平成5年

年次経済報告

バブルの教訓と新たな発展への課題

平成5年7月27日

経済企画庁


[次節] [目次] [年度リスト]

第3章 拡大する経常収支黒字と我が国の課題

第1節 拡大した経常収支の黒字

最初に,80年代以降の経常収支黒字の推移を振り返っておこう。

1981年度の日本の経常収支黒字は,59億ドル(名目GNPの0.5%)にすぎなかったが,レーガノミックスを背景としたアメリカの成長率の高まり,円安・ドル高の進行等のなかで,80年代前半を通して黒字が大幅に拡大した。しかし,85年9月のプラザ合意後,大幅な円高が進行するなかで,当初はJカ-ブ効果もあって黒字が増加したが(黒字のピークは86年度の941億ドル,GNPの4.4%),その後は着実に黒字が減り続け,90年度には337億ドル(同1.1%)にまで縮小した。これは,基本的には,円高の純輸出削減効果に,内需の拡大を基調とした高成長の影響等が加わったためである。

しかし,経常収支黒字は再び増勢に転じ,91年度には902億ドル(同2.6%)に急増した後,92年度にはさらに過去最高の1259億ドル(同3.3%)に達した。なぜ黒字は一転して拡大に転じたのか。この点を見るため,以下では輸出入の変動を中心に国際収支の項目ごとにやや詳しく検討してみよう。

1 高付加価値化で増加した輸出

大蔵省・日本銀行の「国際収支統計」(以下,IMFベ-ス)によって,国際収支を項目別にみると,91年度以降の経常収支黒字の拡大に最も大きく寄与したのは,貿易収支であった。90年度から92年度の間に,経常収支黒字は922億ドル増加したが,この間貿易収支黒字は662億ドル増加している( 第3-1-1表 )。この貿易収支黒字が拡大した背景をみるため,まず輸出,次に輸入についてその動きをみよう。

(輸出金額の要因分解)

90年度から92年度にかけて,輸出金額は年平均7.6%と堅調な増加を示した(IMFベース)。この輸出金額の増加の要因をみるには,二段階で考える必要がある。第一段階は,輸出金額を定義的に輸出数量要因と輸出価格要因に分解することであり,第二段階はその輸出数量,輸出価格の動きのそれぞれを経済的要因によって説明することである。

そこでまず,輸出金額を定義的に数量要因と価格要因とに分解することから始めよう。以下の議論はやや込み入っているので,最初に主な結論だけ述べておくと,次のようになる。①大蔵省の「貿易統計」(以下,通関ベ-ス)で見ると,輸出金額の増加は主に価格の上昇によるものであり,数量の伸びは横ばいであった。②一方,国民経済計算(以下,GNPベ-ス)における財・サービスの実質輸出は,通関ベースの輸出数量よりかなり高い伸びであった。③通関ベースの輸出数量とGNPベースの実質輸出の差は,価格の取り方の違いによるところが大きい。輸出の高付加価値化の進展が,通関ベースでは価格の上昇となり,GNPベースでは実質輸出の増加となるからである。④以上を総合して考えると,輸出金額の増加は,輸出価格の上昇と,輸出の高付加価値化の進展による面が大きい。

最初に,通関ベースの輸出金額の増加を数量要因と価格要因とに分解してみると,90年までの増加が主に数量の伸びによるものであったのに対して,91年以降については価格要因の寄与が大きい( 第3-1-2図 )。92年度についてみると,輸出金額の伸び7.3%の全てが価格要因によるものである。

ところがこの通関ベースの輸出の動きは,GNPベースの輸出(財・サービス,以下同じ)の動きとかなり食い違っている。すなわち 第3-1-3図 に見るように,金額では両者の伸びはあまり違わないが,GNPベ-スの実質輸出の増加率が通関ベ-スの数量を大きく上回り,逆に価格面では通関ベ-スの価格指数の上昇率がGNPベ-スのデフレータのそれを大きく上回っている。

(輸出の高付加価値化と輸出価格)

通関ベ-スの価格指数がGNPベ-スの輸出デフレータよりも高い上昇率となったのには,輸出の高付加価値化が影響している。

輸出の高付加価値化には二つのタイプがある。一つは,各輸出品目において,品質・性能が向上し付加価値が高まるというものであり,もう一つは,輸出全体の中でより付加価値の高い品目のシェアが上昇するというものである。以下では,前者を「輸出品目の高級化」,後者を「輸出構成の高度化」と呼ぶことにしよう。

「輸出品目の高級化」は,一般に通関ベースの輸出価格の上昇要因となる。例えば,自動車の場合,このところアメリカ向けを中心に排気量の大きい車種の割合が高まっている。通関ベ-スの輸出価格の基となる輸出単価は,輸出金額を台数で割ることによって求められるので,こうした変化があると輸出価格の上昇となって現れることになる。こうした「輸出品目の高級化」による価格指数の上昇の程度は,通関ベ-スにおける輸出価格と日本銀行調べの輸出物価指数とを同じラスパイレス方式で比較することによって捉えることができる(以下,統計的な解説については 付注3-1 参照)。

「輸出構成の高度化」は,一般に通関ベ-スの輸出価格の低下要因となる。これは,高付加価値品目は,技術進歩が速いことなどにより,平均以上に価格が安定又は低下し,通常みられるパーシェ効果を大きなものとするためである。こうした「輸出構成の高度化」による価格指数の下落の程度は,通関ベ-スの輸出価格をラスパイレス方式とパ-シェ方式とで比較することによって捉えることができる。

この方法によって,二つのタイプの「輸出の高付加価値化」が輸出価格にどの程度の影響を及ぼしているかをみたのが 第3-1-4図 である。これによれば,「輸出品目の高級化」は,88年以前から輸出価格を引き上げる役割を果たしてきており,しかもその程度は年々拡大している。91~92年度の輸出価格の上昇のうち約5割は,この「輸出品目の高級化」によるものである。これに対して,「輸出構成の高度化」は,輸出価格の引き下げ要因として作用しているが,89年以降についてはその影響は小さい。

以上をまとめると,91~92年度の輸出金額の増加は,①輸出数量の寄与による面は小さく,②ドル建てでみた輸出価格の上昇と,③「輸出品目の高級化」という形を取った輸出の高付加価値化の進展による面が大きかったということになる。

では,なぜ輸出数量の伸びは低かったのか,そしてドル建てでみた輸出価格はなぜかなり上昇したのかを順に考えてみよう(輸出の高付加価値化が進んだ背景については第3節で検討する)。

(横ばいにとどまった輸出数量)

このところ輸出数量が低い伸びを続けていたのはなぜか。この点をみるために,地域別の輸出数量を推計し,その推移をみたのが 第3-1-5図 である。これによれば,全体としての輸出数量がほぼ横ばいにとどまったのは,①アメリカ向けは横ばい気味で推移し,②EC向けは減少傾向にあったものの,③NIEs,ASEAN向けが増加したためであった。この推計には含まれていないが,92年には,中国,中南米向けの輸出も増加した。

さらに,こうした地域別の違いが生じた理由をみるため,この地域別の輸出数量の動きを所得要因(輸出相手国における需要の増加)と相対価格要因(日本の輸出品の価格面での競争力)によって説明する輸出数量関数を推計してみると,次のようなことがいえる(地域別にみた輸出入数量の決定メカニズムについては,第3節を参照。また,要因分解については 付注3-7 を参照)。

まず,NIEs,ASEAN向けの輸出数量が高い伸びを示したのは,所得要因が比較的大きくプラスに作用し,相対価格要因のマイナスが小さかったからである。所得要因のプラスが大きかったのは,これら地域が引き続き高めの経済成長を維持したからである。NIEsの実質GDP成長率(92年)をみると,韓国では成長率の鈍化がみられるものの,台湾,シンガポ-ルは6%前後,香港も5%程度へと成長率を高めている。また,ASEANについては,フィリピンはゼロ成長,インドネシアでは成長率の鈍化がみられるものの,ウエイトの高いマレ-シアが8.0%,タイが7.5%と高い成長を続けている。相対価格要因のマイナスが小さかったのは,為替レ-トがこれら地域の通貨に対して円高傾向にあったものの,比較的緩やかなものだったためである。

アメリカ向けの輸出数量がほぼ横ばいだったのは,所得要因はそれほどのプラス要因にはならなかった一方,相対価格要因がマイナスに作用したためである。所得要因のプラスが小さかったのは,アメリカの景気回復の足取りが弱く,実質GDP成長率も92年2.1%にとどまったためである。相対価格要因がマイナスに作用したのは,円高・ドル安が進行したためである。

EC向けの輸出数量が減少傾向をたどったのは,所得要因,価格要因がともにマイナスに作用したためである。所得要因がマイナスとなったのは,92年に入ってEC各国が景気後退の様相を強めたためであり,価格要因がマイナスとなったのは,90年央から緩やかな円高が続いていたのに加え,92年度後半には欧州通貨の動揺を背景として,欧州通貨が下落したためである。

このように,輸出数量の動きは基本的には所得要因と相対価格要因によって説明できるが,この他にも次のような要因が影響している。

その第一は,直接投資の純輸出誘発効果である。詳しくは第3節でみるが,直接投資に伴い現地生産が増加することは,日本からの輸出を増やす効果(誘発効果)と輸出を減らす効果(代替効果)とがある。両者のネット効果としては,おおむね,アメリカに対しては輸出抑制的に,アジアに対しては輸出刺激的に作用しているものと考えられる。

第二に,輸出自主規制等が,アメリカ,EC向けの輸出数量の伸びを低くしている面もある。例えば,アメリカについては乗用車の数量自主規制,ECについては自動車の輸出モニタリングが行われている。ECの場合,92年は市場が悪化したことからモニタリングレベルが91年の126万台から118.5万台に減少しているが,輸出実績がモニタリングレベルに達していることから,結果として輸出抑制効果があったとの見方もできる。

(見られなかった輸出ドライブ)

以上の説明では,日本の輸出数量が,基本的には海外との関係で変化すると考えてきたが,日本国内の経済情勢が日本の輸出に影響することはないだろうか。

この点で,しばしば指摘されるのが,国内市場が停滞しているときに輸出数量を増やそうとするという「輸出ドライブ」の存在である。今回の経常収支黒字拡大局面においても,国内景気の低迷→輸出ドライブ→黒字拡大というルートで黒字が拡大しているのではないかという指摘もみられた。しかし,今回の景気調整過程においては,輸出数量が伸びていないことからも分かるように,「輸出ドライブ」という現象はみられない。

この点を検証するために,輸出ドライブ要因として在庫率指数(国内需給が緩和して,在庫率が上昇すると,輸出ドライブによって輸出が増える)を加えた輸出数量関数を推計してみると,65年から73年にかけての期間と,74年から85年にかけての期間では確かに輸出ドライブ要因は有意に検出されるが,85年以降の期間は,輸出ドライブ要因は検出されない(符号が逆)という結果が得られる( 第3-1-6表 )。

85年以降,「輸出ドライブ」が見られなくなったのは,企業の輸出に対する行動様式が変化したためと考えられる。すなわち,大幅な円高が進行し,経済摩擦が激化するなかで,企業はそれまでの輸出依存型経営を見直し,国内需要の発掘に努めたり,海外での現地生産を積極的に展開するようになった。こうした企業行動の変化によって,かつてのような輸出ドライブはみられなくなったものと考えられる。

(円高で上昇した輸出価格)

次に,輸出価格の動きをみよう。前述のように,91,92年度には高付加価値化要因を除いた上で,ドル建て輸出価格がかなり上昇した。これは主に,円の対ドルレートの上昇によるものである。

円レートの変動がドル建て輸出価格にどう影響するかは,輸出契約がどのような通貨建てで行われているかによって違ってくる。我が国の輸出の46.6%はドル建て,40.1%が円建て,13.1%が「その他通貨建て」である(92年9月)。今,円が対ドルレートで10%上昇した場合(他の通貨に対しては不変)を考えてみると,円建て契約であれば,ドル建て価格が10%上昇し,相手国の輸入業者の負担が増える。ドル建て契約であれば,輸入業者の払うドル建て価格は不変である代わりに,日本の輸出業者の円の手取りが減少する。しかし,いずれにせよ,時間が経過するとともに新しい契約が結ばれ,その過程で輸出企業の市場支配力や経営戦略を反映した新しい価格形成が行われる。その結果,ドル建て輸出価格の引き上げに転嫁される部分と円建て輸出価格の引き下げによって吸収される部分とに分かれることになる。

これに対して,「その他通貨建て」の場合は,契約価格は不変であっても,その輸出価格をドル建てに換算すると,10%の円高がそのまま価格の上昇となって現れることになる。時間が経過しても,円と当該通貨の関係,すなわち輸出業者と輸入業者の手取りの関係が変化しなければその後も輸出価格は変化しない。このように,取引そのものにおける価格は不変であるのに,換算上価格が変化してしまう効果は「マギー効果」(ここでは第三国通貨建てに関するものに限定する)と呼ばれ,後述するように,地域別の貿易収支の動きを見るときなどに重要な意味を持ってくることになる。

以上のような効果を総合して,為替レート変化が,全体としてのドル建て輸出価格をどの程度変化させるかをみたのが,為替転嫁率(あるいはパス・スルー率)である。為替レートを加重平均した実効為替レートを用いてパス・スルー率を推計してみると,為替レートの変化のうち輸出価格に転嫁されるのは約5割という結果となる(詳しくは第3節)。このパス・スルー率を使って計算すると,92年度におけるドル建て輸出価格の上昇のうち4割近くは,為替レートの変化によるものだということになる。さらに,マギー効果に相当する分がおよそ1割あると試算される。前述のように,高付加価値化によって約5割が説明されていた。したがって,ドル建て輸出価格の上昇のうち,高付加価値化による部分以外はほとんどこの為替要因で説明されることになる( 第3-1-7図 )。

以上を総合して考えると,91~92年度に輸出金額が拡大したのは,輸出ドライブによるものではなく,主として輸出の高付加価値化と円高という価格要因によるものだといえる。

2 景気調整下で伸び悩んだ輸入

(低い伸びにとどまった輸入金額)

IMFベ-スの輸入金額は,87年度から90年度にかけて急増したあと,91年度には減少し,92年度も0.5%の微増にとどまった。このように輸入が伸び悩んだことも,91~92年度に経常収支黒字が急増した大きな要因の一つであった。

では,輸入金額が低い伸びにとどまった理由は何だったのか。それを,以下では,通関ベースの輸入を数量要因と価格要因に分けることによってみていくこととするが,その前に,通関ベースとIMFベースの輸入金額の差について述べておきたい。

IMFベースと通関ベースで輸入金額を比較すると,常にIMFベースの輸入金額の方が小さい。これは,通関ベースの輸入は運賃・保険料などを含んだCIFベース(IMFベースはFOBベース)だからである。しかし,87年度から90年度前半にかけては両者の差が急速に縮小し,その後再び差が広がるという動きがみられる。( 第3-1-8図 )。この違いは,87年から89年にかけて急増した金投資口座によるところが大きい。金投資口座は,金融機関や証券会社(この場合には金貯蓄口座という)が販売する確定利付きの金融商品で,金を海外で売戻し条件付きで買うことによって得られる差益を根拠とするものである。87~89年度には,この商品が相対的に高利回りとなったことから,これを通じた金投資が急増したが,その後は減少に転じている。この金投資の増加は,金の所有権が日本人に移るため,IMFベースの輸入には計上されるが,金そのものが通関するわけではないので通関ベースの輸入には計上されない。これが,通関ベースとIMFベースの輸入の差を縮小させたり拡大させたりしたのである。これによって,87年度から89年度にかけてのIMFベースの輸入の伸びは150億ドル程度大きくなり,90年度以降には逆に150億ドル程度小さくなっている。つまり,金投資が,87~89年度の経常収支黒字を小さくし,90~92年度の黒字を大きくしたのである。

次に通関ベースの輸入金額の変動を,数量要因と価格要因に分けて寄与度分解してみると, 第3-1-9図 のようになり,近年における輸入の低い伸びには数量,価格の双方が寄与していることが分かる。そこで,以下,まず数量の動き,次に価格の動きについてその変動要因を検討してみる。

(景気低迷の影響で伸びが鈍化した輸入数量)

輸入数量は,90年後半までは増加基調にあったが,91年に入って鈍化がみられ,92年中は減少気味に推移した。

こうして輸入数量が低い伸びにとどまった理由をみるために,輸入数量指数を,工業用原材料,資本財,消費財の三つに分け,それぞれを所得要因,輸入価格要因(ただし,工業原材料には在庫要因,消費財には資産価格要因を加えている)で説明する関数を作り,寄与度分解を行ったのが, 第3-1-10図 である。これによると,91年以降輸入の伸びが鈍化してきた理由として,次のような点を指摘できる。

第1は,国内景気の低迷である。91年前半に工業原料が在庫要因によって減少し始めているが,これは91年1~3月期以降在庫が積み上がり,生産財部門を中心に在庫調整が始まったことによる。また,91年末からは資本財が所得要因によって減少に転じているが,これは企業設備のストック調整に伴って91年10~12月期以降民間設備投資が減少し始めたことによる。

第2の理由は,資産価格の下落である。図でも,90年半ば以降は総じて資産価格要因が,消費財の輸入数量を引き下げる方向に作用している。これは,資産価格の上昇が消費を刺激した結果,88年から90年にかけては,特に,高級自動車,貴金属,絵画等の高額品の輸入が急増したが,90年以降資産価格が下落するとともに,高額品の輸入も減少に向かっていることに対応する。

(横ばいで推移した輸入価格)

次にドルベースの輸入価格の動きをみると,90年後半から91年前半及び92年後半の時期には,原油価格の上昇によって輸入価格が上昇したが,この影響を除けば輸入価格は総じて横ばいで推移した。こうした輸入価格の動きが輸入金額の低い伸びに寄与したことは既にみた通りである。

このようにドルベースの輸入価格が基本的には横ばいで推移していた背景の第一は,農産物,工業原料関連の国際商品市況が軟化を続けていたことである。

第二は,この時期の円レートの上昇が輸入価格を大きく引き上げる要因にはならなかったことである。円レートの上昇があると,例えばドル建ての部分については,円でみた輸入価格が下がっているわけだから,外国の輸出業者はドル建て輸出価格をある程度引き上げることができるはずである。現に,日本の輸出業者についてはそのような行動が検出される(例えば,対称的なケースとして円レートが低下した場合を考えると,円建て輸出については,約5割の価格引上げを行う)。しかし,外国の輸出業者は円高による効果の大部分を,そのまま円ベースの輸入価格の引下げとして実現させている(つまり,円レートの変化の大部分を円ベースの輸入価格の引下げに転嫁している)。輸入価格関数を推計した結果によれば,我が国の輸入におけるパス・スルー率は8割強と試算される(詳しくは第3節参照)。92年度に円は主要地域に対する実効レートで約5.5%上昇しているが,そのうち約4.6%分は円ベースの輸入価格に転嫁されていることになる。これは,92年度における円ベース輸入価格の低下率5.3%の9割弱に相当する。

(減少した製品輸入)

最後に製品輸入の動向をみておこう。

80年代後半以降高い伸びを続けてきた製品輸入は,金額ベースでみると92年度には3.0%の減少となった。これは,化学製品,機械機器類が前年に対して横ばいであったのに対して,鉄鋼,非鉄金属などが景気調整の影響で大きく減少したことによる。

こうしたなかで,高い伸びを示している品目もみられる。特に高い伸びを示しているのは,医薬品(前年比15.3%増),事務用機器(同5.7%),半導体等電子部品(同6.1%),衣類(同15.6%)等である。このうち,ECからの医薬品を除くと,ほとんどがアジア(特に中国とASEAN)からの輸入の伸びによるものである。これは,アジア地域で産業の競争力が強化されていることの現れであるとともに,日本企業がこれまで進めてきたアジア地域への生産拠点の配置の効果が本格的に現れはじめ,現地生産したものを日本国内に逆輸入する動きが定着してきていることを示している。製品輸入は,先進国との間の水平的分業の結果だけではなく,アジアとの間の新しい水平的分業の結果としても,今後拡大していくものと考えられる。

3 赤字が縮小した貿易外収支

経常収支の黒字拡大には,貿易収支の黒字拡大ばかりでなく,貿易外収支の赤字縮小も大きく寄与した。90年度から92年度にかけて,経常収支の黒字は922億ドル拡大したが,このうち貿易外収支の赤字縮小による分が175億ドルとなっている。

なお,移転収支の赤字は,90年度には,湾岸平和協力基金への拠出(約90億ドル)等によって大幅な増加を示したが,91年度以降は再び89年度頃の水準に戻っており,92年度は前年度に比べ11億ドルの赤字拡大となっている。

(黒字が急増した投資収益収支)

貿易外収支の赤字が大幅に縮小したのは,投資収益収支の黒字が急増したことによる面が大きい( 第3-1-11図 )。90年度から92年度にかけて投資収益収支の黒字は172億ドル拡大している。

ではなぜ投資収益の黒字は増加したのか。投資収益の受取と支払いは,ともに大幅に増加しており,92年度には85年度に比べて,受取,支払ともに6倍以上の規模に達している。このため,例えばアメリカやECに対しては,貿易外収支の支払が輸入金額を上回るほどの規模となっている。これは,次節で詳しくみるように,80年代の後半に,資本収支における両建て取引の増加→対外資産と対外負債の残高の両建てでの急増→投資収益の受取と支払の増加,という現象が生じたためである。

この点をみるため,投資収益投資の受取と支払(ただし直接投資による分を除く)を,対外資産・負債残高とそれに対応する金利によって要因分解したのが 第3-1-12図 である。これによると,基本的には対外資産・負債残高の動きが投資収益の受払いの推移を規定していることが分かる。このことは,言い換えると,投資収益の収支差がおおむね対外純資産(対外資産-負債)の動きによって説明できることを示している。その純資産は経常収支黒字に対応して増加する。すなわち経常収支の増加が,対外純資産を蓄積させ,それが投資収益収支の黒字を拡大させているのである。他方,金利は85年度から87年度と90年度以降において投資収益受け払いの減少要因として作用している。特に,91,92年度においては金利低下による支払の減少が受取の減少を上回ったため,金利要因は投資収益収支の黒字増加要因として寄与している。

(赤字拡大傾向がストップした運輸・旅行収支)

一方,運輸収支,旅行収支の動きを見ると,両収支とも92年度においては,それまでの赤字幅の拡大傾向がストップしており,これも貿易外収支の赤字縮小に寄与することとなった。こうした両収支の動きには,我が国の景気動向が反映されているものと考えられる。

まず運輸収支から見よう。運輸収支のうち貨物運賃の受取には我が国の輸送業者が取り扱った輸出貨物に係る運賃が計上され,支払には外国の輸送業者が取り扱った輸入貨物に係る運賃が計上される。92年に入ると輸出が概して強含みに,輸入が概して弱含みに推移したことは既に述べたが,このことは受取の増加に対し支払を減少させ,貨物運賃収支の黒字を拡大させる一因となった。また,この間,用船料や港湾経費においても赤字幅の縮小がみられた。

旅行収支についても,それまでの赤字の拡大傾向がストップした。旅行収支を旅行者数の変化と旅行者一人当たりの支出額の変化に分けてその変動要因を見ると( 第3-1-13図 ),日本からの旅行者数の伸びが止まったことに加えて,旅行者一人当たり支出額もほとんど増加していない。これは,国内における消費が低い伸びを続けるなかで,海外でのレジャー活動も停滞したためである。なお運輸収支のうちの旅客運賃においても,同様にこの時期赤字拡大傾向の鈍化がみられたが,これも海外渡航者数の伸びが止まったことを反映したものとみられる。