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第1章 多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて

第2節 より多くの人が活躍できる労働市場の構築

2.意欲のある働き手を労働市場に引き付ける環境整備

(2)EUにおける年齢差別の禁止への取組
   雇用に関して、年齢、性別等による不利益待遇の存在は、本来能力のある者が職に就けないといった問題が生じるだけでなく、ひいては人々の就労への意欲すら失わせかねない。こうした差別をなくすといった環境整備も、幅広い労働参加を得て雇用を増やしていくために重要な視点であろう。ここでは、近年EUにおいて進んできている年齢差別禁止への取組を紹介する。

●EUにおける年齢差別禁止の制度化までの背景
   年齢差別禁止については、アメリカでは67年に「雇用における年齢差別禁止法」が制定されているが、EUにおいては90年代後半から法制化へ向けた動きが進められてきた。
   ヨーロッパにおける雇用政策では、長らく若年者の雇用促進が優先課題とされ、70年代や80年代における不況期においては、高齢者には早期退職を促し専ら社会保障によって対応する一方、若年失業者の雇用促進を図ることで失業率の低下が図られた。しかし、90年代に入ると、社会保障負担の増大や、急速な高齢化が迫りつつあったことから、高齢者の雇用促進が重要な政策課題として取り上げられるようになった。
   ただし、ヨーロッパにおける年齢差別禁止への動きは、高齢者の雇用政策という視点よりも、人権政策的な意味合いが強く、性別、人種、宗教、障害等、年齢にとどまらない幅広い差別禁止の文脈から制度化が進んできたという面がある。

●包括的な差別禁止の原則と例外規定
   具現化した動きとしては、97年のアムステルダム条約(改正欧州連合条約)において、「(欧州)理事会は・・・性、人種又は民族的出身、宗教、又は信念、障害、年齢又は性的嗜好に基づく差別と戦うために適当な行動をとることができる」とされた。その後の議論を経て、2000年には「一般雇用均等指令」 (43)が欧州委員会で採択され、この指令に基づき各国で法令化が進められてきた(第1-2-14表)
   この一般雇用均等指令において適用される範囲は、もともとの経緯が人権保障に力点が置かれていることから、雇用に関するあらゆる場面が含まれ、募集・採用にとどまらず、昇進、職業指導や職業訓練へのアクセス、賃金を含む雇用・労働条件等にも及んでいる(44)
   一方で雇用の現実問題に対処するために例外規定も置かれ、柔軟な対応を行う余地を残しており、(1)特定の者に不利益の防止又は補償のために特別な措置(ポジティブ・アクション)を実施すること、(2)退職年齢を設定する国家の規定は妨げないこと、(3)国内法の文脈で合法的な目的により、客観的かつ合理的に正当化され、かつ、手段が適切かつ必要である場合には差別とみなされない旨を国内法で規定することができることなどを定めている(45)

●幅広い均等の確保と社会に適合する柔軟性
   年齢による不利益待遇については、ヨーロッパでみられる人権的な観点だけでなく、雇用の面でも、不公正であるだけでなく高齢者の能力発揮の機会が失われることは経済にとってマイナスであろう。こうした差別を被り得る人々の就業意欲を阻害することなく、労働市場で活躍できる場を作るためにこのような横断的なルールを整備していくことは極めて重要である。またEUの取組をみると、人権問題の側面もあるが、募集や採用といった入口だけでなく、昇進や職業訓練へのアクセスといった就業後の扱いについて差別をなくしていくことも原則としている。就業から定着を進めていく上ではこうした幅広い場面での均等扱いも大いに参考になる点であろう。
   一方、EU指令では、一律に均等化することで逆に不利益を被る可能性のある者への配慮や、例えば、若年者と高齢者であれば当然体力・知識・経験に違いがあるなど、それぞれの置かれた状況の違いによる柔軟な対応がとれるような配慮もみられる(46) 。このように、必ずしも一律に均等的な扱いを固定化するのでなく、様々な事情に応じて個々の国やその時の状況にふさわしい形が検討されるべきであろう。

(3)多様な選択を後押しする横断的なルール作り
   ここでは、二つの取組事例を紹介したが、フランスの女性の就業支援策においては、育児期等における幅広い選択を行う環境を整備することが優先目標とされ、育児休暇の取得、パートタイムへの一時的な転換を含めた働き方、育児サービスの提供といった面で多様な選択肢が用意されている。
   そして、働き手の多様な選択を後押しするためには、選択肢の提供にとどまらず、職種、性別、年齢等を超えた公平、公正な扱いを確保する横断的なルールが整備されていることが重要である。仮に、一時的なパートタイムを選択しようとしてもそれが経済的な面やその後の処遇等において結果的に不利をもたらすようであれば、実際には選択されないであろう。EUの年齢差別禁止への取組においては、就業の入口である募集、採用に加えて、昇進、職業訓練へのアクセス等も含めた包括的なルール作りが進んでいる。また、フランスでは、パートタイム労働者とフルタイム労働者の均等待遇、男女間の均等待遇等、包括的なルール作りが進められている。
   多様な選択肢の提供と合わせて、公平、公正を確保するための横断的なルールを整備することが重要な視点と考えられる。

(4)フィンランドにおける高齢者の労働参加・就業への取組(総合的な取組の視点)
   ここまで、働き手に対する意欲阻害要因の解消と就業能力向上支援、労働市場における環境整備の大きく2つの視点から述べてきたが、雇用をめぐる政策は実に様々である。ここでは、「総合的な取組」との視点から、フィンランドの高齢者に対する労働参加・就業への取組を紹介する。

●高齢者の就業率が上昇
   フィンランドにおいても、他のヨーロッパ諸国と同様に、従来は高齢者に対する早期退職を促進する政策がとられてきたが、近年は高齢者の雇用促進が重要な課題として認識されるようになってきた。1998年には、45歳から64歳までの就業者及び失業者を対象とした5か年計画「高齢就業者全国プログラム」(FINPAW (47))が開始され、高齢者の労働参加、就業の促進について積極的な取組が行われた。その結果、高齢者の就業率は90年代後半から上昇し、55〜64歳でみると、98年の36.2%からFINPAW最終年の02年には47.8%となった(第1-2-15図)。EU(15か国)平均の高齢者の就業率も緩やかに上昇しているが、それを上回る上昇となっている。

●高齢者就業促進策の概要
   FINPAWには、年金制度改革、職業訓練や基礎教育不足者の技能改善、職場環境の改善や安全の確保、高齢者の雇用モデル等の調査研究、広報啓発等様々な施策が盛り込まれ、関連施策も含めて幅広い取組がなされた(第1-2-16表)
   ここまで述べてきた論点に沿っていえば、まず、働き手の就業意欲阻害要因の解消に関して、早期退職年金の最低受給年齢の引上げといった年金・失業保険の改革等、経済面から就業継続へのディスインセンティブを弱めるための改革が徐々になされている。OECD(2004a)は、こうした早期退職スキームの改革が高齢者の就業促進に役割を果たしたとしている。 同時に、就業能力向上支援として、従来から生涯学習を基本理念としてきた国であるが、FINPAWでも職業訓練が重要視され、基礎的教育が十分でない者の技能改善支援や、中高年を中心とする情報通信技術向上のための教育訓練等が実施されてきた。
   また、環境整備の面では、フィンランドは高齢者の「就業能力(48)」について、労働者のメンタルも含めた健康、職場の安全といった面も重視している。高齢者の就労に関する教育の対象は働き手にとどまらず、企業経営者や管理職、行政機関や訓練・職業紹介機関の職員に対しても積極的に行われている。その中で、労働者の加齢に配慮しながら業務を計画、実行するといった「年齢管理 (49)」の考え方の普及等が図られている。また、法律においても、経営者が労働者の加齢について注意を払うこと義務付けるなど職場環境の改善策が進められている。このほか、さきに述べたEUの取組と合わせて、年齢による差別、不均等な取扱いの禁止に関する法整備もなされた。
   さらに、FINPAWの特徴として、広報啓発が重要視され、高齢者自身や雇用主を中心とした国民の認識を変えることがプログラムの主要な目的の一つであったことが挙げられる。「高齢者の経験は国民の資産である」といったメッセージが、公共スペース、メディア、インターネット等を通じて広く国民に周知された。こうした政策の効果について、メッセージが徐々にではあるが着実に浸透している、職場における高齢者への態度(特に早期退職に対する考え方)には変化がみられるといった評価がなされている (50)

●総合的なアプローチ
   フィンランドの取組の特徴の一つは「総合的なアプローチ」をとっているという点にある。勤労意欲への働きかけ、能力向上支援、職場環境の整備、さらには広報啓発による意識改革等の幅広い政策がとられている。特に、就業能力を技能や知識といった面だけでなく、高齢者特有の健康、安全も含めた広い視点で捉え(51)、採用だけでなく、就業後に重要となる良好な職場環境の維持についても力点が置かれている。
   FINPAW終了後も、国民が職業生活に長くとどまること、仕事の魅力を高めることなどを目的とした「VETO」プログラム(03〜07年)等が実施され、職業生活を2〜3年長くする(52) ことが目標の一つとされている。この中では、「職業生活における多様性と平等」、「最低所得保障とインセンティブ」等の4つの柱が掲げられているが、プログラムの対象は、高齢者に限ったものではなく、また、ワーク・ライフ・バランスといった職業生活以外の面との関係も含めて、幅広い視点から、人々が長きにわたり労働市場で活躍することを目指したものとなっている。
   フィンランドの取組は、依然として課題も多いが、就業率の高まりなど一定の評価を得ている。「高齢者の就業促進」という一つの課題に対してでも、様々な視点から総合的な取組が重要であることを示す一つの例であろう。

 


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