第2節 資金の流れの変化

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経常収支黒字の反面は,定義的に資本の流出となる。経常収支黒字が拡大すれば,必ず何らかの形での資本の流出は増大する。ただし,これは必ずしも,最初に経常収支黒字が存在し,それが資本の流出となるというわけではない。変動レート制でかつ資本の国際的移動が自由な経済体制の下では,経常収支の動きと資金の流れは相互に関係しながら,同時に決まっていると考えるべきである。

91年度以降,経常収支黒字が拡大するなかで,日本からの資本の流出も拡大しているが,その流出の内容には,①91~92年度には,長期資本の流出幅が縮小ないし流入超過に転じたこと,②80年代後半の,短期資本(短期資本収支と金融勘定を逆符号にしたものの合計)が流入して,それ以上の規模で長期資本が流出するという「短期借り・長期貸し」という構造がなくなったこと,③直接投資の流出幅が大きく縮小したことなどの変化がみられる(第3-2-1表)。

こうしたなかで,「黒字の還流が円滑に進んでいないのではないか」といった議論もみられるようになっている。本節では,最近の資本収支の面におけるこうした変化について分析する(なお,以下では,データの制約上暦年ベースで見ていく)。

1 減少に向かった資本収支面での両建て取引

(80年代後半に増加した両建て取引)

80年代後半の資本取引をみるとき注意しなければならないのは,資本の流出と流入にまたがって計上される両建て取引が増加し,これが見かけ上の資本の流れを変化させていることである。本来の意味での資本の流れを見るためには,こうした両建て取引分を除いて考える必要がある。そこでまず,80年代後半の両建て取引について考えよう。

ここでいう両建て取引には,大きく分けて二つの類型がある。

第一の類型は,国内主体間の資本取引が海外市場を経由するために,資本流出と資本流入が両建てで計上される「循環型取引」である。こうした取引の主な例としては次の二つがある。一つは,我が国の企業が海外で発行した外債を我が国の投資家が購入するというものである。その中心はエクイティー関連外債で,ピ-ク時の89年には約800億ドルが発行された(長期資本の流入)。エクイティー関連外債がさかんに発行されたのは,株価の上昇期待が強い状況の下で,これによって発行会社にとって低コストの資金調達が可能となったからである。一方,我が国の投資家にとっても,発行企業の業績把握が容易で,キャピタルゲインの可能性も持った魅力的な投資対象だったため,こうした外債が積極的に買い込まれることとなった(長期資本の流出)(第3-2-2図 )。

もう一つは,ユーロ円インパクトローン(非居住者金融機関からの使途制限のない円建て貸付)である。なかでも短期のインパクトローンが86年以降急増したが,これは,旺盛な資金需要の下で,スプレッド貸しにより確実に利ざやを確保できたこと等によるものと考えられる。こうしたインパクトローンの取り入れ先は,多くの場合東南アジアにある我が国の為銀の支店であり(短期資本の流入),しかもその原資は本店からの送金によるもの(金融勘定での資金の流出)が多かった。

第二の類型は,長期資本流出と短期資本流入が組み合わされる「外・外型取引」である。これは,日本の為銀が,ユーロドル短期資金を借り入れ(金融勘定での資金の流入),ドル建て長期債券に投資する(長期資本の流出)ものである。為銀の場合,外貨の直物持高と先物持高を合わせた直先総合外国為替持高を一定額の範囲に収めなければならないという規制がある(いわゆる持高規制)が,外・外型の取引であればこれによる制約を受けることはない。しかも,この時期,ドルの長短金利差が拡大したため,これが有利な投資対象となっていた。

以上のような両建て取引が,見かけ上,長期資本と短期資本の流出入をともに大きなものにしたのである。

(90年以降における両建て取引の変化)

しかし,こうした両建て取引の姿は,90年以降,大きく変化することになる。

第一の類型である「循環型取引」については,エクイティー関連外債は,90年以降の株価の下落に伴って急減し,90~91年にはピーク時の3分の1程度となった。これに代わって,91年以降は,ユーロ円債を中心とする普通社債の発行が増加している。これについても循環型取引が成立していると考えられるが,91年及び92年の発行額はいずれも約200億ドルにとどまっており,全体としての「循環型取引」は縮小に向かった。

一方,短期のユーロ円インパクトローンは,91年には返済超になった。これは,資金調達コストをベースに決定される新短期プライムレートの導入(89年1月)等により,短期ユーロ円インパクトローンのメリットが薄れたことによる。ただ,これに代わって90年以降は中長期のユーロ円インパクトローンが増加しているため,インパクトローンを介した「循環型取引」は,その内容は変化したものの依然続いているものと考えられる。

第二の類型である「外・外型取引」も90年以降急速に減少している。これは,①ドルの長短金利差が縮小し収益性が低下したこと,②日本の為銀が,バーゼル合意に沿った国際統一基準(BIS規制)を達成するため資産の見直しを行い,その一環として為銀の対外証券投資も減少したことなどによるものと考えられる。

(両建て取引を調整した資本収支)

日本から海外への資本供給という観点から資本収支を見ようとする場合には,以上のような両建て取引を除いて考えるのが適当である。なぜなら,第一の「循環型取引」は,事実上,国内金融が単に海外を迂回しているだけであり,第二の「外・外型取引」も,事実上,第三国間の金融を仲介したものであり,いずれも,日本から海外への資本供給とはいえないからである。

では,仮にこのような両建て取引を取り除いたとしたら,資本収支の姿はどのようなものになるだろうか。これをみたのが 第3-2-3図である。調整後の姿を調整前と比べると,次のような点が明らかとなる。

第一に,調整後では,89年までは長期資本の流出超幅,短期資本取引の流入超幅がともに小さくなっており,この間の長期・短期資本取引が両建て取引によってかなり見かけ上膨らんでいたことが分かる。

第二に,調整後では,90~92年の長期資本流出超が大きくなっており,近年長期資本の流出幅が小さくなったのには,両建て取引の解消に伴う見かけ上の動きがかなり反映されていることが分かる。

このように調整後の長期資本収支は,流出超の状態を続けているが,91~92年の流出幅が,80年代後半に比べてかなり減少しているという点は調整前と同じである。これを本邦資本と,外国資本に分けて見たのが,第3-2-4図である。調整後でみると,本邦資本については,89年まで高水準を維持していた流出超幅がそれ以降次第に減少しているが,その主因は直接投資の減少と債券投資の減少である。外国資本は,89年を境に流出超から流入超に転じており,特に91年に大幅な流入超を記録している。これは非居住者による株式及び債券への投資が活発だったことによるものであり,92年には,わずかながらもまた流出超となっている。

他方,(前掲第3-2-3図)に戻って短期の資本取引についてみると,91年を境に流入超が流出超に転じており,しかも,その流出超幅は長期資本のそれを上回っている。これは主に金融勘定の動向によるところが大きく,特に,為銀勘定が流入超から大幅な流出超に転じたことが大きく寄与している。

以下,こうした資本収支の動向について,詳しくみていくことにしよう。

2 後退した「短期借り・長期貸し」

前述のように,両建て取引を調整した後の姿についても,80年代後半の資本収支の姿は「短期資本が流入して,長期資本が大幅に流出する」という「短期借り・長期貸し」となっていたが,91~92年には,「短期資本は流出に転じ,長期資本は小幅の流出にとどまる」という姿に変化した。こうした変化がなぜ生じたのかをみるため,以下,投資主体別にその変化をみよう。

(本邦投資家による対外債券投資の減少)

調整後の長期資本の流出超幅が91年,92年と縮小した原因の一つは,日本の投資家による対外債券投資が減少したことである。

日本の資本による債券投資の大部分は,生命保険会社や信託銀行を中心とする機関投資家による円資金投入型投資である。これら機関投資家は,80年代前半に,円資金を原資に対外債券投資を行ってきたが,その中心はアメリカの債券だった。アメリカの長期国債に対する投資状況(ネットベース)でみると,83~85年には,全体の平均4割強を日本の機関投資家が購入している。これは,この時期アメリカの金利が高かった一方で,円安・ドル高が続いていたため為替リスクがそれほど意識されなかったためである。

こうした債券投資は,85年以降大幅な円高が進行するなかで,大幅な為替差損が発生したにもかかわらず,減少することはなかった。これがなぜだったのかを,代表的な機関投資家である生保を例として考えてみる。生保は88年までは活発な海外債券投資を行ってきた。これは,①当時の生保は一時払い養老保険を始めとして高金利商品を抱えていたが,国内は金利低下を背景に収益率が低下していたこと,②生保には,インカムゲインのみ契約者の配当に回すことが出来るという制約(インカム配当原則)があるため,もともと債券投資が選好される傾向があったこと,③86年に対外証券投資に対する規制が緩められたこと(総資産に対する比率の上限を10%から30%に引き上げ),④円高による為替差損は保有資産の含み益で吸収可能であり,むしろ為替差損を前提にした高利回りの債券購入は,資産のキャピタルゲインをインカムゲインに転換するコンバーターの役割を担っていたこと,などによるものである。

しかし,89年以降,機関投資家の対外債券投資は全体としては減少傾向にあり,特にアメリカ向けの債券投資は大幅に減少ないし売り越しに転じている。これは,①89年以降,日米間の金利差が縮小したこと,②株価が下落し,保有株式の含み益が目減りしたこと,③機関投資家の預かり運用資産の伸びが鈍化し,投資原資が伸び悩んできたことなどによる。

(外国資本による証券投資)

91年に調整後の長期資本がほぼ均衡することとなったのは,外国資本の流入,特に対内株式投資が増加したことによる。

91年における対内株式投資は,世界的に株価が上昇するなかで,日本の株価について割安感が生じたため,欧米の投資信託,年金基金等の機関投資家を中心に468億ドルの大幅な買い越しとなった。また,対内債券投資も,金利の低下を背景に債券価格が堅調に推移したことから,212億ドルの大幅な買い越しとなった。

しかし,92年に入ると,さらに株価が低下するなかで,外国投資家の投資姿勢は慎重化し,株式投資の買い越し額は87億ドルへと大幅に減少した。債券投資も,債券市況の上昇に伴うキャピタルゲイン狙いの売却や欧州通貨危機に際しての投資引き揚げ等のため,年全体としても82億ドルの売り越しとなった。この結果,92年においては,外国資本の証券投資全体(ただし調整後)としては,ほぼ均衡していた。

(為銀部門の流出超への転化)

短期の資本取引という面で最も大きく変化したのは,91年以降の金融勘定為銀部門が大幅な流出超となったことである( 第3-2-5図)。これを,為銀部門の短期対外債権と短期対外債務の動きに分けてみてみると,91年以降にはともに減少傾向にあるが,対外債務の減少がより大きかったため,全体として流出超となっている。こうした姿が現れたのは,次のような二つの理由がある。

第一に,対外債権と対外債務が両建てで減少したのには,為銀が外貨ディーリングを圧縮したことによるところが大きい。為銀には持高規制があるため,一定額以上の為替ポジションを持つことはできないが,その範囲内では,自己勘定による為替取引(ディーリング)を行うことができる。これは買い相場と売り相場との間の差で鞘を稼ぐものであるため,外貨建て債権と債務の両建てで計上されることとなる。ただ,通常はその利ざやは極めて薄いため,BIS規制の下で極力資産を圧縮する必要に迫られた為銀は,この為替ディーリングを圧縮したものと考えられる。それが債権と債務の双方を減少させたのである。

第二に,対外債務の減少がより大きかったのは,非居住者が貿易や資本取引の決済のために資産(為銀の負債)を取り崩したことによる。この時期における日本の貿易収支(通関ベース)の黒字を通貨別に分けてみると,ドル建てでは153億ドルの赤字であるのに対して,円建てでは966億ドルの大幅黒字となっている(第3-2-6表)。このため,円建ての黒字増加が為銀部門以外の資本収支における円の流出超幅を大幅に上回るという事態が生じ,その収支尻が為銀に持ち込まれたものと考えられる。91年~92年における為銀部門の短期対外負債残高の減少が,特に円建てで大きかったことも,こうした動きがあったことを示している(第3-2-7図)。

3 減少した対外直接投資

前述のように両建て取引を修正した後も,91~92年に長期資本収支の流出幅はかなり減少した。この大きな理由は,直接投資が減少したことである。近年直接投資は,世界的に見てもその動向が大変注目されている。特に受入国(ホストカントリー)にとっては,直接投資には債務性がない上,直接投資を通じた技術移転,雇用創出等が経済発展の大きな契機となるという認識が強まっており,日本からの直接投資に対する期待も大きい。それだけに日本の直接投資が減少したことは,「黒字の反対側としての資本の流出が,国際社会に十分貢献するような形で進んでいない」という議論を招くことになる。では,なぜ直接投資は減少したのか。その背景をみよう。

(減少した対外直接投資)

日本の対外直接投資をIMFベースでみると80年代後半急増し,90年にはピークの480億ドルを記録したが,それ以降は減少に転じ,92年にはピーク時の4割以下の172億ドルにまで減少した。

大蔵省「対外直接投資届出・許可状況」(届け出ベースであるために,ピークは89年度)によって地域別・業種別の動向をみると,地域別では,アジア向けを除いて90年度以降減少している。特に北米向けについては,92年度には89年度の4割強の水準まで落ち込んでいる。業種別には,製造業,非製造業ともに減少しているが,特に非製造業(なかでも不動産,金融保険)の減少幅が大きい。(第3-2-8図)。

こうした直接投資減少の理由としては,次のような点を指摘できよう。

第一は,欧米向けの主要産業の大型投資がほぼ一巡したことである。80年代後半には,円高,貿易摩擦等を受けて,主要産業で生産拠点の海外展開が一挙に進んだ。しかし,こうした動きはほぼ一巡した。例えば,自動車産業のアメリカにおける現地工場の建設は87年までにほぼ終わっており,現在は能力増強投資が中心となっている。遅れていたヨーロッパにおける生産拠点の展開も80年代末でほぼ終了し,現地生産が開始されている。電気機械産業においても,ECの市場統合に対応するための投資は一巡しており,投資の中心はアジアに移りつつある。

第二は,現地子会社の利益率の落ち込みが目立っていることである。欧米の景気が停滞するなかで,もともと低水準だった現地子会社の売上高経常利益率はさらに低下している。通産省の「我が国企業の海外事業活動動向調査」(93年3月)によれば,92年3月末における現地法人の売上高経常利益率(全業種)は,0.4%と,一年前に比べて0.6%ポイント低下している。こうした収益率の低下が,対外投資への意欲を大きく減退させている。

第三は,国内の親会社の業績が悪化する一方,資本コストが上昇しており,資金調達力が落ちていることである。バブルの時期はエクイティファイナンスを始めとする低コストの資金調達が可能であった上に,株や不動産の含み益が大きく,これが積極的な海外投資需要を支えた。しかし,バブル崩壊後,こうした条件はなくなり,金融機関の貸出態度も慎重化している。

こうした点は,日本輸出入銀行の「1992年度海外投資アンケート調査」の結果によっても確かめることができる。これによれば,今後3年間について海外投資計画を持たない企業が増加しており,その理由としては,「海外の景気情勢が不透明なため暫く様子を見る」,「親会社本体の業績不振」,「海外のマーケットの拡大が見込めない」というものが増えている。また,93年度の投資資金の調達計画については,親会社の自己資金に依存する割合が高まっており,外部資金の調達が困難になっていることを示唆している。

以上のような点を総合的にみるため,製造業の地域別の直接投資を,①相手国市場要因(実質GDP),②為替レート要因実質実効為替レート),③国内収益要因(経常利益)で説明する関数を推計した。それを用いて要因分解すると(第3-2-9図),90年度以降の直接投資に対して国内収益力の低下がかなり影響しているという結果が得られる。

4 近年の資本の流れの特徴とその評価

(これまでの議論のまとめと今後の展望)

以上,近年の資本の流れがなぜ大きく変わってきたかをみてきた。これまでの議論を要約,整理してみると,次のようになろう。

まず,80年代後半には資本収支面での両建て取引が急増し,91~92年にはそれが解消に向かった。これが表面上の資本の流れに大きな影響を与えている。特に,91~92年に資本の流入と流出がともに減少したこと,91年に長期資本収支が流入超に転じたのには,この両建て取引による見かけ上の変化が大きく影響している。

ただ,両建て取引を調整しても,80年代後半の「短期借り・長期貸し」の構造が91年以降は崩れていること,長期資本の流出幅が現象していること,直接投資の流出幅は現象していることなどの特長は変わらない。

こうした変化には,次のような経済的背景があった。

第一は,資産価格の下落である。資産価格の下落によって,エクイティファイナンスの一環としての外債発行は急減した。また,含み益が減少したため,機関投資家も為替差損に敏感に反応するようになり,89年以降,金融が引き締め基調に転じたことにより,内外の金利差が解消し,対外証券投資のインセンティブが低下した。また,資金調達環境が厳しくなったことが,直接投資を現象させる要因にもなった。

第三に,80年代後半には,大幅な円高や規制緩和が,長期資本の流出を促進する役割を果たした。大幅な円高が直接投資を急増させ,規制緩和が機関投資家の対外証券投資の増加をもたらしたが,91年以降はそうした特殊要因の影響がほぼなくなったのである。

次に,こうした分析を踏まえて,今後の資本収支の構造を展望すると,どのような姿が浮かんでくるかについて考えてみる。

まず,長期資本収支についてみると,対外証券投資は,金融の自由化・国際化が一層進展する中で,再び増加してくるものと考えられる。ただし,80年代後半には,規制緩和の影響で外国証券保有比率が上昇したため,運用資産の増加テンポ以上に海外投資が増えたが,今後は,運用資産の増加に見合った緩やかな増加となるものと考えられる。(第3-2-10図)。対外直接投資も,東南アジア,中国向けを中心びに根強い投資意欲があることを考えると,我が国の景気調整が終了すれば,再び伸びは高まるものと思われる。

短期的資本取引のなかの為銀勘定からの流出については,受動的な性格も強く,長期資本収支の流出が増加し,総合収支で流出超となれば,減少するという関係にあると考えられる。

こうしてみると,長期資本の流出超幅は次第に増加し,短期の資本取引の流出超幅は次第に減少していくものと考えられる。これが「短期借り・長期貸し」の復活につながっていくか否かは,経常収支黒字がどのような水準で推移していくかによるところが大きい。仮に,経常収支の黒字がこれ以上拡大しなければ,やがて長期資本収支の流出がそれを上回り,その差は短期の資本取引の流入によってファイナンスされることになる。しかし,経常収支の黒字がさらに拡大する場合には,長期資本収支の流出に加えて,短期の資本取引においても流出が生ずることになろう。

(国際資金循環における位置づけ)

経常収支の黒字と資金の流出とは常にワンセットで実現している。したがって,黒字に見合って日本の資金が海外に提供されているということは常に成立している。しかし,近年の日本からの資金の流出は,長期資本よりも短期資本の流出という形をとっており,このため「日本の国際的金融仲介機能が弱まっているのではないか」,「安定的な資本供給による黒字の還流という役割を果たしてしないのではないか」,という問題点が指摘されている。こうした議論については,次のような点を考える必要がある。

第一に,日本は,80年代後半に「短期借り・長期貸し」を通じて国際的な金融仲介機能を果たしてきたといわれているが,既に述べたように,両建て取引の増加を通してそれが誇張されていた面があることに注意しなければならない。

第二に,日本は貯蓄超過主体(経常収支黒字と同義)であり,その貯蓄はいずれは投資超過主体に供給されることとなる。しかし,だからといって常に日本自身が投資超過主体に投資を直接しなければならないというものではない。国内金融とのアナロジーで言えば,直接金融方式とは別に,金融仲介業が間に入る間接金融方式があってもよいはずである。こうした観点で見ると,近年は,ユーロ市場に短期資金を供給し,そこを金融仲介として利用しながら,貯蓄不足国に資本供給が行われているものと考えることができる。

第三に,国際収支上は長期資本として分類されていても,実体上短期資本化しているものも相当多いことに注意する必要がある。例えば,海外長期証券投資(国際収支上は償還機関が一年以上または定めのない証券)の売買回転率をみるため,平均売買額を平均資産残高で割ってみると年平均2回以上売買されている勘定となる。したがって,長期資本だから安定的な資本供給だと単純に考えることはできない。

こうしてみると,資本の流れの形態が変わっても,日本が資本供給国であることには変わりはない。むしろ,近年の変化は,資本供給国としての役割と国際金融仲介国としての役割が分離することもあり得ることを示している。しかし,日本の経常収支黒字に対する関心が高まっている今日,日本からの資本供給ができるだけ世界経済の発展に貢献するよう努力していくこともまた必要とされている。この点については第5節において検討する。

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