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第2章 先進各国の生産性等の動向:アメリカの「第二の波」と英国、フィンランド、アイルランド等の経験

第1節 各国の生産性等の動向

2.アメリカの「第二の波」

   アメリカでは、90年代後半以降生産性上昇率が加速しているが、これは、IT化の効果といわれている。そこで、IT投資との関係も含めて産業別に経済成長や生産性との関係をより詳しくみていこう。


●IT利用産業等の生産性上昇
   産業別の生産性については、07年3月より公開された欧州委員会のEU KLEMSデータベースが、先進各国について、産業分類を統一して包括的なデータを提供しているので、以下それを活用して産業毎の生産性の動向を見ていこう(7)第2-1-3図では、EU KLEMS データベースで使用されている産業分類に基づ く主な産業セクターとして、ITセクター(電気機械製造業及び情報通信等(8))、製造 業(電気機械を除く。)、「市場サービス産業」(教育、医療等は含まない。)について、 近年の生産性の推移を示している。まず、5年毎の全産業の生産性上昇率の推移を確 認してみると、90年代半ばまでは主要国の中で生産性上昇率が相対的に低かったアメ リカで、90年代後半に生産性上昇率が向上し、さらに、2000年代に入ってさらに加速 している(「第二の波」(9))ことがみてとれる。一方、日本を含めた他の主要国では むしろ90年代後半に生産性が低下している国が多い。
   セクター別にみると、技術進歩の急速なITセクターにおける生産性上昇率は、各国とも高く、中でも日本ではアメリカとそん色ない生産性の上昇を実現してきた。
電気機械を除く製造業については、主要国の中ではアメリカ、英国の生産性が相対的に良好である。また、アイルランドでは主要国と比べて大幅に高い生産性上昇を実現しており、フィンランドの生産性上昇率も高い。
   一方、市場サービス産業については、各国で大きな差異がある。日本の生産性上昇率は、80年代は主要先進国と比較して相対的に良好であったが、90年代以降低下した。同様にドイツ、イタリアでも、生産性上昇率は低下傾向にある。一方、英国では、80 年代以降相対的に良好な生産性上昇率を保っており、さらにアメリカにおいては、80年代後半以降生産性上昇率が加速し、特に2000年代に入ってからは高い伸びとなっている。
   そこで、市場サービス産業を、流通・運輸、金融等、対個人サービスに三分して、良好な生産性パフォーマンスの観察されたアメリカ及び英国と、日本についてみると(第2-1-4図)、アメリカにおいては、2000年代に入って各産業とも生産性上昇率が顕著に加速していることが分かる。中でも、ITの利用度が高いと考えられる流通・運輸、金融等の各セクターにおいて伸びが高い。また、ホテル、レストラン等を含む対個人サービスについても2000年代に入って生産性が上昇していることがみてとれる。一方、日本においては、産業によって相違はあるが、概していえば、これら各産業の生産性上昇率は低下傾向にある。また、英国においては、90年代以降金融等の生産性上昇が高いこと、アメリカと異なり2000年代に入ってからの生産性の加速があまり観察されないことなどが特徴となっている。
   以上を踏まえ、三国の労働生産性の上昇率を、産業別の寄与度に分解してみると(第2-1-5図)、市場サービス産業のシェアが高いこともあり、2000年代に入ってからのアメリカの生産性の向上については、流通・運輸及び金融等といったITを利用する非製造業における生産性の上昇が重要な役割を果たしていることが改めてみてとれる。

●2000年代におけるアメリカのサービス産業等の全要素生産性の向上
   さらに、市場サービス産業の各分野について、労働生産性の上昇にどのような要因が寄与したか、資本装備率の向上や労働力の質の変化とそれらでは説明できない全要素生産性(TFP)要因とに分解してみると(10)(第2-1-6図)、アメリカでは、市場サービス産業、特に流通・運輸や金融等といったIT利用産業において90年代後半にIT資本の資本装備率が高まり、さらに、2000年代に入ってからは、これらのIT利用産業を中心にTFPが大きく伸びているほか、対個人サービスにおいてもTFPが上昇していることが分かる。英国においてもIT利用産業については同様の傾向がアメリカほど明瞭ではないが確認される。日本では金融セクターでIT資本装備率の寄与が大きいほかは、そうした傾向が確認されない。
 このように、90年代後半以降生産性上昇率を加速させたアメリカにおいては、IT利用産業等におけるIT利用度の上昇が、2000年代に入ってTFPの上昇に結びつき、労働生産性上昇率がさらに加速したと考えられる。

●「第二の波」をどうみるか
   アメリカ議会予算局(CBO)は、01年以降の生産性の再加速について「第二の波」と呼び、以下のような要因により90年代後半以降のIT投資の効果が遅れて現れてきた可能性があるとしている(11)
(1) 90年代においては、IT機器やIT技術を導入するための大きなコスト(「調 整コスト」)が必要とされ、これがIT投資による生産性上昇の効果を減殺していた。
(2) IT技術に適した生産プロセスを導入するためには年月が必要であり、そうした過渡期が過ぎることにより、その効果がより顕在化してきた。
(3) ITのような新しい技術により、無形の資産が増加している。例えば、IT技術に適応するように労働者の教育訓練が行われ労働者の人的資本が蓄積されている。あるいは、IT投資の結果、ITによる在庫管理や電子商取引等の新しい生産プロセスや作業形態とそれを支える組織形態が形成されてきているが、これも無形の「組織的資産」ともいうべきものである。これらは、本来付加価値の増大として捉えられるべきものだが、現在のGDP統計上は、こうした無形資産への投資は、費用として処理され付加価値としては計上されないため生産性の向上としては把握されてこなかった。
   これらの要因は、相互に排他的なものではなく、いずれもが相当程度の寄与をしていた可能性もあると考えられる。また、例えば、上記の(3)の無形資産要因に関連しては、最近の研究では、こうした無形資産はIT化等により経済に占めるウェイトを高めてきており、それを考慮すると、03年時点でアメリカのGDPは8,000億ドル程度大きく、90年代後半から2000年代初頭にかけての労働生産性の成長率も0.3%程度高くなるとの推計もある。
   また、その場合、労働生産性上昇率に対する無形資産の寄与は0.84%程度に上っていると推計されている(12)。もし、こうした試算が正しいとすれば、現時点でもなお、IT化の効果は十分に把握されていない可能性もあることになる。
   また、このようにIT化の効果が遅れて現れてくることについては、企業レベルの研究でも実証されてきており、IT化の生産性に与える効果は、組織形態を分権化したり必要な教育訓練投資を行ったりした企業において高く、すなわち、IT投資と、こうした組織的資産ともいうべき無形資産への投資は補完的な関係にあることが指摘されている(13)。また、IT化に伴って、組織形態や生産プロセスをIT化に適したものとしていくことに長期を要するため、コンピュータ導入に伴う生産性向上効果は、5〜7年の長期でみると短期的効果の最大5倍程度に及ぶという指摘もある(14)。こうした研究は、単にIT投資を行うだけではなく、それに適合するように組織形態や生産形態を改善し、また、教育訓練等の人的投資を行うことが極めて重要であることを示唆しており、労働集約的なサービス産業ではこうした投資の重要性が特に高いと考えられている。このほか、例えば電子商取引は多くの企業や消費者が参加するようになるとその生産性向上効果が顕在化してくるなど、他の経済主体や経済全体でIT化が進展することにより個々の経済主体の生産性も向上する「外部効果」ないし「ネットワーク効果」も指摘されてきており、そうした要因もIT化の効果が遅れて発現してきた一因であると考えられる。
   90年代のIT化によるアメリカの生産性の向上についても、「コンピュータ時代は
   生産性統計以外のどこででもみることができる(15)」にもかかわらず生産性の効果が確認されないのは謎であるといわれたこともあった(16)。生産性の向上がより的確に把握されるようになったのは、99年にソフトウェアが投資としてカウントされるようになったことや、アメリカの物価指標が、コンピュータや半導体の処理能力等の「質」の向上をより的確に把握するように改善されてきたことによる面があると考えられる。しかし、経済のIT化は、IT関連財の「質」の向上にとどまらず、新しい財やサービスの登場、電子商取引のような新しい取引形態やITによる在庫管理、カスタムメイドの生産方式の導入等広範な産業活動に非常に大きな影響を与え得るものであり、そうしたIT利用の広がりと深化が、2000年代に入って加速して、「第二の波」に結びついたと考えるべきだろう。いずれにしても、世界の生産性リーダーであるアメリカにおいて現在進行中の「第二の波」については、その要因等がより正確に解明されるにはなお時間を要すると考えられるところではある。
   また、CBOは、「第二の波」を引き起こした可能性のあるその他の要因として、規制緩和等により競争圧力が強まったことを挙げ、しかし、そうした要因による説明の問題点として、2000年代に入ってから生産性上昇が急速に加速したことを説明することが困難であることを指摘している。たしかに、アメリカの規制緩和は70年代から運輸、金融、エネルギー等の各分野で進められてきたものであり、そうした要因だけで2000年代に入ってからの変化を説明することは困難であろう(17)。しかし、IT化による生産性の向上が90年代後半以降経済に速やかに波及していくための環境を整備する上では、規制緩和等による競争環境の整備が非常に重要であったと考えられる。そこで、次に、規制環境と生産性の関係を各国横断的にみてみよう。


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