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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 先進各国の財政政策の動向

第1節 1990年代以降の先進諸国の財政動向

4.各国の多様な経験

 以上から、財政収支がある程度改善したり通貨統合を達成したりした後に、減税による経済活性化(アメリカ、ドイツ、フランス)や重点分野の歳出増(アメリカ、英国)等、ほかの政策目的の重要性が相対的に高まり、結果的に各国の財政が拡張したことがうかがわれる。2000年代初頭にこれら各国の財政収支が悪化した背景としては、いわゆるITバブル崩壊後の世界的な景気後退も重要であるが、各国とも構造的収支の寄与が大きいことから、こうした政策・制度の変更が財政収支の悪化の重要な要因であったと考えられる(19)

●20か国の財政健全化の経験から
 ここで、さらに対象を広げて、先行研究(20)も参考に、90年代に相当程度の規模で財政赤字削減を行った20か国について、その後かなりの程度財政収支が悪化した国8か国(以下「財政収支が再び悪化した国」と便宜的に呼ぶ)と、そうした状況には至らなかった国12か国(以下「財政の健全性を維持している国」と便宜的に呼ぶ)に分類しつつ見ていく。各国の経験は極めて多様であるが、傾向としては以下が指摘できる。
 第一に、この期間に、20か国平均(以下、「平均」は、国の大きさを考慮しない単純平均)で、GDP比8%超の財政赤字削減が行われており、財政健全化が大きな規模で行われたことがわかる。健全化の期間は平均7年超と長期に及ぶが、1年当たりにしてもGDP比1.1%と速度も相当に速いといえる(第1-1-9表)。なお、健全化の規模や速度は、国によって大きなばらつきがあるが、財政収支がその後再び悪化した国とそうでない国とで差異が大きいわけではない。
 第二に、財政収支が再び悪化した国についても、概していえば収支悪化にある程度の歯止めがかかっており、90年代初頭の水準までは低下していない。これらの国について、2000年代に入ってから財政赤字が最大の年をみても、GDP比でみて90年代の財政健全化の半分強が逆戻りしているが、その後05年までの変化をみれば、再び改善の動きもみられる。最悪期の財政赤字をみても、ヨーロッパでは、ギリシャ、ポルトガルの二国を別として同3〜4%程度にとどまっており、安定成長協定がある程度の歯止めとなっていることがうかがわれる。
 第三に、財政健全化をどのように行ったかは極めて多様で一般化は容易でないが、どちらかといえば、財政の健全性を維持している国では、財政健全化に際して歳入増よりも歳出削減に重きをおき、また、歳出の中では社会保障などが抑制されていることがうかがわれる。
 すなわち、財政収支が再び悪化した国では、国ごとの違いが非常に大きいが8か国の平均では、歳入増(以下歳入、歳出とも循環的な部分と利払を除く)の寄与(GDP比3.7%)と歳出の削減(同1.3%)の比率はおおむね3対1となっている(第1-1-10図) (21)。一方、財政の健全性を維持している国では、平均すれば財政健全化の過半は歳出削減によっており、歳入の増加(同1.9%)と歳出の削減(同3.3%)の比率は、おおむね2対3となっている(22)。なお、90年代においては、長期金利が低下傾向にあったことから各国において利払の減少も財政健全化に大きな寄与をしている(財政収支が再び悪化した国では純利払で見て同1.7%、財政の健全性を維持している国では同1.3%)。
 また、財政健全化期の後については、財政収支が再び悪化した国においては、収支悪化に対し、歳出増(同1.9%の寄与)、歳入減(同1.8%)双方とも大きな寄与をしている(23)が、財政の健全性を維持している国では、歳出増が抑制(同0.8%)され、歳入減も小幅である(同0.5%)。また、利払費は全体的に引き続き減少している。
 さらに、財政健全化期における歳出削減の内訳をみると(第1-1-11図)、財政の健全性を維持している国の方が平均的に大きな歳出削減を行っている中で、特に、社会保障の削減幅が大きい(健全性を維持している国では財政健全化期に同1.5%の削減を行っているのに対して、財政収支が再び悪化した国における財政健全化期の削減幅は同0.6%にとどまっている(24))。これらの国のうち、スペイン、フィンランド、アイルランド、カナダなどでは、構造改革や成長の持続により、失業を減らし、失業給付を削減したことが大きく寄与していると考えられる。また、各国で進められている社会保障制度等の改革の効果も大きいと考えられる(25)。補助金等を含む「その他の歳出」や人件費の削減幅も財政の健全性を維持している国の方が大きい。また、健全化期の後も、財政の健全性を維持している国では引き続き社会保障費が抑制(同0.1%の減少)されているのに対して、財政収支が再び悪化した国では、同0.6%増加している(26)
 なお、以上はあくまで限られた事例からの観察結果に過ぎないが、90年代半ばまでのデータを用いた先行研究(27)でも、増税に依存し、社会保障等の歳出削減を十分に行わずに財政赤字削減を進めた場合には、収支改善の効果が継続しない傾向が示されている。

 このように各国の経験は多様である。ただし、おしなべていえば、90年代以前と異なり、ヨーロッパでは、過剰財政手続がかなり頻繁に発動されているとはいえ、安定成長協定が一定の機能を果たしており、アメリカでも最近年でははっきりとした改善がみられるなど収支悪化に一定の歯止めがかかっているように見受けられる。この背景としては、国によって相違はあるが、90年代に強化された財政ルールの一部やその背景となっている財政の健全性を重視する考え方が維持されていることと、これまでの財政赤字の結果政府債務が各国とも高い水準にあり、高齢化社会の到来を控え、各国で、財政の長期的な健全性確保の必要が認識されていることもあると考えられる(「コラム:高水準の債務残高と増加が見込まれている高齢化関係支出」参照)。

コラム 高水準の債務残高と増加が見込まれている高齢化関係支出

 各国財政の長期的な問題をみるために、一般政府ベースの政府債務をみると、ヨーロッパ各国では90年代半ばにかけて上昇し、足元では、ユーロ圏全体で安定成長協定の求めるGDP比60%をかなり上回り、80%近い水準で推移し、ドイツやフランスも70%程度で推移している。また、イタリアは120%前後、アメリカも60%を上回る水準にある。さらに、2000年代に入って多くの国で粗債務以上に純債務が増加している。

一般政府粗・純債務

 また、今後の人口高齢化・少子化や医療費等増大に伴って、各国とも、関係の支出が増大すると見込まれている。
 アメリカでは、高い伸びの続いているメディケア・メディケイドについては、05年現在でGDP比4.2%の支出となっているが、今のペースで伸びれば、2030年には同12.0%まで増大し、加入者一人当たりの伸びが一人当たり名目GDPの成長率程度に抑制されても同6.2%に増大するとされている。また、社会保障関係支出も現在の制度のままであれば、05年の同4.2%が同じく同6.0%まで増大するとされている(CBO(2005))。
 欧州委員会(European commission (2006))の予測では、現行制度のままであれば年金・医療・介護等高齢化関係の支出のGDP比が、旧来からのEU加盟国9国合計で、04年の14.9%が、2030年には17.5%、2050年には21.3%に高まると予測されている。
 これらはもとより一定の前提の下での機械的試算であるが、制度改正等によりこうした経費を抑制していくことの必要性が示唆される。


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