平成3年

年次経済報告

長期拡大の条件と国際社会における役割

平成3年8月9日

経済企画庁


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第2章 資産価格の変動と景気循環

第3節 資産価格の変動と金融機関行動

90年中に株価が大幅に下落した結果,銀行を始めとする金融機関は過去の株価上昇で蓄積してきた含み益の大きな部分を失った。株価の大幅下落や地価高騰の沈静化から,過大なリスク資産投資を行った企業の倒産件数が増加しており,一件当たりの負債金額も大きいことから,不良債権が増加している。これらのことは金融引締めで厳しくなった金融機関の貸出態度をさらに厳しいものにしている。また,地価が大幅に下落すると,アメリカなどと同様に不動産不況からくる金融機関の貸し渋りが起こるのではないかという懸念も指摘されている。

本節においては,金融機関のリスク管理行動,金融当局による規制などを踏まえて,資産価格の変動が銀行の貸出行動などに与える影響について検討を加える。

1 金融機関の役割とリスク

(金融機関のリスク管理)

銀行を始めとする金融機関は預金などの形で負債を受け入れる一方,貸出や証券投資などの資産を保有することによって次のようなサービスを提供している。第一は,受け入れた資金を貸出や証券投資などによって運用する際,貸出先や証券発行者に関する情報を集めるとともに必要に応じて貸出先に助言を与えるなどの債権管理を行うことによって,預金者等に代わって収益の確保と資金回収を行う資産サービスである。第二は,預金などの形で受け入れた負債を第三者との間で振り替えることにより預金者等と第三者の間の決済を行うという負債サービスである。第三に,預金などの流動性の高い手段で調達した資金を貸出や証券投資という流動性のより低い手段で運用することにより流動性需要に応える変換サービスである。

これらのサービスの提供はいずれも何らかのリスクを伴っている。貸出には貸倒れなどの信用リスク,証券保有には市場での流通価格の変動などの証券保有リスクがあり,それらの資産が外貨建てである場合に外国為替リスクが加わる。資金の調達と運用との期間が異なる場合には金利変動によって利ざやが悪化するという金利リスク,急な負債引き出しで流動性が不足し払い戻しができなくなる流動性リスクがある。

金融機関は,情報収集や債権管理を行うことにより,リスクを最小化しようとするが,このような活動にはコストが伴う。また,リスクを回避するため,先物やオプションなどの金融手法の活用や不断の資産内容の見直しを行うが,リスク負担に応じた収益が上がる可能性があればリスクを負担する。つまり,金融機関はリスクをめぐるコストや収益を勘案しながら,資産と負債の最適な配分を行うわけである。このようにして金融機関がリスクを負担する力を規定する基本的な要素は総資産とその構成からみた危険度及び自己資本(正味資産)との相対的大きさである。総資産額が大きければリスクを分散することが可能であるし,情報収集のコストには規模の利益が存在するものの,総資産が増大すればリスクも増大する。また,危険度の高い資産が総資産に占める割合が高まればリスクは増大する。他方,自己資本が大きければ,リスクが現実のものとなったとき,その負担に耐えて金融機関としての活動を継続することができる。したがって,金融機関は,総資産額とその危険度から与えられるリスクが自己資本額との関係で,ある一定の限度を超えないように保とうとする。このような活動をリスク管理と呼ぶが,実際の金融機関のリスク管理にはこのような自己責任において行う要素以外に以下にみるような規制やセイフティ・ネットの影響を受けている。

(金融機関に対する規制とセイフティ・ネット)

現代の経済社会においては,金融機関の活動,そして,その総体としての金融システムは経済社会を運営する上で欠かせないネットワーク機能を担っている。金融機関の経営破綻,あるいは,それに始まる金融システムの機能不全は経済社会に大きな損失を与えるおそれがある。個々の金融機関が適切なリスク管理を行っていても,システムリスクが顕在化し,金融機関の経営を破綻に追い込む可能性もある。適切なリスク管理を欠いていれば,なおさらのことである。

金融当局は,こうした金融機関の業務の公共性にかんがみ,預金者保護,信用秩序の維持等の観点から,金融機関の活動に対して各種の規制を課するとともに,金融システムを保護するための措置(セイフティ・ネット)を講じている。規制には,同一人に対する信用の供与の制限(大口信用供与規制)などがあり,これらは金融機関のリスク負担を直接的に抑制している。従来,預金金利に対する規制があったが,現在自由化が進められている。セイフティ・ネットには,預金保険制度(一定限度内の預金保険金の支払い,危機に陥った金融機関の他の金融機関による合併等のための資金援助),中央銀行による最後の貸手としての貸出などがある。これらは一方で金融システムの安定性の確保に寄与するが,他方で預金保険の付保範囲や保険料率と活動範囲とがバランスを失する場合には金融機関の過大なリスク負担の誘因になり得るといわれている。現在,世界的に金融自由化が進展するなかで,これらの規制が緩和されるとともに,自己責任の原則の下にセイフティ・ネットの検討が進められている。

(対銀行規制の国際的統一)

金融市場の国際化,各国における金融自由化の進展のなかで,国際的な銀行システムの安定性の向上を図るとともに,国際的に活動している銀行間の競争条件を平等なものとするため,銀行に対する規制を国際的に統一する必要があるとの共通認識が各国の銀行監督当局の間に生まれた。88年6月にG-10諸国が参加する銀行監督者会議の場で初めて合意がなされたのが「銀行の自己資本比率規制の国際的統一について」(いわゆるBIS規制)である。

その主な内容は,資産のリスク・ウエイトを掛けて合計した資産額(リスク・アセット)に対する自己資本の比率の目標基準を定めていることである。目標基準は,91年3月末から93年3月末前までが中間目標の7.25%,93年3月末以降が最終目標の8.00%となっている。分母のリスク・アセットのリスク・ウエイトは現金,国債が0%,銀行向け債権が20%,民間企業向け債権が100%などとなっており,スワップ,オプションなどの銀行のバランスシートに計上されていないオフバランス取引も一定の方式で換算しリスク・アセットに計上する。分子の自己資本の構成項目としては,資本金及び準備金が基本的項目であり,補完的項目として,有価証券含み益,貸倒引当金などが認められ,基本的項目は無制限に全額,補完的項目は基本的項目と同額まで自己資本に算入するが,有価証券含み益は45%だけ補完的項目に算入することになっている。なお,91年3月時点では,国際業務を行う都市銀行等は中間目標をすべてクリアし,最終目標についても一部を除きすでにクリアしている。

なお,BIS規制は自己資本比率規制にとどまるものではなく,現在,金利リスク,証券保有リスク及び外国為替リスクに係る規制のあり方についても検討が進められている。

2 株価変動と金融機関行動

(資金調達行動に与えた影響)

銀行も株式会社であり,株式市場の活況に際してはエクイティ・ファイナンスを増大させる誘因が働くが,国内市場での転換社債発行が認められていなかったため,海外市場での外貨建て転換社債の発行に限られており,発行規模もそれほど大きなものではなかった。日本の銀行は,従来,国際的にみて自己資本比率が高い方ではなく,BISの自己資本比率規制の中間目標7.25%の適用を91年3月に控えて自己資本を充実する必要があった。そこで,金融当局は銀行による国内市場での転換社債発行を自由化したことなどに続いて劣後ローンの取扱い等を認めた。これによって銀行の自己資本充実の環境整備が行われた結果,第2-3-1図にみるように銀行による新株と転換社債の発行による資金調達は87年から大幅に増加し,89年も大規模な資金調達が行われた。しかしながら,90年中には株価が大幅に下落するとともに,エクイティ・ファイナンスも中断してしまった。銀行は,株価の大幅下落で自己資本に算入することのできる有価証券含み益のかなりを失った上に,自己資本充実のためのエクイティ・ファイナンスができなくなった。このため,90年央以降には自己資本に計上できる劣後ローンの生命保険などからの取り入れに向かった。90年度中に取り入れられた劣後ローンは都市銀行だけで3兆7千億円にのぼる。それでも都市銀行の自己資本の増加は5%程度にとどまっている。

(貸出行動に与える影響)

金融機関は,上述のようなリスク管理の結果,金融情勢の変化に応じて企業に対する貸出態度を大きく変化させる。金融緩和局面では貸倒れなどの信用リスクも小さく,土地や株式などの担保物件も取り引きが活発で資産価格も上昇するので担保物件売却による資金回収も比較的容易であるため,貸出の増加に比較的容易に応ずる。しかし,逆に,金融引締めの局面では信用リスクが大きくなり,株価,地価も下落する可能性があり,これらの資産を担保とする融資を抑制するので,貸出増加は抑制される。また,リスクの増大に対応して債権管理のためにより多くのコストを掛けるようになる。このようにして金融機関の貸出態度は金融緩和期には緩み,金融引締め期には厳しくなる。さらに,金融機関自身が資産価格下落で損失を出して自己資本が減少すると危険度の高い資産を一段と減らすようになり,結果として,貸出の増加が抑制されるようになる。

今回の金融引締め局面においても,引締めが進むに伴って金融機関の貸出態度は厳しさを増していったが,90年中には2度にわたり株価が大幅に下落したため,金融機関はさらに貸出に慎重になっている。今回は,特に,BISの自己資本比率規制も貸出増加の抑制に影響を与えているのではないかと考えられる。株価の大幅下落で有価証券含み益のかなりの部分を失った銀行は,BIS規制の目標基準を達成するため,一方で分子の自己資本充実に取り組むとともに,分母のリスク・アセットの圧縮にも努めたからである。この結果,88年度末に対して89年度末には20%程度増加していたリスク・アセットは90年度末には89年度末に対してほぼ横ばいとなっている。

リスク・アセットの圧縮は貸出にとどまらず,対外直接投資にも及んでいる。金融・保険業向けの対外直接投資は,近年大幅な増勢を示してきたが,大手金融機関の海外進出の一巡,国内金利上昇に伴う資金調達のコスト高もあって,89年度の154億ドルに対して90年度は80億ドルと大きく減少している。ここに示した数値は,厳密には金融・保険業が行う対外直接投資とは完全に一致しないが,実態的にはほぼ等しいと考えてよいと思われる。

3 地価変動と金融機関行動

(不動産業向け融資と不動産担保融資の動向)

地価高騰と建設ブームを背景に銀行の不動産融資は大幅に増加している。全国銀行の貸出残高に占める不動産融資(建設業,不動産業向け融資,住宅信用)の比率の推移をみると,85年までは20%程度で安定していたが,86年から上昇を始め,90年末には27%に達している。内訳をみると,建設業向け融資の比率は緩やかに低下しているが,86年中に東京での土地投機の盛り上がりを背景に不動産業向け融資(運転資金)が大幅に増加し,87年以降はオフィスビル建築のブームと住宅投資ブームを反映して不動産業向け融資(設備資金)と住宅信用が着実に比率を高めている(第2-3-2図)。なお,90年度半ば以降,不動産業向け融資の比率は,その総量規制もあって,以前に比べやや低下している。

これに対して,第2-3-3図にみるように,銀行にとって地価変動のリスクに直面すると考えられる不動産担保融資及び住宅信用の貸出残高に占める比率は30%前後でほぼ安定しており,その上昇はわずかである。住宅信用の信用リスクは地価動向よりも家計の所得や金利の動向との関係が大きいと考えられる。また,不動産担保融資のかなりの部分は,不動産投資のためというよりも生産設備等他の分野での投資資金として投下されているため,不動産不況になっても直ちに返済が難しくなるような性格のものではないと考えられる。したがって,銀行は,地価の下落幅がよほど急激かつ大幅なものとならない限り,地価変動リスクよりも不動産業に対する信用リスクに直面していると考えられる。

(不動産業の業況)

金利水準の高まり,地価高騰の沈静化のなかで,不動産業の収益状況は厳しさを増している。第2-3-4図で不動産業の売上高経常利益率の動向をみると,売上高営業利益率は高い水準で推移しているものの,金融費用の増加が著しく,売上高経常利益率は大きく低下している。資産,負債の状況をみると,固定資産の動きをみると,土地も増加しているが,88~90年度は建物(賃貸用)が中心と思われるその他の資産及び棚卸し資産(販売用建物)が大きく増加している。これに伴って負債も大きく増加している。これが金利負担増加の原因となっている。また,資金繰りを日本銀行「企業短期経済観測」でみると,他産業と比べて厳しくなっている。

こうしたなか不動産業の倒産件数は大幅に増加しており,銀行取引停止処分者件数でみると,89年には331件だったものが,90年には394件に増加しており,91年に入ってからは1~5月で398件にのぼっている。負債総額(東京商工リサーチ調べ)では89年1,629億円(285件)が90年6,632億円(363件)に大幅に増加し,91年に入ってからは1~5月で12,490億円(412件)にのぼっている。

しかし,これまでのところこうした不動産業の倒産の増加が銀行にとって大きな損失になるという状況にはないものと考えられる。銀行は,90年度以降の不動産業向け貸出の総量規制もあって,不動産業向け貸出の増加を既にかなり抑制している。第2-3-5図に示された国際比較でも明らかなように,アメリカなどに比べて日本の金融機関の不動産融資の比率は小さく,金融機関の経営への影響も小さいものと考えられるし,日本では地価は東京都心,大阪圏では下落しているが,これまでオフィス需要は堅調でオフィス賃料はかなりの上昇率で上がってきており,オフィス供給の過剰からオフィス賃料が下落したアメリカとは事情が異なっている。したがって,アメリカのような金融機関の貸し渋り(クレジット・クランチ)は起こりにくいものと考えられる。

(地価下落が大幅になった場合の影響)

不動産担保融資については,基本的には返済能力の充分な吟味のうえ融資が行われたものと考えられるが,なかには経営状態が悪化している企業もある可能性があり,そのような企業に対する融資は,地価が大幅に下落すると不良資産化するおそれがある。また,金利水準が上昇し,地価高騰の沈静化した現在では,リスク資産を増やし過ぎた一部企業で経営に行き詰まるところが現れている程度であるが,地価が急激かつ大幅に下落すると,不動産担保融資で多額の設備投資を行った企業は,担保を積み増すか借入れを圧縮する必要が出てくる場合もあるので,そうした企業のなかには中小企業を中心に経営が不安定化する企業も出てくるおそれがある。さらに,地価の大幅な下落が株式市場に波及する場合には,有価証券含み益の減少を通じて銀行の自己資本を減少させて銀行のリスク負担力を低下させる可能性もある。