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第1章 多くの人が活躍できる労働市場の構築に向けて

第2節 より多くの人が活躍できる労働市場の構築

   働きたい人が活躍できる労働市場の構築に向けての政策は、労働供給側(働き手)、労働需要側双方で非常に多岐にわたるものであるが、本節では、(1)就労への意欲阻害要因の解消と就業能力向上のための支援、(2)意欲のある働き手を労働市場に引き付ける環境整備、(3)市場メカニズムの活用と安定的な成長による労働需要の増加、の三つの視点から、各国の個別事例を紹介しつつ検討していくこととする。

1.就労への意欲阻害要因の解消と就業能力向上のための支援

   失業者や労働参加していない者に対して、職業訓練や求職サポート等を通じた就業能力向上のための支援(8) をより重視する国が増えている。労働者が技能を身に付け実際に職を持ち自立することは、失業給付等の一時的な支給と比べて、長期的な生活の安定につながっていくものと考えられる。過去には、失業給付等の公的給付の手厚さが、経済面から働き手の労働参加や就労への意欲を阻害し、それが失業の長期化、さらには労働市場からの退出にもつながる状況(9) を生み出してきたことが指摘される。
   ここでは、働き手に対する経済面からの就労意欲阻害要因の解消と就業能力向上のための支援といった視点を中心に、英国の若年雇用促進の取組と、アメリカ、英国における勤労所得に対する税額控除制度の二つの事例を紹介する。

(1)英国における若年者の労働参加・就業への取組
   若年者に関する雇用政策をみると、各国において、職業教育による技能の向上、学校から就労への移行支援を中心に就業能力の向上に向けた取組が行われている。さらに、失業手当を受給する若年失業者に対し、一定の就労等の義務を課すことで勤務経験を積ませ、早期に労働市場に参入し失業の長期化を防止する施策を実施している国もある。ここでは特に代表的な政策として、英国における若年者の労働参加・就業への取組として「若年者向けニューディール政策」を取り上げ、概観することとする。

●英国における雇用情勢の推移
   英国では80年代半ばにかけて、製造業における雇用の減少等を背景に、特に低学歴の若年者に対する雇用が落ち込み、若年者の失業率が上昇した。若年失業者への対策は長年にわたりとられてきたものの(10)、1990年代の景気回復時にも若年者の失業率は依然として全体を大きく上回っていた(第1-2-1図) 。若年者の失業問題は社会的疎外につながることなどから、98年にブレア政権はこのような若年者を「福祉から就労へ(Welfare to Work)」移行させることを目的とした「若年者向けニューディール政策(11) 」(以下「ニューディール」という。)を導入した。

●若年者向けニューディール政策の概要
   ニューディールは、18〜24歳の若年者で6か月以上の失業状態にあり、求職者手当(12) を受給しているすべての者に対し、パーソナル・アドバイザーを付けて行われる就職支援をいう。この参加を拒否した場合、手当が減額又は停止となり、就労へ向けたインセンティブを後押しする仕組みとなっている。具体的にみると、ニューディールは以下の3段階のプログラムに区分されて進められていく(第1-2-2図)

(i)ゲートウェイ
   各失業者にパーソナル・アドバイザーが付き、最長4か月にわたり就職相談と集中的な求職支援サービスを行う。パーソナル・アドバイザーは、個々の失業者の希望や技能を勘案し、定期的な面談、就労までの就職活動等の行 動計画の策定支援のほか、基本的な読み書きや計算、履歴書の作成方法といった教育訓練等に至るまで就労に必要となる支援をきめ細やかに行う。また、若年失業者にとってはパーソナル・アドバイザーとの人的なつながりが精神的なケアとしても有効との指摘もある。ニューディール離籍者の状態をみると、ニューディールを通じて就職した者のうちの約6割がこの段階で就職しており、その後の結果に非常に重要な段階といえよう(第1-2-3図)

(ii)オプション
   ゲートウェイ期間中に就労できなかった者は、職業・教育訓練の機会が与えられる。具体的には、四つの選択肢(オプション)のいずれかに参加することが義務付けられる(第1-2-4表)。また、近年は各失業者のニーズに合わせるため、特別な仕事に向けられた訓練や雇用主が望むスキルを伸ばす講座等を選択肢にするなどの変更が行われている。

(iv)フォロースルー
   上記、ゲートウェイ及びオプション期間中に就労できなかった者は、集中的な助言等の求職活動に関する支援を受ける。

●ニューディール政策の主な特徴
   前述のように、98年からブレア政権がとっている「福祉から就労へ」を目的としたニューディール政策の特徴は、受動的な雇用政策から積極的な雇用政策への転換といえよう。特に、求職者手当の減額等を通じて就労へのインセンティブを強化するとともに、現金給付を中心とする支援ではなく、就労可能な者に対する就労あっせん及び職業・教育訓練を通じた就業能力の向上を支援の中心に据えていることが特徴として挙げられる。
   第二に、ニューディールの管理運営は「ジョブセンタープラス (13)」と呼ばれる機関が主体となっていることが挙げられる。同機関を通じて、職業紹介のみならず、求職者手当等の各種社会保障給付や職業・教育訓練等の雇用関連行政サービスが一元化されている。政策や予算の管理運営はジョブセンタープラスに一定の裁量・権限が与えられており、労働市場の地域性に応じて実施されている。また、各種雇用政策の実行機関として中心的な役割を果たしており、職業・教育訓練等に関しては同機関のパートナーとして地方自治体・民間企業・NPO等の様々な組織が就労支援に携わっている。
   具体の施策の特徴としては、(1)パーソナル・アドバイザーによる個々のニーズに合ったカウンセリング機能の充実、(2)職業訓練を国家認定の職業資格(14) とリンクさせ職業技能の客観的な評価が可能、(3)民間委託による実地訓練(15) は、企業や現場のニーズに合致した技能を取得させるものとなっていることなどが挙げられる。資格保有者や実地訓練の受講者は有利に就職活動を行うことができる、就職に結びつきやすいなど、求職者はより雇用される可能性が高まるとして評価されている。

●ニューディール政策の総合的な評価と課題
    ブレア政権は、ニューディールにより若年の就業者数が増加し、おおむね成功と評価している。2002年に英国会計検査院が議会に提出した『若年者向けニューディールに関する報告書』や民間機関の分析等では、若年失業率の低下は基本的には景気拡大の効果を反映したものとの指摘がある一方、若年者の長期失業防止等の効果はおおむね有効であるとの見方もある(第1-2-5図)。また、費用対効果の点については、ニューディールはコスト高との指摘があるが、就業者の増加による手当給付額の減少や税収増等も含めれば費用はみかけほど大きくないとするものもある(16) 。概して、ニューディールにより失業者が減少したことなど、ニューディールの評価に対しては肯定的な見方が多い。
   一方、課題としては、(1)失業者が就職しても長続きせず各種手当を再び受給する者も多く、ニューディールに戻っていることも少なくないこと、(2)ゲートウェイの延長やフォロースルーの支援強化等のプログラムの弾力性の拡大、(3)一層の企業の協力促進に向けた企業や労働市場との連携強化等が指摘されている。

 


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