギーに対する研究開発比率を増加させる可能性があるといえよう。
第三に、環境規制目的を達成するために用いられる手法として規制をクリアした企業に対する補助金の導入があるが、補助金施策の有無が環境・エネルギー関連の研究開発投資に与える影響を見てみよう。やはり素材型の企業について、環境・エネルギー関連の研究開発を促す効果があることが分かる。補助金導入の効果についても素材型製造業と加工型製造業において、対照的な結果が得られた。
このような素材型と加工型製造業の環境規制に対する影響が異なる理由として複数の要因が考えられるが、最も大きい理由としては、製造業の業種ごとに、原油や鉄といった資源価格や環境規制の影響を受ける中間投入物の比率が大きく異なることが挙げられる22。素材型製造業の方が、中間投入の価格変化などを通じ規制や資源価格の影響を受けやすいため、環境規制をクリアするための研究開発を積極的に行う傾向があると考えられる。

(2)環境規制で生産性は上昇するか

ここでは、環境規制と国レベルの経済成長、企業レベルの生産性上昇との関係を調べることで、「強いポーター仮説」が成立する可能性があるのかどうかを調べてみよう。

●環境規制がマクロ的な生産性の上昇を大きく阻害した事例は見出せず

最初に国別のデータを用い、各国の環境規制の強さと生産性伸び率の関係性を確認しよう。環境規制の強さを国別に比較可能なものにすることは与件が様々に異なり極めて難しいが、ここではアメリカのイェール大学で行われた研究23をベースに各国の環境規制を比較した指標を用いることとする。これは各国の環境基準の厳しさや規制の強制力の高さなどの各種データを統合し、環境規制体制の強さの度合いを示したものであり、この数値が高いほど環境規制が厳しい国と考えられる。この環境規制指標には、各国の一人当たりGDPによって経済発展の度合いを調整した系列も存在する。ここでは、EU-KLEMSのデータから2000年代以降の主要国の全要素生産性(TFP)伸び率を作成し、環境規制指標との関係を調べた(第3-2-14図)。
第一に、経済発展を考慮しない環境規制指標とTFPの変化率の関係を見ると、両者には緩やかな相関が見られる。我が国の環境規制指標自体はこれら諸国の中ほどに位置することが分かる。環境規制指数が高いグループと低いグループ双方にTFP上昇率が高かった国が含まれることから、説明力は弱いものとなっている。
第二に、経済発展段階を考慮して一人当たりGDPで調整した環境規制指標を用いると、環境規制が厳しい国でTFP上昇率が高いという傾向が比較的明瞭になる。この指標の場合、我が国は経済発展段階(あるいは生活水準)の割にはやや環境規制が弱い国に分類される。
第三に、しかしながら、上記の関係には重要な例外がある。それはアメリカである。アメリカは、経済が著しく発展しているにもかかわらず、環境規制の強さが中程度である。にもかかわらず生産性上昇率は高いため、こうした結果になっている。
アメリカという重要な例外があることに加え、環境規制の強さを国際比較することは容易でなく、以上の結果は幅を持って解釈する必要がある。ただ、こうした限界を踏まえつつも、あえてここから読み取るとすれば、少なくとも環境規制が強いことがマクロ的な生産性の上昇を大きく阻害したという事例は、2000年代の先進国では見出せないという点であろう。

●環境規制は少なくとも短期的には生産性にマイナス

それでは、上場企業の94~2005年のデータを用い、各企業の直面する環境規制の強さと企業の生産性向上の間に関係があるかを確認しよう。ここでは、既述の経済産業省「企業金融調査」から作成した業種別の環境・エネルギー関連設備投資割合を環境規制の強さの代理変数と仮定して用いる24。さらに、別の上場企業へのアンケート調査の結果から、環境規制がもたらすコストと便益の関係についての企業の意識を確認してみよう(第3-2-15図)。
第一に、個別企業のデータから、製造業を全体として見ると、環境規制が強化されて投資を余儀なくされると、1年目には生産性が低下することが分かった。ただし、2年目からは逆に生産性が上昇する結果が得られた。生産性へのマイナス効果は素材型で顕著な一方、加工型では検出されなかった。
第二に、環境規制が高まったときのコストと便益の関係については、素材型、加工型製造業のいずれでも、「短期的にも、中長期的にもコストが便益を上回っている」が過半を占めている。もっとも、「短期的にはコストが便益を上回っているが、中長期的に見ると便益がコストを上回っている」という回答も、素材型、加工型それぞれの1/4程度は存在している。
第三に、上記アンケートで「短期的にはコストが便益を上回っているが、中長期的に見ると便益がコストを上回っている」と回答した企業に、その要因を尋ねたところ、素材型、加工型で大きく異なる結果となった。すなわち、素材型では「生産体制の見直しにより、中間投入、エネルギー投入、サービス投入費用が減少した」が、加工型では「環境に配慮した企業・消費者からの受注増により、売上が増加した」が、それぞれ大部分を占めた。
以上から、素材型は省エネ等によるコストの削減、加工型は売上増で中長期的に便益がコストを上回る可能性があることが読み取れるが、短期だけでなく中長期的にもコストが便益を上回る可能性もあり、環境規制と生産性の関係について楽観的に捉えるべきではない。

●加工型製造業では環境関連製品の重要なターゲットとして欧米を想定

上記では、環境規制のコストと便益の関係を見たが、次に、収益へのプラス面だけに着目すると、どのような手法が有効だと考えられているのだろうか。この点についても、上場企業に対するアンケート調査の結果から調べてみよう(第3-2-16図)。
第一に、環境規制への対応のうち、最も収益に貢献した手法としては、素材型では「既存生産工程の改良、新工程の開発」が約半数で最も多かった一方、加工型では「既存製品の改良・新製品の開発」が7割程度を占めている。素材型製造業では、生産工程を省エネ化する等によりコストを削減することが、収益改善への近道であることが分かる。
第二に、しかしながら、素材型製造業でも、「既存製品の改良・新製品の開発」との回答が4割近くあった。このことは、素材型であっても、例えば断熱性の高い製品を開発することで収益機会を拡大する余地が十分あることを示している。
第三に、上記での「既存製品の改良・新製品の開発」と回答した企業に対して、当該製品・サービスを投入している国・地域を尋ねたところ、1番目に投入している国・地域としては、素材型、加工型とも日本が多かった。ただし、特に加工型製造業では、EUが3割近くあり、次いでアメリカも1割近くあった。素材型でもEUという回答が1割強ある。海外先進国、なかでも環境配慮が進んでいるEUが我が国企業の環境関連製品の重要な市場となっていることが分かる。

(3)環境分野への資金供給は十分か

環境規制に直面するなかで、個々の企業が研究開発を行い特許を取得したとしても、これがイノベーションにつながるかどうかは、当該個別企業にとってさえ不確実性が高い。しかも、環境規制は少なくとも短期的には生産性にマイナスとなる可能性が高い上に、規制そのものが変更されるリスクも存在する。そこで、目利き能力を伴うリスクマネーの供給が重要となる。この点について検討しよう。

●環境高格付け企業等の株価パフォーマンスは長期的には市場平均と大差なし

環境関連の設備投資や研究開発のための資金調達の場として株式市場が考えられるが、そのためには環境への取組み姿勢が市場で評価されることが前提となる。そこで、2000年以降の株価を4つの局面に分け、環境問題への積極的な取組みを行っている企業の株価のパフォーマンスを市場平均株価と対比してみよう(第3-2-17図)。
第一に、環境経営学会による「温暖化防止貢献度」における高格付け企業(製造業上位51社、非製造業上位13社)の平均株価については、2003年4月までの株価下落局面では日経平均より下落率が小さかった。しかし、その後の株価上昇局面、2007年7月以降の株価下落局面では逆に相対的なパフォーマンスが悪化した。また、2009年2月からは、日経平均より上昇率が高い。
第二に、国内株式の社会的責任投資(SRI)を目的とする投資信託のうち、評価項目が環境である銘柄を平均した「エコファンド」の収益率についても、2003年4月までの局面では日経平均よりマイナス幅が小さい。しかし、その後は日経平均よりパフォーマンスが悪化している。
第三に、環境高格付け企業の平均株価、「エコファンド」を比べると、2003年4月まで、2009年2月~2010年2月までの2つの局面では、前者のパフォーマンスが相対的に高かった。これに対し、2003年4月~2007年7月、2007年7月~2009年2月の2つの期間では、前者のパフォーマンスの方が悪かった。環境高格付け企業はテーマが温暖化防止に限定される一方、「エコファンド」は幅広い分野を対象とするが、両者の間に明確な優劣はなかった。
以上、環境高格付け企業や「エコファンド」のパフォーマンスは長期的には市場平均と大差がないことが分かった。同時に、コストを払って環境問題に取り組んでも、市場から大きなマイナスには評価されない点が確認できたともいえよう。

●我が国では環境関連のベンチャーキャピタル投資は極めて小規模

環境関連分野に限らず、一般に研究開発には大きなリスクが伴い、その資金調達は容易ではない。そこで、特にクリーンエネルギー技術などの新興分野を中心に、ベンチャービジネスへの期待がかかる。そこで、環境関連のベンチャービジネスに対するベンチャーキャピタルの出資額を日米で比較してみよう(第3-2-18図)。
第一に、ベンチャーキャピタル投資額を全体として見ると、日米で規模がまったく違う。2008年時点で、アメリカでは250億ドルを超えるのに対し、我が国では400億円程度である。ただし、両国とも、景気が後退へ向かうなかで投資額は減少しており、我が国では2006年、アメリカでは2007年が最近のピークとなっている。
第二に、ベンチャーキャピタル投資のうち製造業・エネルギー向けに着目すると、我が国では2005年にすでにピークを打ち、2008年には2005年の半分近くまで減少している。2008年については、クリーンエネルギー技術関連の投資額が明らかとなっており、その額は製造業・エネルギー向けの半分程度である。データの制約から、我が国におけるトレンドは分からないが、クリーンエネルギー関連がベンチャー投資の中で重要性を高めていることが推察される。
第三に、アメリカでは、製造業・エネルギー向けの投資額が増加を続けており、2008年にも前年比で大幅に増加した。また、クリーンエネルギー技術関連の投資額は、2004年には製造業・エネルギー向けの半分程度であったが、2008年にはその大部分を占めるまでになっている。アメリカでは、我が国とは比較にならない勢いでクリーンエネルギー関連のベンチャー投資が存在感を増していることが分かる。なお、2009年にはリーマンショック後の金融市場の収縮もあって、アメリカにおけるベンチャー投資額は前年の3割程度減少し、製造業/エネルギー向け、クリーンエネルギー向けの投資もそれぞれ半分程度となったが、日本に比べればもともと水準も高く、減少率も小さいものに留まっている。

●排出権価格は2008年7月以降大きく落ち込み

環境規制の一つとしてキャップアンドトレード型の排出権取引制度の導入が議論されている。これについては、炭素排出に価格を付けることで、排出削減に対するインセンティブを付与し、省エネや再生可能エネルギーへの技術開発や技術導入といったイノベーションを促進させるという見方がある。一方で、排出権価格は制度や枠組みの影響を大きく受けるため不確実性が高く、継続的なイノベーションにはつながりにくいという批判もある。ここでは、我が国で取引されている京都メカニズムに基づく排出権(京都クレジット)と、欧州で取引されているEU域内排出権(EUA)について、価格の動向を調べてみよう(第3-2-19図)。
第一に、京都クレジットとEUAのどちらも似通った動きとなっていることが分かる。これは、EU排出権取引制度(EU-ETS)のルール上、一定量の京都クレジットをEUAとして利用可能であることから両者の価格に裁定が働くものと考えられる。
第二に、いずれの排出権価格も2008年7月以降、世界的な景気減速を受けて産業活動の停滞が見込まれたことなどを背景に価格が大きく落ち込んだ。これは、景気変動が排出権価格に与える影響が非常に大きいことを示している。
第三に、しかしながら、今後の排出権価格を左右する要因について、市場参加者を対象にしたアンケートによれば、「2013年以降の国際的枠組み」とする回答が、「景気動向による需要減(増)」を若干上回っている。今後各国が厳しい削減目標で合意することができれば排出権への需要が増加する可能性もあり、大幅に価格が上昇することも予想されるが、いずれにせよ市場が制度面からの不確実性に晒されていることに注意が必要である。
排出権取引制度の導入を継続的なイノベーションにつなげていくためには、経済や技術の動向を反映した安定的で信頼できる価格形成が重要であり、そのためにも温暖化防止に関する持続性のある国際的枠組みが整備されていくことが望まれる。

3-3 エコ製品と産業構造の変化

環境関連製品に対する需要の急増は、産業構造にも大きな影響を与える可能性がある。ここでは、通常の乗用車と我が国の環境技術の代表格とされるハイブリッド(HV)車について、産業連関表を加工したデータを用い、各産業に対する生産誘発係数を比べてみよう(コラム3-3図)。
まず、輸送機械工業に対する影響は通常の乗用車が大きいのに対し、電気機械工業に対する影響はHV車の方が大きい。このほか、鉄鋼や非鉄金属においてもわずかであるが違いが見られる。これは、HV車の製造にはより多種類の電子部品を必要とするためである。HV車の後には電気自動車(EV車)の普及も予想されている。EV車は普通のガソリン車とHV車の差以上に、製品特性が異なると考えられる。部品数が劇的に減少することもあり、ベンチャー企業によるEV車製造が活発となるという見方もある。その場合、これまで自動車メーカーが形成してきた下請構造も大きく影響を受ける可能性があろう。

3 環境関連市場とグリーン雇用

今後、環境関連市場の拡大が展望されるなかで、それに関係した雇用(「グリーン雇用」)が創出されることが期待されている。政府においても、2010年6月に閣議決定された「新成長戦略」の中で2020年までに「140万人の環境分野の新規雇用」を創出することとしている。本節の最後では、「環境関連市場の特徴は何か」「グリーン雇用は理想の働き方か」「環境分野に必要な人材は育っているか」といった点について調べてみよう。

(1)環境関連市場の特徴は何か

「グリーン雇用」について検討する前提として、環境関連市場とはいかなるものかを確認しておきたい。すなわち、世界的な市場規模との対比で我が国国内市場の状況を把握するとともに、この市場の特性ともいうべき政策変更からの影響について見ておく。さらに、我が国が得意とされる環境技術に関連して、主な製品群がどのような貿易上の比較優位にあるかを調べよう。

●我が国の国内環境市場の規模は世界第3位

急速に拡大する環境ビジネスであるが、世界的な市場規模はどの程度であり、その中で我が国はどのような位置にあるのだろうか。ここでは、英国政府の調査を参照しつつ、この点について調べてみよう。同調査では、従来型の環境分野、再生可能エネルギー分野、新興低炭素分野からなる「低炭素・環境関連の財・サービス」に係る産業について、世界各国の国内市場規模を推計している。その結果から、おおむね以下のような特徴が明らかとなる(第3-2-20図)。
第一に、2007/2008年における世界の環境市場は6.1兆ドルに相当するが、我が国の国内市場は4000億ドル弱であり、アメリカ、中国に次ぐ大きさとなっている。我が国のほか、環境市場の規模が大きい国は、インド、ドイツ、英国等であり、主要先進国、新興の人口大国が並ぶ形となっている。
第二に、このうちOECD加盟国について、国内環境市場のGDP比を比べると、6~9%程度の範囲に収まる国が多く、我が国も約9%とOECD平均に近い水準である。先進国であれば、基本的にはGDPに見合った環境市場を持っていることになる。これは、結果的に見れば、先進各国における環境対策や環境意識の強さにはそれほど差がないことを示している。もっとも、スペインや韓国のようにGDP比が顕著に高い国もあり、これらは太陽光発電などで大胆な振興策を講じたことを反映していると見られる。
第三に、世界全体の環境市場を分野に分けると、上記の3分野のうちでは新興低炭素分野が半分近くを占め、次いで再生可能エネルギー、従来型の環境分野の順である。新興低炭素分野では、代替燃料、ビル技術や自動車用代替燃料の規模が相対的に大きい。また、再生可能エネルギーでは、風力、地熱や太陽光、従来型の環境分野では上下水道、リサイクルやバイオマスが上位となっている。

●環境関連市場の不安定性

近年の環境関連市場の発展は、政策によって可能になった面が強い。この分野では、政府による市場への介入が広く実施されている上、国際的な枠組みやエネルギー価格の変動、イノベーションの進展などを踏まえ、政策の内容や強度がしばしば変更されやすい。今回の景気悪化を受けて各国が景気対策としてこぞって環境関連製品等への補助を導入・拡充したのも、まさにこうした背景があると見られる。環境関連市場が政策の変更によっていかに大きく変動しうるかを示す格好の例が、太陽光発電である。その状況を振り返ってみよう(第3-2-21図)。
第一に、我が国は、2000年当初は世界で最も太陽光発電の導入が積極的に進められた国であったが、2000年代半ば以降、増加テンポは極めて緩やかなものにとどまった。この間に、いくつかの先進国で急速に普及が進んでいる。すなわち、まずドイツで増加テンポが速まり、2005年には累積導入量で我が国を上回り、その後も世界の太陽電池市場をけん引してきた。2007年からはスペインの増加が目立っている。また、韓国やイタリアでも普及が進み始め、2009年には大きくシェアを高めると予想されている。
第二に、こうした諸国の太陽光発電導入量の急増については、環境意識の高まりや原油価格高騰といった要因も考えられるが、公的な導入支援制度である固定価格買取制度(FIT)の導入が大きく影響したことは間違いない。固定価格買取制度とは、太陽光発電等による発電電力を電力会社が固定された一定金額で長期にわたり買い取る制度であり、投資コストの回収を確実にすることで普及を促す効果が期待される。我が国でも、2009年にこの制度が導入されている。
第三に、しかしながら、FITを巡る政策変更によって、市場が大きく変動するリスクもある。その典型がスペインで、同国は2006年に大幅に買取価格を引き上げた結果、発電量の目標達成が予想外に早まり、2007年には価格引下げなど補助制度の縮小を発表、2008年に実施に移した。これが駆け込みによる設置の急増をもたらしたが、2009年には逆に設置が激減した。同国の太陽光発電産業協会によれば、2008年9月の制度改正後、数か月で1万5千人の雇用が失われたとされる。
これらの経験から、政策の変更による環境関連市場への影響は極めて大きい場合があり、そのことは環境対策の推進という立場からは望ましい面もあるが、一方で、市場の急拡大とその反動に伴う雇用の変動には注意が必要である。

●再生可能エネルギー関連製品などで我が国の比較優位が低下

地球温暖化対策や世界的な環境意識の高まりが我が国企業にとって直接的なメリットがあるとすれば、我が国企業が得意とする環境技術や関連製品の需要拡大が見込まれる点である。それでは、実際にそうした比較優位は観察されるのだろうか。これを確認するため、クリーン・コール・テクノロジー関連、風力エネルギー関連、太陽光関連、省エネルギー照明製品の4種類の製品群を取り上げ、「貿易特化指数」と「顕示比較優位(RCA)指数」の2000年代を通じた変化を調べよう。これらの指標は、それぞれ、当該品目の輸出が輸入と比べてどの程度多いか、当該品目の輸出総額に占めるシェアが他の主要輸出国と比べてどの程度大きいかを示している。ここから、以下のようなことが分かる(第3-2-22図)。
第一に、クリーン・コール・テクノロジー関連25については、もともと我が国がアメリカ等の主要国に比して突出した比較優位を持たない製品群である。すなわち、99~2001年の時点で、我が国の貿易特化指数はゼロを上回っているものの、RCA指数は1を大きく下回り、我が国の輸出に占めるクリーン・コール・テクノロジー関連のシェアは、他の主要国のそれと比べて小さい。2006~2008年には貿易特化指数が上昇したが、RCA指数は変化していない。我が国の石炭火力発電の排出効率は世界的に高いことで知られるが、技術力の高さが必ずしも貿易上の比較優位に結びついていない。この分野で比較優位を持ち、かつ、高まっている国はアメリカである。
第二に、風力エネルギー関連26、太陽光関連27については、我が国が比較優位を持つ分野である。風力エネルギー関連が強いドイツを除けば、これらの再生可能エネルギー分野では我が国がいずれの指標で見ても強い比較優位を持っている。しかしながら、2000年と2007年を比べると、いずれの分野でも2つの指標が低下しており、特に風力エネルギーでは、比較優位を高めているドイツと対照的である。
第三に、省エネルギー照明28では、2000年の時点では我が国は輸出超過であったが、2007年には輸入超過に転じている(貿易特化指数がプラスからマイナスに変化)。RCA指数はもともと1をやや下回っていたが、2007年にはさらに低くなっている。もっとも、この分野では英国や韓国も大幅に比較優位を低下させた結果、図示した国のすべてで優位性を失っている。この分野の製品群に関しては、製造技術が一般化して生産地域が広がったことを示唆している。
こうした結果から、我が国には優れた技術を持ち、比較優位は高いものの低下傾向にある分野などもあって、必ずしも地球温暖化対策の強化や世界的な環境意識の高まりを十分活かしきれていない可能性があることが分かった。

(2)グリーン雇用は理想の働き方か

各国が環境関連分野の育成に力を入れるなかで、同分野での雇用創出が課題となっている。こうした分野での雇用はしばしば「グリーン雇用」として規模が推計され、目標が設定される。政策実施に当たって数量的な目安を設定することは、分かりやすさという点で重要であるが、以下では、むしろ「グリーン雇用」の中身に注目して、その課題を探るための素材を提供したい。

●環境関連分野の雇用者は中古流通や建設業など労働集約的業種が中心

「環境関連分野」「グリーン雇用」といっても様々な定義がありうる。特に、「グリーン雇用」については、単に環境保全に資する業種での雇用というだけでなく、賃金を含めた労働環境の質が確保されていることを条件とする考え方もある29。ここでは、我が国における環境ビジネスの市場規模を調査した近畿経済産業局(2008)を出発点として、そこで対象とされている業種の雇用者数を試算することを通じて、その構造を把握してみよう。具体的には、同調査で示されている2007年の業種別産出額に、労働生産性の逆数を乗ずることで雇用者数を求める。その結果を、横軸に産出額(市場規模)のシェア、縦軸に労働生産性の逆数をとって、面積が雇用者数を示すように描くことで、次のような実情が明らかとなる(第3-2-23図)。
第一に、雇用者数が多いのは、リサイクル(中古品)流通、建設(住宅リフォーム、処分施設建設)、修理(中古品リペア、自動車整備)といった非製造業である。これらの業種は、もともと市場規模が大きい上に、労働生産性(産出額ベース)が低いため、相対的に多数の雇用者を必要とする。
第二に、その反対に、製造業は総じて市場規模が小さく、労働生産性が高いことから、雇用者数への寄与は限定的である。製造業の中では、再生資源回収(廃プラスチック製品製造、鉄スクラップ加工処理等)が相対的に多くの雇用者を必要とする。なお、鉄鋼(循環型素材)は市場規模が大きいものの、雇用者数への寄与が大きくないのは、労働生産性が非常に高いためである。
第三に、もととなった調査では環境ビジネス分野に含まれていないが、兼業をカウントすれば比較的多くの就業者を抱える業種として農業や林業がある。例えば、EU委員会の報告書で引用されている就業者数の推計(GHK et al. (2007))では、農業や林業は「天然資源に基づく経済活動」として広義の環境関連分野とされ、そのうち有機農業や持続可能な林業が中核的な環境関連分野とされている。
環境関連分野には、電気自動車やスマートグリッドなど先端的な分野のイメージもあるが、現在の「グリーン雇用」は労働集約的な業種に支えられているのが実情であり、それゆえに景気の厳しい状況での雇用対策の受け皿として期待されているといえよう。

●労働集約的業種での生産性上昇を通じた賃金改善が課題

それでは、「グリーン雇用」における賃金水準はどうだろうか。上記調査の対象となった業種の賃金水準(縦軸)を、雇用者数のシェア(横軸)を用いて加重平均することで、この分野の平均的な賃金水準(一人当たり雇用者報酬)を試算してみよう。その結果及び過程を見ると、以下のようなことが明らかとなる(第3-2-24図)。
第一に、環境ビジネスの一人当たり雇用者報酬は約450万円であり、これは全産業平均(約360万円)より高いが、製造業平均(約510万円)より低い。具体的な賃金水準は環境ビジネスの定義を含め、試算の前提によって変化しうるため幅をもって見る必要があるが、労働集約的な非製造業のシェアが大きいことがこうした結果をもたらしていると考えられる。
第二に、賃金水準の高い輸送機械、鉄鋼、化学といった製造業は、雇用者数のシェアが低いため平均にはほとんど影響しない。しかし、これらの業種では先端的な環境技術の開発が盛んに行われ、相対賃金がさらに上昇する可能性があると考えられる。一方、製造業の中でも再生資源回収、その他製造業は建設や修理と賃金がほぼ同水準にある。
第三に、図には示していないが、全体の中では特にリサイクル流通、製造業では再生資源再生などでは、相対的に非正規雇用者の比率が高い。また、ここでいう「環境ビジネス」には含まれないが、「グリーン雇用」とされることも少なくない農業や林業でも、兼業などの形でフルタイムでは就業していない者が多い。
したがって、不況時の雇用対策を超えて「グリーン雇用」を成長政策の柱の一つとして考える場合、労働集約的な業種での生産性の上昇を通じた賃金の確保が重要となる。景気が悪く失業者が多いときには雇用者数の増加を優先すべきであるが、長期的には我が国は労働力の不足が見込まれることから、いかにして賃金を含む「雇用の質」を改善するかが課題であろう。

●林業の労働生産性上昇は就業者数の減少が原因

ここでは、上記の「環境ビジネス」には含まれていなかった林業について現状を把握しよう(農業については第1節ですでに論じた)。具体的には、既述のEU-KLEMSのデータを用いて、就業者数の状況と労働生産性の変化について、国際比較を交えながら概観する(第3-2-25図)。
第一に、我が国の林業の従事者は2005年時点で5万人程度であり、人数としては他の先進国と比べて多いほうだが、日本の就業者全体に占める割合は0.1%にすぎない。しばしば林業先進国とされるオーストリアやフィンランドは就業者全体に占める林業従事者の割合が非常に高い。ただし、同じく林業先進国であるドイツでは我が国と同程度の林業就業者比率となっている。
第二に、林業における労働生産性の変化を見ると、我が国では90年代、2000~2005年のいずれの期間においても、生産性が上昇している。一方、フィンランド、オーストリアについては、いずれの期間においても、我が国の生産性上昇率を下回っている。また、ドイツは2000~2005年については我が国より生産性が伸びている。
第三に、我が国における労働生産性の上昇は、付加価値の減少以上に労働投入(マンアワーベース)が減少したことによる。いわば、縮小均衡による生産性上昇であった。ドイツでは労働投入は減少しているが、付加価値は増加しており、いわば拡大均衡による生産性上昇ということができよう。なお、林業の労働投入は多くの先進国で減少しており、英国、スウェーデン、韓国で例外的に増加を示している。
我が国の林業を雇用創出の受け皿として考える場合、多くの先進国で労働投入が減少している事実を踏まえると、長期的な視点から生産性をさらに高めながら、付加価値の増加を目指すことが課題となる。路網の整備や施業の集約化、機械化、IT化を進め、持続可能な森林経営を実現することが求められているといえよう。

3-4 林業の資本装備率

林業が効率的に付加価値を生み出し、質の高い雇用を創出とするには、機械やインフラなどへの投資が必要である。ここでは、資本装備率の上昇率、そのうちのITの資本装備率について、林業と他産業を比較してみよう(コラム3-4図)。
資本装備率全体の上昇率は、林業においても農業や繊維業と比べて遜色はない。もっとも、林業における資本装備率の上昇は、就業者の減少によるプラスの効果が大きく働いており、資本そのもの寄与は大きくない。農業は就業者の減少もプラスに働いているものの、正味の投資の増加分である資本要因もプラスに効いている。この点をさらに詳しく見るため、IT関連の設備投資等を取り出してみよう。ここでも林業のIT資本装備率の上昇率はプラスであるが、その寄与はほとんど就業者の減少によるものであり、資本要因はわずかにプラスとなっているに過ぎない。一方、農業は2000年前後の状況は林業と同程度だが、資本要因のプラスは林業より大きい。

(3)環境分野に必要な人材は育っているか

環境関連業種に限らず、一般の業種でも、環境に配慮した企業活動を進めるに当たっては、そうした分野でのスキルを持った人材が必要となる。しかしながら、例えばIT分野が電子計算機やソフトウエアの活用で特徴付けられるのに対し、「環境技術」は環境という目的に資するあらゆる領域をカバーするため、スキルの特定化が困難である。そうした限界を踏まえた上で、環境人材に対するニーズと供給体制について概観しよう。

●環境関連製品を製造するための人材の確保方法は企業内での配置転換等が多い

環境ビジネスを展開するに当たっては、どのような人材が必要となるのだろうか。また、企業は必要とする人材をどのように確保しようと考えているのだろうか。内閣府による委託調査の中で、上場企業に対してこうした点についての意識を聞いているので、その結果からポイントを抽出しよう(第3-2-26図)。
第一に、必要となる職種は、「製品開発・設計」が圧倒的に多い。次いで、「プロセス開発・設計」が多く、「製品/サービス提供」は少ない。我が国の上場企業においては、環境ビジネスの展開に当たって新たな製品を生み出すことを重視しているわけだが、そのためには高度な人材の確保が必要であるといえよう。
第二に、「製品開発・設計」を担当する人材が必要と回答した企業は、製造業、なかでも素材型業種で多い。これは、素材型業種は相対的にCO2排出量が多く、排出効率の向上が喫緊の課題となっていることを反映したものと見られる。また、非製造業においても、建設や運輸などの業種でこうしたニーズが強いと考えられ、その結果として「製品開発・設計」人材の必要性が高めとなっていると見られる。
第三に、必要な人材の確保先を、製造業について見ると、「製造ライン」を担当する人材では新卒採用も多いが、総じて企業内における配置転換によるという企業が多い。OJT等を通じて適材に仕立て上げるという、これまでの我が国製造業における人事慣行が環境人材にも当てはまるといえよう。中途採用との回答は「製品開発・設計」担当の人材では少なからず見られたものの、比較的大きな雇用吸収が期待される「製造ライン」担当では少なかった。

●学術・専門サービス、建設、電力等で環境系学部の卒業生に一定のニーズ

最近、大学の専攻の中でも環境関連の学部や学科が増加している。こうした学部・学科で学んだ学生は、専攻した内容を生かして就職できているのであろうか。ここでは環境省が実施した環境系学部の学生(所属とは関係なく環境に関する研究を行っていた学生を含む)の採用状況について確認しよう(第3-2-27図)。
第一に、業種における差が著しく、上場企業、非上場企業とも建設、製造、電気・ガス、学術・専門サービスで採用を実施した企業の割合が高くなっている。学術・専門サービスには建築設計なども含まれるため、建設関係での採用割合の高さが目立っている。これは、同分野で住宅やオフィスビルなどの環境配慮化が進められていることを反映していると考えられる。
第二に、全体的に、環境系の学生の採用割合は、上場企業のほうが非上場企業より高く、前者では業種平均で2割弱であるのに対して、後者では約1割となっている。これは、そもそも上場企業は平均的な規模が大きいため、定期的に学生を採用する余裕があるためとも考えられる。実際、売上高1兆円以上の企業に限ると、上場企業の半数以上、非上場でも2割が環境系の学生を採用している。こうした要因に加え、上場企業では株式市場における評価が意識され、環境配慮に積極的となっている可能性もあろう。
第三に、2008年度の結果を2007年度と比べると、上場企業では業種平均の採用割合がやや上昇しているが、非上場企業ではほとんど変化していない。2008年度は景気が悪化したものの、同年度の新卒採用は前年にほぼ決まっているため、景気の要因が働いたとは考えにくい。むしろ、環境対応の必要性が高まっているにもかかわらず、環境系の学生への需要は頭打ちとなっていたと見られる。

●建設や食品などで環境に関する知見を活かした就職を実現

それでは、新卒の環境人材を供給する大学側から見ると事態はどうなっているのか。環境省による国内大学アンケート調査の結果(2007年10-12月)に基づき、大学における環境系学部等の設置状況、卒業生の就職状況について確認しておこう(第3-2-28図)。
第一に、専門教育課程で「環境」を冠した学部・学科・コースを設置している大学は3割を大きく超えていた。また、大学院で「環境」に関する専攻科を設置している大学は3割弱であった。多様な教育メニューを提供しやすい総合大学に限定すると、こうした環境系学部等の設置率は、学部レベルで7割強、大学院レベルで半分強となっている。少なくとも学部等の名称に関しては大学側の体制整備が進んでいるといえよう。
第二に、卒業生が環境に関する知見を活かした就職が「できている」と回答した大学は、全体の約2割にとどまっている。ただし、「できていない」はそれより少なく、約4割が「どちらでもない」であった。また、総合大学に限ると、半数近くが「できている」としている。もっとも、他の専門領域でも、文科系を中心に大学での専攻が必ずしも就職に活かされない場合が少なくない点に注意が必要である。
第三に、環境に関する知見を活かした就職は、公務員、建設、食品といった業種で実現されている場合が多い。建設業で知見が活かされているのは、前述の企業側調査の結果と整合的である。企業側調査では製造業でも環境系学生を採用している企業が多かったが、大学側の調査からは、製造業の中では食品のほか、化学、医薬品、自動車・自動車部品などで環境に関する知見が活かされている割合が高いことが分かった。

[目次]  [戻る]  [次へ]