第1章 多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて |
第2節 より多くの人が活躍できる労働市場の構築
2.意欲のある働き手を労働市場に引き付ける環境整備
働き手(特に労働参加や就業への障害が多い女性や高齢者)に対して、育児期等における適切な支援策、年齢や職種による不公正な取扱いの解消といったことを通じて、生涯にわたる活躍を支援するための環境整備を行うことは、意欲ある人々を労働市場に引き付けるために重要な視点である。例えば、一度職を離れた場合に、制度や慣習等により復帰することが困難な状況であれば、やがては、就労意欲が阻害され復帰をあきらめてしまうであろう。ここでは、就業を後押しする環境整備の視点から、フランスにおける女性の労働参加・就業への取組、EUにおける年齢差別禁止への取組の例を紹介する。また最後に、環境整備も含めた総合的な取組の例として、フィンランドにおける高齢者の労働参加・就業への取組を紹介する。
(1)フランスにおける女性の労働参加・就業への取組
●出産・育児期を中心に高まる女性の労働参加率
日本の女性労働参加率を年齢別にみると、出産・育児期に女性が労働市場からいったん離れ、子育てが一段落した頃に再度労働市場へ参加する、いわゆるM字カーブを描く。一方、多くのヨーロッパ諸国においては出産・育児期で労働参加率が低下することなくほぼ右肩上がりの曲線を描いている。フランスにおいては、70年代には20歳代前半から30歳代後半にかけて女性の労働参加率は低下していたものの、80年代、90年代と出産・育児期を中心に労働参加率は上昇し、05年では25歳から54歳までの女性の労働参加率は80.7%とヨーロッパ諸国と比較しても高い比率となっている(第1-2-11図)。ここでは、高失業率を抱えながらも特に出産・育児期の女性の労働参加率の上昇がみられるフランスにおける女性の労働参加・就業への取組を概観する。
●家族政策における幅広い選択肢の提供を重要課題と認識
フランスにおいては、古くから家族政策が重視され、経済的支援や育児制度の充実を積極的に推進してきた。近年は親が出産育児について幅広い選択を行うことのできる環境整備が重要課題と認識されている。05年の家族会議 (34)では、仕事と家族をより良く両立できるように支援する「家族の自由選択」を目標に掲げており、06年の同会議においても引き続き優先目標である旨が確認されている。以下ではその制度概要をみていくこととする。
(i)育児期における休暇やパートタイム労働の選択
子供の育児のために、就業している親は父母を問わず、就業を一時停止して育児休暇を取得するか、就業時間を減らしパートタイムへ転換するかを選択することができることが法律に定められている(第1-2-12表)。
これらは「仕事と家庭生活の調和」を目的として導入されたもので、いずれも、法定の母親の出産休暇(産前6週間、産後10週間)若しくは出産時に父親に対して付与される父親休暇(子の誕生から4か月以内、最大11日)が終了した後、期間1年(最長3年まで延長可能)の育児休暇ないしパートタイムへの転換が可能(35) となっている。
また、同期間終了後は、職場内における従前の職、又は、少なくとも同等の報酬を伴う類似の職が保障されるとともに、復職した際に技術革新や仕事手順に変化があった場合は職業教育を受ける権利がある。このため、育児のために労働市場から退出することなく、あるいは、いったん休暇に入ったとしてもスムーズに労働を継続できる環境が整備されている。
また、この育児休暇制度(パートタイム労働への転換も含む)は、父親あるいは母親が、同時期に又は交代で取得することが可能となっている。母親が一定期間取得した後、父親が交代して取得し、母親の職場復帰を早めることなども制度上可能であり、多様な働き方の選択幅を広げている。
(ii)多様な育児サービスの提供
育児に対する休暇制度面や経済面の支援だけではなく、就労を実際の育児面から支援する様々なサービスが用意されている。特に3歳未満の児童を対象としたサービスは、主に集団託児所、家庭保育所、認定保育(36)ママ により行なわれており、3歳未満児のおよそ4割が保育サービスを利用することが可能となっている。
託児所は主に市町村により運営されるが、財政難による絶対数の不足等から、施設ではなく家庭における託児支援の強化として、認定保育ママを雇用する家庭に対する援助制度を90年に導入、以降、認定保育ママの利用が拡大し、現在の育児サービスの主流となっている。サービス利用者の都合に合わせやすいことが特徴であるほか、認定保育ママ自体が女性の雇用創出につながっている(37) 。
認定保育ママを雇用する家庭に対する援助制度は、04年に新たに託児費用等を補償する「保育方法自由選択補足手当」に再編され、働く親が仕事と子育ての両立のため、6歳未満の子供を対象に集団託児施設へ預けるか、認定保育ママを雇用するかなど、子育て支援方法の選択が可能となっている。
●フルタイム労働者とパートタイム労働者の均等待遇
パートタイム労働者(38) には、法律でフルタイム労働者と同様の法的、また、企業・事業所レベルの労働協約上の権利を有していることが明記され、差別的取扱い禁止と平等取扱いが原則とされている。従って、パートタイム労働者の時間当たりの賃金は同等の業務に従事しているフルタイム労働者と同じでなくてはならず、報酬、休日や休暇等の待遇面でも同等の権利を享受する。また、義務も同様に課されるため、労働時間の長さにかかわらず、社会保障制度に加入し保険料を支払う義務がある。使用者にとってもフルタイム労働者を雇用する際に必要な保険料を負担するため、パートタイム労働者は、単にフルタイムより低コストであるという存在にはならない。
一方で、パートタイム労働が短時間労働である特殊性から、使用者が労働時間を弾力的に延長させることを防止するために、勤務時間割(39) の変更や所定外労働時間等についてフルタイム労働者とは異なる特別規定も設けられている。
フルタイム、パートタイム間の転換を容易にするための規定も設けられており、フルタイム労働者の空席ポストに対し、パートタイム労働者には優先的割当権があり、使用者は空席ポストが発生した場合はパートタイム労働者へ通知する義務があることも法により定められている。
前述の育児期におけるパートタイムへの転換同様、労働者の柔軟かつ多様な労働の選択肢を法制度として支えている(第1-2-13表)。
●就労と育児の両立支援と均等待遇を保障する制度の整備
フランスにおいては、(1)女性の育児期における柔軟な勤務形態、(2)育児終了後の復帰を容易にする制度、(3)多様な育児サービスによる育児支援、(4)父親の育児休暇の制度化等、育児期において多様な選択肢を提供することにより女性の生涯にわたる労働市場における活躍を後押ししている。また、フランスではここで述べたパートタイムとフルタイム労働者の間の均等待遇の推進のほか、男女間の均等処遇への取組(40) を進めている。
ただし、実態上の問題点として、(1)パートタイムが女性に偏っていること、(2)フルタイム、パートタイム間の賃金格差が労働時間の差であったとしてもパートタイムの収入は相対的に低いため、フルタイムへの転換を希望するパートタイム労働者の割合は高い(41) こと、(3)希望時間と実際の就労時間のミスマッチといった指摘もあることには留意が必要である(42) 。
こうした課題は残るものの、環境整備と多様な選択肢の提供が、意欲を持った女性を労働市場に引き付ける一因になっているものと考えられる。