第3節 アジア経済
1.拡大テンポの鈍化が続くものの、安定化の兆しもみられる中国経済
中国経済は、2012年7~9月期の実質経済成長率(前年同期比)は7.4%増と、7四半期連続で伸びが低下するなど、内外需の伸び悩みによる景気拡大テンポの鈍化が続いている(第1-3-1図)。こうした成長の鈍化が続いている背景としては、10年以降の金融引き締め、不動産価格抑制策の実施等による固定資産投資を中心とした内需の鈍化に加え、11年7月以降の欧州政府債務危機の再燃による輸出の鈍化という両面が考えられる。ただし、12年9月以降、輸出の伸びが持ち直していることや、これまでの金融緩和や重要投資プロジェクトの前倒し実施等の経済政策により、安定化の兆しもみられている。
以下では、中国の拡大テンポ鈍化の要因を内外需それぞれから探るとともに、景気刺激策等によって安定化の兆しがみられる中国経済の現状について概観する。
(1)拡大テンポ鈍化の要因
(i)輸出入の不振
中国の景気拡大テンポ鈍化の要因として、まず挙げられるのが輸出の鈍化である。
輸出の伸びは、世界金融危機時の09年4~6月期を底に大きく回復した後、10年4~6月期をピークに低下している。伸びの低下は、世界金融危機に伴う水準の大幅な低下の影響が剥落した11年1~3月期以降も続いており、12年7~9月期には、前年比4.5%増と、08年10~12月期以来の低い伸びとなった(第1-3-2図)。
貿易の相手先別の動向からみると、輸出入ともに主要ないずれの国、地域においても伸びが10年4~6月期をピークに、それ以降大きく鈍化している中、特に輸出はEU向け、輸入は日本からの輸入が最も落ち込んでいる(第1-3-3図)。また、品目別にみると、輸出では紡績用繊維製品類等や電気機器・一般機械、輸入では鉱物性製品や電気機器・一般機械が伸びの鈍化の主因となっていることが分かる(第1-3-4図)。
こうした電気機器・一般機械を中心に、輸出入の伸びが鈍化している背景としては、国内外両面の要因が考えられる。
国外要因として、EUやアメリカ等主要国向け完成財(最終製品)の需要鈍化が、輸出全体の伸びを押し下げていると考えられる。また、国内要因としては、特に一般機械に関して、政府が継続して実施している不動産価格抑制策の影響等により、固定資産投資の伸びが低下し、日本をはじめとして主要国、地域からの関連機械の輸入が伸び悩んだことが考えられる。加えて、12年における鉱物性製品輸入の鈍化は、原油等国際商品価格が下落したことを差し引いて考えても、国内産業の生産活動の低下を表わす証左である。
12年9月以降、輸出はASEAN、アメリカ向けが電気機器・一般機器を中心に改善しており、10月の輸出は前年比でそれぞれ30.0%、9.0%と、ともに持ち直している。一方の輸入は、尖閣諸島をめぐる状況の影響により、日本からの輸入が引き続き減少しており、全体の伸びも6月以降一桁台の伸びが続いている37。中国経済の拡大テンポが鈍化している現状に加え、世界経済全体でも減速の動きがなお続いている中、輸出入ともに低めの伸びが今後しばらくは続くことが懸念される。
(ii)内需の伸び悩み
外需の鈍化の他、内需のうち特に投資が伸び悩んでいる。固定資産投資は、11年まで前年比25%近い伸びを続けてきたが、12年に入り、年初来累計の伸び率が20%程度にまで低下している。この背景には、投資額の約2割を占める不動産開発投資の伸びの鈍化がある。これは、10年4月以降、住宅購入向け貸出の抑制や二軒目の住宅購入の頭金比率の引上げ等、投機需要を抑制し不動産の取引価格を適正化するための不動産市場安定化策等が維持されていること38が影響しているとみられる(第1-3-5図)。
(iii)内外需の鈍化により生産活動も停滞
輸出入及び投資の鈍化の影響は、国内の生産活動にまで及んでいる。
電力消費をみると、世界金融危機後、11年の春節時期を除き、10%を超える伸びを維持してきたが、12年4~6月期以降、5%を割る伸びで推移している(第1-3-6図)。電力消費は主に製造業を中心とした第二次産業の寄与が高いため、伸びの鈍化は生産活動の停滞を反映しているといえよう(第1-3-7図)。
電力消費の低迷と符合するように、鉱工業生産全体の伸びも12年4月以降一桁の伸びまで低下し、その後は4%程度とおおむね横ばいで推移している。
また、販売の停滞は在庫の増加をもたらしている。例えば中国の大中規模企業の鉄鋼生産全体の6割強を占めている鋼材の在庫は、政府による不動産価格抑制策の実施を主な理由に、11年10~12月期以降、前年比約30%増と高い伸びが続いているなど、在庫増加が顕著となっている(第1-3-8図)。こうした在庫の増加は、中国国内における鋼材の需給緩和をもたらしただけでなく、世界的な鋼材、更には鉄鉱石等の市況悪化にもつながった。
次に、国内生産において重要な位置を占める自動車生産39の動向をみると、10年1~3月期以降伸びが低下した後、11年4~6月期以降は10%程度の低い伸びのまま、おおむね横ばいで推移している。自動車生産の約9割が国内販売向けであることから、中国の国内景気の影響を大きく受けた結果であると考えられる(第1-3-9図、第1-3-10図)。
また、同様に生産全体に占めるウェイトの高い電気機器・一般機械40の生産動向をみると、12年初以降、前年比で一桁台の伸びが続き、低下傾向となっている。これは、前述のように、国内での投資の鈍化に加え、電気機器・一般機械の輸出が大幅に減少したことの影響を受けた結果と考えられる(第1-3-11図)。
(2)安定化の兆しもみられる消費、投資、生産
内外需の鈍化を受け、政府は12年5月の国務院常務会議において、より経済成長に重点を置くという方針等のもと、省エネ家電の普及促進策や重要投資プロジェクトの前倒し実施等、内需の活性化を中心とした各種政策の実施を決定している(第1-3-12表)。
(i)消費
消費の動向を主要指標である社会消費品小売総額(以下、小売販売)からみると、11年末に家電の買換え促進策が終了するなど、多くの消費刺激策が終了したことに伴い、12年に入り伸びが低下している。この小売販売の動きを都市、農村別にみると、農村部に比べ、都市部の寄与の低下が顕著となっており、12年10月には農村部が11年1~3月期から2.3%ポイント寄与を上昇させているのに対し、都市部は5.0%ポイント寄与を低下させている(第1-3-13図)。
また、小売販売の約4割超を占める一定規模以上企業による主要品目別小売販売をみると、買換促進策等を実施した自動車や家電について、これら政策の終了による販売の落ち込みが鮮明となっており、特に11年末に以旧換新等、全国規模での政策が終了した家電は、前年比伸び率が11年の32.4%から12年1~3月期で5.1%と、販売が大きく落ち込んだ(第1-3-14図)。
一連の主要政策の終了による反動減の背景として、特に都市部において、生活家電の需要が飽和状態41にあり、これまでに実施されてきた一連の家電の買換え政策によるいわゆる「消費の先食い」の可能性等が考えられる。
自動車、家電に代表される主要な普及促進策が終了したこと等により、小売販売全体も伸び悩む中、政府は12年5月及び9月に省エネ家電製品を主な対象とした新たな政策を行うことを発表した(前掲第1-3-12表、第1-3-15表)。
消費刺激策が開始された6月以降の動きをみると、小売販売(名目、実質)が前年比7~9月期でそれぞれ13.8%増、10.9%増だったものが、10月には14.5%増、13.5%増となっており、消費全体の伸びは上向きつつある。しかし、消費刺激策の実施による販売の増加が期待される家電販売については、10月は前年比9.2%増と、9月から4.5%ポイント低下するなど、施策の実施による効果がいまだはっきりと確認できていない。
政府は、第12次5か年計画において、小売販売を年平均15%前後増加させ、15年までに32兆元前後まで増やす目標を掲げている。
上記計画や12年の経済運営方針、政府活動報告において、内需の拡大の柱として消費の拡大を図るとしているところであり、今後も引き続き消費の動向が注目される。
(ii)投資、生産
投資については、5月の国務院常務会議において、重要投資プロジェクトの前倒し実施が決定された(前掲第1-3-12表)。
その一環として9月には、中国国家発展改革委員会が、各地方政府による計1兆元規模(13兆円程度、対名目GDP比:約2.1%)の投資プロジェクトを認可した他、各地方政府による大型案件プロジェクトの予定が相次いで発表されている。また、11年7月の温州市で起きた鉄道事故後、大幅に抑制されていた鉄道投資42についても、10月に今年の投資計画が6,300億元に引き上げられるなど、当初計画から1,000億元以上上乗せされている43。
こうした最近の動きを踏まえ、12年に入ってからのインフラ投資の動向をみると、重要投資プロジェクトの早期実施が決定された5月以降、関連項目において伸びが高まっていることが確認できる。特に鉄道投資は、年初来累計でみた前年比では引き続きマイナスの伸びが続いているものの、単月の投資額の前年比では、10月は80%を超える増加と試算され、投資の増加が顕著となっている(第1-3-16図)。
また、生産面への影響をみると、インフラ建設に関係の深い建材・セメント等の非金属、鉄金属加工については、9月から10月にかけて生産の伸びがそれぞれ11%、12.6%と小幅に上昇するなど、持ち直しに向けた動きもみられている(第1-3-17図)。インフラ関連投資の伸びが回復するにつれ、非金属生産を含め、インフラ関連生産財の伸びの改善が期待されよう。
こうしたインフラ投資は、中国の固定資産投資のうち、製造業や不動産投資に並ぶ主要投資であり(第1-3-18図)、投入される関連財の生産や輸入等の動向を含め、今後の動向が注目される。
(3)景気動向に対応して、金利引下げ等を実施
消費者物価上昇率は11年、4%~6%前後という高い水準で推移していたが、同年7月をピークに低下し始め、12年2月より3%台へと低下し、政府目標の4%前後を下回る状態が続いている。
11年7月以降、消費者物価上昇率が低下し、12年2月以降、政府目標を下回る上昇率で推移している背景としては、景気拡大テンポの鈍化による需要面の物価上昇圧力が低下していることに加え、供給制約の解消により豚肉等の食品価格44の伸びが前年比で低下したことが主な要因と考えられる(第1-3-19図)。
前述の景気拡大テンポの鈍化や物価の安定等により、中国人民銀行は12年6月、7月に貸出及び預金基準金利の引下げを行ったほか、預金準備率を3度引き下げるなど、11年までの引締めから金融緩和に軸足を移す姿勢を鮮明にしている(第1-3-20図)。
さらに、12年6月、7月には、中国人民銀行が、貸出基準金利の割引率の拡大や預金基準金利の上乗せを認めるなど、金利の自由化も進めている(第1-3-21表)。こうした貸出及び預金基準金利の引下げ等を受け、12年3月頃からマネーサプライの伸びは上昇し、7~9月期には前年比14.8%と、12年の目標である同14%を12年中初めて上回った。新規貸出額も増加傾向となっている(第1-3-22図)。
また、新規貸出額の内訳をみると、個人向け、企業向け共に12年1~3月期以降増加傾向となっている。そのうち、企業向け貸出は12年4~6月期以降伸びが鈍化しているものの、今後はインフラ等投資プロジェクト実施のための資金調達が進められる中で増加する可能性も考えられる(第1-3-23図)。
一方、新規貸出以外の資金調達の項目を含めた社会融資総量45をみると、12年10月は約1兆3,000億元、前年比63.1%の大幅増となっている。内訳の新規銀行貸出は前年比でマイナスに寄与しているものの、社債等にけん引され社会融資総量全体は12年7~9月期以降増加基調となっており、企業等の資金需要は持ち直しの兆しがうかがえる(第1-3-24図)。
(4)新指導部による今後の経済政策の基本方針
12年11月の中国共産党第18回中央委員会第1回全体会議において、習近平政治局常務委員が新たに総書記に選出されるなど、次期指導部の陣容が発表された。その直前に開催された中国共産党第18回全国代表大会の冒頭では、胡錦濤国家主席による政治報告の中で、新指導部に引き継ぐ今後の施政方針の一環として、(1)20年までに「小康社会」の全面建設を実現し、GDP及び一人あたり国民所得を対10年比で倍増させる、(2)経済構造の戦略的な調整を進め、金融システムを更に市場原理に基づいて運営するほか、対外投資を促進し、重要産業への政府投資を拡大する、(3)都市と農村の発展の一体化を進め、「三農問題」(農業、農村、農民の問題)を解決するとともに、社会保障システム建設を推進する、との基本的な経済方針が提示された。
以上の内容は、いずれも現行の第12次五か年計画の方針に沿うものであり、当面の経済政策について大きな変更は無いものと考えられるが、13年3月の全国人民代表大会に向けた次期指導部の動向について、引き続き注視する必要がある。
コラム1-1:尖閣諸島をめぐる状況の影響(自動車、直接投資等)
12年9月中旬に、尖閣諸島をめぐる反日デモの影響により、日系企業の工場・販売店等での物損被害が発生し、その後、日系メーカーの自動車を始めとした日本ブランド商品の買控えの動きが広がった。その結果、10月の自動車販売台数は前年比6.4%と8月までの二桁台の伸びと比べると低下しており、中でも日本メーカーの10月のセダン販売は前年比30%を超えるマイナスとなるなど、大きな減少となった。また、需要減に伴う生産調整の動きも相まって同月の自動車生産も前年比5.9%増と低下傾向にある(図1)。
一方、日本は近年、中国向けの直接投資を拡大させてきており、12年以降、世界全体の中国への直接投資がマイナスの伸びで推移している中、日本からの投資は1~9月までは前年比16.9%増と高い伸びとなっていた(注1)。しかし、9月の尖閣諸島をめぐる状況の影響により、10月の日本の対中直接投資は前年比▲32.5%と大きく落ち込んでおり、状況に変化がみられる(図2)。
中国では外資系企業が生産の約3割、輸出入の約5割を占めており、今後も日本を含めた各国からの対内直接投資の伸び悩みが続くと、特に輸出入が更に鈍化することが懸念される。
前述のとおり、中国経済には安定化の兆しも出ているが、以上のような尖閣諸島をめぐる状況の影響については、長期化するリスクを含めて注意が必要である。
(注1)日本は、11年では香港に次ぐ第2位の対内直接投資国となっている。
2.景気の拡大テンポが弱まるインド経済
インドでは、世界金融危機後も8%を超える高い経済成長がみられていたが、11年後半以降、成長率の鈍化が続いている。主な背景としては、慢性的な物価上昇と金融引締めの影響等から国内需要が弱まる中、世界経済の減速の影響で輸出が鈍化したことが挙げられる。以下では、このようなインド経済の現状について概観する。
(1)内外需の鈍化をみせるインド経済
インドの実質経済成長率は、11年4~6月期から低下が続いていたが、12年に入ると一段と鈍化し、12年1~3月期に前年同期比5.3%、4~6月期同5.5%と、拡大テンポは弱まっている(第1-3-25図(1))。産業別にみると、製造業が11年末から弱含みの状態が続いており、また、インド経済のけん引役である商業・ホテル・運輸・通信46 といったサービス業についても低調な経済活動を反映して伸びが鈍化している。
この背景には、近年高水準で推移している物価上昇を懸念するインド準備銀行(RBI:Reserved Bank of India)の引締め策の継続による金利高47 等から、国内需要の成長が弱まっており、特に総固定資本形成が急速に伸びを低下させていることが挙げられる(第1-3-25図(2))。
消費についても伸びが鈍化している。耐久消費財の約2割を占める乗用車や二輪車の販売台数をみると、これまでの高金利や原油価格上昇の影響から伸び悩んでいることに加え、12年4月には付加価値税の引上げ48 が実施され、さらに12年夏には大手自動車メーカーでの暴動による操業停止の影響等から弱い動きとなっている(第1-3-26図)49。
同様に、外需をみても、内需の落ち込みから資本財輸入が減少する一方、世界景気の減速の影響を受け輸出が減少している(前掲第1-3-25図(2))。
このような内外需の動きを反映して、鉱工業生産指数の伸びも低いものとなっており、特に資本財は総固定資本形成の低迷により大幅に減少している(第1-3-27図)。
一方、物価動向をみると、景気の鈍化にもかかわらず、卸売物価50上昇率はエネルギー価格の上昇等からさほど低下しておらず、また今後も物価上昇圧力が残ることが懸念されている51(第1-3-28図)。
そのため、RBIは12年4月に約3年ぶりに政策金利を引き下げたものの、それ以降、金利は据え置いている(第1-3-29図)。一方、預金準備率を12年9月及び10月と引き下げて流動性の確保に努め景気への配慮もみせているが、物価安定を最優先するRBIとしては景気の拡大テンポが弱まる中においても引締めスタンスを維持せざるを得ないという難しい状況に直面しているといえる。
(2)景気減速局面からの脱却に向けた構造改革の推進
こうした中、12年9月中旬以降、インド政府は補助金削除と外資参入の促進を内容とした経済政策を相次ぎ発表した(第1-3-30表)。政府が改革に着手した背景には、燃料補助金等の支出による財政赤字の拡大と、欧州政府債務危機の影響等による資本流入の鈍化のほか、後退していた改革への懸念を払拭する狙いがあるとみられる。
燃料補助金の削減は、資源価格の高騰や通貨ルピー安という状況下での財政負担を減らすとともに、資源の有効活用に資するという点においても評価できる。また外資への規制緩和については、総合小売業ではIT産業等に比べ幅広い層での雇用機会の創出が期待でき、インフラ部門では供給制約の解消、ひいては物価上昇圧力の緩和につながることが期待される。
停滞していた構造改革に一歩踏み出したことは、海外からの資金流入による景気浮揚や中長期的な持続的成長に寄与するものとして評価できる。しかしながら、これらの改革は、11年に撤回された経緯があること52や一部に議会承認等の手続きを要することなどから、その実施については依然として予断を許さない状況にあるといえよう。
3.景気の足踏み状態が続くその他アジア地域経済
その他アジア地域53では、世界経済の鈍化の広がりの影響を受け、景気の足踏み状態が続いている。
(1)内外需、生産の動向
(i)実質経済成長率は総じて足踏み状態
12年に入り、その他アジア地域の各国・地域の実質経済成長率は、欧州政府債務危機や中国の景気拡大テンポの鈍化の影響を受けて低下するなど、景気は総じて足踏み状態となっている(第1-3-31図)。国、地域ごとにみると、韓国やシンガポールでは設備投資や建設投資の鈍化、タイでは11年秋の洪水の影響による復興需要が一服したことに加え、世界景気の減速の動きの広がりによる輸出の鈍化が12年1~3月期以降の成長率低下の主な要因と考えられる。一方、台湾では、前年比では12年4~6月期にマイナス成長を記録するなど、弱い動きがみられるものの、前期比では、12年1~3月期以降、主に半導体工場等への投資拡大や、スマートフォン向け等の電子部品等の輸出がけん引する形で、景気が持ち直す動きがみられる。マレーシアでは、インフラ投資等による内需の拡大に下支えられ、ほかの国、地域と比べ相対的に高い5%程度の成長率を維持している。
(ii)生産、輸出ともに総じて弱い動き
欧州政府債務危機や中国の景気拡大テンポの鈍化の影響を大きく受けているのが、生産及び輸出である。その他アジア地域の生産、輸出動向は、12年1~3月期にかけて持ち直しの動きがみられたものの、回復までには至らず、その後は世界景気の減速による最終需要の鈍化等により、総じて弱い動きで推移している(第1-3-32図、第1-3-33図)。
また、11年秋の洪水により、生産レベルが07年水準の70%程度まで落ち込んだタイでは、12年1~3月期にかけて大きく回復したものの、7~9月期でも洪水発生前の水準まで回復していない状況となっている。
次に、輸出の動きを主要国、地域別向けの動向からみると、前年比では、中国をはじめ全ての主要国、地域向けで伸びが低下する中、EU向けが11年10~12月期以降、中国向けが12年1~3月期以降伸びがマイナスとなっている。
特に、12年1~3月期以降の中国向け輸出の弱い動きは、中国経済の景気拡大テンポの鈍化によるものと考えられる。その他アジア地域の2000年と11年の中国向け輸出のシェアを比べると、韓国、台湾及びシンガポールでは約1.7倍、タイ及びマレーシアについては約2倍と、中国向け輸出の比重は顕著に増しており、その他アジア地域の国、地域にとって中国からの影響度合いはますます高まっていると考えられる(第1-3-34図)。
(iii)内需の動向は二極化傾向
一方、内需の動向をみると、堅調な消費に加え、大型インフラ建設工事の実施を背景に固定資産投資が好調なマレーシアは11年4~6月期以降、11年秋の洪水被害からの復興需要が発現しているタイは11年10~12月期以降、高い伸びを示している。また、シンガポールでは堅調な雇用に支えられ、個人消費の伸びが低下を免れている。なお、固定資産投資の伸びもおおむね横ばいとなっている。一方で、韓国、台湾では、世界経済の減速を背景とした投資環境の悪化等により、機械設備等の設備投資が伸び悩んでいる。台湾ではまた、公共事業でも弱い動きがみられ、11年7~9月期以降(前年比)低い伸びで推移している(第1-3-35図)。
(2)景気対策の実施と生産の持ち直しの動き
こうした輸出や内需の動向を受け、それぞれの国、地域では中国同様、特に内需の活性化を目的とした景気刺激策を実施している(第1-3-36表)。韓国では、主に投資の活性化を狙っており、台湾は投資促進の他、輸出促進、産業支援等広範にわたる内容の対策を打ち出している。また、タイやマレーシアでは、減税、補助金による消費活性化を目的としたものとなっている。これら施策の実施により、今後、内需の持ち直しが期待される。
また、韓国や台湾では、新型のスマートフォンやタブレット端末、パソコン基本ソフト等の発売を受け、半導体の在庫調整が進展し、12年4~6月期以降、生産の持ち直しの動きが確認できる(第1-3-37図、第1-3-38図)。こうした動きが年末商戦に向けた一時的なものかどうか含め、今後の生産、在庫等の動向を注視していく必要がある。
物価上昇率は、景気が足踏み状態にあることに加え、前年の原油価格や天候要因による食品価格の上昇等の物価上昇圧力が緩和したこともあり、12年以降総じて安定的に推移しており、金融緩和の余地が大きくなっている(第1-3-39図)。その他アジア地域において、12年以降、10月までに2回(7月/10月、1月/10月)、韓国とタイで政策金利の引下げが行なわれている。今後景気が更に減速した場合、その他の国、地域においても金融緩和へ向かうことが考えられる(第1-3-40図)。
4.アジア経済の見通しとリスク
アジア経済は、中国では景気の拡大が続いているものの、拡大テンポがやや鈍化しており、インドでは景気の拡大テンポが弱まっている。また、韓国、台湾、ASEAN地域では景気は総じて足踏み状態となっている。以下では、アジア経済の先行きに係るメインシナリオとそれに対するリスク要因についてみていく。
(1)経済見通し(メインシナリオ)― 持ち直しに向けた動きが徐々に明確化へ
中国では、12年第3四半期の実質経済成長率は前年比7.4%増となるなど、成長率は7期連続で低下しており、拡大テンポがやや鈍化している。景気の拡大テンポの鈍化が顕著となる中、5月以降の重要投資プロジェクトの前倒し実施や省エネ家電等の消費促進策等の経済政策の実施により、安定化の兆しもみられる。先行きについては、不確実性は高いものの、更なる政策効果等の発現により、引き続き内需を中心に堅調に推移し、景気は緩やかな拡大傾向が続くと見込まれる(第1-3-41図)。
インドでは、景気の拡大テンポが弱まっている。先行きについては、当面、低めの成長が見込まれるものの、9月に発表した経済改革が着実に実施されれば、内需を中心に拡大傾向が続くと見込まれる。
その他アジア地域は、景気は総じて足踏み状態となっている。先行きについては、欧州及び中国向け輸出の低迷から、当面、足踏み状態が続くと見込まれる。ただし、アメリカや中国の景気が改善し、特に台湾や韓国において年末にかけて電気・電子部品、製品を中心とする生産、輸出が増加するとのシナリオの下、持ち直しに向けた動きが明確化してくることが期待される。
国際機関の見通しをみると、12年よりやや上昇し13年に中国は8%台前半、インドは6%台、その他のアジア地域についても、韓国、台湾、シンガポールは2~3%台、シンガポールを除くASEAN諸国は4~6%台の成長率が見込まれている(第1-3-42表)。こうした見方は、おおむね妥当と考えられる。
(2)経済見通しに係るリスク要因
アジア経済の先行きに関するリスクに関しては、依然として下方に偏っている。
(i)ヨーロッパ及び中国向け輸出の低迷と金融資本市場の動向
これまでみてきたように、中国やその他アジア地域では、欧州政府債務危機の再燃等によるヨーロッパ各国の最終需要の鈍化の影響を受け、欧州向け輸出が引き続き伸び悩んでいる。加えて、その他アジア地域では、中国向け輸出も伸び悩んでおり、景気足踏み状態の要因の一つとなっている。これらが長期化した場合、景気の拡大テンポの鈍化、足踏み状態の長期化が生ずるおそれがある。
また、中国を除くアジア各国・地域では、今後、欧州政府債務危機が更に深刻化した場合、為替の一層の減価を通じ輸入物価の上昇や各国・地域が保有する外貨建て債務の返済負担の増加につながる可能性もある。さらに、株価下落等の資産効果を通じた個人消費や、信用収縮に伴う資金調達コストの増加による設備投資の抑制等、内需の縮小により、中国経済の失速を始め、インド、その他アジア地域の実体経済に更なる影響が出てくるおそれがある。
(ii)中国の不動産価格の再加熱や急落
12年2月以降、不動産価格はこれまでの低下局面から反転している。政策効果により景気に安定化の兆しもみられ、こうした動きが底堅いものになると期待される中、不動産をはじめとした資産価格の上昇等、再び市場が過熱するリスクに留意する必要がある。一方で、政府は引き続き不動産価格抑制策の継続を度々表明しており、本政策の継続により、不動産価格の急落が生ずる場合には、地方政府の財政悪化等が引き起こされ、ひいては投資等、実体経済が急激に冷え込む可能性もある。
(iii)物価上昇の再加速
中国、インド及びその他アジア地域では、10年から11年にかけて物価が大幅に上昇した。11年10月以降、景気の拡大テンポが緩やかになっている中、インドを除く各国、地域においては、需給両面の落ち着きにより、物価上昇率は低下ないし横ばい傾向にあり、中国をはじめ一部の国では、政策金利の引下げを行うなど、金融緩和の動きもみられている。しかし今後、国内における食品価格の上昇や、世界的な金融緩和を背景とした輸入物価の上昇等が原因となって、再び物価上昇が加速する可能性もある。また、中国をはじめ、景気持ち直しの動きが顕在化した場合には、需要の増大による物価上昇圧力が働くことから、引き続き物価の動向に留意が必要である。仮に、物価が再び上昇に転じた場合には、実質所得の低下や消費への下押し圧力等を通じ、実体経済面へ影響を及ぼすことが懸念される。
(iv)中国の政策効果が発現しない可能性
前述のとおり、中国では政策効果により消費・投資に安定化の兆しもみられ、引き続きこうした動きが底堅いものとなると期待されるものの、依然として家電、自動車販売の伸びが安定しないなど、その効果については不確実性が存在している。また、その他アジア地域の国、地域では、欧州向け輸出の鈍化の他、中国の景気拡大テンポの鈍化により、12年以降、中国向け輸出も伸び悩んでいる。今後、これら政策効果が大きく発現しない場合、自国経済の景気拡大テンポの更なる鈍化やその他アジア地域の景気足踏み状態の長期化が生ずるおそれもある。