第3章 豊かさを支える成長力 第1節
第1節 質の高い雇用と生産性向上
以下では、まず、質の高い雇用の創出という観点から、労働市場の構造がどう変化しているかを業種別、職業別の雇用変動や賃金水準の違いなどに着目しながら検討する。次に、雇用や賃金の長期的な動きと関係の強い生産性の動向を分析し、生産性上昇を通じて質の高い雇用の確保を目指すための論点を検討する。また、以上の分野横断的な検討を踏まえて、IT、介護、農業・食品といった具体的分野における生産性と雇用・賃金を取り巻く課題を抽出する。
1 業種別、職業別の雇用と賃金
ここでは、2000年代を中心に労働市場の動向を振り返りながら、「産業別の雇用配置は需要の変化に対応してきたか」「職種間のミスマッチはどこにあるか」「賃金はミスマッチを調整する機能を果たしているか」といった論点について考える。
(1)産業別の雇用配置は需要の変化に対応してきたか
雇用の創造は、潜在需要のある産業に対して労働力が供給されることで実現する。労働力が実際に配置されて初めて、潜在需要が顕在化することにもなる。特に先進国では、医療・福祉などを含めたサービス産業への需要が相対的に拡大する傾向にあり、この分野でいかに雇用が創出できるかがマクロ的にも重要となっている。以下では、このように需要構造が変化するなかで、我が国の雇用が各産業にどのように配分されてきたかを調べよう。
●我が国の医療・福祉、サービス産業の雇用者比率は生活水準に見合った高さ
潜在需要について議論する際に、「高齢化によって医療・福祉への潜在需要が高まっている」ということがしばしば聞かれる。一方で、我が国では、そうした潜在需要を捉えきれておらず、この分野での雇用創出が不十分であるとの見方が有力である。さらに、医療・福祉を含むサービス産業全体についても、雇用創出の機会を生かし切れていないとの見方がある。こうした論点について、OECD諸国との対比で我が国の位置づけを確認してみよう(第3-1-1図)。
第一に、医療・福祉の雇用者比率を高齢化率と対比すると、予想に反して、ほとんど関係がないことが分かる。確かに、我が国はOECD諸国の中で最も高齢化が進んでいるにもかかわらず、医療・福祉の雇用者は全体の1割程度と平均的な水準にとどまっている。その意味では、我が国の同分野での雇用は「潜在需要」との対比で不十分であるともいえる。しかし、そもそも高齢化率と医療・福祉の雇用者比率がほとんど無関係なことから、「潜在需要」の大きさを測る別の尺度が必要と考えられる。
第二に、医療・福祉の雇用者比率を一人当たりGDP(購買力平価ベース)と対比すると、比較的明瞭な関係が見られる。すなわち、生活水準が向上するにつれ、医療・福祉の雇用者比率が高まることが分かる。豊かな社会ほど、この分野に対する潜在需要が高いと考えることができよう。我が国はおおむね生活水準に見合った医療・福祉の雇用者比率となっており、マクロ的には潜在需要を捉えそこなっているとはいえない。ただし、一般的に高福祉といわれる北欧諸国では生活水準の割に医療・福祉の雇用者比率が高く、政策選択による影響も大きいことが示唆される。
第三に、サービス産業1全体について上記と同様の図を描くと、やはり高齢化率とは無関係だが生活水準(一人当たりGDP、購買力平価ベース)と関係が強いことが分かる。ここでもまた、我が国のサービス雇用者比率は生活水準におおむね見合っている。もっとも、英国、オランダ、フランスなど生活水準の割にはサービス雇用者比率が高い国もあり、比較優位構造などの違いを反映していると見られる。
以上から、サービス産業、あるいは医療・福祉分野における「潜在需要」の大きさはマクロ的には生活水準の高さでおおむね把握できること、我が国はこれらの分野で「潜在需要」に見合った平均的な雇用のシェアを示していることが分かった。今後、経済成長に伴って生活水準がさらに向上するならば、サービス分野に対する「潜在需要」も高まると考えられ、当該分野への労働供給が円滑に進むかどうかが注目される。また、この分析では明らかにされない、サービス産業又は医療・福祉分野の内部でのミクロ的な潜在需要と雇用のミスマッチ、労働生産性の低さに伴う供給不足なども課題として残っている。
●我が国は2000年代前半に活発な雇用変動を経験
それでは、こうしたサービス雇用化の流れに沿って、我が国における産業別の就業構造はどう変化したのだろうか。ここでは、「リリエン指標」の計測を通じて、ダイナミックな就業構造の変化があったかどうかを調べよう。「リリエン指標」は、各産業における雇用の増減率とマクロ的な雇用の増減率のかい離を集計したものであり、これが大きいほど産業間における雇用の変動が活発であることを示す。その計測結果を見ると、次のような特徴が分かる(第3-1-2図)。
第一に、我が国のリリエン指標が高めの水準で推移したのは、2000年代前半が中心である。この間、企業部門全体としては「過剰雇用」を抱え、失業率が高止まりするなど厳しい雇用情勢が続いていたが、産業間の雇用変動が活発であったことが分かる。具体的には、製造業、建設業、金融業などで雇用が減少する局面も見られた一方、医療・福祉、物品賃貸業・事務所サービスなどでは雇用を大きく増加させた。
第二に、より長い期間を振り返ると、1990年代以降、医療・福祉、対事業所サービスなどは一貫して雇用を大きく増加させている。また、寄与は小さいものの、その他サービス業(対個人サービスなど)も雇用吸収部門と見ることができる。これに対し、製造業、金融、卸・小売がすう勢的に雇用の伸びが低い産業である。なお、建設業は、90年代においてはむしろ雇用吸収部門であった。
第三に、2000年代のリリエン指標を他のOECD諸国と比べると、アメリカとほぼ同程度であり、平均的な水準となっている。一般に、リリエン指標が高い国ほど経済成長率、雇用増加率も高い傾向があるが、これは特に1人当たりGDPが低めの国ではキャッチアップの過程で産業構造が大きく変化し、高い経済成長を可能にするためと考えられる。これに対し、G5諸国はいずれもリリエン指標が3%以下のところに固まっている。我が国は、G5の中ではリリエン指標が高い割には成長率、雇用増加率が低く、産業間の活発な雇用変動が成長につながらなかったとも解釈できる。
●女性や高齢者の労働力化で支えられたサービス産業の拡大
2000年代においてサービス産業を中心に生じた労働需要は、人口のどの層からの労働供給によって賄われたのだろうか。我が国では生産年齢人口が頭打ちとなっているため、新たな雇用の創出は、失業の削減とともに、労働力率の引上げに期待するところが大きい。性別・年齢別の就業構造から見れば、その余地が残っているのは、女性、なかでも30歳代の女性、及び高齢者である(第3-1-3図(1))。そこで、失業率が低下し新たな労働力の参入が求められた前回の景気拡張局面の後半において、30代の女性、65歳以上の高齢者がどの産業での就業を増加させたかを見よう(第3-1-3図(2))。
第一に、我が国の全産業の雇用者総数は、この間にわずかしか増加していないが、30歳代の女性、高齢者については顕著な増加を示している。これは、引上げ余地の高いこれら年齢層を中心に、実際に労働力率が上昇したことを示している。
第二に、30歳代の女性、高齢者については、農林水産業などの一部業種を除いて、大部分の業種において就業者が増加している。特に、製造業や飲食店・宿泊業のようにネットで就業者の減少が見られた業種でも、30歳代の女性や高齢者が増加することで雇用の流出をある程度補う形となっている。
第三に、全体として就業者が増加した業種では、30歳代の女性、高齢者がけん引する姿が見られる。すなわち、この間に就業者が大きく伸びた業種は医療・福祉、不動産、情報通信であるが、いずれにおいても30歳代の女性、高齢者の就業が顕著な増加を示している。我が国における近年のサービス経済化は、これらの層の労働力化によって支えられてきたことが分かる。
3-1 30歳前後の女性の就業決定要因
一般に、就業するか否かを決定する際には、賃金水準や伸び、労働市場のひっ迫度合いなどの就業しやすさ、属する家計の経済状況などが判断材料となると考えられる。ただし、就業率におけるM字カーブに見られるとおり、30歳前後の女性の退職には、このような単なる労働市場環境や経済問題のみの影響で理解し尽くせない側面もあると考えられる。実際、小さな子供を持つ女性が、保育所の不足などによって就業することができないといった事例も報道などでしばしば目にするところである。
ここではこうしたことを簡単に確認するため、我が国の県別データを用い、子供当たりの保育所・幼稚園の事業所数と育児を理由とした30歳前後の女性の非就業比率をプロットした(コラム3-1図)。ここからは、子供当たりの保育所や幼稚園数の多い都道府県ほど、育児を理由として就業しない女性の比率は低下することがはっきりと分かる。30歳代の女性の就業率を高めるためには、就業を直接的に支援するのみならず、こうした周辺環境の整備が重要となると考えられる。
(2)職種間のミスマッチはどこにあるか
先進国が共通して直面するサービス経済化の流れの中で、我が国の状況はおおむね平均的であり、女性や高齢者の労働力化がこの流れを支えてきたことが分かった。しかし、今後さらに各産業の需要に応じて円滑に雇用を配分し、より大きな付加価値を生み出せる産業構造に転換していくためには、労働市場におけるミスマッチを縮小してくことが重要である。そこで、以下ではミスマッチの状況を概観した後、特に職業別のミスマッチについて問題点を抽出する。
●専門・技術職、サービスの職業と生産工程の職業の間で大きなミスマッチ
最初に、2000年代における労働市場のミスマッチの状況を、職業別、年齢別、地域別に概観しよう。その際、いわゆる「ミスマッチ指標」を利用する。「ミスマッチ指標」とは、職業別を例にとると、各職業の相対的な有効求職数と相対的な有効求人数のかい離を集計したものである。ここでいう「相対的」とは、職業全体の求職数などに対する比率を意味する。計測結果を見ると、以下のような特徴が浮かび上がる(第3-1-4図)。
第一に、2000年代を振り返ると、地域別のミスマッチがおおむね安定しているのに対し、年齢別は縮小傾向にある。一方、職業別は2005年以降、拡大が続いている。年齢別のミスマッチが縮小した背景として、高年齢者雇用安定法の改正により、定年の引上げや継続雇用制度の導入などの義務付けが行われたことなどが挙げられる。
第二に、職業別のミスマッチ指標に対する各職業の寄与を調べると、2000年代を通じて、相対的な求職が求人より多い職業とその逆の傾向を示す職業がおおむね固定している。すなわち、事務的職業では一貫して相対的な求職が過剰となっているのに対し、専門的・技術的職業、サービスの職業、販売の職業などでは相対的に求人が過剰となっている。
第三に、2000年代後半において職業別のミスマッチが拡大した要因としては、生産工程にかかわる職業が相対的な求職過剰となったこと、専門的・技術的職業、サービスの職業における相対的な求人が一層過剰となったことが指摘できる。特に、2009年についてはリーマンショック後の景気悪化の結果、生産工程における雇用過剰が極端に高まったことの影響が大きく出ていることに注意が必要である。
●特に求人倍率の高い職業は医療・福祉、その他サービス関連に集中
上記の分析は、大括りの職業区分に基づくものであった。実際には、相対的に求人の多い専門的・技術的職業やサービスの職業の中でも、求人・求職の状況には差があると考えられる。そこで、細かい職業区分に着目して、有効求人倍率が特に高い職種を調べてみよう。最近の状況を把握するため、景気が最悪期にあった2009年3月と2010年3月を対比すると、以下のような特徴が浮かぶ(第3-1-5図)。
第一に、予想されたとおり、2009年3月時点で有効求人倍率が1以上の職種は、専門的・技術的職業やサービスの職業が中心である。医師・薬剤師など、保健師・助産師・看護師、医療技術者、家庭生活支援サービスの職業といった医療・介護関係、保安の職業、接客・給仕の職業、生活衛生サービスの職業といったその他サービス関連の求人倍率が目立って高くなっている。2010年3月時点でも、この構図に基本的な変化はない。
第二に、2002年3月と最近の状況を比べると、労働需要の構造変化を反映して、医療・福祉関連の職業で有効求人倍率が高水準になってきている。具体的には、医師・薬剤師など、保健師・助産師・看護師、社会福祉専門の職業、家庭生活支援サービスの職業などでこうした動きが顕著である。一方で、販売類似の職業、生活衛生サービスの職業、機械・電気技術者、情報処理技術者などはこの間に有効求人倍率が低下している。
第三に、ここに挙げた有効求人倍率1倍以上の職種だけで、求人全体の40%程度を占めている。特に、保健師・助産師・看護師、社会福祉専門の職業、飲食物調理の職業、接客・給仕の職業の全体に占める割合が高い。こうした需要規模の大きい職種への労働移動が円滑化すれば、雇用情勢の改善に大きく寄与すると考えられる。
●専門・技術職、サービスの職業への職種間移動は困難
職種間のミスマッチが容易に解決できない背景として、職種間の移動が容易ではないことが考えられる。そこで、職種間の移動の実態を把握するため、「労働移動性向」を調べてみよう。事務職から販売職への移動を例にとると、「労働移動性向」とは、事務職からの移動者に占める販売職への移動者の割合を、移動した全労働者に占める販売職への移動者の割合(販売職からの同一職種間の移動を含む)で除したものである。この指標が大きいほど、当該職種間の移動が相対的に多いことになる。代表的な3つの職業への移動性向を比べてみると、以下のようなことが分かる(第3-1-6図)。
第一に、どの職種でも同一職種間の移動性向が最も高いが、その傾向は専門的・技術的職業で顕著である。専門的・技術的職業は資格の必要性などもあって、こうした結果は当然予想されるところである。他職種からの移動については、管理的職業からの移動性向がやや高めである。
第二に、比較的参入が容易と見られがちなサービスの職業においても、同一職種間の移動性向が非常に高く、他職種からの移動はかなり少ないことが分かる。しかも、他職種でそこからの移動性向が比較的高いのは職務内容が類似していると見られる販売であり、求人倍率の低い事務や生産工程・労務ではない。
第三に、求人倍率の相対的に低い生産工程・労務については、同一職種間の移動に加え、農林漁業、運輸・通信、保安職業といった分野からの移動も比較的多い。特に保安は求人倍率が高い職種であるが、そこから生産工程・労務への移動が多いことは、職務内容の類似性に加え、待遇面での改善が生じやすいという事情も反映している可能性がある。
以上から、職種間の移動が容易ではないこと、移動が生ずる場合も労働需給の状況に反応するというより、要求されるスキルの類似性を強く意識したものであることが示唆される。
(3)賃金はミスマッチを調整する機能を果たしているか
労働市場において、産業間、職種間の需給のマッチングを進める鍵は、いうまでもなく賃金である。潜在需要の高い産業や職業において、相対賃金が上昇することで、労働力がそうした分野へ移動する誘因となる。一方で、雇用の質を測る場合にも賃金は最も重要な指標である。需要の高い分野へ労働力が移動した結果、実質賃金が全体として上昇すれば、雇用の質の向上にもつながり、国民生活はより豊かになると考えられる。以下では、産業別、職業別の賃金の差に着目することで、こうした見方の妥当性を検証する。
●有効求人倍率が高い職業ほど賃金が高い傾向
相対的に不足している職業で賃金が高くなっていれば、賃金を誘因として労働市場が調整されていることが確認できる。職業別の有効求人倍率によって労働市場の需給状況を捉え、その大小が職業別の相対賃金とどう関係しているかを調べよう。ここでは、比較を容易にするため常用雇用者に限定し、賃金としては企業が求人する際に提示する賃金(求人賃金)と、労働者が求職する際に希望する賃金(希望賃金)を用いる。結果を見ると、次のような点が明らかになる(第3-1-7図)。
第一に、想定されたように、求人賃金、希望賃金のいずれの場合でも、おおむね有効求人倍率の高い職業では相対賃金が高い。図では2009年の場合を示している。しかし、多くの職業では傾向線から相当程度かい離しており、相対賃金が職業別の労働需給を反映する程度はそれほど大きくないことも推察される。
第二に、相対賃金が非常に高い職業については、傾向線より大幅にかい離している。医師・薬剤師などや建設躯体工事の職業は、相対賃金の割には有効求人倍率が著しく高い。逆に、管理的職業は、相対賃金の割には有効求人倍率が著しく低い。こうした職種の賃金は内部労働市場で決定される面が強く、ハローワークを通した労働需給との関係が薄いことが背景として考えられよう。
第三に、相対賃金が低めの職業の中で、保安と計器・光学機組立修理の職業の有効求人倍率は傾向線から大きく上方にかい離している。これらの職業は常用雇用としての求人がそもそも少ないなどの事情から、賃金による調整が働いていない可能性がある。なお、ホームヘルパーを含む家庭生活支援の職業は、ほぼ傾向線に近い位置にある。ホームヘルパーは一般に求人難が指摘されるが、常用雇用に限れば需給はひっ迫しているとはいえない。
●離職率の高い業種では賃金の水準と上昇率が低い傾向
相対的に人手不足感が強い業種の特徴として、しばしば離職率の高さが挙げられる。それでは、離職率の高い業種ほど、他業種と比べた相対的な賃金が高いという傾向はあるだろうか。この点について、実際のデータ(常用雇用者)で確認してみよう(第3-1-8図)。
第一に、横軸に相対賃金、縦軸に離職率(2007年時点)をとって上記と同様な散布図を描くと、予想に反して、相対賃金の水準が高いほど離職率が低いという傾向が観察される。なお、傾向線から著しくかい離している業種は飲食・宿泊であるが、やはり賃金水準が低く離職率は高い。相対賃金が低めにもかかわらず離職率が低い例外もいくつかあるが、これらは衣服、材木製造、繊維、家具といった伝統色の強い製造業である。
第二に、離職率が高い業種の賃金上昇率はむしろ低い傾向が見られる。前回の景気拡張局面の中で雇用情勢が比較的改善した2004年~2007年における賃金上昇率と、2004年時点の離職率を対比させると、緩やかながらそうした関係が得られた。離職率が高い業種である、飲食・宿泊、その他のサービス、医療・福祉などはこの間の常用雇用者一人当たり賃金が減少している。
第三に、以上の結果から推察されるように、離職率の高さは必ずしも労働需給のひっ迫を意味しない。このことは、離職率が高い業種は入職率も高い傾向にあることからも分かる。すなわち、離職率の高さは当該業種における労働者の回転率の高さを示すと考えられる。離職率と相対賃金の逆相関は、労働者の回転率が高い業種では企業特殊的スキルの重要性が低く人的資本の蓄積が少ないことを反映しているとも解釈2できる。
●労働生産性の高い業種は賃金も高い傾向
これまでの観察から、職業別では有効求人倍率が高いほど、産業別では離職率が低いほど、相対賃金が高い傾向があることが分かった。一方で、長期的に見ると、賃金は労働生産性を反映して決まる面もあると考えられる。そこで、以下では業種別の賃金と労働生産性の関係を調べよう。その際、国際比較の観点も加え、日本、アメリカ、英国の3か国について、業種別の相対賃金を見るとともに、労働生産性と賃金をそれぞれ高い業種から低い業種に順位付けし、その順位をプロットすることで両者の関係を調べる。その結果からは、以下のような関係を見いだすことができる(第3-1-9図)。
第一に、日米英について大分類(11業種)で相対賃金をとると、各国において賃金の高い業種、低い業種のパターンは非常に似通っている。これは、各業種において用いられる技術は国によって大きく違わず、必要とされる労働力の質や実現した生産性の高さも似通ったものになっている可能性を示唆する。なお、いずれの国でも電気・ガスは高賃金であるが、これは自然独占性、資本装備率の高さなどを反映していると見られる。
第二に、各国において賃金、労働生産性のそれぞれが高い順に業種(ここでは中分類23業種)を並べ、その順位をプロットすると、いずれの国においても強い相関が見られる。労働生産性の高低が、賃金の高低と強く関係している様子がうかがわれる。
第三に、いくつかの業種で、労働生産性の順位と賃金の順位が大きくかい離している場合がある。特に、生産性と比べて賃金の順位が著しく高い業種には、各国とも非製造業、なかでも公的関与の多いものが目立っている。例えば、教育は日米欧ともに生産性の順位より賃金の順位が上位にある。また、我が国では運輸が、英国では医療・福祉がこうした状況にある。
賃金は短期的には様々な要因によって変動する指標ではあるが、ある程度長いスパンを以って見ると、生産性の水準に強い影響を受けて決定されることが示された。賃金の高い、質の高い雇用を新たに生み出していくためには、生産性の向上がやはり必須であることを表現しているものと考えることができるだろう。
2 生産性の動向と労働市場
潜在需要を捉えた雇用の創出には産業間における雇用の適切な配分が必要であり、そのためには賃金の調整などを通じたミスマッチの緩和が鍵となることが分かった。また、各業種の相対的な賃金は長期的には労働生産性の高低との関係が強いことが分かった。しかし、生産性という言葉は誤解も生みやすい。そこで、以下では「生産性上昇は『人減らし』か」「生産性の上昇は賃金の上昇をもたらすか」「企業間の生産性上昇率の差は産業全体の生産性上昇とどう関係するか」といった論点について考えてみよう。
(1)生産性上昇は「人減らし」か
まず、我が国における生産性の動向について、国際比較を交えながら概観しよう。生活水準と関係の深い人口一人当たりGDPの上昇への時間当たり労働生産性の寄与を見た後、労働生産性の変動要因、ITとの関係に注目しながら業種別の寄与を確認する。
●一人当たりGDPの上昇には労働生産性の上昇が最も大きく寄与
国際的に見たときの我が国の経済成長率の低さの原因として、「生産性上昇率が低い」ことがしばしば挙げられるが、これは事実なのだろうか。一人当たり実質GDPの成長率を2000年代(日本は2006年まで、米欧は2007年まで)について比べると、大きな差があるわけではないが、日本は米欧より幾分低めである(欧州としてはEU10か国をとる)。80年代は日本の成長率が圧倒的に高かったが、90年代からは日本がやや低めという状況が続いている。こうした一人当たりGDPの基調的な動きを、労働生産性(総労働時間当たり実質GDP、いわゆるマンアワーベース)、生産年齢人口比率(総人口に占める15歳~64歳人口の割合)、一人当たり労働時間、就業率(生産年齢人口に占める就業者の割合)に分解してみると、以下のようなことが分かる(第3-1-10図)。
第一に、日米欧のいずれにおいても、一人当たりGDP成長率に対しては労働生産性の寄与が一貫して最も大きい。すなわち、一人当たり経済成長率に関しては、労働生産性がどの程度伸びるかが決定的に重要である。しかも、日本は米欧と比べて一貫して労働生産性上昇率がやや高めである。2000年代になってもこの傾向は変わっていない。
第二に、にもかかわらず日本の一人当たりGDP成長率が90年代以降は低いのは、一人当たり労働時間と生産年齢人口比率の寄与が大きくマイナスとなっているからである。欧州もこの傾向があるが、日本ほど強くはない。90年代を中心に時短が進んだこと3、非正規化による短時間勤務者の増加、2000年代における高齢化の進展による生産年齢人口の減少などがその背景にあると考えられる。
第三に、「就業率」の要因はプラスに寄与しているが、力不足である。「就業率」が上昇するのは、生産年齢人口に占める労働力率が上昇するか、失業率が低下するときである。我が国は、2000年代において女性や高齢者の労働参加の促進、失業の削減に努めたものの、欧州における失業率の大幅な削減のインパクトには及ばなかったといえよう。
以上から、生産性上昇が「人減らし」を意味しているというより、生産年齢人口が減少するなかで、一人当たり労働時間が削減される一方、「就業率」が高まってきたことが分かった。
●我が国の全要素生産性上昇率は低い
それでは、労働生産性の上昇率は何で決まっているのだろうか。特に、我が国の労働生産性上昇率は米欧を幾分上回っていたが、それはなぜだろうか。労働生産性の変化を、資本装備率、労働力の質、全要素生産性(TFP)の3つの要因の寄与に分解することで調べてみよう。ここで、資本装備率は労働1単位当たりの資本投入量、労働力の質は年齢、性別、学歴といった構成比の違い、全要素生産性は以上の要因で説明できない残差で技術進歩などを示すものである。結果を見ると、次のような特徴が明らかとなる(第3-1-11図)。
第一に、我が国のTFP上昇率は90年代後半、2000年代(2006年まで)ともに米欧に比べて低い。この要因については、様々な指摘がなされているが、特にバブル崩壊から間もない90年代後半については、追い貸しなどが広く行われた結果、産業・企業の新陳代謝が遅れたこと4、IT化を通じた企業組織の効率化が遅れたことなどが考えられる。
第二に、「労働力の質」については、我が国は一貫して大きくプラスに寄与している。この指標で具体的にどの部分が特に寄与しているかは明らかでないが、年齢別賃金で生産性の大きさを近似していることから、平均年齢の上昇が「労働力の質」を押し上げている可能性がある。また、この間、高学歴化が着実に進んだことも、計算上、「労働力の質」の上昇に寄与していると見られる。
第三に、日米欧とも労働生産性上昇率に最も寄与した要因は資本装備率であるが、我が国では特にこの要因が大きい。バブル崩壊後、我が国では設備投資は抑制気味であったため、資本ストックの伸びは米欧と比べやや低めであったが、前述のように一人当たり労働時間を含め労働投入量を減少させたため、結果として資本装備率の寄与が大きくなったと考えられる。
●2000年代には我が国でもIT利用部門の生産性上昇が加速
我が国の生産性に関して、ITの活用が遅れていることがしばしば指摘される。その内容として、IT投資そのものが少ないことや、IT投資が企業の組織や経営の効率化に結びついていないことが挙げられている。ここでは、まず、業種別の労働生産性の上昇率を確認した上で、各業種をITとの関係から「IT生産部門」「IT利用部門」「非IT部門」に分類し、各部門の生産性上昇への寄与を国際比較してみよう。結果は、以下のとおりである(第3-1-12図)。
第一に、我が国では電機・光学機械の生産性上昇率が95年以降一貫して高く、次いで、95~2000年では通信、2000~2005年では一般機械、電気・ガス・水道などが高い。電機・光学機械は典型的なIT生産部門、通信はIT利用部門であり、こうしたIT関連の分野が生産性上昇をけん引してきたことが分かる。
第二に、日米とも、労働生産性上昇率の過半はIT生産部門とIT利用部門の寄与となっている。特に、アメリカの95年~2000年は生産性上昇の大部分がIT関係の寄与によって説明される。このように、日米における近年の労働生産性の上昇は、IT化にけん引されてきたことが分かる。一方、欧州ではIT関連部門のけん引力が総じて弱く、それが労働生産性上昇率の低さの背景ともなっている。
第三に、我が国は確かに95年~2000年についてはIT利用部門の生産性上昇率がアメリカと比べ見劣りしていたが、2000年代には遜色のない上昇率となっている。これは、IT利用製造業、IT利用サービス業ともにいえることである。具体的には、一般機械や金融、リースなどでの生産性上昇がこうした動きに寄与している。
●IT利用サービス業の就業者数は日本では減少、アメリカでは増加
マクロ的な労働生産性の上昇の要因として、我が国では労働投入量の減少による資本装備率の上昇があることを述べたが、ここでは、生産性と就業者数の関係について業種別にやや詳しく調べてみよう。具体的には、日米について、業種別の労働生産性上昇率と就業者数の増減率を見るとともに、日米欧について、ITとの関連性による部門分類にしたがった就業者数の変化を確認する(第3-1-13図)。
第一に、2000年代においては、日米とも労働生産性上昇率の高い業種ほど、就業者数の減少率が大きいという傾向が観察される。就業者数を削減できた業種ほど、結果として生産性が上昇したと解釈することができるが、こうした傾向は日本だけに当てはまるわけではないことに注意が必要である。
第二に、2000年代において就業者が増加した部門で寄与が大きかったのは、日米欧のいずれにおいても、非ITサービス業(就業者のシェアが大きい業種として、医療・福祉、飲食・宿泊などが含まれる)である。こうした分野の多くは、労働集約的な業種であり、また、技術進歩の余地も限られている。一方で先進国では需要が伸びやすい分野でもあり、就業者の増加で需要増に対応したと見られる。
第三に、米欧と比べた日本の特徴の一つは、IT関連部門での就業者数の減少が大きいことである。特に、2000年代においては日米のIT利用サービス業での労働生産性上昇率はほぼ同じ程度であった(前掲第3-1-12図)。にもかかわらず、アメリカのIT利用サービス業ではわずかながら就業者が増加する一方、日本の同部門では就業者が減少した。アメリカでは、こうした部門でIT化によるイノベーションを進める過程で、新たな需要が開拓されて雇用吸収につながった可能性がある。
3-2 稼働率調整後の全要素生産性
生産性指標については、資本や労働など投入量を示す指標の限界もあって、好況時には過大に、不況時には過小に推計されることが知られている(深尾・宮川(2008)など)。ここでは、TFPの過大・過小評価を避けるために、資本について稼働率に関する調整を行った系列についても作成し、稼働率の変動に伴うバイアスを小さくした生産性を示すよう試みた。
我が国については、稼働率調整後のTFPは、TFPが高まる時期にはある程度小さめに、低くなる時期には高めに出ており、おおむね元の系列が均された形となっている。一方、アメリカについても概してそうした傾向ではあるものの、一部調整後の系列の方が大きくなる局面や山谷の位置が変わるといった局面も見られる。これはアメリカの稼働率に関するデータの入手可能性が限られたものであることも影響しているものと見られる。
その動きを見ると、我が国については、労働生産性の動きと同じく、80年代に1%を超える水準にあったが、90年代以降急速に低下し、おおむねゼロ近傍となっている。一方、アメリカについては、80年代の前半にTFPが大きく高まった局面が見られるが、我が国ほど構造的に大きな断層は見られない。
コラム3-2図 日米のTFP(資本稼働率調整済み)の変動
(2)生産性の上昇は賃金の上昇をもたらすか
これまでの分析で、業種別の労働生産性と賃金には強い関係があること、我が国では最近の労働生産性上昇の背景の一つに、労働投入量の減少による資本装備率の上昇があることが分かった。生産年齢人口の減少が続くなかで、今後は一人当たり賃金に代表される雇用の質の確保が重要となる。以下では、生産性の上昇が雇用と賃金にどう影響するかをやや詳しく検討しよう。
●労働生産性上昇率が高い国ほど賃金上昇率が高い傾向
各国の中において業種別の生産性と賃金に強い関係があるとしても、それが各国のマクロ的な生産性と賃金にも当てはまる関係かどうかは自明ではない。そこで、この点について確認してみよう。具体的には、マクロ的な賃金の指標として、時間当たり実質雇用者報酬をとる。なお、ここで用いる「雇用者報酬」の概念は、自営業主・家族従業者の混合所得についても労働の対価と考えられる部分を推計して合算したものである。結果を見ると、次のようなことが分かる(第3-1-14図)。
第一に、予想されたとおり、労働生産性上昇率が高い国ほど、マクロ的な賃金の上昇率が高い傾向にある。これは、85~2007年という長期間をとっても、2000年代に限定した場合でも、当てはまる性質である。
第二に、多くの国が45度線より下に位置しており、労働生産性上昇率ほどにはマクロ的な賃金が上昇しない傾向にある。いいかえれば、労働分配率がすう勢的に低下してきたことが分かる。
第三に、我が国は労働生産性上昇率と比べたマクロ的な賃金上昇率が特に低い。すなわち、労働分配率の低下が目立っている。韓国やドイツも日本と同様の傾向が強いが、これらの国は経済に占める製造業の割合が高いという特徴を持つ。そのため、新興国などとの価格競争等によリ、賃金の原資を十分に確保することができず、結果として海外へ所得が流出しやすく生産性の上昇が賃金の上昇に結びつきにくかった可能性がある。
●2000年代の我が国におけるTFP上昇の果実は海外へ流出
生産性の上昇が賃金の上昇にどの程度つながったかについて、我が国のTFPに着目してさらに詳しく調べよう。TFPの上昇は、技術進歩を含め、産業あるいは一国経済全体の効率が高まることを意味する。その果実はどこかに帰属する。具体的には、実質賃金の上昇という形での家計への分配、利潤の増加という形での企業への分配、さらには輸入原材料への支払いや新興国などとの価格競争による製品価格低下という形での海外への流出が考えられる。一定の仮定5を置いて我が国のTFP上昇率をこの3つの帰属先に分けてみると、次のような結果が得られた(第3-1-15図)。
第一に、80年代、90年代、2000年代のいずれの時期にも、TFP上昇の一部は実質賃金の上昇という形で家計へ分配されている。ただし、2000年代については、家計への分配はTFP上昇率の半分以下となっている。
第二に、2000年代においては、TFPの上昇の過半が海外に流出している。その要因として、2003年以降の原油価格などの高騰による輸入物価の上昇が挙げられる。同時に、輸出主導型の景気回復の過程で、輸出物価の下落が海外の消費者にメリットを及ぼした点も指摘できよう。
第三に、業種別に見ると、電機・光学機械、一般機械、電気・ガス・水道などで海外への分配が多い。例えば、電機・光学機械や一般機械は、効率改善の成果が輸出製品の価格下落を通じて海外に流出したためと見られる。一方、家計への分配が比較的大きかったのは、保健衛生、繊維、自動車販売などであるが、いずれもTFP上昇率は低く(自動車販売はわずかにマイナス)、効率の改善なしに企業から家計へ所得分配がなされた形となっている。
以上をまとめると、2007年までの景気回復が実感の伴わないものとなった背景の一つとして、輸出業種を中心とする生産性上昇の成果が海外に流出し、実質賃金上昇の形で家計に分配されにくかったことが指摘できよう。
(3)企業間の生産性上昇率の差は産業全体の生産性上昇とどう関係するか
ここまで見てきたマクロでの生産性の動向を、我が国について、企業レベルのデータでも確認してみよう。そのため、ミクロデータの集計を通じ、産業ごとの生産性に関するデータを作成する。ここでは、上場会社を対象にした企業財務データから作成された生産性データベースであるアジア上場企業データベース(EALC)2009 6を利用する。
●生産性上昇率の散らばりの高い産業において平均的な生産性上昇率が高い傾向
最初に、85年から2005年にかけての我が国の企業ごとの各年の全要素生産性(TFP)の上昇率を計算し、業種ごとに密度分布を示した(第3-1-16図)。一定以上のサンプルが維持できる業種のみをとっているため、業種数は減少している。同一産業内で企業ごとの生産性格差が大きいほど、比較的横に広がった分布となる。ここから下記のようなことが分かる。
第一に、製造業と非製造業で比べると、製造業の方がより尖った分布を示している。ただ、両者の山の位置については、目立った違いは見られず、上昇率の平均値について製造業・非製造業の間に大きな差はない。一般に製造業の方が生産性の伸びは高いといわれていることと合致しないが、本データが対象としている上場企業では、平均した生産性の上昇率においてはそれほど大きな差が生じていないためと考えられる。
第二に、製造業の各業種の中で比べると、自動車が最も尖った分布となっている。続いて、素材系製造業である化学、一次金属、紙パルプなどが続く。一般機械や電気機械といった加工組立系製造業は比較的なだらかな分布を示している。素材系及び加工組立系に分けてみると、分布が緩やかな産業において、分布の山が右側に位置し、生産性の伸びが比較的高くなっている傾向が見られる。
第三に、非製造業の中で見れば、建設業が最も尖った分布となっている。この尖り具合は運輸、金融・不動産、電力、サービス、通信、卸小売の順に緩やかになっていっている。非製造業においても、分布が緩やかであるほど、分布の山が右に位置する関係を、よりはっきりと確認することができる。
分布が尖った状態にある産業は、産業内における生産性上昇率の散らばりが小さいことを示している。産業内の企業の同質性が高いとも解釈できよう。逆に緩やかな分布を示す産業においては、生産性の伸びがばらばらであり、同質性が低かったと理解できる。ここで観察したとおり、分布が緩やかな産業の方が生産性上昇率の平均が高いということは、産業内の生産性上昇率格差が大きい産業において、生産性が伸びる傾向があったと解釈できる。
●生産性上昇率の平均と分散の相関は非製造業において比較的明瞭
ここでは、先ほど密度分布の形状から見た生産性上昇率の集中度合いを、数量的な手法を用いることでもう少し精密に調べてみよう。具体的には、各産業に属する企業の全要素生産性の各年の上昇率について分散を計算し、生産性上昇率の平均と対比する。横軸に生産性上昇率の分散、縦軸に上昇率の平均を示している(第3-1-17図)。ある程度少ない企業数でも分散の計算は可能なため、先ほどの分布図に比べ、業種数を増やすことができる。ここから以下のようなことが分かる。
第一に、全体として見ると、製造業の方が散らばりが大きく、一概に傾向をつかむことがやや難しい一方、非製造業はおおむね生産性上昇率の平均と分散が一直線に沿うように分布している。ただ、製造業についても、生産性上昇率が大きくマイナスとなっている石油製品や印刷といった業種を除くと、おおむね右上がりの関係性を見ることができる。一部の業種を除けば、製造・非製造業の両方において、生産性上昇率の平均と分散の間には正の関係があると考えることができよう。
第二に、製造業においては、前述のとおり、平均と分散の間の正の相関関係から大きく外れた業種として、石油製品、印刷がある。石油製品については、分散は大きいにもかかわらず、平均はマイナスとなっているが、これは原材料価格の変動の影響などが大きいものと見られる。また、木材加工や家具製造、皮革といった労働集約的な業種においては、生産性の伸びがマイナスにとどまっていると同時に分散は小さい。こうした業種では生産性を押し上げるような新技術の導入などが比較的生じにくく、産業内での生産性の伸びの違いも生じにくいことを反映していると見られる。一方、電気機械や一般機械、精密機械といった典型的な加工組立系の製造業については分散が大きく、また平均的にも高い生産性上昇率を示している。
第三に、非製造業については、製造業に比べて平均と分散の間の相関関係をより明確に見て取ることができる。これは、資本深化などによって生産性が向上した産業とそうでない産業の間に明確な差が生じたためと考えられ、農林漁業や運輸、石炭鉱業、建設といった比較的イノベーションが進みにくかったと想像される産業において、平均的な生産性上昇率も低く、分散も小さくなっている。一方、通信、卸小売、サービスといったIT化の恩恵を受けやすかったと見られる産業において、平均、分散ともに大きくなる傾向がある。
●新陳代謝が活発な産業において生産性上昇率が高くなる可能性
このような生産性の伸びと産業内格差の間に、相関が生じる理由はなぜだろうか。まず、考えられるのは、大きな技術革新の生じた産業においては、生産性の平均、分散ともに伸びるため、両者に相関関係が見られるというものである。その理由としては、ある産業において、生産性の高い企業が参入し、低い企業は退出するという新陳代謝が活発であれば、産業内格差は拡大すると同時に、平均的な生産性の伸びも結果として高くなるとも考えられる。我が国経済の新陳代謝を指標化したものとして、ここでは、総務省「事業所・企業統計調査」から作成した我が国事業所の開業率及び廃業率の動向を見ておこう。さらに、業種別に廃業率と生産性上昇率の相関を確認してみよう(第3-1-18図)。ここから下記のようなことが読み取れる。
第一に、我が国の開業率は91年度から2001年度にかけて上昇した後、2001年度から2004年度にかけて減少し、その後、2006年度にかけて持ち直している。おおむね景気の動向に連動する形で増減していると考えられる。
第二に、廃業率の動きは、開業率とおおむね似た動きとなっているものの、96年度から99年度にかけ開業率に比べ大きく伸び、逆に2001年度から2004年度にかけての減少幅は小さいものにとどまった。こうしたこともあって、我が国の開業率は廃業率を下回っており、そのかい離は大きいものになっている。このため我が国の事業所の数は減少している。
第三に、産業別の廃業率と生産性の間には一定の相関が見られる。ここでは、91~94年度、96~2000年度、2001~2005年度の各期間において年率に置きなおした業種ごとの廃業率とその期間の各業種の生産性上昇率の平均を調べた(第3-1-18図(2))。ただし、製造業のみを対象としている。その結果から、廃業率が高いほど生産性上昇率も高い傾向が読み取れる7。産業内の新陳代謝が産業の生産性を押上げ、一方で産業内格差を拡大するという仮説とも整合的であると考えられよう。確かに、廃業自体は事業所数の減少を意味するため、経済の停滞を示すと考える向きもあろうが、一方で産業の新陳代謝を促進し、産業の生産性を上昇させるというプラスの側面もあることがうかがわれる。
こうした簡単な観察から、新陳代謝が活発な産業において、生産性上昇率が高くなる傾向があるとおおむね結論付けられよう。
3 質の高い雇用の創出-ケーススタディ
ここでは、今後潜在的な需要が見込まれると考えられているいくつかの具体的分野で、生産性向上と質の高い雇用の両立に向けた課題について検討する。すなわち、「IT分野での人手不足の原因は何か」「介護分野で生産性上昇を通じた賃金の改善は可能か」「農業・食品分野は雇用吸収の受け皿となれるか」といった点を考えてみたい。
(1)IT分野:人手不足の原因は何か
ITの生産、利用は各国における生産性の向上にとって重要な役割を果たしている。一方で、景気が極端に悪化した時期を別とすれば、IT分野での人材確保の難しさがしばしば指摘されてきた。そこで、以下では、システムエンジニアやプログラマーといったIT技術者の不足感の背景を調べてみよう。
●増加しているものの依然不足感が強いIT人材
IT関連人材として、システムエンジニアとプログラマーを合わせた「情報処理技術者」をとると、前述のとおり、有効求人倍率、相対賃金ともに全職業平均と比べると相当高い水準にあった。ここでは、さらにIT関連人材の量的な状況を確認するとともに、企業側から見た過不足感を調べてみよう(第3-1-19図)。
第一に、我が国における情報処理技術者の人数(有業者数)は、2002年には92万人程度であったが、2007年には100万人を幾分超える程度まで増加している。ただし、この間、有業者全体も増加していることから、有業者に占める情報処理技術者の割合はわずかしか上昇していない。
第二に、2009年にIT企業にIT人材の量的不足感を尋ねた調査によれば、厳しい景気状況にもかかわらず不足と回答した企業が少なくない。具体的には、独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2010」において、ベンダーでは「大幅に不足」「やや不足」と回答した企業が全体の約半数、ユーザーでは約8割に達している。なお、その1年前の調査結果と比べると、量的な不足感は緩和している(1年前の「大幅に不足」はベンダーで16.2%、ユーザーで22.7%)。
第三に、上記調査において、IT人材の質的不足感はさらに強い。すなわち、ベンダーでは「大幅に不足」だけで2割強を占め、これに「やや不足」を加えると全体の8割程度に達する。ユーザーでもほぼ同様である。なお、その1年前の調査結果と比べても、ベンダー企業中心に質的な不足感の改善幅は小さく、依然高い水準が続いている(1年前の「大幅に不足」はベンダー32.4%、ユーザー31.6%)。
●我が国ではIT関連人材の賃金は他の職業と比べ必ずしも高くない
我が国においてIT関連人材の量的、質的な確保を図っていくためには何が必要であろうか。この問題を考える手懸りとして、賃金水準と労働者側の仕事に対する満足度に着目しよう。生産性に見合った賃金が支払われ、満足感のある仕事ができると認識されれば、長期的には、この分野での労働供給が量的、質的に拡大すると想定されるからである。実際に、これらの指標について、日米間の比較を試みると次のようなことが分かる(第3-1-20図)。
第一に、全職業平均に対するIT関連人材の相対賃金の水準を見ると、我が国はシステムエンジニアでは平均よりやや高い程度であり、プログラマーでは平均に満たない。一方、アメリカでは、ソフトウェアエンジニアでは平均の2倍以上、プログラマーもそれに近い水準となっている。職業の定義などもあって厳密な比較ができない点を考慮しても、日米における状況の差は大きいといわざるをえないだろう。
第二に、2000年~2008年における相対賃金の変化を見ると、日本ではシステムエンジニア、プログラマーとも上昇しているが、その程度はわずかである。この間、我が国における労働生産性の上昇をけん引したのはIT関連部門であるが、その果実がIT関連人材の相対賃金には十分反映されていない可能性がある。一方、アメリカでは、特にプログラマーの相対賃金の低下が目立つが、これには、ソフトウェア開発における新興国などへのアウトソーシングが進んだことも影響しているものと考えられる。
第三に、仕事に対する満足度についても、日本のIT関連人材は労働者の平均と比べて「満足」とする者の割合が少ない。アメリカにおける類似の調査によれば、やはりここでも厳密な比較はできないが、IT関連人材は平均と比べて「満足」とする者の割合が多いこととは対照的である。なお、アメリカではそもそも平均的に「満足」とする回答が多いが、これには職業生活全般の在り方や国民性の違いなどが反映されている可能性がある。
以上、日米比較の結果からは、我が国におけるIT関連人材への有形、無形の報酬は低めである。年功型の報酬制度の要素が残り、IT関連人材といえども内部労働市場の役割が依然重要な我が国では、生産性向上への貢献度を報酬に十分反映しにくい面があると推察される。
●IT関連人材の有効求人倍率は他の職業との相対賃金が低い地域ほど高い傾向
IT関連人材の不足に関しては、地域的な状況の違いも重要である。そこで、情報処理技術者の有効求人倍率の違いを相対賃金(ここでは、システムエンジニアの賃金を産業計の賃金で除したもの)との関係で調べてみよう。景気の山を含む2007年と、リーマンショック後の景気の最悪期を含む2009年について見ると、以下のような点が明らかになる(第3-1-21図)。
第一に、予想されたように、有効求人倍率の高い地域ほど相対賃金が低いという傾向が観察される。すなわち、同じ地域に賃金が高めの職業が多く存在するような場合、IT関連人材の需給はひっ迫することになる。これは、IT関連人材とその他の職業との間にはある程度代替性があることを意味している。
第二に、東京、大阪、愛知といった大都市圏では、相対賃金から予想される以上に有効求人倍率が高い。また、2009年においては、福井や徳島などでも有効求人倍率が著しく高く、一部のIT関連企業で大きな労働需要が発生している可能性がある。こうした状況が生ずるのは、賃金水準の引上げや他地域からの人材の流入による調整が進みにくいことを示している。
第三に、景気の悪化を受けて、2009年の有効求人倍率は全国的に低下し、東京でも1をやや下回る水準となっている。多くの地域では0.5倍以下であるが、そうした状況でも大きな地域差が残っていることは、地域間の人材の移動が容易でないことを示しているといえよう。
(2)介護分野:生産性上昇を通じた賃金の改善は可能か
今後、高齢化が一層進むなかで、家族や近隣による支援機能の復活に過度の期待ができない状況では、介護に対する需要が急速に拡大することが予想される。介護産業は、いわば需要の急拡大が確実視される分野であろう。一方で、賃金改善を含む質の高い雇用の創出が特に重要な課題となっている業界でもある。この点を中心に考えてみよう。
●介護職員数は伸びが鈍化、介護のフルタイム職員の賃金は弱い動き
介護職員の数は増加しており、フルタイム職員の賃金8は他業種の労働者と比べると低めであることは一般に知られている。この点について、データに基づいて確認していこう(第3-1-22図)。
第一に、2000年に介護保険制度が導入されて以来、介護職員数については一貫して増加している。2000年には55万人程度であった介護職員数は、2007年には120万人を超える水準に達している。ただし、2000年代半ば以降、増加テンポは鈍化している。また、常勤職員が全体の過半を占めるが、2000年代においては非常勤職員の増加テンポの方が速く、非常勤の比率が高まっている。
第二に、介護職員の賃金水準を見ると、需要が強い9といわれるにもかかわらず、全業種平均より低く、ケアマネジャーではその9割、ホームヘルパーなどでは7割程度となっている。全産業と比較して、介護職員には女性が多く、平均勤続年数が短いことなど労働者の属性による影響に加え、賃金が公的な制度である介護報酬の影響を受けていることもその背景として考えられよう。
第三に、この間、高齢化が進展するなかで介護職員に対する需要は増していると見られるが、介護職員の平均的な賃金水準は低下傾向にあり、全産業との差は縮小していない。もっとも、やや仔細に見ると、例えば、ケアマネジャーの賃金は低下しているものの、ホームヘルパーの賃金はおおむね横ばい圏内の動きとなっている。
●賃金改善によって介護職員の増加の余地
それでは、介護職員の賃金水準の低さをどう評価すべきだろうか。ここでは、最初に他の先進国における状況に関するOECDにおける調査結果10を紹介した上で、我が国における賃金水準と有効求人倍率、労働生産性との関係を調べてみよう。
第一に、介護職員の賃金水準の低さ(第3-1-23図(1))、欠員や離職の多さは先進国共通の現象11となっている。国により介護保険の有無、介護労働者の定義は異なるものの、いずれの先進国でも程度の差はあれ高齢化と介護の社会化の必要性は高まっている。一方で、賃金は飲食店などの対個人サービス業などの影響もあって低く抑えられ、慢性的な人手不足状態が生じていると見られる。また、離職率の高さがスキルの形成、蓄積を妨げ、賃金と生産性の上昇を抑えている面も考えられる。
第二に、都道府県別のデータを用い、介護関連職種の有効求人倍率と相対的な賃金水準(全産業平均との比)の関係を見ると、IT関連人材の場合と同様に、介護サービス業従事者の賃金が相対的に低い都道府県の方が介護関連職種に対する有効求人倍率も高くなる傾向が見出される(第3-1-23図(2))。このことから、当該地域で他の業種で得られる賃金が相対的に高いほど、介護業務の魅力が低下し、人手不足状態に陥りやすい可能性がある12ことが分かる。
第三に、財団法人介護労働安定センター「介護労働実態調査」(2008年度)の個票データを用い、介護職員(正社員)の賃金水準と施設の労働生産性(付加価値生産性)との関係を調べると、賃金水準が高いほど生産性も高くなる傾向がある(第3-1-23図(3))。これは因果関係を示すものではないが、賃金の高さは生産性の高さと結びついているといえよう。
●IT化を進めた介護事業所では職員の賃金が高め
さて、賃金の引上げ以外に、介護関連産業の付加価値を高めることはできないだろうか。本節でも見てきたとおり、我が国では生産性の向上にITの利活用が一定の効果を挙げている。ここでは介護事業所におけるIT化に注目して議論を行うこととする。先ほどと同じく「介護労働実態調査」(2008年度)の事業所別のデータを用い、介護事業所の人件費や事業収入がITの活用によって影響を受けたかどうかを見ることとする(第3-1-24図)。
第一に、このアンケートに回答した全事業所のうち、ITの活用により事務の効率化を図っている事業所は14%となっている。事業所の規模別に見ても、従業員数49人以下の最も小規模な事業所ではIT活用比率が低いものの、50人以上の規模を持つ事業所においては、介護事業所全体の平均と同程度のIT活用割合となっている。介護事業所の規模により、IT活用比率が特段大きく変わるわけではないようである。
第二に、福祉施設で働く介護職員の賃金と、当該施設におけるIT等活用による事務効率化の有無の関係を調べると、正社員については、IT活用事業所における賃金水準が、その他の事業所における賃金水準を幾分上回っていることが分かる。もっとも、短時間労働者ではこうした関係は見られなかった。IT化による生産性の上昇の果実は、正社員への分配に回っていることが示唆される。
第三に、訪問介護員(ホームヘルパー)について同様の分析を行うと、特に正社員では比較的大きな賃金の差が検出された。短時間労働者でも、わずかではあるが賃金の差が見られた。訪問介護事業では、ヘルパーをいかに効率的に派遣するかが経営上重要な要素であり、ITがこうした側面で寄与し得る可能性を示唆している。
これまで、介護事業は労働集約的なサービスであり、生産性の向上は難しいと考えられてきたが、ITの活用により、介護人員の効率的な配置・派遣やその他の事務の効率化が進めば、賃金の改善につながる可能性がある13ことが分かった。
(3)農業・食品分野:雇用吸収の受け皿となれるか
我が国の農業は、就業者の減少や高齢化、経営耕地面積の縮小など生産要素の面で厳しい状況が続いている。しかし一方で、食品安全などの視点からの農業・食品分野への関心の高まりや規制改革の効果などもあって、農業法人や農業生産法人の増加が続いている。これら法人などへの就職を含め新規就農者が毎年生まれており、雇用創出の受け皿としても期待されている。こうした問題意識から、農業とその関連分野での生産性上昇、雇用創出へ向けた課題を考えよう。
●農業の実質付加価値ベースの生産性は横ばい
最初に、農業における生産性の状況を点検しよう。容易に想起されることは、農業は就業者が減少しているため、労働生産性や土地生産性が上昇しているのではないか、という仮説である。この点に関して、いくつかの指標で確認すると、次のようなことが分かる(第3-1-25図)。
第一に、「農林業センサス」などのデータに基づき、農業就業者当たりの名目産出額(粗生産性)の推移を見ると、2000年から2005年の間で年平均約2%の増加である。名目産出額は減少しているものの、就業人口はそれ以上に減少しているため、粗生産性が増加するという形になっている。
第二に、販売農家(耕地面積又は販売金額が一定規模以上の農家をいう)当たりの経営耕地面積の推移を見ても、2000年から2005年の間で年平均約2%の増加を示している。また、それ以前と比べると、増加率はむしろ加速している。これは、耕地面積は減少しているものの、販売農家数がそれ以上に急テンポで減少してきたことによる。
第三に、それでは実質付加価値ベースの労働生産性はどうだろうか。EU-KLEMSの国際比較が可能なデータで見たところ、2000年~2005年の労働生産性上昇率(年平均)はほとんどゼロであった。総労働時間の減少はプラスに寄与しているが、実質付加価値の減少もそれと同程度だったためである。なお、この間、先進国の多くでは労働生産性が上昇しているが、ここでも、労働投入(マンアワーベース)の減少の寄与によるところが大きくなっている。
●農地の集約度合いや常用雇用の利用割合が高いと農業による付加価値額が高い
こうしたなかで、農業の生産性を上昇させるにはどのような方向があるだろうか。この課題を考えるため、都道府県別のデータを用いて労働生産性、土地生産性に影響を及ぼす要因を探ってみたところ、次のような結果が観察できた(第3-1-26図)。
第一に、各地域における農家当たりの生産性は、その地域での平均的な経営耕地面積の規模とは関係がない。具体的には、生産性として販売農家当たりの生産農業所得をとり、規模の大きさを示す指標として販売農家当たりの経営耕地面積をとると、その両者には統計的な関係は見出せなかった(この結果は図示していない)14。
第二に、そこで5ha以上の販売農家の割合に着目すると、その割合が高いほど農家当たりの生産農業所得が高い傾向が見られた。これは、比較的少数の大規模農家がどの程度存在するかが各地域の生産性を決定する一つの要因であることを示している。
第三に、各地域の土地生産性は、雇用者を導入している農家の割合と関係がある。すなわち、土地生産性として経営耕地面積当たりの生産農業所得をとると、常雇を導入している販売農家の割合が高い地域ほど土地生産性も高いという傾向が浮かび上がる。企業的経営を目指して労働者を雇うような農家が増えれば、雇用創出と土地生産性の向上が可能となることを示唆している。
●食品産業を含めた農業関連分野の成長に期待
以上のように、農業については大規模化、集約化を通じて生産性向上を図る道筋が考えられるが、農業を雇用創出の受け皿として期待する場合は、国内農産物の最大の需要先である食品産業の成長を考える視点も重要であろう。こうした問題意識から、食品産業の現状について整理しておきたい(第3-1-27図)。
第一に、食品製造業、食品流通業、外食産業を食品産業とすれば、その就業者数は2000年までは増加してきたが、2005年にはやや減少している。しかし、農業の就業者がすう勢的に減少した結果、いまや就業者の規模では食品流通業が農業を上回っている。雇用創出の受け皿としては、食品産業まで含めた農業・食品分野全体を考えたほうがアプローチしやすいといえよう。
第二に、それでは食品産業の成長にどのような可能性があるかといえば、国内での新規需要の開拓だけでなく、新興国の内需を取り込むことが考えられる。実際、食品製造業を例にとると、我が国企業の新興国への進出の動きが目立ってきている。日本政策金融公庫国際協力銀行のアンケート調査によれば、「新興国市場の中間層向け事業への取組」に関して、「すでに実施」「実施検討中」という回答が食品製造業では6割を超えている。これは、全産業平均での「すでに実施」「実施検討中」という回答が3割程度にとどまっていることと対照的である。
第三に、食品製造分野のうちの上場企業に着目すると、海外市場から利益を得る割合が急速に高まっている。この点はプロフィットプール(横軸にセグメント別売上げシェア、縦軸に営業利益率をとった図)を描くと理解しやすい。2005年と2008年を比べると、食品製造業については、海外売上げシェアが増加するとともに、国内での利益率が低下する中、アメリカ向けは高水準の利益率を維持しており、アジアや「その他」(各企業の自主的な開示区分のため、中東や中南米等のほか、アジアなどが含まれる場合がある)向けについては利益率が著しく高まっていることが分かる。