第2節 ヨーロッパ経済
1.弱含むヨーロッパ経済
ヨーロッパ経済は、欧州政府債務危機の影響が長引く中、南欧諸国等7の景気の落ち込みがドイツ等主要国にも波及しつつあるなど、弱含んでいる。こうした状況を受け、各国は財政緊縮一辺倒ではなく、経済成長にも配慮した財政再建の在り方を模索している。
以下では、まず、ヨーロッパ主要国及び南欧諸国等の経済情勢を概観した後、欧州政府債務危機が圏内金融資本市場に与えている影響についてみていく。その後、各国の財政再建と経済成長の両立に向けた動きについても紹介する。
(1)経済情勢
(i)ユーロ圏
ユーロ圏の実質経済成長率は2011年10~12月期前期比年率▲1.3%と、08年の世界金融危機以来のマイナスとなった後も、12年1~3月期同0.0%、4~6月期同▲0.7%、7~9月期同▲0.2%と弱含んでいる(第1-2-1図)。11年半ば以降に再燃した南欧諸国等の財政に対する懸念を受けた金融資本市場の混乱、緊縮財政や厳しい雇用情勢を背景とした個人消費の低迷や投資の落ち込みによる内需の縮小が、ユーロ圏の景気の弱さの主因となっている。
特に南欧諸国等の景気の落ち込みが目立っており、ユーロ圏内向けの輸出の鈍化やマインドの低下等を通じてドイツをはじめとする主要国にも影響が波及しつつある。以下ではユーロ圏GDPの約4分の3を占めるドイツ、フランス、イタリア及びスペインの動向を中心に、各国の経済情勢を概観する。
(ア)ドイツ
ヨーロッパ最大の経済規模をもつドイツは、欧州政府債務危機に苦しむ南欧諸国等が景気後退に陥り、世界金融危機後の世界経済をけん引してきた中国等アジア新興国に減速感がみられてきた中でも、なお底堅さを示している。
ドイツの実質経済成長率をみると、12年に入って以降、良好な雇用・所得環境に支えられた個人消費に加え、ユーロ安を追い風とする輸出増で外需が一貫して押上げに寄与している(第1-2-2図)。12年7~9月期についても前期比年率0.9%と、3四半期連続のプラス成長となった。
欧州政府債務危機を背景とした先々の不透明感により消費マインドは悪化が続いているものの、世界金融危機後の急速な景気回復を受けて各業種の賃金上昇は続いており、個人消費は底堅い動きが続いている(第1-2-3、4図)。
企業の生産活動をみると、12年に入ってから一進一退で推移しているが、夏場には秋の新車モデル投入を見据え、輸送機器の増産等一時的に盛り上がる動きもみられた(第1-2-5図)。しかし、景気の先行きに対する不透明感は、機械設備投資を手控えるといった企業の慎重な姿勢につながり、一般機械等に力強さがみられない。受注統計をみても、12年初め頃は改善の動きもみられたが、12年半ばより国内外ともに資本財受注の低調な動きが続いている(第1-2-6図)。
こうした生産の動向を反映して製造業設備稼働率が低下しているほか、各種企業マインド調査の結果をみても依然として力強さを欠く内容となっており、当面、企業の投資活動は低調な動きが続いていくものと思われる(第1-2-7、8図)。
輸出は、財政再建への取組等で国内需要の低迷が続いているイタリアやスペイン等を中心にユーロ圏内向けが低調な状況となっている(第1-2-9図)。ただし、アメリカや中国等アジア向けは、自動車等を中心に需要が引き続き旺盛な上、ユーロ安や単位労働コストを低く抑えられていることなど、価格競争面でドイツの輸出環境に優位な状況8が続いており、12年8月は過去最高の輸出額を記録している。
ドイツの企業部門の動向で留意すべき点として交易条件の悪化と交易損失の拡大がある(第1-2-10、11図)。輸出の拡大で大きく利益をあげていると思われるドイツ企業だが、原油価格の高騰やユーロ安から輸入物価が上昇傾向にあり、交易条件は12年に入ってからも不利な状況が続いている。その結果、12年以降の交易損失も150~200億ユーロ規模となっており、企業の営業余剰が伸び悩む姿は10年後半から変わっていない。
雇用情勢をみると、失業率は低水準のまま半年以上おおむね横ばいで推移している(第1-2-12図)。しかし、ここ数か月はわずかに失業者が増えているほか、増加を続けてきた就業者数も減少に転じた。また、企業の雇用D.I.も個人の失業懸念D.I.も悪化の動きを示しており、これまで同様今後も雇用情勢が改善していくかどうかについては不透明な状況にある(第1-2-13図)。
以上をまとめると、ドイツ経済は、家計部門が引き続き底堅い一方で、設備投資を手控える動きや低調な受注動向等、企業部門の弱さが顕在化してきている。また、これまでユーロ圏内の需要の弱さをカバーしてきた圏外需要についても、中国等アジア新興国経済の減速が長期化するリスクがあることなどから、ドイツ経済を取り巻く状況は不透明感を増しているといえる。
(イ)フランス
圏内第2位の経済規模を持つフランスは、雇用情勢やマインドの悪化がみられる中で、景気は弱い状態が続いている。12年7~9月期の実質経済成長率をみると、前期比年率0.9%とユーロ圏諸国の中ではドイツと並んで比較的高めではあるが、寄与の大きい個人消費の改善は前期の反動要因や天候要因等を含んでおり、基調としては弱い状態にあると考えられる(第1-2-14図)。
個人消費の弱さの一因として、高い失業率による所得の減少が挙げられる(第1-2-15図)。失業率は11年末以降上昇が続いており、ユーロ導入以降最も高い水準に達している(第1-2-16図)。加えて、失業者数の内訳をみると、11年後半以降、これまで比較的影響が少なかった、経済活動の中心となるべき25~49歳の層においても増加しており、厳しい状況にある(第1-2-17図)。
雇用情勢悪化の要因の一つとして、大手企業の収益悪化による人員削減の実施が挙げられる。企業の収益悪化の背景としては、(1)欧州市場への依存度が比較的高く、政府債務危機に伴うユーロ圏内の需要縮小の影響を受けやすかったこと、(2)労働コストが高い一方、企業の技術革新に対する投資がドイツと比べて低調で労働生産性が低いことなどが考えられる(第1-2-18図、第1-2-19図、第1-2-20図)。
こうした雇用情勢の悪化は、消費者マインドにも大きな影響を及ぼしており、悲観的な景気見通しと並んで購買意欲の減少や貯蓄率の上昇につながっている(第1-2-21図、第1-2-22図)。
このように内需が低調に推移していることから、生産及び国内向けの受注についても弱い状態が続いている(第1-2-23図、第1-2-24図)。
上記の状況に対処するため、オランド大統領は、13年までに若年者向け雇用を10万人創出することを目標とした対策や、200億ユーロ規模の企業向け税額控除を柱とする競争力強化措置を決定するなどの政策を進めており、今後その効果が注目される。
ただし、同時に、財政再建計画を達成するため、13年度予算案は過去最大の緊縮となる見込みであるほか、上記競争力強化措置の財源としてVATの引上げも予定されている。そのため、財政緊縮が景気の下押し要因となるリスクも引き続き高い。また、現在比較的堅調な輸出についても、主要輸出先であるユーロ圏の景気動向に左右される面が強く、予断を許さない状況にある(第1-2-26図)。
(ウ)イタリア
イタリアは、11年夏に欧州政府債務危機が再燃して以降、従前より問題視されていた高水準の累積債務残高が改めて市場で注目されるようになり、財政再建への積極的な取組が求められている。そうした中、財政緊縮の加速や債務危機による信用不安で金融機関の資金調達環境が悪化していったこともあり、国内需要は減少し、11年半ばから景気後退が続いている。
イタリアの実質経済成長率をみると、個人消費や固定投資といった内需項目の大きな落ち込みが続いており、12年7~9月期は前期比年率▲0.7%と、マイナス幅を縮小させたものの、11年7~9月期から5四半期連続のマイナス成長となった(第1-2-27図)。
イタリアの財政に対する金融資本市場の不安の高まりを受け、11年後半には前政権によりVATの引上げ等相次いで財政再建策が打ち出された結果、消費マインドは更に悪化しており、小売売上も低調な動きで推移している(第1-2-28、29図)。特に新車販売は10年平均に比べて約3割も低い水準まで落ち込んでいる。
鉱工業生産は、11年に入り、財別でいずれも減少に転じている(第1-2-30図)。製造業受注については、12年に入ってから国外からの受注に持ち直しの動きがみられるものの、国内需要の弱さに引きずられる形で、総じて弱めの動きが続いている(第1-2-31図)。
ここ1年半、イタリアの実質GDPを唯一押し上げていたのは外需である。輸出は11年後半以降もユーロ圏外向けを中心に底堅い動きをみせている一方で、輸入は国内需要の弱さから総じて減少傾向が続いている(第1-2-32図)。実際、外需の内訳をみると、輸出の増加よりも輸入の減少による押上げ寄与の方が大きくなっている。
雇用情勢をみると、失業率は欧州政府債務危機の再燃を背景に景気が悪化し始めた11年後半から急上昇し、12年4~6月期は10.6%ポイントと、ここ1年で2.5%ポイントも上昇した(第1-2-33図)。また、若年失業率も同時期に約7%ポイント上昇し、12年4~6月期は34.2%となった。
11年後半以降、イタリア経済においては、消費の落ち込みや国内製造業受注の弱さ、雇用情勢の急速な悪化にみられるように、国内需要の冷え込みが顕著である。
こうした中、モンティ政権は、厳しい財政再建と並行して、経済成長を促進する政策も打ち出してきた。労働市場改革や規制改革といった中長期的な経済成長促進策に加え、6月にはインフラ投資の促進や企業の資金調達環境の容易化等を内容とする経済対策「持続可能な成長のための政策9」を打ち出した。また、財政再建が景気の足かせにならないよう細心の配意を続けている。例えば、12年秋に予定していたVATの引上げも、13年7月以降へ先延ばし、その引上げ幅も当初の2%ポイントから1%ポイントへ縮小することとした。こうした政府のきめ細かい経済・財政運営のかじ取りからみても、長い景気後退からいち早く抜け出すために苦慮していることがうかがえる。
(エ)スペイン
07年後半から始まった住宅バブル崩壊の後遺症に加え、財政緊縮の影響もあって国内需要の低迷が続いているスペインは、大変厳しい景気後退に陥っている。
スペインの実質経済成長率をみると、輸出が堅調なことから外需が引き続き押し上げに寄与しているものの、個人消費や固定投資、政府消費といった内需項目の落ち込みの方が大きく、12年7~9月期は前期比年率▲1.1%と、11年7~9月期から5四半期連続のマイナス成長となった(第1-2-34図)。
9月1日にVATの標準税率を18から21%へ引き上げたことによる消費に対する影響は大きく8月の小売売上が前月比3.2%と急増した後、9月はその反動から▲7.3%と、ユーロスタットで確認できる95年以降最大の落ち込み幅を記録した(第1-2-35図)。新車販売も同様の動きを示し9月には10年平均の半分程度の水準まで落ち込んでいる。個人消費の落ち込みは10~12月期も続くものと思われる。
住宅バブル崩壊の影響を最も強く受けている固定投資をみると、依然として低下が続いており、12年半ばにはピーク時に比べ約4割の減少となっている(第1-2-36図)。
住宅価格は07年半ばから下落が続いているものの、依然としてバブル崩壊前のトレンドを上回る水準にあり、今後も下落傾向が継続していくものと思われる(第1-2-37図)。また、こうした住宅価格の継続的な下落は、住宅ローン等の与信を焦げ付かせ、金融機関の不良債権を増加させており、12年9月の不良債権比率は10.7%となった。
企業の生産活動をみると、07年頃まで全体をけん引していた投資財が住宅バブル崩壊や世界金融危機を境に中間財とともに大きく落ち込んでいる(第1-2-38図)。その後も、持ち直すことができないまま、11年以降の内需の冷え込みを受け、更に全体の生産活動を引き下げている状況が続いている。
スペインの実質GDPを唯一押し上げているのは、イタリアと同様に外需である。輸入は、住宅バブルの崩壊、対内直接投資の引揚げ、世界金融危機の影響から、国内需要が大きく落ち込んでおり、低調な動きが続いている(第1-2-39図)。一方、国内需要の冷え込みやユーロ安等を背景にスペイン企業は輸出志向を強めており、事実輸出は危機再燃後も増加傾向にある。12年に入ってからも、特にアジア、南米、アフリカ向けの伸びが比較的高い水準で推移しており、ユーロ圏内からの引合いの弱さをカバーしている。こうした輸入の低迷と輸出の増加の結果、ユーロ導入以降、拡大していた貿易赤字は07年頃を境に縮小傾向が続いている。
雇用情勢をみると、12年7~9月期の失業率は25%を上回り、約4人に1人が失業している計算となる(第1-2-40図)。特に同時期の若年失業率は50%を越え、約2人に1人が失業している計算となり、住宅バブル崩壊以降、若年層人口の国外流出の動きもみられる10。また、就業者数は07年のピークから約320万人減少している。その中でも製造業が約90万人、建設業が約160万人減少しており、住宅バブル崩壊による雇用情勢への影響の大きさがうかがい知れる(第1-2-41図)。
スペインでは住宅バブル崩壊による金融システムの機能不全が景気へ悪影響を及ぼし、不況による税収減が財政状況の悪化を招くという負の連鎖が続いている。
こうした状況を打開すべく、金融システム再生への取組の一環として、現在、スペイン中央銀行や銀行再編基金(FROB)を中心に「資産管理会社(いわゆるバッドバンク)」の12年11月中の稼働へ向けた動きが進められている。資産管理会社の創設により、金融機関が不良債権という足枷から外れ、金融システムが健全性を取り戻して実体経済を立ち直らせることが期待される。
(オ)ギリシャ、ポルトガル、アイルランド
ギリシャの実質経済成長率をみると、10年4~6月期から10四半期連続の前年比マイナスとなっている(第1-2-42図(1))。雇用情勢の更なる悪化や財政緊縮の影響等から個人消費や固定投資といった内需が減少していることが主因である。
ポルトガルも、雇用情勢の悪化や財政緊縮の影響による個人消費や固定投資といった内需の減少により、10年10~12月期から8四半期連続の前期比マイナスとなっている(第1-2-42図(2))。
アイルランドは、09年以降、賃金削減によって単位労働コストを低下させ、競争力を回復させたことで、11年前半には輸出主導で前期比プラス成長を実現した。しかしながら、12年前半については輸出が一進一退となっていることや個人消費の弱さから、景気は足踏み状態にある(第1-2-42図(3))。
個人消費低迷の背景となっている雇用情勢をみると、3か国とも失業率が上昇し続けており、ユーロ圏の平均を大きく上回っている(第1-2-43図)。特にギリシャの上昇は著しく、25%を超えるに至っている。失業率が14%台後半で高止まりしていたアイルランドは12年後半になってやや上昇している。11年後半から失業率が急速に上昇していたポルトガルは、12年半ば以降15%台後半で高止まりしている。
次に3か国の輸出(名目、ユーロベース)をみると、ギリシャでは急増していた圏外向け(輸出全体の約65%)が12年半ばから減少していたが、12年8月以降は増加に転じている(第1-2-44図(1))。圏外向け輸出の主要品目は鉱物性燃料・潤滑油等であることから、燃料価格の下落が、圏外向け輸出減少の主な要因と考えられる。
ポルトガルでは、ユーロ安等を追い風に引き続き圏外向け輸出は増加しているが、輸出全体のシェアの約60%を占める圏内向けは伸び悩んでいる(第1-2-44図(2))。その背景には、最大の輸出相手国であるスペインの厳しい経済情勢の影響があるとみられる。
アイルランドでは、12年前半まで足踏みしていた輸出が12年半ばより圏内・圏外向けともに大幅に増加している(第1-2-44図(3))。アイルランドの輸出依存度は100%を超えており、12年後半以降、輸出主導によるプラス成長の達成が期待される。
(ii)英国
英国の7~9月期の実質経済成長率は、前期比1.0%と4四半期ぶりのプラス成長となった(第1-2-45図)。しかし、女王陛下即位60周年記念の祝日増による前期の営業日数減少の反動効果や、オリンピックチケットの販売額計上による効果等を除けば前期比0.1%程度にとどまるとみられ11、英国経済には弱さが残っている。
ただし、一部には明るい材料もうかがえるようになった。7~9月期の輸出数量は前期比3.1%(4~6月期同▲2.5%)と、アメリカ向けや新興国向けがけん引役となって増加に転じた。民間部門を中心に就業者が増加する中、11年10~12月に8.4%と過去最悪であった失業率は7~9月に7.8%まで低下した(第1-2-46図)。
しかし、このような明るい材料があるとはいえ、今後については依然楽観はできない。欧州政府債務危機に依然として抜本的な解決の兆しがみえない中、主要輸出先であるユーロ圏の需要は引き続き低迷すると考えられ、輸出の増加が今後も続くか不透明である。また、価格面で英国の輸出競争力が損われる可能性もある。ポンドの実質実効レートは11年夏場から12年秋口にかけて8%程度増価しており、ラグを伴う形で英国輸出の下押し要因となると見込まれる。
雇用面については、経済の基調的な弱さからは説明が難しい程に雇用が増加しており12、労働生産性が低下している。雇用が底打ちした10年1~3月期から12年4~6月期にかけ、雇用者数は毎四半期に平均0.1%増加していたが、労働生産性は同▲0.2%と低下していた(第1-2-47図)。特にサービス業(不動産や芸術・娯楽を除く)では、生産性が大幅に低下する一方で、雇用が大幅に増加している。景気が弱い中で雇用だけが増え続けるとは考えにくい13。
以上を踏まえると、景気には下振れリスクがあり、イングランド銀行(BOE)も11月のインフレーションレポートで「先行きは不透明」と言及している。これまで、BOEは国債を買い取って市中に流動性を供給する量的緩和政策を続けてきたが、10月に買取上限である3,750億ポンドに達した。しかし、量的緩和政策が実体経済に与える影響について懸念を示す委員もいる中、11月の政策理事会では買取枠が据え置かれた。一方、BOEは実体経済への貸出を増やす目的で、新たなスキーム(FLS:Funding for Lending Scheme)を7月に導入している14。英国の銀行貸出は弱い状況が続いており、FLSによって信用供給が促され、英国経済の回復の一助となることが期待される。
(2)銀行与信の動向
欧州政府債務危機が続く中、民間銀行のヨーロッパ向け与信は一進一退となっている。12年1~3月期には前期比7.4%と増加したが、4~6月期に同▲4.1%と減少した(第1-2-48図)。ECBが11年12月末と12年2月末に実施した資金供給オペによって銀行の短期資金が不足する可能性が無くなったり、銀行債償還に必要となる資金を調達できたため、銀行向け与信の貸倒リスクが低下し、ヨーロッパ向け与信は1~3月期には増加した。しかし、12年5月のフランス大統領選やギリシャ総選挙等で債務危機に対する見方が再び厳しくなったとみられ、4~6月期は減少した。
危機の震源地である南欧諸国等に限ると、12年4~6月期の与信残高は前期比▲7.7%と減少した(第1-2-49図)。南欧諸国等向け与信は危機の深刻化に伴い減少基調となっており、同四半期には09年末を40%以上も下回る低水準となっている。特に11年後半以降は、イタリアやスペイン向け与信が大幅に圧縮されている。
もっとも、6月末のユーロ圏首脳会合が欧州安定化メカニズム(ESM)の銀行への直接資本注入を認める可能性に言及したこと、8月にECBが新たな国債買取策を発表したこと(いずれも詳細は後述)等を受けて欧州政府債務危機に対する懸念が和らいだため、7~9月期のヨーロッパ向け与信は増加に転じたとみられる。南欧諸国等向けに関しても、同期の減少幅が縮小した可能性がある。そして、増加したクロスボーダー与信の一部は銀行向け貸出や銀行債市場に向けられ、銀行の資金調達環境を改善させる一因になったとみられる。実際、ユーロ圏銀行の資金調達環境をみると、7~9月期にはいずれの市場においても「緩和超」に転じた(第1-2-50図)。加えて、銀行預金の流出が続いていた一部の国でも7~9月期にはそうした動きに一服感が生じており、銀行の資金繰りに対する不安は和らいでいたと推察される。
しかし、非金融民間部門向けの貸出態度は厳しい状況が続いている。7~9月期のユーロ圏各国の貸出条件をみると、11年末と比べれば改善しているものの、いずれの国でも「厳格化超」となった(第1-2-51図(1))。銀行の資金調達環境は改善したが、先行きの経済情勢に対する不透明感があることが、銀行の慎重姿勢の背景にある。
一方、企業の借入需要は減少基調にあるため、貸出条件の厳格化の悪影響がそれほど顕在化しなかった可能性もある(第1-2-51図(2))。しかし、特に中小企業に限ると15、過去半年間で、銀行に借入申請をしても満額の借入が出来たユーロ圏企業は全体の60%となっており、(A)申請の一部しか受け取れなかった企業と(B)貸出を拒否された企業が30%程度を占める(第1-2-52図(1))。南欧諸国等では状況は一段と深刻で、AとBの割合は40~60%となっている。一方、金利等の借入コストに関しては、ユーロ圏企業の50%が半年前から増加したと回答している(第1-2-52図(2))。南欧諸国等ではその割合が60~70%に高まっており、借入コスト増が企業財務を圧迫したり、借入申請を控える動きにつながった可能性がある。
こうした状況を踏まえると、借入需要が減少基調にあるとはいえ、特に南欧諸国等では企業活動に必要な資金さえ調達できていないと考えられ、債務危機は金融環境に対して悪影響を及ぼしたままであるといえる。
(3)財政再建と経済成長の両立に向けた動き
これまでEU各国政府は、安定成長協定の改正や財政協定条約の制定等の財政規律強化のための取組を行ってきた。しかし、12年5月にギリシャでは国民議会選挙で反財政緊縮派が躍進し、フランスでは経済成長重視のオランド大統領が就任するなど、財政緊縮策一辺倒ではなく、経済成長を促進し、雇用を創出していく必要もあるとする考え方が強まった。こうした考え方を反映して、6月の欧州理事会(EU首脳会議)において、1,200億ユーロの成長促進策を含む「成長・雇用協定(Compact for Growth and Jobs)」が合意された(第1-2-53表)。1,200億ユーロを即効性のある成長政策に投入するほか、規制撤廃やイノベーションの推進による成長促進、若年者雇用促進等の失業対策等が盛り込まれている。10月の欧州理事会では同協定の実施状況についてレビューが行われ、同協定の迅速かつ完全な実行が要請された。しかし、同協定が欧州理事会の要請を受け速やかに実施されたとしてもその効果が発現するまでには時間がかかると考えられることから、同協定の実施状況及びその実効性を今後も注視する必要がある。
なお、ラガルドIMF専務理事も10月の年次総会演説の中で、「成長なしでは、公的債務の削減は一段と困難になる」と発言し、財政緊縮を最優先するこれまでの路線を変更している。
2.政府債務危機の現状と取組
欧州政府債務危機の解決には各国の財政再建が不可欠となっているが、それは一朝一夕に成し遂げられるものではない。以下では、特に財政に対する先行き懸念が高い南欧諸国等における財政再建の現状と最近の取組についてみていく。
(1)南欧諸国等の現状と取組
(i)イタリア(11年GDP1兆5,797億ユーロ、11年末政府債務残高1兆9,067億ユーロ)
11年夏に欧州政府債務危機が再燃して以降、財政再建策を矢継ぎ早に打ち出してきたイタリアだが、それまでの政府の取組やECBの流動性供給により金融資本市場が小康状態となった12年春頃からは財政再建と経済成長促進の両立に軸足を移す姿勢をみせている。
まず、12年6月にインフラ投資の促進や企業の資金調達環境の容易化等を内容とする経済対策(「持続可能な成長のための政策」)を打ち出している。イタリア政府は本施策により700~800億ユーロの投資効果を期待している。
付加価値税(VAT)については、当初「12年秋から2%ポイント引き上げる」としていたが、厳しい経済情勢でのVAT引上げを回避するため、7月にこの先2年半で総額260億ユーロ規模(GDP比1.6%)の歳出削減・行政合理化策を閣議承認した(後掲第1-2-59表)。併せてVAT引上げを13年7月以降へ先送りし、年内の引上げを回避した。
また、10月に13年予算案を発表した際には、付加価値税率の引上げ幅を当初予定より縮小16することや低所得層の所得税率引下げ17を併せて発表し、景気に配慮する姿勢をより鮮明にした。
経済成長重視へのシフトの背景には、不況による税収減で財政再建目標が12年に入って二度後倒しにされていることがある。11年9月に前政権が財政再建目標を「13年に財政収支をほぼ均衡させる」こととしたものを12年4月に事実上1年後倒しにしていたが、9月に発表されたイタリア政府の資料18によると、12、13年の経済成長見通しが引き下げられるとともに、15年時点でも財政収支の均衡は達成出来ない見通しとなっている(第1-2-54図)。プライマリーバランスの黒字は拡大し、南欧諸国等で唯一12年に過剰財政赤字是正目標を達成出来そうなイタリアだが、こうした点は看過できない。
また、イタリアも金融システムや地方財政の問題を抱えている点に留意が必要である。
債務危機の再燃以降、イタリアの金融機関の資金調達環境は依然として厳しい状況にあり、12年夏も国内金融機関の格下げが続いた。特に、11年末、欧州銀行監督機構(EBA)から33億ユーロの資本不足を指摘されていた資産額国内第3位の大手銀行は、12年第2四半期決算でも大幅赤字計上となり、政府より最大20億ユーロの公的資本注入が行われることとなった。
イタリアで地方財政の問題が顕在化したのは、7月にモンティ首相が人件費の膨張等で財政が圧迫されたシチリア州に対し、当時の知事宛に「シチリア州がデフォルト(債務不履行)に陥る重大な懸念がある」といった内容の書簡を送ったことに始まる。こうした問題を受け、前知事は自身の辞任と議会の解散を決め、10月に同州知事選と議会選が行われた。今後、同州はモンティ首相からの行財政改革計画の立案指示を基に新たな体制で州財政の立て直しへ取り組むこととなる。イタリアの地方財政はスペインに比べれば現時点で大きく問題視する状況ではないが、シチリアだけでなく南部のほかの地方都市での財政懸念も現地でしばしば報道されている。そこで、イタリア政府は10月に「地方財政に関する緊急政令」を施行し、中央政府が地方財政をコントロールする権限と会計検査機関が地方財政を点検する機能の強化を行った。
(ii)スペイン(11年GDP1兆634億ユーロ、11年末政府債務残高7,365億ユーロ)
12年春に11年の財政赤字が目標値から大きく外れたことが判明して以降、一気に欧州政府債務危機の中心となったスペインは、それまでにも財政再建や金融セクター改革等を推し進めてきた。しかし、大手金融機関の国有化や相次ぐ格下げで国内の資金調達環境が著しく悪化していったこともあり、6月にはユーロ圏財務相会合(ユーログループ)に対して19金融機関の資本増強のための財政支援要請を行うに至った。
景気低迷による税収減等で今後の財政赤字削減目標の達成も危ぶまれていたスペインは、7月のEU財務相会合で過剰財政赤字是正期限の1年延長20が認められる代わりに付加価値税(VAT)の引上げ21を含む今後2年半で650億ユーロ(GDP比6.1%)規模の財政再建策を閣議承認した(後掲第1-2-57図、再掲第1-2-59表)。また、9月に13年予算案を閣議承認した際に、政府から独立した財政規律を監督する機関を設置することや年内に年金制度改革案を策定することなども併せて発表された。これらはスペイン政府が財政再建に対し強くコミットしていく姿勢を国内外に示す形となった。しかし、国際機関等から13年予算案の前提となるスペイン政府の13年経済成長率見通し(前年比▲0.5%)が楽観的だとする警鐘が鳴らされている中で、前述のとおり、VATの引上げは同国内の消費動向を冷え込ませており、今後の財政再建計画の更なる下振れが懸念される。
スペイン金融機関救済のための財政支援額については、スペイン政府の要請に先立ち、ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)が、「金融機関への資本注入のため最大1,000億ユーロをEFSF/ESMから融資する用意がある」ことを声明で発表していた。スペイン政府が6月と9月に行った2回の金融機関ストレステストの結果は、ストレスシナリオ下におけるスペイン金融機関の資本不足額が593~620億ユーロという結果となり、ユーログループの最大準備額を下回るものであった(第1-2-55表)。今後、ストレステストで資本不足と指摘された各行が「再編計画」を策定し、それに対する欧州委員会とスペイン中銀の審査が進む中で、具体的な融資額が決まっていく予定となっている。
国内金融機関の再編については、7月のユーログループで合意された覚書(MoU)に則して作業が進められている。これは9月に行われたボトムアップ型のストレステストの結果と10月までに提出する「資本増強計画」を踏まえ、各行を財政状況に応じてグループ分けし、それぞれの状況に応じた再編工程を進めていくものである。また、12年11月中には「資産管理会社(いわゆるバッドバンク)」を創設し、金融機関のバランスシートから不良債権を切り離す作業が進められていく予定である(第1-2-56表)。
スペインの財政悪化の背景には、地方財政の問題も重くのしかかっている。中央集権的な独裁国家の歴史を経たスペインでは、その反動もあって比較的地方分権が進んでおり、各自治州が教育・福祉の歳出権限を持っていることが結果として地方財政を悪化させていった。各自治州は債務危機が市場で意識されて以降、スペイン国債が格下げされていく中で、自治州の債券の格下げも続き、独自で資金調達することが事実上不可能となった。そうした中、中央政府は地方財政への関与を強める法改正22を行うとともに、地方政府の取引業者に対する債務返済のため「取引業者への支払いのための融資基金23」を設立した。また、7月に「地方政府向け緊急流動性供給メカニズム24」の創設を発表し、現在25、7月末のカタルーニャを皮切りに17自治州のうち9自治州が同メカニズムに対して支援要請を行っている。
金融資本市場では9月にECBが発表した新たな国債買取プログラム(OMT:Outright Monetary Transactions)や10月のESM発足が好感され、イタリア・スペイン両国の10年債利回りも5%台近傍での推移が続いている。ただし、こうして支援枠組みが確立され、スペインがOMT活用の前提条件となる財政支援要請をいつ行うのかが注目される中で、同国が支援要請について二の足を踏んでいる状況が続き、それを市場が嫌気して同国の10年債利回りが6%台へ向けて少しずつ上昇するという動きもみられる(第1-2-58図)。
両国の財政再建の帰すうを見定めるには、こうしてECBが時間を稼いでいる間に、景気の持ち直しがどの程度進捗し、税収の回復につながるのか、金融システムの健全性や資金流動性を取り戻せるか、地方政府の資金流動性をどの程度確保できるのかが重要なポイントとなる。
(iii)ギリシャ、ポルトガル、アイルランド
11年GDP 2,085億ユーロ、1,709億ユーロ、1,590億ユーロ
11年政府債務残高 3,557億ユーロ、1,847億ユーロ、1,692億ユーロ
ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの3か国はいずれもトロイカの指導の下、財政再建や構造改革が行われている。特に、12年5月以降、従来の財政再建一辺倒ではなく、経済成長と財政再建の両立を目指すという世界的な流れの中で、構造改革の進展も一層重視される傾向にある。南欧諸国等はいずれも構造改革の一環として、国有企業の民営化ないし資産売却を通した投資の呼込み、労働市場改革の柔軟性の強化等の施策を行っているものの、その進捗状況については財政再建同様、ばらつきがみられる。
ギリシャについてみると、10月17日、トロイカによる審査がおおむね終了したほか、支援の条件となっていた財政緊縮関連法案が可決された。しかし、財政緊縮が景気や雇用を大きく下押しし、歳出削減努力にもかかわらず財政再建計画の達成が困難になっていることを踏まえ、11月26日のユーログループにおいて、財政再建目標の改訂26のほか、ギリシャ側が国債の買戻し等を実施して債務削減に向けて成果を挙げることを前提として、ユーロ圏諸国が具体的な支援措置27を検討する意思がある旨合意された。
一方、構造改革については、労働市場改革や国有企業の民営化等の改革を行っている。財政緊縮と同様に支援の条件とされていた最低賃金の削減等を含む労働市場改革法案については、財政緊縮関連法案と同時に議会を通過するなど、このところ構造改革は比較的大きな進展をみせている(第1-2-60表)。一方で、民営化計画については、20年までに民営化による収益で5,000億ユーロを調達することを計画しているものの、15年までの売却予定額は532億ユーロに過ぎず、かつ現行計画も遅延しているなど、こちらは目標達成に向けては厳しい状況にある(第1-2-61表)。
ポルトガルは、13年に金融資本市場への復帰を目指して財政再建を実施しているところであるが、9月の第5回トロイカ審査において各分野でのリスクや課題を指摘されつつも、「取組は進展している」という肯定的な評価を得て、10月に約43億ユーロの第6回融資を受け取ることとなった。
しかし、同審査ではポルトガルの13年の経済成長率予測がユーロ圏の主要貿易相手国の需要低迷や追加の財政再建により0.2%増から▲1.0%へ下方修正され、財政赤字目標GDP比も12年は4.5から5.0%、13年は3.0から4.5%、14年は2.5%となり、過剰財政赤字是正期限(財政赤字をGDP比で3%以内にすること)を14年へ1年後倒しにする結果となった。
また、トロイカは財政再建目標の緩和と引換えに「追加の財政再建への取組」を求め、ポルトガル政府は13年の予算案に個人所得税の引上げ(平均税率を9.8から13.2%へ引上げ)や高所得層への追加課税、課税資産100万ユーロ以上の高級不動産等に対する税率引上げ等を盛り込んだ。なお、13年予算案には、現在実施している公務員のボーナス凍結を13年に解除28することの代償として、企業負担を減らし雇用情勢を改善させる目的で、労働者の社会保障負担を11から18%へ引上げ、企業(雇用者)の社会保障負担を23.75から18%に軽減する措置も盛り込まれている。
第5回審査では財政再建策以外にも、競争力や潜在成長率の向上を目指した労働市場改革等の構造改革について「進展している」、金融セクターの資本増強や金融監督の強化についても「うまく進んでいる」と評価されている。そのほか、国営企業の民営化についても、当初計画を上回るペースで売却が進むなど、一定の進捗をみせている(第1-2-62表)。
このように、ポルトガルはトロイカ合意を履行するために高い経済的・社会的コストを払いながら財政再建努力を続けており、11月に発表された第6回トロイカ審査でも引き続き肯定的な評価を受けたところである。また、9月のECBによる新たな国債買取プログラム(OMT)のアナウンスメント効果や10月のESM発足等も相まって金融市場も小康状態にあり、10月末には5年債の私募発行に成功しているほか、同国の10年債利回りは総じて低下傾向が続いているなど、13年の市場復帰に向けた前進もみられる。
ただし、13年予算案は財政再建努力部分のおよそ7~8割が歳入強化措置によるもので、税収増に依存している面が大きい。歳入強化に偏りすぎる本予算は、経済の先行きに悪影響を及ぼす可能性があり、現下の厳しい景気後退局面では大きなリスクとなることに留意が必要である。
アイルランドは、10月に行われたトロイカ審査でも順調に進捗していると評価され、約22億ユーロ規模の融資が行われる予定となっている。財政再建については、12年の財政赤字削減目標が達成される見込みとなっているほか、13年についても当局が達成を約束しているなど、その進捗は非常に順調である。また、市場からの評価も改善しており、7月には短期証券の発行に成功し、被支援国の中では最も速く市場復帰を果たしている。
加えて、構造改革についても、7月に労働関係法の修正法案29(Industrial Relations Act, Amendment)が議会を通過するなど、着実に実行に移されている状況である。
(2)ユーロ圏レベルでの対策
(i)ECBの金融政策
欧州政府債務危機に抜本的な解決の兆しがみえない中、12年夏以降、ECBは二つの新たな領域に足を踏み入れた。一つ目は、7月に政策金利30を1.00%からユーロ導入以来の最低水準となる0.75%まで引き下げ、政策金利に連動する預金ファシリティ金利31を初めて0%としたことである。ドラギECB総裁は、ユーロ圏全体で経済成長の弱まりがみられること、ECBの流動性供給のコストを引き下げることなどを利下げの理由と説明しているが、一部の銀行が余剰資金をECBに滞留させる中、中央銀行への預金のインセンティブを低減して実体経済に資金を回すことも企図していたと考えられる。すなわち、余剰資金を抱えるドイツ等の銀行は預金ファシリティを通じてECBに預金し、無リスクで利ざやを稼いでいた。預金ファシリティ金利を0%とすれば利ざやを稼げなくなるため、余剰資金が企業や家計向けの貸出に回されることが期待されていた。
二つ目は、9月に新たな国債買取プログラム(OMT:Outright Monetary Transactions)を発表したことである(第1-2-63表)。元々、ECBはSMP(Securities Market Programme)と呼ばれる国債買取策を10年5月から行っていたが、SMP実施後に一部の国が構造改革の手綱を緩めたこと等を受けて12年2月より買取を停止し、各国政府が債務危機を解決すべきとの姿勢を示してきた。しかし、国債利回りがその国の財政状況に加え、ユーロ圏崩壊のリスクを織り込んでいるとECBは考えるようになり、そうしたリスクへの対応は金融政策の領域であると判断した。加えて、国債利回りの上昇によって一部の国でECBの低金利政策の効果が失われているとも認識し、全てのユーロ圏参加国が金融政策の恩恵を享受するためには、国債利回りを引下げる必要があるとの考えるようになった。そこで今回、SMPの反省を踏まえた上で、条件を厳格化した国債買取策の導入に踏み切ったのである。ECBの対応だけで債務危機が解決するわけではないが、金融政策の面からのこうした対応は危機解決に向けたECBの断固たる姿勢が示されており、評価することが出来よう。
このうち、預金ファシリティ金利を0%にしたことが信用供給に与えた影響は現在のところ限定的だったとみられる。ECBのバランスシートをみると、7月の利下げ以降、預金ファシリティ残高が急減する一方で当座預金が急増した(第1-2-64図)。預金ファシリティによって利ざやを稼げなくなったものの、金融機関は貸倒リスクを恐れ、余剰資金を貸出に回さず当座預金に滞留させたと考えられる。その結果、民間部門向けの貸出は低調な状況が続いている。むしろ、政策金利の引下げはECBから資金を借入れる際のコストを低下させた面での効果が大きかったと推察される。クロスボーダー資金が減少基調であること等を背景に、特に南欧諸国等ではECBの流動性供給への依存度が高い(第1-2-65図)。そうした中でECBからの借入コストが限界的に0.25%ポイント低下したため、南欧諸国等の銀行はその恩恵を受けたとみられる。
また、OMTに関しては12年11月の時点では実施されていないが、留意すべき点がある。OMTはSMPとは異なり、買取対象国がEFSF/ESMのプログラム下で課せられた条件を遵守することが実施の前提となっている32。買取中であっても条件が遵守されなければ買取は停止されることになっており、各国に改革を実施するインセンティブを与えるメカニズムとなっている。しかし、条件遵守の審査に時間がかかり、SMPと比べれば機動性が低い可能性がある。また、条件が守られない場合に即座に買取を停止すれば、再び対象国の国債利回りが上昇するリスクもある。
加えて、優先劣後構造に対する対応方法も今のところ明確ではない。12年3月のギリシャ債務再編では、ECBが保有するギリシャ国債は再編の対象から外された。その結果、投資家は将来の債務再編の際にも同様の措置が講じられると考え、自らの損失率の上昇を嫌気して南欧諸国等の国債購入を控えることになった。こうした状況を踏まえ、OMTで買取られた国債は、民間保有分と同等に扱われる予定とされた。しかし、ドラギ総裁はECBの自発的な債務再編参加は財政ファイナンスであり違法だとの見解を示しており、優先劣後の問題への対応の具体策は不明である。仮にこの問題への対応策が明らかにされないままであれば、ECBが介入するほど投資家は自らの潜在的な損失が拡大すると考え、対象国の国債に対する需要が冷え込んで利回りが上昇するリスクがある。
こうした懸念にどのように対応すれば良いだろうか。例えば、(1)条件が遵守されず買取停止されたり、投資家の懸念により国債利回りが上昇するリスクがあるならば、OMTを実施しない方が望ましいと考えることも出来るだろう。逆に、(2)審査に時間がかかることを避けるべく、厳格な条件を課さずにOMTを実施する方が望ましいと捉える見方もあるだろう。しかし、これらの見方もいずれも現下の債務危機への対応としては不十分であると考えられる。(1)については、国債利回りの上昇によって金融政策の効果が発現しない国がある中、買取によりその状況を改善することは重要である。勿論、投資家の懸念を払拭する際にも、EU法の遵守は求められる。一方、(2)に関しては、以前、条件を伴わないSMPが一部の国の改革実施を遅らせた反省を踏まえれば、条件を課すことも必要と考えられる。
以上を踏まえると、一案として想定されるのは、課せられた条件を一時逸脱しても即座に買取を停止するのではなく、警告を与えた上で是正手続きを実施させることである。そして、予め決められた期間内に状況が是正されれば、買取を続けるのである。状況が是正されず買取が停止され、国債利回りが上昇し、買取対象国の金融機関が流動性危機に陥ることになれば、緊急の資金供給を実施して事態の悪化に歯止めをかけることも可能だろう。一方、投資家の懸念に対しては、EU法を遵守した形でECBも債務再編に貢献する方法を検証し、早急に示すことが求められる。
(ii)欧州安定化メカニズム(ESM)の完全稼働
債務危機の中、防火壁の設置についても進展がみられた。12年9月にESM条約が発効し、10月にESM(European Stability Mechanism)が正式に発足することになった。当初は同年7月に設立される予定であったが、ドイツ憲法裁判所が同国のESM条約批准の合憲性を審査することになったため、設立が遅れていた33。
元々、ユーロ圏は債務危機に対する防火壁として10年6月にEFSF(欧州金融安定化ファシリティ)を設立していたが、これは一時的措置であって13年7月以降の新規融資を行うことが出来なかった。このため、恒久的な防火壁としてESMが設立されることになった。ESMの新規融資可能額は、各国の資本払込に伴って増加し、14年1~6月期には5,000億ユーロの最大融資能力を確保する見込みである(第1-2-66図)。
ESMの機能としては、融資を通じた財政支援に加え、発行・流通市場からの国債買取や銀行への資本注入があり、財政危機に対する防火壁として重要な役割を果たすことになるだろう。特に、単一銀行監督メカニズムの創設後にはESMによるユーロ圏銀行に対する直接資本注入が可能になることが12年6月のユーロ圏首脳会合で言及されており、政府債務危機と銀行危機の悪循環を断ち切るものとして期待されている。すなわち、今回の債務危機は、国債を保有する銀行の損失拡大を通じて銀行危機を招いた。ユーロ圏では各国政府が銀行救済を行ってきたが、政府が危機に苦しむ状況で資本注入を行っても、財政赤字が膨らむだけで債務危機は止まない。むしろ政府に対する見方が悪化して国債価格が下落し、銀行危機が一段と深刻化するため、二つの危機を鎮めるには政府を介さずに資本注入を行う必要があると考えられる。
(iii)「銀行同盟」創設に向けた動き
もっとも、資本注入が各国の責任とならず、それによって財政赤字が拡大しないならば、各国が厳格な金融監督を行うインセンティブが低下するというモラルハザードの問題が生じる可能性もある。そのため、ユーロ圏の金融機関を一元的に監督することで厳格性を維持しようと、銀行同盟を創設する動きがみられる(詳細は第2章)。
12年6月のユーロ圏首脳会合では、ユーロ圏の金融機関を一元的に監督する機関を創設することが決定され、同年9月には欧州委員会が単一監督メカニズム(SSM:Single Supervisory Mechanism)に関する規制のドラフトを公表し、ECBに金融監督権限を付与する方向性が明らかになった34。そして、10月のEU首脳会合では、13年初までにSSMに関する法案に合意することを目指すとされた。
このメカニズムの下では、ECBは金融政策等を統括する政策理事会(Governing Council)とは別に監督理事会(Supervisory Board)を設け、ユーロ圏銀行に対する認可付与・取消に関する決定、自己資本の審査等の任務を遂行する(第1-2-67図)。これらの任務達成のため、ECBは対象行からの情報提供を受けるほか、立入り権限を有し、EU法に照らして違法行為が確認されれば罰則を科すことも出来る。一方、各国監督当局は、ECBに与えられた任務以外を担当する。また、ECBの任務に関しても、ECBの活動に必要となる日々の手続きや監督業務の遂行は、各国当局が実施することになる35。
SSMの設立がESMによる銀行への直接資本注入の前提となっているため、予定通りの稼働が望まれている。既に、ESMが銀行へ資本注入を行うことを織り込み、スペインやアイルランドの公的債務から銀行救済に関する債務が除去されるとの見方がなされ、両国の国債利回りは12年夏より低下基調となっている。
しかし、様々な面において各国の意見相違がみられ、SSM設立までの道のりは決して平坦なものではない。まず、対象行に関しては、欧州委員会は最終的にユーロ圏の全銀行を対象とすることを提案している。国際的に業務を営む大銀行に限らず、スペインのカハ(貯蓄銀行)のような国内に特化した小規模行でさえ、金融危機を起こす可能性があると認識しているからである。しかし、ドイツはあくまで対象は大銀行に限定すべきだと主張している。
また、SSM設立後の銀行への直接資本注入についても慎重な意見がある。12年9月にドイツ、オランダ、フィンランドの財務相は声明を発表し、SSMが設立される前の銀行問題は各国政府の責任だと主張した。前述のとおり、ESMによる銀行への直接資本注入は12年6月のユーロ圏首脳会合で合意されたことであるが、その詳細についての解釈が各国で異なっている。ESMが銀行支援を行うならば、ユーロ圏の財務相によって最終決定されることになる36。現在のようにドイツが反対している限り、直接の資本注入は認められず、政府債務危機と銀行危機の悪循環を断ち切ることが困難となる可能性がある。
このように詳細に関して各国の意見が分かれる中、予定通りのSSM設立を疑問視する見方も現れ始めた。これまで、ユーロ圏は様々な取組みにおいて、予定通りの実施を実現することが出来なかった。しかし、SSMは第2章で詳述する「真の経済通貨同盟」を構成する銀行同盟の一つであり、その早急な創設が求められている。確かに、ESMによる直接資本注入は、一見すれば南欧諸国等のみの利益になるように思える。しかし、債務危機が企業・家計のマインド悪化等を通じてユーロ圏全体の経済に悪影響を及ぼす中、直接資本注入によって債務危機が解決に向けて前進することは、ユーロ圏参加国全てにとっても望ましいことである。ドイツ等が自国の潜在的な財政負担の拡大等を懸念し、対象行の限定を主張したり、直接の資本注入に慎重な姿勢を示すことは自国の利益とは整合的ではあるが、一方でヨーロッパの一員としてヨーロッパ全体の利益を踏まえた上で各国がこの課題に取組み、予定通りのSSM稼働が実現することが期待される。
3.ヨーロッパ経済の見通しとリスク
政府債務危機を背景にヨーロッパの景気の現状は弱含んでいる。以下では、ヨーロッパ経済の今後のメインシナリオと、それに対するリスク要因についてみていく。
(1)経済見通し(メインシナリオ)-年内は弱含むものの、13年以降持ち直しへ
ヨーロッパ経済の動向をみると、ドイツでは緩やかな持ち直しの動きが続いているが、フランスや英国では景気は弱い動きとなっている。また、南欧諸国等では景気の悪化が続いており、ヨーロッパ全体でみると、景気は弱含んでいる。
先行きについてみると、年内は引き続き弱含んで推移すると見込まれるが、13年以降、アメリカや中国等の域外経済の回復テンポが持ち直すにつれ、ドイツを中心に輸出主導で徐々に持ち直していくとみられる。
国際機関等の見通しをみると、13年は0~1%の成長率が見込まれているが、その達成は前述のとおりアメリカや中国等、域外経済の動向に依るところが大きい(第1-2-68図、第1-2-69表)。
(2)経済見通しに係るリスク要因
経済見通しに係るリスクバランスは下方に偏っており、特に欧州政府債務危機が深刻化した場合は、世界経済にも重大な影響を及ぼす可能性がある。
(i)欧州政府債務危機の深刻化
各国の財政再建に向けた取組やECBを中心としたユーロ圏レベルでの様々な対策により、12年半ば以降、南欧諸国等の国債利回りやソブリンCDSプレミアムは低下しており、欧州政府債務危機は比較的落ち着いた状態にある。しかし、(1)銀行同盟や第二次ギリシャ支援の頓挫、(2)財政緊縮の景気への悪影響が予想以上に大きいか、あるいは世論の反発が予想以上に強いために南欧諸国等の財政再建目標が未達となること、(3)スペインを中心に住宅価格の予想以上の下振れ等から銀行のバランスシートが更に悪化すること、などの先行きに対する懸念は依然存在している。これら(1)(2)(3)のいずれかが起点となり、ヨーロッパ経済全体に対する不確実性が再び高まると、南欧諸国等の利回りやソブリンCDSプレミアムの再上昇、金融資本市場の混乱、企業や消費者のマインドの悪化等の様々な悪循環が生じ、景気に対する大きな下押しリスクとなる。また、以下の(ii)(iii)のリスクが(i)と同様の悪循環の起点となり得る。
(ii)アメリカ、アジア経済等の減速による輸出の減少
ユーロ圏の主要輸出先であるアメリカや、近年シェアを高めているロシア、中・東欧、アジア経済が減速した場合、景気のけん引役である輸出が減少する上、生産や消費に対するマイナスの波及効果が考えられることから、景気に対する下押しリスクとなる。
(iii)雇用情勢の更なる悪化
ユーロ圏の失業率は史上最悪を更新し続け、11%台後半で推移している。13年以降景気が徐々に持ち直しに向かうにもかかわらず失業率が予想以上に上昇した場合は、長期失業者の増加を招き、構造的な下押し圧力が増大する。他方、現在進行している労働市場改革によって賃金や雇用の弾力性が増せば、逆に上方リスクとなるが、一般的には時間を要し、すぐにはその効果は出ないとみられる。