平成4年
年次経済報告
調整をこえて新たな展開をめざす日本経済
平成4年7月28日
経済企画庁
第1章 調整過程にある日本経済
88年度から三年間二桁の増加を続けた民間設備投資(国民経済計算)は,90年末から91年初めにかけて名目GNP比で20.0%のピークに達した後,ストック調整局面に入り92年第1四半期には19.0%まで低下した。四半期別に実質民間設備投資をみると,91年第2四半期に前期比でマイナスに転じた後,弱い動きが続いている。この結果,実質民間設備投資は90年度12.1%増の後,91年度は3.0%増と対照的に小さな伸びとなった。
(設備投資の動向)
法人企業統計季報により設備投資の動きをみると,非製造業では90年半ばから,中小企業の設備投資が急速な低下をみせた結果,大企業を合わせた全規模の設備投資は伸びが鈍化した( 第1-3-1図 )。他方,製造業の設備投資は91年央まで堅調に推移し,年末以降低下した。産業別でこのような違いが生じた理由として,資金調達において借入依存度が高いため,金利水準に敏感な中小非製造業の設備投資が,89年央以降約二年続いた金利上昇の影響を受けていち早く減少に向かったこと,91年前半までは国内総生産が堅調に推移したため製造業の設備投資がより長く持続したことが挙げられる。92年第1四半期には,金利低下の効果もあり,中小非製造業の設備投資は前年比でみて増加に転じているものの,製造業の設備投資は五年振りに前年水準を下回っている。大企業の非製造業は前年比2.5%増となっており,全産業全規模では,86年第4四半期以来の前年割れとなった。このように設備投資の伸びが鈍化している原因として,国内需要の減速と高い伸びが続いた後のストック調整が考えられる。
設備投資の先行指標である機械受注(船舶・電力を除く民需)をみると,期末要因等から92年1~3月期に高い伸びとなったが,その反動等もあり4月は大きく減少しており,4~6月期についても減少の見込みとなっている。
日本銀行の主要企業短期経済観測(92年5月調査)により,92年度設備投資計画をみると,製造業では前年度比8.9%減,非製造業では同2.3%増が見込まれ,全産業では同2.1%減と前年水準を下回る計画となっている。業種別には,電気機械,非鉄金属,精密機械,一般機械,小売等で,先行きの需要が不透明であることや,収益環境の悪化等を理由に,92年2月時点の投資計画を更に絞り込む動きがみられた。非製造業の中では,電力,運輸・通信,リース等で,設備投資の増加が見込まれている。
(生産能力の動き)
今回の拡大局面では,力強い民間設備投資が持続したにもかかわらず,能力増強投資の比率は3割強にとどまっており,生産能力は2%程度の小さな伸びとなっている( 第1-3-2図 )。このため,製造業の生産設備の判断指標(経済企画庁,法人企業動向調査)は,88年第3四半期から91年第3四半期まで,不足と答える企業が過大と答える企業を上回る結果となっていた。このことは,積極的な設備投資が我が国の供給能力を充実させたものの,企業経営者の主観的判断からみると,生産設備能力は十分なものが備わっていなかったといえる。しかし,最終需要のストック調整から在庫積み上がりとなっている91年第4四半期以降は,判断指標が逆転し,過大と答える企業が不足と答える企業を上回って推移している。
87年後半から91年前半にかけての設備投資拡大局面において,業種や投資目的に多様な広がりのみられたことは,生産能力の伸びを小さなものにとどめるように作用した。具体的には,好調な内需に呼応する需要増対応投資だけでなく,製品の差別化投資や多様化投資,情報化関連投資,中長期的な研究開発投資,規制緩和に対応した投資が増加した。なかでも,機械投資に比べて建物投資の活発化が顕著であったことが特徴である。この背景には,多角化を進める企業は資産の有効利用を図るべく不動産投資に積極的に取り組んでいたこと,建物の更新需要が,生産部門だけでなく本社ビルや営業所等の間接部門にも及んでいたこと,また福利施設を拡充する動きがみられたことがあった。
(合理化,省力化投資)
今回の設備投資拡大局面では,合理化,省力化投資及び研究開発投資が堅調に増加した。前者については,人手不足や時短の動きに対応する必要性があった。このような投資は,短期の需要動向には比較的左右されにくい独立投資であり,中期的戦略に基づいて実施されることが多い。その意味では,需要動向に感応的な能力増強投資と異なり,独立投資は設備投資循環を安定化させ,景気調整局面における投資の急速な落ち込みを軽減させると期待される。しかし,合理化,省力化投資も広い意味では生産性を高めることにより生産能力増強の効果を有していること,また,資本コストが上昇し,将来の期待収益率が低下する場合には,独立投資といえども投資採算性見直しの対象になることを考慮すると,これらの投資も景気動向の影響を受ける可能性がある。
これらの観点を踏まえながら,経済企画庁の企業行動に関するアンケート調査(92年1月実施)をみると,今後三年間の合理化,省力化投資の決定要因(全産業)として,人手不足(70%,複数回答)に次いで,収益水準(63%),内外の需要動向(31%)が挙げられている。また,今後三年間における比重(製造業)は,能力増強投資31%,合理化,省力化投資33%,研究開発投資18%となっており,過去三年間に比べ能力増強投資が低下する一方,合理化,省力化投資と研究開発投資に高まりがみられる。今後三年間の全設備投資動向については,全産業年平均で名目4.6%の伸びが見込まれている。
(生産要素投入の動向)
今回の拡大局面において,資本と労働力という生産要素投入面の特徴をみると,力強い設備投資が資本ストックを緩やかに増加させた結果,生産の拡大が資本ストック面から制約されるという状況はみられなかった。しかし,有効求人倍率の上昇にみられるように,生産の拡大は労働力需給の引締まりに遭遇することとなった。要素価格については,資本コストがきわめて低かったのに比べて,労働コストは上昇した。このような特徴は,生産構造の資本集約化が進むことを意味し,今後,労働力人口の伸びが鈍化する過程においては,設備投資と技術革新が資本装備率を高め,全要素生産性の向上をもたらすことを通じて,労働生産性を増大させる効果が期待される。この効果は,市場メカニズムの下で,日本の供給構造を今後とも強化させる重要な役割を果たす。
しかし,今回の景気拡大期の後半において,資本コストは低すぎる水準から通常のコストへ回帰し,このような相対価格の変化に対して企業は要素投入の調整が必要になっている。設備投資は,基本的に一つの生産工程を完結させるまでは,建設中途で投資を中止することはできない。また,既存の設備を当初の生産目的とは異なる用途へ転用するには,比較的大きな調整コストを必要とすることから,資本コストが上昇してもすぐには資本投入を削減できない事情がある。ここでは,資本と労働力を投入要素とする経済全体の生産関数(稼働率と労働時間の変化は考慮する。土地は除く。)を推計し,要素投入が生産要素市場の均衡条件を満たしているかを検討することにより,企業行動の最適化状況について調べる(生産関数の推計方法については, 付注1-1 参照)。
推計結果によると,88年から90年まで資本の相対要素価格が低廉化しており,旺盛な設備投資を引き起こした( 第1-3-3図 )。しかし,90年末から資本コストは急速に上昇しており,資本投入には抑制要因となっている。それにもかかわらず,現実の資本労働投入比率は91年入りしてからも,生産関数が示す最適比率を上回って推移しており,資本の過剰投入が生じている。そのかい離幅は,91年以降とくに目立つものとなっており,資本のストック調整を待つ必要が生じていたが,92年に入って調整の進展をうかがわせる動きがみられている。ただし,過剰資本投入に関しては,将来の労働力人口の伸びの鈍化・減少を考慮した省力化投資に基づく資本ストックの増加という影響が考えられ,ある程度割り引いてみる必要がある。
91年度の鉱工業生産指数は前年度比0.6%の減少となり,86年度以来のマイナスの伸びとなった。また,出荷指数は0.2%の減少をみせ,在庫指数は7.0%の大幅増加となった。これらの動きは,90年末からの景気の緩やかな減速,91年後半のストック調整による在庫の積み上がり,そして92年初からの在庫調整の動きを反映したものである。今回の特徴は,資本財と耐久消費財の加工型業種において,大幅な在庫積み上がりが起こったことである。
(在庫循環の動き)
出荷と在庫の増加率をそれぞれ縦軸と横軸にとり両者の関係をみると,期を追って時計回りの動きが表れ,在庫循環を示すことができる。鉱工業在庫全体では,90年第4四半期を起点として91年第4四半期まで,出荷増加率の減速と在庫増加率の加速が続いた( 第1-3-4図 )。91年末からの生産調整を反映して,92年第1四半期になり在庫の増加率が低下した。財別にみると,生産財の在庫増加率は91年第4四半期から下がり始めたが,資本財と耐久消費財の在庫調整の始まりはそれより遅れ,92年第1四半期からとなった。いざなぎ景気以降の在庫循環の経験では,在庫の増加率がピークに達してから45度線に戻り在庫調整がおおむね終了するまで,およそ3四半期から4四半期経過している。
90年末からの緩やかな減速においては,当初,小型乗用車と軽自動車における新車購入の伸び悩み,及び住宅建設の減少がみられた。その結果,91年に入って資本財,生産財及びウエイトが小さいものの建設財の在庫が積み上がり出した。それを受け,鉄鋼業,化学工業等の素材型業種では,相対的に早めの減産体制に入った。91年後半からの調整局面では設備投資や耐久消費財のストック調整が本格化し,資本財と耐久消費財の在庫が急増した。景気が調整過程に入ってからも,これらの加工型業種では企業の業況感が比較的高い水準で推移していたこと,また固定費負担増加の影響等もあって,稼働率を大幅には低下させにくい状況にあり,92年に入ってからようやく本格的減産体制がとられることとなった。加工型業種の生産調整が素材型業種の在庫調整を長引かせているが,これまでのところ生産財在庫の加速的な上昇はみられていない。この背景としては,在庫管理体制の充実から加工型業種での原材料在庫の水準が低いことが挙げられる。また,今回の在庫循環は物価安定下において進展しており,価格面からの駆け込み在庫投資が発生せず,投機的性格がみられなかった。そして,これまでのところ在庫品に大幅な値崩れが生じていないため,投げ売り的な在庫調整が回避されている。そのため,生産調整を実施しながら出荷の回復を待ち,在庫調整の進展を図る動きとなっている。
(稼働率の低下)
今回の景気循環過程における製造工業稼働率指数の動きをみると,86年第4四半期の93.0(85年=100)を底に上昇に転じ,90年第4四半期に107.3のピークに達した(前掲 第1-3-2図 )。その後は低下に転じ,5四半期後の92年第1四半期には98.9となった。これは,87年第4四半期の水準であり,実稼働率に換算すると79.9%となる(経済企画庁内国調査第一課により試算)。
注意を要するのは,景気拡大局面において稼働率が一本調子では上昇しなかった点である。89年後半から90年初にかけて軽い在庫調整の動きがみられ,稼働率指数が弱含む時期があった。しかし,その間もならしてみれば,設備投資や個人消費を中心とする国内需要は力強い拡大を続けたため,在庫調整は短期間で終了し,まもなく稼働率は再び上昇に転じた。
稼働率は90年末頃より低下し,それは,日本経済の拡大テンポに減速がみられた時期と一致する。また,その後ストック調整が本格化する時期においては,稼働率が速やかに低下している。しかし,これまで比較的よくみられた稼働率が低下するような景気調整局面における失業率の上昇は,これまでのところ発生していない(失業率の動きについては本章第5節参照)。
また,加工型業種と素材型業種にわけてみると,素材型業種の稼働率が91年初以降着実に低下しているが,加工型業種の稼働率は年初低下し,年央に横ばいとなった後,再び低下するという二段階で低下の動きをみせた。加工型業種の稼働率低下が遅れた事情としては,企業の業況感は91年中も比較的高い水準で推移していたこと,人件費負担,減価償却費,金利負担という固定費負担が高まっていることが考えられる。
企業の91年度経常利益(法人企業統計季報に基く暫定的な試算値,全産業)は,前年度比12.1%の減少となり,二年連続の減益を示した。二桁の減益は74年度以来のことであり,収益環境の悪化を物語っている。91年度の営業利益は前年度比6.7%の減少に転じた。前年度からの低下幅をみると,営業利益が3.3兆円の低下,営業外損益が1兆円の悪化となり,経常利益は4.5兆円減少した。売上高経常利益率は前年度3.0%の後,91年度は2.6%となっており,第一次石油危機後75年度の1.5%までには至ってないものの,不況時の86年度(いわゆる「円高不況」の時期)と同水準であり,88年度の3.6%をピークに急速な低下をみせている。売上高営業外損益率(営業外収益から営業外費用を引いたものを営業外損益といい,それの売上高に対する比率)は前年度に続いて91年度もマイナス1.2%となり,営業外で大きな赤字を計上した。売上高営業外損益率は80年度にマイナス1.3%であった後,縮小を続け,89年度はマイナス0.6%であったことから考えると,急速なマイナス幅の高まりが収益圧迫要因として働いていることが特徴として挙げられる。以下では,企業収益の低下を景気要因と,株価下落の影響を中心とする金融面の要因に分けて調べる。結論としては,景気要因による営業利益の減少が大きな寄与を果たしたが,金融面からも少なからぬ影響がみられた。
(製造業の企業収益)
製造業大企業をみると,89年度下期から営業利益の伸びは鈍化していたが,91年度に入って大きく減少に転じている( 第1-3-5図 )。また,製造業中小企業では91年度下期に持ち直しの動きがみられるものの,収益の低下が続いている。業種別には,素材型業種,加工型業種とも押しなべて低下しているが,非鉄金属,鉄鋼,輸送用機械,電気機械等の業種での大幅な低下が目立っている。この理由として,景気減速を背景に,需要の伸び悩み,製品需給の急速な緩和による市況の低迷が挙げられる。この点を詳しくみるため,製造業の売上高経常利益率を要因分解してみよう。売上高経常利益率は87年第1四半期に3.4%であった後,89年第3四半期5.7%のピークに達した。それ以降は低下を続け,92年第1四半期には3.5%となった。その要因をみると,景気拡大を背景に売上数量の伸びは90年末まで利益増をもたらしていたが,91年末からは減益要因に転じている( 第1-3-6図 )。物価安定を反映して,価格要因は,90年末まで小きざみの動きがあったものの,利益変動には大きな影響を与えなかった。その後,価格要因は,91年前半に相対的に大きめのプラスの寄与を示したものの,その後は基調として落ち着いた動きとなっている。他方,固定費要因は91年後半まで増加を続け,大きな収益圧迫要因となった。固定費の内訳をみると,人件費負担の増大及び90年度までの積極的な設備投資に起因する減価償却費が主な増加項目となっている。
次に,製造業の収益に関して,株価下落の影響を中心とする金融面の要因を調べる。有価証券の評価損は,企業会計において低価法(決算に際し,購入価格または期末日の時価のいずれか低い額で有価証券を評価する)を用いている企業に現れる。しかし,低価法を採用せず,原価法(購入価格で有価証券を評価する)を用いている企業があり,決算ですべての評価損が計上される訳ではない。また,評価損が計上される場合でも,営業外費用として扱われる場合と特別損失と計上される場合があるので,前者は経常利益悪化要因となるが,後者の場合は経常利益には影響しないことになる。このような点に注意しながら法人企業統計季報において製造業の経常利益をみると,まず,89年度下期からは金利水準の上昇により,支払利息・割引料の増加が収益低下要因となっていたことがわかる(前掲 第1-3-5図 )。他方,株価下落に伴う売却損,評価損が含まれるその他営業外費用の動きをみると,総じて企業収益の低下要因であるものの,その大きさは軽微なものにとどまっている。しかしながら,民間金融機関の調査をみると,91年度3月期決算において,売却損,評価損を特別損失として処理し,経常利益の一層の減少を回避した企業があることが示唆されている。そうであるならば,企業の純利益は経常利益の低下が意味する以上に減少しており,株価下落は企業収益にとって圧迫要因であったことを意味している。
(非製造業の企業収益)
非製造業では,中小企業の企業収益が89年度上期から大幅な低下を示していたため,大企業を合わせた全規模の経常利益は89年度から三年連続の減益となった(前掲 第1-3-5図 )。91年度の経常利益は業種別にばらついた動きとなっており,電力,ガス,建設等では増益である一方,不動産,卸小売,運輸通信等では減益となった。非製造業全体として91年度に経常利益が低下した主な理由は,営業利益の減少,上期までみられた支払利息・割引料の増加,及び,受取利息・配当金の減少である。株価下落に伴うその他営業外費用は,製造業と同じく大きな変動要因となっていないが,企業収益にとって圧迫要因であったことに変わりはない。
(企業収益の現状)
92年前半においても,企業の収益環境は厳しいものが続いている。自動車,工作機械等の一般機械では需要が依然低迷している。また,市況は弱含みで推移しており,素材型業種の収益改善が難しい状況にある。さらに,人件費負担や減価償却費負担の増加を中心として,固定費負担は高どまりの状況にあり,在庫調整のための生産調整が,生産物単位当たり固定費負担を増大させる結果となっている。景気減速や資産価格下落を反映して,非製造業に対する需要も以前より幾分弱いものとなっている。
しかしながら,住宅建設が回復していること,金利低下や公共事業前倒しの効果が現れてくること,また先進国経済も徐々に回復してくるとみられること等を考えると,収益環境は年度後半には明るさが見えてくるものと期待される。日本銀行の主要企業短期経済観測(92年5月調査)における企業収益見通しをみてもこのような結果となっている。製造業では92年度上期に大幅減益となった後,下期にはかなりの増益に転じると見込まれている。非製造業でも上期はかなりの減益となった後,下期に小幅増益の見通しとなっている。しかしながら,不動産業の収益環境は下期も厳しい他,電力,ガスではこれまでの高水準の設備投資に伴う償却負担増から,かなりの減益に転ずると見込まれている。