第5節 景気の将来展望

不良債権問題に象徴されるようなバブル後の負の遺産の処理が済み、企業の体質が強化され、それが雇用の改善を通じて家計にも波及しつつあるなかで、日本経済は緩やかな回復を続けている。今後の経済動向を展望すると、原油高や輸出の伸び悩み等の懸念材料はあるものの、前節までの分析から示されるように、それらが景気後退の直接的な契機となる可能性は低く、景気は今後も緩やかな回復を続けていく可能性が高い。この節では、今後の景気回復の姿とその持続力について考察する。

 景気を牽引する力

景気を前向きに進める力として想定されるのは、1世界経済の着実な成長、2情報化関連分野の在庫調整の終了を背景とした生産の緩やかな持ち直し、そしてそれらを背景とした3企業収益の持続的な回復、4個人消費の緩やかな増加である。

海外の景気動向については、2005年には、アメリカ、欧州、アジアともに拡大テンポがやや緩やかになると見込まれているが、IMFの見通しでは、世界のGDPは2004年の5%強の伸びに続いて2005年も4%台前半の成長を確保するものと見込まれている。したがって、現時点では、前回の景気後退期である2001年やアジア通貨危機の影響がみられた1998年のような大幅な減速のリスクは小さいと考えられる(2000年から2001年にかけて世界経済は4%台半ばから2%台半ばへ減速し、1997年から1998年にかけては4%台前半から2%台後半へ減速した)。

また、情報化関連財の在庫調整についても、過去数四半期にわたる在庫減らしのための生産調整を経て、在庫水準はかなり低下し、既に出口が見えつつある。こうした中で、日本の輸出や生産は、伸びは緩やかなものにとどまるとしても、今後は持ち直してくることが見込まれる。このように生産の緩やかな伸びが続くならば、素原材料高によるマージン幅の圧縮はあっても、企業収益は緩やかに増加を続ける可能性が高い。この点については、日銀短観等の企業調査において2005年度について経常利益は4年連続の伸びが見込まれているところである。また、こうした企業収益改善は引き続き設備投資の増加にも好影響を与えることが期待される。

もう一つの力は、雇用・所得環境の改善を背景とした個人消費の緩やかな増加である。雇用については、雇用者数の緩やかな増加傾向がみられるなか、その内訳についても、パートタイム労働者の伸びが鈍化する一方で、一般労働者が回復し始めている。加えて、2004年冬の年末賞与が毎月勤労統計でみて8年ぶりにプラスとなり、また、2005年のボーナスについては更なる改善が見込まれる状況にある。したがって、雇用の安定と所得環境の改善が進む中で、個人消費については緩やかながら着実な増加が見込まれる。

海外経済環境には常にリスクが伴うものであるが、海外景気の着実な成長が続くという見込みの下に、民間需要を中心とした力が2005年の経済成長を支えるものと考えられる。

 景気下押し圧力

他方、情報化関連財の在庫調整の終了などを経て、景気が踊り場的状況を脱したとしても、引き続き景気を下押しする要因も残っている。1原油価格の高騰、2価格転嫁の困難さによる企業収益の低下、3回復の成熟化に伴う自律的な循環の可能性などである。

原油の高騰が経済を下押しする圧力は、石油依存度の低下からかつてに比べ小さなものになっている。しかし、高騰は2005年に入ってからも継続し、上昇が長期化している。原油価格の先行きについては不透明ではあるものの、中国等の需要増加や供給側の制約といった構造的要因がすぐに解消される訳ではないので、今後も原油価格がある程度高い水準にとどまる可能性も否定できない。

また、素原材料価格の上昇により鉄鋼等の中間財までは価格上昇が波及している一方で、それが最終財段階で必ずしも転嫁されていない状況にある。これらのことは、ともに企業収益を低下させるリスクがある。なお、素原材料について世界的に需給が引き締まった状況が続くならば、今後も価格が高止まりする可能性が高いが、その場合には需要の強さによって売上げも高水準で推移するので、企業収益への影響は限られたものとなり、景気の基調を変えるほどの圧力にはならない可能性も考えられる。

最後に、自律的な景気循環を引き起こす要因にも留意が必要である。景気の成熟化によって、在庫の増加や資本ストックの増加が起こるのは当然の成り行きだが、その時に、需要の鈍化、将来期待の萎縮などが生じると、在庫調整や資本ストック調整のメカニズムが働きかねない。いったんメカニズムが働くと、累積的に景気調整過程に進んでいくことがこれまでの景気循環における教訓である。外的ショックがなくとも、国内の自律的な動きは景気動向にとって重要である。

 景気回復の持続性

以上のように、景気を支える力と下押しする力が働くなかで、今後も景気は緩やかな回復が続くシナリオが今後の展望にとって中心に位置付けられる。ただし、景気の持続性という観点からは、今回はバブル崩壊後の1990年代における局面とは異なる要因がある。

持続性の面でプラスに働くと考えられるのは、第一に、企業部門にみられる財務体質の強化である。企業は、過剰雇用、過剰設備、過剰債務の3つの過剰をほぼ解消しており、その結果、企業の固定費(人件費、支払い利息、減価償却費)が売上高に占める比率(損益分岐点)は大幅に低下し、1990年代初めの水準となっている(前掲第1-1-9図)。損益分岐点比率の変化の内訳をみると、1990年代においては、景気拡大期における損益分岐点比率の低下は専ら売上高の伸びによるところが大きく、固定費はほぼ一貫して損益分岐点比率押し上げに働いていた。これに対し、2000年代に入ってからは、固定費比率はずっと損益分岐点を押し下げる方向に効いている。こうしたこともあり、1990年代には、景気拡大期でも損益分岐点比率の低下幅が小さく、結果として、需要の減退によって売上高の伸びが低下しただけで直ぐに損益分岐点比率が上昇して企業収益を圧迫し、景気後退に入っていった。今回の景気拡張局面では、固定費削減による損益分岐点比率の低下が続くなかで、2003年初めのイラク戦争時や2004年後半において需要面が一時的な踊り場的状況にあっても、企業収益への影響は限定的なものにとどまっている。こうした企業部門の強化は景気の持続性を高めている。

第二に、企業部門の収益回復が家計の所得に十分波及すれば、消費の増加を通じて景気の持続性に貢献することになる。今のところ家計の所得環境は改善傾向にはあるものの、消費増加は緩やかなものにとどまっている。過剰雇用の解消や来るべき団塊世代の退職などは雇用情勢が改善する要因となっており、加えて企業は豊富なキャッシュフローを有していることから、それが雇用者の所得増加につながっていけば景気の持続性を下支えしていくと期待される。

景気回復局面における実質GDP成長率に対する各需要項目の寄与をみると、過去においては消費の伸びの寄与がGDP成長率の過半を占めていた(第1-5-1図)。しかしながら、景気拡大期における消費の役割は傾向的に低下を続け、今回の循環では3割程度となっている。代わって相対的な役割が大きくなったのは設備投資であり、その寄与率は、かつて2割程度であったが、今回は4割近い寄与を占めている。もともと消費に比べて設備投資は相対的に振幅が大きいため、GDP成長率に占める消費の寄与の割合が低下し投資の寄与の割合が上昇すると、GDP成長率の振幅も大きくなる。したがって、今後消費の役割が増すことは景気変動の平準化に寄与するものと考えられる。景気の持続性という観点からは、今後、所得の伸びが更に高まり、それが消費に結び付くような状況となるかどうか注視していく必要がある。

以上のような要因以外に、景気の持続性を阻害する可能性のあるリスクをあえて考えるとどのようなものがあり得るだろうか。

第一は、アメリカや中国など海外経済が予想以上に減速したり、国際的な資金の流れが急速に変化する可能性である。アメリカ、中国ともに経済は拡大しているが、他方で、原油価格の高騰等を背景にインフレ圧力抑制のために、政策的には引き続き緩やかな引締め方向の対応がとられており、こうした政策的な対応が予想以上に景気を減速させる可能性は全くないとはいえない。このような場合、日本経済にもある程度の影響が考えられる。また、アメリカにおける巨額の財政赤字、さらには国際的な経常収支の不均衡が、今後どのような形で調整され、国際的な資金の流れにどのような影響を与えるかといった点や、アメリカにおける資産価格高騰の動向にも注視する必要がある。

第二は、日本国内における政策的な要因の影響である。財政政策については、2005年度も引き続き公共投資が削減されるなど歳出の伸びが抑制されるなかで、2006年からは個人所得税の定率減税が縮減(所得税額の20%から10%へ)され、年金保険料も毎年上昇することになるが、雇用・所得環境の改善が見込まれるなか、景気への影響は限定的なものと考えられる。金融政策については、日本銀行が、消費者物価(全国・生鮮食品を除く総合)が安定的にゼロあるいはそれ以上となるまで、現在の量的緩和政策を継続すると約束していることから、短期金利については今後も安定的に推移すると考えられる。長期金利についても、そうした金融政策の動向を反映して安定的に推移すると考えられるが、将来的に、量的緩和が解除されるような状況に至った際には、金融政策の枠組みの変更が長期金利に与える影響については十分注意する必要がある。