平成4年

年次経済報告

調整をこえて新たな展開をめざす日本経済

平成4年7月28日

経済企画庁


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第2章 日本の景気循環の要因と今次循環の特徴

第3節 住宅投資のストック調整

新設住宅着工戸数は83年度の113万5千戸から87年度の172万9千戸へと4年間で5割以上増加した後減少に転じ,91年度には87年度比22.3%減の134万3千戸となった。民間住宅投資は国内総生産の5.1%(91年度)とウエイトは低いものの,今次景気循環においては全体の景気変動に先駆けて大幅な変動を示したことから,景気変動を主導する要因となった。

1. 住宅着工の趨勢と循環

新設住宅着工戸数の推移を長期的にみると,戦後初期にいったん大きな変動が記録されているものの,高度成長期を通じてほぼ一貫した増加を示している( 第2-3-1図 )。総務庁「住宅統計調査」(5年毎に実施)によれば,我が国では63年までは住宅数が世帯数を下回る住宅不足の状況が続き,68年には全国ベ-スで住宅数が世帯数を上回り「一世帯一住宅」が達成されたものの,全都道府県において住宅数が世帯数を上回ったのは73年になってであった。高度成長期の住宅着工の強い上昇トレンドもこうした旺盛な住宅需要を背景としたものであった。

この住宅着工の上昇トレンドも70年代前半に大きく屈折し,今回の上昇期においても72年度のピ-クを上回ることはなかった。安定成長期の住宅着工の特徴は,その長期トレンドが屈折し,減少と増加を繰り返すようになったことである。

2. 住宅建設の変動要因

次に,安定成長期に住宅着工がこのような変動を示すようになった要因を考えてみよう。

(住宅建設の変動要因)

住宅建設の変動要因の一つは人口・世帯要因である。貸家は主に若年層を借り手としていることから,若年人口が増加すると貸家に対する需要が高まり,また結婚により世帯数が増えると6~8年後(住宅着工関数による)に持家,分譲に対する需要が高まって住宅建設が促進される。こうした要因は高度成長期においても働いていたが,当時は親との同居や下宿・間借りといった居住形態をとることが多く,人口・世帯要因が新設住宅着工戸数に明確な変動をもたらすには至らなかったと考えられる。

また,安定成長期に入って住宅投資がこのような変動を示すようになった背景として,住宅が量的な充足を達成したことから住宅着工が建替中心になったことが指摘できる。新設住宅着工戸数の5年分の累計と「住宅統計調査」の5年間隔の戸数増との差を滅失戸数すなわち建替戸数と見做し,新設住宅着工戸数に対する比率を求めると,こうして計算した建替比率は傾向的に上昇し83~88年には60%を超えるに至っている( 第2-3-2図 )。住宅の場合,建替と言っても維持・補修を加えることによりその時期を少なくてもある程度延ばすことができることから,厳密な意味での耐用年数は存在せず,むしろ持家の場合は子供の成長や結婚,子供夫婦との同居等を機に金融情勢を睨んで建替が行われることが多く,また貸家の場合も需要動向や金融情勢によってその建替時期は左右される。住宅着工の推移を世帯要因(6~8年前の婚姻件数の平均),人口要因(15~24歳の若年人口),金利要因(長期プライムレート)と対比してみると,安定成長期に入っての住宅着工の第1の上昇期は第一次ベビーブーム世代の住宅需要と金利低下を背景に生じており,またその後の低迷はこうした世帯要因の一巡と若年人口の減少を主因とするものであることがわかる( 第2-3-3図 )。金利要因はこの低迷期初期の住宅着工の減少に寄与しているが,80年半ばに引締めが解除されて以降,金利は住宅建設の促進要因に転じている。次に80年代後半の住宅着工の第2の上昇期についてみると,若年人口の増加に加え,金利低下が続いたことがその背景となった。83年3月に始まる第10循環の景気拡大期は本格的な金融引締めが行われないまま円高によって終止符を打ったが,これに対処するために更に金融が緩和され,80年半ば以降の長期にわたって金利は低下し続け,住宅建設を押し上げたことになる。

(住宅着工と金利)

住宅着工の金利感応度が強い背景を需要側からみると,住宅を取得しようとする場合は,借入に大きく依存することが指摘できる。初めて住宅を取得する場合,通常,一定の自己資金に加え住宅金融公庫等と民間住宅ローンが併用されるが,住宅金融公庫等貸付は借入時の金利が返済期間を通じて適用される固定金利方式を採っているために低金利時に借入れる方が有利であり,また民間銀行の住宅ロ-ンも長期プライムレートに連動する変動金利が適用されているが低金利時に借入た方が当初の返済負担は少ない。25年,30年等長期にわたる返済を考えると,住宅取得時期の決定に当たっては金利動向が重要な影響を与えると言えよう。

住宅着工に対する金利の影響をみるため,持家,貸家,分譲の別に住宅着工関数(半期データ)を計測してみると,持家では当期,貸家では1期(半年)前,分譲では2期(1年)前の金利が説明力を持ち,また金利の影響は分譲,貸家,持家の順に大きい( 第2-3-4表 )。分譲住宅着工に対する金利の影響が大きい原因としては一般に開発業者に用地取得等に伴う建設中の資金負担が生じること,逆に持家着工に対する金利の影響が相対的に小さい原因としては建設時期が結婚や子供の成長等ライフステージによってある程度制約されることが指摘できる。

3. 住宅投資のストック調整

高度成長期末期に住宅は量的な充足を達成したが,住宅ストックは増勢を鈍化させながらもなお増加を続けている。こうしたなかで,何年にもわたる住宅投資の活況の後にはストック調整が生じる可能性があり,貸家及び分譲住宅の需給には注意する必要がある。

(貸家需給の動向)

まず貸家着工についてみると,80年度の29万6千戸から7年連続で増加し,87年度には88万7千戸と80年度のほぼ3倍に達した。こうした貸家建設の盛行はその一部が相続税等の節税を目的としていただけに貸家需給を悪化させた可能性が考えられる。

総務庁「住宅統計調査」で賃貸又は売却用の空き家数の推移をみると,83~88年の5年間で50万2千戸,27.4%増加して233万6千戸となり,住宅総数に対する比率も4.8%から5.6%に上昇している( 第2-3-5図 )。しかし空き家率はこれまでも傾向的に上昇しており,この5年間で特に上昇が目立つわけではない。この背景に,前掲 第2-3-2図 に示されているように,88年に至る10年間には貸家の建て替え比率が大幅に上昇し,着工の増加ほどには貸家ストックが増加しなかったことを挙げることができる。次に,需要側の要因としては,まず第二次ベビーブーム世代の成長にともない,前述したように若年人口が増加していることが指摘できる。こうした人口動態から貸家系ストック(給与住宅を含む)に対する需要を試算し,貸家系ストックの供給と比較してみると,86年頃までは需要と供給がほぼ見合っており,貸家着工の増加が強い実需に支えられたものであったことがわかる( 第2-3-6図 )。

しかし,貸家着工が87年度に更に増加し,また88年度以降減少しているとは言え高水準の着工が続いたことから,貸家系ストックの供給はその後需要を上回るようになった。

ここで,近年における貸家建設の特徴として,貸家着工のうち30m2以下の貸家の割合が80年度の14.4%から91年度には30.8%と倍以上に上昇したように,一戸当たり面積の小さい貸家の着工が大幅に増加したことが挙げられる。これに対応した需要側の要因としても,旧来の間借りからできればバス・トイレ付マンションへという若年層の嗜好の変化が上述した人口動態要因以上に貸家需要を押し上げた可能性が考えられる。総務庁「国勢調査」で世帯数の動向をみると,一般世帯のなかの準世帯(間借り・下宿等の単身者及び会社等の独身寮の単身者)が80~90年の10年間に23万6千世帯減少する一方,一人世帯(上記に加え,一戸を構えている単身者を含む)が228万4千世帯増加しており,差引では一戸を構えている単身者世帯がこの間252万世帯,46.8%と大幅に増加し,また二人世帯も236万9千世帯,39.5%とほぼ同様の大幅な増加を示している。

このことから考えると,貸家需要は人口動態要因以上に増加している可能性が強く,91年度の貸家着工の大幅減少を受けて貸家のストック調整が進展し,金融緩和の効果もあって貸家着工は91年後半から再び増勢に転じている。今後,第二次ベビーブーム世代が世帯形成期に入ること等から貸家需要は中期的にも増加することが見込まれるが,その比重は小規模な貸家からより規模の広い世帯向け貸家へと移っていくこととなろう。

(建設・不動産業の在庫調整)

住宅着工のなかでも分譲住宅についてはストック調整から着工の低迷が続いている。

大蔵省「法人企業統計」で不動産業の棚卸資産をみると,91年1年間で1兆5,656億円,4.7%の増加に止まっているが,これを年間売上高に対する比率でみると,91年平均で1.16倍と前年の0.87倍から約3割増加している。これは不動産業において販売不振に合わせて新規の土地取得が手控えられ,在庫の急増が防がれてはいるものの,販売不振から在庫率が急上昇したことを示している( 付注2-1 )。また,不動産市場の低迷による単価の下落から,手持ち在庫には潜在的な評価損が生じている可能性もある。

また建設業の棚卸資産は91年1年間で5兆5,259億円,16.3%と大幅に増加しているが,年間売上高に対する比率でみると,91年平均で0.29倍と前年の0.27倍から小幅な上昇に止まっている。これは建設業全体では高水準の手持ち工事量を抱え,景気減速のなかにあって増収を続けているためである。集合分譲住宅についてみると,91年末の月末分譲中戸数は首都圏で1万1,704戸と84年以来1万戸を超え,近畿圏でも8,204戸と86年以来の高水準にあり,かつ販売価格も下落していることから業態によっては資金繰りが悪化しているものとみられる。

販売在庫と新規供給の関係をみると,今回は82~83年の前回のマンション不況と比べ,販売不振に対応して迅速に新規供給が抑制され,販売在庫の急増が防がれていることがわかる( 第2-3-7図 )。したがって,地価の下落と金利低下を背景に分譲住宅に対する値頃感が回復することにより,今後分譲住宅の着工も上昇に転じる可能性がある。