平成4年
年次経済報告
調整をこえて新たな展開をめざす日本経済
平成4年7月28日
経済企画庁
第2章 日本の景気循環の要因と今次循環の特徴
個人消費は国内総生産の56.9%(91年度)を占める最大の需要項目である。高度成長期には個人消費の伸びは景気変動に応じて上昇,下降を繰り返していたが,安定成長期に入ってからは目立って安定化し,景気変動の小幅化に寄与してきた(前掲 第2-1-1図② )。しかし,今回の景気循環では長期拡大の過程で乗用車を含む耐久消費財需要が大幅に増加し,逆にその後乗用車需要が減少し,広範な産業で生産調整を引き起こすとともに,91年央から家電需要も鈍化する等耐久消費財のストック調整を示唆する動きがみられている。ここでは耐久消費財需要を中心に個人消費と景気循環の関係を分析し,基調として堅調ながらこのところ伸びが鈍化している個人消費の背景を考えることにする。
消費性向の長期的な推移をみると,高度成長期に低下した後,第一次石油危機を境にトレンドが逆転し,安定成長期には傾向的に上昇している。これは高度成長期には所得の伸びが高く,増えた所得の一部が貯蓄に回ることによって消費性向の低下が生じ,一方,安定成長期には所得の伸びが相対的に低下するなかで,物価の安定から実質金融資産残高が増加し,消費性向が上昇したものと考えることができる。景気循環と消費変動の関係についても,消費は恒常所得に比例するという恒常所得仮説によれば,消費は変動所得に影響されないため,結果として,変動所得が増えると消費性向は低下し,逆に変動所得が減ると消費性向は上昇する。
景気循環における消費支出の変動を実質可処分所得と消費性向に要因分解してみると,高度成長期には,消費性向が拡大期に低下し,後退期に上昇することによってある程度消費支出の伸びを安定化する役割を果たしていたが,実質可処分所得の伸びの変動が大きく,その結果大きな消費変動が生じていた( 第2-4-1図 )。これに対して第8循環以降の安定成長期には,実質可処分所得の伸びが低下するとともに,その変動が高度成長期に比べて目立って小さくなり,その結果消費の変動が小幅化している。安定成長期に実質可処分所得の変動が小さくなったのは,物価が安定し,また賃金決定がより長期的な視点から行われるようになったことを反映したものと考えられるが,所得変動自体が小幅化した結果,消費性向の動きも小幅なものとなっている。
個人消費の動向をより詳しくみるため,以下では資産価格の大幅な変動が家計の期待所得,消費にどのような影響を与えたかを検討した後,乗用車,耐久消費財,半耐久消費財の需要変動について分析することとする。
(個人消費と資産効果)
資産効果はもともと物価の安定が資産の実質購買力を増価させ,消費を促進する「実質残高効果(real balance effect,ピグ-効果)」を指し,第一次石油危機後にインフレの収束とともに消費の回復が生じたことからその存在が注目されるようになった。今回の景気循環では物価の安定基調が続くなかで資産価格の大幅な変動が生じ,一方で高額商品や耐久消費財消費に大きな変動が生じたことから物価安定とは別の視点からその効果が再び注目されることとなった。
資産効果の程度については議論の余地はあるが,金融資産及び土地資産残高を説明変数に加えた消費関数の計測では,①株式を含む金融資産の変動は個人消費に有意な影響を及ぼすこと,またこれに対して②地価の変動は全体としての個人消費に有意な影響を及ぼさないことが示されている。ここで,地価変動の影響については地価の上昇が土地を既に保有している世帯の消費を刺激する一方,土地の購入を計画している世帯の目標貯蓄額を上昇させ,消費を抑制するため,また,地価変動によるキャピタルゲインやキャピタルロスは,土地を保有し続ける限りにおいて顕在化しないため,全体としての消費に有意な影響を及ぼさないものと解釈することができる。また,所得階級別,財別の消費関数の計測からは金融資産の資産効果は所得階級別には高所得者層,また財別には耐久消費財で相対的に大きいことが示されている。
我が国においては家計貯蓄率が高く,家計部門では金融資産の急速な蓄積が進んできたが,資産規模が大きくなるにつれ一定の率の資産価格の変動による資産総額の変動はより大きくなる。資産価格は安定成長期に入っても高度成長期と同じように大きく変動しているから,単純に考えた場合,安定成長期には資産価格の変動による資産効果,逆資産効果が消費変動を不安定化する可能性がある。ただし,高度成長期と安定成長期の違いとして,この間,家計部門の金融資産の蓄積が定期性預金や生命保険等の安全資産を中心に進んできたことによって資産価格の変動が総資産残高に与える影響が小さくなっていることに注意する必要がある。総務庁「貯蓄動向調査」で家計が保有する金融資産の構成をみると,定期性預貯金,生命保険等の割合が上昇する一方,有価証券の割合が低下しており,なかでも株式は60年末には家計の金融資産残高のほぼ4分の1(23.4%)を占めていたものが70年末にほぼ1割(11.7%)に低下し,その後株価の変動に影響されて上下しているものの長期的には全金融資産残高の1割程度の水準で推移している(91年末10.9%)。そこで,勤労者世帯について,世帯主の所得階級別に消費関数を高度成長期,安定成長期の双方について計測してみると,金融資産の資産効果は高度成長期においては高所得者層に限って観察されるのに対して,最近については全所得階級について観察され,かつ高所得層においてその効果が高まっていることがわかる( 第2-4-2表 )。勤労者世帯以外の一般世帯については所得階級別のデ-タが得られないが,総務庁「貯蓄動向調査」で91年末における貯蓄現在高の年収比をみると,勤労者世帯の1.5倍に対して一般世帯は2.9倍と高く,特に株式及び株式投信は勤労者世帯の年収比13.7%に対して一般世帯は46.0%と圧倒的に高い。
こうして,資産効果,逆資産効果は,今回の景気循環における耐久消費財を中心とした消費変動の一つの背景を成している。
(乗用車需要の変動要因)
乗用車需要(新車,軽を含む)の推移をみると,86年度までは年率310万台前後で推移していたものが87年度から増勢に転じ,89年度には水準を一段と高め,90年度に509万3千台を記録した後減少し,91年度は前年度比5.7%減の480万1千台となった。乗用車需要を長期的にみると,2度の石油危機による攪乱を受けながら,モデルチェンジ・車検等に起因するほぼ4~5年周期の循環変動が観察されてきたが,今回は全体の景気動向に先駆けて大幅な変動が生じ,その波及効果が広範な産業に影響を与えることになった。
乗用車需要の変動(対前年変化率)を所得要因,資産要因,ストック要因及び価格要因に分解してみると,87年頃から資産要因,続いて所得要因,また89年には価格要因が需要を大幅に押し上げているが,89年以降はストック要因が需要抑制効果を強めており,91年には資産要因の寄与もマイナスに転じ,乗用車需要の減少に寄与した( 第2-4-3図 )。このように,今回の景気拡大期においては物価の安定を背景とした実質可処分所得の伸びの高まり,資産価格の上昇による資産効果,及び物品税廃止等による相対価格の有利化が重なって乗用車需要の大幅な増加が生じ,またその後はストック要因による需要抑制効果と資産価格下落による逆資産効果が重なることによって乗用車需要の減少がもたらされたと考えることができる( 付注2-2 )。なお,図では72年,75年,78~79年,82~83年,87~88年とほぼ4~5年置きに実績値に対し推計値が過小になっており,ある年に需要が増加するとそれがほぼ4~5年後に買換え需要として現れることが示されているが,91年には87~90年にかけての乗用車需要の拡大に対応した買換え需要は大きくは現れていない。
(耐久消費財のストック循環)
乗用車に限らず一般に耐久消費財はある時期に急速に普及が進むと需要が飽和し,その後は買換え需要主体のサイクルが生じるが,今回の景気拡大期には大型化,高機能化,複数保有化の進展から耐久消費財需要が盛り上がり,その後耐久消費財需要の鈍化が生じた。
国民所得統計で家計の耐久消費財消費の可処分所得に対する比率をとってみると,高度成長期に大きく上昇した後,安定成長期に入ってからは上昇トレンドが屈折するとともに循環変動を示すようになっており,これまでに79,88年とほぼ10年間隔で山を記録している( 第2-4-4図 )。上昇トレンドの屈折は,高度成長期に家計の保有する耐久消費財の充足が進んだことを背景として生じたものと考えられる。耐久消費財の消費と残高の関係をみると,70年代から80年代初にかけて,消費が増加すると残高も増加するが,残高の伸びが高まるとやがて消費が減少するという循環がみられているが,80年代初以降になると,消費,残高とも増加を続け,89,90年になって消費の伸びが頭打ちになっているものの,その水準が高いため,残高の増加が続いている。既に乗用車についてみたように,今次景気循環においては,資産価格上昇による資産効果や物品税廃止等による相対価格の有利化が耐久消費財需要を押し上げたことが指摘され,こうした要因が剥落した後には一時的にその反動が生じる可能性がある。
耐久消費財消費(実質)を所得,資産,金利,それに実質耐久消費財残高(ストック)で説明する耐久消費財消費関数を計測してみると,実質耐久消費財残高は一貫して耐久消費財消費を抑制する要因として働いてはいるが,ストック要因の変動は小さく,耐久消費財消費の短期変動は主として所得,及び資産の要因で生じていることがわかる( 第2-4-5図 )。前掲 第2-4-4図 でみた72,73年,あるいは79年の耐久消費財消費(対可処分所得比)の山も所得,資産の動きにほぼ対応している。家計における耐久消費財の蓄積が進んだ結果,安定成長期におけるストックの変動は比較的小さなものに止まっており,前掲 第2-4-2表 に示したようにストック要因を加えない耐久消費財消費関数が有意に計測される。しかし,ストック要因はつねに耐久消費財消費を抑制する要因として働いており,資産価格上昇による押上げ効果が剥落した後は,資産価格下落による逆資産効果とともに,耐久消費財消費の鈍化に寄与することとなった。 第2-4-5図 における91年の推計値をみると,ストック要因,資産要因とも,それぞれ耐久消費財消費を抑制する要因として働いたことがわかる。なお,前掲 第2-4-3図 に示した乗用車需要の要因分解と比較すると,逆資産効果は乗用車需要よりも耐久消費財全体でみた方が大きいが,この背景には,乗用車がある程度必需的な性格を持つのに対して,美術品,骨董品,宝飾品等の高額耐久消費財が奢侈的な性格を持ち,大きな落込みを示したことも考えられる。
(半耐久消費財の循環変動)
被服及び履物を中心とする半耐久消費財も耐久消費財ほど明確ではないが循環変動を示している。家計消費に占める半耐久消費財の構成比は長期的に低下傾向をたどっているが,70年以降でみると73年,76年,79年,82年及び90年と,82年が第9循環の後退期に当たることを除いて拡大期ごとに山を記録している( 第2-4-6図 )。前掲 第2-4-2表 に示したように,半耐久消費財は所得弾性値が低い反面,資産効果は耐久消費財に次いで強い。衣は食住と並んで一般に生活の基礎的な要素として必需的性格が強いと考えられるが,財の区分にかかわらず基礎的な需要が充足された後は選択的な性格が強まることが指摘できる。この意味で半耐久消費財は両方の性格を有し,所得弾性値の低さは半耐久消費財の必需的な性格を,また資産効果の強さはその選択的な性格を表すものと考えることができる。したがって,株価下落の逆資産効果は耐久消費財だけでなく,高級ブランド品等を中心に半耐久消費財需要にもラグを伴って影響を及ぼしている可能性がある。