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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 先進各国の財政政策の動向

第2節 財政政策と景気変動・経済成長

 前節でみたように2000年代に入って主要国で財政赤字が再び拡大したが、これは、2000年代初頭の世界的な景気後退期に各国経済を下支えした面もあると思われる。本節では、こうしたことも踏まえ、各国の財政政策について、自動安定化機能など景気循環との関係、経済成長などの中期的課題との関係について簡単にみた後、本章全体のまとめを行う。

1.財政ルールと財政の自動安定化機能

●自動安定化機能の大きさ
 財政には、本来、景気に対する自動安定化機能があるといわれている。これは、景気が悪化したときには、税収が減るとともに失業保険等の景気に連動する歳出が増加し財政赤字が拡大することにより、公的部門が需要を下支えすることによる(景気拡張のときは逆に作用する。)。第1節でみた循環的収支は、この自動安定化機能が財政収支にどのように現れているかを示すものでもある。
 一方、自動安定化機能にとどまらず、政策的に財政の拡張又は引締めを行って景気変動を調整しようとする裁量的財政政策については、第一に政策の立案・決定・実行等に伴う時間的ラグの問題、第二に景気拡張期において財政緊縮の政治的コンセンサスを得にくいので財政が膨張しやすくなること、第三に政策の変化に伴う経済主体の期待(予想)の変化の結果政策の効果が意図したほどの効果を発揮しなかったり撹乱的な効果を生んでしまったりする可能性があることなどが指摘されている(28)。こうした裁量的政策の問題点に関する認識から、財政政策については、一定のルールに基づく中期的安定性を重視し、景気循環に対応して自動安定化機能を発揮させるべきという方向性が強調されてきた。
 そこで、自動安定化機能の大きさについて、OECDの試算をみてみると(第1-2-1図)、加盟国平均では、景気循環要因によるGDPギャップの1%の変化に対して、GDP比で0.44%程度循環的収支が変動する(自動安定化機能が作用する)とされている(29)。すなわち、景気悪化によりGDPギャップが拡大すれば、その半分近くの規模だけ財政収支が悪化するが、これは、それだけの大きさの国民の税負担の減少や政府支出の増加によるものであり、それらの乗数効果を通じてかなりの程度の景気の下支え効果を持つこととなる。
 自動安定化機能の大きさを左右する要因は、労働市場の構造や税制等様々である(30)。そこで、歳入・歳出ごとに弾性値(GDPギャップが1%変化した場合に、各項目が何%変化するか)をみると、OECD平均で、法人所得に係る税は1.5、個人所得に係る税は1.26、歳出は全体で▲0.10と試算されているが、各項目とも国によってばらつきがみられる(第1-2-2表) (31)
 しかし、全体としての自動安定化機能の大きさは、そうした要因を反映しつつもかなりの程度政府の大きさに比例している。すなわち、北欧諸国始めヨーロッパ各国で大きく、ユーロ圏平均で0.48となっている一方、韓国で最も小さく0.2強、日本やアメリカではやや小さく0.3台となっている。

●財政運営は得てして景気循環増幅的に
 しかし、現実の各国財政運営は、景気循環に対してむしろ増幅的になされることも少なくない。ひとつの目安として、GDPギャップと、財政収支のうち自動安定化機能を除いた部分(構造的財政収支)の変化との相関をみてみる。景気の悪化しているときにはGDPギャップはマイナスになっているが、そうしたとき構造的財政収支を悪化させる拡張的な財政政策がとられれば、景気循環を平滑化する方向に作用するので「景気循環相殺的」(counter-cyclical)であり、逆であれば「景気循環増幅的」(pro-cyclical)と考えることができる。第1-2-3図をみると、先進国の半数程度では、どちらかといえば景気循環増幅的な財政運営がとられていた可能性があることが分かる。また、主要国の中では、例えば、アメリカと比べるとユーロ圏では景気循環増幅的なことが多いように見受けられる(32)。また、OECD(2006b)では、基礎的財政収支のうち循環要因を除いた部分の変化を、GDPギャップの変化等を説明変数として推計し、ユーロ圏では景気循環増幅的な財政運営がとられる傾向が、その他の加盟国では景気循環相殺的な財政運営がとられる傾向がみられるとしている(第1-2-4表参照)。なぜ財政運営が景気循環増幅的に行われるのか、様々な理由が考えられる。もとより、財政は、様々な政策を実施するために運営され、選挙の年に財政が拡張しやすいなど、景気以外の様々な政策運営上の理由から財政が結果的に景気循環に対しては増幅的になることもあり得る。また、景気が良いときには財政状況が良好となるので拡張的な財政政策がとられやすくなり、景気が後退したときには財政状況も悪化して財政健全化のため引締め的な政策がとられやすくなる傾向が生じて、両者あいまって景気循環増幅的な財政運営が行われる誘引となっている可能性も考えられる(33)

●自動安定化機能を発揮するために
 さらに、自動安定化機能を十全に発揮するためには、財政健全化を進める上でも配慮が必要である。景気後退期には自動安定化機能が作用して循環的な財政赤字が生じるが、それゆえに財政ルールに違反しそうになって引締めを行うと、自動安定化機能も減殺されてしまう。実際に、安定成長協定については、3%基準が景気循環増幅的な財政運営を促す効果があると関係国から指摘(34)され改定されている(「コラム:安定成長協定の見直し」参照)。そのような事態を避け、自動安定化機能を十分に機能させるためには、例えば、循環的収支の振れに対応する余裕を持った財政運営を行うことが一案である(35)第1-2-5表は、各国の循環収支の変動の大きさをみたものであるが、国によって相違はあるものの、循環的な振れも考慮して一定水準の財政収支を達成しようとするためには、ある程度の余裕を持って財政運営を行うことなどが必要なことが分かる。あるいは、景気後退の場合の例外規定を設けたりすることも考えられる(36)
 また、大きな財政赤字が存在して財政健全化の途上である場合にも、自動安定化機能に配慮した対応が適当かつ可能と考えられる。例えば、安定成長協定では、中期的な財政目標に向って構造的な財政収支を年に0.5%程度改善することを求めている(「コラム:安定成長協定の見直し」参照)。そのように、構造的収支の健全化幅を目安にするなどして、景気後退期には財政健全化のペースを抑制し、景気拡張期には加速すれば、実質的に自動安定化機能を機能させつつ財政健全化を進めることができると考えられる。

コラム 安定成長協定の見直し

 安定成長協定については、ドイツ、フランスを含む13か国を対象に過剰財政赤字手続が適用されてきたが、そうした中、関係国より、景気後退期にも3%基準を満たそうとすると景気循環増幅的な財政運営を招きかねないので柔軟性も必要という議論がなされ、05年に見直しが行われた。
 その内容(表)は、第一に、過剰財政赤字手続の基準を緩和したことである。まず、財政赤字が3%を超えても許容される「著しい経済下降」は、従来は原則として成長率がマイナス2%を超えた場合に限定されていたが、成長率がマイナスか、潜在成長率を下回る状況が長引く場合にも広げられた。また、過剰財政赤字手続の最初に欧州委員会が作成する過剰財政赤字に関する報告書においては、3%超過が一時的で超過幅が大きくない場合には財政状況に「関連する要素」も考慮することとされていたが、その具体的内容についてこれまで規定がなかったところ、具体例として、中期的な経済状況、中期的な財政状況、研究開発費、ヨーロッパ統合に資する財政支出、短期的に財政支出を伴う構造改革の実施等が明記された。
 第二に、過剰財政赤字の是正期限を、従来は赤字発生の年から数えて実質3年目までとなるような規定ぶりとされていたところ、上述の「関連する要素」を考慮して実質4年目までとすることができる規定ぶりとし、過剰財政赤字手続中に予期せぬ経済事象が発生した場合にはさらに1年延長できることとした(さらに、一定の場合是正期限をさらに延長できることとした)。
 第三に、中期目標については、「収支均衡又は黒字」とするとの画一的な規定だったが、国ごとに公的債務残高や成長率などを考慮して定め、その目標に向って各国は年にGDP比0.5%をベンチマークに構造的財政収支を改善していくべきとされた。

「安定成長協定」の見直しのポイント

 こうした協定の見直しについては、中期目標を具体化したことや、過剰財政赤字手続について経済や財政の実態をより綿密に考慮する現実的なものとした面では改善があったとも考えられる。しかし、中期目標については、厳密な手続が定められておらず、効果はなお見定め難い。また、過剰財政赤字手続については、特に是正期限が延長されたことから財政ルールが弱まったのではないか、との指摘が少なくない(37)


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