第6節 資産価格下落の影響
90年に始まった資産価格の下落は,91年度中も継続した。地価は92年前半においても低下を続けている。株価は92年4月に大きく落ち込み,軟調な展開となっている。このような資産価格の下落が実体経済と金融システムに与えた影響を分析する。
1. 資産価格の推移とキャピタルゲイン/ロス
(地価,株価の動向)
80年代後半に一般物価が安定しているなかで生じた資産価格の大幅上昇は「資産インフレ」と呼ばれており,90年に入ってその収束の動きが始まった。これは,89年5月末の公定歩合引上げ以降の金利上昇局面において,行き過ぎた株価水準に修正が加わった一方,90年4月から導入された不動産関連融資総量規制等により投機的土地売買が抑制されたことを主因とする。
92年1月の公示地価(全国全用途平均)は前年比4.6%の低下となり,75年1月以来のマイナスを示した(第1-6-1図)。92年入り後の動きを国土庁短期地価動向調査によりみると,4月時点の地価は,1月に比べ,大都市圏では引き続き下落,地方圏でもおおむね横ばい又は下落の傾向にあり,総じて下落基調が続いている。後述するように,地価の水準は未だ十分低下したといえる状況にはない。
90年初から下落を始めた株価は,91年前半にやや回復の動きをみせた(第1-6-2図)。91年後半には金融緩和が進展したものの,株式相場は下落傾向を続けた。92年に入ってから相場の下落は下げ足を速め,3月には日経平均株価が20,000円を割り込み,その後銀行株が大幅に下落するなかで,4月には17,000円を下回った。その後も軟調な相場展開となっており,89年末の史上最高値(38,915円)からの下落率は約60%と,戦後最大の下落を記録している。しかし,アメリカ,イギリスの株式相場は,91年以降堅調に推移しており,海外市場との比較においては,現在,我が国株式市場の割安感が生まれている。株価下落の基本的要因は,需給バランスの崩れにある。株式の売り圧力に対して,買いが弱い状況が続いている。一日当たりの平均売買高をみると,株価が高騰を続けた89年までは9億株前後であったが,92年に入ってからは2億株から3億株の取引に終わっている。とくに,外国人と個人投資家は株式市場においてネットの買越しとなっているが,財テク失敗の反省もあり,法人投資家は株式購入を見送っている。
こうした最近の株価の動向にも配慮して,92年3月末に決定された緊急経済対策では,金融・証券市場における取引の公正性,透明性の確保による証券取引制度改革等の推進,及び株式市場の活性化が挙げられている。株式市場の活性化に関しては,企業の配当政策の見直しの要請,大口投資家向け株式投資信託設定の推進,自社株保有に関する規制のあり方の検討が含まれる。
(理論地価からみた現実の地価水準)
資産価格の水準は,基本的にはその資産がもたらす期待収益及び資産価格の期待上昇率という収益要因と,裁定関係にある資産の利子率と資産の危険度というコスト要因の比率により形成される。このような基本的要因(ファンダメンタルズ)によって与えられる価格が,現実の資産価格水準をみる上で一つの目安を提供する。
83年から90年前半までにみられた地価高騰は,基本的には経済のサービス化,商圏の広域化等を背景に良好な都市環境を有する大都市圏,地方中枢,中核都市での商業地需要が高まったことによるものであり,商業地の地価上昇が住宅地へと波及していった。ここでは,住宅地の地価上昇とその後の下落過程を,理論地価と対比しながら三大都市について調べてみよう。理論地価としては様々な計測手法が存在するが,ここでは83年を基準として,前年の家賃を長期金利で割り引いた簡単な収益還元モデルを用いる。なお,土地の危険度はゼロであり,リスクプレミアムがなく,また,家賃の期待上昇率はゼロと仮定する。家賃については,データの利用可能性から消費者物価指数の家賃指数(継続分)を用いており,それは新規家賃に比べて変動が小さい。現実の地価は,ここで考慮しなかった実体的な要因を含め様々な要因が複合的に影響しているため,以下の結果は幅をもってみる必要がある。
このモデルによると,理論地価は三大都市で同じような動きとなっており,長期金利の低下を主因に89年の水準は83年の2倍に達していた(第1-6-3図)。その後の金利上昇を背景に,91年まで理論地価は下落したが,92年には金利低下から理論地価は高まった。他方,現実の地価は,都市によって上昇時期と上昇速度に違いがあったものの,地価高騰のピーク時には,東京都区部と大阪市では83年水準の3倍,名古屋市では2倍強まで上昇し,理論地価の上昇幅を相当上回っていた。92年には,金利水準の低下もあり現実の地価と理論地価のかい離幅が縮小しているものの,東京都区部と大阪市では依然両者の間にかなりの差が残っている。
(金利修正PERからみた株価水準)
89年末まで一貫して上昇を続けた株価には,長期拡大の下での企業収益の増加,及び金融緩和下での長期金利の低下が基本的要因として働いていたが,加えて金融緩和が持続するなかで自己実現的な株価上昇期待が株価上昇をもたらした可能性があったものと考えられる。
この間の動きをファンダメンタルズの動きと比較するために,まず,PER(株価収益率=株価/一株当たり利益)に長期金利をかけた金利修正PERの推移をみてみよう。金利修正PERは,収益還元モデルの考えに基づいて,現実の株価を,一株当たり利益を長期金利で割り引いた理論値で除したものであり,現実の株価の動きをみる上での一つの目安である。金利修正PERは,87年夏に急上昇を始め,ブラック・マンデー直前の同年9月には4.8倍に達した(前掲第1-6-2図)。ブラック・マンデーによる大幅下落の後は,再び上昇傾向をたどり,90年1月には4.6倍にまで達した。このような金利修正PERの動きからみると,87年後半や89年末頃の時期には,現実の株価がファンダメンタルズとの関係から,一時的にかい離して上昇していた可能性があるものと考えられる。しかも,これらの場合には,自己実現的な株価上昇期待が株価上昇に果たした役割が大きいものとみられる。しかしながら,90年初からの株価下落をうけ,金利修正PERは92年5月に1.8倍と85年の水準にまで低下しており,株価がファンダメンタルズとの関係から,一時的にかい離するという動きは解消しているといえよう。
(資産価格下落とキャピタルロス)
土地資産価格の推移をみると,92年1月の公示地価は,前述したとおり前年比4.6%下落した。経済企画庁の試算によれば,91年には110兆円程度(GNP比24%)にのぼる資産価値の喪失(キャピタルロス)が経済全体として発生したとみられる(前掲第1-6-1図)。土地資産に値下がり損が発生したのは,74年に続いて二度目である。また,東証株式時価総額は89年のピーク時に611兆円に達していたが,90年以降の株価大幅下落を反映して,92年5月末時点では305兆円にまで半減した(第1-6-4図)。
このような大きさを解釈する際には注意が必要である。値上がり益や値下がり損(キャピタルゲイン/ロス)は,資産を各時点で時価評価した場合に計算上発生するものである。しかし,現実のキャピタルゲイン/ロスは,保有主体が資産を売却(あるいは評価換え)した時点で取得価額との差として発生する。すなわち保有主体が資産を保有し続ける限り,また評価換えを行わない限りキャピタルゲイン/ロスは実現せず,また,取得時点が古く,取得時点との比較で資産価格が上昇していれば,直近時点で資産価格が下落してもキャピタルゲインの実現が可能である。
資産価格下落が企業の含み益(保有資産の時価と簿価の差)をどの程度減少させたか調べてみる。民間非金融法人については,国民経済計算において資産額が時価評価されているので,これを法人企業統計による資産額(簿価表示)と比較することにより,民間非金融法人全体の含み益の大きさを推計することができる。これをみると,民間非金融法人の株式含み益は,株価上昇によって89年末には260兆円程度に達した後,株価下落から91年末には130兆円程度まで半減している。また,土地の含み益は90年末に490兆円程度まで増加した後,91年末には440兆円程度に減少している(第1-6-5図)。このことは,資産価格高騰以前の水準と比較すれば,民間非金融法人全体として依然高水準の含み益を抱えていることを意味し,資産価格の下落によっても異常に膨らんだ含み益の一部が失われただけで,資産内容に大きな問題は生じていないということも可能である。
他方,含み益の変動幅をみると,90年中には,株価の大幅下落から株式資産については110兆円程度の減少,土地については,それまでに比べ低下したものの,40兆円程度の増加が発生した。91年中には,株式の含み益減少は15兆円程度に止まったものの,地価下落の影響から,土地の含み益は50兆円程度の減少に転じている。含み益の減少は実現された損失とは異なり,それが利益の低下に直接つながるわけではない。しかしながら,含み益の減少は企業家心理に影響を与えることが考えられる。また,企業決算において有価証券に低価法を採用している企業では,それが収益圧迫要因となる可能性があることに加え,上場企業等の場合,保有有価証券の含み損益の開示が義務付けられているため,財務内容の変化が公表されることに留意が必要である。
さらに,①個々の経済主体ごとにみると,土地や株式を高値で取得した結果,キャピタルロスがキャピタルゲインを上回る主体があると考えられること,②資産価格上昇によりキャピタルゲインを実現させた場合には,採算性の低い投資や過度の消費を行うことにより,それを流出させてしまった主体があるのではないかとみられること,また,③含み資産といっても,簿価は低いが安易には売却できない自社使用の土地や営業上の必要から保有されている関連会社の株式等が中心とみられ,業績悪化の補填に資するのは難しいと考えられることなどの理由から,個々の企業経営にとってみれば資産価格の下落によって影響を受ける可能性は高いと考えられる。
2. 実体経済への影響
(個人消費への影響)
地価の変動を通じる土地資産残高の動きは個人消費に有意な影響を及ぼさない一方,株価の変動は個人消費に対しある程度の影響を及ぼすと考えられる。我が国の家計金融資産において,株式資産(株式,株式投信の計)はもともと大きな比重を占めていないが,一つの目安として貯蓄動向調査(全世帯)によりその比重をみると,89年末には21.2%のピークに達し,91年末には12.5%まで低下した(第1-6-6図)。
90年の株価下落が株式資産に与えた影響をみると,国民経済計算では90年の家計部門における株式のキャピタルロス(調整勘定による)は77兆円と推計されている。マクロの消費関数を計測し,資産効果が消費に影響を及ぼすラグを一年程度と仮定すると,資産効果の大きさについて議論の余地はあろうが,このキャピタルロスは91年の実質個人消費を1%程度低下させた可能性が考えられる(計算方法は付注1-5参照。なお,消費に効果を及ぼすラグがより短い場合も考えられるが,データの制約からここではラグを一年程度と仮定している。)。所得階層により金融資産残高やその構成が異なることから,勤労者世帯の所得分位ごとに資産効果の大きさを調べてみると,傾向として所得が多くなるに従い,資産効果の大きさは高くなっている(推計結果は付注1-5参照)。その結果,所得が高い階層ほど株価下落のマイナス効果が大きくなっている。一般世帯についてはデータの制約から推計が困難である。しかし,株式と株式投信の平均保有残高は勤労者世帯平均に比べて,絶対額で約3倍の大きさに達している。とりわけ,一般世帯のなかでも法人経営者,個人経営者,自由業者世帯等では高い保有額であるため,これらの世帯では株価下落のマイナス効果は勤労者世帯より大きい可能性がある。
91年における株価の下落は比較的軽微にとどまっており,同年のキャピタルロスを試算すると1兆円程度となる。この程度であるならば,92年の実質消費に対するマイナスの資産効果はほとんどないと考えられる。他方,92年に入ってから5月までの株価下落により,20兆円程度のキャピタルロスが生じたと推測される。
(企業財務構造への影響)
90年度から企業倒産は上昇に転じており,91年度の銀行取引停止処分者件数は,前年度比59.9%増の9,575件となった(第1-6-7図)。また,負債総額(東京商工リサーチ調べ)は前年度の2.5倍に達した。とりわけ,不動産業の倒産負債額は90年度から急増しており,91年度には負債総額の32.1%を占めている。財テクの失敗による財テク倒産は91年度から集計されているが,91年度には負債総額の29.4%となった。
第3節でみたように,企業収益は減少している。しかし,資産価格の下落に直接起因する要因は,企業収益の減少に対して大きな比重を占めていない。財テクの失敗に関連する金融費用を,支払利息と割引料を除いたその他営業外費用(有価証券売却損,評価損等)の推移でみると,おおむね89年度から収益悪化要因となっているものの,全体の中では小さな寄与度である(前掲第1-3-5図)。しかしながら,企業収益の項でみたように,株価下落による売却損や評価損を特別損失として処理した企業もあると見込まれることから,資産価格の下落は企業収益に影響を与えたとみられる。
他方,企業が過去に行った大量のエクィティ・ファイナンスの償還のために,今後新たな借入が必要になり,金融収支が圧迫する可能性がある。企業が80年代後半に行った大量のエクィティ・ファイナンスは,その後の株価下落から株式転換が進まず,92年から94年の三年間に合計23兆円を償還する必要があると見込まれている。但し,金融・資本市場全体としてみれば,これらの償還が量的な面で大きな問題を引き起こすとは考えられない。その理由として,償還過程において一時的な資金偏在の発生する懸念があるものの,償還後の資金が再び循環し投資に向かうと考えられることから,総体としては償還に見合う投資資金が存在することが挙げられる。借換えに伴う調達コストが増加することを懸念する見方があるが,コストの増加はそれまでの低いコストから,通常のコストへの回帰であるとも考えられよう。
企業は株価上昇の下で,特定金銭信託やファンド・トラストといった信託商品を通じて,株式投資による資金運用を拡大していた。しかし,90年以降の大幅な株価下落により,こうした信託商品は多額の含み損を抱え,企業はこれらの信託商品を解約しにくい状況になっている。そのため,実際の企業の資金繰りは見かけ以上に苦しくなっているとの指摘がなされている。しかし,企業の資金運用におけるこのような信託商品のいわゆる塩漬けの大きさについては,91年末時点で手元流動性売上高比率1.7(月次売上高比)のうち,手元流動性に占めるここ数年の有価証券投資の上昇幅からみて,わずかなものとみられ,短期資金の流動性を大きく損なうことはない程度と考えられる。しかし,手元流動性はなお比較的高い水準にあるものの急速に減少していることから,企業は今まで以上に短期資金の流動性に注意を払うようになってきている。
(金融機関の貸出行動に対する影響)
株価の下落は,含み益の減少を通じて銀行の自己資本比率の低下を招いた。他方,全国銀行の貸出残高の伸びは90年以降急速に鈍化していることから,一部では,含み益の減少や償却負担の増大が金融機関のリスク許容力を低下させ,銀行が貸出を過度に抑制している,即ちいわゆる「貸し渋り」が生じているのではないかとの懸念がなされ,金融仲介機能低下の可能性を指摘する声が聞かれている。しかし,昨今の貸出伸び率低下の背景としては,①借手の企業側では,景気減速を背景に資金需要が減退しているほか,金利先安観から借り控えの動きがみられたこと,また,必要資金はコマーシャルペーパー(CP)発行や手元流動性の取り崩しにより調達し,借り入れ依存を低めていること,②貸手の銀行側でもこれまでにみられた安易な融資姿勢への反省もあって,今日では融資案件の審査・管理の厳正化に努めていることなどが考えられる。すなわち,リスクの高い業界に対しては確かに貸出が慎重に行われている一方,健全な資金需要については十分貸し応じている状況である。また,貸出金利は低下していることなどから判断すると,今のところ貸し渋りが生じているとはみられない。
また,国際決済銀行(BIS)の自己資本比率規制導入(92年度末以降は8%以上の自己資本比率が必要)の影響から,今後資金需要の回復に銀行が貸し応じきれなくなり,これが景気回復の足を引っ張るという可能性もある。とりわけ,株式相場の軟調な展開が続いていること,中堅・中小企業においては銀行からの借入れ依存が高く,大企業に比べて直接金融を通じる資金調達に制約がみられることなどの理由から,銀行融資に選別性の強まることが,今後明確な貸し渋りとして現れてくるのではないかという懸念がある。一方,①資金需要の回復が景気回復期待を反映したものである限り,同時に株価も上昇基調を辿ると考えられること,②株価の回復が遅れたとしても,間接金融の約4割(直接金融を含めると約5割)を占めるBIS規制対象外金融機関(例えば生命保険会社)の貸出が積極化していること,そして大企業を中心に普通社債の発行等の直接金融を通じた資金調達が可能であること,さらに,③BIS規制対象金融機関においても,優良貸出案件が増加すれば資産内容の入替えや一層の自己資本充実努力により,自己資本比率の改善が可能であることなどを考慮すれば,BIS規制が景気回復の制約要因となるおそれは小さいとも考えられる。
(設備投資への影響)
これについては,二つの経路が考えられる。第一は,エクィティ・ファイナンスの低迷による資本コストの上昇,第二は,株価下落を原因とする収益悪化が,キャッシュ・フロー(経常利益と減価償却費の合計)や流動性金融資産等の内部資金の減少,及び投資資金利用可能性の制約につながる場合である。
資本コストは,90年以降金利水準の上昇や株価の下落を通じて上昇したが,これは低すぎる水準から通常のコストへの回帰である。また,92年初からの株安は資本コストの上昇要因であるが,91年7月以降金利水準は低下の一途をたどっており,株式発行と負債による調達を総合して考えれば,資本コストは現在のところ低下傾向にあると思われる。
他方,内部資金(キャッシュ・フロー,流動性金融資産)の減少が設備投資に与える影響をみると,関数推計によれば,中小非製造業の設備投資のマイナス要因となる可能性が示されているが,流動性金融資産が製造業及び大企業の非製造業の設備投資に与える影響については,統計的に有意な結果が示されていない(推計結果は付注1-6参照)。
株価の下落は資本コスト,資金の利用可能性の両経路を通じて設備投資の減速要因である。しかしながら,国内市場か国外市場かを問わず,多くの企業は普通社債を中心とする資本調達にシフトしており,資本市場を通じる総調達資金額は,ピーク時の89年に比べれば半減しているものの,80年代前半と比較すると依然として巨額である(第1-6-8図)。また,最近の金利低下は,とりわけ中小企業非製造業の資金制約を軽減する他,資本コストの上昇を抑制するものと期待され,株価下落が設備投資に及ぼす資金制約の度合いは,短期的には大きくないと考えられる。ただし,株価下落による収益面への影響が,企業家心理を悪化させる可能性も考えられ,その場合には設備投資に悪影響を与えるという事態も起こりうる。
3. 金融システムへの影響
株価下落が金融機関の貸出行動に与える影響については既に考察したが,地価下落も,不動産業の倒産や元利払いの延滞,さらにノンバンクの業績悪化を通じて金融機関に大きな影響を与えている。
(銀行貸出の推移)
地価高騰が最も顕著であった87年には,銀行の不動産業向け貸出しは前年比3割近く増加したが,その後も90年第1四半期まで,総貸出の伸びを上回る高い伸びを続けた(第1-6-9図)。また,銀行はノンバンク向けにも大量の融資を行い,ノンバンクは不動産業向け融資を拡大した。90年4月に不動産業向け融資の総量規制が導入されてからは,不動産・ノンバンク向け融資が総貸出の伸びを下回ってようになったが,92年3月時点においても,全国銀行貸出残高422兆円(当座貸越等を除くベース)のうち,不動産業向けが51兆円,ノンバンク向け(金融・保険業のうち「その他の金融業」+物品賃貸業)が62兆円を占めている。
不動産業やノンバンクの中には,地価下落の影響を受け,経営が苦しくなっているものが多い。91年3月のノンバンクの貸出残高は98兆円にのぼっているが,このうち70%が不動産担保融資である(全国銀行では26%)。ノンバンクについてみると,貸付債権のうち1か月以上の延滞債権が10%以上に達するノンバンクは,全体の約6割に達している。ノンバンクの資金借入先は,8割程度が銀行を中心とする金融機関であることから,ノンバンクの経営が悪化した場合,銀行収益への影響が懸念されている。
(銀行の不良債権)
不動産業向け及びノンバンク向け銀行貸出等に関連する不良債権について正確に把握することは困難である。大蔵省の調べによれば,92年3月末の6か月以上利払いが停止している延滞債権の元本は,都市銀行,長期信用銀行,信託銀行の合計で7兆円から8兆円程度となっている。また,そのうち,担保や保証等でカバーされていないものは,2兆円から3兆円とみられる。
これを銀行全体の資産と比較すると,延滞債権は貸出総額351兆円の一部であり,銀行資産に占める割合は小さいこと,さらに,有価証券の含み益は17兆円程度に達することなどから,不良債権の問題が銀行経営にとって危機的な問題ではないことがわかる。
全国銀行の91年度決算については,本来業務の収益実勢を示す業務純益(経常損益から株式・特金等の売買損益,債権償却費等の臨時損益などを除いたもの)は前年度比29%増の大幅増加となったものの,価格低迷の株式等の償却や貸倒引当金繰入額が高まったことなどから,経常利益は三年連続の減益となった。なかでも,都市銀行の決算状況をみると,当期利益は三年連続の大幅減となっている(第1-6-10表)。しかし,この都市銀行の減益は,簿価を下回った株式等の償却が進められたこと,91年度には前年度に比べ3倍の貸倒引当金繰入が行われたこと,貸出金償却により不良債権への取組がみられたことなどが主な理由であり,本来業務の収益実勢を示す業務純益は32%の大幅増益を示した。また,貸倒引当金が積み増されていることは,銀行経営において,不良債権問題の対応に向けての動きが始まっていることを示している。不良債権の回収・整理には,今後数年間を要すると考えられ,その間,収益の圧迫要因になるものとみられるが,銀行の体力からみて処理可能な範囲と考えられる。このようなことから,銀行の経営基盤が揺らいでいるとは考えられず,信用面での問題が生ずることはないであろう。