第6節 まとめ

本節ではこれまでの分析を整理しつつ、特に重要と思われるインプリケーションをまとめてみる。

リスクテイクしている国は成長している

ひとくちに「リスクテイク」といっても、既存企業が年々の収益率の変動を恐れずに積極的な経営方針を採ることや、個人が起業活動に取り組むことなど、様々な形態がありうる。ただ、こうしたリスクテイクに関する様々な指標をみると、日本は他の先進国と比べて総じて低い水準にあることは確かである。適切なマネジメントの下でリスクを積極的に取っていくことは、個々の企業の潜在的な収益力を高め、経済全体の新陳代謝を活発化し、ひいてはマクロ的な成長力を高める効果があると考えられる。かつてと比べマクロ的な成長機会が限られている現在、日本経済にとってリスクテイクの在り方は重要性を増している。

日本企業の為替レート変動に対するリスクヘッジ能力は必ずしも十分ではない

企業がそのコアとなる事業分野でリスクを取っていくためには、リスクを取る必要のない分野でのリスクヘッジが必要である。事業会社が回避すべき代表的なリスクとして、為替レートや原材料価格の変動が挙げられる。為替変動リスクの影響を受けている加工型製造業において、そのリスクヘッジ手段として、現地生産度の向上による海外調達比率向上、さらに、現地生産したものを現地で販売することによる輸出依存度の引下げが有効であることが分かった。

また、原材料輸入価格高騰による交易条件の悪化は、素材型製造業において収益に悪影響を与えている。ただし一部業種では投入原材料を抑えつつ、付加価値を高めることで、原材料高騰による交易条件悪化の収益への影響を軽減させているケースもあり、そのような取組がリスクヘッジの観点からは鍵となる。 

「伝統的日本型」企業は「市場型」企業に比べてリスクテイクの度合いが低い

 日本企業は、80年代以降、大企業を中心に直接金融への移行が進んできた。また90年代後半からは、上場企業における株式持合い比率の低下が顕著となり、安定保有株式の割合も大きく低下した。こうした変化を反映して、97年以降、取締役会や報酬システムなどの企業内部の仕組みの改革が試みられ、ガバナンス構造も株主重視に変わりつつある。しかし、こうした変化は主として一部の比較的規模の大きい輸出企業によるところが大きく、中小企業や内需向け大企業では変化が遅れている可能性がある。

企業のガバナンスの特徴は、リスクテイク能力に関係しているとみられる。例えば、研究開発費が大きい企業や企業内ベンチャー制度を持っている企業は、機関投資家の持株比率が高いなど、金融面で非伝統的なガバナンスの下に置かれている場合が多い。より一般的には、長期雇用、安定株主、メインバンク依存といった企業特性はそれぞれリスクテイクにマイナスに寄与する可能性がある。これらを勘案すると、日本企業が積極的にリスクを取って収益率を高めていくためには、ガバナンスの改革が有効な場合が多いと考えられる。 

機関投資家を通じた企業向けリスクマネーの供給が重要

企業にリスクマネーを供給する究極の主体は家計である。しかし、日本の家計の保有資産の多くは安全資産である。家計がリスク資産を保有するには、大前提として企業の収益力が高く、リスクに対するリターンという意味での投資効率が高くなければならない。また、金融・情報リテラシーを強化することや、住宅の流動性を高めて「住宅保有のリスク」を低下させることも寄与する可能性がある。

他方で、家計資産が増えるほどリスク資産に回す余裕ができる面もある。アメリカにおけるリスク資産投資の多さは、一部の富裕層の行動による面もあると考えられる。日本の家計の資産格差は比較的小さいため、小口資金をプールしてリスクをコントロールしていくことが重要である。アメリカでは確定拠出年金の普及により年金基金を通じた企業への資金供給が盛んだが、日本でもこうした仕組みを参考としながら機関投資家の役割を高めていくことが求められる。

また、中小企業を中心に、銀行の金融仲介機能は依然、企業金融において不可欠な役割を果たしている。幸い、全体としてみれば、日本の銀行の財務状態は健全であり、サブプライムローン問題の影響も欧米と比べて限定的である。今後は、ベンチャーキャピタルなどとも連携しつつ、企業のガバナンス確保のための役割が期待される。 

「ガバナンス」の確立がリスクテイクを通じた好循環の鍵

「リターンが低いからリスクを取らない」のか、「リスクを取らないのでリターンが低い」のか。答えは、「両方」である。こうした状況から抜け出すには、都合の良い近道があるわけではない。いわば「構造的」な問題であるから、その処方箋も日本の経済システム全体を見直すことで解決しなければならない。

家計が投資したリスクマネーが収益機会を的確に捉え、収益を家計に還流させる仕組みをどう構築するか。ここで鍵となるのは「ガバナンス」である。投資先を選別し、企業活動に適切な動機付けを与え、必要に応じてこれに介入する「ガバナンス」機能の確立がこうした好循環を生む前提条件となる。

金融資本市場を通じた「ガバナンス」の担い手として、本章では特に機関投資家に注目した。機関投資家は、家計の資金をプールしてリスクをコントロールする一方、企業に適切なリスクテイクを行わせ、リターンを確保する役割を果たしうる。もちろん、「ガバナンス」の担い手は機関投資家に限らない。銀行や個人投資家など、様々なプレーヤーがそれぞれの特徴を活かして、役割を果たしていくことが期待される。