第4節 財政金融政策の評価
1 歳出・歳入一体改革に向かう財政政策
歳出改革の努力をこれまで続けてきているが、我が国の財政は依然として厳しい状況が続いている。90年代には、累次の経済対策や景気低迷による税収の落ち込み等により財政は悪化を続け、毎年巨額の公債発行を続けてきた。その結果、国と地方の長期債務残高は、2005年度末には約774兆円35に達する見込みであり、これは対名目GDP比率で150%程度と、先進国の中では最も高い水準にある。以下では、我が国の財政状況の特徴と近年の財政政策の効果を分析し、今後の課題を考察する。
● 構造的・循環的財政収支は徐々に改善
まず、我が国の財政収支の推移を景気との関連から分析する。景気循環は、財政に短期的な影響を与える。例えば、一般的に、景気回復期においては、自然増収や失業給付の減少等による財政収支の改善がみられる。そこで、一般政府(国・地方・社会保障基金)の財政収支を、このように景気変動の影響を受ける循環的財政収支と、景気変動要因を除いた構造的財政収支に分けて推計する(第1-4-1図)。90年代以降、我が国の財政赤字は、主に、裁量的な財政政策や高齢化に伴う義務的な社会保障関係費の増加等を反映した構造的財政赤字の増加によってもたらされていることが分かる36。また、93年以降は、GDPギャップがマイナスで推移していたため、循環的財政収支も赤字となっている。
しかし、近年の財政状況をみると、2003年度には、循環的財政赤字と構造的財政赤字はともに縮小しており、2004年度も、企業収益の増加等に伴う税収の増加等から循環的財政赤字は更に縮小したと見込まれる。2005年度も、歳入(ここでは、社会保険料収入を含む)の増加と歳出削減の進展により、両赤字ともに更に縮小する見込みである。
● 財政の持続可能性に対する考え方
2002年度以降、財政赤字は縮小の方向に向かっているが、その水準は依然として高い。財政の持続可能性に関する判断基準としては、公債残高の対名目GDP比が将来に向けて発散しないという基準が幅広く認識されている。名目金利と経済成長率(名目GDP成長率)の関係によって、この基準を満たすために必要な基礎的財政収支(プライマリー・バランス、対名目GDP比)の大きさを計算することが可能であるが、特に、名目金利と経済成長率が等しいとの条件の下では、基礎的財政収支を均衡させることによって、公債残高の対名目GDP比はその水準に保たれ、将来に向けて発散することが避けられる37。ここで、基礎的財政収支の均衡とは、「借入れを除く税収等の歳入」と「過去の借入れに対する元利払いを除いた歳出」が均衡している状態、すなわち、過去の借金の元利払い以外の歳出は、その年度の税収等でまかない新たな借金によらない、ということである。
● 財政再建と経済成長への影響
90年代のOECD諸国の財政状況について、公債残高比率(対名目GDP)の変化とその要因38をみると、公債残高比率を低下させることに成功している多くの国39では、基礎的財政収支の黒字化を図ると同時に、その黒字で利払い費による赤字要因をかなりの程度相殺している。こうした財政再建に成功した多くのOECD諸国では、歳出削減の断行にもかかわらず、財政再建と経済成長を両立させてきた事例が多い。
アレシナ(2002)は、OECD諸国のパネルデータを用いた実証分析において、財政政策が民間投資にマイナスの影響を及ぼしてきた、という結果を見出している。この背景にあるメカニズムは、政府支出の増加、特に公的部門の賃上げや雇用の増加が民間部門の実質賃金上昇につながり、そのため企業収益を減少させ、したがって投資にネガティブな影響を及ぼす、というものである40。同様の枠組みに基づいて内閣府で推計を行ったところ、やはり政府支出の増加は民間投資にマイナスの影響を与えた可能性を示唆する結果が得られた(付注1-9)。また、よりマクロ的な関係でみると、政府の規模(政府支出)が大きいほど経済成長率には負の影響を与えるという関係が観察されるなど、政府支出の規模とマクロ的な経済活力とは密接な関係があることが示唆される41。
● 基礎的財政収支の変動とその要因分解
我が国の場合、90年代において、裁量的な経済政策の発動や税収の低迷により基礎的財政収支が悪化し、それによる公債発行増が利払い費の累積を生み、公債残高(対名目GDP比)は著しく増加することとなった。
特に、国・地方の基礎的財政収支(対名目GDP比)に着目すると、1992年度以降は赤字が続いており、2000年度以降では、赤字幅は2002年度に5.5%と最も大きくなった。その後、2003年度に横ばいとなった後、2004年度、2005年度は、赤字幅が縮小する見込みである。そこで、以下では、国・地方の基礎的財政収支がどのような要因でこれまで変動してきたかを分析する(第1-4-2図)。
2002年度以降の基礎的財政収支の改善を説明する要因等は、以下のように整理できる。
この間の収支改善の要因としては、主に歳出削減、特に、90年代末以降続けられている公共投資の削減の寄与が大きい42。他方、歳出の中でも、最終消費支出(警察・外交・防衛等及び教育・保健衛生等)は、90年代には赤字の拡大要因として寄与し続けてきたが、2002年度以降は収支改善要因に転じている。
その他の歳出(民間企業に対する資本補助等)については、98年度及び99年度には金融機関への公的資金注入等も大きく、赤字を拡大させていたが、2002年度以降は収支改善要因となっている。
歳出項目の中でも、社会保障関係の支出は、高齢化の進展等を背景に毎年増加を続けており、引き続き赤字要因となっている。
歳入面をみると、2002年度には、法人税収が減少したことの影響等で税収は前年度から大きく減少し、基礎的財政収支の大きな悪化要因となっていたが、2003年度には悪化幅を縮小させ、2004年度及び2005年度には、収支改善要因に転じる見込みである。
定量的にまとめると、2002年度から2005年度にかけて、国・地方の基礎的財政収支は、1.50%ポイント改善する見込みであるが、このうち、公共投資の削減の寄与度は1.17%ポイントと、収支改善の約8割を説明する。また、歳入が改善要因に転じており、その寄与度は0.16%ポイントになると見込まれる。これは、景気が回復した2003年度に、企業収益の改善等により法人税収が伸びたことや、2004年度に、法人税収に加え、所得税収等においても前年度を上回る税収が見込まれることによるものである。このように、歳出削減努力が続いたことと、歳入が改善に転じたことが、近年の国・地方の基礎的財政収支の改善を説明している。一方、歳出項目の中では、社会保障関係支出の増加が引き続き赤字要因となっており、その寄与度はマイナス0.51%ポイントとなる見込みであることに留意が必要である。
● 歳出・歳入一体改革に向けて
現在、政府は、「改革と展望」において、2010年代初頭における国・地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化という中期的な財政目標を設定し、財政の持続可能性の回復に努めている。財政の持続可能性を維持していくためには、まずは、こうした中期的な財政目標を確実に達成していくことが不可欠であろう。
「改革と展望-2004年度改定」においては、基礎的財政収支の黒字化に向けて、まず、2006年度(平成18年度)までの間、政府の大きさ(一般政府の支出規模の名目GDP比)が2002年度(平成14年度)の水準を上回らない程度とすることを目指し、国・地方が歩調を合わせて歳出改革路線を堅持・強化することとしている。こうした取組により、2002年度に対名目GDP比で37.6%程度であった一般政府の支出規模は、2005年度には36.2%に低下する見込みである43。さらに、「改革と展望-2004年度改定」では、2007年度(平成19年度)以降も、それ以前と同程度の財政収支改善努力を行うと同時に民間需要主導の持続的成長を実現することにより、2010年代初頭における国・地方を合わせた基礎的財政収支の黒字化を目指す、としている。
しかし、この中期的な財政目標を達成するためには、今後、少なくとも名目GDP比で4%程度の収支差の解消が必要であることを踏まえると、歳出と歳入の両面から財政収支の改善を検討することが重要である。
このため、政府としては、歳出削減、行政改革を徹底し、必要となる税負担増を極力小さくする(「小さくて効率的な政府」原則)、経済活力と財政健全化の両立を図る(活力原則)、改革の選択肢や将来の見通し等を国民に提示しながら検討する(透明性原則)、という原則に則って、歳出と歳入の両面から今後の取組について検討を進め、重点強化期間内に結論を得ることとしている。おおむね今後1年以内を目途に、政府の支出規模の目安や主な歳出分野についての国・地方を通じた中期的目標の在り方、さらには、歳入面の在り方を一体的に検討し、経済財政諮問会議における議論等を通じて、改革の方向についての選択肢及び改革工程を明らかにすることとしている。
こうした改革によって、基礎的財政収支の黒字化を実現し、財政の持続可能性を維持していくことが重要である44。
2 量的緩和政策の評価
長引くデフレに対して、日本銀行は2001年3月以来量的緩和政策を継続している。以下では、量的緩和政策の現状とその効果を評価し、デフレ脱却に向けた金融面での注目点を整理してみたい。
● 量的緩和政策の現状
量的緩和政策とは、日本銀行に各金融機関が設けている当座預金口座において、準備預金制度45によって金融機関が預け入れを求められている額を大幅に上回る当座預金を日本銀行が供給し、そうした潤沢な資金供給を消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで継続することを約束するものである。
金融機関は、準備預金制度の下では日銀当座預金に「所要準備」(約6兆円、2005年6月時点)を保有することが求められる。しかし、資金需要が高まる折などには金融機関は所要準備を上回る「超過準備」を保有することもある。量的緩和政策は、超過準備を大幅に増やすことなどを通じて、金融機関の資金繰りを容易にするとともに、金利を低位に安定させることや貸出を含む様々なリスク資産へ資金が円滑に流れるようにすること等によって、デフレ克服につなげようとする政策である。
日銀当座預金残高の目標値は、2004年1月に30~35兆円程度に引上げられて以来、据え置かれている(第1-4-3図)。その後、2004年末から2005年に入ってからは金融機関において資金余剰感が強まり、日銀による資金供給オペレーションにおいて、いわゆる「札割れ」(日銀が資金供給を提示しても、金融機関の申込金額が供給予定額に達しないこと)が頻発した46。
こうした状況で、2005年4月にはペイオフ解禁も混乱なく予定どおり実施された。2002年4月の定期預金を中心とする解禁の前後には、全額保護されなくなる定期預金などから引き続き保護される普通預金などに預金のシフトが発生したほか、信用力が相対的に高いと考えられた都銀などへの業態間のシフトも発生したが、今回の解禁ではそうしたシフトは見受けられなかった。
このような中で日銀は、量的緩和政策継続のコミットメントの明確化(2003年10月)47に基づいて政策を堅持している48。当座預金残高目標について日銀は、5月の金融政策決定会合において、「資金供給に対する金融機関の応札状況などから資金需要が極めて弱いと判断される場合には、上記目標(30~35兆円)を下回ることがあり得るものとする」とした。日銀は、こうした下限値の弾力化はあくまでも金融調節上の技術的な対応であり、量的緩和政策というデフレ対策の枠組みには変更がないとしている。
● 日銀当座預金残高の変動要因
6月初旬には、当座預金残高は下限の30兆円を割り込んだ(6月2日、3日)。そこで当座預金残高の変動要因を大別してみると、銀行券要因、財政等要因、金融調節要因となる。
銀行券要因は、金融機関が個人や企業に対して銀行券を受け払いする際に当座預金が取り崩されたり積み上げられたりするものである。2004年11月の「新札」発行以来、銀行券需要が高まり当座預金が取り崩された。
財政等要因は、例えば、国が年金の支払いのために受取人の金融機関口座に資金を払い込むことにより当座預金が積み上がったり、逆に、税の納付のために納付者の金融機関口座から国に資金を払い込むことにより当座預金が減少するものである。景気回復に伴う税収増で国への払い込みが増えると当座預金は減少する。
金融調節要因は、、のような当座預金の過不足要因を均すために、日本銀行が金融機関に対して資金供給ないし資金吸収のための金融調節を行うことにより当座預金が増減するものである。具体的には国債や手形などの売買などを通じて金融調節を行うが、その際には金融機関が所要準備を上回ってどれだけの超過準備を保有したいと考えるかも重要な要素となる。金融システム不安が後退したことなどから金融機関側で資金余剰感が強まると当座預金は積み上がりにくい。
これらはいずれも金融調節上の技術的な側面があり、当座預金残高の日々の増減はからの要因が様々に組み合わさって生じる。6月初旬に生じた当座預金残高の30兆円割れは、金融システム不安後退に伴う資金余剰感が強まっていたなかで、の財政等要因に伴い6月初めの税納付が集中する日に一時的に税納付が増えたために、金融機関の口座から国への資金払い込みが増えたことが大きな要因と考えられる。
● 量的緩和政策の効果
量的緩和政策を導入した時点(2001年3月)において、その趣旨は「物価が継続的に下落することを防止し、持続的な経済成長のための基盤を整備する」とされた。30~35兆円に目標値が引き上げられた時(2004年1月)も、「デフレ克服に向けた日本銀行の政策スタンスを改めて明確に示し、今後の景気回復の動きをさらに確かなものとする」とされ、デフレ克服に主眼が置かれている。
量的緩和政策の下での潤沢な資金供給は、金融システムに対する不安感が強かった時期において、金融機関の流動性需要に応えることによって、金融市場の安定や緩和的な金融環境を維持する効果があった。さらに、政策が効果を発揮する具体的な経路としては、時間軸効果(再びデフレに戻らないと確認できる時期まで量的緩和を継続すると約束することによって中長期の長めの金利も含めて金利水準の上昇を抑制すること)、ポートフォリオ・リバランス効果(金融機関の資産構成<=ポートフォリオ>において、日銀当座預金という安全性が高い資産が占める割合が増えると、金融機関は適度な資産構成のバランスを保とうとして、相対的にリスク度の高い資産<貸出など>の保有を増やすことが期待されること)、期待効果(デフレ防止に向けた姿勢を明確にすることにより、人々のデフレ心理を転換させること)が想定された。そこでこの3つの側面から量的緩和政策のこれまでの効果をみると、「時間軸効果」については、依然として中長期金利は低位で安定しており、効果があったといえる(第1-4-4図)。「ポートフォリオ・リバランス効果」については、金融機関の貸出がなかなか増加に転じていないことなどからみると、現時点では効果は明示的には現れていないとみるべきであろう。「期待効果」については、物価の先行きに対する家計の見方は緩やかな改善が続いており(前掲付図1-9(2))、こうした効果の一つの現れであると考えられる。
● マネーサプライの伸び率は引き続き低い
マネタリーベースの伸びは、2005年に入って前年比2~3%程度に低下している(第1-4-5図)。これは、日銀券・貨幣流通高の増加による押上げ効果が、2004年11月の新札発行以降はわずかに上昇したものの、当座預金残高による押上げ効果は、残高目標が2004年1月以来据え置かれているため増加に効いていないためである。
この間、マネーサプライ(M2+CD)の伸び率も前年比2.0%程度に低下している。これは、法人向け貸出は前年比マイナス幅が縮小しているが増加には転じておらず、信用創造が活発化していないためである。マネーサプライが伸びるためには、法人などによる金融機関からの借入が増えて信用創造機能が活発化する必要がある。
信用創造機能の活発さを表す指標の1つである貨幣乗数(マネーサプライ÷マネタリーベース)は、2003年ごろまで低下が続いていたがそれ以降は下げ止まっている。この要因としては主に2つ考えられる49。
第一に、量的緩和政策の下における日銀当預残高の目標値が2004年1月以来30~35兆円に維持されており、前年比伸び率が低下したことによるものである。これは、量的緩和政策採用以来、貨幣乗数低下の原因になってきた金融部門の「準備/預金比率」の寄与が大幅に縮小していることに表れている。
第二に、金融システム不安の後退などにより、企業・家計が手元に現金を持とうとする需要が落ち着いたことによるものである。これは、非金融部門の「現金/預金比率」が2004年初以来、貨幣乗数の押下げにほとんど寄与していないことに表れている。
貨幣乗数が今後持ち直していくためには、信用創造機能が活発化し、銀行貸出などが増加することが必要である。
● デフレ脱却へ向けた金融面での注目点
第3節でみたデフレ動向も踏まえると、今後、デフレ脱却へ向けた金融面での注目点は、マネーサプライの伸びが順調に高まるような状況が実現できるか、である。具体的には、
地方や中小の金融機関も含めて不良債権処理の進展に伴い金融機関の貸出余力が順調に向上していくか。
企業部門は好調な収益に比べれば設備投資は控え目なため貯蓄超過傾向にある。このため借入需要も伸び悩んできたが、企業の投資スタンスが一段と積極化していくか。
企業部門の資金調達では、証券発行などへのシフトや手元資金の有効活用50が見受けられる。こうした中でも、借入れが増加していくか。
これらが生じればマネーサプライの伸びが高まっていく可能性がある。「金融再生プログラム」の着実な進展に伴い金融システム不安は後退し、金融機関サイドの貸出余力は向上していること(前掲第1-3-3図)や、借り手企業サイドの借入れ意欲も回復傾向にあること(前掲第1-3-11図(2))などは、資金の貸手、借り手の両面から、金融仲介機能、信用創造機能が活性化する環境が整いつつあることを示しており、こうした状況の改善が続けば、マネーサプライの伸びにつながっていくことが期待される。
● 安定的なマクロ経済運営のための金融政策
日本銀行は、量的緩和政策というデフレ対策の枠組みを堅持しており、デフレ克服までは量的緩和政策を堅持していくことが期待される。
一方で、デフレからの出口がみえてきた段階では、金融政策の先行き不透明感などによる長期金利の過度の上昇を防ぎながら量的緩和政策に代わる金融政策フレームワークをどのように構築できるかがかぎとなる。その際には、金融政策が中長期的に目標とすべき方向性について一定のコミットメントを示すこと等が議論の対象となろう。さらに、安定的なマクロ経済運営を担う金融政策には、デフレ回避だけではなくゼロインフレも回避することが求められる。具体的なコミットメントの方法としては、「一定の物価上昇率あるいは物価水準」という目標を示すことなど様々な議論がみられるが51、いずれにせよ、市場の期待を安定化し、市場における過度の変動を抑制するための方策については、幅広い検討が必要となろう。