第3節 対外経済面における構造変化
本節では,やや長期的な視点から日本の貿易収支をみる。まず地域別にみた貿易収支の変動要因についてみた後,長期的にみた貿易構造の変化として,品目別の変化,直接投資との関連で生じている変化を概観し,最後にこうした構造的な変化が集約されたものとして,輸出入弾性値の変化をみることにする。
1 地域別貿易収支の変化
91年以降,日本の貿易黒字が急増してきたことはすでにみた。この黒字を地域別にみて,80年代前半の黒字拡大期と比べてみると,80年代前半にはアメリカに対する黒字が特に大きかったのに対して,今回の場合はアメリカ,東南アジア,ECそれぞれが同程度の黒字となるなど,黒字地域が分散化している。ここでは,なぜこうした地域別収支のパターンが現れるのかを検討する。
最初に注意すべきことは,地域別の貿易収支を分析することと,地域別の貿易収支の均衡を政策目標とすることとは違うということである。現実の国際的な議論の場では,しばしば2国間での貿易収支をバランスさせるべきだとする議論がみられる。しかし,国際分業という観点からみて,地域別の収支の均衡を目指すことは全く意味がない。それぞれの国の比較優位に基づいて国際貿易が行われれば,地域別にみてインバランスが生じるのはむしろ自然である。もし,各国が地域別の収支を均衡化させようとすれば,一種の物々交換が行われるのと同じこととなり,世界経済は縮小均衡に陥ってしまうだろう。
しかし,だからといって地域別の貿易収支の変動要因を分析しないでもよいということにはならない。というのは,その変動要因が明確でないと,現実に2国間の収支が取り上げられる場合,その収支差額を市場の閉鎖性などを示す指標として解釈してしまうことがあるからである。地域別の貿易収支も,基本的には所得や相対価格の動きによって説明できるとの考え方に基づいて分析することにより,2国間の収支を均衡させようとすることがいかに意味がないかを明らかにすることとしたい。
以下では,このような観点から分析を行う。
(分散化する地域別黒字)
貿易収支の黒字(通関ベース)を地域別に分け,80年代半ば以降の推移をみると,次のような特徴的な動きがみられる(第3-3-1表)。
第1に,85年の貿易収支を地域別にみると,対アメリカの黒字が他の地域に比べて圧倒的に大きな黒字を記録していたが,92年には対NIEsの黒字が対アメリカを上回っているほか,対ECも対アメリカの2/3の水準にまでなっている。
第2に,対アメリカと対ECについては,87~88年まで黒字が増加したあと,減少に転じ,91年から再び増加しはじめた。その増加は,対アメリカよりも対ECが大きかった。
第3に,対NIEsは,85年には127億ドルの黒字にとどまっていたが,それ以降黒字は増加基調にある。対ASEANも,85年には89億ドルの赤字であったが,89年には黒字に転じ,それ以降も増加を続けている。
以上のような地域別貿易収支の姿はなぜ生じてきたのか。この点を詳しくみるために,以下では,地域別の輸出数量,輸入数量,輸出価格,輸入価格に分けて,その変動のメカニズムを考えることにする。
(地域別輸出数量の決定要因)
輸出数量の動きは基本的に相対価格要因と所得要因で説明できるが,それぞれの影響力は地域によって違うはずである。そこで,地域別に輸出数量関数を推計したのが第3-3-2表である。
この結果から,次のような点を指摘できる。①価格弾性値(日本の輸出品の相対価格が1%上昇すると,相手国への輸出が何%減少するか)はいずれも0.2~0.3となっており概して低い。②所得弾性値(相手国の市場が1%拡大すると,日本からの輸出が何%増加するか)は地域によって異なり,ASEAN,ECについては,かなり高い値となっている。③アメリカについては,両要因とも有意な結果が得られていない。
こうした地域別の違いが生ずる要因としては,次のような点が考えられる。
第一は,輸出自主規制などの存在である。特に,アメリカ向けの輸出が通常の輸出変動要因ではうまく説明できないのは,このためであると考えられる。輸出自主規制などの対象となっている品目の輸出に占める割合を計算してみると,92年ではアメリカ向けで25.2%となっており,EC(14.3%)に比べてかなり高いからである。この点をみるために,アメリカ向け輸出の2割を占める乗用車(数量の自主規制が行われている)を除いて輸出数量関数を推計してみると,価格弾性値,所得弾性値ともに有意性が高まるという結果が得られる。
第二は,直接投資に伴う現地生産の影響である。これには,さらに二つの側面がある。一つは,輸出を代替する大きさの違いである。輸出代替効果が大きい場合には,所得や相対価格の変化から考えるほどには輸出は伸びないことになる。もう一つは,企業内取引の存在である。現地生産が活発化するに連れて,親企業から現地企業に部品等が輸出されているが,こうした企業内取引は,企業の長期的な生産計画によって決定されるものであり,相対価格や所得によって短期的に影響される度合いは小さいと考えられる。こうした企業内輸出のウエイトは北米で4割以上,ヨーロッパで約3割,アジアで約1割となっている(第3-3-3図 )。直接投資に伴うこうした変化は,所得,価格弾性値を小さくしているものと考えられる。
(地域別輸入数量の決定要因)
次に,輸入数量についてみよう。輸入数量の決定要因をみるために,地域別輸入関数を推計したのが第3-3-4表である。これによって,次のようなことが分かる。
第一に,価格弾性値は,NIEsが最も高く,アメリカがそれに次ぎ,EC,ASEANは非常に低い(ECは有意でない)。
こうした輸入の価格弾性値の違いは,かなりの程度地域別輸入の品目構成の違いによって説明できる。品目別の輸入数量関数を作ってみると(第3-3-5表),消費財や資本財の価格弾性値は高く,食料品や工業用原材料の弾性値は低い。したがって,地域別輸入品の構成をみて,消費財や資本財のウエイトが高ければ,全体としての価格弾性値が高くなり,食料,原材料のウエイトが高ければ弾性値は低くなるはずである。こうした観点から,弾性値の大きさと地域別の輸入構成を比べてみると,NIEsの価格弾性値が高いのは消費財のウエイトが相対的に高いからであり,ASEANの弾性値が低いのは輸入の大部分が鉱物性燃料,原料品だからである。これに対してアメリカは,資本財比率が高いにもかかわらず弾性値はそれほど高くないが,これは食料品のウエイトが高いからである。
第二に,所得弾性値については,ECが最も高く,ASEAN,アメリカがこれに次ぎ,NIEsが最も低い。ASEANの所得弾性値が高いのは,日本からの直接投資によって,企業内の分業が進んでおり,このところ輸入(逆輸入)がかなり高い伸びとなっていることによる。また,ECの弾性値が高いのは,「バブル」期において,高級自動車,絵画,貴金属の輸入が,主としてECから大幅に伸びたためであろう。
(地域別輸出入価格の決定要因)
次に,地域別に見た輸出入価格の変動要因を考える。
輸出価格の決定要因をみるために,地域別輸出価格関数を推計した結果が第3-3-6表①である。ここでは,輸出価格が,為替レート(為替転嫁要因),輸出相手国の物価水準(競合品価格要因),日本の物価水準(コスト要因),高付加価値化要因で説明されている。
この結果から次のような点を読み取ることができる。①為替レートの転嫁率はほぼ50%前後であるが,アメリカが一番低く,ECが一番高く,NIEs,ASEANは中間に位置している。②多くの地域において輸出相手国で物価が上昇すると,日本からの輸出価格もある程度は上昇する傾向がある。その度合いは,ASEAN,NIEsで高く,アメリカでは低い。③日本の物価が上昇し,コストが上昇しても,NIEsを除いては,輸出価格にほとんど影響を与えていない。④高付加価値化に伴う価格上昇がほとんどの地域で認められる。
次に,輸入価格の変動要因をみるために,地域別の輸入価格関数を推計した結果が第3-3-6表②である。この関数では,輸入価格は,為替レート(為替転嫁要因),日本の物価水準(競合品価格要因),輸入相手国の物価(コスト要因),その他(ASEANの場合の原油価格)によって説明されている。
これをみると,次のような特徴がある。①為替レートの転嫁率にはかなりのばらつきがある。アメリカ,ASEANはともに高いが(それぞれ88,93%),EC,NIEsはともに低い(それぞれ66,50%)。つまりアメリカからの輸入品については,為替レートの変動の結果がそのまま輸入価格に反映されることが多い。ASEANの転嫁率も高いが,これは鉱物性燃料のウエイトが高いためであろう。②当該地域の物価が上昇し,コストが上昇すると,輸入価格も上昇するという関係がある。特に,ECについてはそうした傾向が強い。
以上の結果から,日本の輸出価格と日本への輸入価格の変動メカニズムを比較してみると,①為替レートが上昇したとき,日本からのドル建て価格はレート変動の半分ほどしか上昇しないが,日本への輸入価格(円建て)は大きく変動すること,②日本の物価が上昇しても日本からの輸出価格はそれほど上昇しないが,相手国の物価が上がったときは,日本の輸入価格も上昇する傾向がある,といった違いを見いだすことができる。
日本の企業の特徴として,輸出市場での市場シェアを維持するために,輸出相手国の通貨建て価格をできるだけ安定化させ,為替変動やコスト変動は収益の増減で吸収するという行動が指摘されるが,以上のような輸出入価格の変動メカニズムの違いは,こうした内外企業の価格設定行動の違いを反映しているものと考えられる。
また,高付加価値化要因が地域別でも有意に検出されたということは,第1節における日本全体の分析結果と整合的である。推計結果によれば,高付加価値化が輸出価格に及ぼす影響は,EC,ASEANよりアメリカの方が小さい。しかし,アメリカの場合,輸出額の規模が他の地域と比べても大きいので,黒字拡大要因としての寄与度はむしろアメリカの方が大きくなる可能性があることには注意が必要である。
(地域別貿易収支の変化の要因)
以上のような検討を踏まえて,前述のような85年以降における地域別貿易収支の変動の理由を考えてみよう。
この間の輸出入数量の変動は,基本的には所得要因によって説明できる。なぜなら,輸出入数量関数によって既にみたように,価格弾性値は,NIEsの輸入を別にすると,一般的に低いからである。価格要因,特に為替レートの影響は,主に輸出入価格を通して現れることになる。こうしたことを念頭に置いて,以下,地域別の収支の変化をみよう。
まず対アメリカとの貿易収支の動きを考える。前述の地域別輸出入関数の結果からみて,日本とアメリカの貿易収支については,①両国の成長率にあまり差がない場合には,数量ベースでは,日本からの輸出よりも,アメリカからの輸入のほうが増えやすい(所得弾性値を比べると,日本の輸入の所得弾性値1.92が,輸出の所得弾性値0.17より高い),②為替レートが変化した場合は,日本の輸出価格が変化し,これが貿易収支に大きな影響を及ぼす(為替レートの転嫁要因により,ドル建てでみた場合,輸入価格はほとんど変化しないが,輸出価格はかなり変化する)という特徴がある。
実際の日本とアメリカの貿易収支の黒字の推移をみると,87年から90年までは黒字が減少し,その後92年にはやや黒字が拡大した。80年代後半に黒字が減少したのは,日本の成長率が相対的にアメリカよりも高かったため,輸出数量よりも輸入数量が高い伸びを示したためだった。その後,92年に黒字が拡大したのは,日本の景気調整が長期化するなかで輸入数量が減少する一方,輸出面で高付加価値化と円高によって輸出価格が上昇したためである。なお,85年から92年の間における高付加価値化の黒字拡大効果は,同期間における黒字増加額に匹敵する40億ドル程度と試算される。
次に対ECとの貿易収支の動きを考える。地域別輸出入関数の結果からみて,日本とEC貿易収支については,①両国の成長率にあまり差がない場合には,数量ベースでは,日本からの輸出の方が,ECからの輸入よりやや増えやすい(所得弾性値を比べると,日本の輸出の所得弾性値2.61は輸入のそれ2.18より高い),②為替レートが変化した場合は,輸出入価格それぞれがほぼ同程度変化するため,出発点で輸出入金額に大きな差がなければ,貿易収支にはそれほどの影響は生じない(例えば,為替レートが円高になると,輸出価格も輸入価格も上昇する。出発点で黒字があると,その黒字が円レートの上昇率分だけ拡大する)という特徴がある。
実際の日本とECとの貿易収支の推移をみると,88年から90年までは減少していたが,92年には対アメリカ以上のテンポで黒字が拡大した。90年まで黒字が減少したのは,日本の成長率が相対的に高かったことと,バブルによる高額品の輸入があったからである。また,92年に増加したのは,日本の成長率が鈍化したことに加えて,高付加価値化と円高によってドル建てでみた輸出入価格がともに上昇し,それに伴い黒字が拡大したためである。なお,ECについては,貿易収支をドルベースで見ようとすると,マギー効果の影響が生ずる。92年の黒字拡大38億ドルのうち9億ドルはマギー効果によるものである。また,85年から92年の間における高付加価値化の黒字拡大効果は,20億ドル程度であったと試算される。
同様の考え方で,対NIEs,ASEANについてみると,貿易黒字は85年以降一貫して増加しており(対ASEANは赤字から黒字に転化),特に90年から92年には急拡大している。これは,①日本の輸出の所得弾性値(それぞれ1.36,2.24)が輸入のそれ(同0.89,1.95)を上回っていたうえに,実質成長率もNIEs,ASEANの方が日本より高かったため,輸出数量の伸びが輸入数量の伸びを大幅に上回ったこと(ただし,NIEsについては円高は輸入を増加させる方向で比較的大きな影響を及ぼした),②円高が対ECでみたのと同じメカニズムで黒字を拡大させたこと(ただし,ASEANでは輸入価格はほとんど上昇しないので,円高の黒字拡大効果はそれだけ大きくなる),による。
2 輸出入構造の変化
85年以降の円高は,日本の貿易構造を大きく変えた。その変化は決して一時的なものではなく,基本的には現在に至るまで続いている。ここでは,こうした構造変化を,①輸出入構造の変化,②直接投資と貿易収支との関係についての変化,③輸出入弾性値の変化という三つの側面からみてみる。
まず,輸出入構造について,ここでは輸出入構造の高付加価値化,製品輸入の浸透という二つの側面を考えてみよう。
(輸出入の高付加価値化)
第1節では輸出価格が高付加価値化によって影響を受けることをみた。ここでは,その高付加価値化の背景について考えてみたい。
85年以降の円高は,付加価値の低い製品は海外の製品に置き換えられ,日本からの輸出は高付加価値製品にシフトしていくという動きを生んだ。この点をみるために,顕示比較優位指数の変化をみたのが第3-3-7図である。これは,日本の比較優位性が輸出の品目構造にどのように反映しているかを事後的に見たものである。この数値が高いほど競争力が高いことを示している。これをみると,原料別製品,雑製品では日本の競争力はアジア,ECに比べてはるかに低く,しかも低下を示しているのに対して,機械類及び輸送用機器類ではEC,アジアに比べて競争力が高く,しかも着実に上昇している。日本の競争力の中心が機械類及び輸送用機器類へとシフトしていることが分かる。
このような競争力の変化が品目別輸出数量の動向にどのように現れているかをみたのが第3-3-8図である。これは,付加価値率(高付加価値化の指標)の順に輸出品目を並べ,その輸出数量の伸びを示したものであるが,これによって付加価値が高い品目ほど輸出数量の伸びが高いという関係を読み取ることができる。この結果,繊維製品,金属製品のウエイトが低下し,代わって一般機械,電気機器等のウエイトが上昇するという「輸出構成の高度化」がみられることになった。なお,(前掲 第3-3-8図)をみると,ウエイトを高めた高付加価値品目は,概して価格低下率も大きいことが分かる。あるいは,技術革新によって価格が低下した製品類の輸出が伸びたということもできるであろう。このため,第1節で指摘したように,「輸出構成の高度化」が輸出価格面の引き下げ効果を持ったのである。
高付加価値化は,品目間においてだけではなく,品目内における高性能・高品質製品へのシフトという形でも進んでいる。これが輸出価格を上昇させるという効果を持ったことは既にみた。例えば,乗用車において普通乗用車の割合が上昇したり( 第3-3-9図),半導体において4MDRAMの割合が上昇するといった動きがそれである。このような「輸出品目の高級化」が進展した背景としては,①所得水準の上昇に伴い上級財志向が高まっていること,②生産拠点の国際的展開に際して,付加価値の低い製品は現地生産に委ね,国内生産は高付加価値品に特化するという分業関係が進んだこと,③輸出に対する数量規制が行われている場合には,同じ数量であれば高価格品を増やすといった動きがあったことなどが指摘できる。
輸入についても高付加価値化が進んでいる。円高の進展,内需の拡大とともに,国内市場に輸入品が次第に浸透していったが,これは,日本がそれまで国内で生産していた品目が輸入に委ねられるということであり,輸入内容の高付加価値化が進んだということである。この点をみるために,85年以降の類別の輸入数量の伸びをみると(第3-3-10図),おおむね高付加価値化製品ほど数量の伸びも高いという関係がみられた。この結果,輸出の場合と同様に,輸入全体に占める工業原料のウエイトが低下し,消費財,資本財のウエイトが上昇するという「輸入構成の高度化」が生じている。
このような輸出入における高付加価値化の進展は,円高以降急増した直接投資によって促進された面もある。海外に設けられた生産拠点の建設,生産にあたって,海外への中間財,資本財の輸出が増え,海外からも資本財,耐久消費財等の完成品の輸入が増加することになるからである。
また,この動きは,産業間貿易よりも産業内貿易が増える,または貿易構造が垂直型から水平型に変わっていく動きとしても捉えることができる。産業間貿易は,異なった産業による貿易関係であり,基本的には各国毎の比較優位によって説明される。これに対して,産業内貿易は,同一産業内で輸出と輸入が行われる状況を指す。産業内貿易が生ずるのは,製品の差別化の存在(例えば,自動車のように製品が高度に差別化されている場合は,お互いに輸出入し合うことが自然となる),規模の経済の存在(規模の経済が存在するときには,お互いに異なる製品に特化して貿易し合うことが相互に有利となる)などによって説明される。第3-3-11表は産業別に産業内貿易指数を計算したものであるが,これをみても分かるように,原料別製品,雑製品,機械及び輸送機器の産業で指数の上昇がみられ,これら業種を中心に産業内貿易が進んでいることを示している。地域別にみても,例えばアメリカとの間では上記3業種のいずれにおいても指数が上昇している他,EC,東南アジアとのあいだでも産業内貿易が進展している業種がみられる。
この産業内貿易指数を水平分業度を示す指標としてみれば,円高前の日本の貿易構造は,垂直分業的な色彩が強かったが(いわゆる「加工貿易」),産業内貿易の活発化によって,次第に水平的な分業関係に進みつつあるといえよう。
(製品輸入の浸透)
85年の円高以降の貿易構造に現れた重要な変化の第二は,製品輸入の増加である。
製品輸入の浸透を示す指標としてしばしば用いられる製品輸入比率(製品輸入額/輸入総額)をみると,それまでも傾向的に上昇傾向にあったのが,特に85年以降は急上昇し,日本の輸入のなかに製品輸入が一段と高いレベルで組み込まれるようになったことを示している(第3-3-12図)。但し,この製品輸入比率を製品輸入の浸透度合いを示す指標として用いることについては,①原油価格の変動など製品以外の輸入が変動することによっても比率が動いてしまうこと(例えば,原油価格が低下すると製品輸入比率は上昇する),②輸入総額に占める比率であるので,生産・消費など経済全体の動きと製品輸入との関係をみるのには適していないこと,などの難点がある。
そこで製品輸入の名目GDPに対する比率をとると(第3-3-13図),87年までおおむね3%で推移したのち,90年には4%まで上昇し,その後3%台前半まで低下している。しかし,これも,円レートの変動による相対価格の変化の影響が含まれている。例えば,円レートが上昇すると,ほぼそれに見合って円ベースの製品輸入価格が低下するため,円でみた製品輸入金額は減少し,実質的に製品輸入が浸透しても,名目GDPに対する比率は低下してしまうということが生ずる。この点を大まかに調整してみるために円レートを85年の水準に固定してこの比率を計算してみると,85年以降大幅に上昇していることが分かる。この間の製品輸入の伸びに寄与しているものとしては,機械機器類の中では一般機械(事務用機器),電気機器(音響・映像機器,半導体等電子部品),輸送用機器(自動車)等が挙げられる。
このように製品輸入が浸透するなかで,92年には製品輸入が減少するという変化がみられた。このことは輸入製品の国内市場への浸透が止まったことを意味するのだろうか。この点をみるために,財毎の国内出荷と輸入との関係をみたのが第3-3-14図である。これによると,鉱工業全体では,85年以降国内出荷の伸び以上に輸入が伸びており,着実に輸入浸透度が高まってきている。92年においても国内出荷が減少するなかで,輸入はわずかながらも増加している。財別にみても,耐久消費財,非耐久消費財については,国内出荷が減少するなかで輸入が増加しており,輸入の浸透が引き続き進んでいることを示している。
以上みてきたような貿易構造の変化が,後でみるような輸出入弾性値の変化となって現れているのである。
3 製造業直接投資の貿易収支への影響
円高後の貿易面での構造的な変化のなかで重要なものは,直接投資との関連で生じている変化である。
(直接投資の輸出入への影響の経路)
80年代後半以降,日本の企業は世界的視野で生産拠点の配置を行いはじめ,その過程で直接投資が急増した。ここでは,製造業の直接投資を取り上げ,その貿易収支に及ぼす影響を定量的にみてみよう。直接投資に伴い,現地子会社による工場の建設→生産を開始→製品の販売というプロセスが進行することとなるが,その過程で,日本の輸出入に様々な影響が及ぶことになる。
その第一は,日本の輸出を誘発する効果である。現地で工場を建設する際には,日本からの資本財が調達される場合がしばしばある。また,生産が開始されると,現地での調達が本格化するまでは,部品など中間財も日本から輸出される(輸出誘発効果)。
第二は,現地で生産された製品が日本の輸出を代替する効果である。これには,生産を開始した当該国に対する輸出が代替されるケースと,現地生産したものが第三国に輸出され,それによって日本の輸出が代替されるケースとが考えられる。これらは,日本の輸出を減少させる効果を持つことになる(輸出代替効果)。
第三は,現地で生産された製品が日本に逆輸入される効果である。これは,生産が本格化するにつれて,日本への輸入を増加させる効果を持つ(逆輸入効果)。
時間の経過とともにこうした効果がどのように現れてくるかを考えてみると,現地子会社の設立から立ち上がりの時期にかけては輸出誘発効果が主として現れ,生産が本格化するにつれ輸出代替効果が次第に強まり,やがて,逆輸入も増加してくるようになる。したがって,これらの効果を合成すると,短期的には黒字を増やすが,長期的には黒字を縮小させるという「直接投資のJカーブ」が描かれるものと考えられる。しかし,ミクロの企業毎にはこうしたJカーブが想定されるとしても,それがマクロ的にも観察されるとは限らない。なぜなら,直接投資は毎年行われ,マクロ的にはその累積効果が観察されることになるからである。特に,毎年直接投資が増加しているような時期には,輸出誘発効果が次々に生じてくるということが考えられる。
そこで,北米(アメリカ,カナダ)とアジアについて直接投資の貿易収支への影響を試算してみたのが第3-3-15図である(多くの前提を置いた上での試算であることに注意する必要がある)。
これによると,北米については,急増した直接投資による輸出誘発効果が大きく出ているが,輸出代替効果はそれ以上に大きいため,概して日本の貿易収支に対しては赤字要因として作用してきた。ただし,90年,91年には,現地生産の停滞もあって代替効果が小さくなっており,貿易収支に対する黒字縮小効果も逆輸入によるものが大きくなっている。
これに対して,アジアは,一般的には輸出誘発効果が輸出代替効果を上回っているが,特に逆輸入効果が大きいため,日本の貿易収支に対しては赤字要因となっている。
このように地域別にみた直接投資の貿易収支変動効果に差が出るのは,地域毎に直接投資の性格が異なるからである。その点を次にみよう。
(直接投資の二つの類型)
85年以降に急増した直接投資をみると,大きく二つの類型に分けることができる。
第一の類型は,市場志向型の直接投資である。貿易摩擦の結果,輸出数量規制等が実施され輸出が困難になった場合や,市場統合による市場拡大のメリットをインサイダーになることによって享受しようというもので,北米,ヨーロッパへの輸送機械や電気機械産業の水平分業型投資がこれに当たる。通産省の「第4回海外事業活動基本調査」(91年11月)によって北米,ヨーロッパへの進出動機をみると,「現地への販路拡大」がそれぞれ80.4%,79.8%と多数を占めている。また,同「日本企業の海外事業活動動向調査」(93年3月)により,実際の販売先別売上状況を見ると,現地向けが北米で89.4%,ヨーロッパで93.9%となっている。前述のように,北米の輸出代替効果が大きかったのは,同地域への直接投資がこのように現地市場を志向したものだったからである。
第二の類型は,コスト追求型の直接投資である。円高等の結果,生産コストが相対的に安くなった地域への投資がこれに当たる。アジアへの直接投資は基本的にはこのタイプである。80年代後半のアジアへの投資は,グローバルな視点から生産・販売体制の再編成を図るなかで,アジアを生産拠点と位置づけるもので,そのなかには日本との間に生産工程間分業を行い,日本に部品供給を行うアウト・ソーシング型も含まれる。先の海外投資統計によってアジアへの進出動機を見ると,「現地労働力の利用」が64.3%と最も多くなっている。また,販売先別売上状況を見ると,アジアの現地向けは54.5%に過ぎず,31.1%が日本及び他のアジア向けの輸出となっている。前述のように,アジアへの直接投資の逆輸入効果が大きかったのは,こうした直接投資の性格を反映している。
4 輸出入弾性値の変化
最後に,日本の輸出入の弾性値の変化をみよう。これまでみてきたような貿易構造の変化は,結局のところ弾性値の変化として集約的に現れるからである。
(所得弾性値の変化)
まず,日本の輸出入弾性値を,65年以降ほぼ10年刻みで推計し,その変化をみたのが第3-3-16表である。ここでは,従来型の数量ベースの輸出入関数の他に,高付加価値化の影響を含む実質輸出(通関ベースの名目輸出額を日銀の輸出物価指数でデフレートしたもの)を説明する関数を推計した。これから,次のようなことが分かる。
まず,所得弾性値(輸出は実質世界輸入に対する弾性値,輸入は日本の実質GDPに対する弾性値)の推移をみると,輸出と輸入ではその方向に大きな違いがある。
輸出数量の弾性値は傾向的に低下しており,最近時点では0.5となっている。実質輸出の弾性値も同じく低下傾向にあり,最近時点では0.8となっている。いずれの場合にも,実質値で見た場合,世界輸入に占める日本の輸出のシェアーが次第に低下していくことを意味しており,日本からの輸出が増えにくくなっていることを示している。この背景には,①85年以降円高が進むなかで,企業が輸出依存型の経営からの脱却を図ってきたこと,②輸出自主規制等の増加によって輸出の拡大が抑えられていること,③直接投資による輸出代替が進んだこと等があると考えられる。
他方,輸入の弾性値は,近年では上昇して1を大幅に上回っており,日本の経済が拡大すれば輸入が増えやすくなってきていることを示している。80年代前半に一旦弾性値が低下したのは,二度の石油危機の影響で石油節約が進み,鉱物性燃料の輸入が減少したためであろう。近年上昇しているのは,①85年以降の円高を契機に消費・生産構造への輸入財の浸透が進んでいること,②相対的に所得弾性値の高い消費財,資本財の輸入全体に占める比率が上昇していること等によるものと考えられる。
このような所得弾性値の推移は,85年以降,日本経済が「輸出が増えやすく輸入が増えにくい」経済構造から,「輸出が増えにくく輸入が増えやすい」経済構造に移行しつつあることを示している。このことは,最近顕著にみられる高付加価値化を考慮しても,変わらない。
(価格弾性値の変化)
次に,価格弾性値の変化をみよう。
輸出の価格弾性値は,近年かなり低下してきている。この傾向は,輸出数量の場合でも,実質輸出の場合でも,変わらない。これは,①円高によって価格競争力が大幅に失われた結果,非価格面で競争力のある高品質・高性能品に比重が移っていること,②直接投資の増加に伴って,短期的な相対価格変動に影響されない企業内貿易の比重が高まっていること,③輸出自主規制等の拡大のために,相対価格の変化が輸出数量の変化に結びつきにくくなっていること等によるものである。
これに対して輸入の価格弾性値は傾向的に低下している。これには,バブル期において高額品への需要シフトがあったことが影響しているものと考えられる。高額品に対する需要では,低価格ほど売れるという通常の価格効果が見られにくいため,その比重が高まることは全体としての価格弾性値を小さくすることになるからである。
このように価格弾性値が輸出,輸入の双方において低下していることは,為替レートなど相対価格の変化によっては輸出入数量が変化しにくくなっていることを示している。こうした点は,第4節でみることとなる。