第5節 リスクマネーの供給と家計・金融機関のリスク対応力

以上では、日本企業のリスクテイク行動が国際的にみて十分でなく、これが経済成長の足かせとなっている可能性を指摘した。また、確実な債務返済に重点を置く銀行からの借入が多い企業では研究開発費が少ないなど、資金調達方法が企業のリスクテイク行動にも影響を与えていることを示した。本節では、まず、企業が積極的な事業活動を行うために必要な資金を、1,500兆円の金融資産を持つ家計や、企業と家計の仲介を担う金融機関から現在どのような形で調達しているかについて整理し、次に企業が円滑な資金調達を行うために各資金供給主体に関しどのような条件を整えることが必要か、家計、金融機関の順に分析する。

1 企業活動へのリスクマネー供給のルート

企業が必要とするリスクマネーは、どこから、どのようなルートで供給されているのだろうか。以下では、日本におけるこうした資金の流れについて、欧米諸国と比べた特徴の抽出を試みる。手順としては、日米英独仏の5カ国について企業の資金調達、家計の資産運用の内容をそれぞれ調べた後、日米英の3カ国に絞ってマネーフロー全体の特徴を比較する。。

企業の資金調達は日、米、英とも株式・出資金が中心

最初に、企業の資金調達の状況を調べよう。2007年末における日本と欧米主要国の民間非金融法人企業の負債構成をみると、いずれの国も株式・出資金が半分程度を占める(フランスはやや多く6割)。一方、借入はドイツ、英国では約3割、アメリカ、フランスでは約2割であり、日本ではその中間の25%程度を占めている。

このように、企業の負債構成に関しては、日本は際立って借入依存が高いというわけではなく、株式・出資金中心という点でおおむね欧米諸国と同じような内容となっている(第2-5-1図)。

ただし、日本の場合、株式・出資金中心といっても、直接金融のウエイトが高いとは必ずしもいえない。株式持合いが多いからである。実際、株式の保有者構成を米英と比べると、日本では非金融法人企業の持分が約3割と突出して高い(第2-5-2図)。一方で、アメリカでは直接金融が発達していることを反映して、家計による直接の株式保有が25%、投資信託、年金保険などの機関投資家による保有がそれぞれ約3割を占めている。また、英国では、金融資本市場のグローバル化が進んでいることもあり、海外の持分が約3割と高くなっている。 

家計から企業への資金の流れは日本では銀行経由が中心

次に資金の最終的な出し手である家計の資産構成を調べよう。日本では家計資産の半分が現金・預金であり、これは他国と比べて非常に高い割合である(第2-5-3図)。保険・年金が25%とこれに次ぎ、株式・出資金は1割、投資信託は5%に満たない。

これに対し、英国、ドイツ、フランスでは現金・預金は約3割、アメリカでは1割強にすぎない。英国の家計は現金・預金以外の大部分を保険・年金で運用している。アメリカ、ドイツ、フランスでは、株式・出資金で1割強~3割、投資信託で約1割を運用しており、リスク資産への運用に積極的となっている。

以上を踏まえ、日米英についてマネーフローの特徴を図の形で示してみよう。日本では、家計の資産保有は現金・預金が中心で、その預金が銀行を通じて企業に貸し出される(第2-5-4図)、という流れが基本である。直接金融への移行が進んだといっても、株式の持合いが依然多く、国際比較では間接金融中心の姿が浮かび上がってくる。

これに対し、アメリカでは家計が株式・出資金の形で企業に直接資金を供給するルートが中心となっている。あわせて、年金・保険を通じた企業への間接的な流れも重要である。また英国では、銀行経由のルートも無視できないが、中心は年金・保険を通じた企業への資金供給となっている。

2 家計のリスク資産投資割合が低い要因

以上みてきたとおり、日本の家計によるリスク資産投資は国際的にみて積極的とはいえない。その要因として、幾つかの仮説が考えられる。第一に、リスクに見合ったリターンが期待できないことである。第二に、リスクがどの程度あるか、あるいは、どのように投資をしたらよいか分からないことである。第三に、投資するだけの余裕が家計にないことである。これらについて順次検証していこう。

日本の株式市場では同じリスクで得られるリターンがアメリカより低い

最初に、「リスクに見合ったリターンが期待できない」という仮説を考えよう。資産運用において、家計が合理的だとすれば、投資対象となる資産のリスクとリターンを考慮しながら投資対象資産を選択する。したがって、日本の家計にとって投資可能なリスク資産が、海外の家計の投資対象となっているリスク資産に比べリスク・リターンの観点から見劣りする場合には、日本の家計は海外の家計よりもリスク資産投資を抑えることになる。

そこで、代表的なリスク資産である株式について、日米英及びユーロ圏の各市場で最も効率的なポートフォリオに投資した場合のリターンとリスクの比(投資効率)を比べてみよう。結果は、日本、英国、ユーロ圏がほぼ同じであるのに対し、アメリカは1.5倍以上高くなっている(第2-5-5図)。すなわち、日本や欧州の市場では、アメリカと比べて同じリスクに対し低いリターンしか得られない。

このことから、少なくともアメリカとの対比では、家計資産に占める株式のウエイトが低いことが説明できる。なお、日本の家計でもアメリカの株式に直接間接に投資することはできる。しかしその場合には、為替リスクや追加的な手数料を負担する必要があり、日本の家計のポートフォリオ選択にとっては、日本株のパフォーマンスが決定的に重要であることは間違いない38。 

日本の配当に係る税負担水準はOECD諸国の中では中程度

家計の投資行動に少なからず影響を与えうるものとして、税制が考えられる。リスク資産投資に対する税負担水準がリスク資産以外の資産に対するものより相対的に高ければ、家計のリスク資産投資が抑制される可能性がある。一方、リスク資産投資の結果、損失が生じた場合に、その損失を他の所得から控除できる制度となっていれば、家計のリスク資産投資は促進される可能性がある。

こうした点を踏まえ、日本においては、金融資産への課税の中立性を確保しつつ、投資が行いやすく簡素で分かりやすい税制となるよう、分離課税制度を基本として金融所得課税の一体化に向けた様々な措置(金融所得間の課税方式の20%比例税率化と損益通算範囲の拡大など)が講じられている。こうした日本の税制について、投資環境という観点から欧米の証券税制と比較してみよう(第2-5-6図付表2―7)。

まず、上場株式等(大口以外)の配当課税については、日本は申告不要39と総合課税(配当控除の適用あり)の選択制(2009年以降は申告分離課税も選択可)となっている。フランスは源泉分離課税と総合課税の選択制、アメリカ、英国、ドイツは総合課税(ドイツは、2009年以降、源泉分離課税に移行)となっている。なお、企業は利益の一部を配当に回すことに着目すれば、配当は法人段階(法人税)と投資家段階(配当課税)で二段階で課税されていることになる。こうした二段階の税負担の調整を考慮したうえで、2007年時点のOECD各国における法人段階と投資家段階を合わせた税負担水準をみると40、日本は、ドイツやフランスより低く、アメリカや英国と同程度の水準である。

次に、上場株式等の株式譲渡益課税については、日本は申告分離課税と申告不要の選択制41となっている。アメリカ、英国は総合課税、ドイツは原則非課税(2009年以降、一律源泉分離課税に移行)、フランスは申告分離課税となっている42

このほか、投資家のリスク資産投資を行いやすくする制度としては、株式譲渡損失を他の所得から控除する損益通算が挙げられる。アメリカは、総合課税の下、一定額(約35万円)を限度に株式譲渡損失と給与所得などの他の所得との損益通算が認められている。英国、ドイツは、総合課税の下、株式譲渡損失は株式譲渡益からのみ控除することができる。フランスは、分離課税の下、株式譲渡損失は株式譲渡益からのみ控除することができる。これに対し、日本は、分離課税の下、2008年は、株式譲渡損失は株式譲渡益からのみ控除することができる制度であるが、2009年以降は、上場株式等の譲渡損失と上場株式等の配当との損益通算が可能となる。

金融・情報リテラシーが高い家計ほどリスク資産に投資

「リスクがどの程度あるか分からない」「どのように投資をしたらよいか分からない」といったことがリスク資産投資の足かせとなっている可能性もある。そこで「金融リテラシー」と「情報リテラシー」の影響について調べよう。「リテラシー」(literacy)とは、ここでは、金融やインターネットに関する知識のことを指す。これらのリテラシーが乏しいと、家計はリスク資産への投資を敬遠し、多くの資産を元本が保証された安全資産の形で保有するというのが仮説である。

内閣府「家計の生活と行動に関する調査」では、家計の金融資産・負債残高に加え、回答者の金融知識などについても尋ねている。家計の金融リテラシーとリスク資産投資との関係をみると、金融リテラシーに関する質問の正答率が高い家計ほどリスク資産投資割合が高くなっている(第2-5-7図)。また、情報リテラシーについても、インターネットを「ほぼ毎日利用している」又は「毎日利用している」と回答した世帯はそれ以外の世帯よりもリスク資産投資割合が高い(第2-5-8図)。

以上の結果からは、家計がリスク資産に投資することで金融・情報リテラシーが高まったという側面も否定できないが、金融・IT教育や家計が普段から金融情報に触れるような施策を通じて家計の金融・情報リテラシーを高めることが、家計から企業へのリスクマネー投資を促すことにつながると考えられる。

富裕層ほどリスク資産投資割合が高い

「投資するだけの余裕が家計にない」という指摘はどうか。一般に、保有する資産残高が高い家計ほど、リスク資産投資に回すことができる余裕資金を多く持っているためリスクに対する耐性も高く、リスク資産投資を促す余地があると考えられる。実際にアンケート調査から資産階級別に家計のリスク回避の度合いを試算すると、保有する金融資産が多い富裕層においてはリスク回避度が低い(第2-5-9図)。

また、資産階級別のリスク資産投資割合をみると、日米とも富裕層になるにしたがって割合が高くなる(第2-5-10図)。ただし、最も資産保有の少ない層(1分位)では日米のリスク資産投資割合はそれほど差がないが、資産保有の多い層になるにしたがってアメリカと日本の差が大きくなる。このことは、アメリカでは資産格差が大きく、例えば第5分位の平均的な金融資産保有額が第1分位の約4,000倍となっていることなどを反映しているとみられる(日本は33倍)(付図2―8)。

住宅ローンの負担がリスク資産投資を抑制

「家計に余裕がない」理由として、住宅(土地を含めて不動産)の存在が思い浮かぶ。日本人は一般に「持家志向が強い」といわれるが、実際、約6割の家計が持家取得を希望している。多くの家計は持家取得に向けた貯蓄を行い、また、持家取得後は長期間住宅ローンの返済を行っている。こうした過程において、過度な安全志向のためにリスク資産の投資が抑制されている可能性が考えられる。

家計の負債の有無とリスク資産投資割合の関係をみると43、負債を持つ家計はリスク資産投資割合が低いことが分かる(第2-5-11図)。また、住宅ローンを借りている世帯、現時点では持家を取得していないが将来持家の保有を予定している世帯ではリスク資産投資割合が低いことが分かる(第2-5-12図)。このように、現在負債を抱えていることや、将来多額の支出を予定していることが家計のリスク資産投資を抑制する要因となっている。

なお、不動産保有には、価格変動リスクのほか、減失リスク、流動性リスク、転勤や家族構成の変化などにより自分のライフステージに合わなくなるリスクなどが伴う。これらが大きな問題として認識されているとすれば、住宅ローンの負担だけではなく、既に高額のリスク資産を持っているか持つ予定であることが、直接的に株式のような他のリスク資産投資を抑える可能性がある。不動産保有がリスクを伴うかどうかは家計によって見方が分かれるが、不動産保有をリスクと認識している家計の割合は4割程度となっている44

金融・情報リテラシー、金融資産残高、負債残高がリスク資産投資の決定要因として特に重要

以上、家計のリスク資産投資に影響を及ぼしうる要因を検証してきた。このうち「リスクに見合ったリターンが期待できない」ことは、第一義的には金融資本市場の側の問題である。一方、「リスクがどの程度あるか分からない」「投資するだけの余裕が家計にない」といった点は、まずは家計側の問題である。家計側の問題は幾つかに分かれ、それぞれを検討してきたが、これらのうちどの要因が重要であるかを特定するため、アンケート調査を用いて数量的な評価を行った。それによると、[1]金融・情報リテラシー、[2]金融資産残高、[3]負債残高の3つの要因が特に重要であることが示された45付注2―2)。

なお、日本では高年齢になるほどリスク資産投資をしているといわれる。これについてデータをみると、確かに、年齢層が高くなるにつれて徐々にリスク資産投資割合は高くなり、60歳代がピークとなっている46第2-5-13図(1))。こうした現象についても、上記[1]から[3]によって説明ができる。

すなわち、第一に金融資産保有額については、一般に高年齢層ほど過去の蓄積があるため多い(第2-5-13図(2))。第二に金融リテラシーについては、日本では50歳代において最も高く、60歳代においても20歳代や30歳代と比較して高くなっている(第2-5-13図(3))。第三に住宅ローンについては、40歳代がピークで、50歳代から60歳代においてはローンの負担が減る(第2-5-13図(4))。こうしたことから、高年齢になるほど金融資産保有額が増加し、金融知識が蓄積されるとともに、50歳代以降、住宅ローンの負担が減って、リスク資産投資が増加する可能性が示唆される。 

コラム11 既存住宅取引市場の現状

日本における不動産に関するリスク要因の特徴の一つとして、既存住宅(いわゆる中古住宅)取引量の国際比較(コラム11図[1])にみられるように、流動性の低さが挙げられる。既存住宅の取引量が少ないと、家計が転勤や退職などの事情から活動地域を変更する際に、住宅の売却が容易に進まないなど、家計にとって効率的な資産選択が阻害される事態が考えられる。

日本の既存住宅取引市場が十分に機能していない背景の一つとして、滅失住宅の平均築後年数47(いわば「住宅の平均寿命」のようなもの)が短いことが考えられる。既存住宅取引市場が発達しているアメリカや英国では滅失住宅の平均築後年数はそれぞれ55年、77年であるのに対し、日本では30年に過ぎない(コラム11図[2])。

既存住宅取引市場を活性化させるには、取引当事者間における情報の非対称性への対応が重要となる。英国やフランスなどでは、既存住宅に関する情報開示義務が売主に対して課されている。先行研究48では、[1]住宅の品質にかかるどのような情報を、[2]取引のどの段階で提供するかが既存住宅取引市場の効率性を規定する要因として指摘されており、日本における制度設計において、検討すべき点の一つである。

3 機関投資家の役割

日本の家計の金融資産は1,500兆円もの規模であるが、多数の家計に広く分散していることや、運用の知識や関心が薄い家計が少なくないことなどから、日本では、家計の資金を集約し、専門家として運用を行う機関投資家に期待される役割が大きい。前述のとおり、日本の家計のポートフォリオの約半分は収益性が低い現金・預金であり(前掲第2-5-3図)、国際的にみてその割合は高く、これほどの規模でありながら、有効な活用がなされていないとの指摘がある。

一方、海外に目を向けると、機関投資家が家計の小口資金をうまく集約し、運用を行っている例がみられ、アメリカでは機関投資家の中でも特に年金基金による投資信託での運用が、家計のリスクマネー供給を促進し、その結果、株式市場が活性化したといわれている。そこで、投資信託と年金基金について、アメリカの例を参照しながら、家計からのリスクマネー供給の流れをみていくこととする。 

日本の投資信託は国内株式での運用が少ない

日本での投資信託販売状況をみると、98年の銀行窓販解禁以来、銀行ルートでの販売が着実に増え、投資信託の資産残高は増加基調となっている(第2-5-14図)。しかし、家計の資産に占める投資信託の割合は、国際的には依然低い水準にある。この背景としては、従来、家計の金融資産が、元本保証があり、仕組みが単純である預金を中心に運用されており、元本保証がなく、価格変動のリスクがあり、仕組みが複雑な投資信託での運用に慣れていないため、購入に慎重な家計が多いことなどが挙げられる。

投資信託は、家計が直接購入するほか、年金基金など他の機関投資家や企業が保有することも多い。こうしたルートを含め、投資信託は直接、間接にリスクマネーの供給を担っている可能性がある。

では、実際に投資信託は株式の購入を通じ、企業に対してどの程度リスクマネーを供給しているのだろうか。日本の投資信託については、国内株式が約17%であり、日本企業へのリスクマネー供給ルートとしては比較的役割が小さい(第2-5-15図)。これには、国内の低金利や国内株式市場の魅力低下から、外貨建資産が運用対象である投資信託へのシフトが加速したためという面もある。

これに対し、アメリカの投資信託は、国内株ファンドでの運用が多く、国内企業へのリスクマネー供給に重要な役割を担っている(第2-5-16図)。ちなみに、アメリカで設定された投資信託は世界で圧倒的なシェアを誇り、世界の投資信託市場の半分近くをアメリカ一国で占めている。すなわち、アメリカには、投資信託を通じて世界中のリスクマネーが集まるようになっている。

アメリカの投資信託と確定拠出年金は密接な関係

それでは、アメリカの投資信託へはどこから資金が流れてきているのか。実は、確定拠出年金からの資金が4割近くにまで達している。また、アメリカの投資信託保有者の購入ルートをみても、確定拠出年金を通じた購入経験者は6割を超えており、投資信託市場における確定拠出年金の存在感の大きさを示している。

逆に、確定拠出年金の側からみると、その運用内容については、IRA(個人型の確定拠出年金)49、401(k)プラン50ともに投資信託での運用が中心で、双方とも資金の半分程度が投資信託に振り向けられている(第2-5-17図)。また、家計の投資信託保有比率は401(k)プラン導入前の80年はわずか5.7%であったが、401(k)プランの普及とともに保有比率が高まり、2006年には48.0%と家計の約半分が投資信託を保有するまで至った。こうしたことから、IRA・401(k)プランの普及が投資信託を通じて貯蓄から投資への流れを促し、株式市場の活性化に大きく寄与したといわれている。

もっとも、日本の確定拠出年金も、近年は投資信託での運用の比重が高まり、全体に占める残高の割合は約4割となっている。しかし、確定拠出年金の普及が未だ途上であるため、投資信託側からみると主要な資金供給源とはなっていない。 

日本の企業年金は全体として株式、投資信託への投資が少ない

アメリカにおける投資信託は、確定拠出年金の拡大とともにリスクマネー供給における役割を増してきたこと、日本ではそのような状況にはなっていないことが分かった。そこで、次に年金基金を通じたリスクマネー供給の状況についてみてみよう。

まず日本の年金基金について公的年金を含めて概観すると、公的年金が約205兆円、企業年金が約96兆円となっている(第2-5-18図付表2―9)。特に、公的年金のうち、国民年金と厚生年金の積立金は約149兆円で、そのうち年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は約115兆円を運用しており、年金基金の資産規模としては世界一である。

公的年金全体としてみると、その運用は企業年金と比べて国内債券の割合が高く、企業へのリスクマネー供給につながる株式・出資金の割合はあまり高くない。

これに対し、日本の企業年金を含む民間の年金基金は一般にリスク資産での運用比率が高い。もっとも、日本の民間年金基金は、運用資産の中で対外証券投資が3割近くを占めており、国内株式に投じられるリスクマネーは限定的である(前掲第2-5-18図)。さらに、日本の民間年金基金の運用をアメリカ・英国の民間年金基金等と比べると、株式や投資信託の割合が低く、慎重な運用となっている(第2-5-19図)。こうした中、アメリカではベンチャーキャピタル向けのリスクマネー供給も積極的に行われているとみられる51(前掲第2―3―15図)。

日本では確定拠出年金は普及途上

日本について各種企業年金の残高をみると、加入者が運用指図を行う必要のない、厚生年金基金、確定給付企業年金、適格退職年金が大半(約91兆円)を占めている(第2-5-20図)。一方で、加入者自身が運用指図を行い、リスク資産への運用配分を決めることが可能な確定拠出年金は、加入者数が増加し、着実に普及してきてはいるが、資産額は小さい(約3兆円)。

一方、アメリカの年金市場をみると、IRAと401(k)プランを中心に、確定拠出年金が年金市場の中核となっており、個人型も企業型も幅広く確定拠出年金制度が普及していることが分かる(第2-5-21図)。特に企業型については401(k)プランが81年に導入されてから着実にシェアを伸ばしたこともあり、現在では確定拠出年金の資金が確定給付年金を上回る水準にまで成長した。

アメリカで確定拠出年金が普及したのはその柔軟性のため

このように、アメリカでは確定拠出年金制度が広く普及し、資産規模も大きいが、日本では普及の途上であり、資産規模は小さい。

アメリカで普及が進んだ背景の一つとして制度内容が柔軟であることが挙げられるが、その中で日本と異なる主な点は、マッチング拠出(企業型確定拠出年金において、事業主だけでなく、希望に応じて従業員本人も拠出すること)が可能であること、拠出限度額が比較的大きいこと、加入対象者が幅広いこと52などである。こうした制度上の柔軟さも手伝って、アメリカでは確定拠出年金の普及により資産規模が拡大し、投資信託などを通じて企業にリスクマネーを供給する仕組みが定着している。

自己責任で自ら運用指図を行う確定拠出年金は、運用に関心が薄い家計が資産運用について関心を深める契機となりうる。また、日本では確定拠出年金を実施する事業主には加入者に対して投資教育を行う努力義務があり、これを通じて加入者の運用知識が深まる可能性もある。その結果、貯蓄から投資への流れが促進されることも期待される。

しかしながら、日本とアメリカでは環境や文化、歴史が異なり、アメリカと同様の制度内容が日本で成り立つかは単純に判断できない。例えば、企業年金は公的年金に上乗せして老後の所得保障を目的とするものであるが、そもそも、日米間では公的年金等の仕組みや保障される給付水準が同じではない。また、日本の企業年金は企業の福利厚生の一環として実態は退職金制度としても利用されていることもあり、企業拠出を中心に発展してきている点でアメリカと異なる。こうした事情の違いの中で、日本の確定拠出年金制度が今後どのように発展していくかが注目される53

機関投資家による投資先企業の経営への関心の高まり

年金基金などに代表される機関投資家は、家計などから受け入れた資金につき、運用収益を向上させ、受託者としての責任を果たすため、投資先企業が企業価値を高め、株主利益を重視した経営を行うよう、経営への関与の動きを強めている。

この傾向は特に投資先の株主総会における議決権行使状況に現れている(第2-5-22図)。この点についての2007年調査によれば、約6割の企業において、株主総会で出された議案に反対などの意思表示をした機関投資家等が存在したと答えている。また、その割合は2003年調査より15%以上増え、機関投資家の経営への関心が高まっていることが分かる。

その内容をみると、取締役・監査役の選任に関する議案で反対票が増えており、特に、業績不振・不祥事・社外取締役の数とその独立性が問題視される場合に反対が目立つ。取締役・監査役は、機関投資家等が重視している企業価値や株主利益に特に大きな影響を及ぼしうる立場であり、今後もこれらの議案を慎重に判断する傾向は続くと思われる。

また、近年、具体的にどのような種類の議案を肯定的又は否定的に判断するかを明示するため、議決権行使ガイドラインを定める機関投資家も多く、受託した運用会社はこのガイドラインに配慮した議決権行使を行っている。

不適切な経営で企業価値を損ね、投資家の信頼を失った具体例として、日本の新興市場上場企業の間で相次いで発生した不正会計問題が挙げられる。問題が相次いだことで、会計不信が高まり、問題を起こした企業のみならず、新興市場全体にまで不信感が波及した。その結果、投資資金が流出する一方、新たな投資資金が新興市場を避けているため、他市場と比べ相場の低迷が顕著である。安心して投資ができる市場環境の形成は、リスクマネーを引き付けるうえでの前提条件であり、その意味でも議決権を多く有する機関投資家が、投資先企業の経営への関心を高め、経営層に緊張感を持たせる機能は今後とも注目される。

機関投資家はROAが高い企業に投資する傾向

前述のとおり、機関投資家は投資先企業の企業価値向上と株主利益とを重視した経営に大きな関心を持っているが、それを定量的にみるために、各主体の業種別株式保有と、業種別の株式リターン、ROAや配当性向との相関を調べた(第2-5-23図)。

各投資主体と株価リターンとの関係については、国内機関投資家は、株価が上昇している業種への株式投資を増やす傾向があり、株価上昇局面で積極的に上値を追う順張り行動を示していることが分かる。

また、業種別のROAと機関投資家の株式保有との関係をみると、2005年度以降は投資信託や年金信託では、ROAが高い業種への投資を増やす傾向にあり、ROAを重視してきた可能性が示唆される。他方、海外機関投資家を含む外国人投資家については、株式保有とROAの間に正の相関がある54

さらに、業種別の配当性向との関係については、年度によりばらつきがあるものの、おおむね負の相関となっており、国内機関投資家は配当性向を必ずしも重視していない可能性がうかがえる。一方、外国人投資家をみると、配当性向が高い業種に積極的に投資を行っており、外国人投資家に比べて国内の機関投資家は配当性向を重視する傾向が弱い。

以上より、配当性向に対する選好は内外投資家で異なるものの、機関投資家はROAを重視する傾向がみられる。機関投資家は、こうした行動を通じて、日本企業のガバナンス向上に寄与していると考えることができる。今後、国内機関投資家の株式市場でのプレゼンスが高まることにより、長期的視点からのコーポレートガバナンスが強化され、投資先企業の企業価値が向上していくことが期待される。

コラム12 日本とアメリカの大学における資産運用

日本とアメリカで運用内容に大きな違いのあるものとして、大学の資産運用が挙げられる。日本の大学の金融資産運用をみると、国立大学法人については、国立大学法人法において準用する独立行政法人通則法により金融資産の運用対象が預金や国債・地方債・政府保証債などの安全性の高い資産に限定されており、現在の低金利下では目立った運用収入は得られていないと考えられる。また、私立大学については運用内容の多様化の動きが出てきているものの、多くの大学では引き続きリスク資産への運用には慎重な姿勢をとっており、運用の大半は預貯金や債券であるといわれている。

一方、アメリカの主要大学における寄付金の運用内容をみると、株式投資が全体の半分を超え、ヘッジファンドへの投資も一定割合を占めており、リスクを取りながら積極的に収益を追求していく態度であることが分かる(コラム12図)。アメリカの大学は、授業料や政府からの補助金とともに、資産運用収益を大学の運営を支える収入源の一つと位置づけている。このため、外部の運用会社への委託や大学内部への投資委員会の設置など、運用収益向上のための取組に力を入れている。また、アメリカの大学の寄付金による基金は、ハーバード大学で346億ドル、イェール大学で225億ドル(いずれも2007年6月末)など、資産規模も大きく55、リスクマネーを供給する機関投資家としての存在感も大きい。

日本では少子高齢化に伴う授業料収入の減少を寄付金などその他の収入でどう補っていくかが課題となっており、その一環として資産運用の在り方についても見直しが求められている。その結果、大学の資産運用が大規模化、積極化すれば、リスクマネーの有力な供給源の一つとなっていく可能性もある。

4 銀行のリスクテイク能力

日本では、株式や社債発行などによる直接金融への流れが進みつつも、銀行による金融仲介機能は、依然として企業金融において不可欠な役割を果たしている。これには、第一に、中小企業を中心に間接金融への依存が高いことが挙げられる。第二に、家計部門では投資信託などのリスク資産への選好が徐々に高まりつつも、特に市場のボラティリティが高まる局面では、定期預金などの安全資産への志向が根強いことが挙げられる。

以上の観点を踏まえ、本節では、金融仲介機能を果たす銀行のリスクテイク能力を点検する。具体的には、銀行のバランスシートの状況、特に不良債権比率や自己資本比率の推移を概観するとともに、株価の下落に対する頑健性を調べる。最後に、最近のサブプライム住宅ローン問題の影響について確認する。

不良債権比率の低下と自己資本比率の上昇により銀行のリスクテイク能力は上昇

日本の銀行の資産・負債残高について、90年以降の推移をみると、資産サイドでは、90年代後半以降の企業の過剰債務圧縮や金融機関の不良債権の増大などから貸出が減少する一方、事業債・株式等が増加してきたが、2007年度末には株価下落の影響などにより減少している(第2-5-24図)。事業債・株式等の内訳をみると、事業債や債権流動化関連商品が増加傾向にある一方、株式・出資金は株価上昇を背景に2003年から2006年にかけて増加した後、最近は減少している(第2-5-25図)。

一方、負債側をみると、90年代後半から2000年代前半の金融危機などを背景とした安全資産への選好の高まりなどから、預金が増加傾向にある。

90年代後半から2000年代前半の金融危機の時期には不良債権比率が高まったが、その後、不良債権比率は低下してきている(第2-5-26図(1))。特に、主要行の不良債権比率は、2002年3月期には8.4%であったが、直近では1.5%と大きく低下している。地域銀行の不良債権比率についても、緩やかながら低下がみられる。また、自己資本比率をみると、主要行、地域銀行ともに上昇傾向にあり、銀行がリスクに対しての備えとしての自己資本を増加させてきていることが分かる(第2-5-26図(2))。こうしたことから、現在では、90年代後半から2000年台前半の頃と比べると、銀行のリスクテイク能力は高まってきているといえる。

これまでのところ株価下落の影響は限定的

銀行が考えるべきリスクの一つとして、保有している株式の価格変動がある。株価の下落は銀行のバランスシートを大きく毀損させる可能性があるため、ここでは、その影響について検討する。

銀行の資産に占める株式の割合は、88年の10.7%をピークに、2002年に施行された株式保有規制などもあって低下傾向にあり、2007年度末では2.9%となっている(第2-5-27図(1))。主要行6グループを対象に株式含み益をみると、2007年9月期には8兆円を超える水準となっていたが、2008年3月時点では4兆円弱まで縮小している(第2-5-27図(2))。各行の株式取得原価を基準として、保有株式の時価が10%あるいは20%下落した場合の評価損益をみると、2008年3月時点においては、20%下落した場合でも1兆円弱のプラスとなり、財務体質に重大な影響を与える状況にまでは至っていない56。ただし、機関ごとの体力差もあり、サブプライム住宅ローン問題を背景とした金融資本市場の変動の影響には注意が必要である57

なお、銀行の保有資産に占める国債の割合は低下傾向にあるが、主要行についてみると2008年3月時点で国債の含み損を抱えており、金利上昇局面となった場合にはこれが拡大する可能性があることにも留意が必要である。金利上昇のリスクに対しては、保有債券の残存年数を多様化させるなど、リスク耐性を高める必要があると考えられる。

日本の金融機関に対するサブプライム住宅ローン問題の影響は欧米に比べて限定的

2008年3月期決算において、日本の金融機関でも、サブプライム関連商品等について損失が発生した。その実現損失は、預金取扱金融機関全体で7,300億円、うち大手行等が6,500億円となっている58第2-5-28表)。この結果、大手行等では大幅な減益となった。

このように、サブプライム住宅ローン問題を契機とする市場の変動の影響は、日本の金融機関の決算に相当程度の影響を与えている。また、サブプライム住宅ローンとは直接関係のない資産担保証券(CDO)などの証券化商品にも価格下落が生じたこと、株価の下落などにより株式含み益が減少していることなどにも留意が必要である。しかしながら、日本の金融機関では、欧米に比べて、サブプライム住宅ローン関連商品への投資が少なかったことなどから、その影響は相対的に限定されており、現時点で日本の金融システムに深刻な影響を与える状況には至っていない。

今後、金融機関は、サブプライム住宅ローン関連商品やその他証券化商品の保有状況59を適切に公開するとともに、保有商品の価格下落が生じた場合には、速やかに引当ての計上などの対処を行う必要があると考えられる。同時に、資産、負債両面からのリスク管理体制をこれまで以上に確固たるものにしていく必要がある。