第8節 高水準ながら伸びの低下がみられる公共投資

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ここでは,公的固定資本形成でみた公共投資が引き続き高水準で推移しているものの,その前年比伸び率が最近になって低下している背景を整理するほか,公共投資が今回の景気回復局面で果たしてきた役割をみるとともに,公共投資の発動タイミングを景気循環等の視点から検討していく。

1. 伸びの低下がみられる公共投資

95年入り以降の公共投資の動向を,公共工事着工,請負,受注の各統計でみると,前年比伸び率で2桁の減少を示すなど,それまで総じて堅調に推移してきたのとは対照的である。

公的固定資本形成(実質)の前年比伸び率も徐々に低下し,95年第1四半期にはマイナスに転じているが,引き続き高水準で推移している(94年第4四半期3.0%増→95年第1四半期2.0%減)。

このように公共投資の伸びが低下し,95年第1四半期にマイナスに転じていることには,①昨年同期が高水準だった(前年比8.0%増)ことに加え,②94年度下期以降について,それまでの累次の景気対策を受けた切れ目ない執行から通常の執行状態に戻ったこと,等の影響が考えられる。

なお,本年度については,平成6年度第2次補正予算(95年2月成立)での追加の繰り越しや5月に成立した7年度補正予算の公共事業関係予算の追加(1.4兆円)等の効果が期待される。

2. 景気回復過程での公共投資

景気回復が確認されて以降,公共投資の伸びは最近になって緩やかに減速してきているが,ここでは景気後退から景気の谷を経て回復基調をたどるまでの間に公共投資が果たした役割を評価する。

(過去に例をみない公共投資の追加)

通常公共投資は,景気拡張局面では経済成長に対する寄与を弱める一方,景気後退局面において政策発動等を映じて寄与を高める傾向がある。

そこで,景気が山を過ぎて後退局面に移行した後,公共投資がどのように推移してきたかをみたのが第1-8-1図である。

これからは,今次景気後退局面での公共投資の拡大が,規模や期間からみて過去に例をみない大きなものであったことがみてとれる。確かにミニ調整の77年の後退局面でも今回と同程度の拡大がみられたものの,今回のように2年半にわたって拡大を続けた例は過去にはなかった。

この結果,実質GDPの成長率に対する公的固定資本形成の寄与をみると,実質GDPが前年比でマイナスに転じた92年後半からプラス成長に戻る94年第2四半期までの間,公的固定資本形成は1%程度の高いプラスの寄与を示した(第1-8-2図)。公共投資は,景気後退を緩和しながら,最終需要を下げ止まらせることで景気を回復軌道に乗せることに貢献したといえる。

なお,このような累次にわたる景気対策の実施もあって,一般政府部門の貯蓄投資バランスは93年度に7年振りにマイナスに転じた(91年度15.9兆円→92年度0.6兆円→93年度△5.2兆円)。また94年度の動きを一般会計予算の財政収支尻でみると,財政収支対GDP比率は△3.5%(補正後予算ベース)と,91年度の△1.5%を底に赤字幅を拡大させている。

(マネー面からみた公共投資の寄与)

なお,こうした公共投資主導によって景気が回復基調をたどってきたことは,マネーの動きからも確かめられる。第1-8-3図は,最近のM2+CDの前年比推移とマネーの主要な供給主体である全国銀行の貸出残高の前年比を比べたものである。

これによれば,94年後半以降M2+CDが緩やかに増加していくなかで,全国銀行の貸出は低い伸びから減少に転じている。このことは,マネーの伸びが財政要因(公共支払や所得税減税等)や住宅金融公庫貸付といった全国銀行貸出以外の供給によって支えられてきたことを示唆しており,今回の景気回復過程の背景に,公共投資と住宅建設の拡大があったことをマネー面からも裏付けたものといえる。

(公共投資の波及効果)

公共投資はそれ自体が最終需要の一つとして景気下支えに寄与するほか,波及効果を通してより広範な影響を与えるものである。このことは,公的固定資本形成の生産誘発係数が漸減傾向にあるとはいえ民間消費支出を上回り,民間固定資本形成に匹敵していることからもうかがえる(生産誘発係数;公的固定資本形成1.97,民間固定資本形成1.99,民間消費支出1.61<90年>,資料:総務庁「平成2年産業連関表」)。

また,最近の動向についても,経済企画庁「平成6年度年次経済報告」において,公共投資の波及効果が大きく低下していないことが示されている(「平成6年度年次経済報告」第1章第10節参照)。

以上から,公共投資の伸びが低下するということは,最終需要のうち公共投資の寄与が低下するのみではなく,設備投資等に対する波及効果も小さくなる可能性があることを示唆することとなるが,平成7年度補正予算での公共事業の追加等により高水準が維持されている。

3. 公共投資の進捗状況のチェック

今回公共事業関係予算が積み増しされていった時期には,冷夏・長雨や台風(93年夏)など公共工事の進捗を遅らせかねない出来事があった。

そこで,執行(契約)ベースと出来高(完工)ベースの統計の推移を比べることで,そうした不測の自体が公共投資の進捗に与えた影響を検証する。もし,何らかの理由で工事期間が長期化した場合には,従来の執行と出来高との相関になにがしかのゆがみが生じているはずである。

ちなみに,ゼネコン疑惑による指名停止処分(93~94年度)や公共工事の発注の透明性等を高めるための一般競争入札制度の本格的導入(94年度)については,予算の契約自体を遅らせた可能性はあっても,契約後の工事の進捗を遅らせる原因にはならないと考えられる。さらに契約の遅延の可能性についても中小事業者等への発注先の振替等によってある程度避けられたとみられる。

分析では,執行ベースの統計として公共工事着工額を用い,出来高統計としては財政資金対民間収支の公共支払いを用いている(第1-8-4図)。

なお,出来高を表す統計として,名目の公的固定資本形成や建設省が発表する公共工事出来高統計を用いなかったのは,そもそも当該統計が公共工事着工統計等を基に過去の標準的な進捗率を踏まえて推計されている部分が大きいため,こうした出来高統計には,仮に今次局面で工事の進捗等に異変が起きたとしても十分に折り込まれていない可能性が高いと思われるからである。

これによれば,93年後半において両者は従来と同じく公共工事着工が若干先行しながら似通った動きを示しており,長雨や台風が公共工事の進捗を大きく遅らせた様子はみられない。

なお,ここでは対前年伸び率の動きのみの比較を行っており,実際の契約額と公共支払額との対応をみているわけではないほか,前年の動きにも影響を受ける可能性があることには留意が必要である。

4. 景気循環と公共投資

(景気循環と公共投資の発動タイミング)

景気循環と公共投資発動のタイミングをみると,「緊急経済対策」発動に伴う87年末から88年初にかけての拡大を除けば,基本的には景気後退局面で伸びが高まり,景気回復局面入りとともに伸びが低下していく傾向がうかがえる(第1-8-5図)。

政府が,景気対策として公共投資を位置付けて,景気の現状認識に基づいた政策を遅滞なく行ってきたことからすれば,こうした傾向があるのも当然の結果といえる。

こうした点で今回の公共投資の推移を振り返れば,92~93年にかけて実質公的固定資本形成は15%から20%の高い伸びを持続したあと,景気の谷以降は前年比伸び率が低下してきており,従来と同じタイミングで公共投資が景気下支えの役目を終えたとの評価が可能であろう。

(需要のバトンタッチからみた公共投資の発動タイミング)

ただし,今回の景気回復で注意すべきは,景気の谷を過ぎても,設備投資については自律回復局面に至っていないために持ち直しに転じつつあるものの引き続き横ばいで推移しているという点であろう。

ここでは,過去において景気の谷以降公共投資の伸びが低下してきたのは,その背景に設備投資を含む民間最終需要の自律回復が確認され,需要のバトンタッチ(公的需要→民間需要)が可能であったからではないかという仮説を検討してみる。

そこで,需要のバトンタッチという観点から設備投資の動きをみると,ミニ調整後(78年第1四半期以降),第二次石油危機後,及び円高不況後の回復局面に入る段階では増加基調が既に確認される( 第1-8-6図)。これは,第3節の設備投資の分析で詳しくみたように,これらの回復期では当初から稼働率水準が高かったため,設備投資の自律回復メカニズムが景気回復初期から生じやすい環境にあったということである。

設備投資が景気回復局面入り以降も横ばいで推移しているのは,この20年間についてみれば,今回と第一次石油危機後の二つの局面だけである。

そこで第一次石油危機後の回復期をより詳しくみると,設備投資が一向に増加しないなかで公共投資は景気の谷以降景気浮揚効果を小さくさせていったが,結局はミニ調整に至り,再び公共投資の発動を余犠なくされた。見方を変えれば,ミニ調整期での公共投資の積み増しは,それ以前の回復期に増加基調に至らなかった設備投資の自律回復への移行をより確かなものとするためのものであったといえなくはない。

以上から,今回の回復局面を設備投資と公共投資のタイミングからとらえると,公共投資は景気の谷以降伸びが小さくなってきている一方,設備投資は持ち直しに転じつつあるもののいまだ増加基調は確認されていないという点では第一次石油危機後に似ている。

ただし,公共投資は伸びの低下がみられるとはいえ,平成7年度補正予算での公共事業の追加等から前年水準を上回ることが見込まれており,引き続き最終需要にプラスの寄与となっていくとみられる。

このため,第一次石油危機後にたどったパスを回避し景気の自律回復への前向きの動きを後戻りさせないためにも,こうした公共投資の最終需要への下支えを維持しながら最終需要の緩やかな持ち直しにつなげていくことが何よりも求められる。

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