第2節 資産価格の変動が実体経済に与える影響

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第1節でみたように,89年以降,金融政策が引き締められるなかで,株価は大幅に下落し,地価高騰は鎮静化し,一部では下落が始まっている。地価が大幅に下落する可能性も指摘されている。こうした資産価格の下落が需要面にマイナスの影響を与え,景気後退のひき金を引くかもしれないという懸念も指摘されている。いわゆる逆資産効果である。

本節においては,90年中の株価の大幅な下落や地価高騰の鎮静化の需要面への影響の大きさを分析するとともに,地価が大幅に下落した場合の影響についても検討を加える。

1 マクロ経済における資産価格の役割

(富効果と資産選択を通ずる効果)

現代のマクロ経済分析においては,資産価格と資産残高は,資産市場と財市場をつなぐ要因として,利子率と並び最も重要な要素であると考えられている。家計や企業の行動は,金利水準の変動の影響を受けるとともに,資産価格の変動からも大きな影響を受ける。資産価格上昇による保有資産残高の増大は家計消費を刺激するし,住宅投資と地価動向との間には密接な関係があることが知られている。また,株価の上昇は企業の資金調達を容易にし,設備投資を刺激すると考えられている。土地の取得,処分はそれ自体企業にとっては重大な投資行動であり,地価の動向も設備投資に大きな影響を与えると考えられる。このような資産価格や資産残高の変動が与える影響は,漠然と資産効果と総称されているが,理論的には2つの内容を含んでいる。一つは,富効果ないし実質残高効果であり,もう一つは,資産価格あるいはその裏面である資産収益率の変化に応じて行われる資産選択行動を通ずる効果である。

富効果とは,資産価格や一般物価が変化することに応じて,各経済主体の将来にわたる予算制約が緩和したり,強まったりすることが現在の経済行動に与える効果のことである。例えば,保有する株式等の資産価格が上昇する一方,将来にわたり一般物価の上昇に変化がなければ,その株式を保有する家計は債務超過に陥ることなく消費支出を増やすことができる。また,逆に資産価格に変化がなく,一般物価が下落してもそうである。この効果は所得増の効果と同様に消費だけでなく経済主体の経済活動全般に影響を与える。消費の面では,ケインズが資産価格上昇による予想外の利益が持つ消費刺激効果について指摘したこと及びピグーが一般物価の下落による実質貨幣残高の増加が持つ消費刺激効果について指摘したことがその後の理論的展開の出発点となった。現在,安藤・モディリアーニのライフサイクル仮説に基づいた消費支出の実証研究によって,消費に対する富効果の存在は広く受け入れられている。

資産選択行動とは,資産保有者が与えられた各種資産のリスクと期待利益率の下で最適なリスクと期待収益率の組合せが得られるように資産の配分を決める行動である。この行動はストックの配分にとどまらず,フローの投資行動にも影響を与える。例えば,何らかの理由で実物資産の期待収益率が高まると,資産保有者が市場を通じて実物資産を買い増そうとする結果その資産の価格が上昇するが,そのとき投資財の購入コスト等が変わらなければフローの投資の効率も向上し,生産設備であれば設備投資が,住宅であれば住宅投資が促進されることになる。株価が上昇すると企業がエクイティ・ファイナンスによって設備投資を増やそうとするのも同じことである。この面ではトービンのqの理論がある。

なお,富効果に関する理論のなかには,利子率の低下によって誘引された資産価格の上昇は正の富効果を持たないとする均衡論的立場もあり,経済理論上の大きな論争点の一つとなっている。また,そもそも政府の負債は富として扱うべきなのかという非常に興味深い理論的問題もある。しかしながら,本節においては,こういった問題には立ち入らず,ライフサイクル仮説やq理論といった主流派経済学の考え方に立脚して,資産価格の変動が家計や企業の行動にどのような影響を与えるかについて分析を試みることとする。

2 資産価格の変動が家計行動に与える影響

今回景気上昇局面における家計行動で目立つ特徴は,個人消費が景気拡大の比較的初期から高い伸びをみせ,内容の面でも高級化が進んだこと,貸家を中心に住宅建設が回復初期から著しい伸びを示し,その後も高い水準を続けたことの二つである。個人消費は引き続き堅調であるが,住宅建設はその後減少傾向となっている。このような家計行動のなかには,株価や地価などの資産価格の変動によって影響を受けた部分がかなりあると考えられる。その第一は個人消費への富効果であり,その第二は資産選択としての住宅建設への地価の影響である。

(個人消費に与える富効果)

ライフサイクル仮説に基づくマクロの消費関数を用いて富効果を計測し,その結果に基づいて資産価格の変動が個人消費に与える影響を分析しよう。ライフサイクル仮説においては,個々人の消費支出がそれぞれの生涯(ライフサイクル)を通じての労働所得と現在の保有資産から得られる収益によって決定されると考える。各年代を通じての賃金プロファイルが個々人の将来賃金と相応し,資産価格が収益還元価格によって与えられるとすると,集計されたマクロの消費は家計部門全体の当期の労働所得と期首の資産保有額によって決定されることになる。単純化のために,生涯の消費パターンが一定で,かつ,遺産を残さないとすると,労働所得の増加は一定の割合が消費支出の増加となり,資産の増加分は平均余命年数(タイム・ホライゾン)でわっただけ消費支出を増加させることになる。したがって,資産の蓄積が進むと同じ率の資産価格上昇が消費に与える富効果が大きくなる。

ライフサイクル型の消費関数を計測する場合,問題となるのが資産の範囲である。家計が合理的であるならば,資産の総額から負債の総額を控除した正味資産になるはずであるが,土地の取扱いには議論があるところである。すなわち,日本においては,大部分の家計は居住用の土地を保有するのみであり,しかも,大部分が相続によって次の世代に受け継がれ,各世代は地価上昇による消費可能性の拡大を結局は享受しないで終わる。各世代を通じて土地を保有し続けるならば,いつまでもキャピタル・ゲインは実現しない。自家使用の土地については,地価上昇は使用価値の点では何ら改善するところがないので,消費の拡大を可能にする実質資産の増加とはみなされないとも考えられる。また,ライフサイクル仮説では資産は収益還元価格で評価されていると考えており,ファンダメンタルズを反映する以上に上昇した「バブル」的な部分は富効果を持たないかもしれない。

そこで,第2-2-1表に示したように,実質資産残高として実質正味金融資産だけ説明変数としたもの((1)式),実質正味金融資産と実質土地資産を両方とも説明変数としたもの((2)式),両者を足したものを説明変数としたもの((3)式)の3ケースについて推計してみた。最も説明力があるのは(1)式であり,(2)式は実質土地資産の係数がマイナスでかつ有意ではなくなっており,(3)式は両者の和にかかる係数の有意性がやや劣るとともに,資産にかかる係数の逆数として得られるタイム・ホライゾンも100年以上と異常に長いものとなっている。これに対して,(1)式ではタイム・ホライゾンは15年程度と諸外国の土地を含む計測例と似た結果となっている。

以上の推計結果からみて,先に挙げたような理由によって,地価上昇の富効果はみかけほどはなく,あっても小さいとするのが妥当と考えられる。もちろん,一部の余裕地については,キャピタル・ゲインを生み,絵画,骨董などのいわゆる「バブル」消費を刺激した可能性があるし,住宅取得をあきらめた層のいわゆる「アキラメ消費」の発生も否定できないが,他方で,住宅取得に必要な資金の増加や将来の相続税負担の増加に応じて貯蓄を増やした家計もあると考えられる。結果として,これらの消費・貯蓄行動は互いに相殺される部分が大きく,消費の内容には影響したものの,マクロの消費水準に対する影響はあまり現れなかった。

なお,株価変動の消費支出への影響の大きさを試算してみると,89年末では家計の株式保有残高は90年の名目消費支出額とほぼ同じ水準にあり,式の資産にかかる係数の約0.06を用いると株価の10%上昇が消費支出を約0.6%増加させるということになるが,最近では株価が東証株価指数でみて89年末の60~70%にとどまっていることを考慮に入れると同じく10%の株価上昇で消費支出を約0.4%増加させるということになろう。

第2-2-2図で消費支出増加に与えた富効果をみてみると,80年代を通じて一貫してプラスに寄与していることが判る。なかでも80年代後半の寄与度は1~2%弱と大きくなっている。85~86年の円高不況期には所得が伸び悩むなかで消費を下支えしていた。今回景気上昇局面に入ってからは,回復初期の87年には景気拡大が所得面に波及するのに先行して消費を押し上げいち早い消費の拡大の要因となった。88,89の両年には所得の堅調な伸びの上に大きな富効果が加わり,消費の高い伸びの一因となった。このように80年代後半の富効果が大きかったのは,消費者物価が安定していたため,物価上昇による実質資産残高の目減り分が小さくなったこと,86年以降株式市場が活況を呈し,株価上昇が実質資産を大きく増加させたことなどが考えられる。

最近については,株価の下落が大幅であったため,第2-2-3図にみるように株式は家計の金融資産のなかではあまり大きな比重を占めていないにもかかわらず,家計の金融資産残高の伸びはほとんどなくなっており,富効果による消費拡大は小さくなっているものと推測される。ただし,90年中の大幅な下落については,一部に「バブル」的な要素のはく落があった可能性があったとみられることから,どの程度逆資産効果があるのかには議論の余地がある。上述の富効果の試算では,90年中の30%の株価下落は2%近く個人消費を引き下げる効果を持つが,ブラック・マンデーで株価が急落した前後で個人消費の堅調さには変化が見られなかったという経験に照らせば,急上昇の後の大幅下落は逆資産効果をほとんど及ぼさないものと考えられる。最近の消費支出の動向をみるとそれほど大きなマイナス要因が作用したとは思われず,90年中の大幅な下落の場合も89年末にかけて急上昇した部分の反落は逆資産効果がほとんどなかったものとみられる。

(住宅建設に与える影響)

地価上昇は,土地を保有しない家計にとって住宅取得費用の増大を意味することから住宅投資を抑制する要因の一つである。しかしながら地価上昇期待があると投資目的の住宅取得を刺激したり,住宅取得を早めたりすることもあると考えられている。また,地価水準が著しく高くなると税負担の増加により,土地利用の高度化を有利にする効果が強まって,余裕地を持つ家計の貸家建設が促進されているということも考えられる。

東京圏の貸家建設は,地価上昇がこのような貸家建設促進的な側面を強めたことや不動産を担保とする資金調達を容易にしたことによって刺激されたと考えられる。地方圏の分譲住宅は,地方中核都市やリゾート等での投資目的のマンション取得や地価上昇,ライフスタイルの変化等によるマンション需要が増加したことを反映して増加したものであろう。また,給与住宅については,地価上昇で従業員の自家取得が難しくなったことや地価上昇期待による投機的な資産保有動機を反映して増加したものと考えられる。一方,持家と三大都市圏の分譲住宅については,地価の上昇は住宅取得能力を低下させるので,住宅建設,特に,住宅の新規取得を抑制した。また,東京圏を除く全国の貸家については,地価上昇は貸家建設のコスト増となり,収益低下を招き,抑制要因となったと思われる。

そこで,第1章第3節で用いた6本の利用関係別,地域別の住宅着工関数の地価上昇率に係る係数に基づいて,地価変動が住宅建設全体に与える影響を分析しよう。第2-2-4表に持家,貸家(東京圏,東京圏を除く全国),分譲住宅(三大都市圏,地方圏),民間給与住宅の6つの利用関係・地域別に90年の着工戸数と住宅着工関数の実質地価上昇率のパラメータが示してある。これをみると,地価上昇が建設を促進するのは,貸家(東京圏),分譲住宅(地方圏),民間給与住宅,逆に地価上昇が抑制するのは,持家,貸家(東京圏を除く全国),分譲住宅(三大都市圏)である。これらの住宅着工関数(第1-3-3表)にもとずくと,住宅着工全体(公的給与住宅を除く)は全国一律前年比10%の地価上昇に対して年率約5万戸,比率にして約3%の減少となることが判る。

以上からみると,地価上昇は景気回復初期に東京圏での貸家建設を促進したり,88~89年に地方圏への地価高騰の波及で地方圏の分譲住宅建設を促進したほか,最近では給与住宅の建設を促進したと考えられるものの,その他の場合においては基本的に住宅建設に対して抑制的に作用している。昭和62年以降,住宅着工が高水準を続けたのは低い金利水準によって支えられたものであるし,また,最近住宅着工が減少傾向となっているのは,地価高騰が沈静化し地価上昇による抑制的な効果が小さくなっているものの,金利水準の高まりによる抑制的な効果が強く働いているためと考えられる。今後,地価を引き下げることができれば,住宅建設を促進することになるということである。その効果の大きさについても,相続税等の見直しによって,既に地価上昇に伴い貸家建設が促進される(逆に地価下落が貸家建設を抑制する)要因は少なくなっていることを考慮に入れると,上記の分析以上に地価下落による着工戸数の増加が大きくなろう。

3 資産価格の変動が企業行動に与える影響

企業行動に資産価格の変動が与える影響については,まず,資金調達の面で,株価の上昇が資本市場を通ずる資金調達のコストを相対的に引下げ,エクイティ・ファイナンスの大幅な増加をもたらしたものと考えられる。また,地価の上昇も土地を担保とする資金借入れを容易にしたり,含み益が株価に反映されることによってエクイティ・ファイナンスを容易にしたものと考えられる。投資行動面では,株価上昇によってコストの相対的に低下したエクイティ・ファイナンスの増大や地価上昇で不動産担保融資によって調達可能な資金量が増えたことが設備投資を刺激したと考えられる。

(資金調達行動に与える影響)

80年代に入ると,金融市場の自由化・国際化を背景に,企業が内外の資本市場を通じて資金調達する動きが活発になり,機関投資家や個人投資家も積極的にこれに応えるようになった。さらに,80年代後半には,株式市場が世界的に活況を呈して株価の水準が高まり,エクイティ・ファイナンスのコストが相対的に低下した。このため,上場企業は転換社債(CB)やワラント債を相次いで大量に発行した(第2-2-5図)。こうして大量に調達された資金が株価が上昇するなかで自己資本に繰り入れられた結果,上場企業の自己資本比率は上昇し,借入れへの依存度(レバレッジ・レシオ)は低下した。この点は,買収した企業の資産を売却し返済に充てることを前提としてジャンク債の発行ないし銀行借入れで企業を買収するLBO(レバレッジド・バイ・アウト)や,企業買収に対抗して経営権を防衛するための借入れによる自社株式の買上げなどによって,借入れ依存度を高めているアメリカ企業の動きとは対照的である。

90年に入ると,株価は大幅に下落し,エクイティ・ファイナンスはほとんど中断した状態となっている。株価水準が大幅に下落した状況では,88,89年に発行されたCBやワラントの権利行使はほとんどなくなっており,数年後償還時に多額の流動性需要または借換え需要が発生する可能性がある。また,株式数の増加は将来の配当負担を増加させたともいわれている。しかしながら,87~89年にエクイティ・ファイナンスで企業が相対的にコストの低い資金を調達したという事実に変わりはない。

地価上昇は,一方で企業の正味資産を増大させるので負債と自己資本の最適な資本構成を達成するため借入れ需要を誘発すると考えられるが,他方で,土地の担保価値を高め,同一の土地でより多額の資金を借り入れることを可能にする。特に,80年代後半のように金融が緩和し,金融機関の貸出態度が緩んでいる状況の下では,金融機関の債権管理も緩やかになり,借り入れた資金の使途についても自由度が高まる。この結果,土地資産を保有する企業は比較的コストが低く,かつ,裁量のきく資金を大量に調達することができた。また,地価上昇が株価を押し上げる一因となっていたとみられることは前節でみた通りであり,エクイティ・ファイナンスを容易にしたものと考えられる。例えば,鉄鋼業などの素材型産業はプラザ合意以降の円高の下で構造調整を迫られていたが,広大な余裕地を保有していたこともあって株価が上昇し,エクイティ・ファイナンスによってリストラクチャリング投資のための資金を確保することができたものと考えられる。

最近の金融情勢の下では,金融機関の貸出態度は厳しくなっており,担保になる土地があるからといって容易に資金調達できるような状況には既にないことは,第1章第6節にみた通りである。現在,企業は手元流動性を取り崩すとともに,投資案件の選別姿勢を強めている。こうした状況の下で,地価が大幅に下落するならば,資金調達はさらに難しくなるが,同時に借入れ需要も減少することも考えられる。

(投資行動に与える影響)

株価の上昇が企業の設備投資を増加させる効果はトービン効果と呼ばれる。この効果の発現のプロセスはやや複雑なので,一般の理解のためにやや直観的な説明をしよう。株価が上昇すると株式の収益率は低下して,実物資産の収益率を下回るようになる。この結果,企業は株式の発行量を増加させ,実物資産の買入れ,すなわち,設備投資を増やそうとする。株式の発行はストックであり,設備投資はフローであるので,株価水準と設備投資額が一対一対応するわけではないが,株価水準が高まるほど生産設備の増加率,つまり,設備投資額が増加すると考えられる。実際,株価が高水準を続けた時期と設備投資の強い増勢がみられた時期は重なり合っている。90年に入ると,株価は大幅に下落し,エクイティ・ファイナンスはほとんど中断した状態となっており,最近は設備投資の増勢もそれまでの3年連続のふた桁増加からは鈍化している。

株価がファンダメンタルズからかい離して上昇すると,資金調達コストが著しく低下し,これが企業経営者の投資意欲を必要以上に刺激して過剰な設備投資に駆り立て,過剰な投資の反動で設備投資に対して大きなマイナスの影響が作用する可能性がある。しかし,87年から89年にかけてエクイティ・ファイナンスが著しく拡大したものの,生産設備の判断は不足感が続いていることからみて,設備投資過剰にはつながらず,調達された資金のかなりの部分は企業の手元流動性の積み上げに充てられたものと考えられる。。これは,第1章第4節でもみたように,企業が設備投資計画を立てるに当たって,資本コストを構成する長期金利として,エクイティ・ファイナンスによる資金調達コストではなく,機会費用である市場金利を用いるという合理的な行動を取ったためと考えられる(第2-2-6図)。このような高い手元流動性の水準は,製造業大企業で顕著であり,今回の金利上昇局面においても高い投資の伸びが続いてきた一つの要因になったものと考えられる。

土地の取得も企業にとっては投資行動であり,地価の上昇は投資コストの上昇を意味するので,基本的には設備投資に対して抑制的な効果があると考えられる。実際に,大都市圏の地価高騰は新規参入を阻害する要因になっているものと考えられる。しかし,最近の設備投資は土地の取得を伴うような能力増強投資は少なく合理化,研究開発投資が中心であるので,このマイナスはあまり大きくないと思われる。他方,地価高騰前から土地を保有していた企業に対しては含み益の拡大でリスク負担力が増すことが投資を刺激したものと考えられる。一部には行き過ぎた多角化や財テク,土地投機に走った企業もみられたが,多くの企業では先述の鉄鋼業のように研究開発や多角化など企業体力の充実のための投資を行った。また,保有地の効率的な利用を促進し建設投資を刺激する面もある。例えば,東京のウォーター・フロントでは倉庫などの物流施設がオフィスや商業・サービス店舗に転用された。

以上を全体としてみると,地価上昇は設備投資を促進した可能性があるものと考えられる。したがって,地価高騰の鎮静化はこうした設備投資を促進する効果がみられなくなったことを意味する。地価が大幅に下落すると,その下落テンポや株式市場へ波及するかどうかにもよるが,設備投資にはマイナスの影響が出る可能性があると考えられる。ただし,製造業大企業を中心に企業は財務体質を強化してきており,相対的に影響が出やすいのは不動産担保融資への依存が比較的大きいとみられる中小,中堅企業であろう。

対外直接投資についても,企業の投資行動という点で共通するところがある。最近の対外直接投資の増加は,基本的に我が国企業の国際的な事業展開に伴うものであるが,資産選択という観点からみると,地価や株価の上昇による企業の資産価値の増大が投資の分散を促進し,海外資産に対する需要を高めたことによってさらに促進された可能性がある。90年度には対外直接投資が減少し,投資残高の伸びが鈍化したが,国内の金融引締めや海外の資産市場の不調などの影響とともに,株価の大幅下落や地価高騰の鎮静化の影響もあったと考えられる。なお,業種別の動向をみると,株価下落や地価高騰の鎮静化の影響が大きかった金融・保険,不動産業で投資が大きく減少している(第2-2-7図)。

4 金融引締めの波及経路としての資産効果

以上まとめると,大幅なものとなった株価の下落には,個人消費を90年前半の高い伸びから減速させるとともに,設備投資資金の調達を難しくするといった効果があったものと考えられ,91年度には設備投資が減速する兆しも現れている。地価高騰の鎮静化は住宅投資に対してプラスの影響を与えているが金利水準の高まりのマイナスの影響に比べれば小さく,設備投資に対しては促進的な効果が働かなくなったものとみられる。これらの資産効果の現れは,住宅投資や中小企業設備投資に対する金利上昇の直接効果とともに,国内需要の強かった増勢を緩やかにしたとみられ,金融引締めが実体経済に波及する経路となっていると考えられる。

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