平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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むすび

4 今後の経済運営の視点

(内なる三つのギャップの解消を目指して)

日本経済の「戦後50年」は適応力の高いシステムを武器に,先進国との間の外なるギャップを解消させたサクセス・ストーリーであった。しかしながらその過程で日本経済が生み出したのが円高下の厳しい産業調整,内外価格差,将来への期待の低下であった。そしてその背景には「製造業の間の生産性ギャップ」,「製造業と非製造業の間の生産性ギャップ」,「現在世代と将来世代の間の負担ギャップ」があることをみた。次なる「50年」に向けて日本経済が市場経済により再度本来のダイナミズムを発揮できるか否かはこの内なる三つのギャップをいかに取り除いていけるかにかかっている。こうした観点を踏まえ今後の中長期的経済運営の視点を最後に要約することにする。

(持続的成長の追求)

バブル崩壊以降の長い間における景気低迷とその後の緩やかな成長によって日本経済の潜在成長力は低下したかのような見方があるが,これは必ずしも正しくない。国民生活向上の源泉は生産性の上昇にあるが,我が国の置かれている現況において技術進歩が鈍化したと考える客観的証拠はない。長期的には労働力の伸びの低下や貯蓄率の低下によって成長率はある程度低下することも考えられるが,我が国経済の昨今の低い成長は,消費や投資等の伸びの弱さに起因するものであり,今後数年の間に供給側の要因が成長の制約となるとは言い難い。当面は日本経済のサプライサイドを生かしつつ持続的な成長を確保することが重要である。後期高齢者(75歳以上人口)が1,600万人と想定される高齢社会は25年後に迫っている。なお労働力が増え続け貯蓄率が高い今世紀中にその準備をしておくことが特に重要である。手をこまねいている時間は少ないのである。

そのためには,以下で述べる価格メカニズムを重視するとともに,マクロ的にはこれまでの日本経済を支えてきた高い貯蓄と投資を維持し,また今こそ国内貯蓄ストックを活用するとともに,ハードとソフト両面にわたる技術革新が望まれる。またミクロ的には市場の力を基本としつつより付加価値の高い分野への人的,物的両面における資源配分が行われることが重要である。人的資源の高度化と失業を伴わない労働移動に対する政策体系を準備する必要がある。

(価格メカニズムの一層の重視)

規制や行政指導あるいは非競争的企業間協調などの「数量によるシグナル」という見える手によって各経済主体間の調整が行われるのではなく,「価格によるシグナル」という見えざる手によって調整される本来の市場経済が確立されなければならない。それは生産者が決める価格決定方式ではなく消費者主権を基本とした価格決定方式への転換でもある。このような価格メカニズムの重視は,1円高のメリットを生かし,貿易財と非貿易財の内々価格差を縮小させるためにも,2またいわゆる価格破壊のメリットを生かしイノベーターの登場を促すためにも,3さらには要素価格均等化のメカニズムを生かし,国際価格に見合った国内価格体系を確立するためにも,4そして国内の様々な資源を今後日本経済が比較優位を持っている分野に再配分し,より多くの付加価値を生み出すためにも重要な視点にならなければならない。そのためには一層の競争政策の強化と拡充が必要である。そしてこの観点からもこれまでの経済社会における制度や各主体の行動を支えてきた様々な規制の緩和を避けて通ることはできない。規制に守られた産業が日本に残り,そうでない産業が海外に移転をすることは空洞化に直結する道でありぜひとも避けなければならない。

(将来世代を念頭においた経済運営)

高齢社会については未知の不安がある。しかしながらそのことは高齢社会の帰結について無知であったり,目をつむったりすることを意味してはならない。第3章で分析したように将来世代の現在世代に対する扶養のコストが人口の高齢化によって必ずや高まってくる。こうした確実に予想される環境の変化の中で,将来の消費の確保にも配慮し,高い資本蓄積によって将来世代の生活水準を保証することは現在世代が将来世代に残すことができる最大の遺産である。折から日本経済は「景気」,「構造」の両面において厳しい調整のコストを負担しなければならない。加えて21世紀は高齢化に伴うコストが上昇する。現在世代にとって重要なことは20世紀の最後の10年で生み出したコストを21世紀の将来世代に負の遺産として残さないことである。この観点からは既に述べたようにより持続性の高い成長を今後も追求していくとともに,現在世代と将来世代の給付と負担の関係にも目を配った財政システムの在り方について今後更に検討を加えていく必要があろう。

(拡大均衡型の対外政策の重視)

対外面においては拡大均衡の道をとることである。短期的な視点にのみ目を奪われて「閉じた」政策をとることは角をためて牛を殺すに等しい。我が国が取るべき道はWTO以降の世界の自由貿易体制の推進者として世界に開かれた政策を推進すべきである。正しい政策は開かれた貿易政策,輸入大国,直接投資大国,規制小国であること,また新しい価格体系に基づいた新しい国際分業への積極的参加こそ日本経済がとるべき道であることを再度確認する必要がある。

(効率の追求を通じた公正の確保とソーシャル・セイフティ・ネット)

我が国は戦後世界に類をみない高い成長と平等化社会を両立させてきた。そしてそれを可能とした要因の一つが分配面を考慮した各種の制度や規制であったといえよう。

しかしながら,環境の変化が急速なこれからの時代の中で分配の公正のみを重視した時代遅れの制度や規制に固守していたならば,かえって非効率のわなに陥ることが明らかになりつつある。

むしろ,これからは規制の緩和による効率の追求を一層進めることによって日本経済のパイを大きくすることが結果的には公正につながるのであるというふうに発想の転換を行う必要がある。そして効率の追求を公正につなげることをより確実にするためには,「機会の均等」を保証するとともに失業を伴わない労働移動の支援を行っていく必要があろう。

しかしながら,このような効率の追求が分配問題のすべてを解決するわけではない。特に今後更に検討する必要があるのは,これまでの日本経済の成功を制度面から支えてきた様々な仕組みやルールの変革が円高下の産業調整や高齢化社会に向けての調整の中で何らかの変革に迫られようとしている状況の中で,厳しい産業調整や雇用調整によってマーケットの競争において不利な立場に立たされた国民をどのような社会的メカニズムで救済しマーケットに復帰させるなどしていくのかである。

(「簡素で効率的な政府」を目指して)

一つの時代の終わりであるとともに,次なる時代の始まりにある現在の日本経済は市場経済により本来のダイナミズムを取り戻せるか否かの岐路に立っている。

しかしながら決して悲観的になる必要はない。日本経済のダイナミズムの復活の条件は短期的には現在の緩やかな景気回復を本格化させること,中長期的には財・労働市場の市場調整を速める努力を行うとともに,市場の枠組みや公共部門を内外の環境に見合って組み替えて行くなかで,「内なる三つのギャップ」を取り除いていくことである。

日本経済のサプライサイドは,この条件を実現し得る能力を有しているのである。と同時に高齢化に伴い政府支出がある程度増大することはやむを得ないと考えられるが,必要以上の拡大を招く可能性を秘めている。

これらの点を踏まえると次なる時代に向けての公的部門の在り方としては,1将来における政府消費の効率化,適正化を図ること,2生産性の上昇を阻害し,あるいは資源配分の効率を低下させるような政府の財源調達方法はできるだけ避けること,3規制緩和の一層の推進など機能的にも「簡素で効率的な政府」政府を目指すこと,という方向に向けて国民のコンセンサスを形成していく必要がある。


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