第5節 今回のバブルの教訓
80年代後半以降発生したバブルは,日本経済に大きな負の遺産をもたらした。再びこうした事態を繰り返さないためにも,今回のバブルを振り返り,今後の教訓を明らかにしておくことが重要である。今回のバブルの教訓としては,次のような点が考えられる。
(バブルと各方面における政策運営)
第一の教訓は,バブルの経済的コストの大きさを再認識し,各方面における政策の運営に当たって,バブルの未然防止により大きな注意を払うことである。
本章で強調してきたように,バブルはひとたび発生してしまうと,資産分配を不平等化し,資源配分を歪めるなど,経済的に大きなコストをもたらす。バブルの発生は,一方では,国民各層,企業が保有する資産価値を高めることによって,一部の経済主体を富裕にし,内需を拡大させ,成長率を高める効果はあるが,これは一時的なもので,必ず反動的なデフレ効果を伴わざるを得ないものである。バブルの生成と崩壊の過程を通してみれば,バブルに経済的メリットはなく,あるのはデメリットだけというのが今回の経験の教えるところである。
まず,マクロ経済政策の面では,資産価格の変動をこれまで以上に意識した政策運営の必要性が認識されることとなった。
85年9月のプラザ合意以降,我が国の経済政策は,物価の安定を確保しつつ,我が国経済を内需主導型に転換させ,その過程を通じて対外不均衡の是正を進めていくという大きな流れのなかで運営されてきた。政府は,86年9月に「総合経済対策」を,87年5月に「緊急経済対策」を決定するなど財政刺激策を実行した。また,日本銀行は,86年から87年にかけて5次にわたり公定歩合の引下げを実施し,その後も一般物価の安定が維持される中で対外不均衡是正に向けて一層の内需拡大を図る観点から,89年5月まで金融緩和政策を継続した。こうした政策運営が,息の長い景気拡大をもたらしたほか,対外黒字縮小に大きな役割を果たしたわけであるが,その反面で,バブル発生の一つの素地となったことは否定できない。資産価格の高騰に対し即座に政策対応が取られなかった背景としては,当時の株価・地価がバブルであるという国民的コンセンサスがなく,さらに,住宅問題,資産分配問題,資源配分の歪みなど,バブルの国民経済的コストの大きさを十分認識できていなかった点が重要と考えられる。
また,土地対策の面では,地価高騰に対応して監視区域制度,土地関連融資の総量規制等の緊急的対策が講じられたが,さらに中長期的視点に立って,適正な土地利用の確保を図りつつ正常な需給関係と適正な地価の形成を図るため,構造的かつ総合的な政策体系を確立することの重要性が認識されることとなった。
土地の利用の非効率や土地投機をなくしていくためには,土地の資産としての有利性を政策的に縮減していくため,広く各方面から適切な施策を講じていくことが重要である。例えば,税制については,このような見地から,土地の保有・譲渡・取得に対して適正・公平な税負担を求めていくことが必要との認識が強まった。
また,今回の地価高騰局面では,都心部において,地価負担力が比較的高い商業・業務系土地利用の立地圧力が住居系土地利用に対して高まり,地価高騰が住宅地にまで波及したが,適正な地価水準の実現に関し,都市計画上の土地利用規制の活用も必要とされた。
この他,土地政策の的確な実施のためには,土地の所有,利用,取引,地価等に関する情報を総合的かつ系統的に整備することが必要である。この点,今回の地価高騰期には,土地の所有・利用構造を把握する体制が必ずしも十分ではなかったことも認識されるようになった。
(マーケット・ディシプリンの必要性)
第二は,マーケット・ディシプリン(「市場の規律」)の必要性である。バブル発生・崩壊の過程で生じた様々な問題は,我が国のマーケット参加者の自己規律が不十分であったことを浮き彫りにしている。
まず,投資家サイドでは,投資リスクに対する取組が不足していた。例えば,元本保証の有無や新種の派生商品が内包するリスクなどを個々の金融商品について十分認識しないまま,投資を行ったケースが多数あったとみられる。また,いわゆる営業特金のように,具体的な投資の決定を証券会社に任せるなど,自己責任意識が希薄であった面もある。さらに,バブル崩壊の過程で,投資家の損失が大きなものとなったのは,自己の体力をはるかに超えたリスクテイクが行なわれたためでもある。ヘッジ取引の活用によるリスクコントロールや損切り等の社内ルールが整備されていれば,経営危機や破産につながるほどの大きな損失の発生は未然に回避しえた可能性が高い。投資行動の基本として,まず自らのリスク負担能力を認識した上で,個々の商品のリスクを認識し,具体的な運用・調達の規模や手段を自己の責任において決定し,管理していくという原則を再確認することが重要である。
一方,証券会社・金融機関サイドでも,商品の説明が不十分であったり,個々の投資家のニーズやスキルに関係なく本部の方針に基づいて特定商品を一律に販売するなどの姿勢があったという指摘がある。バブル崩壊の過程で投資家と証券会社・金融機関との間でトラブルが多発したほか,損失補填のような不公正な取引も発覚したが,その背景にはこうした行為があったものと考えられる。証券会社・金融機関についても,投資家に対し適切な情報提供を行うという資金仲介者としての役割を忠実に果たしていく姿勢が今後とも求められる。
さらに,一般企業において,甘い採算見通しに基づく投資が行われたという指摘がある。その背景として,株価上昇のなかで表面上低い資金コストでエクイティファイナンスが可能であったことが挙げられよう。しかし,その投資が市場の期待するリターンを確保できない場合には,継続的なエクイティファイナンスが出来なくなるという点を認識する必要がある。また,企業が投資家に対して十分な経営情報開示を行わなかった面があったことが,適正な株価形成を阻害した一因として指摘されているが,こうした意味からもディスクロージャーの推進をより一層積極化することが求められよう。
(バブルの教訓を踏まえた最近の動き)
こうしたバブルの教訓を踏まえて,最近では各方面で新たな対応がみられる。
財政・金融政策においては,インフレなき,バブルなき,持続的成長の実現に向けて適切かつ機動的な運営が図られている。土地政策の面でも,土地基本法,総合土地政策推進要綱により総合的な政策体系が確立された。これに基づき,土地税制に関しても総合的な見直しが行われ,また,都市計画においても,昨年6月都市計画法が改正されたほか,土地情報に関しても,「土地基本調査」を今秋実施する等土地情報の体系的整備が進められているなど,構造的かつ総合的な土地対策が着実に実施されているところである。
個別経済主体の行動をみても,企業における投資限度枠の設定等,投資行動に対するリスク管理体制の整備が急速に図られた。また,証券会社においては行き過ぎた営業姿勢の是正が,金融機関においては融資審査体制の見直しが各社でみられた。
今回のバブルの教訓を忘れることなく,引き続きこうしたバブルの未然防止のための各方面における対応が図られていくことが求められる。