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第1章 多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて

第2節 より多くの人が活躍できる労働市場の構築

3.市場メカニズムの活用と安定的な成長による労働需要の増加

   さきにみた、働き手(労働供給側)に対する就労意欲阻害要因の解消や就業能力向上のための支援、働き手を引き付ける環境整備といった取組と合わせて、市場メカニズムの活用により経済を活性化させることによって労働需要を増加させ、働き手の意欲を就業に結びつけていくことも重要である。

●就業率が高い国では総じて規制等が緩い傾向にある
   ここでは、構造的な面から市場メカニズムを活用し働き手の就業機会を増やすといった視点から考察する。労働需要に影響を与える構造要因として、市場の規制の大きさが考えられる。規制の度合いが低いダイナミックな市場が競争力を高め、労働需要を増加させていくことが期待される。また、税や社会保障の面からは、例えば、雇用主負担も含めた雇用者所得にかかる税や社会保障負担(タックス・ウェッジ、いわゆる「税のくさび」)が考えられるが、こうした労働コストは、企業側の雇用への意欲に影響を与えるものと考えられる。
   (第1-2-17図)は、OECDの旧東ヨーロッパ圏及びトルコ、メキシコを除いた24か国を、就業率が高い国(「高就業率国」、10か国)、やや高い国(「準高就業率国」、7か国)(53)、低い国(「低就業率国」、7か国) に分類し、労働市場の動向、市場の規制、労働保護法制、税のくさびの大きさについて、それぞれ単純平均をとって比較したものである。
   労働市場の動向をみると、就業率の高い国ほど、失業率も低いだけでなく、失業者に占める長期失業者の割合も低くなる傾向にある。また、市場規制や税のくさび等をみると、個別の国によってある程度のばらつきはあるものの(54) 、総じて市場の規制が緩く、労働保護法制が緩く、税のくさびが小さい傾向がうかがえる。
   市場の規制の強さについて、OECD等が作成した規制指標により比較すると、市場に対する政府の関与、起業や貿易・投資への障壁等の大きさ(「生産物市場規制」)は、OECD平均を1とした場合、高就業率国では0.81、準高就業率国では0.88と平均を下回る一方、低就業率国では1.06となっている。航空、通信等の非製造業における参入障壁等の規制(「サービス市場規制」)については、準高就業率国ではほぼOECD平均並みであるが、高就業率国で低く、低就業率国では高くなっている。
   また、労働保護法制の強さをみても、同様の傾向となっており、税のくさびについても、高就業率国、準高就業率国では低く、低就業率では高い結果となっている。さらに、生産物市場規制、サービス市場規制、労働保護法制、税のくさびの高さと就業率との相関をOECD30か国のデータを用いてみてみると、それぞれ負の相関関係がみられる(それぞれ規制等が大きいと雇用悪化要因となる。)(第1-2-18図付図1-4)

●市場メカニズムを活用し労働需要を活性化
   市場の規制等と労働市場の動向との関係については、多くの研究がなされており、サンプルや分析に用いる変数の違い等により、分析結果は必ずしも一定ではないが、例えば、Bassanini and Duval (2006)は、労働保護法制の強さについては有意な結果は得られないとしているが、生産物市場規制の強さ、税のくさびの大きさは失業率を有意に悪化させるとしている。また、IMF(2003)は、労働保護法制の強さ、税のくさびの大きさは失業率の悪化要因になり得るとしている(第1-2-19表)
   市場における規制が緩い場合、企業の新規参入による既存産業の活性化や、新規産業分野への円滑な構造変化等を通じて、一国としての競争力が高められ、労働需要の増加につながるものと考えられる。
   また、労働保護法制の強さについては、既に就業している者の失業の可能性を下げることにより、少なくとも短期的には全体の失業や雇用への影響は明確にはみられないとする見方も比較的多い。一方で、労働市場が硬直化することにより、(経済の変化に対する)労働の再分配機能の低下、中長期的には雇用に対するマイナスのショックが持続しがちなこと、いったん失業した者の失業の長期化、女性や若年者等の雇用へのマイナスの影響(付表1-5)といったことも指摘されている (55)
   税のくさびについては、多くの分析から失業や雇用へのマイナスの効果が認められるところである。個人負担部分については、働き手の労働供給へのインセンティブに影響を与えるとともに、企業負担分も含めて、労働コストという点から企業側の雇用意欲に影響を与えるものと考えられる。経済活性化の視点から2000年代に入ってからもアメリカ、ドイツ、フランス等で所得税負担の引下げ等、税のくさびの縮小へ向けた動きがみられている(56)
   労働市場の動向については、様々な要素によって決まるものであり、一概に結論付けるには難しい面もあるが、グローバル化や技術進歩等の経済情勢の変化が急速に進んでいること、また、企業が国を選ぶ時代ともいわれる中では、変化に対応しにくい硬直的な市場、労働コストの高さは、企業の退出にもつながりかねない。市場メカニズムを有効に機能させ経済の活力を高めることにより、競争力を高め、労働需要の活性化につなげていくことが重要な視点と考えられる。  

●安定的な経済成長が就業機会創出の前提に
   労働需要を喚起し、就業機会を増加させるには、安定的な経済成長が前提となることはいうまでもない。OECD(2006b)は、健全なマクロ経済政策運営は経済成長と雇用の維持に貢献するとした上で、特に物価の安定については健全な財政とあいまって、金利の低下をもたらし、投資と労働生産性を刺激することにより、ひいては賃金や雇用の増大へとつながるとしている。安定的で持続的な経済成長は、失業率を低下させ、また、就業機会の増加が働き手の労働参加への意欲を後押しすることにより、就業の増加につながるものと考えられる。
   (第1-2-20表)は、さきにみた高就業率国及び準高就業率国とした17か国の、労働市場の動向とGDP成長率、消費者物価上昇率を比較したものである。2000年代前半の就業率が90年代前半と比べて2%以上上昇した9か国(57) (以下「就業率上昇国」という。)をみると、95年から05年までの平均経済成長率が3.5%となり、85〜95年にかけての平均的な成長率と比較して0.9%ポイント加速した。これらは、就業率の上昇が2%未満にとどまった5か国と比べて総じて良好な経済成長であったことを示している。また、就業率上昇国の実質GDP成長率の変動係数をみると、95〜05年で0.40と85〜95年と比べて0.58低下しており、成長率の変動も小さかったことがうかがえる。
   消費者物価上昇率については、各国とも総じて安定してきている。就業率上昇国をみると、85〜95年では年平均4〜5%台で上昇する国も多かったが、おおむね1〜2%台の上昇に落ち着いてきている。また、「その他」と分類したポルトガル、アイスランドについては、従前は年10%前後の高インフレ国であったが、95〜05年の平均でみるといずれも3%程度となっており、こうした物価の安定が雇用拡大にも貢献したことが考えられる。
   就業率上昇国においては、総じて、物価上昇率が低下する中で安定的な高成長がみられた。労働市場の動向をみると、90年代前半から2000年代前半にかけて失業率が9か国平均で4.3%低下するとともに、労働参加率が2.8%上昇し、この結果、就業率は5.8%の上昇となった。
   こうしたデータからも、安定的な経済成長につながる経済運営を適切に行い就業機会を拡大していくことが重要であると示唆される。

 

 


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