第3節 集中調整期間から重点強化期間へ

1990年代初のバブル崩壊以来10年超にわたって負の遺産が引き継がれた。経済活動にとっては、過剰雇用、過剰設備、過剰債務という3つの過剰問題が大きくのしかかった。前節までに明らかにしたように、こうした過剰の調整はおよそ終了したと考えられる。この調整を進めるために、多方面にわたる構造改革が推進されてきた。それらの中でバブル崩壊に直接的に由来し、かつ最も根が深かった分野が金融システム改革における不良債権処理である。以下では、まず集中調整期間(2001~2004年度)の経済動向を整理し、次いで景気回復との関連を踏まえながら不良債権処理の動向を明らかにする。そして、バブル崩壊後の地価の現状と特徴を調べる。その後、経済の安定成長にとって最も大きな課題であるデフレ脱却に向けた動きを検討する。最後に、重点強化期間(2005~2006年度)に向けた課題を整理する。

1 集中調整期間の概観

 経済運営の大きな課題への着実な取組

集中調整期間は、ITバブル(1999~2000年)の崩壊に伴う厳しい経済動向を引き継いで始まった。失業率は上昇が続き有効求人倍率は2001年末に0.51倍まで低下した。企業倒産は増加し、金融機関の不良債権は26.8兆円、不良債権比率は8.4%に達した(2002年3月期、主要行)。物価は下落が続きデフレ・スパイラルが懸念された。

こうした状況を受けて、政府は安易な財政出動に頼ることなく、金融システム改革、規制改革、税制改革、歳出改革という構造改革を進める政策をとった。主要なものを挙げると、1金融システム改革では「金融再生プログラム」(2002年10月)を策定し、不良債権処理を加速させるとともに産業と金融の一体的な対応を進めた。その結果、金融システムは安定化し、部分的にとどまっていたペイオフ(金融機関が破綻した場合、1金融機関につき預金者1人当たり元本1千万円とその利息までを預金保険で保護する制度)は予定どおり2005年4月に解禁された。2規制改革では、1,000項目以上の規制改革を実施した。さらに、2005年春までに500を超える構造改革特区が誕生し、サービス提供における官と民の効率性を比較するための市場化テストを2005年度に試行的に導入した。また、最低資本金制度の特例措置を活用した起業が2003年から増加している。3税制改革では、経済活性化のために先行減税を2003年度から行い、研究開発・設備投資減税、金融・証券税制の軽減・簡素化等を実施した。4歳出改革では、2006年度までの間、一般政府の支出規模の名目GDP比が2002年度の水準(37.6%程度)を上回らない程度とすることを目指し、2005年度は36.2%へと低下することが見込まれる。また、「地方にできることは地方に」の考え方の下に、三位一体の改革を実施し、国と地方の間での国庫補助負担金の見直し、税源配分の見直し及び地方交付税改革を実施している。

 集中調整期間における経済成果

集中調整期間の大きな経済的課題は、中期的に民間需要主導の成長を実現するための準備期間として、デフレ・スパイラルを阻止し、不良債権処理を促進することなどであった。これらの課題は相互に結び付いているものであり、中期的な展望を明らかにし総合的な取組が必要であった。このような取組の成果をまとめてみよう。

第一に、景気の着実な回復については、大局的には3年を超える景気回復局面が持続していることから目的は果たされた。また、デフレ・スパイラルは回避された。2001年から実施されている日本銀行の量的緩和政策は、金融機関への潤沢な資金の供給による金融市場の安定化・長期金利の安定化を通じて景気回復を支持した。

第二に、不良債権処理については、政策目標どおりに処理が進み、主要行の不良債権問題を正常化することができた。主要行の不良債権比率は2002年3月期に8%台に達していたが、2005年3月期には2.93%となった。これにより金融システム不安が解消したことは大きな成果である。

第三に、財政構造改革については、国と地方の基礎的財政収支でみると、2002年度、2003年度には5.5%(対名目GDP比)の赤字であったが、その後1%程度改善し2004年度は4.4%程度の水準にまで低下する見込みである。

他方、改善が遅れている分野もある。デフレは緩やかながら依然継続している。また、地域経済にはばらつきがみられ、東海や中国では回復が先行しているが、北海道や四国では遅れている。これらは、デフレ脱却を確実にしていくこと、そして地域の自発的な取組を通じて地域の活性化を急ぐことが今後の課題として残っていることを示している。

株価(日経平均株価)は2001年3月末には12,999.70円で、2003年4月28日にはバブル崩壊後の最安値(7,607.88円)をつけた。しかし、それ以降は、企業業績の改善に加え、2003年5月に金融危機を未然に防止するためにりそな銀行への公的資本注入が決定されるなど、主要行をめぐる金融不安が後退したことなどから上昇に転じ、2005年6月時点では最安値対比で4割強の上昇となっている。このような株価上昇によって、金融機関が保有する株式の評価額が低下して自己資本比率が低下するという懸念は払拭されている。

2 不良債権問題の正常化

金融不安が高まった1996年、特例として、預金保険制度による預金の全額保護が措置されたが、これは預金保険機構が金融機関から集める預金保険料と税金で賄われる制度であった。その後、90年代末からの金融システム安定化策21などにより、ジャパンプレミアム(国際金融市場において邦銀の外貨調達が困難化し割高な利子を要求される)は解消し、ペイオフも定期預金などを中心に解禁(2002年4月)し、税金でまかなう仕組みは終了するなど、金融システム不安の解消に向けた動きは徐々に進んでいた。

こうしたなか、2002年10月に、日本の金融システムと金融行政に対する信頼を回復し、世界から評価される金融市場を作るために不良債権の抜本的な処理を目指した「金融再生プログラム」が打ち出され、金融システム不安の解消に向けた大きな一歩が踏み出された。なお、不良債権処理の加速等の政策強化を進めるなかで、預金者にいたずらに不安を与えることのないよう、普通預金なども対象としたペイオフの解禁は2005年4月に延期された。

この結果、2005年3月期の主要行の不良債権比率は2.93%となり、「金融再生プログラム」が目標としていた4%台への半減を十分に達成した(第1-3-1図)。このように主要行を中心とした不良債権問題は正常化したと判断できる。

また、ペイオフの解禁も混乱無く予定どおり実施され(2005年4月)、1預金者は厳しい目で金融機関を選別、2金融機関も緊張感をもって経営基盤の強化に取り組むこととなり、10年来の臨時異例の体制が終わりを告げたことになる。ペイオフ解禁は、金融システム不安が後退したからこそ達成できたと同時に、解禁を達成したことによって、今後金融システムの健全化メカニズムがより一層働きやすくなったといえる。

(1)不良債権処理の進展

「金融再生プログラム」では、主要行の不良債権比率を2005年3月期までに半減させ4%台まで低下させることとした。その一環として、1資産査定の厳格化、2自己資本の充実、3ガバナンスの強化を中心に金融行政の強化が打ち出された。

資産査定の厳格化については、特別検査(2002年3月期)を再実施(2003年3月期)22するとしたほか、金融庁検査と主要行の自己査定の格差を集計ベースで公表して格差是正を求めるとされた。

自己資本の充実については、繰延税金資産の適正化・合理性の確認が打ち出された。金融機関が保有する株式を一定以下に削減することを円滑に進めるために日本銀行による株式買取りも行われた(2002年11月~2004年9月で計約2兆円)。

ガバナンスの強化については、外部監査人の機能強化、経営健全化計画未達先に対する責任の明確化を含む厳正な対応などが掲げられた。

これらと並んで、企業再生の面では整理回収機構(RCC)や企業再生ファンドを活用した不良債権の売却などが強調された。

 不良債権の動向

不良債権(金融再生法開示債権)の現状については、「不良債権の状況等」(金融庁)から次のことが分かる(以下の数字は全国銀行ベース)。

第一に、不良債権の総額は減少が顕著である(第1-3-2図)。2002年3月期に比べて約19兆円減少し、2004年9月期では約24兆円となっている。

第二に、業況悪化等の理由で新たに不良債権となった額(新たに要管理債権と危険債権以下に計上された金額)が減少している。不良債権の新規発生が減少している要因としては、査定の厳格化がほぼ定着したなかで、着実な景気回復の進展の下、各企業の経営努力もあって企業部門の収益が改善したことや、資産デフレの緩和(株価の持ち直し、地価の下落率縮小)によって借り手企業の資産内容が悪化しないようになったことが挙げられる。

第三に、オフバランス化の対象となる「危険債権以下」(破綻更生債権及びこれらに準ずる債権を含む)は、新規発生や要管理債権からの下方遷移による増加がオフバランス化による減少を上回ったためやや増えている。しかしながら、「危険債権以下」に分類された債権は、2001年4月の緊急経済対策において示された、いわゆる「2年3年ルール」に即して、3年以内にオフバランス化につながる措置を講じるものとされている。このため、今後処理の進展とともに不良債権から外れていくものである。

第四に、「危険債権以下」よりも一段階良好な「要管理債権」については減少している。これは、新規発生による増加もあったものの、正常債権に転じたり、逆に、借り手の業況悪化などの理由でもう一段階悪い「危険債権以下」へ下方遷移したことによるものである。他方、「要管理債権」が減っているために、そこからの下方遷移という経路で「危険債権以下」がさらに増える圧力は減じている。

 金融仲介機能が改善

金融仲介の機能を回復させる観点からも、不良債権処理が必要であった。すなわち、不良債権処理が重荷となって、金融機関のリスク許容力が低下し貸出姿勢が弱まり、結果としてマネーサプライの低迷につながってきている。

したがって、これまで述べたような不良債権問題の正常化が金融機関の仲介機能を回復させる方向に働いているのかを確認してみたい。金融機関が貸出を行う際には、それによってどの程度の利益が上がるか(貸出金利回りの水準)とともに、どの程度の貸出リスクをとれるのか、すなわち金融機関自身の体力(不良債権比率、自己資本比率)が影響するものと考えられる。そこで、これらを説明変数とし、貸出の期末残高の伸び率を被説明変数とする回帰分析を行って金融機関による貸出供給曲線を推計すると、徐々に右方向にシフトしてきている(第1-3-3図)。これは、同じ貸出金利回りでもかつてよりも貸出金が増加する傾向にあることを示しており、貸出余力は着実に回復している結果となっている。この結果は、日銀短観からも裏付けられる。短観では、金融機関からの借入がしやすいかどうかを企業にアンケート調査して「貸出態度判断D.I.」を計算している。これは、回答企業のうち、「緩い」と答えた企業の比率から「厳しい」と答えた企業の比率を差し引いた数字である。これによれば、大企業だけでなく中堅・中小企業についても2004年頃から「緩い」超幅が増え続けている。

法人向け貸出は依然として前年を下回っているが、住宅金融公庫の貸出抑制等を背景に個人向けローンは伸びている。こうしたなか、地方銀行と第二地方銀行を併せた2005年4月の貸出平均残高は前年同月比+0.2%と6年1ヶ月ぶりに前年同月を上回った。

(2)不良債権処理と一体としての企業・産業再生の取組

 産業再生機構の創設等

このように不良債権処理の加速化を促す一方で、いたずらに産業セクターの経営資源を散逸させないよう、不良債権処理の加速化と一体として、企業・産業再生の円滑化・加速化が図られた。その一環として、産業活力再生特別措置法の抜本改正や産業再生機構の創設が行われた。

2003年4月に発足した産業再生機構(以下、「機構」と略する)は、2005年3月末を債権買取り申込み期限とし、当該期限までに41件の支援決定を行った。

機構は、1事業者とメインバンク等から持ち込まれた案件について、事業内容や法律・契約面等に及ぶ厳格な資産査定に基づき、単なるバランスシート調整にとどまらない、事業の選択と集中に踏み込んだ抜本的な事業再生計画の策定を支援し、当該事業再生計画に基づいて、再生可能性を判断し、専門家から成る産業再生委員会において支援決定を行う。2支援を決定すると、機構は非メインの金融機関等に対し、再生計画への協力を求め、金融支援について調整を行い、必要に応じて債権等の買取り決定を行う。3買取り後は、機構は事業再生計画の実行支援と進捗のモニタリングを行い、買い取った債権等の3年以内の売却等を行い、支援完了を目指す。

こうした機構の取組は、金融機関にとっても、機構に債権を売却し当該債権をバランスシートから切り離すか、実現可能性の高い抜本的な事業再生計画に基づく債権放棄等を行うことにより、債務者に係わる貸出金を不良債権から外すことを可能とし、不良債権等の処理にも貢献した。

(3)「金融再生プログラム」を始めとする政策の評価

 不良債権比率が低下したのは景気が良くなったからだけではない

このように不良債権比率が低下したのは政策的な取組の成果というよりも、景気が良くなって企業の収益が改善したことが主因ではないかとの指摘も聞かれる。

そこで、不良債権を金融機関のバランスシートから取り除くオフバランス化の実績をその事由別(「業況改善」、「回収」など)で調べてみよう。すると、景気回復によって危険債権以下の不良債権が減ったのは2002~2004年度の累計で15%程度(対オフバランス化実績比)に過ぎないことが分かる(前掲第1-3-1図)。したがって、景気回復が追い風であったことはもちろんであるが、不良債権処理への直接的な寄与は相対的に小さく、やはり政策的なオフバランス化の意義が大きかったと考えるべきであろう。

 不良債権処理の加速は景気を下押ししたわけではない

不良債権処理においては、「処理を加速すると、それが景気を悪化させ、不良債権はかえって増えるおそれがある」という指摘があった。これは、処理によって金融機関の活動はより収縮し、実体経済の悪化をもたらすことを懸念したものである。しかし、この懸念は現実化しなかったと考えられる。

第一に、金融機関貸出の減少は不良債権処理を通じて深まることはなかった。金融機関による貸出の減少は、金融不安が高まった直後の98年に既に始まっており、集中調整期間以降に貸出の減少が加速しているわけではない。

第二に、企業側からの見方もほぼこれを裏付けている(第1-3-4図)。日銀短観では企業の資金繰りと企業からみた金融機関の貸出態度をアンケートしているが、いずれも97~98年の金融システム危機時に悪化した後、ITバブル期に改善したが、その崩壊に伴う景気後退期(2000年末~2002年初)に再びやや悪化した。しかし、その後の景気回復につれて改善が続き、2004年には中小企業からみた金融機関の貸出態度判断D.I.も「緩い超」に転じるなど改善が続いている。

したがって、金融再生プログラム(2002年10月)の実施は企業金融を悪化させておらず、むしろそれ以降は改善が続いている。

 不良債権処理の加速によって失業者は増加しなかった

「不良債権処理を加速させると失業者も増えるおそれがある」という声もあった。金融再生プログラムの下で求められる不良債権処理に伴ってどの程度の離職者や失業者が発生するかについては、様々な試算がなされた。これらの試算値の間にはかなりの幅があるが、事後的に試算し直してみると失業者の数は、これらの試算値よりも総じて少ないものとみられる(第1-3-5表)。

少なく済んだ背景には、1「セーフティネット保証・貸付」(保証は2001年1月に、貸付は2000年12月に導入)の利用によって倒産件数が抑えられたこと、2清算型の倒産に替わって再生型の倒産が増えたこと、が影響していると考えられる。「セーフティネット保証・貸付」は、取引先企業の倒産等に直面している中小企業の資金調達の円滑化を図るための制度であり、連鎖倒産などの防止につながった。一方、清算型の倒産では、従業員は100%離職して多くが失業者となってしまうのに対して、再生型の倒産では、企業価値を最大限活かして存続させることを目的としているため、従業員の離職も最低限で済んだ23

 金融機関の課題

以上を踏まえると、金融システム改革による不良債権処理は着実に進展し、景気動向を悪化させることなく、不良債権問題の正常化につながったと評価できる。

このように主要行は不良債権問題をほぼ克服したが、金融機関にとってのこれからの課題は、1自己資本の中身の改善、2収益性の改善、3地域金融機関の経営力強化である。たしかに金融システム改革の結果、金融機関の不良債権比率は半減以下となり、自己資本比率も適切とされる水準24を割ることなく主要行は9~14%程度を維持している。しかし、今後も金融システムが不良債権問題などに揺るがされないようにするには、金融機関の体力・耐性を高めておかねばならない。それには、1過去のデータから予想される貸倒れ損失を十分カバーできるだけの金利設定を行うこと、2そうしたデータでは予知しきれない経済の悪化や貸倒れが発生した場合でもそれを十分吸収できるだけの自己資本を備えておくことが重要である。こうしたことは主要行だけでなく、地域金融機関や中小金融機関にも当てはまる。

第一に、自己資本の中身をみると、必ずしも金融機関が自らの力で稼いだ利益や資本市場から調達した資金だけが蓄積されているわけではない。公的資金と純繰延税金資産が占めるウェイトが高く、2005年3月期でそれぞれ自己資本の26%、15%を占めている(7大金融グループ、連結ベース)。これらの比率を漸減させ、自らの利益で自己資本を維持・拡充していくことが重要である。

第二に、欧米銀行に比べて相対的に低い利益率をいかに高めるかが重要である。邦銀の特徴の一つとして、貸出利鞘が薄いことが指摘される。予想される貸倒れ損失を十分カバーできるだけの利鞘(リスクプレミアムという)を設定しないと、貸倒れが巨額だったり多発した場合には、金融機関自らの経営が悪化しかねない。邦銀のコスト構造をみると、人件費などの経費率は欧米銀行と比べて決して高いとは言えず、貸倒れに伴う損失率(信用コスト率)も1%程度で推移しており米銀並みに近づいている。しかし、利鞘(収益性)はこれらコストをまかなうには十分とは言えないため、収益力を強化していく必要がある(付図1-3)。

第三に、中小・地域金融機関については、「金融再生プログラム」において、主要行と異なる特性を有するリレーションシップバンキング(地域密着型金融25)についてアクションプログラムを策定することとされ、2003年3月には「リレーションシップバンキングの機能強化に関するアクションプログラム」が策定された。また、「金融改革プログラム」(2004年12月)においては、1地域の再生・活性化、2中小企業金融の円滑化、3中小・地域金融機関の経営力強化を促す観点から、地域密着型金融の一層の推進を図るとされ、これを受けて「地域密着型金融の機能強化の推進に関するアクションプログラム」(2005年3月)が策定された。その中で、各金融機関には2005年8月末までに自らの経営判断の下で、地域の特性等を踏まえた個性的で、具体的かつ分かりやすい「地域密着型金融推進計画」を策定・公表することが求められている。当該計画に基づく取組を、情報開示等の推進とこれによる規律付け(利用者の評価)の下で実施することにより、地域密着型金融の機能向上を図ることとされているのが特徴である。

3 地価の動向

バブル崩壊に伴って地価は急落し、全国の公示地価は91年をピークに14年連続して下落を続けている。ここでは地価にどのような動きが生じているかを検討してみたい。

 公示地価は地方圏でも下落率が縮小

地価公示(2005年1月調査)によれば、地価は全国平均では引き続き下落したが、住宅地は2年連続で、商業地は3年連続で下落率が縮小した。三大都市圏のみならず、地方圏も下落率は縮小し、住宅地は8年ぶり、商業地は7年ぶりに縮小した(第1-3-6図)。

公示地価は、バブル崩壊に伴い1991年をピークに下がり続け、ピーク時に比べるとほぼ半分になっている(全国平均:全用途は50.7%の下落、住宅地は45.8%の下落、商業地は69.4%の下落)。名目GDPに対する土地資産額の比率はバブル期に5.6倍にまで上昇したが、2003年末には2.6倍まで低下し、これは現行の国民所得統計(93年SNAベース)の始期である1981年以降では最低の水準である。

 「下落」地点が減り、「上昇」・「横ばい」地点が増えている

商業地の地価を市区町村の平均でみると、東京都の都心5区26や武蔵野市など一部を除いてまだ上昇に転じていない。しかし、「上昇」、「横ばい」、「下落」の地点が調査継続地点全体に占めるシェアをみると、2005年には「上昇」、「横ばい」のシェアが前年に比べて増えている(第1-3-7図)。

東京都区部の商業地では、2003年頃から「上昇」、「横ばい」、「ほぼ横ばい」となる地点が増え、2005年には6割を超えた。政令指定都市である大阪市、名古屋市、札幌市、福岡市の商業地でも2005年に急増し、名古屋、札幌ではおよそ3割に上っている。

このように全国ベースでは依然として地価下落が継続しているが、三大都市圏の都心等を中心に、持ち直しの傾向が広がりをみせ、あるいはみせ始めている。

 地価の持ち直しは大都市圏が中心

この点を詳しく調べてみよう。商業地の全国平均の下落率が縮小し始めた2003年と直近の2005年について主要都市(中心部)の商業地の地価動向を比べると、以下のような特徴がある(第1-3-8図付図1-4)。

1 東京(千代田区、中央区、港区)、名古屋市(中村区)、大阪市(中央区)、福岡市(中央区)、札幌市(中央区)、横浜市(西区)といった大都市圏では、上昇地点が増え、下落率も縮小しており、持ち直しが顕著である。地価が高い地点ほど地価が上昇する傾向があり、利便性・収益性の高さを反映した動きであると考えられる。特に、東京、名古屋では2005年には10%以上の上昇を示す地点もみられる。また、これ以外の政令指定都市には、まだ上昇に転じた地点はなくても、下落率が着実に縮小している都市が存在する(仙台市(青葉区)、神戸市(中央区)など)。地価が高い地点ほど下落率が小さくなる傾向が同様にみられる。

2 地方都市でも、下落率が縮小している都市が多数存在する。なかでも鹿児島市、岡山市などでは、利便性・収益性の向上に向けた取組により、下落から上昇や横ばいに転じる地点が一部現れている。

3 一方、秋田市、旭川市、別府市などの地方都市では、2003年よりも2005年の方が下落が強まる傾向にある。地価が高い地点ほど下落率が大きい傾向もうかがえる。

次に、地方都市の地価動向をより丁寧に調べてみよう。2004年と2005年を比較すると、三大都市圏以外の人口10万人以上の地方都市(2004年3月末時点。市街化区域を設定している都市)106のうち、住宅地と商業地のいずれも下落率が拡大している都市が18(全体の17%)、住宅地のみ下落率が拡大している都市が19(同18%)、商業地のみ下落率が拡大している都市が1(同1%)あった。地域別には、北海道・東北と四国・九州にほぼ集中している。地価の持ち直しが全国規模で広がりをみせるには、今後、地方都市においても土地の収益性・利便性を高める取組が求められる(付表1-5)。

 不動産証券化市場の動向

大都市圏の地価が持ち直していることと軌を一にして、不動産投資信託(REIT27)を始めとする不動産証券化市場は好調である。不動産証券化市場は1997~2004年度の累計で総資産額は20.2兆円、件数で2,529件に達している。このうちREITは約2.5兆円(約12%)である28。REITとは、投資家に証券を販売して集めた自己資本と金融機関からの借入金を元手に、収益性の高い不動産物件を購入し、その賃貸収入や売却益を投資家に還元する投資法人である。こうした証券を購入するのは、金融機関、企業、個人、外国人などである。アメリカでは1960年にREITが誕生し、90年代に高成長し2004年末時点で上場銘柄190、時価総額は約32兆円に上っている。我が国では、2000年11月に法改正(「投資信託及び投資法人に関する法律」)されて誕生した。特徴は、1基本機能は不動産会社に似ているが、配当可能所得の金額の90%超を投資家に配当するなどの要件を満たせば、所得金額を限度として、配当金の損金算入が認められ、法人税の課税所得が縮減される、2改正前は有価証券以外の資産によって主たる運用を行うことができなかったが、改正後は、不動産を主たる運用対象として投資信託・法人を設立することができる点である。REITは証券取引所に上場されており一般に売買することができる。

REITは2001年9月に東証に2銘柄が上場されて以来、2005年5月時点で17銘柄が上場(東証16、大証1)され人気を呼んでおり、時価総額は2兆円に上っている。今後も上場は増える見通しである。REITが保有する物件は、2005年3月末で494物件ある。投資先は2001年にはオフィスが9割近くを占めたが、2005年3月末にはオフィスが64.7%、商業施設が21.6%、住宅が11.5%と分散が進んでいる(国土交通省調べ、取得価格ベース、以下同じ)。物件の所在地については、東京都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)で半分近くを占め、23区で6割以上、関東地方に8割近くが集中している。

このようにREITが好調な理由は、REITに不動産を売るオーナー側とREITが発行する証券を購入する投資家側の双方にとってメリットがあるからである。不動産オーナーにとっては、手持ちの不動産を有効活用したり遊休不動産を手放そうとしても、分割・小口化することが困難な不動産取引の特性にかんがみれば、機動的な売却は困難である。そうした中でREITは低金利下でも有利な投資対象として注目されているため、資金力も豊富で購入意欲も旺盛な買手として有力である。投資家にとっては、低金利下において預貯金はもとより通常の株式よりも高い利回りが期待できるREITは魅力的な金融商品である。両者のメリットが合致してREITは成長している。これが東京などを中心に商業不動産市場を活性化させる要因の1つとなっている。

REITの投資家で目立つのは金融機関である。投資口数ベースで買い手の構成比(2004年)をみると、金融機関が42%であり、個人が22%、外国人が21%となっている29。金融機関は法人向け貸出の伸び悩みに直面しており、有利な運用先としてREITへ投資したり、REITが物件取得のために必要な資金を貸出したりもしている。こうした傍ら、顧客向けにREITを組み込んだ投資信託(ファンド・オブ・ファンズ30)の販売にも力を入れている。

東証REIT指数は上昇が続いているが、配当利回りは低下傾向にある。これは、高人気を背景に値上がりが著しいことや、収益性が高い優良物件の取得難によるものである。今後については、1REIT投資が過熱して、収益性対比で割高な不動産を購入して収益性下落を招かないか、2REITによる投資が、対象となった不動産の再生や中長期的な有効利用につながるか、3REITにおいて利益確定のための売却が市場の値崩れを呼ばないか、などに留意が必要である。

 今後の地価動向

地価は地方圏でも下落率が縮小するなど持ち直し傾向が強まっている。このため、企業や家計のバランスシートに負の影響を与えて不良債権化を引き起こすリスクは低下しつつあると考えられる。

地価の先行きに関する企業と家計の見方を整理しておこう。「土地投資動向調査」(国土交通省)によれば、東京・大阪に本社のある企業は、地価の持ち直しを予想しており、東京については2004年9月調査でプラスに転じている(付図1-6)。家計に関しては、「生活意識に関するアンケート調査」(日本銀行)で今後の地価動向に対する見方を質問している。これによると、2002、2003年頃から「下落超」幅が次第に縮小し始め、2004年6月調査からプラスに転じ、その後2005年3月調査まで4回連続で「上昇超」で推移している。

 大都市中心商業地の不動産価格の先行き

不動産証券化などが都市部を中心に土地取引を活性化し、不動産価格の持ち直しにつながっている。大都市の中心商業地をみると、賃料はまだ下げ止まっていない一方で、期待利回りの低下が目立っており、これが行き過ぎないよう留意は必要である。内閣府では、賃料および期待利回りのデータを基に収益還元法に基づく単純なモデルを想定して、大都市中心商業地における商業用不動産の価格水準(土地、建物の合計)を試算した。東京や大阪などでは2004年頃から緩やかに上昇している(付図1-7付注1-6)。土地取引の活性化が今後、賃料の改善にもつながっていけば、不動産価格の持ち直しは一層しっかりとしたものになると考えられる。

4 デフレ脱却への動き

デフレとは物価が継続的に下落することであるが、日本経済は緩やかなデフレ状況が続いている。デフレ脱却に向けた動きの現状と課題を検討してみよう。

 デフレの現状

デフレ脱却へ向けた動きを消費者物価、国内企業物価、GDPデフレーターによって確認しておこう。

消費者物価は2003年後半以降下落率が縮小し、デフレ緩和の兆しが続いた。これは主として、医療費の自己負担分の上昇、米の価格上昇や、2004年初ごろからの国際商品市況の高騰を受け、輸入品を中心に物価上昇圧力が働いたことによる影響が大きかった。年後半以降は、米が下落に転じ、電話通信料や電気代の引下げもあり、前年比下落率がやや拡大する局面があったが、その後は、ガソリン等石油製品の上昇などから再び下落率が縮小している(第1-3-9図)。

国内企業物価は、2004年に7年ぶりに前年比上昇した31。この背景には、2004年初ごろから原油、鉄鋼、非鉄金属(ニッケル、銅など)など国際商品市況が上昇し始めた影響がある。これは中国の経済成長など世界経済が好調なことから素材需給の引き締まりが続いたことに加え、投機資金などの影響もあって騰勢が持続したものである。これを反映して、国内企業物価は2004年春から前年比でプラスに転じた。プラス要因のほとんどは、国際商品市況の影響を受ける石油・石炭製品、化学製品、鉄鋼、非鉄金属である。

GDPデフレーターは、1998年以降7年連続で下落している。2003年からは家計消費や設備投資デフレーターの下落幅が縮小する動きがみられ、住宅デフレーターは2004年にはプラスに転じている。

こうした物価の動向を総合的にみると、日本経済は依然として緩やかなデフレ状況にあると判断される。

(1)デフレ脱却のかぎを握る3つの要因

デフレの要因をみる場合、需要面、供給面、金融面からとらえることが有効である。以下ではそれぞれについて、現状を評価してみよう。結論を先に述べると、3つの要因を総合すると、かつてに比べればデフレ要因は弱まりつつあり、デフレ脱却に向けた動きに進展がみられる。

 需要面

需要面からみた場合、デフレ脱却への動きは2004年に景気が踊り場を迎えたことによってやや緩慢になった。第1節でみたようにGDPギャップ(潜在GDPに対する現実GDPの比率)は、2004年初には高い成長からマイナス0.7%程度まで縮小した。その後は、踊り場を反映して再びギャップが拡大した。2005年1-3月期には高い成長を反映してギャップは1年前の水準まで改善しているが、依然水面下にある。

 供給面

供給面からのデフレ圧力は縮小方向にある。消費者物価の変動を「輸入競合要因(電気製品)」、「輸入競合要因(電気製品を除く)」、「規制緩和要因」、「技術革新要因」などに分類してみよう32第1-3-10図)。

輸入競合要因(電気製品)は継続して物価下落要因となっている。輸入競合要因(電気製品を除く)は中国などからの安価な輸入品の増加によって物価の下押し圧力となっていたが、2003年以降は下押し圧力が緩和している(付図1-8)。2004年末ごろからは衣類などを主因に小幅ながら上昇方向に効いている。規制緩和要因は、電気・電話料金の値下げなどから下落圧力が拡大している。

この間、技術革新要因は、パソコンなどが価格対比での性能が向上したことにより実質的な価格が下落し、物価押下げ要因として働いている。

 金融面

デフレ脱却に向けては、マネーサプライ等の金融面の指標を注視する必要がある。このところマネタリーベースの伸びは低下しており、マネーサプライは伸び悩んでいる。後述するが、これは、企業の借入需要が本格回復しておらず、銀行の信用創造が活発化していないことが主因である。

他方で、不良債権処理の進展や景気回復の継続によって幾つか変化の兆しが現れている(第1-3-11図)。1主要行を中心とした不良債権問題が正常化したことにより、金融システム不安はほぼ解消している。これを反映して、企業からみた金融機関の貸出態度は改善している。2金融機関からみた企業の借入れ意欲も回復してきている。

こうした改善が続けば、銀行の信用創造機能が活発化し、マネーサプライの伸びにつながっていくことが期待される。

 物価の先行き

しかし、景気が踊り場にあることなどを反映して、消費者物価が前年比プラスに転じると市場が予想する時期は先送りされている。例えば、民間エコノミストの予測(ESPフォーキャスト調査)によると、長期金利が上昇した2004年7月の調査ではその時期は2005年7-9月期であったが、2005年6月調査では2006年1-3月期に遅れている(第1-3-12図)。

さらに、企業の物価見通しを各種アンケート調査などからみると(付図1-9)、仕入価格D.I.(短観)や仕入価格判断BSI(「法人企業景気予測調査」)はともに国際的な素材市況の高騰を映じて2004年第1四半期から上昇超に転じている。一方、販売価格D.I.(短観)や販売価格判断BSI(「法人企業景気予測調査」)は下落超幅を縮小させてきたが、2004年後半からは足踏み状態である。総じてみるとデフレ解消テンポがやや鈍っているようにうかがわれる。

中長期の物価見通しを把握する手段として、物価連動国債と通常の名目固定金利国債(それぞれ10年物)の利回り格差を計算する方法があり、これは、想定元金額が物価の動向に連動して増減する国債である物価連動債と残存期間が同じ固定利付債との利回り格差が、基本的にはその時点における市場の期待インフレ率に相当するという考え方である。利回り格差は2004年秋以降、10年平均でおおむね0.8%程度であったが6月には0.6%程度まで低下した。

なお、我が国の物価連動国債は、2004年3月に発行が開始されてから間もなく、発行量もまだそれほど大きくないことから、その利回りも流動性や市場のニーズなど、期待インフレ率以外の要因で変動している面も少なくないことに留意する必要がある33

このように、緩やかながら依然としてデフレが継続するなかで、物価の先行きの見方には、量的緩和政策を含む金融政策運営に対する評価が影響を持ち得ることから、物価に対する先行きの予想が高まりデフレ克服に資するよう、日本銀行においては、市場の動向や期待を踏まえつつ、実効性のある金融政策運営を行っていくことが重要である。

以上を踏まえ、重点強化期間におけるデフレからの脱却を確実なものとするよう、政府は日本銀行と一体となって政策努力を強化・拡充することが必要である。

(2)素材価格の上昇が物価全般に波及していないのはなぜか

2004年春以来、原油や鉄鋼等の素材価格の上昇から国内企業物価は上昇が続いた。これまでの経験からは、こうした原材料コストの上昇は早期に消費者段階へ転嫁されると予想された。しかし、今回は転嫁が進まずデフレが持続している。この問題を考えてみたい。

 素材価格の上昇は国内企業物価の最終財に波及していない

国内企業物価を需要段階別にみると、素原材料や中間財までは価格が上昇しているが、最終財では緩やかな下落が続いている(第1-3-13図)。また、業種別では、素原材料の割合が高い素材業種では物価が上昇したが、最終財の割合が高い加工業種ではあまり上昇していないかむしろ下落した。

企業物価指数は一部の業種(電力・都市ガス・水道など)を除けばほとんどが製造業である。製造業は非製造業に比べると投入構造における財の割合が高いため、投入財の価格変動に大きく左右される(付図1-10)。さらに、素材業種と加工業種を比べると、素材業種では投入構造に占める素原材料の割合が高いため、素原材料コストの上昇に伴う製品価格の上昇が大きくなるのに対し、加工業種では素原材料の割合が低いため、製品価格の上昇も低い。

回帰分析でもこれは確認された。被説明変数に業種ごとの企業物価上昇率、説明変数に業種ごとの投入物価上昇率、製品需給の変化(=稼働率もしくは需給D.I.)、単位当たり労働コスト上昇率(賃金上昇率マイナス労働生産性上昇率)を用いて分析してみると以下が分かった(付表1-11)。

1 素材業種では、投入コストと需給が企業物価上昇に有意に効いており、素原材料価格の上昇を映じて、企業物価が上昇している。

2 加工業種では、需給と単位当たり労働コストが企業物価上昇に有意に効いており、景気回復に伴って需給引き締まりが企業物価を押し上げている一方、単位労働コストの低下が企業物価を押し下げている。単位労働コストが低下しているのは、労働分配率を下げるための賃金抑制や生産性向上の表れである。他方、投入コストは企業物価上昇に有意に効いていない。

国内企業物価に占める素材業種と加工業種の構成比はおよそ1対2程度であり、加工業種の割合が大きい。今回は、加工業種の価格上昇が低いため、70年代とは異なり国内企業物価の上昇はより緩やかなものとなっている。

 消費者物価の上昇がみられない要因

国内企業物価が経済の「川上」に近い価格動向であるのに比べると、消費者物価は「川下」に近く、財関連の品目とサービス関連の品目の構成比(ウェイト)は約半分ずつである。サービス関連の価格の前年比は、2004年末以降公共料金の引き下げから下落しているものの、これまでほぼゼロ近傍で推移してきたのに対し、財関連の価格は前年比マイナスで推移している34。財関連の価格は素材業種よりは加工業種の物価動向を反映しやすいため、上でみたように需給要因や単位労働コストの影響を受けやすいと考えられる。

これは回帰分析でも確認できた。被説明変数は財価格上昇率とし、説明変数は単位当たり労働コスト上昇率、期待物価上昇率、需給D.I.、国内企業物価上昇率とした(第1-3-14図)。結果は、国内企業物価以外は有意であり、需給D.I.が「供給超過」であることが下押しに効いているほか、単位労働コスト上昇率が低下していることも下押しに効いている。需給が「供給超過」であることは、消費者物価が下落し始めた98年以降一貫して下押しに効いており、2004年でも下押しの半分から3分の1程度を説明しているが、景気回復に伴ってその下押し圧力は緩やかに低下している。単位当たり労働コストは下押しの2割前後を説明し、これまでのところは下押し圧力が続いている。期待物価上昇率は2001~2002年には大きく下押しに寄与していたが、2003年以降はゼロ近傍で推移している。

消費者物価のウエイトの半分を占める財価格は、需給が引き続き「供給超過」であることと生産性向上などを映じて単位労働コストが低下しているために下落している。これが消費者物価に上昇がみられない主な要因となっている。

5 重点強化期間への課題

2004年度までの集中調整期間において、バブル崩壊後の負の遺産からほぼ脱却したことを明らかにした。その経済的な成果として次の2点を挙げることができる。1人、財、資本という経済の基本的な資源の配分が弾力化していることを反映してマクロ経済指標が改善している。失業率は着実に低下し、また、資源配分の効率性が高まり経済全体の生産性(資本や労働に帰することのできない全要素生産性)の持ち直しが持続している(前掲付注1-1)。2過剰問題がほぼ終息したことによって、市場における資源の余剰が縮小した。そのため、価格変動が資源配分に与える効果が現れやすくなり、徐々にではあるが価格シグナルが働きやすい環境が整いつつある。

しかしながら、これらの成果は経済全体として大きな成果に結実するところまではまだ到達していないと言えよう。市場の期待成長率は低いままであり、消費者物価が前年比プラスに転じると市場が予測する時期も先送りされている。こうした背景の一つに、分野を超えた成果の伝播が遅れていることが考えられる。こうした問題意識の下に、重点強化期間(2005~2006年度)の課題を検討してみたい。

 構造改革の目的

市場経済における構造改革の主要な目的は、市場の機能を阻害するような規制や制度を始めとする要因を改革することによって、価格の伸縮的な動きを回復させ市場の機能を十分働かせることである。こうした改革を通じて、直接的には国民の選択肢が増え、生活水準の向上が期待できる。さらには、人、財、資本という経済的な資源が生産性や収益率がより高い分野に配分されることによって供給サイドの強化が可能となる。

90年代以降の日本経済が抱えていた過剰雇用、過剰設備、過剰債務は市場メカニズムの機能の阻害要因として働いてきた。過剰雇用によって、労働市場の需給は長期にわたって緩和した。過剰設備によって、技術革新が生産性上昇に結びつくような設備投資が抑制された。過剰債務によって企業収益は圧迫され、他方、企業は借金返済を優先したことから、雇用創出は先送りされ設備投資は停滞した。このような3つの過剰の調整が進展するまで、価格が資源配分に前向きな役割を果たすことは難しく、供給力の強化には結びつきにくい状況であった。

集中調整期間において、人、財、資本が各業種にどれだけ流動的に配分されるようになったかを調べてみよう。産業間の資源配分の流動性を示す指標として「リリエン指標」がある。これは、生産要素(雇用、投資、資金など)の伸び率に着目して、経済全体でみた伸び率に比べて産業ごとの伸び率がどの程度異なっているかを計算するものであり、一般的に数値が大きいほど、産業毎に流動的かつ強弱のある(メリハリの利いた)資源配分が行われていることを示している。試算によると、集中調整期間においては雇用、投資、資金のいずれをとっても移動が活発になり、流動性が高まったことが分かる(第1-3-15図)。このことは、収益性が高い成長分野に生産要素が徐々に配分されるようになり、持続的な成長基盤の構築へ向けた動きが進むとともに、供給サイドが強化されつつある可能性を示唆している。その結果、経済全体の生産性の上昇、潜在的な供給力(生産フロンティア)の拡大が実現していくことが期待される。

このような動きを示す幾つかの事実としては、ITバブル崩壊後に賃金費用が急速に削減されたことは雇用リストラの大きな一歩となり、その後の企業体質の改善につながっていったことや、産業再生を通じて債務過剰企業の再生整理への取組が進んだことは、金融機関の貸出の効率性を改善させる効果をもったことなどが挙げられる。

 数量調整の進展により過剰は解消

数量調整の進展から過剰問題はおよそ終息したが、分野によっては幾つかの課題も残っている。

1雇用の過剰解消の動きは、オークン係数(失業率の1%ポイントの低下に対して増加する成長率で示される)にも表れている。1980年以降の推計結果(付注1-7)によると、90年代後半に比べて近年は係数が小さくなっている。これは、90年代後半には雇用保蔵(=過剰雇用)が行われ、生産の変化に比べ失業の変化が小さかった影響が大きい。その後の雇用リストラを経て、最近では着実に失業者が減少しており係数が小さくなっている。このことから、労働市場は徐々に効率性が高まっていると考えられる。しかし、ミスマッチによる構造的な失業者が多い問題や、フリーターやニート(学校卒業後、就業せず職業訓練中でもない)という若年者の就業や雇用に関する問題が残っている。

2設備については、企業の設備過剰感は2005年に入ってほぼ解消した。しかし、投資の力強さは欠けている。今後の投資にとっては、デフレ脱却が明確になること、企業家の期待成長率が着実に上昇することなどの環境整備が求められている。

3債務については、有利子負債キャッシュフロー比率がバブル前の水準に低下するなど、過剰債務はほぼ解消した。しかしながら、銀行貸出は減少を続けており、量的緩和政策の継続により銀行貸出の増加に寄与することが期待される。

 価格シグナルの効果発現が重要

このように、資源配分の効率化に向けては一歩を踏み出しているが、価格シグナル機能が十分働く状態まではまだ到達していない。重要なのは、これまでのように過剰が調整される下での価格下落は、労働や資本の前向きの資源配分、すなわち生産性や収益性が高い分野への移動に直ちにはつながりにくい点である。また、金融面では利子率はマイナスにはならないため、デフレ下においては実質金利が高止まりしてしまうという問題があり、価格調整には限界がある。したがって、こうした観点からもデフレ脱却が重要であり、また、これからは過剰の解消を経て、価格がより伸縮的に動くようになり、そのシグナルにしたがって生産性や収益性が高い分野へ生産要素が確実に移動することが課題である。

 供給力の強化に向けて

供給面において90年代後半から生じている大きな変化、すなわち、労働力人口(15歳以上のすべての働く意欲のある人)の減少を考えれば、供給力の強化はなおさら重要である。労働力人口は98年に伸びが大きく鈍化し、99年には減少に転じた。それ以降2004年まで6年連続の減少が続いている。その要因として、15歳以上人口の減少傾向や労働力率の低下(特に高齢者における低下)が挙げられる。雇用という生産要素がより希少な資源となる環境においては、それにマッチするように財や資本が弾力的に配分され、結果として人、財、資本がより効率的に結合することが必要になる。

供給力の強化にとって重要な点をまとめておきたい。第一は、供給の要素そのものを増強することである。第二は、価格シグナルが十分にその役割を果たすことである。第三は、資源の効率的配分が進む分野の動きが他の分野へ波及することである。

第一の供給の要素を考えてみたい。労働供給の減少は供給力を低下させる。したがって、高齢者や女性を中心に働く意欲のある人が活躍できるように労働市場の更なる改革が求められている。また、教育を通じて労働者の質が上昇すること、あるいは転職を通じてより適性が発揮できるような仕事に就くことなども供給力の強化につながる。また、資源配分の効率化の効果も働き、このところ全要素生産性は上昇傾向にある。これからも技術革新の成果を発揮する資本の蓄積を促進し、イノベーションを製品に結実させていくことなどにより、生産性上昇に向けた取組を強めていくことが必要である。

第二の価格シグナルについては、徐々にそれが働く環境が整いつつあり、構造改革の成果を結実させる上ではチャンスである。構造改革によって市場メカニズムの働きを阻害する要因を取り除き、市場の力で人、財、資本の配分や結合を効率化させる上では、価格の変動が重要な役割を果たすからである。今後とも、構造改革を通じて制度を改革し、市場のゆがみをなくし価格の伸縮性を強めていくことが必要である。同時に、景気回復をより着実なものにしていくことによって、期待成長率の上昇やデフレ脱却の着実な見通しが共有されることも価格シグナルが十分に働くための重要な環境となる。

第三に、他の分野への波及については、改革の伝播が重要である。数量調整が最も進んでいる雇用分野を取り上げると、調整の進展が経済全体にプラスの波及効果を持つためには、賃金の動きがかぎである。賃金動向の錨(いかり)となるのは労働生産性上昇率であり、それに見合った実質賃金の上昇が起こるかどうかがポイントになる。第1節で分析したように、過剰雇用が調整される過程において実質賃金の伸びは労働生産性上昇率を下回り、その結果、労働分配率は低下してきた。雇用情勢の改善が労働生産性上昇率に見合った実質賃金の上昇に結びつけば、労働市場での構造改革の進展が需要全体の底上げにつながっていくであろう。また、研究開発や将来性のある市場分野(環境、医療介護等)への先行投資が着実な投資の収益を確保することは、投資の限界効率を高めることであり、そうした市場分野が成長するだけではなく、資本の配分における前向きの動きを後押しすることになる。このように、成果が上がる分野から他の分野へ改革の連鎖をつなげ伝播経路を強化することが必要である。