第7節 高水準ながら頭打ち傾向がみられる住宅建設
1. 頭打ち傾向がみられる住宅建設
最近の住宅建設の動向を,新設住宅着工戸数でみると,93年第3四半期から94年第2四半期にかけて,持家系(持家+戸建分譲)とマンションの好調を主因に前年比で堅調な伸びを続けてきたが,94年後半においては,持家が鈍化したことから前年比伸び率は大きく鈍化した。さらに,95年第1四半期に至っては,高い伸びを続けてきたマンションも鈍化したことから,全体でも前年比2.9%減と,92年第1四半期以来3年振りに前年水準を下回った( 第1-7-1図)。
もっとも,前年比伸び率は最近ではマイナスに転じたとはいえ,93~94年の伸び率が高かったことから,年率換算した着工戸数は約151万戸と,依然として,第六期住宅建設五箇年計画(91~95年度)の達成に必要とされる年率146万戸を上回る高水準で推移している。
このように,景気の谷以降,住宅建設は他の民間最終需要が伸び悩むなかにあって,景気の下支えに寄与してきたが,最近は高水準ながらも頭打ち傾向となっており,今後の景気浮揚効果はこれまでに比べ小さくなることが予想される。
2. 住宅着工の頭打ちの背景
ここでは,94年後半から95年入り以降の住宅着工の伸び率の鈍化をもたらした持家系とマンションについて,その背景をみてみる。
(1) 伸び率が鈍化した持家系着工
持家系の新設着工戸数を前年比でみると,93年後半20.8%増(持家20.3%増,戸建分譲23.1%増),94年前半17.8%増(同15.7%増,26.6%増)と,高い伸びで推移した後,持家については94年第3四半期にほぼ3年振りに前年を下回ったほか,第4四半期以降についても前年水準を上回ってはいるものの1桁の伸びにとどまっている。
こうした動きの背景をみるために,まず持家系着工がいかなるファンダメンタルズによって影響されるのかを,需要要因に着目した関数推計の結果でみてみる。
これからは,92年から93年に持家系着工が前年を上回っているのは,婚姻件数の減少がマイナス方向に寄与する一方,地価要因や金利要因に加えて貯蓄要因も押し上げに寄与していたことが分かる( 第1-7-2図)。つまり,地価の下落に伴い住宅価格が低下してきていることと,貸出金利の低下や融資制度の拡充等を映じた資金調達可能額の増加とがあいまって,住宅取得需要を高める方向に働いてきたといえる。
以上のファンダメンタルズを踏まえると,94年後半以降にみられた前年比伸び率の鈍化には,地価要因のプラス寄与が地価下落幅の縮小によって小さくなってきたことと,住宅ローン金利が94年初から依然低水準ながら年末にかけて数次に引上げ(住宅金融公庫基準金利;94/1月3.60%→94/12月4.35%)られ金利要因のプラス寄与が縮小してきたこと,が影響している。
なお,先にみた関数推計によると,推計値でも94年の伸び率が鈍化する方向を示しているが,94年の着工実績は,確かに前年比伸び率は鈍化したものの推計値を大きく上回っており,金利の引上げ等需要サイドのファンダメンタルズだけでは説明できない。
これには,後にみるマンション販売同様,ディベロッパーが低価格帯を中心に戸建分譲の販売を積極化させたといった供給サイドの要因が考えられる。
今後については,今春以降の住宅ローン金利の引下げ(公庫基準金利:95/4月4.05%→5月3.80%→6月3.60%)がプラスに寄与するものの,戸建分譲ではこれまでの積極的な着工・販売の反動が予想されることから,全体の持家系着工戸数にはこれまでのような高い伸びは期待できないとみるべきであろう。
(2) マンションの伸び率鈍化の背景
マンション着工については,94年前半で前年比8割増と,日本列島改造ブームの73年(前年比64%増)を上回る過去に例をみない高い伸びが続いた。また,94年後半も,持家が前年比伸び率を鈍化させるなかにあって前年比4~6割増の伸びを示し,全体の住宅着工を支えてきたが,95年第1四半期は前年比8.2%増と,大きく鈍化している。
このようにマンションの伸び率が最近鈍化してきている背景を,ここでは,①二次取得者層の買換えが積極化せずに,一次取得者層との需要のバトンタッチがうまくできなかったこと,②そうしたなかで,一次取得者層が,供給サイドの販売姿勢にもかかわらず息切れしてきている可能性があること,等を中心に検証していく。
(一次取得者層,二次取得者層の動向)
まず,どういった需要者がマンションを購入しているのかをみるために,従前住宅種類別の購入者の構成比をみたのが第1-7-3図である。
これによると,最近のマンション着工をけん引してきたのは,従前に持家やマンションに住んでいた二次取得者層以外の,いわゆる一次取得者層が中心であった。
この間,二次取得者層については,住宅地地価が90年まで上昇していたことを受けて91年度まではウエイトが高まってきたが,92年度以降一転して低下している。また,こうした動きは,購入者の年齢別,世帯年収別の構成比をみても,40歳未満層の上昇,40~49歳層の低下や,低所得者層(I,II分位)の上昇,高所得者層(V分位)の低下といった違いからもみることができる。
(一次取得者層の好調な取得需要の背景)
一次取得者層のマンション取得需要が好調だった背景としては,需要サイドからは,持家と同じく,金利の低下等を受けた資金調達可能額の増加やマンション価格の低下等を映じた貸家からの振り替わり等が挙げられる。また,供給サイドからは,ディベロッパーが需要者のニーズに合った低価格帯の販売を積極化させている点が指摘できる。
まず,供給側のこうした低価格帯のマンション供給を優先する姿勢は,新築マンション契約率と新築マンション価格の動きを比べてみると明らかとなる。すなわち,過去においては,契約率が上昇するのと時を同じくしてマンション価格の上昇がみられた(78~80年,87~90年)が,93年以降,契約率はバブル期に迫るほどに高まったにもかかわらず,マンション価格は上昇するどころかむしろ前年比で低下している( 付図1-7-1)。
このため,資金調達可能額とマンション価格との関係をみると,資金調達可能額が金利低下や融資制度の拡充を映じて増加する一方,新築マンション価格は,上記供給側の低価格帯優先スタンス等を受けて91年度以降低下してきたため,93年度以降は資金調達可能額がマンション価格を上回る状況に至った( 付図1-7-2)。
また,新築マンション価格の低下は貸家に比べたマンションの割安感を醸成し,貸家からマンションへの振替を加速させている。これを確かめるため,貸家に住んで家賃を支払うのと,マンションを購入するのとではどちらが割安かどうかを,家賃の割引現在価値とマンション単価で比べてみると,92年初にマンション単価が家賃の割引現在価値を下回って以来一貫してマンション単価の割安が続いている(付図1-7-3)。
従来であれば,年齢が進むにつれて貸家に始まり,中古マンション,そして新築マンションに住み替えるというライフサイクルがみられたが,新築マンションの割安感から,一気に新築マンションの購入から入ってしまう動きが強まっているものと考えられる。
こうした見方は,①貸家着工が,元来正の相関が強いといわれる貸家採算性が,93年後半以降金利の低下や建設工事費デフレータの低下をうけて大きく改善したにもかかわらず,低迷を続けてきたことや( 付注1-7-4),②貸家着工を金利,家賃等で回帰した推計値が,93年以降の現実の貸家着工の減少を充分に説明できないことからも確かめられる(付注1-7-5)。
(二次取得者層の不振の背景)
次に,二次取得者層が,一次取得者層と対照的にマーケットに積極的にでてこない背景を考える。
二次取得者は,通常従前の居住資産の売却代金を購入代金の一部に充当するため,最近の地価の下落や新築マンション価格の低下圧力をうけて中古マンション市場が低迷している現状では,二次取得者層の買換えインセンティブが大きく削がれている可能性が考えられる。
まず,中古マンション市場の状況を,東京圏のマンション単価,成約件数及び在庫戸数でみると,マンション単価は94年中も一貫して下落しており下げ止まりはみられない。また,成約件数と在庫戸数の推移をみても,成約件数が伸び悩んでいることを反映して在庫戸数は93年末以降増加傾向をたどっている( 第1-7-4図)。
成約件数の伸び悩みには,新築マンションの好調から,中古マンションの購入需要が減ってきていることに加えて,二次取得者層もキャピタルロスの顕在化を嫌って売却に対して慎重になっていることが背景にあるものとみられる。
そこで,二次取得者層について,キャピタルゲイン・ロスを考慮したマンション取得能力(資金調達可能額を新築マンション価格で割ったもの)を試算してみる( 付図1-7-6)。これによれば,88年や90年にマンションを取得した二次取得者は,現在買換えを行えばキャピタルロスが発生することとなるため,これを考慮した取得能力は,キャピタルゲインが見込まれる84,86年にマンションを取得した二次取得者層に比べ相当低い水準にある。
今後についても,住宅地地価が下落幅は縮小してきているとはいえ,引き続き下落していることを考えると,当面,二次取得者層の買換え需要が顕在化し一次取得者層との需要のバトンタッチが行われる可能性は低いとみるべきである。なお,ここでは最近のマンション価格の下落に伴ってより広いマンションへの買換え能力が増加していることは考慮していないので,今後の動向をみる上ではその点に注意する必要がある。
(今後のマンション着工の展望)
マンション着工については,先にみたように,二次取得者層の買換え需要が期待できないなかで,一次取得者層のけん引によって高い伸びが維持されてきたことが分かった。
よって,今後の展望に当たっては,あとどれくらい潜在的な一次取得者が残っているのかという見極めが重要となってくる。
こうした推計に当たっては,住宅建設のストック循環という視点からの考察が必要となってくる。住宅着工については,短期的には金利や融資制度の拡充といった要因で影響をうけるが,一方で,人口や世帯数に基づいた中長期的にあり得べきストックの水準というものが考えられるはずである。このあり得べきストックと現実の住宅ストックのかい離の調整のためにフローの住宅着工が変動することが,ここでいうストック循環である。この観点から,マンションストックのすう勢を,婚姻件数と人口(30歳以上)で回帰することで求めると,94年については,ストック実績が関数によるすう勢値を上回るという結果が得られた(第1-7-5図)。このため,中期的には実績がすう勢に収れんする動きが生じてくると予想され,こうしてフローのマンション着工が調整されていくことになる。
ちなみに,マンションストックが95年中にすう勢トレンドに戻るというかなり厳しいストック調整の想定をおくと,95年中に期待され得る着工戸数は約19万戸(前年比11%減)と,引き続き高水準で推移するものの増勢は頭打ちから漸減となっていく姿が展望される(付注1-7-7)。ただし,こうした試算は,あくまでもストック循環という中長期的な視点からの推計であって,今後の金利および地価動向や95年中の貸家から新築マンションへの振り替わり等は考慮していないことには留意が必要である。
なお,マンションにおけるストック調整が生じうるとの見方は,マンション在庫がマンション契約率の低下から漸増傾向を示しており,最近の東京圏の在庫水準が92年並みにまで上昇してきていることとも整合的である(第1-7-6図)。
3. 住宅着工が今次景気回復局面で果たした役割
これまで,最近の住宅着工の頭打ちの背景と今後の姿を展望するうえでの考え方の整理を行ってきた。ここではやや旧聞に属するかもしれないが,住宅着工が今回の景気回復,特に最終需要の下げ止まりにどのように寄与してきたのかについて簡単な整理を行う。
(実質GDPに占める住宅投資の寄与)
住宅着工は,まず貸家が92年中,貸家採算性の改善のほか生産緑地法改正に伴う市街化区域内農地の宅地化の促進もあり高い伸びを示した。その後,貸家が92年の反動もあって減少する中で,持家が93年後半から94年前半にかけて好調に推移し,94年第3四半期以降についても,持家の伸びは鈍化したもののマンションや戸建分譲が高い伸びで推移したことから,主役を交代しながらも,92年後半以降総じて堅調な動きを示してきた(前掲 第1-7-1図 )。
こうした住宅着工がマクロの経済成長に及ぼした影響を,実質GDP成長率に対する民間住宅投資の寄与度でみてみる(第1-7-7図)。
これによれば,住宅投資の寄与は93年第3四半期以降プラスに働いており,実質GDPが93年第4,94年第1四半期とマイナス成長であったことを考えると,景気の谷前後で住宅投資がいかに景気を下支えしていたかがみてとれる。また,94年第2四半期以降,実質成長率がプラスに転化してきたが,その大部分が住宅投資の寄与で説明できることからも明らかなように,公共投資同様,最終需要を下げ止まらせ景気の回復基調を確かなものとする役割を果たしたといえる。
(住宅建設が個人消費に与えた影響)
時系列分析(VARモデル)によって,GDPコンポーネント間の因果関係をみると,民間消費が住宅投資によって影響される可能性がうかがわれる(付表1-7-8)。このことからは,今回の景気回復局面での住宅建設の堅調は,民間消費をある程度浮揚させるという効果を通じても成長率の下支えに貢献したことが考えられる。
こうした波及経路としては,①住宅着工に伴う家電,家具に対する需要増といった直接的な効果に加えて,②住宅着工に伴う建設・不動産業の収益改善が雇用者の所得増を通じて消費を支える効果,等が考えられよう。
このうち,②の効果については,オフィスビルや工場等非住宅分野の低迷が大きかったことから,建設・不動産部門の収益改善が全体としてはみられず,住宅建設→所得増→消費下支え,というメカニズムを確かめることはできないが,①については,93年以降みられた白物家電や家具の堅調な販売の背景に,住宅建設の堅調が寄与していたことが指摘されている(経済企画庁「平成6年度年次経済報告」第1章第3節参照)。
(住宅建設が地価に与えた影響)
住宅着工の盛り上がりは,業者による土地手当てを活発化させたことで,住宅地地価の下落傾向に歯止めをかける効果があった可能性も考えられる。
こうした関係をみるために,法務省「法務統計月報」により土地取引件数の推移をみると,バブルが崩壊し地価が下落し始めた91年以降取引件数は大きく前年水準を下回って推移していた。ところが,住宅建設が持家系やマンションによって本格的に増加し始めた93年後半以降94年にかけて,土地取引件数は前年を上回る傾向がみられるようになった。この中には,94年中も低迷したとみられる商業地に関する土地取引件数も含まれていることから,住宅地に関する土地取引の回復はより大きかった可能性が強い。
この間,住宅地地価についてみると,93年以降前年比下落幅が縮小に向かい始めており,土地取引の回復時期と整合的である(第1-7-8図)。