第2節 高齢化・人口減少の下での経済成長の展望

前節でみてきたように、我が国における急速な少子・高齢化の進行により、生産年齢人口は、既に1995年をピークに減少に転じているほか、総人口も2006年をピークに減少に転じることが見込まれている。このような人口動態における大きな変化が、我が国経済社会に与える影響としては、大きく以下のようなものが考えられる。

第1は経済成長への影響である。少子化による生産年齢人口の減少により、経済成長に対する労働投入の寄与は低下していくと考えられる。また、人口に占める高齢者の比率の高まるなかで、国全体としての貯蓄率が低下すれば、資本投入による経済成長への寄与も小さくなっていく可能性がある。このように、高齢化・人口減少は、長期的に経済成長を決定する主要な生産要素である労働、資本の伸びの減少等を通じ、経済成長を鈍化させる懸念がある。

第2は公的部門への影響である。人口減少やそれに伴う経済成長の鈍化により税収が減少する懸念があるほか、少子・高齢化の進展に伴い社会保障制度の支え手である現役世代に対する受給世代の比率が高まることにより、社会保障制度をめぐる状況は厳しさを増すことが見込まれる。また、現在の給付水準を維持しようとすれば、現役・将来世代の費用負担が大幅に増加することになる。このような財政・社会保障制度をめぐる環境の悪化と世代間格差の拡大は、公的部門の持続可能性を大きく低下させるのではないかとの懸念がある。

第3は以上のような社会保障負担を中心とする国民負担率の過度の高まりが、現役世代を中心とする家計や企業の可処分所得を低下させるとともに、労働意欲や設備投資意欲を阻害すること等により経済成長を更に低下させるのではないかという懸念である。

本節においては、このうちの第1の問題である経済成長への影響を検討する。第2、第3の問題については第3節で検討する。

1 これまでの日本の経済成長の姿

 人口増加率と経済成長

我が国の実質経済成長率の長期的な推移をみると、60年代平均10.0%、70年代平均4.4%、80年代平均4.3%、90年代平均1.3%とすう勢的に低下してきている(第3-2-1図)。また、人口一人当たり経済成長率は全体としての経済成長率から人口増加率を引いたものとして表されるが、これも同様に低下傾向にある。

一般に人口が増加しているときには、全体としての経済成長率より一人当たり経済成長率は低くなるが、人口増加率の鈍化に伴い、最近では両者の差が縮小してきている。さらに、今後総人口がピークを迎え減少に転じれば、全体としての経済成長率よりも一人当たり経済成長率の方が高くなる。

 潜在成長率の低下

以上のような経済成長率のすう勢的な低下の背景には、潜在成長率(インフレを加速することなく、資本ストックや労働力を過不足なく活用した場合に達成し得る経済成長率)の低下がある。我が国の潜在成長率の推移をみると、80年代後半のいわゆるバブル期には4%を上回っていたものの、90年代前半には2%強、後半には1%強まで落ち込んだ。足元の潜在成長率は2001から2002年度の平均で約1%と、引き続き低い水準にある(第3-2-2図)。

一般に経済成長を供給面から規定する主要な要因として、(1)労働、(2)資本、(3)全要素生産性(技術進歩や人的資本の向上等)が挙げられる。成長会計(30)の手法により我が国の潜在成長率をこれらの要因の寄与に分解してみよう(前掲第3-2-2図)。これによると、労働投入は80年代平均で0.5%ポイントの寄与を示していたが、90年代にはマイナスの寄与に転じており、足元では0.5%ポイントのマイナスの寄与になっている。これは労働時間の短縮や構造的な失業率の上昇による潜在的な就業者数の減少といった要因等のほか、少子化の影響により生産年齢人口の伸びが鈍化・減少していることの影響が既に出始めていることによるものである。

また、資本投入はプラスの寄与を保っているものの、80年代平均の2%ポイント程度の寄与から、90年代平均では1.5%ポイントに低下しており、足元では1%ポイントの寄与にとどまっている。これは、企業の期待成長率が低下するなかで設備投資が抑制され、資本ストックの伸びが鈍化していることによるものと考えられる。

さらに、全要素生産性についても、80年代には1.2%ポイントの寄与と大きく潜在成長力を押し上げてきたが、90年代には0.7%ポイントの寄与に低下し、足元でも0.6%ポイントの寄与にとどまっている。

このように、日本の潜在成長率は近年になってかなり低下してしまっているが、これは新しい環境に対応した経済システムへの転換が遅れていることにより、資本ストックや全要素生産性の伸びが鈍化したことによる部分もある。構造改革を通じた経済の活性化により日本経済が持続的な成長経路に乗れば、潜在成長率を向上させることは十分可能である。

2 高齢化・人口減少の下での経済成長

 悲観論と楽観論の整理

構造改革を通じた経済活性化により、資本ストックや全要素生産性の寄与を高め、潜在成長率を引き上げることが可能であるとしても、より中長期的には高齢化・人口減少が経済成長の制約要因となることが懸念される。

人口動態の変化が経済成長に与える影響については複数の論点が考えられ、その影響についても悲観論、楽観論の双方が唱えられている。以下、主要な論点とそれをめぐる悲観論と楽観論を簡潔に整理してみよう。

第1の論点は、人口規模と経済成長に関するものである。一般に他の条件が一定であれば、人口が多いほど、一国全体としての経済規模が拡大し、同一製品の生産規模拡大等による生産性の向上が期待できる(31)。しかし、総人口が減少に転じれば、一国経済の規模も縮小し、このような規模の経済による経済効果が失われる可能性がある。

一方、このような懸念に対しては、1億人を優に上回る人口がある程度減少したところで、規模の経済の経済効果が失われることはないといった反論があり得る。また、例え人口減少により経済規模が縮小するとしても、経済厚生の水準をみる上での基本的な指標となる一人当たりGDPが向上すれば問題とはならないとの見方もある(コラム3-2参照)。

第2の論点は、労働投入と経済成長に関するものである。少子化により現役世代の人口が減少すると、労働力率が一定であれば労働力人口が減少し、経済成長への労働投入の寄与がマイナスに転じる。更に、人口に占める高齢者比率の高まりにより平均的な労働力率が低下すれば、更に労働投入が少なくなる。

このような懸念に対しては、前節で検討したように、現在、就業意欲があるのにも関わらず、必ずしも十分にその能力を活用できていない女性や高齢者の就業を促進するとともに、外国人・移民労働者を活用すれば労働力人口の減少をある程度相殺することは可能であるとの見方ができる(32)。また、労働力人口の減少が資本装備率(就業者一人当たり資本ストック)を高める方向に作用する(33)ほか、効率的な生産方法や技術革新を促進すること等を通じ、全要素生産性が向上する可能性もある。さらに、労働集約的分野の生産を発展途上国に移行しつつ、知識・技術集約的な分野への労働移動を進めることにより、労働力不足を緩和するとともに、全要素生産性を高めることが可能であるとの見方もできよう。

第3の論点は、資本投入と経済成長に関するものである。ライフサイクル仮説を前提とすれば、高齢化により貯蓄をする年齢層に比べそれを取り崩す年齢層の比率が高まることから、平均的な家計貯蓄率は低下し、これが金利上昇による投資抑制を通じて資本ストックの蓄積を阻害し、経済成長率を押し下げることが懸念される。また、高齢化に伴う社会保障関係支出の増加により一般政府の貯蓄・投資バランスが悪化すれば、これも一国全体の貯蓄率を低下させ、経済成長の阻害要因になる可能性もある。

このような懸念に対しては、遺産動機等から高齢者は貯蓄を取り崩すとは限らず、ライフサイクル仮説が説くように高齢化が進行しても貯蓄率が低下するとは単純にはいいきれない、また、高齢者や女性の就業率が高まれば、一方的な貯蓄率の低下傾向に歯止めがかかるとの見方もある。さらに、マクロ的な貯蓄率の低下により国内の貯蓄を原資とする資本ストックの蓄積が滞ったとしても、海外からの円滑な資本流入を確保できれば資本ストックの蓄積が阻害されない可能性もある。

第4の論点は、技術進歩や人的資本と経済成長に関するものである。一般に若年層は新しい技術の受容や創造の面で優れていると考えられるが、少子・高齢化によって若い労働力が減少するなかで、若年層にみられる創造性や積極性の発揮が経済全体で乏しくなるとの懸念がある。また、高齢化により医療・介護等の労働集約的産業の経済に占めるウエイトが高まれば、今後稀少となる労働力を多く投入する必要が生じるほか、経済全体の生産性の伸びが低下する可能性もある。

このような懸念に対しては、一般に各個人が修得し培う知識・技能・ノウハウ等の人的資本量は経験の蓄積とともに向上することから、労働力の質はある一定の時期までは年齢の高まりに比例して向上するのであり、一概に高齢化により経済の生産性が低下するとは限らないとの意見があり得る。また、前述の通り、労働力の減少が労働節約的な生産方法や技術進歩を促す可能性があるほか、少子化の進行は一人当たり教育投資の増加を通じ、人的資本の質を高める効果を持つ可能性もある。

コラム3-2 マクロの経済成長と一人当たりの経済成長

高齢化・人口減少の下での経済成長の在り方を考えるにあたっては、マクロでみたGDP成長率と一人当たりGDP成長率のどちらを重視するのかが問題となる。高齢化・人口減少の下では、マクロ的なGDPは減少していても、一人当たりGDPは増加している可能性もあるからである。

コラム1-2でもふれたとおり、マクロのGDPは、一国経済の活動を「生産」、「所得」、「支出」の各側面から一体として把握できる指標であり、一国の経済規模をみる上で有効な指標である。他方、一人当たりGDPは経済発展の度合いを人口規模との相対的な関係でみるものであり、国民一人当たりの平均的な生産性、所得・支出の水準を示す。その意味で、国民一人一人の平均的な生活水準を議論する場合には、一人当たりGDPの成長率が重要となる。例え人口減少によりマクロのGDPが減少しても、一人当たりGDPが増加しているのであれば、問題はないということになる。

しかし、以上の議論は人口の年齢構成の変化やそれに伴う財政・社会保障制度の持続可能性の問題を考慮してない。現在、我が国の社会保険制度においては、現役世代からの保険料収入等の多くが高齢世代への給付の財源に充てられている。このようななかで、少子・高齢化が進行し社会保険給付の主たる受給者である高齢者の比率が高まれば、現役世代からの保険料収入等に対し、高齢世代への給付が大きくなることから、財政・社会保障制度の持続可能性に問題が生じる。したがって、少子・高齢化の下で財政・社会保障制度の持続可能性を維持する上では、現役世代の人口の減少による影響を緩和するため、マクロのGDPの動向も重視していく必要があるということになる。

 クロスカントリー・データ等から得られる含意

以上のように高齢化・人口減少が経済成長に与える影響には複数の経路が相互依存的に関連しており、将来的に悲観論と楽観論のどちらがより現実のものになる可能性が高いのか、さらにこれらの要因がもたらすプラスの影響、マイナスの影響がどの程度のものになるのかを検討することは重要である。ここでは人口増加率や高齢化の進展度合いの異なる国々の観測データを比較すること等を通じ、(1)人口減少が経済成長に与える影響、(2)少子化による生産年齢人口の減少が労働生産性に与える影響、及び(3)高齢化が貯蓄率や資本蓄積に与える影響の3つの論点について検討してみよう。

 人口減少と経済成長

最初に、人口の減少が経済成長率にどのような影響を及ぼすかについての手がかりを得るため、OECD諸国における1971~2001年の期間における人口増加率と経済成長率の関係をみてみよう(第3-2-3図)。これによれば、両者には緩やかな正の相関関係がみられる。これは人口増加が労働力投入の増加を通じ経済の供給力を拡大させること等による、当然の結果であるといえる。このような結果は、人口増加率が鈍化したりマイナスになるなかで、他の条件が一定であれば、経済全体としての成長率も低下ないしマイナスになる可能性が高いことを示唆する。

しかしそれと同時に、全体を通じてみられる傾向線からの各個別国のかい離も比較的大きくなっており、人口増加率は一国全体の経済成長率を決定する上で重要な要因の一つではあるものの、資本ストックや技術水準、人的資本といった他の経済の基礎的諸条件も同様に重要であることが分かる。

そこで、同じサンプルを用いて人口増加率と一人当たり経済成長率の関係をみると、全体として正の相関がみられなくなる(前掲第3-2-3図)。これは、一人当たりGDPの成長率は人口増加率とは無相関であり、他の経済の基礎的諸条件の高低によって決定されることを示している。

 少子化と労働生産性

以上のように、人口の減少が進むなかで経済成長を維持するためには、人口以外の経済の基礎的諸条件の向上を通じて一人当たりの生産性を高めることが重要となる。特に、少子・高齢化が進行するなかにあっては、総人口の減少に比べて生産年齢人口の減少のスピードが速くなることから、労働生産性(就業者一人当たりの生産性)を高めることができるかどうかがかぎとなる。

それでは、就業者の増加率と労働生産性の伸び率にはどのような関係があるのだろうか。先程と同様にOECD諸国における就業者数の増加率と労働生産性上昇率の関係をみてみると、緩やかな負の相関が認められる。これは、就業者数の増加率が鈍化・減少するほど、労働生産性の上昇率が高まる傾向があることを意味する(第3-2-4(1)図)。一般に労働生産性の上昇は、就業者一人当たりの資本ストックが増えることによる部分と、技術進歩や人的資本の向上等による部分とに分けて考えることができる(34)。これに基づき、労働生産性の上昇率を資本装備率の上昇率と全要素生産性の上昇率とに分けて考え、両者の伸びと就業者数増加率の関係をみてみよう(35)

まず、資本装備率上昇率と就業者数上昇率との間には比較的明瞭な負の相関関係がみられる(第3-2-4(2)図)。これは就業者数の伸びが鈍化・減少するなかで、就業者一人に対する資本ストック量が増加することによるものであるが、これが労働生産性を向上させる方向に作用しているものと考えられる。

また、全要素生産性上昇率と就業者数増加率の関係をみても、緩やかな負の相関関係が認められ、就業者数増加率が低いほど全要素生産性の伸び率が高いという緩やかな傾向が認められる(第3-2-4(3)図)。これは、少子化やそれに伴う就業者数の伸びの鈍化・減少が、効率的な生産方法や技術進歩を促進すること、あるいは一人当たり教育投資の増加により人的資本が向上すること等を通じて、全要素生産性を高める可能性があることを示唆している。

 高齢化と貯蓄率、資本流入

今後経済成長を維持する上では、全要素生産性の向上とともに、良質な資本ストックの蓄積が重要である。資本ストックの蓄積は、一国全体の貯蓄(国民貯蓄)と海外からの資本流入を原資として行われるが、高齢化と国民貯蓄率との間にはどのような傾向がみられるだろうか。高齢化の進行度の代理指標として老年人口比率を用い、主要先進国における少子・高齢化と国民貯蓄率の時系列的な関係をみてみよう。これによると、景気変動等により一部不規則な動きもみられるものの、両者の間には緩やかな右下がりの相関関係が認められ、少子・高齢化が国民貯蓄率の低下をもたらしていることが分かる(第3-2-5図)。

我が国における貯蓄・投資バランスをみると、全体としてみれば、国際的にみても極めて高い家計の貯蓄率が法人部門や政府部門の投資超過を補って余りあったことから貯蓄超過となり、それに対応して経常収支が大幅な黒字を続けてきた。しかし、最近では、我が国における貯蓄超過に大きく寄与してきた家計の貯蓄超過幅が縮小傾向にある(36)第3-2-6図)。このようなことから、高齢化の進行に伴い、家計の貯蓄率が更に低下するとともに、社会保障給付を中心とする歳出の増加により政府部門の投資超過幅が更に拡大した場合、自国の貯蓄のみが設備投資の主要な源泉である限りにおいて、資本ストックの蓄積が阻害され、経済成長率は低下していく可能性が高い。

それでは、自国における貯蓄不足を、海外からの資本流入により補完することは可能だろうか。本来、国際資本移動が完全に自由であれば、各国の貯蓄は世界中の投資機会に反応するとともに、各国の投資は世界中の貯蓄の拠出により賄われることから、国内の貯蓄と投資の間には何ら相関関係が存在しないはずである。しかし、フェルドシュタイン・ホリオカ(1980)は、OECD諸国間の貯蓄率と投資率のデータを用いた分析から、両者に明瞭な正の相関関係が存在することを明らかにし、国際資本移動の自由化後においても、海外投資に伴う情報不足や不確実性等の理由により、ある国における貯蓄の増分はその国内における投資に振り向けられる傾向が強いと主張した(37)付表3-2(1))。

フェルドシュタイン・ホリオカの分析は国際資本移動の自由化が本格化し始める70年代から間もなくの時期に行われたが、依然この仮説は有効なのであろうか。それを検証するために、フェルドシュタイン・ホリオカと同様の分析をその後の時期のデータをサンプルとして行ってみよう。それによると、投資率の変動に対する貯蓄率の係数の値は大きく1を下回っており、また、最近時点になるほどその値が低下してきている(付表3-2(2))。さらに、フェルドシュタイン・ホリオカで用いられた推計法より統計手法として優れているとされているパネル分析により同様の推計を行うと、そのような傾向が更に明瞭に認められる(付表3-2(3))。

この推計結果からは、フェルドシュタイン・ホリオカが主張したような国際的な資本移動の制約は近年緩和されてきており、自国の貯蓄が不足した場合には国内の投資収益率が高い限り、海外資本が流入しやすい環境が整ってきていることが示唆される(38)

以上の結果はOECD諸国全体の傾向をみたものであるが、日本では果たして自国の貯蓄の動向とは独立的に、海外からの資本流入を利用した投資が行われるような状況にあるのだろうか。これを検証するために、日・米・英・仏・独5カ国のデータを用い、個別国ごとに投資率と貯蓄率の時系列的な変動の関係を推計してみると、米・英・仏では投資率の変動に対する貯蓄率の影響は小さく、また説明力も弱いが、日・独では投資率の変動に対する貯蓄率の影響は大きく、説明力も高いことが分かる(付表3-3)。

実際に我が国おける貯蓄率と投資率との長期的な関係をみると、大幅な経常収支黒字を背景に対米向けを中心に対外直接投資が進んだ1980年代を除けば、ほぼパラレルに動いており、特に90年代以降は国民所得の低迷や高齢化等により貯蓄率が低下するのと歩調を合わせるように投資率も低下しているという姿がみてとれる(第3-2-7図)。

つまり、我が国においては投資の動向は自国の貯蓄の動向に規定される傾向が非常に強く、このような構造を維持した場合、高齢化等により中長期的に国民貯蓄率が低下するなかで、高い水準の投資率を維持できなくなる可能性もある。我が国への資本流入を促すため、経済活性化を通じて我が国の投資収益率を高めるとともに、資本流入に対する種々の障害を除去すること等を通じ、我が国を海外にとって投資魅力の高い国にしていく必要がある(コラム3-3参照)。

 高齢化・人口減少の下での持続的経済成長に向けた戦略

以上のように、人口の増加率と全体としての経済成長率の間には一定の関係がみられることから、人口の伸びが鈍化・減少していくなかで、他の条件が一定であれば経済全体としての成長率も鈍化せざるを得ない。しかし、具体的にどの程度の成長を期待することができるかは、人口動態の変化、女性や高齢者の労働力率の動向、国内の貯蓄率や海外貯蓄の利用可能性、全要素生産性の動向等多くの要因に依存している。また、高齢化・人口減少が経済成長に及ぼす影響は決して確定的なものではなく、経済の活性化に向けた主体的な取組により、マイナスの影響を相殺することは可能である。

経済活性化のために我が国がどのような取組を行うべきかについては、平成14年度年次経済財政報告において詳しく論じた。そのポイントを述べると、まず、足元における経済の長期低迷を脱却し、持続的な経済成長経路に復帰するため、過去の「負の遺産」である不良債権処理の抜本処理を行うとともに、活力ある経済を実現するための構造改革を通じて生産性の向上を図ることが必要である。具体的には、規制改革等による民間部門の事業分野の拡大、不良債権処理の加速等を通じ、低生産性部門に固定されていた労働力、経営資源、資本をより生産性の高い部門に再配分することが重要である。

さらに、高齢化・人口減少による生産年齢人口の減少、貯蓄率低下等の成長制約要因が本格化してくる中長期においては、労働力が稀少となっていくことから、女性や高齢者の労働力率を高めるとともに、労働生産性を高めていくことが基本的な戦略である。労働生産性は人口の減少による資本装備率や全要素生産性の上昇率の向上により促進される面もあるが、良質な資本ストックの着実な蓄積、研究開発投資の活性化を通じた技術革新、教育投資を通じた人的資本の向上といった取組を通じ、政策的にもその引上げを図っていくことが重要である。また、少子・高齢化による高齢者比率の高まりはマクロの貯蓄率を低下させ、資本蓄積が停滞する可能性もある。我が国においては過去に蓄積した豊富な金融資産や対外純資産を保有していることからすぐに必要な設備投資の原資が調達できなくなるということは考えにくいものの、より長期的には海外からの資本流入が円滑に行われる環境を整備することが必要である。

以上のような取組により、全体としての経済成長率が減少するような場合にも、労働生産性の伸びが維持されれば一人当たり経済成長率をプラスに維持することは可能であるし、さらに、全要素生産性の伸びによる労働生産性の上昇が就業者数の減少を上回れば、人口減少の下でも全体としての経済成長をプラスに維持することも可能である。このように、高齢化・人口減少の下でどの程度の経済成長を達成できるかは、今後の政策努力によるところが大きいといえる。

コラム3-3 対内直接投資の活性化の必要性

我が国への対内直接投資は、90年代前半は1,000億円を下回る状態が続いたが、97~98年に4,000億円程度となった後、99年には金融・保険業向けの大幅な増加が寄与して1兆4,500億円余と過去最高を記録した。2000年、2001年も高い水準を維持し、2002年には本邦グループ企業の再編や財務体質改善の動きを背景に、過去2番目の1兆1,600億円弱を計上した(39)

しかし、対内直接投資累積額の対名目GDP比をみると、日本は1.2%と、二桁を記録している他の主要国に比べて格段に低い水準にある(図1)。また、対内外投資比率をみると、直近年(2002年)においても対内直接投資は対外直接投資の3割弱となっており、大幅に不均衡となっている。

一方、対内直接投資の収益率をみると、日本は主要国の中でもスウェーデンやスイス、カナダ、イギリスと並んで8%台(過去5年平均)と、高い水準となっている(図2)。これは我が国が投資収益率の面では魅力的であるのにもかかわらず、それが海外に十分に認知されていないことや、規制や日本特有の商慣行、初期投資コストの高さ等が円滑な事業運営への障害となり、高い投資収益率に見合った資本流入が行われていないことを示唆している。しかし、このことは同時に、これらの障害を取り除くことにより、今後、海外からの資本流入を増加させる余地の大きいことも示している。

このようなことから、本年1月の総理の施政方針演説において、「対内直接投資残高を5年後に倍増すること」が表明されるとともに、これを受けた対日投資会議において本年3月「対日直接投資促進策の推進について」が決定された。この方針の下、政府は、(1)行政手続の見直し、(2)事業環境の整備、(3)雇用・生活環境の整備、(4)地方と国の体制整備、(5)内外への情報発信、の5つの重点分野における74の施策を推進し、対内直接投資の促進に取り組むこととしている。

3 マクロ経済モデルによる経済成長シミュレーション

 シミュレーションの概要

以上のように、高齢化・人口減少の下での経済成長の姿は多くの要因に依存しており、今後期待することができる経済成長の姿については、相当の幅を持ってしか論じることはできない。しかし、以上のような限界を踏まえつつも、高齢化や人口減少がどの程度経済成長率を押し下げるのか、政策努力等によってどの程度これを相殺することができるのかを可能な限り定量的に示すことは有益であると考えられる。

ここでは、人口や経済の動向について一定の前提を仮定した上で、マクロ経済モデルにより今後の長期的な潜在的経済成長の姿を展望するためのシミュレーションを行う(40)。具体的には、まず始めに、高齢化・人口減少の進行に伴う労働力の減少等の要因が、経済成長をどの程度引き下げる効果を持つかを検証する。その上で、高齢化・人口減少がもたらし得るマイナスの影響を相殺する方策として、(1)女性・高齢者を中心とする労働力率の向上、(2)出生率の向上による将来の労働力の向上、(3)構造改革の進展や技術進歩等による全要素生産性(TFP)の向上を想定し、これらを一定の前提を基に変化させた場合、経済成長に対しどの程度の効果を持ち得るのかを検証する(41), (42)。ただし、シミュレーションの解釈にあたっては、マクロ経済モデルの定式化、人口動態や経済状況、政策前提等シミュレーションで用いる諸前提の想定の仕方等によって結果が変わり得るものであり、その結果については相当程度の幅を持って理解されるべきであることに留意する必要がある。

シミュレーションを行う上で出発点となる「現状維持ケース」は以下のような諸前提の下におけるシミュレーション結果である。人口については、「将来人口推計」における「中位推計」を用いる。また、男女年齢階層別の労働力率については、高齢男性及び女性については一定の前提の下にモデルが内生的に決定する値によることとし、他の男性については2001年度の労働力率の水準で一定で推移すると仮定する(43)。さらに、全要素生産性については、モデルが直近までの実績データに基づき推計した値である0.8%で毎年上昇すると仮定する(44)。このように、本ケースは労働力率や全要素生産性の上昇率が現状の延長上の経済環境や政策前提に基づいているという点において現状維持型のシナリオであるといえる。

一方、現状維持ケースに対する代替シナリオとして「経済活性化ケース」を考える。このケースの下では、女性や高齢者を中心に就業希望を持つ人々が労働力化した場合における労働力率(潜在的労働力率)が2050年度にかけて徐々に達成されるとともに、構造改革の進展や技術進歩等により、全要素生産性の上昇率が80年代の平均である1.4%に上昇(現状維持ケースから0.6%ポイント上昇)すると仮定した。

なお、以上のような経済活性化の効果とは性質が異なるが、出生率の動向による将来人口の変化が今後の経済成長に与える影響を検証するため、経済活性化ケースの下で出生率が向上(高位推計)するケースと現状維持ケースの下で出生率が低下(低位推計)するケースを考える。

 シミュレーション結果

(1)現状維持ケース

現状維持ケースにおける経済成長率(実質)は、2011年度以降の各10年間の平均成長率が0.2~0.4%程度と、マイナス成長にこそなってはいないものの低い水準にとどまっている(第3-2-8図)。要因別にみると、生産年齢人口の減少等を反映し、労働投入の寄与は各予測期間における成長率を-0.7~-0.9%ポイント程度引き下げている。このように、少子化による人口減少は、今後数十年にわたって主に労働投入の面から我が国経済成長率を大きく低下させる要因となる。

一方、外生的に与えている全要素生産性がプラスの寄与となっているほか、民間資本ストックは各期間における成長率に対し0.4~0.5%ポイント程度プラスに寄与している。しかし、貯蓄率の低下に伴い、予測期間の後半にはその寄与は若干低下する。

なお、中位推計の下ではこの間、総人口は-0.2~-0.8%程度で減少していることから、一人当たりでみた経済成長率は0.5~1.1%程度の成長となっている(前掲第3-2-8図)。

(2)経済活性化ケース

経済活性化ケースにおける経済成長率(実質)は、2011年度以降の各10年間の平均成長率が1.4~1.6%程度と、現状維持ケースと比較して成長率は1%ポイント以上向上する(第3-2-9図)。その結果、一人当たり経済成長率も1.7~2.2%程度の高い伸びとなる。

個別要因ごとの効果をみると、労働力率の向上は、主に労働投入の寄与の向上の経路を通じて同期間の経済成長率を0.2~0.5%ポイント程度引き上げている(付表3-4)。一方、構造改革の進展や技術進歩等により全要素生産性の上昇率が0.6%ポイント上昇することにより、同期間の経済成長率は0.8~0.9%ポイント程度上昇する。これは、全要素生産性の向上それ自体の効果とともに、経済活性化を通じ労働力供給や民間資本ストックの蓄積が促進されることによるものと考えられる。

(3)出生率の動向による影響

経済活性化ケースの下で出生率が向上したケースは、本シミュレーションの前提の下における経済成長率の上限を示すが、2011年度以降の各10年間の平均成長率が1.5~1.7%となり、経済活性化ケースに比べ予測期間後半の成長率を0.2~0.3%ポイント程度押し上げている(前掲第3-2-9図)。

一方、現状維持ケースの下で出生率が低下するケースは、本シミュレーションの前提の下における経済成長率の下限を示すが、2011年度以降の各10年間の平均成長率は、予測期間前半においてはプラス成長を保っているものの、予測期間後半には-0.0~-0.1%程度のマイナス成長となる。出生率の低下は、予測期間後半において成長率を-0.3~-0.4%引き下げる効果がある。

 まとめ

以上のシミュレーション結果に示されるように、高齢化・人口減少の下では経済成長率に対する労働投入の寄与が大きくマイナスに転じることから、他の条件が一定である限り潜在的に達成し得る経済成長率も低下する。構造改革が進展せずに全要素生産性が低水準で推移したり、出生率が予想以上に低下する場合等には、経済成長率は傾向的にマイナスとなる可能性もある。

それと同時に、今回のシミュレーションの下における成長率が高いケースと低いケースとでは各期間を通じて1~2%ポイント弱程度のかい離があり、今後の経済成長の姿は、出生率や女性や高齢者等の労働力率の動向、全要素生産性の動向等多くの要素に依存していることも示されている。女性や高齢者を中心とする労働力率の向上や構造改革の進展や技術進歩等による全要素生産性の向上等を通じた経済活性化は、今後の経済成長経路を大きく押し上げる効果がある。さらに、出生率の向上は、特に予測期間の後半における成長率に影響を与えており、長期的に経済成長を押し上げる効果を持つ。

働きたいとの希望を持つ人々が働ける、子どもを持ちたいとの希望を持つ人が安心して子どもを生み・育てられる環境を整備することは、それ自体として重要な政策目標であるが、経済成長を引き上げるという観点においてもその効果は大きい。さらに、例え高齢化・人口減少が進展するなかで労働力が減少していくとしても、構造改革や技術進歩の進展、教育投資を通じた人的資本の向上等を通じ、全要素生産性が80年代平均程度の伸びを回復すれば、そのマイナスの影響を大きく相殺する効果を持ち得る。高齢化・人口減少の下でも経済成長を維持するため、これらの諸要因をプラスの方向に転じるための政策を総合的に講じていく必要がある。