第3節 持ち直しに転じた設備投資

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1. 持ち直しに転じた設備投資

最近の設備投資の動きを,国民所得統計の実質民間設備投資によってみると,94年第3四半期に前期比0.3%増と,91年第3四半期以来3年ぶりにプラス成長に転じたのち,第4四半期および95年第1四半期も微増ながら前期比増加を続けており,長かった低迷局面を終え下げ止まりから持ち直しに転じている(第1-3-1図)。

この結果,設備投資と資本ストックの循環(製造業)でみても,資本ストックの前年比伸び率の低下に歯止めがかかる一方,設備投資の前年比伸び率が,依然マイナスではあるが徐々に減少幅を縮小させてきており,設備投資のストック調整にもめどがついてきた(第1-3-2図)。

次に,今後の増加局面を展望するためにも,どういった設備投資が最近の持ち直しをもたらしたかについて,経済企画庁「民間企業資本ストック統計」により概観する(第1-3-3図)。

これによれば,最近の設備投資は,製造業・非製造業とも前年比減少幅を緩やかに縮小させており,全体として持ち直しの動きをみせている。

ただし,非製造業を業種ごとにみると,建設,不動産等では製造業に比べて持ち直しの動きが緩慢となっている。これには,最終需要は消費動向から判断して下げ止まってきてはいるものの,非製造業の設備投資の約4割(製造業2.5割)を占める建設投資がストック調整の遅れを映じて減少傾向を続けていることや,中小企業においてはバランスシート調整の遅れやディスインフレに伴う交易条件改善テンポの遅れ等も影響しているとみられる。

2. 設備投資持ち直しの背景

1で今回の設備投資の持ち直し局面が製造業を中心にもたらされたことをみた。ここでは製造業の設備投資持ち直しの背景を整理する。

製造業の設備投資関数を推計すると,稼働率要因,建設投資要因,バランスシート調整要因が全般的に有意に効いていることが分かる。この関数によって,今回の設備投資の持ち直しの背景をみると,バランスシート調整が負債残高の圧縮と地価の下落が打ち消し合う形で顕著な改善がみられないなか,稼働率の上昇によって稼働率要因のマイナス寄与が縮小してきたことが分かる(第1-3-4図)。

なお,金融機関のバランスシート調整を背景とする貸出姿勢の変化も企業の設備投資を抑制する可能性が考えられるが,最近になって一段とその下押し圧力が強まっているとはみなしがたい。このことは,金融機関の貸出スタンスを現わす貸出金利鞘の推移をみると,92~93年では実績値が企業サイドの事情から導き出した推計値を大きく上回っていたが,94年以降は両者がほぼ一致していることからもみてとれる(付図1-3-2)。

次に稼働率の上昇が,最終需要の下げ止まり,資本ストックの減少のいずれによってもたらされたのかをみるために,資本係数のトレンドからのかい離を最終需要要因と資本ストック要因に要因分解してみる( 第1-3-5図)。

これからは,94年以降の稼働率の上昇は,資本ストックの伸びが緩やかに低下するなか,最終需要の下げ止まりが一段と顕著になってきたことによって生じたことがうかがえる。

そこで,今後の最終需要の持ち直しを展望するため,最近の最終需要が下げ止まってきた背景を考える。

最近の最終需要への寄与を実質GDPに対する寄与度でみると,消費に加えて,公共投資,住宅建設が経済成長を支えてきた。こうした需要が徐々に拡大しながら稼働率を上昇させ設備投資が前年比で増加する局面まで持ちこたえれば,景気の自律的な回復軌道への移行が可能となってくる。

一方,これまで最終需要を支えてきた住宅建設や公共投資については,その景気浮揚効果がこれまでに比べ小さくなることが見込まれるほか,今回の円高の進行によって外需の一段の減少の可能性もでてきている。したがって,こうした最終需要のはく落分を追加的な最終需要で補てんしないかぎり,いったん持ち直しかけた最終需要が再び弱含んでしまう危険性も否定できない。

そうなれば,稼働率の改善テンポが鈍化して設備投資が増加に転じる局面も遅れることになり,そのことが自己実現的に最終需要を減少させるという下方スパイラル圧力を高めてしまう可能性を内包している。このことは,製造業の生産誘発依存度において,消費に次いで,設備投資等民間資本形成自体の需要に生産の3割程度が依存していることからも容易に想像できる(付図1-3-3)。

3. 設備投資の自律回復の展望

ここでは設備投資の次の局面である自律回復の可能性を展望する。なぜなら,設備投資は自律回復局面に入ると,投資が投資を呼ぶメカニズムが強まりその増加テンポが加速するので,これを契機に景気全体も自律的な回復基調に入っていくことが期待されるからである。

(自律回復局面で増加テンポが加速した設備投資)

ここでいう設備投資の自律回復とは,前期比で大きく増加し,前年比でもマイナスからプラスに転じる局面を指す。

こうした視点から,前掲第1-3-1図を眺めると,円高不況後と第二次石油危機後では既に回復局面入りと同時に設備は自律回復を示していたといえる。一方,第一次石油危機後については,回復局面入り後ミニ調整に至るまで自律回復には至らず,自律回復に伴う設備投資の顕著なV字での立ち上がりをみたのは,ミニ調整後の77年第4四半期以降のことであった。そして,今回は回復局面入り後漸く持ち直し傾向がみられてはいるものの,引き続き前年水準を下回るなど自律回復には至っていない。

自律回復によって設備投資の増加テンポが一段と加速されるのは,第一次石油危機後の動きが遅れたことからも推察できるように,稼働率の水準と密接な関係がある。

設備投資が稼働率の方向のみならず稼働率の水準によっても影響されることは経済企画庁「平成6年度年次経済報告」第2章で詳しくみたところである。これによると,稼働率がおおむね90の水準を下から上に越えた時点において設備投資が前年比で増加していることが確かめられる(第1-3-6図)。

稼働率が90に到達して自律回復が可能となる背景には,投資が投資を呼ぶメカニズムが強まって設備投資の増加テンポが加速していくことがあると考えられる。この点は,稼働率が全般に低く90の水準を下回っているような場合,ある業種で設備投資を行ったとしても,それによる生産波及効果が他の業種での稼働率の引上げで吸収されるために,設備投資の連鎖が続かないとみられることからも容易に理解できよう。

ちなみに各回復局面入り直後の業種ごと(製造業)の稼働率水準をみると,第二次石油危機後や円高不況後では,加工産業を中心に稼働率水準が90に近づいていた状況から回復が始まっていたのに対して,第一次石油危機後や今回では,加工産業において稼働率水準が90を大きく下回る状況からの回復であったことが分かる( 付図1-3-4)。

こうした回復初期の稼働率水準の収れん度合いの違いが,投資が投資を呼ぶメカニズムを通じて設備投資の増加テンポに影響を与えたとみられる。

こうした見方を確かめるため,電気機械の先行性と因果関係が認められる化学,一般機械,精密機械について,当該設備投資を電気機械の設備投資額で回帰して得られた弾性値によって投資が投資を呼ぶメカニズムの大きさを比べる(付表1-3-5)。仮に先に示したように設備投資の増加テンポが稼働率水準に影響されるとすれば,当該設備投資の電気機械設備投資に対するパラメータに有意な違いが認められるはずである。

そこで第一次石油危機後と第二次石油危機後を比べると,VARモデルで導き出された先行性が当該期間では逆転していたこともあって,パラメータの符号が負になるケースもみられた。しかし,精密機械設備投資に対する電気機械設備投資の弾性値が,第一次石油危機後では小さくしかも有意でなかったのに対して,第二次石油危機後では,有意で大きくなっており,稼働率水準の違いを背景に投資が投資を呼ぶメカニズムの効き方が違っていた可能性がうかがえる。

なお,今回は仮に稼働率水準が90に到達したとしても,過去の自律回復局面と違って,バブルの後遺症(バランスシート調整の遅れ,建設ストック調整の遅れ)が引き続き抑制的に働くことが予想される。このため,投資が投資を呼ぶメカニズムの強まりによって設備投資の増加テンポには加速がみられるものの,その程度が従来よりも緩慢なものに止まる可能性があることには留意すべきである。

(製造業の自律回復に向けた最終需要,資本ストックの考え方)

ここでは,今後期待される稼働率上昇に伴う設備投資の自律回復が,最終需要(実質GDP)の増加でもたらされるのか,資本ストックのもう一段の減少で実現されるかについて,考え方を整理する。

第1-3-7図は,実績の資本ストックから稼働率90を達成するのに必要な実質GDPを推計して作った理論線に現実の実質GDPと資本ストックをプロットしたものである。理論線より上にあれば,稼働率水準が90を越えているため自律回復が可能である状況を示している。

これからは,第二次石油危機後と円高不況後では常に理論線の上で実績が推移しており,回復局面初期から設備投資が自律的に増加していったことを裏付けている。

一方,第一次石油危機後では,景気回復局面入り以降,最終需要の立ち上がりとストック調整の進展(横軸の間隔が縮小)とがあいまって,稼働率90の理論値に収れんしていったが,交差する直前でミニ調整に陥り,理論値を越えて設備投資が自律回復をみせたのはミニ調整終了後であった。

翻って,今回の推移をみると,92年第3四半期に理論線を上から下に切ってからは,資本ストックの調整は進展したものの,最終需要が横ばいから減少傾向で推移したことから理論線からのかい離は拡大する一方(稼働率の低下)であった。ところが94年以降最終需要が若干持ち直したことから,現実値が理論線に若干近づいてきている(稼働率の上昇)。

今後は理論線への収れんを模索していくこととなるが,過去において資本ストック残高の減少がなかったことと,第一次石油危機後のパスを参考とすれば,今後は最終需要の増加によって,現実値が上方に向かうかたちで理論線と交差する可能性が高い。

設備投資の自律回復は,資本ストックの調整余地が狭まるなか,最終需要の持ち直しによって実現されていかねばならず,この点からも,設備投資の回復を可能とする最終需要の動向が重要なファクターといえるのである。

この点に関しては,今回は,バブルの後遺症,ディスインフレによる売上の鈍化,今春以降の急激な円高の進行等が最終需要をより脆弱なものとする結果,設備投資の自律回復に時間を要する可能性があることには留意すべきである。

(非製造業設備投資の回復の展望)

次に非製造業の設備投資の今後の展望を行う。

非製造業の設備投資関数を,需要要因(実質消費),建設投資要因,バランスシート調整要因で推計すると,最近の持ち直しの動きには,地価の下落からバランスシート調整の遅れが引き続き下押し要因に作用するなか,建設投資の減少幅の縮小と個人消費の持ち直しがプラスに寄与している( 第1-3-8図①)。

今後については,建設ストックの調整は続くとはいえ前年比マイナス幅が縮小していくことが期待されるため,この押上げ効果と相まって,消費が引き続き持ち直していくかどうかが,非製造業の設備投資の回復の強さを左右すると思われる。

他方,非製造業は過去の円高局面で交易条件の改善に伴う営業利益の増加を背景に積極的な設備投資を行った。こうした関係をみるために,前掲第1-3-8図①の関数において,バランスシート調整要因の代わりに営業利益要因を加えてみると,円高不況後の87~89年にかけて営業利益の増加を背景に設備投資が急激に増加している。一方,今回の局面では円高に伴う交易条件の改善はみられるものの,全般の景気低迷に伴う収益減に打ち消された格好となっている(第1-3-8図②)。

ただし,今後の景気回復に伴い利益要因がプラス寄与に転じたとしても,第6節でみるような価格破壊によって従来よりも交易条件の改善による収益押上げ寄与が小さくなる可能性があり,これが設備の回復テンポを緩やかにする可能性があることには留意を要する。

(機械受注からみた自律回復への可能性)

これまでみてきた設備投資の持ち直しから自律回復を模索する前向きの動きを,設備投資の先行指標である機械受注によってみておく。

機械受注と民間企業設備投資の関係をみると,機械受注が2四半期程度先行しながらおおむね同じ方向で推移してきた。ところが,今回は,機械受注が93年初に下げ止まり,94年第4四半期には前年比で2桁の回復を示すなかにあって,設備投資は前年比マイナス幅がようやく縮小し始めるにとどまっており,過去の回復局面と対照的な動きを示した(第1-3-9図)。

もっとも,設備投資を機械設備に該当する「その他有形固定資産」と,建設投資に該当する「建設仮勘定」(ただし,大規模機械も含まれることに注意)に分けて,機械受注と重ねてみると,「その他有形固定資産」は機械受注の下げ止まりと平そくを合わせて下げ止まりから増加に転じている一方,「建設仮勘定」が従来とは違って相当遅れて下げ止まりに転じていることがみてとれる(付図1-3-9)。

以上から,機械に限れば従来と同じく機械受注との相関が失われていないことから,「建設仮勘定」の低迷が設備投資全体と機械受注の相関を表面的に薄めてきた可能性がうかがわれる。ただし,今後については,機械設備に加え,建設投資のマイナス幅も縮小してくるとみられるため,設備投資は機械受注の増加を追うように持ち直してくる蓋然性は高い。

なお,「その他有形固定資産」と機械受注の関係をやや子細にみると,下げ止まった時期と初期の増加テンポはほぼ平そくがとれていたものの,94年以降,設備の改善が機械受注の改善に比べて鈍化してきたため両者のかい離が広がってきている。この点については,今回の設備投資が半導体,液晶等によってけん引されているため,受注から据え付けまでに期間を要する半導体製造装置等の機械受注に占めるウエイトが高まっていることも影響していると考えられる。

(バブルの後遺症を引きずりながらの設備投資の回復)

バランスシート調整は,金融機関サイドのみならず企業においても次のようなメカニズムを通じて設備投資に抑制的に作用する。

すなわち,企業はバブル期に資産価格の上昇を受けたリスクテイク能力の高まりを背景に,資金調達に占める負債の構成比を高めながら積極的な設備投資を行ってきた。バブル崩壊後は,リスクテイク能力が短期間で低下する一方,負債残高の調整が緩やかにしか進まないため,企業では現有の外部負債残高を自己のリスクテイク能力との比較で過大だとみなして新規借入を必要とする事業に対して慎重になっていることが考えられる。

例えば,非製造業の設備投資関数(第1-3-8図①)において,企業のバランスシート調整の進展を映じて負債要因が92年以降プラス寄与に転じているものの,地価下落の継続による土地要因のマイナス寄与がそれを上回っていることは,企業の負債残高に対する過剰感が依然として払拭されない結果,設備投資を抑制している可能性を示唆している。

そこで問題となるのは,景気の緩やかな回復に伴い設備投資需要が生じてきた際に,新規設備案件を取りやめてでも,引き続き借入金の返済を優先するかどうかという点であろう。

これを検討するにあたっては,次の理論式が参考になりうる。

ROE=(1-t)×[ROA+(ROA-負債利子率)×d/e]

ROE:株主資本利益率,ROA:総資本利益率

t:税率,d:負債残高,e:株主資本残高

この式からは,企業が企業経営の重要指標であるROEを引上げようとすれば,新規の投資案件の期待収益率が低く(ROA-負債利子率)がマイナスしか見込めない場合には,負債残高を圧縮(d/eの引下げ)することとなる。

他方,景気回復と金融緩和の浸透から新規投資案件における(ROA-負債利子率)が既存の(ROA-負債利子率)を上回るような場合には,負債調達(d/eの引上げ)によって当該新規案件を実行することが合理的な行動であるとみられる。

今後は,負債残高の過剰感が残る限り潜在的な設備投資抑制圧力は残るものの,①設備投資変動への寄与が大きい稼働率が緩やかに上昇してくること,②金融緩和によって投資採算(ROA-負債利率)の改善が見込まれること,等を踏まえれば,負債残高の調整と新規設備投資の増加が同時平行的に行われていく姿が展望できよう。

(今回の円高が設備投資に及ぼす影響)

今春以降の円高の進展は,実体経済に短期的にはマイナスの影響を及ぼすことも考えられる。ここでは,我が国の景気が自律的な回復基調に移行するためには,設備投資が自律回復メカニズムに至ることが重要な条件になるとの問題意識に基づき,今回の円高が製造業の設備投資に短期的にはどの程度の抑制要因に働くかについて簡単な分析を試みる。

まず,円高が製造業の国内設備投資に影響を及ぼすメカニズムとしては,輸出代金の円ベースの手取額の減少に伴う売上高の減少を通じるものと,円高に伴う輸入製品の増加に伴う生産抑制,の二つの主要な経路と,後でみる海外直接投資に伴う国内設備投資の圧縮が考えられる。

そこで,製造業の国内設備投資を稼働率,売上高,輸入浸透度を説明変数として回帰し,売上と輸入浸透度を通じて10%の円高が設備投資にどの程度の影響を与えるのかを試算してみると,売上高の減少で9.3%,輸入浸透度の上昇で1.2%,それぞれ設備投資を抑制し,設備投資額を約11%減少させるとの結果が得られた(付注1-3-10)。

特に,輸入浸透度の上昇が生産を抑制する経路については,最近の輸入が耐久消費財で増えていることを勘案すると,国内需要の伸びが緩やかななかで,国内商品を代替し国内生産を抑制する度合いが従来にも増して強まってきている可能性がある。

もちろんこの試算結果については,輸入代金の減少といった円高メリット等を勘案していないため幅をもってみる必要があるが,自律回復に向けて緩やかな回復をたどるとみられていた設備投資にとっては大きな抑制要因になる可能性があるといえる。

4. 中小製造業の先行性について

ここでは,設備投資が持ち直しから今後前年比で増加する局面に向かうことを展望するうえでの留意点として,従来であれば大企業に先駆けて立ち上がってきた中小・製造業が今回は先行しない可能性があることを示す。

(下げ止まり局面で先行しなかった中小・製造業)

今般の設備投資が低迷から下げ止まった局面について,規模別の推移をみると,中小・製造業では,92年後半に大中堅・製造業に先駆けて前年比マイナス幅に下げ止まる兆しがみられたものの,その後横ばいから再び減少傾向となったことから,93年後半から前年比マイナス幅を縮小させてきている大中堅・製造業に遅れを取っている(第1-3-10図)。

こうした動きは,過去の設備投資循環において,常に中小・製造業が大中堅・製造業に先行して動いてきたことからすれば極めて異例といえる。

中小・製造業の設備投資が大企業に先行するメカニズムについては,経済企画庁「平成6年度年次経済報告第2章第2節」や「調査分析の視点」(経済企画庁調査局「経済月報」平成6年12月号)で詳しく分析したが,投資の懐妊期間が短いことに加えて,基本的には中小企業の機動力の高さを映じて,業況判断から投資決定までのタイムラグが短いことに起因しているというものである。

以下では,今回の局面でなぜ中小・製造業が先行しなかったのかについて検討する。

(中小・製造業が先行しなかった三つの仮説)

中小・製造業の先行性が生じてきたメカニズムを踏まえると,今回中小・製造業が先行しなかった背景としては,次の三つの仮説が考えられる。

①これまで規模を問わず一致してきた企業の収益力の改善度合いについて,中小企業の方が遅れてしまい業況判断の改善が遅れたことで,仮にタイムラグが従来と変わらなかったとしても先行性が消えてしまっている。

②業況判断の改善テンポは大企業と一致していたとしても,最近の親企業の海外進出の動き等を眺めて投資決定に従来より慎重になっているために,業況判断から投資決定までのタイムラグが長くなっている。

③先の機械受注と設備投資でみたように,中小・製造業においても,「その他有形固定資産」については従来通り先行性がみられているものの,建物関連の設備投資(「建設仮勘定」)が建設ストックの調整の遅れから引き続き低迷しているため,表面的に先行性が失われている。

このうち,①については,第5節でみるように,今回の企業収益回復局面では,大中堅,中小ともに過去の回復期とそん色ない改善を示しているため,中小企業の収益力の改善が従来より遅れることによって先行性を消していると考えるのは適切ではない。

次に,②の仮説については,第2章第4節でみるように最近の企業の直接投資の為替に対する弾性値が上昇していることからみれば,中小企業が,親企業の海外進出から生じる受注の減少を懸念して,先行きの設備投資に対して慎重になっていることは十分に考えられる。

こうした先行きに対する慎重な姿勢には,地価が下落するなかでバランスシート調整の遅れが続いていることも影響しているとみられる。

最後の③を確かめるために,「その他有形固定資産」と「建設仮勘定」に分けて,大中堅・製造業と中小・製造業の動きをみると,「その他有形固定資産」では従来どおり先行性がみられるのに対して,「建設仮勘定」では,大中堅・製造業が93年初に前年比マイナス幅を縮小させているのに対して,中小・製造業では94年に入ってようやく下げ止まるなど従来以上に回復が遅れている(付図1-3-11)。

今後についても,上記②,③の影響は続くとみられることから,今後設備投資が持ち直しから前年比で増加に向かう自律回復局面でも,中小・製造業が先行しない可能性がある。

(中小・製造業が先行しないことが意味すること)

こうした中小・製造業が先行しないことが,今後展望する景気の自律回復のパスにいかなる影響を及ぼすかについて考える。

従来であれば,先行した中小・製造業の設備投資は,最終需要の一部として生産を誘発し,他の設備投資を浮揚するといったメカニズムが生じていた。

今回については,こうした先行需要がでないということは,それ自体がさらに設備投資の回復に向けた動きを若干なりとも削いでしまう可能性があることには留意が必要である。

5. 設備投資の緩慢な動きに対する考え方

当面,設備投資は自律回復局面に移行するまでは横ばい圏内の推移を続ける可能性が強い。それが第一次石油危機後の推移に似ていることをもって,今回の設備投資の弱さには潜在成長率の屈折が影響しているのではないかとの見方がされる場合がある。

この点については,第2章の分析を踏まえれば,最近になって大きく潜在成長率が屈折しているとはみなし難い。

むしろ,最近の設備投資が緩やかなのは,稼働率が第一次石油危機後に匹敵する低い水準からの立ち上がりであることに加えバランスシート調整の遅れや最近の円高の影響等による最終需要の弱さもあって,投資が投資を呼ぶメカニズムが強まるとみられる稼働率90の水準に収れんするのに時間を要している側面も強い。

こうした見方に立てば,第一次石油危機後にみられたミニ調整を含む3年超に及ぶ設備投資の横ばいの動きについても,稼働率水準90に収れんするまでに時間を要したことが主因とみられる。

それでは,第一次石油危機後の潜在成長率の屈折は,実態面のいかなる動きで確かめられたのであろうか。これには,ミニ調整後に稼働率が90を越えてきた際に設備投資の立ち上がり方が従来よりも鈍くなってしまった(設備投資の稼働率に対する弾性値の低下)ことによって,成長率の屈折が実態面から明らかになったといえる(前掲 第1-3-6図)。

これは,稼働率と生産設備判断D.I.の動きをみても,ミニ調整後に稼働率が90を越えて一気に上昇し始めたにもかかわらず,従来であれば同じテンポで不足超に向かった生産設備判断D.I.の動きが鈍ってきていることでも確かめられる(付図1-3-12)。

以上の検討からは,最近の設備投資の動きは稼働率水準の低さでほとんどが説明でき,仮に成長屈折といった構造要因が効いていることをこうした実態面から確認しようとすれば,いずれ稼働率が90を越えてきた際の設備投資や生産設備判断D.I.の動きが従来よりも鈍化してくるかどうかに着目すべきである。

ただし,今回の景気後退局面で,生産設備判断D.I.が稼働率の大幅な減少にもかかわらず過剰超幅が小幅に止まっていたことは,逆にいうと,企業が今回の需要の落ち込みが循環的なものでありいずれ回復してくるという見方をしていたとみることもできる。

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