第11節 資産価格を巡る論点
本節では,株価,地価という資産価格に関する論点について中長期的な視点から検討する。
具体的には,①住宅地を中心に地価がバブル期のみならず60年代初期から割高であり,これが調整されずに戦後我が国経済に構造的にビルト・インされてきた可能性があること,②リスクプレミアムからみたバブル期の資産価格変動の背景,等について考察する。
1. 資産価格を論じる視点
(資産の割高感は内外価格差が原因なのか)
最近の我が国の資産価格の割高を論じるに当たって,内外価格差をその原因とする見方がある。例えば,我が国の地価が高いと指摘されている主要な背景の1つとして,内外価格差が存在する結果,国際的にみて割高となっているという指摘がある。
そこで資産価格について単純な国際比較を行うと,まず,地価についてみると,最近の調査において東京の地価(商業地)はニューヨークの8.9倍,ロンドンの5.2倍,フランクフルトの4.2倍となっている( 付表1-11-1)。次に株価については,水準の比較が困難なため株価指数の時系列推移をみると,我が国の株価のトレンドは80年代後半のバブル期に大きく上昇した後,90年以降下落したことにより,80年代後半以降緩やかに上昇してきた欧米諸国の上昇トレンドに接近してきている(付図1-11-2)。
また,地価については,企業が海外で事業を行う場合,なにも工場用地を購入するだけとは限らず貸借するケースも多いと思われるが,その場合に問題になるのは地価の内外価格差ではなく,賃貸料の内外価格差の方である。そこでオフィスビルの賃貸料の国際比較を行うと,確かに東京が割高なことには変わりはないが,94年においてニューヨークの1.8倍,ロンドンの1.1倍,フランクフルトの1.9倍と,地価でみた格差に比べれば割高の度合いは小さくなっている(付表1-11-3)。
このような地価の内外価格差と賃貸料の内外価格差との大幅なかい離が我が国における地価形成の特殊性であり,この両者のかい離が割高感の原因であるとの主張もみられる。ただし,各国の地価は,各々の金利,成長率等ファンダメンタルズによって決定されている部分も大きいため,地価の内外価格差が賃貸料の場合に比べて大きくなることは避けられない面もあり,両者のかい離のすべてを割高感の背景とすることはできない。
このことは,我が国の長期金利,資産収益の期待成長率等を用いて欧米の理論地価を導出すると,理論地価が上昇することで地価の内外価格差がある程度説明されるとの指摘がなされていることからもうかがえる。
そこで以下では,資産価格の割高感をもたらす国内要因に関連した論点として,①長期的にみた場合の実質GDPと比べた実質地価の水準の問題と,②短期的にみた場合,資産価格に影響を及ぼすとみられるバブル期の反動による資産価格の期待上昇率のい縮の可能性について検討していく。
(資産価格はいつから割高だったのか)
まず,株価と地価の両者の水準の違いについて考察する。
第1-11-1図は,物価上昇率の影響を除いた実質ベースの資産価格と実質GDPの推移を比べたものである。
ここでは,データのそ及が可能な1955年の資産価格と実質GDPの水準を1として指数化し戦後の我が国の資産価格の変遷をみている。なお,ベンチマークのとり方によって両者の関係が変わり得ることには充分に留意する必要がある。
同図からは,株価については80年代後半以降の変動のみが特異であったのに対して,地価については,60年代以降既に株価に比べて割高な水準形成が行われていた可能性がうかがえる。
すなわち,株価は,55年以降80年代前半までは,経済成長をやや下回る水準ながら似通った動きを示した後,80年代後半以降経済成長の増加テンポを大きく上回った。90年以降は下落に転じたが,92年以降は下げ止まっており最近の株価指数水準は経済成長の増加トレンドに収れんしてきている。
他方,地価については,住宅地地価(6大都市,全国)ではバブル期に加え,60年代から70年代初期にも増加テンポが経済成長を上回って推移してきたことから,55年をベンチマークとした両者の指数のかい離は,株価と異なり,既に60年代から徐々に拡大し80年代後半に一層の拡大をみている。
もっとも,商業地地価では,6大都市と全国ベースで変動の時期は異なるものの,共に経済成長率からかい離した変動が住宅地地価に比べて小さかったことから,6大都市においては経済成長の増加トレンドを上回っているものの,最近の商業地地価の指数水準はおおむね経済成長の増加トレンドに近づいている。
地価について住宅地を中心に60年代以降割高が続いてきたことには,高度成長に伴う大都市への人口流入(60年代)や持家優遇政策と金融緩和を背景とした新規住宅需要の増加(70年代初期)等が影響している。しかも,70年代後半から80年代前半にかけては,それ以前のかさ上げされてきた部分の調整が行われないまま,その後のバブルに突入していった。
こうしたバブル以前の地価の割高な部分については,長期間継続していたことから推察すると,資産・所得分配の歪みを生じつつ,当時の高度成長期を反映した高い期待成長率と「土地神話」の醸成とがあいまって,調整されることなく我が国の戦後経済にビルト・インされてきた可能性が高いとみることもできる。
その後,バブル期に生じた経済成長率と大きくかい離した地価の高騰については,ほぼ調整が終了してきたとみることができるため,今後はバブル以前の割高な部分についての調整が課題となってこようが,この点に関しては,土地問題が経済動向と密接に関係していることにかんがみ,戦後50年かけて創られてきた土地本位的な経済システムの構造改革の一環であるとの視点も引き続き必要である。
なお,短期的な地価動向をみるに当たっては,上記の構造調整要因を除けば,後でみるようにバブルの反動から過度にい縮していたと思われる資産価格に対する期待上昇率が,どのように推移していくかが重要となってこよう。
2. バブル期の資産価格変動の特徴と背景
(名目経済成長率からかい離した資産価格)
1では戦後の我が国の資産価格の推移をみてきたが,ここではバブル期の資産価格変動の背景に資産価格に対する期待が名目経済成長率を大きく上回って乱高下した可能性を明らかにする。
まず,第1-11-2図から資産価格と名目GDPの推移をみると,バブル期に資産価格が名目経済成長の増加テンポを大きく上回って上昇する一方,バブル崩壊後は,名目経済成長が引き続き緩やかな増加トレンドをたどるなか,資産価格は大きく下落してきた。変化率の観点からは,両者にはバブル期以降大きな相違が生じているのである。
さらに,加重平均株価を名目GDPと長期金利で回帰し,推計値と実績値の推移を比べると,80年代前半までほぼ似通った動きを示していた両者は,80年代後半には,推計値が横這うなかで実際の株価が大きく上昇する一方,90年以降では,逆に推計値が著しい上昇を示すなかで実際の株価は低迷基調をたどってきた( 第1-11-3図)。
こうした80年代後半以降にみられた両者の対称的なかい離は,バブル期には経済成長率を上回る株価の上昇期待によって,またバブル崩壊後は価格上昇期待が経済成長率を大きく下回ってい縮することで,株価を変動させてきた可能性が強いことを示している。
こうした見方は,地価における理論地価と実際の地価(六大都市・商業地)の比較でも,バブル期に現実の地価が大きく理論地価を上回る一方,92年以降は両者は交差して,理論地価が現実の地価を上回っていることからも確かめられる(第1-11-4図)。
(含み益の変動によってもたらされたバブル)
資産の価格上昇期待が従来とは違って,名目経済成長率からかい離して上下に大きく変動したことは,取りも直さず資産価格にバブルの発生から崩壊過程の影響がみられたことを示している。
そこで,バブル要因を,株価上昇によって株価上昇期待を自己実現的に増殖させたものと定義して,この影響を織り込んだ加重平均株価関数を推計してみる。ここでは,前掲第1-11-3図の関数の説明変数に株式含み益(対名目GDP比)を加えた関数推計を試みた。株式含み益と株価水準は基本的に連動するものであるが,投資家のリスク許容力の変動が株式投資行動に及ぼす影響をみるために,あえてその代理変数としての株式含み益を加えている(後掲第1-11-7図の推計値①)。なお,株式含み益とは,本来は株式の時価と取得価額の差額を指すものであるが,厳密な計測が困難であるため,「国民経済計算」による「調整勘定」の累積額を用いている。
この関数推計で現実の株価の動きが説明できていることからは,株式の含み益が株価の変動によって自己実現的に大きく変動してきたことが,バブル期には将来の株価の上昇期待を大幅に名目経済成長率のトレンドからかい離させた可能性のあることがうかがえる。
このことから,資産価格の上昇期待が,バブル期にキャピタルゲイン狙いの投機的需要の高まり等から自己増殖的に膨張してきたとみられる以上,いったん資産価格が下落し始めると,含み益の減少とあいまってあたかも「冷水」を浴びせられるがごとく加速度的にい縮してしまう可能性が高いことが推察される。
従って,最近の資産価格の軟調な動きの背景として,一部に我が国の潜在成長率の低下を織り込んだ結果だとする見方があるが,株価については,前掲第1-11-3図で80年代後半と90年以降のかい離がほぼ対称的なことから推察されるように,その上昇期待がバブルの反動で一時的に大きくい縮している結果であるとみる方が適切であろう。このことは,地価においても,バブル期に現実の地価が理論地価を大きく上回る一方,92年以降は両者が逆転していることからも推察できる(前掲第1-11-4図)。
3. リスクプレミアムからみたバブル期の投資家行動
ここでは,株価や地価の実績から事後的に導き出したリスクプレミアムの推移をみることで,バブル期の含み益の変動が投資行動に与えた影響をみてみる。なお,リスクプレミアムとは,投資家がリスクを伴う株式投資や不動産投資を行う場合に,債券等の無リスク資産に投資する場合の収益率に加えて要求するリスク相応の収益率部分を指す。
(緩やかに低下してきたリスクプレミアム)
事後的なリスクプレミアム(以下,rp)は,収益還元理論(資産保有によって将来得られる収益を投資家の期待収益率で割引いた現在価値を理論値と想定)に基づく理論株価,理論地価が実績値に一致するとして,次のように導き出せる。
株価のrp=-r+g+d/PER
地価のrp=-r-t+g+1/地価賃貸料比率
この式を用いて,実際のPER(株価収益率,株価/1株当り利益),地価賃貸料比率(地価/賃貸料)と,長期金利(r),税金(t,固定資産税と地価税を加味),資産収益の期待成長率(g),配当性向(d)の値から事後的に逆算したrpの推移を示したのが第1-11-5図の実績値である( 付注1-11-4①,②)。
なお,ここで用いたPERについては,配当性向の低位安定傾向や株式持ち合いに伴う影響を除くために,一般的に行われる手法により持合配当修正を行っている( 付注1-11-5)。
これによれば,事後的にみたrpは,80年代後半以降,資産価格に大幅な変動がみられたにもかかわらずおおむね緩やかな低下傾向を示しており,従来からみられる低下トレンドの範囲内での動きともみれなくはない。
たとえば,地価についてもバブル崩壊後も93年まではrpの緩やかな低下が続いていたということは,言い換えれば,地価は下がらず資産保有メリットが大きいといった「土地神話」がバブル崩壊後も続いていたことを示唆するものとの見方も可能である。
もちろん,ここでのrpの導出を前提とすれば,収益還元理論で考えられる要因以外で資産価格に変動が生じた場合でも,当該変動部分はrpの評価として算出されるため,rpの評価に当たっては幅を持ってみる必要がある。
(リスクプレミアムが緩やかに低下した背景)
バブル期の資産価格の大幅な変動にもかかわらずrpが緩やかに低下してきた背景としては,この間の資産の含み益の上昇が投資家のリスク許容力を高めて資産価格の変動に伴うrpの上昇を相殺した可能性が考えられる。
そこで,両資産価格のrpを,名目GDP,対象資産の含み益,対象資産の価格変動の度合いを示す尺度であるボラティリティで回帰してみると,いずれも有意であり,符号が名目GDPと含み益では負となりボラティリティでは正となる結果が得られた(第1-11-6図,付図1-11-6)。このことは,我が国の経済成長規模が拡大したり,リスク許容力が含み益の増加に伴い増大すれば資産保有に対するrpは低下する一方,資産価格のボラティリティが大きければそれにつれてrpも上昇するという関係があることを示している。
為替に対するrpの決定要因と同様,対象資産のボラティリティに加えて,投資家サイドの許容力(経済成長規模と含み益)も有意にrpの変動をもたらすといえる。
以上の検討から,バブル期のrpが表面的には大きく変動しなかった背景として次の点が挙げられる。
- ①価格のボラティリティの大幅な変動からは,rpの乱高下が生じることが不可避であった。
- ②ところが,自己実現的に増加した含み益によって投資家のリスク許容力が著しく拡大してきた結果,①のrpの上昇が相殺された。
- ③バブル崩壊後は,含み益減少に伴う投資家のリスク許容力の低下によってrpは上昇する方向に働いたものの,ボラティリティの低下に加えてその他の要因も引き下げの方向に働いた結果,rpの緩やかな低下傾向が維持された。
ちなみに,80年代後半以降,含み益の増減に伴うリスク許容力の大幅な変動がなかったとしたらrpがどの程度乱高下していたかをみたのが,前掲第1-11-5図及び付注1-11-4①,②中の点線(含み益の増減が無い場合のリスクプレミアム)で示したものである。ここではrpの導出式のg(名目経済成長率)について,バブル期に資産価格の値上がり期待が異常に高まったことを考慮して,実際の株価,地価上昇率で置き換えるという調整を行っている。
これから導き出されたrpは先にみた実績値の上記でみた姿とは打って変わって,バブル期に大きく上昇した後,バブル崩壊後は大きく低下しマイナスを示すなど乱高下していることが確かめられる。
以上から,含み益の存在が投資家が要求するrpをある程度引下げて,そのことを通して資産価格形成に重要な役割を果たしてきたと推察できる。
このため,もし我が国の資産価格が含み益の存在を前提にしないメカニズムで決まってしまうとすると,rpの引上げを通じてどの程度資産価格を引下げる可能性があるのかを,株価についてみたのが第1-11-7図の推計値②である。これは,先に用いた加重平均株価関数で,株式含み益比率の項を除去して導いた株価水準である。
これによれば,80年代前半までは含み益が大きく変動してこなかったために推計値と実績値のかい離は小幅にとどまっていたが,80年代後半のバブル期には,含み益の増加(バブル)によって株価がかさ上げされた部分も大きかったことを映じて,両者のかい離は拡大した。最近では両者のかい離は急速に縮まってきているとはいえ,それでも株価水準の2割弱に当たる126円程度(95年3月,実績725円,推計値599円)のかい離が生じており,含み益の存在自体がrpの引下げを通じて株価水準にプラスに寄与していることがうかがえる。
4. ROEの低下が意味するもの
まず,我が国のROE(株主資本利益率,事業利益/株主資本)の推移を欧米主要国と比較すると,70年代までは国際的にもそん色ない水準で緩やかな上昇を示していたが,80年代以降低下に転じ,特にエクイティの発行によって株主資本の急増をみた80年代後半以降は急低下してきた。また,ROEを長期金利水準と比較してみると,我が国では,91年度以降データが明らかな93年度まで3年連続してROEが長期金利を下回るという状況にあり,ROEが長期金利を上回って上昇し続けているアメリカと対照的である(第1-11-8図,9図)。
株主資本は負債と異なりビジネスリスクを負担しているとの考え方からすれば,株主が経営者に期待するリターンは,無リスク資産以上の水準(長期国債の利回り+α)であるとみられる。もし,ROEが長期にわたって長期金利を下回れば,合理的な株主は株式を売却して無リスク資産に資金を移し変えるはずである。この点では,これまでもROEの低下が問題にされてきたものの,3年連続で長期金利を下回っているというのは異例の事態といえる。
なお,株主資本は企業の利益や売上の重要な源泉の一つであり,この株主資本の蓄積が資本の収益率であるROEに依存すると考えられる以上,長期的なROEの低下は企業の投資効率の低下の裏返しであるとみられる。
実際,企業の設備投資効率(付加価値額/その他有形固定資産残高)や投資効率(付加価値+営業外利益/その他有形固定資産残高等)をみると,80年代に入って一貫して低下してきている( 第1-11-10図 )。こうした粗資本1単位が生み出す付加価値が傾向的に小さくなっていることは,我が国の資本係数(資本ストック/生産量)に上昇トレンドが生じている背景の一つとなっている。
ではなぜ,株主も企業経営者もROEの低下に示される資本の生産性の低下を許してきたのであろうか。
この点に関しては,昨年12月の経済企画庁「平成6年経済の回顧と課題」(第3章第3節)において,バブル期のエクイティによる資金調達の急増がコーポレートガバナンスを弛緩させて企業経営者を非効率な投資に走らせた可能性を指摘したが,こうした企業の自己規律の緩みだけでは80年代前半からの資本の生産性の低下は説明できない。
これについては,企業経営者も株主もROEの低下に伴う1株当たり利益の減少よりも,新規資本の増加が続いたことにより可能となった利益総額の高い伸びの方をより評価していた可能性が考えられる。つまり,こうした利益総額の高い伸びという目標は,売上シェアの上昇とあいまっていたために,薄利多売によるシェア拡大を志向していた80年代の企業行動からも是認されたのである。さらに,この高い利益総額の伸びが高い収益機会の存在を背景にしたものであると錯覚したことが一段の資本の増加を招いたと考えられる。
こうした見方は,EPS(1株当たり純利益),DPS(1株当たり配当金)がおおむね横ばい圏内で推移するなかで,BPS(1株当たり純資産)だけが80年代以降顕著な増加基調をたどっていることからも支持される( 第1-11-11図)。なぜなら,利益の留保(EPS-DPS)が増加していないにもかかわらずBPSが増加しているのは,外部からの新規の資本の導入(増資等)が行われてきた可能性を示唆するからである。
こうした資本の供給姿勢が,ROA(総資本利益率,事業利益/総資本)の低下と財務レバレッジ(総資本/株主資本)の引下げを招来し,ROEを引下げてきたのである。
今,ROE重視が唱えられる背景には,まさにクルーグマン(Paul Krugman)が言うように「資本の生産性の改善によってではなく,資本投入量の増大によった」企業収益の増加を過大評価してきた企業,株主,市場参加者の反省があるといえる。