第1章 自律回復を模索する日本経済

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第1節 景気の現局面

1. 概  観

(景気の現局面)

我が国経済は,1993年第4四半期に2年半に及ぶ景気後退局面を脱し,緩やかな景気回復基調をたどってきた。この間,1994年前半に円高が一段と進行するなか,設備投資の低迷や従来にはみられない景気回復初期からの輸入急増がマイナス要因に働いたものの,個人消費の下支えと公共投資や住宅建設の増加を主因に,実質経済成長率は93年第4四半期を底に,3四半期連続して前期比でプラス成長を続けてきた(第1-1-1図)。

こうした現状認識を踏まえ,94年9月の「月例経済報告」(経済企画庁)において,景気判断を低迷基調から「緩やかながら回復の方向に向かっている」との判断に変更したところである。

この最終需要の緩やかな下げ止まりを映じて,低迷を続けてきた設備投資が94年第3四半期に3年ぶりにプラス成長に転じるなど,景気は緩やかな回復基調から設備投資をけん引役とする自律回復局面に向かう前向きの動きを示し始めた。

今後は,緩やかな回復傾向にある消費の足取りを確かなものにしつつ,設備投資が持ち直しから前年比で増加していくことを通じて景気の自律回復へいかに移行させていくかを模索する状況にあるといえる。

ただし,これまでの最終需要の下げ止まりが限界的には公共投資や住宅建設によってもたらされており,今後についてはこれらの景気浮揚効果がこれまでに比べて小さくなることが予想される。さらに,設備投資が持ち直しから前年比でプラスに増加していくまでには,バブルの後遺症やディスインフレによる売上の鈍化等もあってしばらく時間がかかるとみられることから,自律回復への足取りは緩慢なものとなることが予想される。

実際,95年第2四半期以降においては,回復テンポが緩慢だったところに3月以降の急激な円高,アメリカ経済の減速などにより,これまでの緩やかな回復基調に足踏みがみられている。

以上から,足元の景気回復は,最終需要の下げ止まりを背景に自律回復局面への移行を模索している状況にあるとみられるが,本年第2四半期以降円高等の影響もあってこれまでの景気回復基調に足踏みがみられていることを踏まえれば,ようやく下げ止まってきた最終需要を下振れさせることなく緩やかな増加基調に誘導していかねばならない。

こうした観点から,第1章では,95年以降の阪神・淡路大震災や円高の進行など予想しがたい外生的要因による最終需要下振れ懸念の可能性も含めて,景気の自律回復を展望する上で欠かせない最終需要の足取りがどの程度確かなものなのかについて需要項目ごとにチェックする。

(阪神・淡路大震災の影響について)

本年1月17日に発生した阪神・淡路大震災においては5千人を越える尊い人命が失われたほか,建築物,交通基盤等への被害額は約9.6兆円に上った。

この国富の毀損は全国ストック(国富から土地,対外資産等を控除)の約0.8%に相当し,確かに伊勢湾台風(1959.9月)の1.9%や関東大震災(1923.9月)の10.5%に比べれば小さいものの,ケミカルシューズ等の生産基盤が一瞬に失われたことを思うとその被害は甚大であった。

この間,政府では,被災地での災害復旧事業費等を盛り込んだ総額約1兆円の平成6年度第二次補正予算を2月28日に成立させたほか,震災により被害を受けた公共土木施設等の災害復旧事業に資するための「阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」(3月1日)を制定した。また,5月に成立した平成7年度補正予算においても,震災復興関連として約1.4兆円が盛り込まれた。

なお,震災による実体経済への影響としては,①被災地域における生産・支出の減少等による経済活動へのマイナスの影響と,②今後中長期にわたって毀損したストックを再建(復興)していく場合の経済活動へのプラスの効果,の二つに分けて考える必要がある(第1-1-2図)。

まず①の影響について,マクロの経済指標でみると,1月は確かに被災地域の減少を中心に全国でも明らかに落ち込みがみられたものの,2月以降はほぼ震災前の水準にまで戻っていることがみてとれる( 第1-1-3表)。

これは,震災地においては,引き続き生産や消費が落ち込んでいるものの,震災地以外での生産代替が迅速に行われたほか,輸出入についても他の港での振替が進んだことや,1月後半にみられた震災地以外での消費の自粛ムードが2月には弱まったこと,等による。

なお,こうした生産の代替や通関業務での振替が迅速に行われ得たのは,我が国の景気回復が緩やかであったために,引き続き余剰設備や余剰倉庫を企業が抱えていたからにほかならず,結果として物価面へのインフレ圧力も回避された。

次に,②については,中長期的には,毀損されたストックを再建するための復興需要が経済活動に押上げ要因として働くことが期待される。

このプラス効果は,今回の被害額(名目GDPの約2%)の復元分に加えて,耐震構造の見直しに伴う新規需要といった波及効果も見込まれることから,単純には2%を越える押上げ効果が見込まれる。

もっとも,このプラス効果が顕在化するタイミングは復興活動の進ちょくテンポに左右されるうえ,被災地での企業,家計のバランスシートの悪化等マイナスの効果も予想されることから,今後とも注視していく必要がある。

(円高が実体経済に及ぼす影響)

阪神・淡路大震災に加えて,3月以降は大幅な円高が我が国を襲った。単月での円の増価率(対ドルレート)は4.1%(1~5月)と,93年の円高期を上回りプラザ合意以降に匹敵する急激なものであった。

こうした円高に直面して,政府は3月に「当面の財政金融運営について」を公表し,ファンダメンタルズを反映しない円高の動きに強い懸念を示すとともに,適切かつ機動的な財政金融運営をとる考えを示した。こうした動きを踏まえ,4月14日には規制緩和の前倒し,公共事業の積極的施行等を織り込んだ「緊急円高・経済対策」を発表した。また,この間,日本銀行は,3月31日に短期市場金利の低下を促すことを公表しさらに4月14日,公定歩合を0.75%引き下げて1%とし,即日実施した。

こうした施策を予算面からサポートするために,5月19日に成立した平成7年度補正予算においては,震災復興費用に加えて,円高関連対策費用として約4.5千億円が盛り込まれた。

さらには,95年第2四半期に至って,円高やアメリカ経済の減速等を背景に鉱工業生産の足踏み,業況感の回復テンポの鈍化など回復基調に足踏みがみられている。こうした状況を踏まえ,政府は6月27日「緊急円高・経済対策の具体化・補強を図るための諸施策」をまとめ,①公共事業等の施行の促進を図るとともに,今年度下期においても必要かつ効果的な予算措置を講ずるものとすること,②経済フロンティアの拡大や規制緩和の推進等を図ること,③雇用の安定の確保,中小企業対策等を図ること,④健全で活力のある金融システム証券市場の活性化のための施策を講ずること,等を決定した。

こうした速やかな政府の対策の発動によって,予想される円高の実体経済へのマイナス効果は徐々に緩和されるものと期待される。もっとも,短期的には,当庁の世界経済モデルでも10%の円高で実質経済成長率が0.56%減少するとの推計結果がでているように,マイナスのインパクトを与える可能性がある。

そこで,第1章では,今後の景気を自律的な回復軌道に乗せていくために重要な役割を果たすと思われる設備投資について,今回の円高がいかなる影響を及ぼすかについて詳しくみていく(第3節)。

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