第10節 厳しさが続く雇用情勢
景気の緩やかな回復基調に足踏みがみられるなかで,雇用情勢は厳しさが続いている(第1-10-1図)。
各雇用関係指標を見ると,所定外労働時間は94年に入り製造業を中心に増加に転じたものの,91年2月をピークとして低下を続けてきた有効求人倍率は,94年年央に0.63倍にまで低下した後上昇傾向にあるが,緩やかな改善にとどまっている。また,雇用者数の伸びは一層鈍化しており,完全失業率も依然として高い水準で推移している。ここでは,労働市場の現状及びその背景にある雇用調整の動向についてみた後,景気との関係についてもふれることとする。
1. 伸びが一層鈍化した雇用者数
ここではまず,最近の労働市場の動向を概観し,雇用者数の伸びがさらに鈍化した背景についてみていこう。
(労働市場の動向)
所定外労働時間は94年に入ると生産の回復傾向を反映して製造業で前月比で増加に転じ,年半ばには産業計でも増加に転じている。その一方,卸売・小売業,飲食店,サービス業などの非製造業では,減少幅は縮小してきているものの依然として減少傾向で推移している。
減少を続けてきた新規求人は94年4~6月期に14四半期ぶりに前期比で増加に転じたが,当初はパート中心の増加で常用求人の増加の遅れが目立った。これを前年比の動きで子細にみると( 第1-10-2図),①増加に転じたものの増勢は過去の景気回復期に比べて著しく弱いこと,②産業別には製造業の遅れが目立っているが,今回は特に非製造業の求人が少なく,中でも卸売・小売業,飲食店は調整局面から減少を続け,回復局面に入っても依然減少を続けていることなどが指摘できる。なお,規模別には規模の小さい企業の求人の回復が遅れている。
一方,景気が回復期に入ってからも,新規求職者はこれまでの景気回復期と異なり増加幅を縮小させながらも引き続き増加した。これを求職方法別にみると(付図1-10-1),92年以降大幅に増加した非自発的離職による求職者は94年には増加幅が縮小し,年末には減少に転じたが,同じく大幅に増加した離職者以外の求職者は引き続き増加している。こうしたなかで,求職者の滞留が相対的に長くなっている。
このような動きを反映して,有効求人倍率は緩やかな上昇にとどまっている。
(産業別・職業別にみた雇用者の動向)
労働市場の改善が緩やかにとどまっていることもあり,94年の雇用者数の伸びは一層鈍化した。産業別に常用雇用の推移をみると(第1-10-3図),引き続き製造業が減少していることに加え,94年半ば以降,卸売・小売業,飲食店も第一次石油危機時以来の減少に転じており,サービス業も伸びが鈍化している。そのうち卸売業では93年半ばから繊維・機械器具・建築材料等卸売業が減少している。また,小売業については,各種商品小売業が94年に入り減少傾向を強めている他,自動車・自転車小売業も伸びが鈍化している。このような動きは,価格破壊などの動きの中で,これらの業態の厳しさが増していることを反映しているものと考えられる。
また,常用雇用の動きをパートタイム労働者(以下「パート」)とパートタイム以外の労働者(以下「パート以外」)に分けてみると(第1-10-4図),常用雇用の伸びに対し93年度に入り急速に高まったパートの寄与は,94年半ばには再び低下し,95年には減少に転じている。これを業種別にみると,製造業で減少寄与が拡大したことに加え,卸売・小売業,飲食店でも減少に転じ,また,サービス業では94年以降増加寄与が低下したままの状態が続いている。その一方で,パート以外についてはいずれの業種も減少幅が縮小又は増加幅が拡大しており,95年にはこれまでとやや異なった動きもみられている。
なお,職業別に雇用者数の増減における寄与度の過去の景気局面との比較を行うと(付図1-10-2),第一次石油危機時,円高不況期においては,技能工・生産工程,労務作業者において減少が目立っているが,第二次石油危機時及び今回においては,管理的職業従事者が減少寄与となっているという違いがみられる。また,今回においては,販売従事者の伸びも鈍化または減少している。
(自営業主,家族従業者の動向)
自営業主,家族従業者はこれまでほぼ一貫して減少を続けてきたが,今回の後退期の動きを過去の後退期と比較すると相対的に大きな減少幅となっており,特に家族従業者については,3年間で約20%もの減少がみられている。
2. 雇用調整の現状
これまでみてきたように,雇用情勢が雇用者数の伸びを始めとして明確な改善につながらないのは,基本的には景気の回復力が過去の景気回復局面と比較して弱いためであるが,その背景には,企業の雇用人員に対する根強い過剰感がある。ここでは,その現状とそれに対応する企業の雇用調整についてみていこう。
(依然として残る過剰感)
日本銀行「企業短期経済観測調査(主要企業)」により,雇用人員の過不足感の推移をみると(第1-10-5図),過剰超幅は94年に入り縮小しているものの依然として高い水準にある。産業別には製造業が最も高くなっているが,卸売・小売業,飲食店においても過去と比べて高い水準にあり,さらに過去には過剰感がほとんどみられなかったサービス業でも高い過剰感が続いている。また,労働省「労働経済動向調査」により,職種別の過不足感をみると(付図1-10-3),94年以降過剰超幅の縮小がみられるが,相対的に過剰感の高い管理,事務職では低下幅が緩やかになっている。これを事業所規模別にみると,依然として規模が大きい事業所の方が過剰感が高くなっている。
(雇用調整の動向)
雇用調整の実施事業所割合は,雇用に対する過剰感がやや低下していることもあり,93年10~12月期をピークとして低下傾向にある。製造業について,最近の雇用調整実施事業所割合の推移を雇用調整の方法別にみると(第1-10-6図),まず,何らかの雇用調整を実施している事業所の割合は,95年1~3月期では34%と円高不況期のピーク(86年10~12月期,40%)を下回る水準にまで下がってきている。方法別にはいずれの方法においても低下傾向にあるが,引き続き「残業規制」の割合が最も高く,「中途採用の削減・停止」,「配置転換」,「出向」など,既存の雇用を維持した形の雇用調整の割合も高い水準にある。また,「希望退職者の募集・解雇」は他の方法と比べて相対的に低い水準で推移している。なお,卸売・小売業,飲食店やサービス業で雇用調整を実施している事業所の割合は,95年1~3月期で各々31%,25%と過去と比較しても高い水準にあり,その低下幅は緩やかなものとなっている。
雇用調整助成金は,助成内容等の拡充,業種の指定基準の緩和により積極的に活用されたこともあり,今回の景気後退期における指定業種数のピーク時には事業所数で全体の約13%,労働者数で全体の約17%が対象となった。円高不況期における指定業種数のピーク時には,事業所数の約8%,労働者数の約8.5%であったことと比較すると,助成内容等の拡充等があったとはいえ,今回の景気後退が雇用に与えた影響は大きかったといえる。ちなみに,当制度の活用により失業をどの程度減少させることができたかについては,単純に試算することはできないが,休業計画がピークとなった93年12月においては103万人日となっていることから,1か月の労働日を20日とした場合,約5万人の失業が防止されたと考えられる。なお,雇用調整助成金の計画届受理状況を見ると,94年12月以降減少を続けており,この制度面からの雇用調整はピークを過ぎたと考えられる。それを裏付けるように,一時休業による雇用調整実施事業所の割合は低下傾向にある(前掲 1-10-6図)。
なお,円高に伴う企業の雇用調整の動向を労働省ヒアリングによりみると,94年6月以降の円高により現在までに雇用面での調整を実施した事業所は14.5%となっているなかで,95年3月以降の円高により雇用面での調整を実施または計画している事業所は5.1%にすぎず,今後とも円高による雇用調整は考えていないとする事業所は53.1%と過半数を占めているものの,今後円高がさらに進めば,雇用面での調整を実施せざるを得ないとする事業所も34.4%存在する。このように,円高の雇用調整に与える影響は現在のところはそれほどみられていないものの,今後については楽観視はできない。
(生産,雇用指標の相互関係)
これまでみてきたような企業の雇用過剰感,雇用調整の現状は,生産,雇用指標にどのように現れているのであろうか。そこでまず,製造業の生産(鉱工業生産指数)と雇用指標の時差相関をみると( 付図1-10-4①),これまでの一般的な関係として,所定外労働時間は生産調整とほぼ同時に動き,雇用者は遅行するという傾向がみられているが,今回は特に雇用者が遅れるという関係が強くなっている。その背景としては,今回の雇用調整も所定外労働時間を削減することを中心に行われ,既存の雇用者の企業内への保蔵が行われているが,その程度が過去と比べて大きかったため,回復期に入ってからの生産増加に対しても従来以上に既存の雇用者で対応しているということが考えられる。また,卸売・小売業,飲食店やサービス業ではこれまでの関係では活動(第3次産業活動指数)と雇用指標との相関はあまりみられていなかったが,91年以降の関係でみると,製造業同様の相関がみられており,それは特に所定外労働時間において顕著である(付図1-10-4②③)。また,所定外労働時間と雇用者との関係による雇用調整の循環をみると(第1-10-7図),製造業では,所定外労働時間が増加に転じている中で,雇用者は依然として減少しており,円高不況期と比較しても調整期間が長期化している。また,卸売・小売業,飲食店やサービス業でも,今回は円高不況期とは異なり製造業と同様,所定外労働時間による調整を行っていたことが示唆される。なお,これらの動きを過去の局面と比較すると(付図1-10-5),第一次石油危機時とよく似た動きをしており,これからも今回は所定外労働時間による調整が大きかったことが分かる。
このような雇用者の動きがこれまでの生産等の動きに対してどのような関係になっているかをみるために,常用雇用者を売上高,定期給与,労働時間により関数推計すると(第1-10-8図),91年半ば以降実績値が推計値をおおむね上回り,逆に94年以降には推計値が実績値を上回るという結果となった。これによると,91年以降雇用保蔵がみられていたことが想定されるが,一方で94年半ば以降では,これまでの関係からすると,雇用の増加が期待される推計結果となっている。ところがそうならなかった理由には,それまで雇用保蔵されていたことの影響,93年以降の円高で製品輸入,部品輸入の増加に伴い労働集約的な産業の生産が減少していることにより,それらの産業で雇用調整が行われたこと,当該変数要因以外の要因(企業の含み資産の減少等による体力の低下)により雇用増を控える要因があったことなどが想定される。
(悪化が続く学卒労働市場)
既存の雇用者を維持しつつ人員削減を図るための雇用調整として厳しい採用抑制が続いていること等に伴い,新規学卒者の就職環境も厳しいものとなっている。中卒,高卒の求人倍率はいずれも93年3月卒業者以降低下を続けている。また,大卒等の就職状況も厳しいものとなっており,労働省調べによると95年3月卒業者の就職決定状況は大卒で96.3%,短大卒で88.3%と,調査対象校が異なるため単純には比較できないものの,いずれも94年の96.9%,93.0%を下回っており,特に短大卒や女子で厳しい状況となっている。このような動きを反映して,失業者のうち学卒未就職者が93年4月には11万人であったのが,94年4月には15万人,95年4月には16万人と大幅に増加している。
(時短の効果)
労働基準法の改正(88年4月施行)等を反映した労働時間短縮の動きは,結果として,雇用者数の削減を緩和している面もあると考えられる。例えば,所定内労働時間を一定とし,常用雇用者以外の条件(労働投入量,労働生産性等)を実績値どおり,かつ,それらが所定内労働時間及び常用雇用者数に対して独立であると仮定した場合の雇用者数と現実の雇用者数とを比較すると(第1-10-9図),その差は88年頃から次第に拡大しているが,特に92年以降では,推計値では減少しているのに対し,現実には増加しており,労働時間短縮による雇用削減緩和効果の大きさを物語っている。
(賃金調整,労働分配率の動向)
今回の景気後退から現在の緩やかな回復に至る賃金調整の現状を実質賃金(卸売物価ベース)の動向からみると(付図1-10-6),90年以降,伸びが鈍化した状態が続いている。一方,その間労働時間は93年以降やや緩やかになったものの,一貫して減少してきたため,時間当たり実質賃金では依然として上昇傾向にあり,給与面では必ずしも人件費の低下に結びついていない面もある。ただし,実質賃金の推移を過去の景気局面と山からの推移で比較すると(第1-10-10図),全体でみても時間当たりでみても相対的に緩やかな上昇にとどまっており,過去と比較しても厳しい賃金調整が行われてきたことが分かる。
また,今回の景気後退期において一貫して高まってきた労働分配率は,94年も引き続き上昇し,過去最高の水準で推移しており(第1-10-11図),企業の雇用過剰感につながっている。これは,基本的には企業業績の悪化による付加価値の減少によりもたらされているものと考えられるが,その一方で,企業が雇用保蔵を行っていること,及び実質賃金が引き続き緩やかな増加傾向にあることなど,人件費の削減が進んでいないことも大きな要因であると考えられる。なお,労働分配率の動きを第一次石油危機前後(73~77年)と今次景気後退から回復にいたる局面(91~94年)とで比較すると,その上昇の程度はほぼ同じであるが,その内容をみると第一次石油危機前後の場合は労働係数(労働者数÷実質ベースの付加価値)と実質賃金の両方の高まりが労働分配率の上昇の主たる原因となっているのに対し,今次局面では雇用保蔵の影響もあって労働係数の上昇が主たる原因になっているという違いがみられる(第1-10-12表)。
3. 労働市場と景気の動向
ここでは,これまでみてきたような動きを反映して,失業の現状がどうなっているかについて分析を行い,最後に景気との関係で雇用情勢の現状について若干の考察を行うこととする。
(失業率の現状)
失業率は95年4月に3.2%と既往最高(これまでの最高は87年5月の3.1%)となるなど,依然として高い水準で推移している。これを男女,年齢別にみると(付図1-10-7),93年以降,男女とも15~24歳の若年層で特に高まりがみられるが,男子では55歳以上,女子では25~39歳においても相対的に上昇幅が大きくなっている。これは,学卒,男子中高年層,女子などにおいて特に雇用環境が厳しかったことを示唆している。
このように上昇した失業率の要因をみるため,ここでは失業率を循環要因(修正稼働率指数で代用)と構造要因(就業者の人口構造等で代用)で回帰し各要因による影響を推定した(第1-10-13図 )。なお,関数の定式化の方法や説明変数の取り方により推定結果は異なっているため,ここでの結果についてはやや幅をもって見る必要があるが,これによると,今回の失業率の要因は基本的には循環的性格,つまり需要不足によるところが大きかったことが分かるが,最近では循環要因がやや低下しているのに対し,構造要因ではやや高まりがみられる。構造要因の1つとして考えられるミスマッチのうち,UV分析により,年齢別にミスマッチの動向をみると( 第1-10-14図),いずれの年齢層においても92~93年にかけて欠員率の低下がみられた後,93~94年にかけては欠員率がほぼ横ばいであるなかで中高年齢層を中心に雇用失業率が上昇しており,ミスマッチの拡大がみられている。
(非労働力化の動き)
労働市場の悪化に伴い,労働者の中には労働市場から退出し非労働力化する動きもみられている。この様子をみるために,労働力フローの動向をみると(第1-10-15図),女子では93年より就業から失業への動きが増加した一方で,失業から非労働力人口への動きが増加したことにより,失業者の増加を緩和している面もあるが,男子においても,94年に入り同様の動きがみられている。
このうち,有配偶女子について,労働力率を世帯主の収入とパートの有効求人倍率で回帰すると(第1-10-16表),世帯主の収入の減少が労働力率を上昇させ(所得環境要因),パート有効求人倍率の低下が労働力率を低下させる要因(雇用環境要因)となるが,今回の景気循環局面において,世帯主収入が伸び悩む中で労働力率は一貫して低下していることからもわかるように,パート有効求人倍率の低下が労働力率の低下に大きな影響を与えている。女子においては,中高年層では若年層に比べ失業率の上昇が相対的に緩やかであったが,それが上でみたような労働力率の低下によるものであるならば,むしろそれは雇用環境の厳しさによってもたらされたものであろう。実際に世帯主の配偶者では就業者が減少しており,その一方で世帯主でも就業者の減少がみられているなど,家計ベースでみても雇用環境が厳しかったことがうかがえる。
(雇用情勢からみた景気動向)
以上の分析を踏まえ,今回の景気循環局面における雇用情勢についてまとめると,非常に厳しい情勢であったことは間違いないが,今回の景気後退が大変厳しいものであったにもかかわらず,これまでのところ過去の景気後退期における悪化の度合いを大きく超える状況にはなかったと言えよう。これは,今回の景気後退期において特に,既存の雇用の維持が企業側からも,政策的にも図られたからである。また,マクロでみた場合,雇用者所得の伸びを規定する要因は1人当たりの賃金(所得)の伸びと雇用者数の伸びとの合計であるため,雇用の維持は所得面から消費等を支えていた面もあるが,一方で企業側からすれば人件費圧力となって企業業績の回復の足かせになっていたという点も否定できない。また,このような雇用維持の過程でかなりの雇用保蔵が行われていたと考えられるが,回復初期にはまず第一にその活用が図られるため,簡単に雇用者数の増加につながらない面も大きく,また,景気の現状からしても雇用情勢の回復もしばらくは緩やかなものにならざるを得ないであろう。そして,このような雇用情勢の回復の遅れは,結果として消費の回復の遅れの大きな要因となっていると考えられる。