第2節 底固さをみせる家計支出
1. 堅調ながら伸びが鈍化する個人消費
実質民間最終消費支出の動きを国民経済計算でみると,90年度は4.0%増と堅調に推移していたが,91年度は2.8%増と基調として堅調ながら伸びが鈍化した。
(堅調に推移した雇用者所得)
91年度の雇用者所得は,前年度比で名目7.7%増,実質5.3%増と,前年に続いて堅調な伸びとなった。一人当たり賃金の動向を現金給与総額(事業所規模30人以上)でみると,90年度の4.6%増に対し91年度は3.6%増と前年を下回った。内訳別にみると,定期給与は所定外給与の減少にもかかわらず3.2%増と堅調に推移した一方,ボーナス等の特別給与は企業業績の悪化から4.7%増と伸びが低下した。定期給与の内訳では,労働力需給の引締まり基調等を反映して所定内給与は4.1%増と堅調な伸びを保ったが,時短や景気減速の影響による所定外労働時間の減少から所定外給与は4.3%減と,五年振りに減少した。物価上昇分を差し引いた実質賃金は0.7%増となった。90年1月から集計が開始された事業所規模5人以上の賃金動向は,30人以上の事業所のそれに比べて,定期給与,特別給与ともにやや高い伸びを示しているものの,91年度当初から92年前半にかけて両者の推移に大きな差はなく,92年に入ってからは現金給与総額の伸びが減速している。最近の所得の動向を国民経済計算べースでみると,実質雇用者所得は,雇用者数が堅調に増加したことや物価が安定していることなどから,91年度中は前年比5%台の伸びで堅調に推移し,92年第1四半期においては5.2%の増加となった。
一世帯当たり家計収入の動きを家計調査でみると,91年度勤労者世帯の実収入は名目4.9%増,実質1.9%増と前年度並みの堅調な伸びを示した。世帯主収入は賃金上昇がやや低下したことを反映し,前年度の伸びを下回った。また,妻の収入は前年度に引き続き高い伸びを示したものの,他の世帯員収入は前年度の伸びを下回った。90年の社会保険料引き上げの影響が一巡したため,91年度の非消費支出は4.9%増(名目)になり,前年度から大きく鈍化した。これらの結果,家計可処分所得は名目4.9%増,実質1.9%増となり,消費支出の伸び(名目4.3%増,実質1.4%増)を支えた。また,91年度の平均消費性向は74.8となり,前年度の75.2から低下した。
(家計調査における消費の動向)
家計調査でみると,全世帯の消費支出(実質)は90年度0.8%増から91年度は2.1%増となった。これを世帯別にみると,89年度,90年度と低調に推移した一般世帯の消費支出は,91年後半に高い伸びがみられ,91年度は3.7%増となった。他方,勤労者世帯の消費支出は90年度よりもやや伸びが高まり,91年度は1.4%増となった。
今回の景気拡大局面における家計消費は,耐久消費財の購入に代表されるように,消費の多様化,高級化,複数所有化という言葉で特徴付けられてきた。例えば,2000CC超の普通乗用車,22型以上の大型テレビ,400リットル以上の大型冷蔵庫という高額耐久財の消費が好調であった。これは,可処分所得の堅調な伸びを背景にして,新製品の投入が消費者の高級品指向に合わせて行われ,消費者の買換え需要を喚起したことによる。しかし,91年までにいくつかの商品において,普及率の高まりや買換え需要の一巡からストック調整の動きが始まった。それと同時に,消費の多様化,高級化という現象に変化が認められるようになり,最近では良い質を追求しつつ,かつ価格指向を強めるという傾向になっている。
家計消費の動きを費目別にみると,91年度の消費は住居,家具・家事用品等で高い伸びとなった一方,被服及び履物,教育等では低い伸びとなった。住居については,リフォーム関係の設備修繕支出,木造家屋から非木造家屋への転居によるシフト等にともなう家賃の上昇が支出増に寄与している。また,家具・家事用品については,住居のリフォームと連動した一般家具やエアコン購入の伸びにより増加している。これを,選択的かどうか,財かサービスかに分けてその寄与をみると,選択的耐久財消費は中古自動車の購入増もあり,90年度の減少から回復をみせた一方,選択的半耐久財,選択的非耐久財消費は低下した。また,食料は90年度に比べ低下したが,食料を除く必需的財・サービスは上昇した(第1-2-1図)。消費支出の約4割を占めるサービスへの支出は堅調に推移した。サービス支出のうち伸びの高いものは,前述の家賃の他,パック旅行費等の教養娯楽,冠婚葬祭費等の諸雑費等となっている。
92年第1四半期の全世帯の実質消費支出は,前期比3.0%増とやや高い伸びとなった。費目別では,住居,教育,教養娯楽で堅調な増加となり,サービス支出が高い伸びを示している。他方,被服及び履物については,大幅な減少が続いている。このような動きから,国民所得統計の実質民間最終消費支出は,前期比0.8%増となり,実質GDPの前期比増加率0.8%に対して,0.5%の寄与度を示した。
(供給側統計からみた消費)
91年の全国百貨店販売額(通産省調べ,店舗調整済)は前年比3.8%の増加となり,90年の7.8%増に比べて低下した。91年第3四半期からは伸びが顕著に弱まっている。年全体としては,家具等の耐久消費財がほとんど伸びていない他,資産価格下落の影響等を背景に,美術工芸品,貴金属や高級雑貨等の高額商品を含むその他の商品は前年に比べ大きく減少した。さらに,紳士服を中心に衣料品の伸びは,91年末から鈍化している。チェーンストア売上高(日本チェーンストア協会調べ,店舗調整後)は,90年度4.9%増の後,91年度4.3%の増加となり,百貨店販売額ほどの伸びの鈍化はみられなかった。これは,チェーンストアにおいては百貨店と異なり,食料品の比重が高い一方,耐久消費財や高額商品の取扱いは多くないためとみられる。しかしながら,年度中の動きをみると期を追って伸び率は低下しており,92年第1四半期は前年比2.8%増となった。91年後半からの販売統計の動きには,家計調査が示す堅調な伸びと一致しない面がみられる。この理由としては,まず,百貨店統計では衣料品のウエイトが高いこと,家計のサービス支出がほんの一部しか捉えられていないなど,家計調査とは品目構成が異なることが挙げられる。さらに,百貨店統計には,法人需要が入る一方,家計調査には単身者,農林漁家世帯が入らないといった需要側対象の違いがある。また,百貨店統計など主要な供給側統計で把握できる消費支出の範囲が小さいことも一つの要因であると思われる。これに関しては,財支出については,百貨店,チェーンストア以外に郊外型専門店等の業態での支出ウエイトが最近では上昇しており,サービス支出については,後述する旅行業者取扱金額以外に主だった供給側統計がないといった点が考えられる。
乗用車の販売動向を新車新規登録・届出台数(軽自動車を含む)でみると,91年度は前年度比5.7%の減少となり,87年度から続いた高い需要にストック調整の動きがみられる。車種別には,小型乗用車(排気量2000CC以下)にまずストック調整が始まり,91年度は12.6%減と前年度に続いてマイナスの伸びとなった。軽乗用車(排気量660CC以下)は91年央以降前年比減少に転じ,91年度は4.5%減となった。これには,91年7月から車庫法が改正され,東京23区,大阪市内において軽乗用車の保管場所を届け出なければならなくなり,これら地域で需要が抑制されたことが影響している。他方,乗用車販売台数(91年度)の15%を占める普通乗用車(排気量2000CC超)は力強い拡大を続けており,91年度は42.1%増加した。新車市場においてストック調整の動きがある一方,中古車市場は活況を呈している。これは,今まで新車需要の水準が高かったために,買換えによって中古車市場への供給量が増大し,中古車需要に好ましい影響を与えていることが考えられる。
91年度の家電製品の国内出荷は総じて弱い動きとなった。カラーテレビは91年後半に回復の動きがみられたが,年末以降再び伸びが減少している。VTRは前年水準を下回って推移した。なお,エアコンは好調な需要に支えられ,92年春先まで高い伸びを示した。
最後に,レジャー関係の指標を大手旅行業者12社取扱金額でみると,91年度の国内旅行は前年度比5.7%増となり,これまでの堅調な伸びが続いている。また,海外旅行は8.2%の増加となった。91年前半は湾岸における武力行使の影響から前年より大幅に減少したが,年後半には持ち直し,92年前半は前年の反動もあり高い伸びとなった。
2. 回復の動きがみられる住宅建設
86年度から高い伸びを続けた住宅投資は,景気回復初期における国内需要拡大のリード役であったが,90年末以降減少に転じ,実質民間住宅投資(国民経済計算)は90年度前年度比4.9%増の後,91年度は11.3%減と大幅な低下を示した。
(減少した新設住宅着工戸数)
新設住宅着工戸数の動きをみると,160万戸を上回る高い水準が87年度から90年度まで持続したが,91年度は134万戸(前年度比19.4%減)に減少した(第1-2-2図)。利用関係別にみると,89年央より始まった金利上昇の影響から,まず貸家が90年半ば以降減少に転じ,90年度6.5%減の後,91年度は24.1%減となった。持家も同じ時期から減少をみせ始め,90年度5.0%減,91年度5.6%減と低下を続けた。これに対し,分譲住宅は91年初まで増加したため90年度は20.3%増となったが,その後急速な減少に転じ,91年度は29.5%減となった。また,給与住宅は91年度半ばから伸びが鈍化し,年度末に減少した。
(回復の動き)
しかし,最近の動きをみると,91年7月からの金利低下,90年後半に始まった地価の下落等のプラスの効果が住宅着工戸数に現れ始めている。貸家は,若年層人口の根強い需要を背景に,貸家経営の収益性の改善から,91年末に底を打ち緩やかな回復に転じた( 第1-2-3図)。貸家の一戸当たり平均床面積は,家族向けの供給が増加していることなどを背景にやや大型化している。持家はそれより早く91年半ば以降,緩やかな増加基調にある。とりわけ,住宅金融公庫の91年度中の融資受付は前年を大幅に上回り,公的資金による持家建設が増大している。分譲住宅は在庫調整が続いているものの,新設住宅着工戸数全体としては92年春に至って回復の動きがみられる。
地域別に回復の動きをみると,東京圏では持家が緩やかに回復するとともに,貸家が急速に回復している。大阪圏では貸家の増加が住宅建設を支えている。名古屋圏では,貸家回復を主因に緩やかな増加を続けている。また,地方圏では持家,貸家とも上昇しており,大都市圏を上回る伸びを示している。三大都市圏の市街化区域内農地については,これまで長期営農を前提に固定資産税等の軽減措置が認められてきたが,91年度の税制改正により92年度から軽減措置が廃止される。これは,市街化区域内農地を92年末までに都市計画において保全する農地(生産緑地地区内農地及び市街化調整区域へ編入される農地)と宅地化する農地に区分し,宅地化する農地にはこれまでの軽減措置を廃止し,その宅地化を促進する場合には,代わって固定資産税等の面において,税負担の軽減を配慮することになっている。この税制改正により,三大都市圏の市街化区域内農地には,宅地へ転用し貸家を建設する動きがみられている。
貸家,分譲住宅の動きは,金利水準や建築コストの動向の他,それ自身のストック調整の効果に影響されている。住宅建設のストック調整の動向については,第2章で詳しく分析する。持家建設は住宅金融公庫融資や,民間住宅ローンの借入可能性に影響される。住宅金融公庫融資受付はこのところ堅調に推移している。また,全国銀行民間住宅ローンの新規契約分の動きをみると,91年第4四半期から融資件数が回復に転じている。今後は,地価下落の効果に加え,金利低下効果の浸透が一層期待されることから,持家建設は底固い動きを示すと思われる。
今回の地価上昇により,大都市圏の中堅勤労者の住宅取得が困難となっており,住生活の充実に遅れが生じている上に,資産保有の格差が拡大した。そのため,総合的な土地対策の推進により,適正な地価水準の実現を図ることが期待されている。大都市圏のマンション価格を調べてみると,東京圏における平均的なマンション価格は,86年には年収の4.2倍であったものが,90年のピーク時に8.0倍に上昇した。その後は91年に7.1倍程度に低下しているが,未だ高水準にとどまっている(第1-2-4図)。大阪圏においては,87年に3.6倍であったが,91年には前年と同じ7.3倍にとどまっている。大都市圏の平均的なマンション価格は,年収比でみて,地価高騰前の水準からは依然かい離している。
3. 家計の資産選択行動
今回の景気拡大局面においては,利子率が89年央の利上げまで長期間にわたって低水準で推移する一方で,株価は89年まで高騰し,その後下落した。地価は90年後半から下落が始まった。また,物価は総じてみれば安定した動きとなった。このような局面において,実物資産の資本コスト(投資に必要となる実質コスト)及び金融資産の収益率は大きく変化した。収益率に変化がなければ,経済主体は自己の保有する資産構成(ポートフォリオ)を一定に維持するよう行動し,新規の資産取得については,資産構成比率に応じた投資を行う(資産の危険度には変化がないとする)。しかし,相対的収益率に変化がある場合には,資産取得行動を変更するので,ポートフォリオがそれまでと異なってくる。また,投資行動に変化がなくても,特定の資産の時価が高まることによって,価格変動の結果としてポートフォリオが受動的に変わる場合もある。その場合は,相対的収益率を考慮したうえで,比重の低いものへの投資を追加するなどの方法によりポートフォリオの調整が行われる。
(住宅投資と株式購入に特徴がみられた資産選択)
まず,耐久消費財の購入と住宅投資という実物資産の選択からみる。それぞれの資本コストは,85年から89年まで金融緩和を反映して,緩やかな低下を示した(第1-2-5図)。このような資本コストの低下を踏まえ,家計は実物投資を増加させた。耐久消費財への支出は,消費支出全体に占める割合で80年代前半は6%程度であったが,85年以降は7%超にまで高まった。他方,住宅投資は顕著な増大をみせた。家計貯蓄に対する住宅投資の比率は,86年に40%程度まで低下していたが,それ以降急速に拡大し50%を優に上回る水準で推移した。住宅投資に対する家計の資産選好の高まりが,当時の高水準な住宅建設の背景であったものの,このような住宅に対する集中的な資産選択は,資本コストの低下から予想される動きを超えていたと思われる。
次に,定期性預金,長期債券,株式等の金融資産選択を考察する。定期性預金の収益率としては,定期預金利子率をとり,それ以外の金融資産の相対的収益率としては,各金融資産利回りマイナス定期預金利子率とする。また,金融資産の選択行動は,年々の金融資産純増に占める各資産の購入割合で調べる。定期性預金購入の動きをみると,おおむね利子率の変化に即した資産選好となっており,利子率の高まりを反映して,87年以降は購入割合が高まった。長期債券の購入は,定期性預金に比べ低い比重である。基本的には相対利回りの動きに沿った資産選択がなされているが,時として,定期性預金や生命保険へのシフトの影響が現れている。他方,株式投資は激しい動きをみせている。家計の株式投資は配当利回りに左右されず,総投資利回りと配当利回りの差,すなわちキャピタルゲインの動きに基本的に支配されている。NTT株の市中売却に伴う株式購入を中心に,87年に株式投資が急増した後は,キャピタルゲインを実現させ,値上がり益を享受する動きが続いた。90年には株価が下落するなかで,株式投資が回復した。
このように家計の資産選択においては,住宅投資や株式購入に資本コストや収益率の動きのみでは説明できない集中的な投資がみられた。これは,今回の景気拡大局面における可処分所得の上昇を背景に投資が活発化したものの他,地価上昇の影響や株価上昇が続くという期待に起因する要素もあると考えられる。
(家計の利払い負担)
家計の資産選択行動の裏にあたる債務面をみてみよう。我が国の消費者信用残高は一貫して拡大している。この背景としては,耐久財やサービス等の消費が堅調に伸びていること,家計がより多様な資産選択を行い金融資産の両建て化(資産,負債ともに増加していること)が進んでいることが家計側の要因として挙げられ,ある程度先進国で共通の動きとなっている。しかしながら,このような負債の増加が家計のバランスシートを悪化させる度合は,国により異なっている。国民所得統計ベースで国際比較を行うと,アメリカやイギリスで家計の債務負担がかなり大きくなっており,消費者ローンや住宅ローンの利払いがフローの所得の相当程度を占めている(第1-2-6図)。このため,90年末から始まった金融緩和の効果がこれまでのところこれらの国の家計消費において現れてこず,景気回復になかなか結びつかない一因となっている可能性も考えられる。これに対し,日本の家計における利払い負担は大きくなったとはいえ,先程の国々に比べると未だ半分程度であり,消費態度に対する足枷になっているとは思われない。特に,日本の消費者金融や販売信用は比較的短期に返済されることが多いこと,販売信用のなかでは金利負担をともなわないものが多いと考えられる非割賦販売の伸びが高いことなども,債務残高の増大が個人消費を抑制する度合いを軽減している。これらのことから,我が国の消費動向に対する家計のバランスシート面からの悪影響は,アメリカやイギリス等に比べて軽微であるとみられる。