第3節 人手不足の影響と賃金・物価

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労働力需給の引締まりが続くなかで,賃金上昇率は全体として落ち着いている。こうした賃金動向を反映して,物価は総じて安定基調を続けているが,90年半ばから91年初にかけて国内卸売物価,消費者物価とも上昇率にやや高まりが見られた。これには湾岸危機の影響による原油及び石油製品価格の上昇の影響や消費者物価では天候要因による生鮮食品価格の高騰が大きく寄与しており,その後の石油価格の下落や生鮮食品価格の落ち着きを反映して最近月では物価上昇率は再び低下している。もっとも今回の景気回復初期の87,88年の頃と比較すると物価上昇率には高まりが見られ,人件費,物流費の上昇が徐々に物価を押し上げる要因となっていることも考えられる。この第3節では,根強い人手不足感が続くなかで,コスト面からの物価上昇圧力が経済全体のインフレ体質を強めていないかどうかを検討する。

1 賃金の動向と人手不足の影響

今回の景気拡大期を通じて賃金上昇率は全体として落ち着いており,労働市場の引締まりが全般的な賃金上昇の加速をもたらすには至っていない。財市場と同様,労働市場においても需給が引き締まれば労働の価格である賃金が上昇し,これが需要を抑制し,供給を増加させることによって需給の均衡が回復されると考えられるが,ここではこうした観点から賃金と労働力需給の関係についてみてみよう。

(賃金の動向)

景気拡大が続くなかで賃金は堅調な増加を続け,90年度の現金給与総額(事業所規模30人以上)は前年度に比べ4.6%増と,89年度の4.2%増を上回る増加となった。これは定期給与が4.0%増(89年度3.3%増)と伸びを高めたことに加え,特別給与が同6.1%増と高水準の企業収益を反映して前年度に引き続き堅調に推移したためである。定期給与の内訳をみると,90年度は所定内給与が前年度比4.0%増と前年度を上回る伸びを示した一方,所定外給与は所定外労働時間が減少したこともあって同3.8%増と伸びを低めた。また,時間当たり賃金(労働時間当たり現金給与総額)は,労働時間の減少を反映して88年度4.7%,89年度5.5%の後,90年度は5.9%と伸びを高めている。

春季賃上げ率(労働省労政局調べ,主要企業)は90年まで3年連続で前年を上回る実績となった後,91年は5.65%と前年の5.94%を下回った。91年の春季労使交渉の特色としては,賃上げとともに中期的な労働時間短縮問題が交渉の大きな議題とされたことであり,その結果,例えば鉄鋼大手5社では90年代半ばまでに年間総労働時間1800時間台を目標とする中期ビジョンの策定が合意されるなど,労働時間面での成果配分を重視する機運が強まったことが挙げられる。

(労働力需給と賃金)

賃金決定は労働力需給のほか,物価上昇,労働生産性あるいは企業収益にも影響を受けるが,労働力需給,物価上昇,労働生産性の3つを説明変数とする賃金(時間当たり賃金)関数を推計期間を変えて計測してみると,安定成長期に入ってからは(ここでは80年代以降について計測),高度成長期に比べ,賃金上昇に対する労働力需給の影響が大きく低下し,また物価上昇の影響も低下する一方,生産性の影響がやや高まっている(第3-3-1表)。この背景としては,2度の石油危機を始めとする経済環境の厳しい変化を経験するなかで,長期的な視点にたった賃金決定がなされるようになっていることが考えられ,今回の景気拡大期における賃金上昇も,労働力需給の引締まりを反映しながらも,全体として落ち着いたものとなっているといえる。

また,人手不足と賃金上昇の関係を業種別,企業規模別等にみてみると,人手不足を反映した賃金上昇が見られるのは一部の業種や職種に限られ,広範な業種にわたる賃金上昇の加速は見られていないことが指摘できる。第3-3-2図は90年における業種別の現金給与総額の前年比上昇率と欠員率の関係を図示したものであるが,建設業では欠員率が高く,同時に賃金上昇率も高いという関係が見られるものの,その他の業種については欠員率と賃金上昇率の関係は明らかではない。また,企業規模別の賃金動向をみても,中小企業の賃金上昇率は77~85年まで大企業や中堅企業の賃金上昇率を下回り,賃金の規模間格差の拡大が見られており,今回の景気拡大期になって,86,87,そして90年に大企業や中堅企業を上回る賃金上昇が見られているものの,88,89年の両年には中小企業の賃金上昇率は大企業や中堅企業を下回るなど,今回の景気拡大局面において賃金の企業規模間の格差が縮小しているとは必ずしもいえない。こうした背景には,中小企業では支払い能力の点等で大幅な賃上げが難しい面もあると考えられる。

一方,今回の景気拡大期に一時4倍程度の高い有効求人倍率が見られたパートについて,女子パート賃金(時間給)の上昇率をみると,前年比で88年3.0%,89年3.1%と全体の賃金上昇率を下回って推移した後,90年になって7.6%と大幅に上昇し,産業計で712円となるなど,労働力需給を反映した賃金上昇が見られていることがわかる。

(中途採用,女子パート雇用等の平均賃金に与える影響)

労働力需給が賃金決定に与える影響が弱まっている理由の一つに,中途採用者や女子パート労働者の賃金が平均より低く,その雇用の拡大が平均賃金を引き下げる効果をもつことが考えられる。

そこで労働省「賃金構造基本統計調査」をもとに,製造業,卸売・小売業,飲食店,それにサービス業について85~87年と87~90年にかけての賃金上昇率をそれぞれ勤続0年(新卒,中途採用,再雇用)賃金,女子パート賃金,在籍(勤続1年以上)賃金,それに労働者構成変化にわけて寄与度分解してみたのが第3-3-3図である。これによれば,在籍賃金の上昇自体が落ち着いたものとなっている一方,この2つの期間の間で,勤続0年賃金は各産業でプラスの寄与を高め,女子パート賃金も製造業ではマイナスからプラスの寄与に転じているものの,「労働者構成変化」の寄与度をみると,製造業ではプラスからマイナスに転じ,また卸売・小売業,飲食店とサービス業ではマイナスの寄与を拡大させており,勤続0年と女子パート雇用の拡大がこれら業種の平均賃金をある程度押し下げる効果をもっていたといえる。

(人手不足の賃金体系に対する影響)

賃金関数の計測結果が示唆するように,80年代にはそれ以前に比べ,賃金上昇に対する労働力需給の影響が弱まっているが,我が国のいわゆる終身雇用慣行のもとでは企業は従業員の採用を主に若年労働者の採用で行うことから,若年労働者の賃金には労働市場の需給が反映されやすく,近年の労働力需給の引締まりが若年層の賃金上昇を通じて我が国の年功賃金体系に影響を与える可能性が考えられる。

労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」で企業が賃上げに当たり最も重視した年齢層をみると,83年以降在籍若年層が在籍中年層を上回っているが,最近ではその構成比が87年の48.8%を底に上昇して90年には55.4%に達している。また新規学卒者は従来10%未満であったものが88年以降急速に上昇し,90年には27.0%と在籍中高年を上回り,在籍若年層に次ぐ高さとなっている。

一方,労働省「賃金構造基本統計調査」で年齢階級別賃金をみると,確かに高度成長期には労働力需給のひっ迫を反映して新規学卒者を中心とした若年層の賃金上昇が大きく,所定内給与の年齢間格差の縮小がみられたが,安定成長期に入ると労働力需給が相対的に緩和するなかで中高年層を中心に勤続年数の長期化が進み,若年層の賃金上昇が中高年層に比べて相対的に低下したことから年齢間の賃金格差が拡大している。今回の景気拡大局面にはいると,初任給や若年層の賃金上昇率の高まりを反映して,大卒男子についてみると85年以降賃金カーブはやや緩やかになっている。一方,学歴計でみた年齢別賃金格差は,高学歴者の割合の上昇など属性の変化の影響も受けるため,少なくともこれまでのところ学歴別に見られるほどの縮小は見られない。いずれにせよ今回の景気拡大局面における年齢別賃金の変化は,賃金カーブの形が大きく変わるほどの変化ではなく,年功賃金は依然として維持されているといえよう(第3-3-4図)。

2 物価の動向と人手不足の影響

90年度の物価上昇率は国内卸売物価で前年度比1.5%,消費者物価で同3.3%と全体としては安定基調を続けたが,景気回復初期の87,88年頃と比較すると,上昇率に高まりが見られている。この背景には,第1章でみたように,湾岸危機の影響や消費者物価については生鮮食品の一時的高騰による影響が大きかったが,人件費,物流費の上昇などコスト面からの物価上昇圧力の高まりも考えられる。ここでは,こうした需給,コスト両面から最近の物価動向を分析する。

(物価の動向)

国内卸売物価は89年度に消費税導入に伴う1回限りの価格上昇の影響もあって前年度比2.6%上昇した後,90年度も同1.5%の上昇と2年度連続の上昇となった(石油・石炭製品を除くと0.9%の上昇)。90年度には,前年度の消費税導入の影響が剥落した代わりに,湾岸危機による石油価格の上昇を反映して石油・石炭製品,化学製品,プラスチック製品の上昇が見られ,これに加えて加工食品,一般機械,窯業・土石製品,金属製品等の業種が値上がりを続けた。年度中の動きを前期比上昇率でみると,4~6月期の0.3%から7~9月期0.7%,10~12月期0.9%と上昇率を高めた後,91年1~3月期には石油製品の低下などから前期比上昇率は0.4%へと低下した。

一方,消費者物価は89年度に消費税導入に伴う1回限りの価格上昇の影響もあって前年度比2.9%上昇したあと,90年度は,消費税導入の影響が剥落したものの,生鮮野菜などの生鮮食品が天候不順などの影響で高い価格水準で推移したことから,前年度比3.3%の上昇と81年度以来9年ぶりに3%を超える上昇となった(生鮮食品を除く総合では2.8%の上昇)。年度中の動きを前年同期比上昇率でみると,4~6月期の2.4%から,7~9月期2.8%,10~12月期3.8%,91年1~3月期4.2%と期を追うごとに上昇率が高まった。また生鮮食品と灯油,ガソリン,プロパンガスの「石油3品」を除いてみても,前年同期比上昇率は,90年4~6月期の2.0%から91年1~3月期には3.2%となり,上昇率に高まりが見られた。

90年度における国内卸売物価及び消費者物価の上昇の要因をみるため物価関数を用いて要因分解を行ってみると,国内卸売物価については輸入物価と単位労働コストの寄与が,また消費者物価については賃金要因の寄与が大きく,かつ単位労働コストや賃金要因の物価上昇に対する寄与度が89年度に比べやや高まっているものの,90年後半からの物価上昇率の高まりを必ずしも説明するものとはなっていないことがわかる(第3-3-5図)。ここで需給要因は90年度に入ってからは物価上昇に対する寄与度はほとんどみられなくなっているが,これは,第1節でみたように,国内需給の引締まりが続いたものの,引締まりの程度が大きく変化していないためである。また輸入数量要因については,マイナスに寄与しており,製品輸入数量の増加が国内物価を抑制する,いわゆる「輸入の安全弁」効果は依然として働いている。ただし,消費者物価については,89年度と比較すると,その効果はわずかながら縮小していると考えられる。一方,物流経費については,後で述べるように企業向けサービス価格指数で道路貨物運送価格の上昇が大きいこと等からみて,90年度の国内卸売物価,消費者物価の上昇にもその上昇が影響しているものと考えられる。

ところで,第3-3-5図では90年後半から91年初にかけて,国内卸売物価,消費者物価とも現実の物価上昇率が物価関数から得られる推計値を大きく上回っている。こうしたかい離の原因として,国内卸売物価については,需給要因やコスト要因が物価に影響を及ぼすラグが一定ではなく,これまで顕在化してこなかったいわゆる積み残し分の物価上昇要因がこの時期になって顕在化したことも考えられる。また,消費者物価については,生鮮食品の値上がりが推計値と実績値のかい離に寄与していることが考えられる。ただし,既にみたように,この時期には生鮮食品と石油3品を除いても上昇率に高まりが見られている。

(コア・インフレ率の動向)

生鮮食品と石油3品については既に第1章で述べたが,ここでは,生鮮食品と石油3品を除く消費者物価上昇率(コア・インフレ率)についてみてみよう。

第3-3-6図は生鮮食品と石油3品を除く消費者物価の前年比上昇率を商品とサービスに,さらに商品について特殊分類別に寄与度分解したものである。既に述べたように,生鮮食品と石油3品を除いた消費者物価の前年比上昇率は90年4~6月期の2.0%から91年1~3月期には3.2%となり,上昇率に高まりがみられたが,第3-3-6図でみると,90年半ばから91年初にかけてはサービスより商品の寄与が拡大しており,また,商品のなかでは,食料工業製品が寄与度を高めるとともに,繊維製品も比較的高い寄与を続けたことがわかる。

(サービスの消費者物価)

サービスの消費者物価をみると,89年度中の消費税導入に伴う1回限りの価格上昇による上昇は別として,前年同期比で90年4~6月の2.6%の上昇から91年1~3月期の3.1%の上昇へと上昇率がやや高まっている。サービスの消費者物価はこれまで73,79及び80年度の石油危機の影響を受けた年を除き,常に商品を上回る上昇を示しており,90年度の上昇率も2.8%と生鮮食品と石油3品を除く商品の上昇率(2.5%)を上回っている。

90年度のサービスの消費者物価上昇率の内訳を特殊分類で見ると,持家の帰属家賃(前年度比3.0%)の上昇が比較的高いほか,個人サービス料金が,教育関係費の上昇に加えて,人手不足を反映した大工,左官手間代の上昇等により,分類中最も上昇率が高くなっている(同3.9%)。また,民営家賃間代(前年度比2.3%),外食(同2.0%),公共サービス料金(同2.0%)はいずれも落ち着いた上昇となっており,サービスの消費者物価全体としては,消費者物価の上昇要因とはなってはいるものの,90年度中はその寄与が大きく拡大したわけではない。

(企業向けサービス価格)

サービスは企業の生産活動においても重要な投入要素となっており,85年産業連関表によれば第3次産業からの中間投入額(企業間取引額)は112兆円と全中間投入額の約32%に上っている。企業向けサービスの受け手は製造業ばかりでなく,建設業や第3次産業自身も含まれ,その価格は直接,間接に卸売物価や消費者物価に影響を与えることとなる。

日本銀行「企業向けサービス価格指数」によって85年以降の企業向けサービス価格の動向をみると,運輸,不動産,情報サービス,通信,広告,金融・保険,諸サービスを総合した総平均指数は85年から88年初までは総じて安定的な動きを示していたがその後徐々に上昇率が高まり,90年10~12月及び91年1~3月期には前年同期比3.9%の上昇となり,90年度平均でも3.6%の上昇と国内卸売物価を上回る上昇を示している(第3-3-7図)。90年度の上昇の要因を寄与度の大きい類別でみると,不動産賃貸(事務所,店舗賃料等)のほか,道路貨物輸送,土木建築サービス(設計監理,測量等),建物サービス(清掃,警備等)やリース(産業機械リース,情報関連機器リース等)の寄与が大きい。

3 労働力不足への企業の対応

既にみたように,労働力需給の引締まりは全体としての賃金上昇の加速につながっていないが,企業は労働力不足に対して賃上げ以外にも様々な方法で対応している。ここではそうした動きとして,省力化投資,労働時間短縮及び地方分散を取り上げ,最近の動向をみることにする。

(省力化投資)

第1章第4節でみたように,近年,製造業の設備投資目的に占める合理化・省力化投資のウエイトが増加しているが,設備投資目的に占める合理化・省力化投資の割合と雇用人員判断DIの関係を業種別にみると,人手不足感の高い業種では合理化・省力化投資の割合が高いという関係が見られる(第3-3-8図)。また,労働省「労働経済動向調査」(90年11月)によって労働者不足への事業運営上の対処方法(2項目以内複数回答)をみると,ロボットの導入やマイクロエレクトロニクス化・OA化等の省力化投資を挙げる企業が製造業では62%に達しているほか,卸売・小売業,飲食店で36%,サービス業で21%と,非製造業においても省力化投資が実施されていることが示されている。

こうした背景には,投資財に対する賃金の相対価格が趨勢的に上昇し,省力化投資の採算性が確実に高まっていることが挙げられるが,特に最近になって省力化投資が拡大していることについては,第2節でみたように,製造業を中心に単純工や技能工の欠員率が高まっていることから,企業が将来の人手不足の可能性をもにらみながら積極的に省力化を図ろうとする動きがあるものと見られる。

(労働時間短縮)

87年に労働基準法が40年振りに抜本的に改正され,週法定労働時間を88年4月改正法の施行後当面は46時間,3年後の91年4月からは原則として44時間に移行するなど,それまでの週48時間制が段階的に40時間に引き下げられることとなった。こうした動きを受け,87年から90年にかけて年間の所定内労働時間は67時間減少し,また総実労働時間は同期間に59時間減少して90年には2,052時間となっているが,1,800時間程度という目標の実現に向け,一層の努力が必要とされている現状にある。

経済企画庁「平成2年度企業行動に関するアンケート調査」(91年3月)によれば,人手不足対策(複数回答)として「賃金の引上げ」を挙げる企業が全体の3割程度にとどまる一方,5割程度の企業が「福利厚生制度の充実」,「労働時間の短縮による人材確保」を挙げ,労働環境・労働条件の改善により,職としての魅力を高める方向を打ち出している。こうしたことから,過去3年間について「どちらかというと時間短縮より賃金を重視する」企業が7割あったのが,今後3年間については4割に低下し,逆に「どちらかというと賃金より時間短縮を重視する」企業が過去3年間については2割弱であったものが,今後3年間については5割へと急増している。一方,90年代の経営環境の改善・悪化要因(複数回答)として「企業への帰属意識の低下,若年労働者不足・高齢化,労働市場の流動化等による企業活力の低下」とともに「労働時間短縮の進展による労働コストの上昇」を挙げる企業が全体の7割近くを占め,多くの企業で労働時間短縮による労働コストの上昇が懸念されていることがわかる。

したがって,労働時間短縮を進めるためには,労働時間短縮と同時に生産性の上昇を図り,労働時間短縮によるコスト上昇を生産性の上昇でできるだけ吸収することが重要である。労働省「労働時間短縮が生産性向上等に及ぼす影響に関する調査」(91年2月)によれば,労働時間短縮に積極的に取り組んでいる中小企業の93%で生産性の向上が見られ,更に87%の企業で労働時間の短縮率と同等ないし労働時間の短縮率を上回る生産性の向上が実現されている。この結果,調査企業の平均労働時間短縮率が年率2.3%であるのに対して生産性上昇率は同7.8%と大幅な生産性上昇が実現されている。もちろん,実現された生産性の上昇がすべて労働時間短縮の効果によるものとは言えないが,同じ調査によれば,労働時間短縮の効果として「生産性の向上」,「社員の士気向上」を挙げた企業が100社中それぞれ58社,51社(複数回答)と,過半数の企業で労働時間短縮が生産性向上に寄与したことが報告されている。

(企業の地方展開)

我が国における工場立地件数は85~87年の3年間は年間2,500件台で推移していたが,88,89年とそれぞれ前年比38.3%,17.6%の大幅な増加を示し,89年には全国で4,157件に達した。90年の工場立地件数は3,781件と前年に比べ9.0%減少したが,南東北,関東臨海,東海で大きく減少しており,大都市圏周辺で工場用地,労働力の不足が進んでいることを示している。一方,北東北,北陸,四国,九州では工場立地は好調に推移しており,高速交通体系の整備に加え,工場用地,労働力の確保の観点から,工場立地の地方展開が一層進展していることがうかがえる。

工場立地の際にその地域を選定した理由を新設の場合についてみると,「労働力の確保」の割合がかなり以前から上昇に転じてはいたが近年急上昇を示しており,90年には21.5%とそれまで選定理由の上位を占めていた「県・市・町・村の助成・協力」「地元である」「市場への輸送の便」などを上回り,選定理由の1位になっている。地域別にみると,選定理由に占める「労働力の確保」の割合はすべての地域において上昇を示しているが,特に,北海道,北東北,北陸,山陰,四国,北九州,南九州など地方圏での上昇が目立っている。こうした労働力確保を目的とした工場立地の増加は第3-3-9図に見られるように,有効求人倍率の相対的に低い地域で工場立地件数の増加が大きいという傾向にも現れている。

産業の地方分散の動きは地域間の労働力需給を平準化する効果をもち,一部の地域を除き有効求人倍率が1を超えるほど労働力需給が改善したことは,前節で述べた労働力需給の地域間ミスマッチの縮小の大きな要因となった。高度成長期には産業が都市に集中し,就業機会を求めて人口が地方から都市に流入したが,近年の動向をみると,大都市周辺における工場用地,労働力の確保は次第に困難になってきており,新規立地の中心が地方圏に移行していることがわかる。長男・長女化が進むなかで労働力の地域間移動が生じにくくなり,これが労働力需給の地域間ミスマッチの一因として考えられるが,近年の動向は,労働力の地域間移動が限られる場合であっても,逆に事業所が労働力を求めて積極的に地方に展開することにより,労働力需給の地域間のミスマッチの縮小を図ることがある程度は可能であることを示唆している。

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