平成5年
年次経済報告
バブルの教訓と新たな発展への課題
平成5年7月27日
経済企画庁
第2章 バブルの発生・崩壊と日本経済
資産デフレが実体経済に及ぼす影響については,第1章ですでにみた。ここでは,これをバランスシート調整という角度からとらえてみたい。
バブルが発生していた過程で,労せずして資産を増やした企業・家計は,同時に負債を増やしながら,株式投資や不動産投資をはじめとするリスクの高い投資を活発化させた。こうしたメカニズムは,資産価格が上昇しているうちは問題を顕在化させなかったが,ひとたび資産価格が下落するや,企業・家計・金融部門のバランスシートを悪化させることとなった。資産価格は瞬時に下落するが,負債は残るからである。こうして,91年以降の日本経済はバランスシート調整の局面に入り,その過程で多くの経済的困難に直面することになる。
なお,ここではバランスシート調整問題を資産デフレの影響として扱っているが,その元をたどっていくと,基本的にはバブルの発生過程に根本的な問題があったわけであり,これもまた基本的にはバブルの影響と見なすことができる。
まず,企業のバランスシートがいかに悪化してきたかをみよう。ここではこれを,①有利子負債の増加,②資産効率の低下,③要償却資産(不良資産)の増加,という三つの側面からみることとする。
(有利子負債の増加)
企業の有利子負債(短期借入金,長期借入金,社債の合計)は80年代後半以降,一貫して増加してきている。
有利子負債の売上高に対する比率をみると,全体としては,86年から89年前半にかけて大幅に上昇しており,その後も引き続き上昇基調にある( 第2-4-1図① )。これを企業規模別にみると,大企業よりも中小企業の方が比率が高まっている。業種別にみると,特に88年以降,製造業では横ばいないしやや低下気味で推移したのに対し,非製造業では一段と上昇するといった違いがみられる。なかでも,不動産業の上昇が特に目立っており,最近では有利子負債の残高は年商の約3倍に達している。
有利子負債の規模を総資産との対比でみても,売上高との対比に比べ変動は少ないものの,おおむね同様の傾向がみられる( 同図② )。すなわち,①全体としては,85年から87年前半にかけて上昇した後横ばいで推移している,②企業規模別には大企業が,業種別には製造業が,87年から90年にかけて低下している一方,中小企業及び非製造業では,この間上昇を続けている,③不動産業の比率は,84年から88年にかけ大幅に上昇しているといったことがみてとれる。
こうした有利子負債の増加は,支払利息負担を通じて企業収益の足を引張っている。支払利息・割引料の営業利益に対する比率をみると,87年から88年にかけては低下していたが,89年後半以降,金利上昇及び利益減少から上昇に転じた。金利が低下に向かった91年後半以降も,借入の増大と収益不振を背景に引き続き上昇基調をたどっている。
これを業種別にみると,製造業では,89年以降上昇しているものの,足元のレベルはおおむね85年以前の平均的な水準である。このことは,現状において利息負担が収益を圧迫しているというより,むしろ88~89年頃の利子負担が極めて小さかったことを示している。一方,非製造業では,先にみた有利子負債比率の高まりを背景に,利息負担もかなり高まっている。なかでも不動産業については,90年から91年にかけて支払利息負担の増大が顕著であり,対営業利益比率は最近では2倍近くまで上昇するなど,かなりの収益負担となっている様子がうかがわれる。特に小規模の不動産業者ではこの傾向が顕著であり,資金繰り上もかなり逼迫化していると考えられる( 第2-4-2図 )。
(資産効率の低下)
企業の資産効率も低下している。これを,実物資産と金融資産に分けて考えてみよう。
はじめに,実物資産の資産効率をみるために,有形固定資産1単位当たりの営業利益の推移をみたのが 第2-4-3図 である。全産業ベースでは,90年末以降低下を続けており,最近では近来にないほどの水準にまで低下している。こうした動きは各業種共通にみられるが,今回の低下は,特に製造業及び不動産業で顕著である。
こうした実物資産の資産効率の低下には,次のような理由がある。
第一は,景気循環的な要因である。すなわち,80年代後半の活発な設備投資によって有形固定資産が増加した一方,最近の生産・売上の減少により設備稼働率が低下していることが資産効率を低下させている。しかし,例えば製造業についてみると,最近の資産効率の低下は,稼働率よりも一段と落ち込み幅が大きく,このところの実物資産効率の低下を循環要因だけで説明することは難しい。
そこで第二に考えられるのが,バブル要因である。すなわち,近年の設備投資には,バブル期における,結果的には収益性のかなり低い投資がかなり含まれていた。短期的にはこれが資産効率の低下という形で現れている可能性が強い。また,地価の高騰によって,用地取得コストが上昇したことも,資産効率の低下につながっている。
次に,金融資産の収益率についてみると,これもこのところ低下している。
まず,財務諸表ベースの金融資産収益率の推移をみると( 第2-4-4図 ),インカムゲイン部分である利息・配当金の利回りは,80~88年度低下傾向をたどった後,89~90年度にかけて上昇,91年度には低下となっており,おおむね金利水準の動きに見合った動きとなっている。キャピタルゲイン部分である有価証券売買益(ネットベース)の利回りは,86~87年度に高まったあと低下しており,両者を合わせた金融資産収益率は,88年度以降低下している。ただし,財務諸表ベースの有価証券売買益は,キャピタルゲインのうち実現されたものだけが計上されており,86年度には決算対策としての益出しによりかさ上げされている一方,88~89年度は株式値上がり益のかなりの部分が含み益の形で未実現になっていると考えられる。
そこで次に,国民経済計算を用いて,未実現のキャピタルゲインを含めた実勢ベースの金融資産収益率をみたのが, 第2-4-5図 である。これによると,インカムゲイン部分については,おおむね財務諸表ベースと同じ動きを示しているが,キャピタルゲイン部分については,株価の動きを反映して,86年から89年にかけて高い収益率を示したあと,90年と91年は収益率がマイナスとなっている。この結果,両者を合わせた金融資産収益率は,80年代の水準に比べこのところ大幅に落ち込んでいる。資産価格下落によるキャピタルロスの発生が,企業の金融資産収益率を低下させている姿が,財務諸表ベースよりも明瞭に現れているといえよう。これを,機会費用としての金融負債利子率と対比してみても,90年以降かい離が広がっており,金融資産に対する投資効率がこのところ低下していることがわかる。
さらに,最近の金融資産の効率低下をもたらしているもう一つの要因として,関係会社向け投融資の収益性の低下がある。80年代後半における円高を契機とした企業のリストラクチュアリングのなかで,87年以降関係会社向けの投融資が急速に増加したが,その収益性は87年以降大幅に低下している( 第2-4-6図 )。これは,「円高不況期」に積極的に行われた事業多角化,海外事業展開等の多くが,その後数年を経た今日でも未だ収益化していない,あるいは一旦軌道に乗ったかに見えた事業もバブル崩壊とともに不振に陥っていることを示しているものとみられる。
(要償却資産の増加)
バランスシート上の資産の中に,償却が必要な要償却資産(不良資産)がかなり含まれているという点が,現在の企業のバランスシート悪化の重要な一側面である。
企業が保有する資産のうち,特に資産効率が悪く,今後とも収益性を期待できないような不良資産については,これを処分する動きが広まっている。しかし,その多くは市場価値が簿価を下回っているため,処分に際しては損失を計上する必要がある。これまでの資産償却状況をみると,91年度決算では,固定資産処分損には目立った動きがみられないが,有価証券売却評価損はかなりの増加となっている( 第2-4-7図 )。92年度決算全体としての姿はまだ明らかになっていないが,すでに発表されている主要企業の決算状況からみて,固定資産処分損も含め資産償却の規模は91年度を大幅に上回ったものとみられる。
しかし,不良資産の清算は,これまでのところ必ずしも十分に進展しているとはいえない。本業の収益環境が厳しく,含み益も減少しているなかで,償却を伴う不良資産の整理は容易ではない。含み損を抱えた金融資産が,なお多額に上っていることが指摘されているほか,不動産に関しても,市況低迷のもとで進捗は遅れているものの,潜在的な処分売りの圧力が高まっているとみられる。なお,不良資産の増加のうち,特にその影響が大きいと考えられる金融業については,項を改めて後程詳しくみることとしたい。
こうした不良資産の増加が,倒産に結び付くケースも多発している。東京商工リサーチの調査によれば,不動産市況下落の影響をまともに受けたとみられる不動産業の倒産に,一般企業のうち財テクの失敗が直接の原因となった倒産を加えた「バブル関連倒産」の件数は,90年末から91年にかけて増加しており,92年末から減少傾向に転じたものの,92年は高い水準となった。こうしたバブル関連到産にみられる大きな特徴は,企業規模に比べ負債総額の規模が大きいことである。91~92年中の全体に占めるバブル関連倒産の割合をみると,件数ベースでは1割程度に止まっているが,負債総額ベースでは実に6~7割に達している。また,戦後の大型倒産上位10件(負債総額ベース)のうち,90年以降に発生したバブル関連倒産が実に9件を占めている。これらの企業では,自らの事業規模に比べて過大な借入によって不動産・株式投資を行った結果,バブル崩壊によって業績の悪化が,急速かつ大幅に進んだことがわかる。
次に,家計部門についてみよう。家計部門についても,企業部門とは程度に差があるとみられるが,バブルの過程で金融資産・負債の両建て化が進み,バブルの崩壊によってバランスシートが悪化するという現象がみられる。
(借入金の増加と返済負担の高まり)
最初に,家計について,資産と負債が両建てで増加した点をみよう。
資産の側をみると,フローベースの金融資産投資額は,86年から増加傾向を示し,89年にピークを記録したあと,90~91年にかけ減少に転じている。先にみたとおり,金融資産の内訳を残高ベースでみると,株式や投資信託,生命保険(一時払い養老)等その価値が株価に大きく左右されるようなタイプの商品のウエイトが高まっている。また,ワンルームマンションやリゾートマンションなど,個人による資産運用を目的とした不動産投資も大幅に増加した。
次に,負債の側をみると,資産の増加に歩調を合わせて,家計の借入金も増加している。フローの借入金増加額の動きをみると,86年から89年にかけて急速に増加した後,90年以降は増加テンポが鈍化している。借入の目的は,住宅や耐久消費財の購入等多岐にわたっており,必ずしもすべてが直接金融資産投資に振り向けられたわけではないが,家計部門全体の動きとしては,86年から89年にかけ金融資産・負債の両建て化が進んでいる。
この結果,家計部門の借入金残高の可処分所得に対する比率は,80年代後半に急速に上昇している。支払利息の可処分所得に対する比率も,88年以降上昇テンポを速めている。特に90年,91年は金利上昇の影響が加わって利払い負担が急速に高まった。また,借入金の残高の金融資産残高に対する比率をみると,86年から89年にかけては,借入の増加テンポが速まったにもかかわらず,この比率は低下している。これは,多額のキャピタルゲインを背景に金融資産残高の時価評価額が大幅に増加したためである。しかし逆に,90年以降はキャピタルロスの発生によって金融資産の伸びが頭打ちとなったため,借入金の対金融資産比率はバブル期に比べて上昇に転じており,この面からも,借入金の返済負担は高まる形となっている( 第2-4-8図 )。
(個人の自己破産の増加)
家計部門のバランスシートが悪化するなかで,個人の自己破産件数の増加がみられる。
すなわち,家計部門全体として借入金の返済負担が高まるなかで,過度に借入に依存した消費者が自己破産に陥るケースが増加している。個人の自己破産申立件数の推移をみると,90年以降増加に転じ,92年には4万件と過去最高の水準に達している。また,個人信用情報センターによれば,銀行系消費者ローンにおける消費者信用事故件数(保証協会による代位弁済,3か月以上の延滞及び銀行取引停止処分に該当するものの合計)も,92年には27万件に上るなど,このところ大幅に増加している。
(個人のバランスシート悪化の背景)
このような個人のバランスシート悪化の背景としては,様々な議論があるが,今回の特徴的な動きとして,以下のような点が指摘されよう。
まず,株式・不動産市況の大幅下落の影響である。バブルの発生期には,個人のなかにも,資産価格の上昇を見込んで,借入金見合いで株式・不動産投資を活発化させる動きがみられた。しかし,こうした投資が,所得や保有資産に比べ過大であったケースでは,バブルの崩壊とともに,バランスシートの悪化が深刻化することとなった。
また,借入を行った後の所得が,借入時点での見込みを下回ることにより,返済が困難化する例もみられた。これは,景気後退による面が大きいが,借入時点において,その後の所得の伸びに対して過大な期待を抱いていた可能性もある。なかには,事前の返済計画が不十分なまま安易に借入を増加させるようなケースがかなりみられたとの指摘もある。クレジットカードの多重債務者問題にみられるように,自分の返済能力を忘れて過度の信用を受けるという行動が,若年層を中心にみられた。
このように,個人においても,ここ数年借入に対するリスク認識が希薄化し,そのツケがバブル崩壊のなかでバランスシートの悪化という形で顕在化したものと考えられる。
資産デフレの進行は,内部蓄積の減少と不良資産の増大という二つの面から金融機関の経営を圧迫し,我が国金融機関は戦後かつてないほどの厳しい状況に直面することとなった。こうした中で,92年夏頃を中心に,金融システムの安定性や資金の円滑な供給に懸念が生じる場面もみられた。ここでは,最近の金融機関の経営状況と経営基盤強化に向けた動き,並びに金融システムの安定性確保のための対応状況についてみていこう。
(金融機関の決算状況)
最近の金融機関の収益状況は悪化が続いている。
金融機関の決算をみると,全国銀行の経常利益は88年度に過去最高を記録した後,92年度まで4年連続の減益となった。これは,臨時損益の悪化が原因である。臨時損益が悪化したのは,①株価の下落によって株式等償却・売却損が増加したこと,②不良債権の増加を反映して貸出金償却が増加したことによる。貸出金償却(間接償却を含む)は,89~90年度にはおおむね2千億円程度であったが,91年度には6,380億円,92年度には1兆3,855億円とこのところ大幅に増加している( 第2-4-9表 )。一方,業務純益は,91~92年度にかけて増加している。これは,運用資金量の伸びの鈍化にもかかわらず,金利低下局面において国内資金利益が増加したことが主因である。
バランスシート上の不良資産も増加している。大蔵省の調査による都銀,長信銀,信託の不良資産(6か月以上の延滞債権)の額は,92年3月末に8.0兆円であったものが,9月末には12.3兆円と大幅に増加した。93年3月末には,後に述べるように各金融機関毎にこの額は開示されたが,12.8兆円と依然増加を続けている。これは,80年代後半に積極的に行われた不動産関連融資が,バブル崩壊により回収困難となったことによるところが大きい。このような不良資産の増大は,利息収入の減少や先行きの償却負担の高まりを通じて,金融機関経営を圧迫している。こうしたなかで,92年夏頃を中心に,不良資産処理問題の解決が速やかに進展しないことが,金融システムへの不安感を生むとともに,不動産取引低迷の要因となり,ひいては景気回復の障害になっているという批判が生じる場面もみられた。
なお,自己資本比率は(国際統一基準採用の90行ベース),株価が下落したため,92年3月末には8.3%と前年比0.4%ポイント低下した。しかし,BIS最終基準が適用となる93年3月末には9.2%(速報値)へと上昇し,ほとんどの銀行で最低基準8.0%を達成した。92年度中に自己資本比率が上昇したのは,永久劣後債等の新たな自己資本調達手段の活用による自己資本の充実及び債権の流動化等によるものである( 第2-4-10表 )。
(金融機関の経営基盤強化と信用秩序維持への対応)
このような経営内容の悪化に直面して,金融機関は,これまでになく踏み込んだ形で経営の合理化に取り組むこととなった。
一部の都市銀行では,経費節減を柱とする経営合理化策を対外発表したほか,多くの銀行が具体的な経営合理化策を社内的に検討・実施し始めた。具体的には,新卒採用の抑制による人員削減,役員報酬のカット,機械化投資計画の見直し,新規出店見直しや国内店舗及び海外拠点の統廃合,本部組織のスリム化等多岐にわたっている。さらに,経営基盤の強化に向けて,金融機関同士の合併の動きも活発化した。
不良債権問題処理の基本は,金融機関の自助努力にあることは当然であるが,政府においても,こうした状況を真剣に受け止め,対応方針が明確に打ち出されることとなった。92年8月18日には,大蔵省から「金融行政の当面の運営方針---金融システムの安定性確保と効率化の推進」が発表され,金融システムの安定と資金の円滑な供給のために,行政当局としても最大限の努力を傾注するという方針が示された。続く8月28日には,政府の「総合経済対策」が発表され,公共投資の追加や投資減税などの対策と並んで,金融面の対策が幅広く打ち出された。これは,金融機関の不良資産増大を主因とした金融面の問題と実体経済との悪循環を未然に回避することが,景気回復の観点からも重要であるとの認識に基づくものだった。
こうした政府の方針を受けて,昨年秋以降,不良資産処理に向けての金融機関の対応にも,新たな展開がみられた。
第一に,不動産担保付債権の流動化については,93年1月,金融機関162社の共同出資により,「株式会社 共同債権買取機構」が設立された。その基本的なスキームは,同社が,金融機関やノンバンクが保有する不動産担保付債権を,金融機関からの借入金を原資に,適正な買取債権価額で買い取り,売却を行った金融機関は,債権額と売却額の差額を,売却時に損失計上するというものである。
第二に,住宅金融専門会社,ノンバンク等の個別問題についても進展がみられる。本年2月以降,住宅金融専門会社各社の再建計画が策定され,関係金融機関の間で協議が進んでいる。今後も関係者の間において金融システムの安定性確保が全員にとって重要であるとの共通認識の下に,解決に向けて協議が前進するよう期待される。
第三に,不良債権に関するディスクロージャーの充実についても進展がみられた。金融機関においては,全国銀行協会連合会を中心に不良債権額の開示を行う方向で検討が行われ,金融制度調査会においても資産の健全性に関する情報開示について専門的な検討が行われた。この結果,93年3月期より,元本回収が不可能となる蓋然性が高い債権として経営破綻先に対する債権の額(「破綻先債権額」),及び将来において償却すべき債権に転換する可能性の高い債権として利払いが6か月以上延滞している債権の額(「延滞債権額」)について開示が実施された。金融機関の経営内容に関する開示が不十分であれば,個別金融機関の経営に対する不信感のみならず,金融システムの信頼性に対する疑念をも引き起こすこととなり,更には市場の混乱を招く原因となる可能性も指摘されていただけに,こうした金融機関の対応は時宜を得たものであり,また,今後金融機関の自己規正の面からも,大きな意義を有すると考えられる。国民は金融機関に預金を託す場合,安全確実なリスクのない商品の提供を期待している。したがって,金融機関は預金者のリスクを引き受け,自ら適正なリスク管理を行う責務を負っているわけであり,資産の健全性確保につき最大限の努力が常に求められている。このような金融機関の健全経営の努力に対するインセンティブを高めるためには,資産の健全性に関する情報を開示し,利用者,投資家等が常に開示情報をチェックできる状況にしておくことが重要である。
このような種々の対応等により,最近では金融システムに対する国民の不安感は解消されつつあるが,金融機関の不良資産問題を克服するためには,なお,相当の期間にわたる厳しい対応努力が必要であり,金融機関は,今後とも徹底した経営合理化を進め,不良資産の早期かつ着実な処理を進めるとともに,健全な経済活動に必要な資金の円滑な供給という責務を果たしていく必要がある。また,政府,日本銀行は,こうした金融機関の自助努力を注視しながら,引き続き必要な環境整備を行っていくことが重要である。
本節でみてきたような経済各部門のバランスシートの悪化という状況は,日本だけでなく,アメリカ,イギリス,北欧諸国等でもみられた。日本の今後のバランスシート調整の行方を占ううえでの参考として,ここで,最も早い時期にバランスシート悪化を経験し,最近ではその状況が改善しつつあるアメリカの事例をみることとしよう。
(各部門のバランスシート悪化の状況)
はじめに,アメリカにおいて,80年代における経済各部門のバランスシートがどのように悪化してきたかを振り返っておこう。
まず,金融部門については,80年3月以降本格化した預金金利の段階的自由化を契機とする一連の金融自由化が進むなかで,銀行は,不動産関連融資,LBO(レバレッジド・バイ・アウト)関連融資,途上国向け融資(いわゆる「3つのL」)等の利回りは高いがリスクも高いハイリスク・ハイリターン型の貸出を積極化した。ところが,こうした債権の多くは,中南米の累積債務危機,80年代後半の不動産不況,89年以降の企業収益の低下等に伴って次々と不良債権化していった。金融自由化という経営環境の変化に対して金融機関が過剰反応したことが,結果的にバランスシート悪化をもたらしたのである。
企業部門についても,80年代を通じて負債が資産の伸びを大きく上回る状況が続き,自己資本比率が大幅に低下するなど,財務体質が悪化していった。負債が増大したのは,この時期にジャンク・ボンドの発行を伴うLBO形式のM&A(企業合併・買収)が活発化したためである。LBOは買収先企業の資産を担保としているため,自己資金の小さな企業でも大企業を買収することが可能となったが,こうした買収を実行した企業の負債は必然的に膨らむこととなった。また,自らの企業が買収されることを防ぐため,負債によって調達した資金で自社株を市場から買い入れる動きも盛んにみられたが,これも,負債増加,自己資本減少という両面から財務体質を悪化させた。
家計部門についても,80年代半ば以降,金融債務が急増した。この時期家計の借入が増大したのは,①ベビーブーマー世代が青・壮年期に達し,マクロ的な消費性向を高めたこと,②住宅価格の上昇によって担保能力が高まったこと,③金融機関側も,利ざやが厚く,債権の証券化によって固定化リスクの回避も可能な消費者信用を推進する姿勢を取っていたこと,等によるものである。
(最近のバランスシート改善の状況)
80年代を通じて悪化がみられた各部門のバランスシートにも,最近では改善の動きがみられている。
まず,金融機関については,純利益の増加や不良資産の整理が進むに連れて,91年頃からバランスシートが改善し始め,92年には大幅な改善がみられた。 第2-4-11図 は,商業銀行の純利益の推移とその前年差の要因分解をみたものである。これをみると,92年の純利益の大幅な増加は,次のような要因によるものであることがわかる。
第一は,金利収支が91年に続き92年も改善したことである。これは,大幅な金融緩和を背景に資金利ざやが改善したためである。90年12月から92年7月にかけて公定歩合が合計4%引き下げられたが,こうした大幅な金融緩和を受けて,資金調達の大半を占める短期の金利は大幅に低下した。これに対して,①長期市場金利の低下幅は短期金利に比べかなり緩やかであったこと,②貸出態度の慎重化の影響もあって貸出金利の下がり方が小さかったこと,③金利低下予測のもとで短期調達・長期運用のスタンスを強めたこと,等から金融機関の利ざやは拡大し,金利収支が改善することとなったのである。
第二は,89年から91年にかけて増加した貸出金償却が92年には大幅に減少したことである。これは,89年から91年にかけて不良資産の償却が進展したことに加え,貸出審査が厳格化したため,新規の不良債権発生が減少していることによる。不良資産の総資産に対する比率は,91年前半までは上昇傾向をたどっていたが,91年後半から92年にかけて大幅に低下している。
第三は,92年には経費の増加テンポが鈍化したことである。これは,人員削減や不採算部門からの撤退を中心とした金融機関のコスト削減努力が功を奏してきたことによるものである( 第2-4-12図 )。
アメリカの金融機関のバランスシート調整は,このように急ピッチで進展している。しかし,その過程では,いわゆる「クレジットクランチ」が発生し,これが金融緩和による景気刺激効果を弱め,今回のアメリカの景気回復テンポを従来の回復期以上に低くしたといわれている。また,金融機関の倒産が多発し,預金保険機構への資金援助のため多額の連邦政府の財政支出を招き,これが財政赤字削減を阻害する一因ともなっている。このように,今回のアメリカの金融部門の混乱の収拾に際しては,他方で,実体経済や政府財政に大きな影響を及ぼした点を忘れてはならない。
次に,企業部門についても,リストラクチュアリングの進展による生産性・収益性の向上がみられており,これがやがてバランスシートの改善につながっていくと考えられる。フローの収益の動向をみると,雇用抑制,新規借入の抑制等の一連の合理化策が功を奏し,このところかなりの改善がみられる。製造業の労働生産性も,90年から92年にかけてのドラスチックな雇用削減が寄与して最近では上昇率を高めている。さらに,リストラクチュアリングの一環として,事業分野の見直しにより収益性の高い分野へ経営資源を集中的に投入する動きも広範にみられた。この他,91年頃からは,債務の返済を目的に株式を発行するレバレッジド・エクイティと呼ばれる動きが広がっている。こうした動きは,80年代とは逆に,企業が自己資本比率向上を目指していることを示している。
企業のバランスシートの動向をみると,株式発行の増大や内部留保の増加を主因に自己資本は増加しているものの,社債やCPの発行増加もあって,自己資本比率の低下傾向には漸くやや歯止めが掛かりつつあるといった段階である。しかし,前述のような動きが続けば,やがて自己資本の充実が進み,財務体質が強化されていくものと考えられる。
ただし,こうした企業の急速なリストラクチュアリングの過程では,雇用の抑制が個人消費の低迷をもたらしたり,不採算部門の切り捨てや不良資産の償却等に伴う非経常損失の計上が企業収益の足を引っ張り,設備投資の回復を遅らせる一因となった。今回の景気回復初期における企業収益及び設備投資の動きを前回の景気回復局面と比べると,不良資産償却を含む非経常損益が収益のマイナス要因となっていたこと,設備投資も情報化関連機器を除けば低調に推移していたことがわかる( 第2-4-13図 )。このように,バランスシート調整の動きは,一方で今回の景気回復の足取りを極めて緩慢なものとする大きな要因となったと考えられる。
最後に,家計部門については,このところバランスシートに改善の兆しがみられるものの,金融部門,企業部門に比べると,その改善度合いは緩慢である。家計部門の金融債務残高は,引き続き増加を続けており,企業のリストラクチュアリングの影響を受けた可処分所得の伸びの鈍化もあって,金融債務残高の対可処分所得比は,最近に至るまで高水準である( 第2-4-14図 )。家計のバランスシート調整の本格的な進展は,今後の景気及び雇用情勢の改善状況に左右されるところが大きいといえよう。
以上,最近の米国におけるバランスシート調整の動きをみてきたが,総じてみれば調整は比較的速やかに進行しているといえる。ただし,ミクロベースで各経済主体が急速な調整努力を試みた結果,マクロ的には実体経済の足を引張る側面がみられたことも事実である。日本では,一般に企業がより長期的観点に立った経営判断を行っていることなどから,バランスシート調整についても米国よりは緩やかな形で進められる可能性が強い。いずれにしても,米国の例にもみられるように,バランスシート調整を進展させるためには,不良資産の処理やコスト削減,浪費的行動の抑制といった後ろ向きの対応と同時に,企業においては,経営基盤強化に向けて,新たな収益機会には着実に布石を打っていくという前向きの姿勢が必要といえよう。また,このような対応の余地が小さい家計に関しては,景気回復による所得の増加とともに堅実な消費行動を維持することがバランスシート調整の進展に必要と考えられる。