第4節 日本型企業システムの変化とリスクテイク

前節では、リスクテイクの色彩が強い様々な企業活動について、それを規定する要因について調べてきた。その中で、「機関投資家の持株比率が高い企業、借入比率が低い企業は、研究開発費が大きい」「機関投資家の持株比率が高い企業、安定保有比率が低い企業は、企業内ベンチャー制度を導入している」といった、コーポレートガバナンスの特徴に関わる要因の重要性が浮かび上がった。本節ではより一般的な形で、リスクテイクとコーポレートガバナンスの関係を調べることとする。

メインバンクシステムが機能していた時代にはリスクテイクの必要性は今日ほど大きくなかった

日本型企業システムにおいては、企業への資金供給者兼外部統治者として長期的関係を重視する安定株主(株式持合い企業、メインバンク、従業員持株会)が存在し、こうした安定株主は経営に対して積極的に介入してこなかったといわれている28。このため企業は内部者(経営者)によって統治29される形となり、これが長期雇用と補完的に機能し、長期的な視座にたった安定経営を支えてきたと考えられる。

一方、安定株主のなかでもメインバンクは企業に融資をする債権者でもあり30、企業経営の規律付けの面でも重要な役割を担った。企業が通常の財務状態にあるときは経営に関与しないが、企業経営が悪化(デフォルトリスクの高まりなど)すると、監視を強めた(派遣役員の増員など)。そして企業の経営危機が深刻な場合には、企業の経営会議を事実上主導するなど、過剰人員の整理を含むリストラを推進した31

こうした中で企業のリスクテイクについてみると、高度成長期から80年代までの時期は、マクロ経済環境が良好であり、導入技術を中心とした成長であったため、企業にとって[1]多額の研究開発支出、リスクのある新規事業への進出、[2]大胆な事業リストラといった形でのリスクテイクの必要性は今日ほどは大きくなかった可能性がある。また、この時期には仮にリスクテイクの必要性が生じたとしても、安定株主、メインバンクシステム、長期雇用というシステムの組合せが補完的に機能していたため、企業が意思決定すればリスクテイクできる仕組みが整っていた可能性もある。

一方、ガバナンス面についてみると、株主からの経営改善圧力を強く受けない形での株式の持合いは、経営者によるモラルハザードを引き起こす可能性があるが、間接金融中心の資金調達の中で、債権者であるメインバンクによるモニタリングによって規律付けがなされていたと考えられる32。こうしたバランスの下で、日本型企業システムは円滑に機能していた。

大企業を中心に直接金融への移行、株式持合い比率の低下が進んだ

しかしながら、日本型企業システムは80年代後半以降大きな変貌を遂げた。まず、大企業を中心に、企業の資金調達における直接金融への移行が進んだ。これは、企業の総資産に占める借入の割合が、大中堅企業ではすう勢的に低下していることから確認できる(第2-4-1図)。

さらに、90年代後半からは、上場企業における株式持合い比率の低下が顕著となり、金融機関が保有する株式などを含めた「安定保有株式」の割合も大きく低下した(第2-4-2図)。株式所有構造をみると、外国人や信託銀行の割合が上昇している一方、都銀・地銀、生・損保、事業法人の割合が低下傾向にある。これには2002年の銀行等株式保有制限33の効果が大きく、これを受けて銀行・企業間の株式持合いは大きく低下している。2005年以降、一部に買収防衛策のために持合いを復活する動きがみられたが、時価会計制度の下では、かつてのような大量の持合いは困難であると考えられる。

こうした直接金融の拡大や株式保有構造の変化を反映して、97年以降、取締役会や報酬システムなどの企業内部の仕組みの改革が試みられ、ガバナンス構造も90年代後半以降、株主重視に変わってきている。

一方、この間、企業金融や所有構造の変化とは対照的に、既存の大企業の間では、正規雇用者の長期雇用に大きな変化はみられない34。このことは、年齢別の勤続年数がこの20年間ほとんど変化していないことからも確認できる35第2-4-3図)。ただし、勤続年数を年齢別にみると、高年齢層においては長期化する一方で、40歳代以下の年齢層においては若干ながら短期化する傾向もうかがわれる。

日本型企業システムの同質性が薄れ多様化しつつある

 前述のとおり直接金融の拡大、株式持合い比率の低下、株主重視のガバナンスなどの変化が進む一方で、雇用面では成果主義の導入など報酬システムに一部変化がみられるものの長期雇用に大きな変化はみられない。この結果、企業システムにおける企業金融と雇用システムの組合せは大きく変化しつつある。こうした中で、かつての日本型企業システム(安定株主、メインバンクシステム、長期雇用)における補完性を維持することによって得られるメリットが低下した可能性が高く、企業のガバナンス構造の同質性も薄れて多様化している。

日本では80年代以降、高収益を可能とする組織能力を持っていた企業を中心に、直接金融への移行が進み、こうした企業が外国人投資家の投資対象となった。その後、90年代からは、内部ガバンナンスや雇用制度の改革を積極化する動きが一部の企業でみられ、また、IT産業を中心に新規企業が生まれた。この結果、現在は多様な企業金融と雇用制度の組合せ、すなわち[1]直接金融で長期雇用、[2]間接金融で短期雇用、[3]間接金融と長期雇用などが併存する形となっている36

日本経済が成熟するにつれ、高度成長期のような成長機会は存在しないマクロ経済環境の中で、企業はリスクテイクをしながら成長分野をいち早くみつけて投資していく必要が生じている。しかしながら、こうした経済構造の一部(金融)の変化に柔軟に対応しきれているのは、上記のうち、一部の輸出企業を中心とする収益力の高い[1]の大企業に限られており、[3]や、[2]の一部、すなわち、中小企業や、大企業の中でも国内市場向けの企業の外部ガバナンスの変化(資金調達の変化、株式所有構造の変化)は遅れている可能性がある37

こうした状況の下で、変革の遅れた企業では、新規事業への進出や大胆な事業リストラの遅れが生じ、リスクテイクが十分に行われず、成長機会を逃している可能性がある。

安定株主、メインバンク依存、長期雇用といった企業特性は現在ではそれぞれリスクテイクを抑制

上記でみたような企業システムの変化は、企業のリスクテイクにどのような影響を与えているのだろうか。第1節でリスクテイクの包括的な指標として、過去10年間のROAの「ばらつき」を取り上げた。ここでも、この指標によってリスクテイクを捉え、企業特性との関係を調べてみよう。

長期雇用、メインバンク依存といったいわゆる伝統的な「日本型」の企業特性は、企業のリスクテイクに対してプラスとマイナスの両面を持っていると考えられる。まず、雇用面から考えると、終身、年功的な雇用は、有期、成果主義的な雇用に比べて、企業が長期にわたって適当な賃金を支払うことにコミットしているとみられることから、従業員が安心してリスクを取れるというプラス面を伴う可能性がある。その一方で、年功賃金や退職金には賃金の後払い的な性格があり、従業員は企業が倒産しないことを第一に考えること、また、成果主義的な賃金体系に比べてリスクテイクによって得られる成果が自らの賃金に反映されにくいことから、従業員がリスクを取るインセンティブに欠けるというマイナス面があると考えられる。

また、金融面でも、メインバンクや安定株主中心の資金調達・株主構成は、市場志向的な金融・所有構造に比べて、株主が発言権を積極的に行使して経営者や取締役会を入れ替えようとすることが少なく、経営者が思い切ってリスクを取れるというプラス面を持つ可能性がある。その一方で、マイナス面としては、一般的にステークホルダーとしてのメインバンクは元本と利子を確実に回収しようとするリスク回避的な主体であること、また、資本市場を通じての投資家による規律付けが弱いことから、経営者に対してリスクテイクを求める資本市場からの圧力がかかりにくいというマイナス面があると考えられる。

そこで、雇用面の企業特性を示す指標として平均勤続年数、資金調達・株主構成面の企業特性を示す指標としてメインバンク借入依存度及び株式の安定保有比率を用い、それぞれの指標とリスクテイクとの関係をみた(第2-4-4表)。分析の結果、平均勤続年数、安定保有比率、メインバンク借入依存度は、いずれもリスクテイクの度合いと負の関係を持つことが示された。この結果から、伝統的な「日本型」の各企業特性がリスクテイクに与える影響は、プラスよりマイナスの側面の方が大きいことが示唆される。

「伝統的日本型」企業は「市場型」企業に比べてリスクテイクの度合いが低い

資金調達面や雇用面での企業特性はそれぞれが独立してリスクテイクに影響を与えているわけではなく、一連のシステムとして相互補完的に機能している可能性が考えられる。こうした補完性がある場合、メインバンク依存と長期雇用という伝統的な「日本型」の企業特性の組合せが、それ以外の企業特性の組合せ以上に、リスクテイクに対してプラスの影響を持つ可能性もあり得よう。

そこで、企業特性の組合せとリスクテイクの関係をみるため、平均勤続年数の長短及びメインバンク借入依存度の高低で企業を4グループに分け、各グループ間でリスクテイクの度合いにどのような違いがあるかを分析した。

その結果、相対的に平均勤続年数が長く、メインバンク借入依存度が高い企業(これを「伝統的日本型」企業と呼ぼう)は、平均勤続年数が短く、メインバンク借入依存度が低い企業(「市場型」企業と呼ぼう)と比べてリスクテイクの度合いが小さいことが分かった(第2-4-5図付表2―6)。このことは、リスクテイクに関していえば、メインバンク依存と長期雇用という伝統的な「日本型」の企業特性を組み合わせても、企業特性が個別に持つリスクテイクとの負の関係を打ち消すほどの正の補完性は表れておらず、結果として伝統的な「日本型」の企業特性の組合せを持つ企業は相対的にリスクを取らない傾向が強いことを示唆する。

以上のとおり、伝統的な「日本型」の企業特性は企業のリスクテイクを抑制している可能性が示された。また、先にみたように、リスクを積極的にとる「ハイリスク企業」は平均的にみるとROAが高くなっている。今後、日本企業が収益力を高めていくためには、個々の企業の実情に応じ、雇用面や資金調達・株主構成面において、リスクテイクを促進するような企業特性への移行が課題となっていると考えられる。