目次][][][年次リスト

第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第2節 アジアの長期経済見通し

1.人口と経済発展

(1)アジアの現状と今後の見通し

 国連は2009年3月に「国連人口予測2008」(1)を公表した。これによると、世界の人口は現在の約68億人から2050年には約91億人まで増加し、総人口に対するアフリカの人口のシェアが増加する一方、ヨーロッパ、アジアのシェアは減少する見込みとなっている。ここでは、少子高齢化、生産年齢人口の減少等に着目しながら、アジアの人口動態の現状と今後の見通しについて述べる。

●世界の人口
 1950年以降の世界の人口をみると、全体では引き続き増加するが、地域別では差がみられる。人口が増加し続けるアフリカに対し、ヨーロッパでは2020年から人口の減少が始まり、2050年までに約4,300万人減少すると見込まれる(第2-2-1図(1))。アジアでは、2005年の約39億人から2050年には約52億人に増加する。人口の伸び率でみると、各地域とも伸びが鈍化するが、アフリカでは当初から2020年まで2けたの伸びが続いた後も、2050年まで1けた台後半の高い伸びが続く。アフリカ以外の地域では、伸び率はかなり低くなり、2050年にはアジアの人口の伸び率は年平均で0.9%、北アメリカ1.1%、ヨーロッパ▲1.1%となる(第2-2-1図(2))。
 この結果、全人口に対する割合でみると、アフリカの人口のシェアは増加し続け、2005年の14.1%から2050年には21.8%となり、約1.5倍に増加する見込みである。アフリカ以外の地域のシェアは減少し、ヨーロッパは2005年の11.6%から2050年には7.6%となり、現在の約3分の2にまで減少する。一方、アジアのシェアは2000年まで増加を続けていたが、2000年の60.5%をピークに減少を始め、2050年には57.2%と1970年の水準にまで減少すると見込まれる(第2-2-1図(3))。
 このように、アジアの人口が、1970年を境に急速に伸びが鈍化し、世界の中のシェアも増加から減少に転じる背景には、アジアで大規模な「人口転換」が起こっていることが挙げられる。

●人口転換
 人口学的には、人類の経済発展とともに、人口の構造が多産多死から多産少死、少産少死へと変化していくことが知られている。このような人口構造の変化を、人口転換という。人口転換の第一段階は、医療の発達や公衆衛生の改善等により乳幼児死亡率等が低下することである。この段階で、多産多死から多産少死へと向かう。第二段階は、出生率の低下の開始である。これは乳幼児死亡率の低下により、成人する人口が増加したため、少なく生んで少なく育てるようになったことによるものである。この段階で、多産少死から少産少死に向かう。第三段階では、少産少死へと移行し、第一段階に生まれた世代が65歳以上になる一方、出生率の低下開始後に生まれた世代が生産年齢となり、全人口に対する65歳以上人口の割合が増加、若年層の割合が低下する。
 これらの変化を男女別に年齢層別の人口を積み上げた人口ピラミッドでみると、多産多死の段階から多産少死の段階にかけてピラミッド型だった人口は、少産少死の段階に移行する過程で釣鐘型となり、やがて逆ピラミッド型に近づいていく(第2-2-2図)。
 人口転換理論は、西欧社会の変化の観察を基に、帰納的に導かれたものであるが、今日のアジアの人口動態の変化も、この理論が当てはまるものと考えられている。これを踏まえ、以下では、人口動態の具体的な変化をみることとする。

●インド、フィリピンを除く国々では、少子高齢化が進行
 少産少死社会に移行したアジアの国々では、少子高齢化が進行している。合計特殊出生率をみると、日本以外のアジアの国々は、1950年時点では5を超えていたが、徐々に低下し、現在、中国、韓国、シンガポール、タイ等で、人口置換水準の2.08を下回っている。特に中国は1979年からの一人っ子政策(2)の効果もあり、1990年代前半から2.08を下回り、現在1.72となっている。また、韓国は1980年代後半から2.08を下回り、現在1.19となっている。一方、フィリピン、インド等では出生率の低下が緩やかで、現在2.5前後となっている(第2-2-3図(1))。
 このような出生率の低下に伴い、15歳未満人口の割合は減少しており、国連人口予測によれば、2050年にはアジアの主要国においては25%未満となると見込まれている(第2-2-4図)。例えば、中国では、2005年時点の22.0%から2050年には15.3%に、インドでは2005年の33.1%から2050年には18.2%に減少すると予測されている。
 また、高齢化率は急速に上昇している。医療技術の発達により平均寿命が著しく伸びたこともあり、アジア全体の高齢化が進んでいる。今後は、第二次世界大戦後のベビーブームで生まれた世代が65歳以上となるため、更なる高齢化が見込まれる。具体的には、2030年までにアジアの主要国は全て高齢化率が7%を超えた「高齢化社会」(aging society)に移行する。また、2050年には、多くの国で高齢化率が14%を超えて「高齢社会」(aged society)となり、日本、シンガポール、韓国、中国は、21%を超えた「超高齢社会」(super-aged society)になると予測されている(第2-2-5図)。特に、中国については、2005年に7%を超えて「高齢化社会」となり、今後は、2030年には14%を超えて「高齢社会」に、2040年には21%を超えて「超高齢社会」となる。

●一方で、生産年齢人口の割合は大幅に減少
 一方、出生率の低下により、全人口に占める生産年齢人口(15〜64歳)の割合も減少すると見込まれる(第2-2-6図)。減少期が最も早く訪れたのは日本で、1995年に既に生産年齢人口の割合は減少に転じている。次に、2015年頃から中国、タイ、シンガポール、韓国の割合が減少に転じ、2025年頃からインドネシア、ベトナムが減少期を迎えると予測されている。インド、フィリピンは減少期の到来が最も遅く、2045〜50年頃と見込まれる。また、生産年齢人口数そのものをみると、日本は2000年に減少を始め、2050年までにピーク時から▲40.6%と大幅に減少すると予測されている。他の国においても、2020〜25年から韓国、シンガポール、タイが、2030年から中国が減少期に転じ、2050年までに生産年齢人口の絶対数はピーク時から、韓国▲33.2%、シンガポール▲21.1%、タイ▲7.5%、中国▲12.8%と、大幅に減少する。
 また、これらの生産年齢人口の減少が一定の速度で単調に進むものと仮定して、1年当たりの減少率をみると、日本▲0.52%、韓国▲0.84%、シンガポール▲0.69%、タイ▲0.31%、中国▲0.39%となる(3)

●日本、韓国、中国は大幅な人口減少へ
 さらに、アジアにおいては、日本、中国、韓国、シンガポール、タイ等、多くの国で少子高齢化の結果、2050年までに総人口が減少を始める。インド、フィリピンは例外で、総人口の増加が続く(第2-2-7図)。特に、日本、韓国では人口減少の幅が大きい。
 具体的には、日本では既に2005年から人口が減少に転じており、今後は2009年の1億2,751万人(4)から、国連推計によれば2050年には約2,590万人減少し(▲20.3%)1億170万人になると見込まれている。なお、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2050年に9,515万人(▲25.4%)、2055年には8,993万人(▲29.5%)になると見込まれており、国連推計よりも減少ペースが速い。以下、国連推計ベースでみると、韓国は2025年に4,950万人となった後、2030年から人口減少が始まり、2050年までに540万人減少し(▲10.9%)、4,410万人となると予測されている。
 また、中国は2030年に14億6,250万人となった後、2035年から人口減少が始まり、2050年までに4,500万人減少し(▲3.1%)、14億1,700万人となると予測されている。
 これらの人口減少が一定の速度で単調に進むものと仮定して、1年当たりの減少率をみると、日本は▲0.71%、韓国は▲0.46%、中国▲0.16%となる(5)

●人口動態の変化による影響
 これらの人口動態の変化は、経済的、社会的に影響を及ぼすと考えられる。
 まず、最も懸念されることとして、生産年齢人口の減少は労働力人口の減少につながることから、将来的には労働投入量の減少が潜在成長率の下押し圧力になる可能性が高いことが挙げられる。
 総人口や生産年齢人口の減少の下で、今後、経済成長を維持するためには、労働力率を高めるとともに、時間当たりの生産性を向上させることが重要である。このため、女性の労働力参加のための環境整備や、高齢者の雇用の促進等に加え、直接投資を通じた技術移転を図るなど、第4節で述べるような生産性向上のための取組が重要である。なお、女性の労働力率の推移や年齢別の水準をみても分かるとおり(第2-2-8図第2-2-9図)、労働力率には国によってかなり差がみられる。
 また、高齢化により、医療費や、年金負担が増大する一方、生産年齢人口の減少によって税収が減少するなど、社会保障制度の維持が難しくなる。ライフサイクル仮説に立てば、人は生産年齢の間に労働をして引退後の生活費を貯蓄し、老後にそれを取り崩すため、高齢化の進行は同時期に貯蓄を取り崩す人口の増加を意味し、それが国内貯蓄率の低下や投資の減少につながるおそれが高い。
 なお、ここで前提としている国連人口予測の中位推計は、基本的に将来的に出生率が1.85に収束することを前提にしているが(6)、2005〜10年時点の出生率は、日本、韓国、シンガポールで1.3前後となっており、1.85を大幅に下回っていることに留意する必要がある。例えば、日本については、国立社会保障・人口問題研究所による予測では、2055年時点における出生率は中位推計で1.26を仮定しており(7)、国連の低位推計(1.35)よりも低い水準となっている(前掲第2-2-3図(2))。このため、アジア諸国の人口構造に関する将来像は、上記に述べたものよりも少子高齢化が進むなど厳しいものとなる可能性もある。
 他方、出生率は、前述のとおり経済発展とともに低下する傾向にあるものの、先進国の中には、子育ての環境整備等とともに出生率の回復がみられる国もある。しかし、過去からの人口政策の影響や、相続に関する慣習から男児の出生を望む傾向が強いことなどにより、中国や韓国等の一部の国では生まれる子どもの性別に偏りがあり、男児に対して女児が少ない。こうした傾向が続けば、今後、推計以上に少子化が進むおそれがあることに留意する必要がある(8)第2-2-10図)。

(2)人口ボーナス期と人口負担期

●「人口ボーナス期、負担期」の概念
 以上に述べた人口動態の変化による経済的、社会的影響のうち、特に経済成長にどのような影響を及ぼすかに焦点を当て、より詳細にみてみよう。まず、以下では、人口ボーナス期を、従属人口指数(幼年人口(0〜15歳未満)と老年人口(65歳以上)の合計の生産年齢人口に対する比率)が低下する時期、人口負担期を従属人口指数が上昇する時期と定義する(第2-2-11図)。例えば、2015年の韓国の従属人口指数は37.0%で、これは2.7人の生産年齢人口で幼年・老年人口1人を支えることを意味するが、2050年になると従属人口指数は83.8%へ上昇し、1.2人の生産年齢人口で幼年・老年人口1人を支えなければならなくなる。人口ボーナス期には、豊かな労働力があり、従属人口を扶養する負担が軽いことから、人口構成が一人当たり経済成長を押し上げる効果がある(9)。逆に負担期には、人口構成が一人当たり経済成長を押し下げる効果がある(10)
 人口ピラミッドの変化と人口ボーナス・負担期の到来時期の関係をみると、ピラミッド型から釣鐘型に移行する過程で、生産年齢人口に対し幼年人口が減少するためボーナス期が到来し、やがて逆ピラミッド型になる過程で、老年人口の増加及び生産年齢人口の減少から負担期へと移行する(前掲第2-2-2図)。
 人口ボーナス・負担期は、その時期が到来すればすなわち人口ボーナス・負担がもたらされるというものではない。少子化が進行し、人口ボーナス期に当たる時期が訪れたとしても、労働需要が不足していればその追い風をボーナスに転化することは難しい。また、人口ボーナスは、それだけで成長率を大きく加速させるものというよりは、継続して成長を遂げるための後押しをするものであり、高成長を遂げるには、投資環境の整備や教育の普及等、その他の条件がそろうことが必要である。
 一方、人口負担期については、人口ボーナス期に負担期の到来に備えて成長を高めるための努力をすることなどで、従属人口割合の増加に伴う人口負担期の到来によるマイナスの影響を軽減することもできる。
 人口ボーナス期は、人口構造転換の過渡期に起こる一過性の期間であるが、その後に到来する人口負担期は出生率の低下が続く限り、また、出生率が上昇しても、上昇を始めた年代が生産年齢人口に該当する15歳になるまでの最低15年間は継続する。

●各国における人口ボーナス・負担期の到来
(i)到来時期
 欧州先進国では、19世紀前半から長期にわたり出生率の低下がみられたため人口構造の変化が緩やかであり、ボーナス期に当たる時期が長期間にわたった。このため、人口ボーナスの影響も緩やかなものであった。一方、アジアでは出生率が急速に低下したこともあり、人口ボーナス期は短期間で終わり、その影響が急激なものとなっている。
 アジアにおける人口ボーナス期から人口負担期へと転換する時期をみると、(1)第一グループ(1995〜2000年):日本、(2)第二グループ(2015〜25年):韓国、中国、タイ、シンガポール、(3)第三グループ(2025〜40年):ベトナム、マレーシア、インドネシア、(4)第四グループ(2040〜50年):インド、フィリピンというように、4つのグループに分けることができる(第2-2-12図)。大まかにみれば、日本、中国、NIEs、ASEANの順に転換期を迎えると考えられる(11)
 次に、人口ボーナス期の長さをみると、最も短い中国、シンガポール、タイで45年間、最も長いフィリピン、インドで75年間続くと見込まれている(第2-2-13図)。日本は1930年頃に人口ボーナス期に転換し、約65年間続いた。一方、日本を除く国々(12)では、1970〜75年に一斉にボーナス期へと転換したが、その終了時期はまちまちであることが分かる。今後は、2015年から、次々と人口負担期に転換するが、多くの国では、社会保障制度の整備等が不十分であるなど、人口負担期への備えが急務である(社会保障制度については、第2章4節にて後述)。特に、中国、タイでは一人当たりGDPが低い中で、2015年に人口負担期が到来する。

(ii)人口ボーナス・負担期の到来時期における経済水準
 前述したように、アジアでは、人口構造の変化の速度が速く、人口負担期への備えが重要な課題となる。
 アジアの国々が人口負担期に転換し始める直前の14年の一人当たりGDPをみると、シンガポール及び韓国は、比較的高い水準にあるが、その他の多くの国では、日本の4分の1以下の水準にある(第2-2-14図)。このことから、アジアの多くの国は、比較的低い所得水準にもかかわらず人口負担期への対応を求められることとなる。


目次][][][年次リスト