第6節 進展する「価格破壊」

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経済企画庁「平成6年度年次経済報告」第2章第4節では,生じつつあったディスインフレを取り上げて,その背景や想定される実体経済への波及メカニズムを紹介した。その後ディスインフレは一段と浸透してきている。そこで本節では,ディスインフレをもたらしている背景のうち,国民生活の質の向上に資すると期待される「価格破壊」について考えていく。

1. ディスインフレの進展

(ディスインフレをもたらした二つの要因)

物価上昇率が低下するという現象であるディスインフレは,値崩れと価格破壊という全く異なった二つの要因によって引き起こされている。

これを概念的にとらえるために,総供給・総需要曲線を考える( 第1-6-1図)。

値崩れとは,景気後退に伴う需給ギャップの拡大によって引き起こされるもので,需要曲線の左下方シフトを意味する( 図表の①)。こうした値崩れは景気後退期には必ず生じる一方,景気の回復につれて解消していく筋合いのものといえる。

一方,価格破壊とは,総供給曲線の右下方シフトを意味する(図表の② )。

総供給曲線が右下方にシフトするということは,生産性の上昇やコスト削減によって価格の引下げが可能になっていることを示しており,消費者にとっても実質所得の増加につながるものである。

こうした観点から価格破壊をとらえると,①生産性の上昇やコスト削減を武器とした革新的な経営者の新規参入による低価格品の投入に加えて,②競争促進が既存の国内流通業に対してマージン率の引下げ圧力を強めていることを背景に,価格引下げを通じて円高差益等をこれまで以上に流通業から消費者や製造業に所得移転する行為とみなすことができる。

これまでの値崩れという物価動向の背景にあった需給ギャップに対してはこの拡大を防ぐため,景気回復に向けた様々な政策対応がなされてきた。なぜなら,政策対応を怠れば需給ギャップの悪化から所得の減少や失業につながりかねないからである。

一方,供給曲線の右下方シフトである価格破壊は,それが生産性の上昇やコスト削減を背景に生じている以上,短期的な雇用面への影響にも配慮しながら積極的に推進していかねばならない。これは,消費者の実質購買力の増加に資するものだからである。

したがって,今後のディスインフレをみていくにあたっては,需給ギャップの悪化を防ぐことを通じて値崩れを回避するとともに個別財でみられている価格破壊を進めていく必要があるため,実際の物価の下落がこの2つの要因のいずれを反映したものなのかを明確に区別していくことが求められよう。特に,需給ギャップを背景とする値崩れが生じるような場合には,これを価格破壊によるものと混同することによって,政策対応を怠ることのないよう注意すべきである。

(価格破壊の進展状況)

価格破壊の現状を,家計調査から計算した購入単価と消費者物価指数の該当品目を比べることでみてみよう(第1-6-2図)。

これによれば,93年中,消費者物価が緩やかな下落を続けるなか購入単価が消費者物価の下落率を上回って大きく下落したことから両者のかい離は拡大した。ところが,両者のかい離は94年になって徐々に縮小してきており,家電製品等耐久消費財については,最近では購入単価の下落率以上に消費者物価が下落している姿となっている。

これは,購入単価の下落が一服する一方,消費者物価が94年に入っても着実に下落してきていることによる。

消費者物価の着実な下落は,消費者物価指数の作り方(一定の品質の商品価格を継続的に調査)からすれば,既存の流通業が,価格破壊に対応して,プライベートブランド商品の開発・投入等を通じて品質を落とすことなく商品の価格を引き下げられるようになってきていることを反映している。

つまり,価格破壊が単に一部のディスカウンターにとどまらず,流通業をはじめとする既存の産業を巻き込み始めたことによって,94年以降消費者物価の一段の低下が図られてきているのである。

なお,購入単価の下げ止まりには,景気の緩やかな回復を映じた需要の持ち直しが寄与しているものの,安ければ何でも良いというのではなく,手頃な価格で品質的にも満足のいく商品を吟味するという消費者の購買行動も影響しているとみられる。

このことは,家計調査における購入単価と購入数量の変化をみても,94年中は購入単価の下落幅は鈍化したものの購入数量の伸びが落ちていないことからもうかがえる(第1-6-3図)。

2. 価格破壊の背景

ここでは流通業を中心とする価格破壊が進展する背景を,供給,需要両サイドからみていく。

(規制緩和の推進)

競争を促進することで価格引下げを容易にさせるという観点では,今次局面でみられた規制緩和の推進が大きな影響を与えたとみられる。

付図1-6-1は,92年1月の大規模小売店舗法改正後の規模別の店舗出店状況をみたものであるが,百貨店による出店がほとんど増えなかったのに対して,ディスカウンターが大部分を占めるホームセンター(第1種)や衣料・家電専門店(第2種)が増加していることが分かる。

(輸入浸透度の上昇)

円高に伴う輸入品の増加とその利用が,新規参入者にとって,価格の引下げを容易にしているとみられる。

最近の価格破壊に関係が深いとみられる消費財の輸入浸透度(輸入/(国内出荷+輸入))をみると,おしなべて上昇しており,最近の輸入浸透度は14.4%(95年第1四半期)と,急激な輸入浸透度の上昇がみられた80年代のアメリカの水準(80年11%→90年18%)に近づいている(第1-6-4図)。

具体的には,衣料等非耐久消費財は93年以降上昇してきており94年末で20.1%と,財別では最も高い上昇を示している。また,耐久消費財では水準は非耐久消費財に比べて低いものの,93年以降上昇度合いを強めてきている。

こうした輸入浸透度の上昇を輸入と国内出荷に分けてみると,耐久消費財では,国内出荷の大幅な減少から国内総供給が減少するなかで輸入が増加している一方,非耐久消費財では,国内出荷が横ばいのなか輸入によって国内総供給全体がけん引されている(第1-6-5図)。

なお,輸入浸透度の高まりと産業空洞化の問題については第2章第4節で詳しくみていく。

(消費者の価格志向の強まり)

最近の消費者の価格志向の強まりをみるために,価格破壊が浸透しているとみられる「被服及び履物」の消費関数における価格弾性値をカルマンフィルターによって回帰してみる( 付図1-6-2)。

これによれば,93年以降,価格弾性値の絶対値が構造的に大きくなっており,消費者が価格をより重視した購買行動をとってきていることがうかがえる。

なお,消費者の価格志向が強まることは,総需要曲線の傾きが従来より緩やかになることにほかならず,供給曲線が下方にシフトした場合でも価格の下落の緩和・数量の増大を通じてデフレ・インパクトを和らげる効果が期待される。

こうした消費者の行動の変化は,消費者がどういう場所で消費するようになってきているかをみることでも確かめられる。付表1-6-3は,5年前と比較した消費者行動の品目・消費場所別の変化をまとめたものであるが,百貨店や零細一般小売店での購入を減らす一方で,ディスカウントストアや大型スーパーでの消費を増やしている消費者の姿がみてとれる。

3. 価格破壊の持続性の検証

ここでは価格破壊の持続性を検証するために,価格破壊がどの様な方法で行われているかについてディスカウンターと既存の流通業者に分けて詳しくみていく。

(ディスカウンターでのマージン率の推移)

もし価格破壊をけん引しているディスカウンターが,マージン率((営業利益+販売管理費)/売上高)を過度に圧縮することによって価格の引下げを行っているとすれば,企業行動としては持続可能とはいえず,早晩息切れしてくることが予想される。

そこで,業態別のマージン率の推移をみると,価格破壊が進行した93年中においてもディスカウンターのマージン率は低下しておらずむしろわずかながら上昇している(第1-6-6図)。ディスカウンターは,輸入品の積極的な活用により仕入コストを引き下げること等によって価格を引き下げてきたといえる。

なお,93年中にマージン率の上昇が可能となったのは,仕入単価水準の低下と,それに伴う販売数量の増大効果からマージンを乗せやすくなってきたことが考えられる。

(流通業でのマージン率の推移)

逆に,百貨店では93年に顕著なマージン率の低下がみられている。これには,既存の流通業でも,価格破壊を背景に価格引下げを迫られているが,急には仕入単価の大幅な引下げは不可能なことから,当面マージン率を圧縮することで価格を引き下げていることが影響している(付図1-6-4)。

流通業によってマージン率が圧縮されてきている可能性は,消費者物価指数の下落率が93年後半以降卸売物価指数の下落率に接近してきた結果,両者のかい離が縮小してきていることからもうかがえる( 第1-6-7図)。

そこで,卸・小売業について,大蔵省「法人企業統計季報」を用いてマージン率の動きをみてみる(第1-6-8図)。

なお,流通業に占めるディスカウンターの法人数はまだ少ないことから,大蔵省「法人企業統計季報」は基本的には既存の流通業の動きを反映した統計とみなすことが可能である。

これによると,小売業のマージン率がおおむね横ばいとなっている一方,卸売業については,中小卸売業の93年以降の低下を主因にマージン率は低下している。

また,こうしたマージン率の動きを輸入消費財の卸売物価指数と重ねてみると,小売業のマージン率は輸入物価の変動にかかわらずおおむね横ばいで推移してきた。一方,卸売業のマージン率は,従来輸入物価が高騰すると低下傾向にあり,また,下落した際に上昇するなど,概して,輸入物価と逆の動きを示してきた。このことは,従来においては,卸売業では規制・商慣行に起因する流通構造の非効率部分の存在により,輸入物価の変動が販売価格に結びつきにくかったことを示唆するものである。

こうした観点からは,93年以来,特に最近において円高が進行し輸入物価の一段の下落が起こっているにもかかわらず,卸売業のマージン率が従来とは異なり縮小してきていることは,卸売業の流通構造が,円高・規制緩和と相まった価格破壊によって効率化を余儀なくされ,結果的に円高差益等が卸売業のマージン率の圧縮,販売価格の低下を通じて,消費者に広がり始めたということも可能である。

こうした議論を踏まえると,価格破壊がいつまで続くかという点については,過剰な規制や不合理な商慣行等,内外価格差をもたらす要因が是正・縮小されるまで続くものとみることも可能であろう。

(卸売業でのマージン率圧縮の方法)

最後に卸売業でのマージン率圧縮の経過を検証してみる。これによって,今の価格破壊は単に過当競争の結果であり早晩破綻が生じるのではないかとの見方が正しくないことを示す。

そこで,中小・卸売業にみられる93年以降のマージン率の圧縮の背景をみると,93年中は販売管理費が横ばうなかで営業利益が景気低迷もあって減少するかたちでマージン率が低下していった。ただし,94年に入ると営業利益が景気の回復を受けて増加に転じたが,販売管理費の削減がそれを上回ることによってマージン率の圧縮が行われていることが分かる(第1-6-9図)。

仮に,営業利益の圧縮によってマージン率が圧縮されたのであれば,過当競争が行われている可能性も否定できないが,販売管理費の削減が確認されたことは,現状の価格破壊が流通の効率化によってもたらされているということを示している。

4. 価格破壊と実体経済

(価格破壊が実質所得に与える影響)

以上から,価格破壊が進む状況では,ディスカウンターと既存の国内流通業者との競争が促進されるために,既存の国内流通業でも価格の引下げを従来以上に行うようになっていくことをみた。

これは,実体経済への影響という観点からは,消費者物価が従来の輸入数量の増加や輸入物価の低下では説明できないほどに下落して,結果として実質所得の増大を通じた景気へのプラス寄与が期待できるということである。

こうした効果を定量的にみるために,二つの推計を行った。

第一に,産業連関表の商業マージン表を使って,小売業の付加価値の削減が全体の消費者物価を理論的にどの程度引き下げるかをみてみた(付注1-6-5)。これによれば,国内小売業が当面営業余剰を削ってマージンを圧縮することを仮定し,その結果小売業の付加価値が5%低下したとすると,消費者物価は0.34%(商品0.49%,サービス0.15%)低下するとの結果を得た。

第二に,こうした理論値でみた下落が実際の消費者物価指数(耐久消費財)でも生じていることをみたのが第1-6-10図である。

これからは,消費者物価関数を93年までで推計し94年以降を外挿してみると,推計値が前年比1.5%減前後で横ばうのに対して,実績は一貫して下落してきており,両者のかい離が著しく拡大するという結果が得られた。

以上みたように,価格破壊の進展は,消費者物価の引下げに働いているが,それがディスカウンターや中小・卸売業でみたような生産性の上昇や効率化を背景にしているのであれば,消費者の実質所得の増加につながっていくことが期待されよう。

(価格破壊のマイナス効果をどう考えるのか)

ただし,一方では,物価上昇率の低下が,家計の貨幣錯覚や実質負債残高の増加による企業での支出抑制(フィッシャー効果)をもたらし,景気にマイナスのインパクトを与えるのではないかとの見方がなされている。

まず消費における貨幣錯覚については,第2節で詳しく分析したように,ほとんどみられないか,あったとしても懸念されるような大きなものではないことをみた。名目所得の減少があったとしても,実質所得の増加を通じて,消費が浮揚されるメカニズムは今回も期待されるのである。

次に実質負債残高の増加の影響については,確かに中小企業を中心にバブル期に積み増した外部負債の調整がほとんど進んでいないことを考えれば,いくら実質所得の増加によって緩和される部分があるとはいえ,実質負債残高の支出抑制効果は小さいとはいえない。

ただし,①実質所得の増加に伴うプラス効果と実質負債残高の増加に伴うマイナス効果のいずれが大きいかを事前に把握することは不可能であること,②同時に金融緩和も進められていることから,実質負債残高の増加による実体経済へのマイナスの影響は金融政策からも緩和されつつあること,等を踏まえれば,こうしたマイナス懸念を過大視すべきではない。

ただし,実質負債残高に影響を及ぼしている最近の物価上昇率の低下には,価格破壊に加えて需給ギャップを背景とした値崩れも影響しているとみられる。値崩れの背景にある需給ギャップの悪化は,政策対応を怠れば所得の減少や失業が生じかねないため,値崩れによる物価上昇率の低下が実質負債残高や売上に及ぼす悪影響については十分な警戒が必要である。したがって,仮に値崩れを主因とした物価上昇率の低下から予想以上に実質負債残高の増加等のマイナス効果が生じてくるような場合には,価格破壊を抑制することなく,政策対応によって対処すべきであろう。

(なぜ80年代後半の価格低下が長続きしなかったのか)

今回の価格破壊と似たような価格低下現象は,内外価格差が顕在化した80年代後半の円高不況後にもみられた。逆輸入や開発輸入といった輸入ルートの多様化も当時からみられるようになった。

ここでは,何故当時の価格低下が今回の様な価格破壊現象につながらず,長続きせずにブームに終わってしまったのかについて考える。

こうした背景として次の四つの仮説が考えられる。

  • ①内外価格差が短期間に解消した
  • ②規制緩和の推進が不十分だった
  • ③当時の輸入品に対する品質面での評判が悪かった
  • ④バブルの発生とともに消費者の価格志向が低下していった

という点である。

まず①については,購買力平価を為替レートで除した内外価格差比率をみると,内外価格差は88年以降90年に若干の縮小はみられるものの,解消することなく存在し続けている(後掲 第2-3-1図)。よって,内外価格差が解消したために価格低下現象が終わったとはみなせない。

次に②については,規制緩和の必要性が認識され取組は始まったものの,メーカーの価格支配力が依然として強かったこともあって,逆輸入の動きは個人ベースを超えて広がるまでには至らなかった。また,小売業での価格低下も,流通業での合理化・効率化に伴う生産性の上昇という背景がなかったことから,単に円高還元セールの一環の域を出なかった。

その結果,流通業に円高差益がとどまり交易条件の改善にはつながったものの,こうした差益が十分に消費者や円高で苦しむ製造業に還流しなかった。

また③については,そもそも当時東南アジア等からの輸入家電製品は安価で低機能のものが主流であったが,アフターケアや交換部品の問題はあったものの,品質的に欠陥があったわけではない。

最後に,④については,消費者の価格志向がバブル景気に伴う所得の増加とあいまって薄れていった可能性が強いとみられる。高いものほど品質が良いといったブランド志向がせっかく芽生えた価格低下の動きを阻んでしまった可能性が高い。

逆に「安いものは粗悪品」といった固定観念の広がりは,③で指摘した輸入家電製品に対する不当な批判にもつながっていったと思われる。

以上から,円高不況後については,そもそもコスト削減や流通の効率化等生産性の上昇を背景とした価格の低下ではなく円高メリットの還元という域を出なかった。加えて,内外価格差の顕在化を受けて規制緩和への取組が始まったものの,バブルによって消費者行動が変化してしまったことが,結果として価格低下の動きをブームに終わらせることになった。

(今回の価格破壊の展望)

では,今回の価格破壊もまたブームに終わるのであろうか。

  • ①消費者はバブル崩壊以降,所得の低い伸びもあって価格志向を一段と強めている(前掲付図1-6-2)。さらに,単に安ければ構わず購入するのではなく,手頃な価格で品質的にも満足できるものを選別して購入するという購買行動も広がってきている。このことは,仮に景気回復とともに所得環境が改善してきたとしても,バブル期のような消費スタンスには戻らない可能性が強いことを示唆している。
  • ②今回は,規制緩和の推進もあって,大規模なディスカウンターの新規参入等を通じて価格破壊が起こっている。彼らは,輸入品の活用や流通構造の効率化による生産性の上昇を背景に,マージン率を引き下げることなく価格引下げを行っている以上,持続していく可能性が高い。
  • ③以上の理由に加えて,価格破壊が消費者物価の下落を通じた実質所得の増加に結びつくことが期待されることを踏まえれば,価格破壊が「いつまで続くのか」という見方から,「内外価格差が是正・縮小されるまで価格破壊を続けなければならない」という姿勢が企業にも家計にも求められてこよう。
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