平成5年
年次経済報告
バブルの教訓と新たな発展への課題
平成5年7月27日
経済企画庁
第1章 低迷が続いた日本経済
民間設備投資(国民経済計算,実質)は,91年10~12月期以降,93年1~3月期に至るまで6期連続減少を続けており,今回の景気後退が長期化する一つの大きな要因となった。
この設備投資の減少は,基本的にはこれまでも繰り返されてきたストック調整が作用した結果である。設備投資は88~90年度までの3年間にわたり二桁の高い伸びを続けていたため,その後に来るストック調整も強いものとならざるを得なかった。
ただ,今回の設備投資の後退局面では,従来には見られなかった特徴的な動きがあった。①通常,景気後退期には景気の下支えをする非製造業の設備投資が,かなり低い伸びとなったこと(1章6節参照),②これまで明確に観察されてきた中小企業(製造業)が大企業に先行するというパターンが今回の景気調整過程では崩れていること,などがそれである。
(製造業のストック調整の進展)
「大型設備投資ブームの後には,ストック調整・加速度原理の力によって設備投資が減少する」というのがこれまでの景気循環の例であった。事実,岩戸景気やいざなぎ景気における大型設備投資ブームの後には,必ず設備投資の停滞期があった。この点については,今回の場合は,「資本係数が上昇しているので(生産能力の増加に結びつく設備投資の割合が低いので),ストック調整圧力は小さい」という指摘もあったが,結果的には,やはりストック調整圧力はかなり大きなものとなった。
ストック調整・加速度原理の基本的な考え方は,企業が目標とする生産水準に見合った望ましい資本ストック水準を考え,現在のストック水準をそれに調整する過程(ストック調整)でストックの差分である設備投資が決定されるというものである。このため,設備投資は生産の水準ではなく生産の増分との関係で決定されることとなり,その変動は生産水準(または資本ストック)と比較して大幅なものとなる(加速度原理)。これを製造業と非製造業に分けて考えると,製造業の資本係数(資本ストック/生産水準)の方が長期的にみれば相対的に安定していることからみても,ストック調整は製造業を中心に作用するものと考えられる。そこで,以下では製造業の設備投資を念頭に置きながら議論を進めることにしよう。
設備投資のストック調整の動きをみるため,資本ストックとフローの設備投資の動きの関係をみたのが, 第1-3-1図に示した概念図である。景気の拡大局面では生産水準の伸びが高まるのでそれに合わせて資本ストックの伸びも高まるが,その伸びは当初加速度的に高まるため,投資の伸びが資本ストックの伸びを上回る(概念図①)。設備に過剰感が出てくると資本ストックの伸びが高まるテンポは小さくなるのと同時に投資の伸びの低下が大きくなり,資本ストックの伸びを下回るようになる(同②)。やがて,資本ストックの伸びは低下するので,投資は減少に転じる。当初は資本ストックの伸びが加速度的に低下するため,投資の減少テンポは拡大するが(同③),資本ストックの伸びの低下テンポが次第に鈍化することで,設備投資の減少幅も縮小し,増加に転ずることになる(同④)。ここで,景気後退期におけるいわゆるストック調整局面は②から④にかけての段階を指すものと考えられる。
製造業の設備投資と資本ストックの伸び(前年比)を使ってこの概念図の実際の姿を描いてみると( 第1-3-1図 ),今回の景気拡大期における設備投資の大幅な増加を反映して資本ストックも前年比8%を上回る高い伸びを示した後,91年10~12月期以降ストック調整局面入りし(②の段階),93年1~3月期に至るまで引き続きストック調整局面にある(③から④に移行する段階)と考えられる。過去の景気循環では,資本ストックの伸びが十分低く(安定成長期以降前年比3~5%増)なった段階で,設備投資が下げ止まり,ストック調整局面が完了している(④の段階)。こうした経験を踏まえて足元の動きを見ると,資本ストックの伸びが次第に低下しつつあり,企業を取り巻く環境に大きな変化がない限りは93年度半ば頃にはストック調整が一巡していくことが期待される。
(バブル崩壊と経営者のマインド)
今回の景気調整局面を安定成長期以降の景気後退期と比較してみると,ストック調整の規模が大きく,その期間が長い,つまり 第1-3-1図 の設備投資,資本ストックの伸びの振幅が大きかったという特徴があるが,これには,バブルの発生・崩壊も大きく影響しているものと考えられる。こうしたバブルと設備投資の関係について,まず,経営者のマインドへの影響というルートを考えてみよう。経営者のマインドと設備投資は密接な関係を持っている。製造業では業況判断DI(日本銀行「短期経済観測」)と設備投資(前年比)が似通った変動を示していることからもこれが分かる( 第1-3-2図 )。この関係を用いて,今回の調整過程では中小企業の先行性が現れなかった理由を示すことも可能である。すなわち,中小企業では懐妊期間(投資決定から設備の発注等に要する期間)が比較的短いため,設備投資の減少が全体の動きに先行する傾向があるが,今回の景気調整過程では,従来のパターンとは違って大企業とほぼ同じ動きを示した。これは,91年以降経済が調整過程に入ってからも,しばらくの間は中小企業の業况感がかつてないほど高水準で推移したことにより,設備投資が大幅な増加を続けたためだったとも考えられる。
バブル発生・崩壊は,この経営者のマインドを通じて設備投資のストック調整を増幅させたものと考えられる。すなわち,バブル期には将来の生産水準等に関する楽観的な期待が支配するなかで,企業が考える望ましい資本ストックも上方修正された結果,設備投資もかなり高水準となった。逆に,バブル崩壊後は,経営者マインドが悲観的になり将来へのコンフィデンスも悪化したため,望ましいストック水準が徐々に下方修正され,ストック調整を長く,深いものにしたと考えられる。
この点をみるため,92年度の設備投資計画(日本銀行「短期経済観測」,製造業)の修正状況を過去の景気後退期と比較してみると( 第1-3-3図 ),①大企業(短観の主要企業)については,当初5%を越える減少という慎重な計画から更に一貫して下方修正が行われ,②通常は大幅な上方修正が行われる中小製造業についても,当初の約20%減という計画がほぼそのまま維持されるという結果となっており,過去の景気後退期と比べてもかなり厳しいものとなった。このように,バブル崩壊により経営者の「弱気」が増幅されストック調整の動きを大きくしたものと考えられる。
(資金のアベイラビリティの設備投資への影響)
バブル崩壊は,借入,内部資金等の資金のアベイラビリティという面からも,ストック調整を増幅させたと考えられる。
ここでは,特に,金融機関の貸出と設備投資の関係を考えてみよう。通常,景気拡大期では大企業の資金需要が旺盛であるため,中小企業よりも大企業への貸出が相対的に増加するが,景気後退期には大企業の資金需要の落込みが大きくなるので逆に中小企業に対して積極的な貸出が起こるという傾向がある。そこで貸出の純増額(前年同期差)を規模別に比較すると( 第1-3-4図① ),77~78年,82~83年,86年には中小企業の純増額が大・中堅企業を上回っており,積極的な貸出が行われたことを示唆している。一方,88~89年のバブル期には大企業よりも中小企業向けに積極的な貸出がみられたが,バブル崩壊以降は中小企業への純増額が大幅に減少した。
一方,貸出と設備投資の関係をみるため,両者の時差相関係数を計算してみると,特に,借入比率が高い中小非製造業については,80年代後半以降銀行貸出純増額と設備投資との相関が他の規模・業種以上に高く( 第1-3-4図② ),中小非製造業の設備投資動向は借入によって影響を受けることが示されている。
こうしたことから,金融緩和が進んでいるにも関わらず中小非製造業の設備投資に明確な動意がみられないのは,従来とは違って中小企業への積極的な貸出が見られないこともその一因となっている可能性があると考えられる。
(規模別・業種別設備投資関数の特色)
最後に,以上見てきたような点を,計量的に確認するため,規模別・業種別設備投資関数を推計してみよう。この関数では,設備投資が,①ストック調整・加速度原理を示す売上要因,②資金のアベイラビリティを示す要因(キャッシュフロー,流動性金融資産,土地資産),③不確実性要因の三つの変数で説明されている。
まず,第一段階として売上高,キャッシュフロー,流動性金融資産を説明変数とした設備投資関数を考えてみよう( 第1-3-5表① の土地を含まない場合)。この結果からは,二つの点を読み取ることができる。
一つは,製造業においてはストック調整・加速度原理が作用しているということである。製造業では売上要因が有意であり,そのパラメーターも符号条件を満たし(+),比較的大きな値となっているが,中小非製造業では符号条件を満たしていないことによってそれが分かる。
もう一つは,中小非製造業の設備投資決定においては,内部資金が重要な役割を果たしているということである。キャッシュフロー要因はいずれの関数において符号条件を満たし(+),有意となっているが,流動性金融資産要因については,中小非製造業のみが符号条件を満たし(+)かつ有意となっている。
中小企業非製造業については内部資金が重要なのは次のように説明できる。まず,一定の資本コストで自由に資金調達ができるという意味で資本市場が完全であれば,資金のアベイラビリティは設備投資には影響を与えないはずであるが,現実には,企業と外部資金提供者の間には資金提供者が企業の経営状況等を完全に把握することができないという意味での情報の非対称性があるため,内部資金の方が資本コストが低くなる可能性がある。こうした情報の非対称性は,中小企業又は発展途上の企業に発生しやすい。このため,中小企業非製造業では外部資金を必ずしも自由に調達出来るとはいえなくなり,設備投資決定に内部資金が影響を与えることになるのである。
次に,第二段階として,上記の関数に更に土地資産要因を追加して推計を行った( 第1-3-5表① の土地を含む場合)。土地資産の増加は,企業の担保価値を増やし借入を容易にするから,資本市場からの資金調達が容易な大企業には大きな影響を与えないものの,内部資金以外では借入に依存せざるえない中小企業の設備投資にはプラスの影響を与えると考えられる。推計結果を見ると,土地要因は大・中堅企業では有意ではないものの,非製造業中小企業については符号条件が正しく(+)かつ有意となっている。この点からも,特に,中小非製造業の設備投資については資金のアベイラビリティの影響が大きいことがいえよう。
最後に,売上,キャッシュフローに加えて,経営者のマインドに影響を与える変数として株価の予測せざる変動度で示される不確実性( 付注1-2 参照)を説明変数とした設備投資関数を推計した( 第1-3-5表② )。不確実性の上昇は企業マインドを通じて設備投資にマイナスの影響を与える。実施された投資が回収不可能な場合,投資のやり直しがきかないため,企業は不確実性という「霧」が晴れるまで模様眺め,投資先送りを行い,ダウンサイド・リスクが発生しないことを確認してから投資決定を行おうとするからである。推計結果を見ると,ある程度の幅をもってみる必要はあるものの,設備投資に対し不確実性要因はマイナスに働き,パラメータもおおむね有意である。この結果からも,バブルが崩壊し,景気調整過程に入った後の不確実性の上昇は設備投資にマイナスの影響を与えたことが示唆される。
今回の景気後退に先立つ長期経済拡大局面では,経済のサービス化,在庫管理技術の進歩などにより,在庫循環の力は弱まったとする指摘もあった。しかし,92年以降の生産活動の停滞は在庫循環を抜きに語ることはできない。すなわち,92年度の鉱工業生産指数は,6.3%減となり,第一次石油危機後(74年度9.7%減,75年度4.4%減)に匹敵するほどの大幅な減少となった。これには,最終需要の低迷によって出荷が減少したことと(出荷指数は92年度5.4%減少),92年初から在庫調整が進むなかで,出荷の減少以上に生産が減少したことが影響している(在庫指数は92年度3.0%の減少)。
(在庫調整の進展)
在庫循環の姿をみるため,出荷と製品在庫の増加率(前年比)をそれぞれ縦軸と横軸にとって両者の関係をみたのが 第1-3-6図 の在庫循環図である。この図では,在庫循環の進展とともに,期を追って時計回りの動きが表れる。この動きを過去の景気循環局面と照らし合わせてみると,グラフの45度線の近辺(出荷と在庫の増加率が等しくなる時)が景気の山,谷を示す場合が多い。そこで,45度線より下で在庫の伸びが高まる局面を「在庫積上がり局面」(概念図参照),在庫の伸びが低下する局面を「在庫調整局面」とし,45度線より上で,在庫の伸びが低下する局面を「回復局面」,在庫の伸びが高まる局面を「在庫積増し局面」と考え,今回の在庫調整を振り返ってみよう。まず,鉱工業全体の在庫調整をみると( 第1-3-7図 ),91年に入ってから経済の減速が明確になるなかで,91年4~6月期以降45度線を越えて「在庫積上がり局面」に入った。その後出荷の伸びが更に低下するなかで在庫は大幅に増加したが,92年1~3月期には生産調整が本格化し,在庫の伸びが低下する「在庫調整局面」に入った。さらに,期を追って在庫の伸びが低下するなかで,93年1~3月期には,乗用車,ビデオカメラ,エアコン,輸出向け鉄鋼等の品目を中心に出荷が増加に転じ,前年比でみてもそれまで拡大していた出荷の減少幅が縮小し,ほぼ45度線に到達した。この段階で,鉱工業全体としてはおおむね在庫調整が終了する段階に近づいたといえる。
92年以降の「在庫調整局面」を財別にみると( 第1-3-8図 ),かなりの違いがみられる。まず,92年7~9月頃までの第1段階では,鉄鋼業等の素材型業種が早めの減産体制を取ったことから,建設財,生産財の在庫調整は比較的順調に進展した。しかし,耐久消費財では,需要の読み違いなどから,92年4~6月期に再び在庫が大幅に増加し,在庫調整が振出に戻ってしまった。その典型がセパレート型エアコンであり,この時,エアコンは夏の需要を見越して大幅に増産したものの販売が不振で在庫が急増した。また,耐久消費財や資本財で,在庫調整が遅れていた背景として,輸送機械,電気機械等の加工組立て業種については,固定費増加による損益分岐点の上昇が素材型業種に比べて大きかったため,91年以降在庫の増加傾向が明確になってからも,出荷の落ち込みに比べて十分な減産がしにくかったことが考えられる。
92年10月~12月の第2段階では,一般機械,電気機械等の加工組立て業種も大幅な減産を行い,これによって資本財の在庫調整が更に進展するとともに,耐久消費財の在庫も急激に減少した。しかし,この局面ではそれまで比較的安定していた生産財の在庫が10~12月期に増加し,在庫調整に足踏みがみられた。これは,川下の資本財,耐久消費財における在庫調整の進展が川上の生産財に波及したためと考えられる。
また,在庫調整が一旦,完了するような動きをみせた建設財についても,92年10~12月期には,①「総合経済対策」(92年8月決定)への強い期待感,②民間需要の予想以上の落ち込み,などにより現実の出荷の落ち込みに比べて十分生産を減らすことができず,在庫水準が増加した。
93年に入ってからは,在庫調整は最終段階に入っている。耐久消費財,資本財の在庫循環図は1~3月期に45度線を上回った。建設財も,公共投資の堅調な増加,住宅建設の回復などにより,再び在庫が減少している。このように,やや足踏みがみられた生産財でも在庫は減少しており,在庫調整はほぼ終了しつつあるとみられる。
次にこれを,形態別実質在庫投資の動きでみると( 第1-3-9図 ),91年に入ってからの在庫の積上がり局面では,最終需要の鈍化から,製品在庫は積み上がり,流通在庫も減少から増加に転じた。特に,製品在庫については,加工組立て型業種の積上がりが過去の景気後退期と比較しても大きかったことが目立つ。一方,仕掛品在庫の増加幅は縮小に転じており,この頃から企業の生産工程で減産が始まったことを示唆している。
92年以降の在庫調整局面では,仕掛品在庫が引き続き減少するなかで,製品在庫,流通在庫の増加幅は大きく縮小し,在庫調整が広範に進展したことが確かめられる。
(在庫循環の評価)
今回の景気後退が生ずる前には,在庫管理技術の発達,サービス経済化の進展により,経済全体に占める在庫ストックの割合が低下しているため,景気変動に対する在庫投資の影響力は小さくなっているというのが一般的な見方であった。事実,在庫ストックの最終需要に対する比率(最終需要在庫率=年末在庫残高/<国内総支出+財貨・サービスの輸入-在庫投資>)は継続的に低下してきている(70年3.52→80年2.87→91年1.95か月)。
では,この最終需要在庫率の低下により,景気変動に対する在庫投資の影響力は本当に小さくなったのだろうか。在庫投資と経済成長率との関係をみると,確かに在庫投資の成長寄与度は低下している(70年代~80年代平均0.5%,今回の調整局面0.3%)。しかし,これを国民総支出の増加額に対する在庫投資の増加額の割合である寄与率でみると,それほど大きな変化は見られない(70年代~80年代平均14.8%,今回の調整局面15.3%)。景気変動に対する相対的な影響度合いを表す寄与率をみるかぎり,在庫変動の影響力は低下していないと考えられる。
実際に,今回の景気調整過程では,在庫変動が全体としての景気に大きな影響を及ぼし,在庫循環の重要性が再認識されたといえる。それでは,最終需要在庫率が低下しているなかで,在庫変動の経済的なインパクトが大きかったのはなぜだったのだろうか。その理由としては,次のような点が考えられる。
まず,在庫管理技術が進歩し,サービス経済化が進展しても,ひとたび企業の需要予測と現実の需要とがかい離すると,在庫循環の発生は避けられず,在庫循環が発生すれば,それが経済全体に影響していくこともまた避けられないということである。現実の需要が企業の需要予測を下回ると,「意図せざる」在庫増が生じ,これを調整する過程では,最終需要の落ち込み以上に生産は低下せざるをえない。こうして生産を抑制して在庫を減らそうとする部門が現れると,その生産の抑制が他の部門の需要の低下となり,在庫調整が各部門に波及していくことになる。つまり,予測と現実とがかい離したことの経済的影響が,在庫調整という形を取って経済的に波及していくのである。在庫管理技術の進歩は,在庫調整プロセスを円滑化することはできても,企業の期待と現実とのかい離が生ずることを防ぐことはできないのである。
特に,今回の景気調整過程の場合,それまでの「バブル」を伴った大型景気拡大が続くなかで,経営者が将来に関して比較的楽観的な見方を取り続けていたことが,期待と現実のギャップを大きくし,大幅な在庫の積上がりを招いたものと考えられる。そこで,企業の期待と現実とのギャップを表す指標として,在庫水準判断DIの「予測」と「実績」のかい離をみると( 第1-3-10図 ),89~90年にかけてはほとんどかい離がみられない。かい離がなければ,在庫の変動が小さくなるのは当然であり,こうした動きが在庫循環を軽視する背景となったと考えられる。一方,91年以降は,予測と実績とのかい離が急速かつ大幅に拡大し,「意図せざる」在庫増が相当大規模に発生したことが分かる。
また今回は,在庫の積上がりが認識され,企業が生産を抑制し始めてからも,なかなか順調に在庫調整が進まなかったが,これも,最終需要そのものの伸びが大きく低下し,企業の需要予測の下方修正が現実の需要の落ち込みに追いつかないという状態(いわゆる「逃げ水」状態)が続いたためと考えられる。
また,いうまでもなく,景気の転換点との関係では,前述のように,在庫変動の節目となる時期は,おおむねこれまでの景気の山谷と一致しており,景気の転換点を見る上では,依然として在庫の変動は重要な役割を果たしている。
なお,在庫管理技術の進歩については,それが必ずしも全体としての在庫を減らしているとは限らないことに注意する必要がある。つまり,在庫管理技術の進歩は,個々の品目の在庫を減らすのには貢献するが,他方で多品種少量生産体制が進んだため,在庫の品目数そのものが増加し,結果的に全体としての在庫はそれほど減らなかったという一種の「合成の誤謬」が生じたという面がある。経済企画庁「企業行動アンケート調査」(93年4月)によって,在庫管理技術が在庫変動にどのように影響したかをみると,過去3年間については,26%の企業が「個々の品目の在庫量の減少には貢献したが,品目数の増大のため全体としての在庫量としては減少しなかった」と答えている( 第1-3-11図 )。
92年度は企業経営にとっても非常に厳しい年となった。収益の減少が続き,倒産も増加した。企業収益のうち,損益分岐点の上昇とそれに対する企業側の対応については第4章で述べることとし,ここでは,全体としての企業収益の状況と倒産について概観する。
(3年連続の減益となった企業収益)
92年度の企業の経常利益(法人企業統計季報に基づく暫定的な試算値,全産業)は,前年度比26.5%減となり,3年連続の減益となった。3年連続の減益(2年連続二桁の減益)は統計開始(1950年)以来初めてであり,収益を巡る環境がいかに厳しいものだったかがわかる。業種別には,製造業が34.0%減,非製造業も20.1%減となった。
売上高経常利益率(日本銀行「主要企業経営分析」)については,非製造業は過去の景気後退期と比較してもそれほど低下していないが,製造業は,80年代以降では最も低い水準となっている( 第1-3-12図 )。これは売上高固定費比率の上昇によるところが大きく,損益分岐点売上高比率も91~92年度で急速に上昇しているが,この点については第4章で述べる。
経常利益の変動要因をみるために,経常利益を売上高(価格×売上数量)から変動費と固定費(人件費+減価償却費+純金融費用+その他固定費)を除いたものと定義した上で,要因分解したのが 第1-3-13図① である。これをみると,次のような点が分かる。
まず,製造業については,収益の減少に最も大きく寄与したのは売上数量要因である。売上数量は,最終需要の低迷を反映して,91年度に入ってからプラスの寄与が低下し,92年度からは大きなマイナスの寄与となった。需給の緩和等の影響を受けて価格要因も91年度下期以降マイナスの寄与を続けている。一方費用面では,90~91年度の収益減少に大きく寄与した固定費要因が,92年上期以降はプラスの寄与に転じている。これは,①「その他固定費(販売管理費等)」の削減が進むとともに,②92年度上期以降,純金融費用が減少に転じていることが収益にプラスに寄与するようになり,③人件費や減価償却費のマイナスの寄与も縮小しているためである。
一方,非製造業については( 第1-3-14図 ),固定費要因が依然として収益にマイナスに働いている。これは,純金融費用はプラスの寄与に転じ,その他固定費のマイナス寄与も縮小しているものの,固定費のなかで最大の割合を占める人件費の抑制が遅れているためである。人件費の売上高比率も92年度は過去最高となっている。
以上のように,非製造業では人件費を中心に固定費要因が依然として収益の足を引っ張っているものの,製造業については,92年度中のリストラクチュアリングの進展により,固定費圧縮が収益の改善に寄与し始めており,売上数量が増加に転じれば順調に企業収益が改善していく素地が整いつつある。
(株価下落が企業収益に及ぼした影響)
次に,バブル崩壊を伴う資産価格の下落が直接企業収益に影響する面として,株価の下落が企業収益に及ぼした影響について考えておこう。
株価の下落は,有価証券の評価損という形で企業収益を悪化させる。この悪影響は,企業会計において低価法(決算に際し,取得価額または期末日の時価のいずれか低い額で有価証券を評価する)を用いる企業に発生し,その場合も,経常利益悪化となる営業外費用として計上される場合と,特別損失として計上される場合がある。原価法(取得価額で有価証券を評価する)を採用している企業では,評価損は含み益の減少という形をとり,表面上の決算には現れない。
そこで,有価証券関係損益等の動向をみると( 第1-3-15図 ),営業外損益計上分については,91年度にはネットでわずかながら経常利益に対してプラスの寄与となっている。これは一方では,有価証券売却評価損が前年度比倍増したものの,他方では,こうした売却評価損の穴埋めや減益補填のために有価証券売却による益出し(含み益の吐き出し)が行われたためである。特別損益段階の有価証券関係損益については,91年度にはかなり大きな売却評価損が計上され,ネットでみてもかなりの損失となった。92年度については,93年初の株価回復もあって,売却,評価損やその穴埋め等を目的とした売却による益出しも小さかったものと考えられる。
(増加が続く企業倒産)
企業倒産は90年後半から増加が続いている。92年度の倒産件数(負債総額1,000万円以上)(東京商工リサーチ調べ)は前年度比26.1%増,14,569件となった。これは,87年度以降では最も高い水準であるものの,「円高不況」期(86年度,16,886件)程ではない( 第1-3-16図 )。一方,負債総額(同上)も,91年度に急激に増加し過去最大となった後,92年度はやや減少したが,依然として高水準であることには変わりはない( 第1-3-16図 )。91年度に負債金額が急増したのは,バブル期に不動産,株式などの資産へ多額の投資,投機を行っていた企業がバブルの崩壊により倒産したことが原因である。これは,90年末以降,不動産業の倒産と財テク型の倒産(不動産投機,株式投資等の失敗に起因)を合わせたバブル関連倒産が大幅に増加していることからもわかる。バブル期には地価高騰等により企業の資金調達力が大きく高まり,これを背景に多額の借入が行われたことが一件当たりの負債額を大きくしたものと考えられる。地域別の倒産件数をみると,今回は大都市圏の割合が高くなっており(関東近畿の比率,86年度44.5%→92年度57.5%),これも,バブル関連倒産の色彩が濃いことを反映しているとも考えられる。
92年後半以降は,バブル型倒産に代わって,販売不振等を原因とする不況型倒産が増加している。また,地域別にも大都市圏だけでなく地方都市圏でも倒産件数の増加が目立つ地域もみられる。さらに件数は少ないものの,①企業が広告費,交通費,交際費等の経費を削減していることにより広告・旅行・飲食業の倒産が増えていること,②金融機関のオンライン投資等の一巡,バブル崩壊による情報化投資の手控え等により,ソフトウエア業の倒産が増えていることなどがみられ,今回の景気後退局面では,これらの様な従来みられなかった業種にも倒産が及んでいる。