平成3年
年次経済報告
長期拡大の条件と国際社会における役割
平成3年8月9日
経済企画庁
第3章 長期拡大と供給制約
我が国は第1次石油危機後の安定成長期においては慢性的に有効求人倍率が1を下回る労働力需給緩和の状態が続いたため,今回の景気拡大期におけるように,高度成長期に比較して緩やかな経済成長率のもとで,労働力需給が現在のように引き締まることは予想されていなかった。この第2節では,我が国経済が直面する当面の人手不足問題の背景を労働力の需要,供給の両面から明らかにするとともに,中長期的な労働力供給の展望についても考えてみたい。
ここでは,まず最近における労働力需給の動向をみてみよう。
新規求人倍率(季節調整値)は90年度に入ってから上昇テンポを鈍化させながらも更に上昇を続け,91年3月には2.23倍と73年11月以来の高い水準に達している。また有効求人倍率(同)も新規求人倍率と同様上昇テンポを鈍化させながら上昇を続け,91年3月には1.47倍と,月次でみてもいざなぎ景気のピークをわずかではあるが上回り,74年2月の1.55倍以来の高い水準に達している(第3-2-1図)。有効求人倍率についてその分子である有効求人数と分母である有効求職者数の動きをみると,有効求人数は増加テンポが89年度,90年度と鈍化しているものの,4年連続増加となる一方,雇用情勢の改善を反映して有効求職者数は4年連続で減少しているが,90年度は減少テンポが求人の増加テンポ程ではないが鈍化している。こうしたことから,90年度の有効求人倍率の上昇幅は88年度,89年度より鈍化している。
最近における有効求人数の増加テンポの鈍化の背景として産業別新規求人数の動向をみると,サービス業における新規求人数が引き続き増加を続けている一方,建設業及び卸売・小売業,飲食店では新規求人数が既に88年後半以降横ばいとなっているほか,製造業についても最近では新規求人数の増加が鈍化している。この背景としては,雇用者数の堅調な増加に見られるように,労働力確保がある程度進んできていることが挙げられるが,これらの業種ではいずれも欠員率(未充足求人数/雇用者数)が依然高いために企業がこれ以上の求人を控えているといった面もあるものと見られる。同様に,有効求職者数の減少には,失業,特に人員整理等「非自発的離職」による失業の減少が大きく影響しているほか,企業の採用意欲が旺盛であり,求職を行うとする者が比較的容易に就職先を見つけられるため,結果として公共職業安定所への求職申し込みが減少していることも考えられる。もっとも,90年度は,失業者の減少幅が小さくなっていること,パートタイム求職の増加等から有効求職者数の減少テンポは鈍化している。
求人倍率を一般,パートタイムの別にみると,今回の景気拡大期においてはパートの求人倍率の上昇が著しく,新規,有効とも86年頃までは1.5倍程度で推移したものが89年半ばにはほぼ4倍という高い水準を記録している。パートタイムの求人倍率はその後求人数の増加が鈍化するなかで求職者が増加に転じたことから90年に入ってからは低下傾向にあるが,依然過去のピークを大きく上回って推移している。こうしたパートタイム需要の拡大の背景として,サービス業,卸売・小売業,飲食店など第3次産業においては,仕事の繁閑が大きいことからもともとパートを含む短時間雇用者の比率が高く,今回の景気拡大が内需主導であったこと自体がパート労働の需要増加につながったことに加え,労働力需給が引き締まるなかで,労働力不足への対応策として,パート労働に対する需要が強まったことが考えられる。
また,完全失業率(季節調整値)は87年5月の3.1%をピークに低下を続け90年3月には2.0%と80年9月以来の低水準を記録した後,以後は月による変動はあるものの2.0~2.2%の範囲で推移している。今回の景気拡大期における失業率低下の要因を完全失業者数の内訳でみると,87年から90年にかけての3年間の完全失業者数の減少39万人のうち非自発的離職による者の減少が25万人を占め,雇用情勢の改善を反映した非自発的離職者の減少が失業率低下の大きな要因となった。
日本銀行「企業短期経済観測」で企業(全国企業,全産業)の雇用人員判断DI(「過剰」とみる企業の割合から「不足」とみる企業の割合を引いたもの,%)の推移をみると,景気回復初期には雇用過剰感が残っていたものが87年末からは「不足」超に転じ,その後は各年5月に新卒の採用から「不足」超がやや縮小する動きをともないながら「不足」超幅が拡大し,最近では90年11月と91年2月に「不足」超が46%と,74年に全国企業ベースでの調査が始まって以来の高い水準に達している(第3-2-2図)。
これを企業規模別にみると,91年2月時点で「不足」超が大企業で40%であるのに対して,中堅企業では50%,中小企業では47%と大企業よりも中堅・中小企業で人手不足感が高い。更に産業別にみると,製造業では「不足」超が大企業33%,中堅企業47%,中小企業50%と規模が小さいほど「不足」超幅が大きいのに対して,非製造業の「不足」超幅は大企業48%,中堅企業52%,中小企業43%と,必ずしも規模による差は見られず,非製造業では大企業においても人手不足感が高いことが特徴となっている。
今回の景気拡大期における労働力需給引締まりの背景として,労働力需要面からは,今回の景気拡大が安定成長期としてはきわめて息の長いものとなっていること,また経済成長が内需主導であり,雇用吸収力が大きいことが挙げられる。
昨年度の本報告で指摘したように,今回の景気拡大期における雇用弾性値(経済成長率1ポイント当たりの就業者数増加率)は過去の景気拡張局面と比べても高く,今回の景気拡大期における労働力需要が強いことが示唆されているが,85年産業連関表をもとに需要項目別に就業誘発係数を計算してみると,国内需要の就業誘発係数(173.8人/10億円)は輸出の就業誘発係数(120.1人/10億円)を大きく上回っており,設備投資や個人消費に支えられた国内需要の増加が幅広い業種で労働力需要の増加を誘発することにより,全体として大きな労働力需要の増加を生んでいることがわかる(労働省「昭和60年産業連関表による労働力の産業連関分析」により試算)。
また,今回の景気拡大期における年々の雇用弾性値を計算してみると,景気回復初期の87,88年における雇用弾性値は必ずしも高いものではなく,89,90年になって,つまり景気拡大の長期化にともなって弾性値が大きく上昇していることがわかる(第3-2-3図)。雇用弾性値のこうした動きの背景としては,景気後退期に新規採用・中途採用の抑制,定年退職者の補充の見送りや,希望退職の募集・解雇が行われてきたところに今回の景気拡大で企業の成長期待が高まり,新事業分野への進出や離職者の補充のための労働力需要が一挙に顕在化したことが考えられる。経済企画庁「企業行動に関するアンケート調査」(各年)による経済成長率についての企業の予想をみると,景気回復初期の87,88年度については実績値を大幅に下回っており,企業の成長期待が相当に慎重なものであったことがうかがわれること,また,建設業や製造業の就業者数が景気回復初期の87年に減少していたことが指摘できる。さらに,第3-2-3図で,就業者数に労働時間を乗じた労働投入量の対GNP弾性値をみると,88年4月の改正労働基準法の施行を機に労働時間が減少していることから,85年を底に上昇していた弾性値は87年をピークに低下しており,89,90年には安定成長期としては過去の景気循環の「谷」に相当する低い水準となっている。このように労働投入量の対GNP弾性値が低下するなかで雇用弾性値の上昇が生じていることは,最近における労働力需要の増加が,短時間雇用者の増加や時短を含む労働時間の動向とも関連があることを示唆している。
上でみたように,今回の景気拡大期における労働力需給引締まりの背景として,労働力需要の強さを挙げることができるが,ここで重要なことは,労働力供給の側でも需要にほぼ対応する大幅な供給の増加が見られていることである。
労働力人口は90年に前年比1.8%増加し,増加幅は114万人と,89年から90年まで2年連続の100万を超える大幅な増加となった。このように労働力人口が前年差100万人を超える増加を示したのは83年を除けば66年(104万人増)以来のことである。86年から90年にかけての4年間でも労働力人口は364万人増となり,この間の就業者数の増加396万人にほぼ見合った増加を示している(差の33万人は完全失業者数の減少)。86年から90年にかけての労働力人口増加の内訳をみると,男子165万人,女子198万人と女子が男子を上回っており,近年の労働力供給の増加には女子の寄与が大きいことが特徴となっている。
15歳以上人口の伸びは,87年以降わずかながら低下傾向にあり,90年には前年比1.2%となっている。これに対して,労働力人口の増加率は85年の0.6%から90年には1.8%と逆に伸びを高めている。こうした15歳以上人口の伸びを上回る労働力人口の増加は15歳以上人口に対する労働力人口の割合である労働力率の上昇によってもたらされており,90年の労働力率をみると,男子は前年に比べて0.2ポイントの上昇と73年以来17年振りに上昇して77.2%となり,また女子は同じく0.6ポイント上昇して50.1%と69年以来21年振りに50%台となるなど,女子を中心に,上昇が目立っている。
景気循環と労働力率の関係については,一般に,好況時には世帯主所得の上昇や雇用不安の減少を反映して「家計補助的」な就労動機が弱まる一方,逆に景気拡大にともなって有利な就業機会が増加すると,「良い仕事があれば働きたい」とする就業希望者の労働力市場への参入が促進される。今回の景気拡大期においては,景気回復の初期には労働力率の低下が生じたが,89,90年には労働力率の大きな上昇が生じており,パート需要の拡大等,弾力的な形態の就業機会が増加したことが労働力率上昇の大きな誘因となっているものと考えられる。このように,労働力供給は短期的にみても必ずしも固定的なものではなく,特に近年においては,労働力需要が労働力供給を誘発する傾向が強まっているといえよう。
男子の労働力率は90年に17年振りの上昇を示したが,年齢階層別にみると労働力率の上昇は15~19歳の若年層と60歳以上の高齢層で目立っている。このうち15~19歳の若年層については,第2次ベビーブーム世代が高校卒業時期を迎えていることや,今回の景気拡大期に小売業やサービス業等でパート需要が拡大し,就業時間が弾力的なアルバイトの機会が増加したことがこうした若年層の労働力率の上昇をもたらしたものと見られる。また,高齢層の労働力率については,その上昇が労働力供給に与えた効果は大きく,90年の男子労働力人口の増加54万人のうち約6割の33万人が55歳以上で占められる結果となった。高齢者の労働力率は,自営業主比率の低下等からこれまで傾向的に低下を続けており,60歳以上で90年のように大きな労働力率の上昇が見られたことはかってなかったことである。高齢者の就労については,定年延長等,それを促進する長期的な背景があるとはいえ,こうした労働力率の大きな上昇がみられたことは,高齢労働力を労働市場に呼び込む強い需要要因がはたらいていたことを示唆している。
一方,女子労働力率は75年を底に83年まで上昇を続けた後,84年以降は低下気味に推移していたものが,88年以降上昇に転じている。87年と90年の年齢階級別労働力率を比較すると25~29歳と35~59歳での上昇が目立っている。このうち25~29歳では75年以降これまでも傾向的に年1ポイントを超える上昇が見られており,今回の景気拡大期の特徴としては35~59歳の労働力率の上昇が大きいことが挙げられる。これに対して,30~34歳及び60歳以上の労働力率は男子より相当低く,かつ今回の景気拡大期においてもほとんど上昇を示していないが,30~34歳については出産や育児の負担が大きいことが影響していると考えられる。
今回の景気拡大期において,労働力需要の増加に対応して労働力供給の増加も大きかったにもかかわらず,労働力需給の引締まりが長期にわたって持続している背景には,前述のように労働力需要が旺盛なことに加え,労働力需給のミスマッチの存在が考えられる。そこで,ここでは労働力需要と労働力供給のミスマッチについてみてみよう。
職探しのための摩擦的失業の存在や就業意欲のある高齢者に就業機会が少ないこと等の理由から,失業率はゼロにはならないが,労働市場における需給均衡の目安として,欠員率が失業率と一致する状態を,全体としての労働力需要と全体としての労働力供給が一致する状態として考え,その時の失業率を「構造的失業率」と呼ぶ。いま,年々の失業率と欠員率の関係をグラフ上にプロットすると,一般に,失業率の上昇は欠員率の低下を,また失業率の低下は欠員率の上昇を意味することから,両者の間には右下がりの曲線(失業・未充足曲線又はUV曲線)が描かれるが,構造的失業率は,この曲線と45°線の交点に対応する。また,この曲線の右上(左下)へのシフトは,労働力需給のミスマッチの拡大(縮小)を表すことになる。
第3-2-4図は失業率として雇用失業率,欠員率として未充足求人率をとり,両者の関係を図示したものである。今回の景気拡大期についてみると,87年1~3月期以降,失業率が低下するとともに欠員率が上昇し,両者の間に右下がりの曲線が描かれているが,89年1~3月期以降については失業率が低下する一方,欠員率は余り変化せず,また90年1~3月期以降は両者ともほとんど変化を示していない。こうした関係からは,構造的失業は89年にやや縮小した後,90年には大きく変化していないといえよう。
また,第3-2-4図では,失業率と欠員率の関係が90年に入って以降ほぼ45°線の近くで推移しているが,高度成長期には両者の関係は右下方に位置しており,このことは労働力需給が高度成長期ほどひっ迫しているわけではないことを示唆している。
次に,年齢,地域,職種による労働力需給のミスマッチの状況を求人,求職のバラツキ度合でみてみよう。
第3-2-5図は年齢,地域,職種についてのミスマッチ指標(計算方法等は同図備考及び付注3-2参照)の推移を示したものである。このミスマッチ指標はあくまでも一試算であるが,これによると,今回の景気拡大期の特徴としては,職種によるミスマッチ指標が87年以降急速に拡大していることが挙げられ,これに対して,年齢によるミスマッチ指標は87年に上昇を示した後は縮小傾向を続け,また地域によるミスマッチ指標も89年までほぼ横ばいで推移していたものが90年にはパートを中心に縮小している。
なお,この場合でも特定の年齢や地域では雇用情勢の改善テンポが緩やかであるなど,依然としてミスマッチが存在することに留意する必要がある。
また,職種について人手不足の状況を,労働省「労働経済動向調査」による職種別雇用人員判断DIでみると,第3-2-6図に示すように,今回の景気拡大期にはすべての職種で不足感が強まっているが,特に単純工(製造業及びサービス業)や技能工(製造業)の不足感が88年に入って急速に高まっており,もともと不足感が比較的強い専門・技術(製造業及びサービス業),サービス(サービス業),販売(卸売・小売業,飲食店)などの職種とともに「不足超」幅が拡大している。
最近の強い人手不足感の背景には景気の長期拡大を反映した循環的な労働力需要の増加が大きく寄与しているが,我が国では出生率の低下から遠からず生産年齢人口が減少に転ずることが見込まれており,今後労働力供給の制約が強まる可能性が指摘されている。そこでここでは中長期的な我が国の人口,生産年齢人口,そして労働力人口の将来展望について概観しておこう。
第3-2-7図は厚生省人口問題研究所による我が国の総人口,15歳以上人口,生産年齢人口(15~64歳人口)の将来推計(91年6月)を示したものである。
我が国の人口は90年10月1日現在で約1億2,360万人とその規模は極めて大きいが,出生率の低下から近年その増加率は年0.5%程度に鈍化しており,更に今後,増加率は年々逓減し,総人口が2010年頃1億2,945万人弱まで増加した後,長期にわたって人口は減少するものと見込まれている。15歳以上人口についてみると,第2次ベビーブーム世代が成長して15歳以上人口に加わったため,その伸びは近年やや高まり,総人口の増加を上回る年1%強の比較的安定した増加が続いてきたが,今後,増加率は90~95年までの5年間の年率0.8%から2000年までの次の5年間では同0.5%へと低下し,2005年以降には15歳以上人口は長期的な減少局面に入るものと見込まれている。更に,当面予想されている15歳以上人口の増加もそのかなりの程度は65歳以上人口の増加によるものであり,15~64歳の生産年齢人口についてみると,90年を境にそれ以前5年間の年率0.9%の増加が以後5年間は同0.2%へと大きく鈍化し,95年以降は減少局面に入ることが見込まれている。15歳以上人口の伸びの低下は,労働力率が不変であればそのまま労働力人口の伸びの低下につながり,上記厚生省人口問題研究所の将来推計人口をもとに,男女・年齢階級別の労働力率を90年以降横ばいと仮定して今後の労働力人口を試算した場合,その伸びは現在の年1%強が90~95年には年率0.7%に,更に95~2000年には同0.2%にまで鈍化することが見込まれる。
我が国の男女・年齢階級別労働力率をみると,第3-2-8図に示すように,男子労働力率は,25歳から54歳までの各年齢階層が97%前後と高く,若年層と高齢層が低い台形型となっており,また,女子については20~24歳と45~49歳を二つのピークとするM字型となっている。
総務庁「就業構造基本調査」(87年)によって,就業希望率(有業者と就業希望の無業者の全体に対する割合)を男女及び年齢階級別にみると,90年の労働力率と比較して,女子においてはM字型の底である30~34歳を中心に20歳代後半から40歳代にかけて就業希望率が現実の労働力率を大きく上回っており,女子を中心に潜在的な労働力がかなり存在することが示唆されている。
今後,15歳以上人口の伸びの鈍化することにともない,こうした潜在的な労働力に対する需要が長期的に高まることが予想されるが,企業側の対応としても,女子や高齢者,若年層の就業ニーズに合った雇用機会を提供するという視点から,育児休業制度の定着,女子の再雇用制度の導入,60歳定年制の完全定着,65歳までの継続雇用制度の実施や労働時間短縮等,働く意欲と能力をもつ人々が働きやすい環境を整備することが一層求められることとなろう。
既にみたように,30~34歳を中心とする女子については,労働力率が就業希望率を大きく下回っており,出産や育児の負担が就業の継続や労働市場への参入の障害となっているとみられる。そこで,ここでは女子の就業と出産,育児の関係について考えてみよう。
我が国における出生率(合計特殊出生率)の推移をみると,戦後のベビーブーム期(47~49年)の高い出生率が50年代前半に大きく低下した後,66年の丙午(ひのえうま)を除き70年代前半までほぼ15年間にわたって2.1前後で安定していた。しかし70年代後半になると出生率は再び低下を始め,90年には過去最低の1.53を記録している。また年間の出生数も90年には70年代の約6割にまで減少している。
こうした70年代後半からの出生率低下の一つの要因としては,女子の晩婚化がある。女子の平均初婚年齢は70年から89年の間に1.6歳上昇し,年齢階層別の有配偶率(労働力調査)も20~24歳では70年の25.8%が90年は12.7%,また25~29歳では同じく80.5%が58.6%と20歳代で大幅に低下している。晩婚化の背景としては,高学歴化や就業率の上昇,それに結婚観の変化等が考えられるが,高学歴を生かす目的で就職し,就職して経済的に自立できると結婚観が変化するように,これらの要因はそれぞれ相互に関連しながら晩婚化に影響を与えていると考えられる。
また,女性の就業と家事・育児の両立支援体制の不備や子供の教育問題,住宅問題等を背景とする結婚・育児に対する負担感の増大も出生率低下の要因として挙げられる。
今後の見通しとしては,晩婚化にも限度があり,また結婚した夫婦についての有配偶出生率や厚生省「出産力調査」による夫婦の平均出生児数,予定子供数に近年大きな変化が見られていないことから,晩婚化の動きが一段落すれば出生率が回復に向かうと考えられる一方,晩婚化に歯止めがかからず生涯未婚率が上昇したり,また晩産化が進んで夫婦の出生数の減少が生じた場合には出生率の低下が続く事態も考えられる。
結婚や出産は基本的には個人の生き方や価値観にかかわる問題であるが,出生率の低下が社会経済全般へ影響を与えることが懸念されている中で,経済社会の健全な発展を維持していくためには,就業と出産・育児の両立を図るための就業環境の整備や子育て支援対策の充実等が重要であろう。
年齢階級別の女子労働力率がM字型であることは,女子がいったん就職した後,結婚・出産を機に退職し,育児期の負担が軽減するにつれ再び労働力化するという就労パターンを持っていることを意味しているが,M字型の「底」である30~34歳を中心に就業希望率が現実の労働力率を大きく上回っていることは,女子の育児期の負担を軽減し,出産,育児,家事と就業との両立を容易にすることにより,結果として労働力供給を増加させることが可能であることを示唆している。
財団法人婦人少年協会「既婚女子労働者の生活実態調査」(89年)では,既婚女子労働者が就労継続に当たって必要とする条件・制度として「育児のために休める制度」を挙げるものが全体の44.2%と最も多く,20歳代から30歳代前半の年齢階級では50%を超える高率となっており,一方,労働省「女子雇用管理基本調査」(89年)によると,育児休業制度を有する事業所はサービス業で42.1%に達しているものの,全体では19.2%にとどまっている。先の第120回国会において「育児休業法」が成立し,民間労働者について子が1歳に達するまでの間育児休業をすることができるとともに事業主は育児休業をしない労働者についても勤務時間の短縮等の措置を講ずることとなったが,こうした育児休業制度等にとどまらず,女子再雇用制度,介護休業制度,より一般には勤務形態の弾力化など働きやすい職場環境を整備することが一層求められているといえよう。