3 今後の公共部門はいかなる変化を求められているか
「景気動向」,「産業調整」に加えて現在の日本経済に突きつけられた第三の課題はグローバリゼーションと高齢化等の内外の環境変化の下での「公共部門」の対応と高齢者就業の問題である。特にここでの中心テーマはグローバリゼーションの下での財政政策の有効性は低下していないか,高齢化によって日本経済のダイナミズムが失われないための条件は何か,さらには今後の公共部門はいかなる変化を求められているかという論点である。
(安定と効率からみた財政政策の役割)
「安定」と「効率」は経済政策の重要な目標の一つである。その観点からも財政政策の持つ意義は大きい。まず,安定化政策としての財政政策の有効性に関しては,世界が一体化し資本移動の内外モビリティが高まると一国の財政政策はその有効性を低下させるむきがある。しかしながらここでの分析からはそのような主張を支持する結果は得られなかった。したがって,有効需要管理政策としての有効性は弱まったとは判断できない。
資源配分の効率性の確保というもう一つの観点からは税制が投資や国際競争力にマイナスの影響を与えないかどうかがポイントになるが,今後とも税制によって投資への資源配分にゆがみが生じないように留意するとともに,グローバリゼーションと世界的な高齢化のトレンドを踏まえつつ,非効率的な国際租税競争を避け,税制の国際的協調を図っていくことが求められている。
(生産性の上昇と労働節約的技術進歩が鍵)
高齢者社会をめぐる悲観論の一つに「扶養負担」の高まりと「経済成長」の停滞という問題がある。まず前者に関してみれば,今後この扶養負担が高まると将来世代の一人当たり消費は低下するのではないかという懸念である。第3章の分析よりいえることは将来世代の扶養負担を現在程度に維持するためには一人当たり消費ニーズの伸びを若干上回る生産性の伸びがなければならないということである。
さらに今後の長期的な経済成長を規定する要因としてはこのような生産性と並んでマクロの貯蓄率,さらには労働力率の動向が鍵を握っている。まず生産性についてみれば,これが労働力人口の減少によって鈍化する程度は極めて小さい。生産性上昇の鍵は究極的には技術進歩の程度にかかっている。ところでその効果はそれほど大きくないものの,人口構造が高齢化して労働供給が減少し,労働が稀少な資源になればなるほど,それを節約して使用するような生産技術が開発され生産性が高まるという経験則が存在する。したがってこの効果を更に大きく引き出すためにも既に述べた規制緩和政策やソフト面を中心とした技術開発を進めていく必要がある。
次にマクロの貯蓄率の今後の動向については依然不確実性が多いが,家計の貯蓄率についてはライフサイクル仮説(人口の高齢化に伴って貯蓄率は低下するという仮説)が妥当している可能性が高いと分析した。しかしながら日本の人口構成は現在40歳後半の層にコブ(団塊の世代)があることや,また「戦略的」な遺産保有動機による貯蓄形成が世代間移転に当たって重要な役割を果していることを考慮すると,この世代が高齢者に達するまでの間は日本の高い家計貯蓄率はある程度持続するとも考えられる。また今後の家計貯蓄率は高齢者の就業率が高まると上昇することはいうまでもない。このように考えると将来の経済成長の姿は悲観的なものではない。他方,将来世代の生活水準は生産性上昇率のわずかなかさ上げで現在水準を維持できるのである。
(見えない政府債務)
一方,高齢化社会への移行に伴って将来世代への負担は一定程度増大することは避けられない(「現在世代と将来世代の間の負担ギャップ」)。それは例えば世代間の受益と負担の関係を世代会計手法によって推計した「見えない政府債務」の大きさをみても明らかである。しかしながら人口高齢化によって必然的に財政規模が飛躍的に拡大するかといえば必ずしもそうではないことに留意する必要がある。高齢化に伴ってどの程度の財政支出が行われるかは多分に「選択の問題」といえよう。さらに今後の社会保障支出の伸びについて考える上でのポイントとしては,年金や医療の問題や高齢者雇用の在り方に加え,高齢者介護サービスの動向が鍵となってこよう。そして高齢者介護サービスの供給についてはその特性を踏まえると,公的介護システムを整備しつつ民間サービスの積極的な活用を推進することが重要である。またそれが将来の社会保障支出の効率化にもつながることが期待される。
(「簡素で効率的な政府」の重要性)
他の先進国と比べると日本はこれまで小さな政府規模を維持してきた。これがこれまでの高い経済成長と競争力の維持にも寄与してきた。しかしながら上でみたような「見えない政府債務」の大きさから判断しても今後は国民の選択次第では政府規模の必要以上の拡大を招く可能性を秘めている。高齢社会が活力ある市場経済と両立する道の一つが高い生産性の維持ということにかんがみれば,今後は政府消費の一層の効率化に努めることが肝要である。さらには内外価格差が縮小すれば投資が刺激されて経済成長が高まるという経験則があること,また生産性の上昇によって経常収支黒字も減少する可能性もあることにかんがみれば,今後とも一層の規制緩和政策を推進することを通じて機能的にも「簡素で効率的な政府」を追求していくことが求められている。
(高齢者雇用問題への対応)
これからの高齢者雇用問題への対応に当たって重要な視点は,余暇と労働,職種,就業形態,賃金などの労働環境についての「選択の自由」と「選択のメニュー」を多様化し,働く意志と能力のある経験と知識を備えた多様な高齢者を活用した方が企業自身のメリットになるような誘因を高める労働市場の枠組みをどう設計していくかという市場の調整の問題としてとらえることである。すなわち,ここでの市場調整の問題とは市場経済の枠組みを形成している慣行とか制度を新しい時代に適するように調整していくという市場経済が本来のダイナミズムを発揮していく上で必要な土俵の組み替えの問題である。その場合のポイントの一つがピラミッド型人口構造等を背景に形成され日本経済の高い成長を支えてきた雇用慣行を,市場の力学に抗することなく人口構造の高齢化に対応してどう変革させるかである。例えば,賃金システムについてみれば,1企業にとって高齢労働者の労働コストはこれからますます高まること,2高齢者の需給は緩和し,逆に若年者の需給はひっ迫していく状況の中で市場の需給メカニズムを前提にすれば,今後年齢による賃金カーブは従来よりフラット化し,その時々の貢献度に応じた賃金スキームに変化していく力が働くことになろう。そしてそのように賃金スキームが変化するならば転職者の機会損失も小さくなり選択のメニューも広がることになろう。
また,雇用慣行についても,今後労働力の高齢化と労働力供給の伸びの鈍化の下での産業構造の変化に伴う労働移動の増加が見込まれる状況のなかで,こうした変化に対応した形への変容を迫られるであろう。なぜなら,企業内においては人員構成の高齢化に伴う賃金コストの上昇,ポスト不足等が生じるとともに,マクロ的にはますます稀少価値の高まってくる労働力の効率的な再配分が重要となってくるからである。ただし,その際に気をつけなくてはならないのは,これまでの長期雇用システムのメリットを否定するのではなく,企業内での中高年齢者の有効活用のための機運の醸成を図るとともに,転職を行うことが不利になるなどの労働移動に関して非中立的な制度の見直しを検討する必要があるということである。また,多様な就業機会の確保や労働時間の短縮の促進など,高齢者の働きやすい環境を整備していくことが望まれる。そしてこれらのことは,労働市場におけるミスマッチの解消に資するものである。
また,今後の高齢者就業をみるもう一つの視点は今後の成長率との関係で高齢者の労働力率がどうなるか,特に年金と高齢者就業の関係である。この関連において最近の年金改正(在職老齢年金の改善等)をみると,高齢者の就業意欲を高めるという観点で評価できるとともに,またこのことは同時に公的年金の給付と負担のバランスの確保にも資するといえよう。