目次][][][年次リスト

第2章 アジアの世紀へ:長期自律的発展の条件

第2節 アジアの長期経済見通し

2.アジアの長期経済見通し

 以上のように、今後アジアでは高齢化・人口減少の問題が深刻化するとみられ、一国全体の経済成長は各国ともおおむね減速すると予想される。アジアの長期的な経済の動向を見通すに当たり、人口減少が各国の経済成長にどの程度のインパクトを与えるのかという点を分析しておくことは極めて重要である。そこで、以下では、長期で全要素生産性の伸び率や投資のGDP比が過去の平均的なトレンドと同様の推移をするとの前提を置くなど、一定の限界はあるものの、少子高齢化や人口減少がどの程度各国の経済成長を押し下げるのかを可能な限り定量的に示すことにする。また、あわせて世界の中でアジア経済が今後どのような位置を占めていくのかを展望する。

(1)潜在成長率(13)の推計

 各国の潜在成長率を長期推計するに当たり、それぞれの国における将来の全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)、労働、資本ストックの長期見通しに関して、以下のように一定の前提を置く(詳細は付注参照)。
 全要素生産性は、実績値については、2008年までの実質GDP成長率のうち、労働投入、資本ストックの寄与度を差し引いた残差として求め、将来については、先進国は1990〜2008年、その他の国・地域は2000〜2008年の年平均伸び率が続くと仮定する。
 労働投入は、労働力人口から完全失業者数を差し引いた就業者数とし、労働力人口の見通しについては、2020年までは、国連の人口推計に基づいて作成されたILOの労働力人口推計を用い、21年以降は、国連の生産年齢人口推計の伸び率を用いて推計する。
 資本ストックは、1960年をベンチマークとし、除却率を5%と仮定した上で、以後の設備投資額を積み上げて各年の資本ストック額を順次算出するというベンチマークイヤー法により推計する。

(2)推計結果

 こうした前提の下、2030年までの潜在成長率を推計すると、世界各国(14)の成長率は、労働力人口の減少による労働投入の寄与が低下することなどにより、これまでの伸びに比べて総じて鈍化することが分かった(第2-2-15表第2-2-16表)。ただし、推計結果は、労働投入を除く各生産要素については過去のトレンドを将来に延長して推計したものであるため、一種のベースラインとして、幅を持ってみるべきものである。
 推計によれば、アジア主要国・地域について、成長率の鈍化はみられるものの、その他主要国に比べて高い成長率が続く見通しとなっている。ただし、アジアの中でも、早い時期に経済発展を遂げ、今後労働力人口の減少が深刻化すると見込まれる日本は、成長率が0%台に鈍化し、韓国、台湾、シンガポール、香港(いわゆるNIEs)は、成長率の鈍化が2000年代から10年代への変化、10年代から20年代への変化とも▲0.5%ポイント以上の低下幅であり、台湾、シンガポールのように▲2.0%ポイント近い大幅な低下幅となっているケースもある。労働投入の伸び率は、日本では2000年代からすでにマイナスであったが、これに加えNIEsやタイでも20年代にマイナスに転じる見通しである。同じく労働投入の伸び率が20年代にマイナスに転じる中国も、2000年代から10年代は▲0.8%ポイント、10年代から20年代は▲1.2%ポイントと成長率の低下幅が大きい。これに対し、労働力人口の増加が継続し、労働投入の伸び率が20年代も引き続きプラスと見込まれるインドネシア、マレーシア、フィリピンについては、成長率の鈍化が比較的小さい見通しとなっている。なお、インドは、労働力人口の増加が継続するが、その伸び率の低下により成長率への寄与が低下するため、10年代から20年代にかけての成長率の低下幅が大きくなる見通しである。
 その他の地域では、ヨーロッパで、10年代、20年代を通じ成長率が鈍化する見通しである。特に、10年代以降、労働力人口の減少が深刻化するイタリア、ドイツでは、成長率が0%台に鈍化する見通しである。また、フランスでは、20年代に労働投入の伸び率がマイナスに転じる見通しである。北米・中南米では、10年代から20年代にかけて、労働力人口は増加するが、その伸び率の低下により労働投入の寄与が低下し、成長率は鈍化する見通しである。
 また、推計結果を基に市場レートベースでドル換算したGDP規模の変化をみると、高い成長率を背景にアジアのGDPシェア増加が際立っている(第2-2-17図第2-2-18図)。アジア全体のGDPが世界全体に占めるシェアは、2009年時点で約4分の1だったものが30年時点には約40%へ拡大する。中でも中国は、09年に8.3%だったものが30年には23.9%にまで急拡大し、インドも、ドイツを追い抜き30年には4.0%に拡大する見通しである。他方で、日本を始めとする先進国のGDP規模は緩やかに拡大するが、全体に占めるシェアは軒並み減少が予想される。世界全体に占めるシェアは、09年時点で規模の大きい順にアメリカ、日本、中国、ドイツであったものが、30年時点になると中国、アメリカ、日本、インドとなる見込みである。GDP規模のシェアを購買力平価(PPP:Purchasing Power Parity)(15)ベースで換算したケースでは(第2-2-19図第2-2-20図)、09年時点では規模の大きい順にアメリカ、中国、日本、インドであったが、30年時点になると中国、アメリカ、インド、日本となる見込みである。
 ただし、以上の結果については、中国やインド等足元で高い経済成長を実現している国においては、資本ストックや全要素生産性の伸びが高い傾向にあり、そのトレンドが将来も続くという前提に立っていることから、注意が必要である。中国を始め、現在高成長を続けているアジア各国・地域においては、先進国同様に将来の労働力人口の伸びの鈍化・減少が予想されているものの、労働投入以外の要因による高い成長トレンドに支えられて、GDP成長率が先進国に比べて高くなっているケースが多い。したがって、これらの国・地域で、将来、投資や全要素生産性の伸びが今回の推計の前提を下回った場合、実際のGDP成長率は、今回の推計結果を下回る可能性がある。

(3)持続的経済成長に向けた戦略

 このように世界の主要国・地域の経済を長期展望すると、アジア各国では今後労働力人口の減少が成長率を押し下げていくと予想されるものの、特に中国やインドでは、投資や全要素生産性が過去の高いトレンドで今後も伸びていく限りにおいて、高い経済成長が続く見通しとなっており、今後両国の存在感はますます高まっていくものとみられる。一方で、日本や韓国、台湾、シンガポール、香港といった国・地域については、両国のような高い成長率は期待できず、労働力人口減少の影響も拡大するとみられることから、一国全体の経済成長を持続させていくためには、長期的な視点に立った成長戦略の策定及びその早期実行が求められる。
 労働力人口の伸びが鈍化・減少していく中では、他の条件が一定であれば経済全体としての成長率も鈍化せざるを得ない。しかし、具体的にどの程度の成長を期待することができるかは、労働力率の動向、国内の貯蓄率や海外貯蓄の利用可能性、全要素生産性の動向等多くの要因に依存し、高齢化・人口減少が経済成長に及ぼす影響は決して確定的なものではない。具体的にどのような戦略を採れば成長率の低下を防ぐことができるのかは、国によって異なるが、例えば、教育投資を通じた人的資本の向上、良質な資本ストックの着実な蓄積、研究開発投資の活性化による技術革新の推進、直接投資を通じた多国籍企業からの技術移転といった取組を通じ、政策的に労働生産性の引上げを図っていくことは重要であろう。
 労働生産性の上昇のプラスの寄与が就業者数の減少のマイナスの寄与を上回れば、人口減少の下でも全体としてプラスの経済成長を維持することも可能である。高齢化・人口減少の下でどの程度の経済成長を達成できるかは、今後の政策努力によるところが大きいといえる。


目次][][][年次リスト