平成5年
年次経済報告
バブルの教訓と新たな発展への課題
平成5年7月27日
経済企画庁
第3章 拡大する経常収支黒字と我が国の課題
本節では以上みてきたような議論を踏まえて,世界経済における日本の役割について考える。そのため,もう一度今回の経常収支黒字拡大の要因を整理し,その特徴をまとめた上で,経常収支黒字をどのように評価すべきか,そして日本の課題は何かを考える。
最初に,第1節での議論を踏まえて,今回の経常収支黒字拡大の要因をまとめ,その特徴を整理しておこう。
(経常収支黒字拡大の要因)
第1節では,経常収支黒字拡大の要因を探るために,国際収支の項目別に,その変動要因を考えてきた。こうした分析に基づいて考えてみると,91~92年度にかけての,経常収支黒字の拡大は,次のような要因が複合的に作用した結果だったと考えられる。
第一は,短期的な特殊要因の影響である。湾岸危機に伴う原油価格の一時的な高騰によって,90年度の輸入金額が増加した。また,湾岸平和協力基金への拠出は,同じく90年度の移転支払の流出幅を大きくした。さらに金投資口座の影響で,89~90年度の経常収支黒字はみかけ上減少し,91~92年度には逆に増加した。これらの特殊要因は,90年度までの経常収支黒字を小さくし,その反動で91年度以降の黒字拡大を大きくする結果となった。
第二は,円高による輸出価格上昇の影響である。通関ベースでみると,91~92年度には輸出価格が大幅に上昇したが,このうち約半分は円の対ドルレートの上昇に伴うものであり,残りの約半分が高付加価値化によるものだった。
第三は,「バブル」崩壊の影響である。91~92年度には,資産価格が下落し,それまで高い伸びを続けてきた高級自動車,貴金属,絵画等の高額品の輸入が減少した。
そして第四は,日本が景気調整過程にあったことである。これは特に輸入数量の伸びの鈍化となって経常収支黒字を拡大させた。また,貿易外収支での運輸収支や旅行収支の赤字幅拡大が止まったことにも国内経済活動の鈍化が寄与していたものと考えられる。ただし,内需の低迷を輸出によって補おうとする「輸出ドライブ」は今回の景気調整局面では特に認められなかった。
なお,背景には,こうしてフローの経常収支の黒字が拡大すると,それがストックの対外純資産の増加をもたらし,それが投資収益収支の黒字を拡大させ,さらに経常収支の黒字が拡大してしまうというメカニズムが作用していたことにも注意が必要である。
それでは,以上のような要因はそれぞれ経常収支の拡大にどの程度の寄与をしたのだろうか。これを,90年度から92年度にかけての黒字の拡大(通関収支差,567億ドル)の要因分解として示すと,①特殊要因(石油価格の上昇)によって15.3%,②「バブル」の影響による高額品輸入の減少によって10.4%,③高付加価値化による輸出価格の上昇によって38.6%,④それ以外の輸出価格の上昇(為替レートの変動等)によって33.7%が説明されるという結果が得られる。
(経常収支の動向)
次に,やや長い期間をとって,経常収支の短期的変動の要因である,①循環的要因,②特殊要因,③為替要因の三つが,経常収支に対してどの程度の影響を及ぼしているか分析してみよう。
第一の循環的要因としては,日本の景気循環に伴う輸入の変動がある。日本の輸入の変動をみると,86年末以降の長期的な景気拡大局面では大幅に増加し,91年以降の景気調整局面では低い伸びにとどまっている。こうした動きには景気変動による影響が含まれている。
第二の特殊要因としては,石油価格,金輸入などの特殊要因,バブル期の高額品の輸入などがかなり大きく近年の経常収支に影響していることは前述のとおりである。
第三の為替要因としては,為替レートの大幅な変動によるJカーブ効果がある。円ドルレートは81年1月から大幅な円安となった後,85年2月以降大幅な円高局面に入った。その後88年11月~90年4月にかけては円安で推移していたが,それ以降は円高傾向を続けて今日に至っている。現実の経常収支黒字にはこうした為替レートの大幅な変動に伴うJカーブ効果が含まれている。
そこで,上記3つの要因による経常収支変動の影響についての試算を行った。この結果( 第3-5-1表 )から,次のようなことが考えられる。
第一に,経常収支のGNP比は85年度から88年度にかけて1.1ポイント低下してきたが,上記3つの要因による分はこの間0.6ポイントの上昇となっており,実績値の変動はこれら以外の要因によるところが大きいことがわかる。具体的には,需要構造の内需へのシフトや輸入依存度の上昇といった構造調整が進展したことなどが考えられる。
第二に,89,90年度の経常収支のGNP比率は合わせて1.5ポイント低下しているが,これは上記3つの要因によって説明できる。この時期,上記3つの要因が経常収支を大幅に小さくする方向に作用していたことがわかる。
第三に,90年度から92年度にかけて,経常収支のGNP比率は2.2ポイント上昇しているが,91年度以降の黒字の拡大の大部分は上記三つの要因(循環的要因,特殊要因,為替要因)によるものである。
(経常収支黒字拡大の理由とはいえない点)
以上のように,今回の経常収支黒字の拡大は,基本的には循環的要因,特殊要因,為替要因といった諸要因で十分説明できる。
しかし,経常収支黒字の議論に際しては,「何によって説明できるか」だけではなく,「何によっては説明できないか」ということもまた重要である。
この点でしばしばみられるのは,「経常収支黒字拡大の原因は,市場の閉鎖性にある」という議論である。これは,経常収支を,市場の閉鎖性というミクロの側面だけから説明しようとする議論である。しかし,経常収支の動きを市場の閉鎖性によって説明することは不可能である。この点は,タイムシリーズという視点からも,クロスセクションという視点からも簡単にチェックできる。
まず,タイムシリーズで考えてみよう。既にみてきたように,日本の経常収支黒字は,82年度にはGNPの0.8%に過ぎなかったが,86年度には4.4%まで拡大し,その後90年度には1.1%に縮小し,92年度には再び3.3%まで拡大するという変動を示している。この間,日本は繰り返し市場アクセスの改善を図り,一貫して市場を開放的にするよう努力してきた。日本の市場の閉鎖性によって80年代以降の経常収支の変動を説明することは不可能である。
次に,クロスセクションで考えよう。 第3-5-2表 は,91~92年における,経常収支黒字のGDP比率の高い国(または赤字のGDP比率の低い国)を順番に並べたものである。これをみても,経常収支黒字比率が高い国ほど市場が閉鎖的であるとは必ずしもいえない。
経常収支黒字を,ミクロ現象だけで説明することはできないのである。
次に,日本としては経常収支黒字をどのように評価すべきかを考える。まず,日本の経常収支黒字は経済的にみてどのような意味を持っているかを確認することにしよう。
(日本の経常収支黒字の意味)
日本の経常収支黒字には,三つの側面がある。それは,①貿易財のネットの供給者としての側面,②貯蓄超過国としての側面,③資本供給国としての側面である。以下,順に検討してみよう。
日本の経常収支黒字の第一の側面は,日本が世界に対して貿易財のネットの供給者であるということである。以下,この意味を,輸出と輸入の両面から考えてみよう。
日本の輸出は,消費者の嗜好,ニーズの変化等需要側の動向を敏感に捉えながら,供給構造を柔軟かつ効率的に変化させ,規模の経済性を最大限に利用しながらそれぞれの時代における成長製品に特化してきた。
この点をみるために,日本の主要品目毎の世界輸出に占めるシェアの推移をみたのが 第3-5-3図 である。これを見ると,①各製品のプロダクト・サイクルに合わせて日本のシェアーが高まっていること,②成長製品が交代するときには,日本の輸出もその比重を速やかに次の成長製品に移していることが分かる。現在,日本は,世界に対して機械機器等の中間財,資本財の最大の供給基地となっていることは第3節で見た通りである。輸出を通して,日本は世界的な成長能力の向上に貢献しているということができよう。
一方,輸入面では,食料品については日本は世界最大の純輸入国である。近年では中間財,資本財の輸入も大幅であり,特にASEANに対しては最大の輸入国となっている。
財の取引が,それぞれ自由な市場における合理的な取引の結果として決まっているのであれば,貿易を通して輸出者,輸入者双方が望ましい成果を得ていることになる。経済的に望ましいと思うからこそ取引が成立しているからである。このような状況の下においては,日本は,輸出・輸入の両面において世界貿易の拡大に貢献しており,貿易利益を通じて世界全体の経済厚生を高めていると評価できるし,輸出入の差額そのものにも問題はないことになる。しかし,日本の市場メカニズムの機能に制約があるために輸出入に歪みが現れているのであれば,このような結論を引き出すことはできなくなる。
日本の経常収支黒字の第二の側面は,日本が貯蓄超過国だということである。
経常収支は,国内における貯蓄と投資の差額と事後的に等しくなる。80年代以降における部門別の貯蓄投資バランスをみると( 第3-5-4図 ),日本の家計部門の貯蓄超過幅はおおむね一定しているが,80年代前半には,一般政府部門の投資超過幅(赤字)が縮小している。また80年代後半には,一般政府部門が貯蓄超過に転じ,その幅を拡大させたものの,それを上回る規模で法人企業部門の投資超過幅が拡大している。一般政府部門の貯蓄超過幅が拡大したのは,財政再建と好景気による税収の増加等による中央政府の投資超過幅の縮小,社会保障基金の貯蓄超過の更なる拡大等のためである。また,企業部門の投資超過幅が拡大したのは,景気上昇過程で設備投資が大幅に増加したためである。さらに,90年度から91年度にかけて,法人企業部門の投資超過幅が縮小している。これは,景気の後退によって設備投資が減少したためである。こうした動きは,当該期間の経常収支の動きとほぼ一致している。
このような貯蓄と投資の推移は,基本的には,各経済主体が経済環境の変化に応じて行動した結果であり,制度的なバイアスがない限り,それ自体として問題だとはいえない。特に,マクロ的にみると,日本は,来るべき高齢化社会において貯蓄率の低下が予想されており,現在はそのために資産を蓄積すべき段階にあると位置付けられる。貯蓄超過であるということは,その資産が対外資産として蓄積されていることを意味する。
日本の経常収支黒字の第三の意味は,日本が資本供給国だということである。国内の貯蓄超過分は,資本の輸出となって海外に供給されることになるからである。
資本の輸出は,輸出先の設備投資が国内の貯蓄に制約される度合いを緩和するという重要な役割を果たす。一国の設備投資に対する国内貯蓄の制約は,資本移動に対する制限が存在する時期に一番強い。しかし,その後,資本移動の自由化が進展するとともに,外国からの資本供給によるファイナンスが可能となり,国内貯蓄による制約は弱まる。その点は, 第3-5-5表 に示したOECD諸国における国内投資率と国内貯蓄率の回帰分析結果にも現れている。これによれば,国内投資率が国内貯蓄率によって決定される割合が60年代以降次第に減少し,外国からの資本供給によるファイナンスの役割が増大していることが分かる。こうしてみると,日本の資本供給は世界的な投資の促進に大きな役割を果たしていることになる。
特に,80年代後半以降急増した日本の対外直接投資は,世界経済の発展に大きく貢献した。対外直接投資によって現地生産が新たに開始される場合,現地の雇用機会が増えることに加え,投資受入れ国に対する技術移転を促進し,経済発展の基盤の強化に寄与する。さらに,投資受入国にとってのサステナビリティーという観点からみても,直接投資の場合は,資本の流入が生産的な投資に振り向けられることが保証されているため,単なる資本流入に比べて,投資収益の支払いの裏付けもより確実なものとなる。
(市場の閉鎖性)
以上,日本の経常収支黒字の意味についてみてきた。市場メカニズムの円滑な機能の下において,各経済主体の自由な選択の結果として黒字が生じているのであれば,この黒字を縮小すべきだという結論は直ちには導き出せない。
これに対して,日本の市場の「閉鎖性」が経常収支の大幅な黒字の原因となっており,市場を開放することによって黒字を削減すべきであるという指摘もある。しかし,そもそも「閉鎖性」の意味するところは広範囲にわたっており,かつ曖昧である。輸入障壁を指す限りでは,関税負担率あるいは数量制限品目数の点で日本は世界でも最低水準にあり,閉鎖的であるという言葉は当たらない。また,「閉鎖性」と言う場合には,広く日本独自の歴史,文化,慣習を背景とした日本の市場経済システムまでをも含んで言う場合がある。しかし,各国の市場経済システムに特徴があることは当然であり,どれか一つの型に収斂していくべきものでもない。したがって,市場経済システムについては,相互にメリットを認め合い,そのメリットを活かしながら調和を図っていくことが必要である。
以上に留意しつつも,日本経済において自由な市場メカニズムの作用を妨げるような要因が存在しているとすれば,それは日本自身の効率化を妨げていることを意味する。特に,その要因が輸入抑制的な効果を持っている場合には,貿易利益が十分に引き出されていないことにもなる。したがって,こうした要因を取り除くことは必要である。外国に新しい輸出市場を提供すると同時に,日本の消費者により低価格の,より多様な商品の選択を可能にすることは,世界経済ばかりでなく,日本自身にとっても好ましいことである。しかも,輸入抑制要因を取り除くことは,それ自体として黒字を縮小させる要因にもなる。
日本の経常収支黒字に関連して日本が考慮しなければならない点としては,以上に加え,世界経済的なコンテクストの中で考えた場合に明らかとなってくるいくつかの問題がある。以下,これを,「市場の硬直性」と「市場の失敗」という観点から考えてみたい。
(市場の硬直性)
日本の経常収支黒字が世界経済において円滑かつ速やかに吸収されるには,世界経済において市場メカニズムが十分に機能していることが必要である。しかし,世界経済の現状を見ると,「市場の硬直性」がみられ,市場メカニズムが十分機能していない分野があることに注意しなければならない。こうした分野においては,価格調整機能が十分に働かないために,価格調整に代わって数量調整が大幅に行われることになる。例えば,実質賃金に下方硬直性があるときに,比較優位構造に大きな変化が生じ,比較優位を失った分野が縮小を余儀なくされたとしよう。このとき,価格調整機能が十分働けば労働力の移動は速やかに行われ,雇用面にも問題は生じないが,価格調整機能が働かないと労働力は失業として滞留することになり,経済全体にとって大きな調整コストを課すことになる。このように,硬直性のために構造変革が困難になっているときは,しばしば保護貿易主義の台頭がみられる。輸入の増加によって損害を受ける部門は,輸入制限を求めて政治的活動を行うことが十分ペイすることになるからである。
こうした硬直性は,全体としての経済の拡大テンポが鈍化している場合には,さらに大きな問題となる。経済全体のパイが拡大していないと,構造的な変化による変動分を柔軟に吸収できなくなるからである。こうした意味では,90年以降,世界経済の拡大テンポが鈍化していることは,保護貿易主義が台頭しやすい環境を生み出しているといえよう。
(市場の失敗)
前述のように,日本は資本の供給者として世界経済の発展に貢献している。
しかし,日本の資本が円滑かつ効率的に資金需要者に供給されるためには,国際金融の世界においても,市場メカニズムが十分に機能している必要がある。しかし,現実には,「市場の失敗」ともいえる現象がみられる。
例えば,70年代の後半,非産油発展途上国に対する銀行貸付が急増し,その後累積債務問題が顕在化したことからも分かるように,民間金融機関が個々の主権国家について,その経済パフォーマンスや政策を分析し,将来の見通しを判断した上で,「ソブリン・リスク」(主権国家に対する貸出リスク)を評価することは非常に困難である。さらに,ある資金需要国の経済的なパフォーマンスが周辺の国々に対して外部経済効果を及ぼす場合には,それを的確に内部化して評価する必要があるが,それは不可能に近い。しかし,それが行われない限り,その資金需要国が銀行から借り入れられる額は世界経済の発展という観点からは不十分となる可能性が高い。このような場合には,こうした資金需要国に対する資金供給を何らかの形で補う必要が出てくるのである。
(保護貿易主義の問題点)
世界経済の現状からみて保護貿易主義が台頭しやすい環境にあることを指摘した。現在,この保護貿易主義が管理貿易という形をとって影響力を拡大しようとしている。そこで,最後に,この政治的な問題の経済的な側面について,考え方を整理しておこう。
保護貿易主義が議論されるとき,しばしば外国の輸出が「失業の輸出」であるとみなされる場合がある。しかし,そもそも輸入の増加と失業との間に直接的な関係があるわけではない。
すでに述べたように,実質賃金に硬直性が存在するときには輸入の増加に伴って失業が発生することもあり得る。しかし,これは実質賃金の硬直性のために労働力が円滑に移動しないためであり,速やかな構造変革が行われれば,新たに比較優位を獲得した産業の生産,雇用が増加し,一国としての経済厚生は高まるはずである。
また,輸入の結果貿易収支が悪化しても,その反対側にある資本収支における流入は様々な形で雇用の創出効果をもたらす。それを最も直接的に観察できるのが,直接投資の雇用創出効果である。 第3-5-6図 にみるように,北米における直接投資累計額と現地法人の従業員数はほとんど並行的に増加している。したがって,輸入の増加と失業問題との間に一般的な因果関係があるわけではない。この点は,アメリカの産業別雇用者数をみても,日本に対して輸入特化している産業の雇用が一般の雇用動向に比べて特に悪化しているわけではないことでも確認できる( 第3-5-7図 )。
さらに,保護貿易主義の高まりは,管理貿易につながりやすいが,管理貿易には様々な弊害があり,結果的に世界経済全体の経済厚生を大きく低下させることになる。まず,管理貿易が何らかの輸入制限という形態をとる場合には,輸入制限を行った国の消費者は競争力があり価格が安い製品の購入機会を奪われる。輸入制限によって保護される当該産業は,競争から隔離されてしまうため,長期的には競争力がさらに低下する可能性がある。さらに,輸出国の側でも,管理貿易の制約下にある企業は,管理貿易を回避するために,それがない場合に比べて非効率的な資源配分を強いられることになる。
最近における管理貿易の主張は,輸出目標を設定し,その結果によって相手国の市場の閉鎖性,市場開放努力を評価しようという考え方を強く打ち出している。しかし,このような目標を設定することは,本来行われない取引を実行させたり,自由なマーケットへの政策的介入を招くことによって資源配分を歪め,経済的に大きなコストを生じさせることにより,長期的にみると,管理貿易に訴えた方にも,その適用を受けた方にも,多大な経済的コストの負担を強いることになろう。
経常収支黒字そのものが直ちに問題になるわけではないことは既に見た。しかし,経常収支黒字が日本経済自身の課題を反映しているのであれば,日本が自らの問題としてそれに取り組む必要がある。また,世界経済において日本の経常収支黒字を円滑に吸収するだけの柔軟性がない場合,あるいは市場に委ねていたのでは効率的な資本供給が行われない可能性がある場合,それを考慮に入れた政策対応が必要となろう。
特に,日本の世界経済における影響力が大きくなっていることを考えると,世界経済の発展という観点から,積極的に国際社会との調和を考えていく必要がある。具体的な政策対応の方向を整理する前提として,まず日本の世界経済における地位について確認しておこう。
(世界経済における日本の地位)
戦後の経済発展のなかで,日本が世界経済に占める比重は次第に高まってきた。80年代以降は,円高による評価上のかさ上げ効果もあってそれがさらに進んだ。91年の時点で,日本のGNPが世界に占める割合は15.6%(91年)となっており,EC(28.9%),アメリカ(26.3%)に次ぐ大きな経済力を有するに至っている。
貿易面でも同じことがいえる。日本の輸出が全世界の輸出に占めるシェアは12.1%,輸入は7.9%(それぞれ92年)となっており,いずれもアメリカ,ECに次いで3位である。海外から日本をみると,日本の地位の高まりはさらに明瞭となる。例えば,アメリカから日本をみると,アメリカの全輸入に占める日本の割合は18.2%(92年)であり,カナダに次いで2番目に大きい(輸出に対するシェアは10.7%)。次に,NIEsからみると,NIEsの全輸入のうち日本からが22.7%(91年,以下同じ)と第1位となっている(輸出では10.5%)。ASEANについては,輸出(22.9%),輸入(26.1%)ともに日本が第1位である。このように,アメリカ,アジアの側から,特に輸入を通してみると,日本の地位は相当大きいことが分かる。
国際金融の面でみても日本の地位が高まっている。世界の資本供給(資本収支の流出額)に占める日本のシェアは16.4%(90年)であり,世界第1位の資本供給国となっている。政府開発援助(ODA)についても,多国間,二国間を合わせた合計で,日本のシェアはOECD開発援助委員会(DAC)諸国中18.2%(92年暫定値)であり,世界第1位の供与国となっている。日本の二国間ODAを地域別にみると,特にアジア地域への供与は約65%を占め,DAC21か国の中でも第1位となっている。
(経常収支の黒字と日本の政策課題)
以上のように日本は,世界経済に大きな影響力を及ぼすだけの地位を占めている。日本はもはや自国だけのことを考えるのではなく,世界経済全体への影響を考慮しながら政策決定を行うべき段階に達している。この事実を踏まえた上で,日本は次のような政策課題に対処していく必要がある。
第一は,貯蓄の活用と内需の拡大である。
今回の経常収支黒字の拡大は,景気の調整局面に入ったことによってもたらされた面がある。日本は日本自身のために,内需の拡大を図り,日本経済を持続的な成長軌道に乗せる必要がある。それは,結果的に輸入の拡大と経常収支黒字の縮小につながっていくことになる。
なお,貯蓄の重要性は否定されるべきでない。日本の貯蓄が減少した場合,外国においてそれを補うような貯蓄の増加がない限り,世界が利用可能な貯蓄は減少してしまう。日本の貯蓄率が高いことを考えると,日本の貯蓄減少分を補うだけの貯蓄増加があるとは考えにくい。そうだとすれば,世界経済全体としての成長能力を高める意味でも,日本の貯蓄の重要性は念頭に置かれるべきである。
近年,世界的に景気が低迷するなかで,貯蓄の有用性についての認識が弱まっている面がある。これは,①世界的な景気後退のなかで,貯蓄不足というより投資不足の状態になっていること,②一時盛り上がりが予想されていた旧計画経済諸国における資金需要は,結局のところ「潜在的な需要」であり,「有効需要」として顕在化するには至っていないことなどによる。しかし,中期的にみれば,今後景気の回復に伴って投資需要が盛り上がってくると考えられる上に,中国,アジアを中心とした根強い資金需要がある。また,長期的には旧ソ連圏諸国や東欧諸国の資金需要も増大してくるであろう。IMFの推計(91年10月)によれば,ドイツ統一,中東の戦後復興,旧ソ連・東欧に関連した資金需要が92年以降96年までの期間に合わせて年平均1000億ドル程度出てくるものと考えられている。これは日本の92年度の経常収支1259億ドルに匹敵する規模である。したがって,長期的に見て,日本の貯蓄の重要性が低下することはないと考えられる。
第二は,構造政策の推進と市場アクセスの改善である。
市場メカニズムの機能する範囲を拡大し,資源配分の一層の効率化を進めるために構造政策を推進することは,日本自身の経済的活力を持続させるためにも重要である。また,それが輸出入にバイアスを生じさせ,過大な経常収支黒字をもたらしているような場合には,これを取り除くことは,黒字の適正化にもつながる。さらに,価格の硬直性が存在すると,政策の変更や経済的与件の変化があったときに,本来は財市場における価格調整によって吸収されるべきものが不可能となるため,為替レートのオーバーシュートをもたらす要因にもなる(例えば,マネーサプライの減少があったとき,価格調整が遅れると,実質貨幣供給が減少するため,金利が上昇し,金利裁定を通じて為替レートは当面上昇しなければならないことになる)。このような観点からすると,構造政策によってこうした価格の硬直性を取り除くことは,為替レートの乱高下を防止するうえでも重要になる。以上のことから,市場メカニズムの機能を制限するような制度の見直し,規制の緩和等を積極的に進める必要性は大きい。
特に,日本の輸入については,しばしば日本の市場が閉鎖的であるとの指摘がある。輸入の促進は,日本自身の国民生活の向上・多様化をもたらすとともに,国際社会との調和にも資する。このため,輸入に関する制度,仕組みを見直し,輸入アクセスの一層の改善を図っていくことが必要である。同時に,日本の制度・慣行に対する誤解を避け,保護主義につながる無用な批判を避けるためにも,日本の経済社会システム全体を,国際社会から非難される余地のない,透明かつ開放的なものにしていくことが必要である。
言うまでもなく,こうした構造政策は,日本だけが一方的に行うべきものではない。特に,経常収支赤字国の場合,赤字の背景には,財政赤字の拡大,生産性の停滞,労働市場の硬直性等の構造的な要因が存在していることが多い。赤字国の側も,こうした構造的要因の是正に取り組む必要がある。財政赤字の削減は,今後さらに強まると予想される世界的な資金需要に応えていくうえでも重要な政策課題である。また,市場メカニズムの機能の強化を図っていくことは,経済全体の効率化につながるとともに,比較優位の変化に応じた構造変革をより円滑に行うことを可能にする。日本は,こうしたグロ-バルな構造政策の必要性を,各国との政策対話のなかで主張していく必要があろう。
第三は,効率的,効果的な資金循環システムの形成である。
すでにみたように,80年代後半の日本は,主に,長期資本の流出という形で経常収支黒字を還流させてきた上に,「短期借り・長期貸し」によって国際的な金融仲介者としての役割を果たしてきた。こうした資金循環形態は,90年代に入って変化し,国際的な金融仲介としての機能が後退するなかで,経常収支黒字の還流も長短両収支を通して行われるようになっている。しかし,これをもって日本の資金還流が世界経済の発展に貢献する度合いが小さくなったとは必ずしもいえない。日本の資本供給の各国配分を日本自身が行うことは必ずしも必要ないからである。
しかし,コマーシャル・ベースにのる国々はこれでよいとしても,先に述べたように,「市場の失敗」によって十分な資本を確保できない国々もある。このような国々に対しては,世界経済の発展のためにも日本が資本供給に積極的な役割を果たす必要がある。このため,引き続き政府開発援助(ODA)の積極的な拡充に努めるとともに,市場経済への移行に向けて経済改革に取り組んでいる旧計画経済諸国に対する経済協力等を行っていく必要がある。また,リスクをプールすると同時に,その専門的な蓄積を利用するために,国際機関との連携も積極的に強めていく必要があろう。また,企業の対外直接投資についても,それが受入国との調和を図りながら円滑に行われるよう,環境の整備に努める必要がある。
第四は,多角的自由貿易体制の維持・強化である。
これまでの世界経済の発展にとって多角的自由貿易体制は重要な役割を果たしてきたが,近年,対外不均衡の拡大,保護貿易主義の台頭を背景に,二国間での取り決めや,一方的な報復措置等,多角的自由貿易体制から逸脱するような動きが広まっている。多角的自由貿易体制を維持・発展させるためには,原則自由・例外制限を基本とする国際貿易システムとしてのGATTの発展・強化を図らなければならない。特に,日本は,こうしたシステムの恩恵をフルに活用し,そのメリットを十分に自覚しているという立場から,こうしたシステムの維持・強化に積極的に貢献していく必要がある。このためにも,ウルグアイ・ラウンドを成功裏に終結させるために全力を尽くすことが重要である。
以上のような政策課題に誠実に応えていくことは,日本の経常収支黒字を世界経済のなかで受け入れられるものにするとともに,その黒字を積極的に世界経済の拡大均衡につなげていくことになるものと考えられる。