平成7年

年次経済報告

日本経済のダイナミズムの復活をめざして

平成7年7月25日

経済企画庁


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第1章 自律回復を模索する日本経済

第4節 生産面からみた景気の現局面

ここでは,生産面から今回の景気回復の特徴である最終需要の弱さ,設備投資の回復の遅れ,輸入浸透度の上昇,といった動きを確かめる。

具体的には,①今回の緩やかな生産の増加の背景,②生産指数の回復パスの局面比較,③実質GDPの回復パスの局面比較,④生産指数と実質GDPの回復テンポのかい離,等を通して検討を進める。

1. 生産財,輸出がけん引した鉱工業生産

鉱工業生産指数の動きをみると,月次では阪神・淡路大震災等の影響から振れはあるものの,四半期にならしてみると,景気の谷である93年第4四半期を底として5期連続して前期比で緩やかに増加してきた。しかし,95年第2四半期(6月は予測指数)は,前期比横ばいと見込まれており足踏みがみられる( 付図1-4-1 )。

こうした生産指数の緩やかな回復の背景を,需要面からみるために鉱工業出荷(国内出荷+輸出)の財別の動きをみると,最終需要財(耐久・非耐久消費財,資本財,建設財の合計)がほぼ横ばいで推移するなかで,生産財と輸出向け(生産財と資本財が中心)を中心とした出荷の増加が全体をけん引してきた( 第1-4-1図 )。

この間,最終需要財の動きをやや子細にみると,資本財が比較的堅調に増加傾向をたどっている一方,耐久消費財が振れはあるもののほぼ横ばい圏内で推移しているほか,衣類等の非耐久消費財は低迷している( 第1-4-2図 )。

このように最終需要財の財別出荷の動きに相違が生じている背景としては,

等が考えられる。

2. 鉱工業生産の増加テンポの局面比較

ここでは,先にみた緩やかな増加を示している鉱工業生産の増加テンポを,過去の回復局面と比較することで,①増加テンポが94年第4四半期以降鈍化してきたこと,②その背景として,設備投資,消費といった最終需要の弱さがあること,等を明らかにしていく。

(増加テンポが過去に比べて鈍ってきた生産指数)

生産指数を,景気の谷を100として,過去の回復局面の動きと比べたのが 第1-4-3図 である。

これによると,今回の生産指数は,景気の谷(93年第4四半期)以降3四半期目までは過去の回復局面における増加テンポと大きなかい離がみられなかった。ところが,94年第4四半期以降になると,過去ではさらに増加テンポが加速してきたのに対して,今回は従来と同じ程度の増加しか示さなかったことから,増加テンポは過去のいずれの局面よりも下回りかい離幅が拡大してきた。

(生産の増加テンポが鈍ってきた背景)

そこで,回復初期では過去の増加テンポと大きなかい離がみられなかった生産指数が,なぜ94年第4四半期以降加速しなかったかを考える。

こうした背景としては,

    ①そもそも実勢は回復初期から弱かったにもかかわらず,94年中にみられた輸出増や猛暑という一時的な要因でかさ上げされていたものが,94年第4四半期以降はく落してきたこと,

    ②回復初期は過去の増加テンポと大きなかい離がみられなかったにもかかわらず,従来であればこの時期に生産の増加テンポを加速させたであろう新規需要が何らかの理由からでてこなかったこと,

の二つの仮説が挙げられる。

まず,①の仮説について検討を行う。

上記1の今回の緩やかな増加の背景でもみたように,今回の生産の増加には生産財に加えて輸出向けがプラスに寄与していた。

そこで,輸出を除く国内出荷ベースで鉱工業出荷の動きをみると,輸出を含むベースに比べて全体的にやや下方にシフトするとはいえ,やはり景気の谷から約1年後にきて増加テンポにかい離が生じている( 第1-4-4図 )。

つまり,そもそも弱かったわけではなく,1年後に増加テンポが従来であれば加速しても不思議ではない時期になっても加速しなかった可能性が高い。

そこで,②の仮説を検証するために,各財ごとの生産指数の局面比較を行う。

これによれば,生産財については,緩やかながらも過去と同程度の増加を維持している一方,最終需要財が,従来であればその増加テンポに加速がみられた景気の谷から約1年後に,増加テンポを上昇させるどころか横ばい圏内で推移している( 第1-4-5図①,② )。

こうした最終需要財の生産がこの時期になって加速しなかったのは,①個人消費が緩やかな回復にとどまっていることに加え,輸入品が回復初期から急増し国内製品との代替が進んでいる結果,消費財の生産が横ばい圏内で推移していること,②設備投資の自律回復への移行が従来より遅れていることを映じて,資本財生産の増加テンポに加速がみられないこと,等が背景にある( 第1-4-5図③,④ )。

さらに,95年第2四半期に至っては,アメリカの景気減速や円高を背景とした企業の輸出計画の慎重化の動き等により,今回の生産の増加テンポにはむしろ足踏みがみられている。

今後についても,消費財に対する輸入品の流入圧力は,円高の進行もあって引き続き強まってくると思われることから,設備投資の自律回復局面入りによって資本財需要が一段と高まるまでは,こうした生産の増加テンポにかい離が生じるものと思われる。

3. 実質GDPの増加テンポの局面比較

ここでは,実質GDPの増加テンポを過去の回復局面と比較することで,①実質GDPは景気回復初期から増加テンポが既に低かったこと,②その背景としては非製造業の下支えが従来よりも弱かったこと,③生産指数と実質GDPの増加テンポのかい離が含意していること,等について考察していく。

(回復初期から増加テンポが鈍かった実質GDP)

2と同様に,実質GDPを景気の谷を100として,回復局面ごとの推移を比べたのが 第1-4-6図 である。

これからは,生産指数の局面比較と違って,実質GDPの増加テンポが景気回復初期から過去に比べて緩やかだったことがみてとれる。

つまり,今回の実質GDPは,景気の谷以降,過去の景気回復局面でみられた増加テンポの常に下限をはうように推移し,1年後には,上述したように実質GDPの約3割を占める鉱工業生産の増加テンポが従来の増加テンポと異なり加速しなかったこともあって,かい離幅は一段と拡大してきている。

このように,鉱工業生産が過去の増加テンポと大きなかい離がみられなかった回復初期でさえ,実質GDPの増加テンポが過去に比べて弱いものとなっていたのは,実質GDPの鉱工業以外のセクターである非製造業の回復が,過去の回復局面と比べても緩慢だったことが指摘できる。

これを確認するために,非製造業の活動を表している第3次産業活動指数の推移を,景気の谷を100として回復局面ごとの推移を比較してみたのが 第1-4-7図 である。

これをみると,今回の回復局面での第3次産業活動指数は,過去と比べて際立って一進一退の緩慢な動きを示しており,過去においては一本調子で増加していった姿に比べて対照的な動きとなっている。

従来景気回復局面において最終需要の下支えの役割を果たしてきた非製造業が,今回は充分には下支え役を果たしていない可能性が考えられる。

(卸・小売,事業所サービスが低迷した第3次産業活動指数)

次に,第3次産業活動指数の動きをみると,第一次石油危機以降,前年比で5%前後の比較的安定した伸びを示してきたが,92年に入って,卸・小売業やサービス(事業所サービスが主因)の低迷等から74年以来の前年割れとなり,最近でも回復してきたとはいえ前年比3%程度の増加にとどまっている( 付図1-4-2 )。

こうした動きは,先にみたように,実質所得の伸び率が過去に例をみない低い水準にあることから民間最終消費が緩やかな回復にとどまっていることや,設備投資が自律回復に至っていないことから企業活動が弱いことを裏付けている。

4. 生産指数と実質GDPの伸び率のかい離

最後に,これまで個別にみてきた生産指数と実質GDPの両者の増加率に着目してみる。

過去の両者の増加率の関連をみるために,実質GDPの対数値を被説明変数として,生産指数(対数値)で回帰した推計値を実績と比べてみた( 第1-4-8図 )。

なお,使用した原データは基準時が違う(実質GDP:85年,生産指数:90年)ため,回帰に当たっては,基準時の相違によるバイアスを除去するために,生産指数を85年基準に遡及・修正を加えている。

推計結果によると,推計値が実績の回りを上下に循環しながら変動していることがみてとれ,特に景気の谷の前後では,実質GDPが緩やかな増加を示すなかで,生産指数による推計値の方が相対的に大きな下落(谷に向かって)と上昇(谷以降)を規則的に繰り返してきている。

こうした動きに違いがみられるのは,統計のベースの違い(付加価値の扱いの違い)を除けば,生産指数が景気循環を背景とする在庫循環に合わせて大きく上昇,下降を繰り返す反面,実質GDPではそうした動きが1/3(実質GDPに占める鉱工業生産のウエイト30.6%<93年>)に平準化されることに加え,残りの2/3のウエイトを持つ非製造業が安定的な伸びを示すことによるとみられる。

こうした視点から今回の景気の谷前後の両者の増加テンポを比較すると,推計値が生産指数の今次局面での大幅な調整を映じて変動が大きくなっている一方,実質GDPの増加テンポは過去のトレンドからみても緩慢なものとなっており最近ではほぼ横ばい圏内で推移している。

実質GDPの増加テンポが従来のトレンドからみても鈍化しているのは,3でみたように非製造業が充分な下支えをしていないことが主因とみられる。このことは,従来にも増して,生産指数の増加率が実質GDPの増加率に及ぼす影響力が,非製造業の下支えが弱まっている分大きくなっていることを意味している。その意味では,現状の生産指数の増加率でもってしても実質GDPが横ばいで推移しているということは,今後仮に2で指摘したように設備投資の自律回復の遅れ等から生産指数の立ち上がりが鈍化すれば,それに収れんさせられる格好で実質GDPの増加率もさらに緩やかなものになる可能性があることを示すものにほかならない。


(鉱工業生産指数と実質GDPのかい離の要因)

鉱工業生産指数と実質GDPとの推移にかい離が生じる主な要因としては,次の三つが考えられる。

第一に,GDPのうち鉱工業生産の占めるウエイトが3割に過ぎず,しかもその比率が近年徐々に下がっており,第三次産業といったGDPを構成するその他の部分の変動の寄与が大きくなっている。

第二に,GDPでは,生産過程で消費される中間財は国内品,輸入品にかかわらず控除されるのに対し,鉱工業生産では中間財(国内品)の生産高も含まれるほか,最終需要財の生産過程で輸入品が原材料として投入されても控除されない。

第三に,付加価値の扱いの違いが挙げられる。生産指数では,基準時に対する生産数量の変化を,基準時の付加価値額ウエイトを基に加重平均して求めているため,付加価値率は基準改定が行われるまでの5年間は一定と仮定されている。これに対し,GDPでは調査時点での付加価値額そのものを推計するため付加価値率は時点ごとに異なる。このため,実際の付加価値率が上昇すると,GDPの伸びが生産指数の伸びより大きくなると考えられる。